神経・グリア連関

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小泉修一[1]
山梨大学医学部薬理学講座

英語名:neuron-glia interaction

これまでグリア細胞[]は神経細胞を支えるだけの細胞と考えられていたが、化学伝達物質等の液性因子、物理的接触因子等を介して、神経細胞と積極的にコミュニケーションを行っていることが明らかとなってきた。この神経・グリア連関により、シナプス伝達、神経細胞の興奮性、神経ネットワークの活動性・構築及び神経細胞の生死の制御に関与している。従って、本機能は脳の生理機能、また本機能の変調は、種々の脳疾患と強く関連していると考えられる。

歴史

グリア細胞は、脳を構成する細胞数としては神経細胞よりも多い。しかし、グリア細胞は電気生理学的に非興奮性の細胞であるため、長年脳研究の表舞台に登場することはなかった。しかし、他の指標、例えば細胞内Ca2+濃度変動を指標にすると、非常に高い興奮性(Ca2+興奮性)を呈する。グリア細胞のCa2+興奮性は「グリア伝達物質」[]の情報に変換され、細胞間に情報が伝達される。特に最大数を占めるアストロサイト(星状神経膠細胞)[]は、その細かい突起でシナプスを取り巻く構造を呈し、シナプス伝達に強く影響すると考えられている。これまでの神経細胞のみが形成するシナプスに加え、このグリア細胞を加えた化学シナプスは、三者間シナプス(トライパータイトシナプス)[]と呼ばれ、シナプス伝達の基本単位と成っている可能性が示唆されている。また、グリア細胞は、シナプス構造や機能にも大きな影響を与えている。従って、グリア細胞は、脳の生理機能の制御に重要であるだけでなく、その機能異常が種々脳疾患と関連するものとして、注目を集めている。

神経・グリア連関の実際

グリア伝達物質による神経・グリア連関

アストロサイト

グルタミン酸 (glutamate)

アストロサイトは、シナプスを取り構造を有することから、シナプスとの機能連関が最も強く研究されているグリア細胞である。グリア伝達物質による神経・グリア連関研究としては、海馬培養神経-グリア細胞を用いたAraque[1]らの研究が最初である。アストロサイトは刺激依存的にglutamateを放出し、これが近傍神経に作用して樹状突起シナプス外N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体を介したslow-inward current(SIC)誘発、さらに代謝型glutamate受容体 (mGluR)を介した前シナプス性の抑制を引き起こす 。これは、今日のグリア-神経連関の契機となった研究であると言える。その後の多くの研究が続き、グリア伝達物質glutamateを介したアストロサイトは、脳部位及び制御する神経細胞の違い等により、非常に複雑なシナプス伝達制御様式を呈することが明らかとなった。例えば、海馬Schaffer側枝刺激によりCA1領域アストロサイトは興奮してglutamateを放出するが、このglutamateはCA1錐体細胞の後シナプスに存在するNNMDA受容体(NR2B含有)に作用して、興奮性のSICを誘導する。これは、隣接した錐体神経発火の同期に関与し、CA1神経ネットワーク全体の興奮性制御に強く影響する12)。一方、貫通線維を刺激した場合には、歯状回(DG)アストロサイトから放出されたglutamateは、DG顆粒細胞の前シナプスに存在するNMDA受容体に作用し、興奮性シナプス伝達を亢進させる13)。さらにCA3-CA1シナプスでは、前シナプス性 mGluR(グループI)を介した興奮性シナプス伝達促進作用14)が認められている。抑制性シナプス伝達に対しては、CA1アストロサイトは前シナプス性 mGluR (グループII/III)を介して、そのシナプス伝達を抑制する15)。グリア伝達物質の初期の総説に、glutamate興奮性の制御、ATP抑制性の制御、のような記載がされているものがあるが、glutamateという1つのグリア伝達物質だけに注目しても、その制御様式は非常に多義にわたる。


エネルギー代謝による神経・グリア連関

神経・グリア連関と脳機能及び脳疾患

アストロサイト

Muller細胞も

ミクログリア

オリゴデンドロサイト

グルタミン酸:アストロサイトは、シナプスを取り構造を有することから、シナプスとの機能連関が最も強く研究されているグリア細胞である。グリア伝達物質による神経・グリア連関研究としては、海馬培養神経-グリア細胞を用いたAraque11)らの研究が最初である。アストロサイトは刺激依存的にglutamateを放出し、これが近傍神経に作用して樹状突起シナプス外N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体を介したslow-inward current(SIC)誘発、さらに代謝型glutamate受容体 (mGluR)を介した前シナプス性の抑制を引き起こす(図B、右) 。これは、今日のグリア-神経連関の契機となった研究であると言える。その後の多くの研究が続き、グリア伝達物質glutamateを介したアストロサイトは、脳部位及び制御する神経細胞の違い等により、非常に複雑なシナプス伝達制御様式を呈することが明らかとなった。例えば、海馬Schaffer側枝刺激によりCA1領域アストロサイトは興奮してglutamateを放出するが、このglutamateはCA1錐体細胞の後シナプスに存在するNNMDA受容体(NR2B含有)に作用して、興奮性のSICを誘導する。これは、隣接した錐体神経発火の同期に関与し、CA1神経ネットワーク全体の興奮性制御に強く影響する12)。一方、貫通線維を刺激した場合には、歯状回(DG)アストロサイトから放出されたglutamateは、DG顆粒細胞の前シナプスに存在するNMDA受容体に作用し、興奮性シナプス伝達を亢進させる13)。さらにCA3-CA1シナプスでは、前シナプス性 mGluR(グループI)を介した興奮性シナプス伝達促進作用14)が認められている(図B、右)。抑制性シナプス伝達に対しては、CA1アストロサイトは前シナプス性 mGluR (グループII/III)を介して、そのシナプス伝達を抑制する15)(図B、左)。グリア伝達物質の初期の総説に、glutamate興奮性の制御、ATP抑制性の制御、のような記載がされているものがあるが、glutamateという1つのグリア伝達物質だけに注目しても、その制御様式は非常に多義にわたる。

ATP: エネルギーの通貨である細胞内ATPは、細胞外に放出されて化学伝達物質として機能する。ATPとその特異的受容体P2受容体は、グリア伝達による細胞間コミュニケーションで中心的役割を果す。アストロサイトがグリア伝達物質ATPを介して、興奮性シナプス伝達をダイナミックに制御することは、2003年に3つの独立したグループにより報告された1-3)。アストロサイトは種々の刺激、さらに神経の活動に応じてCa2+興奮性を伴ってATPを放出し、そのATPが直接又は細胞外ecto-nucleotidaseにより代謝されてアデノシンとして、P2Y1受容体、adenosine A1受容体、又は両者のヘテロオリゴマーを介して、視神経2)及び海馬1, 3)におけるglutamate興奮性シナプス伝達を、前シナプス性に抑制する(図1A、右)。これらは、in vitroの研究成果であったが、その後アストロサイトのグリア伝達を阻害した遺伝子改変動物(dn-SNAREマウス)を使った研究から、in situ又はin vivoでも、アストロサイトATPによる前シナプス性の興奮性シナプス伝達抑制が証明された4, 5)。また、アストロサイトのCa2+興奮性には、神経の活動に非依存的な成分も含まれることから、アストロサイト自身が独立した活動性を有し、Ca2+興奮性またグリア伝達物質放出により、神経活動を制御していることが明らかとなった1)。アストロサイトのシナプスの被覆程度は脳部位や神経細胞の種類により異なり、また脳部位によるグリア伝達物質の種類・受容体のサブクラス等に大きな違いがある。従って、グリア伝達物質ATPを介したアストロサイト-興奮性シナプス連関はその貢献度及び制御様式等において、極めて多様性に富む。アストロサイトのシナプス伝達制御に対する貢献度及び制御様式は多くの脳部位によって大きく異なる。例えば、前述した海馬とは異なり、孤束核ではATPは前シナプスP2X受容体に作用して、活動電位非依存的にグルタミン酸の放出を亢進させる7)、つまり前シナプス性に興奮性シナプス伝達促進作用を呈したのである(図A、右)。 アストロサイトATPによる抑制性GABA神経に対する作用はまた異なる。海馬のGABA性介在神経はG蛋白共役型ATP受容体であるP2Y1受容体を発現しており、ATPはこの後シナプスP2Y1受容体刺激を介してこれら介在神経を興奮させ、入力神経の入力神経における抑制性シナプス電流(IPSC)を増大させる(図A、左)。P2Y1受容体刺激によるGABA神経の興奮9)に至るメカニズムの詳細は不明であるが、K+コンダクタンス低下と非選択的陽イオンコンダクタンスの増加が関連していると考えられている10)。このように、海馬ではアストロサイトから放出されたATPは、直接GABA介在神経を興奮させることにより海馬神経ネットワークの興奮性に対して抑制性に働き10)、さらに前述したようにglutamate神経の興奮性シナプス伝達を前シナプス性に抑制する。従って、海馬におけるグリア-神経連関においては、グリア伝達物質ATPは抑制性分子であると言える。

D-serin: Glutamate神経の興奮性シナプス伝達のうち、NMDA受容体を介するものは、D-serineによりアロステリックな促進性制御を受けることが良く知られている。D-serineもまた、代表的なグリア伝達物質であり、glutamate刺激によりアストロサイトから放出される16)。 NMDA受容体は、長期増強等のシナプス可塑性を支える中心的な分子であるが、アストロサイトは、D-serineを放出することによりNMDA受容体活性化亢進作用、さらにはシナプス可塑性を強く制御する17)。当初、D-serine合成酵素seine racemaseがアストロサイト特異的と考えられていたため、D-seirineはアストロサイト特異的なグリア伝達物質として特に注目された。しかし後にserine racemaseは神経にも強く発現することが明らかとなり、D-serineのアストロサイト特異性は失われたが、アストロサイトによる興奮性シナプス制御を考えるうえで、重要な分子であることには変わりはない。

γアミノ酪酸(GABA):小脳バーグマングリア(アストロサイト様グリア)及び層状アストロサイトは、細胞内にGABAを含み、Bestrophin1と呼ばれるチャネルから恒常的にGABAを放出する{Lee, 2010 #50}。これにより、バーグマングリアは小脳顆粒細胞平行線維のGABAA受容体を、また層状アストロサイトは小脳顆粒神経細胞体GABAA受容体を活性化し、興奮性神経である顆粒神経の基礎活動量を抑制している。この様な、アストロサイトによる神経活動の恒常的な制御は、GABAだけでなくATPを介した制御でも同様であり、アストロサイトが神経活動を制御する際の特徴的な様式であると言える。アストロサイトのGABA放出を介した抑制性制御も全ての脳部位で認められる現象ではない。例えば、小脳では認められるが海馬ではない{Yoon, 2011 #49}。従って、アストロサイトのGABA性神経制御についても、脳部位による差異を考慮する必要がある。

その他:Eicosanoids、neuropeptides、cytokines、chemokines、 growth factors等、シナプス伝達の即時的制御に関わる分子は多い。さらに、シナプス新生{Christopherson, 2005 #65}、ニューロンネットワークのリモデリング等{Stevens, 2007 #64}、少し長いタイムスケールにおけるシナプス伝達の調節にも、アストロサイトは積極的に関与している。また、重要なことは、各種脳疾患時には、グリア細胞の性質が激変することである。病態時グリア細胞が呈する、グリア伝達物質の質・量の変化、さらにシナプス伝達に与える影響変化の詳細な解析は、各種脳疾患の分子病態解明の新しい視点になり得る{Santello, 2011 #62}。

従って、従来の前シナプス(Pre)、後シナプス(Post)による神経間コミュニケーションに加え、アストロサイトが形成する周辺シナプス(Peri)を加えた三つのエレメントによるコミュニケーション、つまり、三者間シナプス(tripartite synapse)が、シナプス伝達の基本型である可能性が高い6)。

アストロサイトは種々の刺激に応答して化学物質を放出するが、これらをグリア伝達物質(gliotransmitter)と呼ぶ。グリア伝達物質として最初に報告されたものは、glutamateであり、海馬培養神経-グリア細胞において、アストロサイトから放出されたglutamateが後シナプスのN-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体を刺激して興奮させること、また前シナプスの代謝型glutamate受容体を介して抑制性の制御をする{Araque, 1998 #1}。さらにadenosine 5’-triphosphate (ATP){Koizumi, 2003 #3;Newman, 2003 #22;Zhang, 2003 #21}{Pascual, 2005 #5;Halassa, 2009 #7}、D-serine{Schell, 1995 #55}{Henneberger, 2010 #51}, GABA{Lee, 2010 #50}等がグリア伝達物質として機能していることが明らかとなった。これらは、即時的なシナプス伝達を制御するが、その様式は脳部位及び神経細胞種、さらにグリア伝達物質受容体サブクラスに依存して、極めて多様な様式を呈する。


、多様性な制御を行っている。即時的なシナプス伝達らの研究が最初である。アストロサイトは刺激依存的にglutamateを放出し、これが近傍神経に作用して樹状突起シナプス外N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体を介したslow-inward current (SIC)誘発、さらに代謝型glutamate受容体 (mGluR)を介した前シナプス性の抑制を引き起こす。これは、今日のグリア-神経連関の契機となった研究であると言える。その後の多くの研究により、glutamateを介したアストロサイトもまた、脳部位及び制御する神経の違い等により、非常に複雑なシナプス伝達制御様式を呈することが明らかとなった。例えば、海馬Schaffer側枝刺激によりCA1領域アストロサイトは興奮してglutamateを放出するが、このglutamateはCA1錐体細胞の後シナプスに存在するNNMDA受容体(NR2B含有)に作用して、興奮性のSICを誘導する。これは、隣接した錐体神経発火の同期に関与し、CA1神経ネットワーク全体の興奮性制御に強く影響する{Fellin, 2004 #60}。一方、貫通線維を刺激した場合には、歯状回(DG)アストロサイトから放出されたglutamateは、DG顆粒細胞の前シナプスに存在するNMDA受容体に作用し、興奮性シナプス伝達を亢進させる{Jourdain, 2007 #61}。さらにCA3-CA1シナプスでは、前シナプス性 mGluR(グループI)を介した興奮性シナプス伝達促進作用{Perea, 2007 #57}が認められている。抑制性シナプス伝達に対しては、CA1アストロサイトは前シナプス性 mGluR (グループII/III)を介して、そのシナプス伝達を抑制する{Liu, 2004 #59}。グリア伝達物質の初期の総説に、glutamate興奮性の制御、ATP抑制性の制御、のような記載がされているものがあるが、glutamateという1つのグリア伝達物質だけに注目しても、その制御様式は非常に多義にわたる。 細胞外ATPとその特異的受容体P2受容体は、グリア伝達による細胞間コミュニケーションで中心的な役割を果たしている{Guthrie, 1999 #11}。アストロサイトがグリア伝達物質ATPを介して、興奮性シナプス伝達をダイナミックに制御することは、2003年我々を含む3つの独立したグループにより報告された。アストロサイトは種々の刺激、さらに神経の活動に応じてCa2+興奮性を伴ってATPを放出し、そのATPが直接又は細胞外ecto-nucleotidaseにより代謝されてアデノシンとして、P2Y1受容体、adenosine A1受容体、又は両者のヘテロオリゴマーを介して、視神経{Newman, 2003 #22}及び海馬{Koizumi, 2003 #3;Zhang, 2003 #21}におけるglutamate興奮性シナプス伝達を、前シナプス性に抑制する。これらは、in vitroの研究成果であったが、その後アストロサイトのグリア伝達を阻害した遺伝子改変動物(dn-SNAREマウス)を使った研究から、in situ又はin vivoでも、アストロサイトATPによる前シナプス性の興奮性シナプス伝達抑制が証明された{Pascual, 2005 #5;Halassa, 2009 #7}。また、アストロサイトのCa2+興奮性には、神経の活動に非依存的な成分も含まれることから、アストロサイト自身が独立した活動性を有し、Ca2+興奮性またグリア伝達物質放出により、神経活動を制御していることが明らかとなった{Koizumi, 2003 #3;Kuga, 2011 #44}。つまり、アストロサイトはグリア伝達物質ATPを介して、極めてダイナミックかつ積極的にシナプス伝達を制御しているのである。従って、従来の前シナプス(Pre)、後シナプス(Post)による神経間コミュニケーションに加え、アストロサイトが形成する周辺シナプス(Peri)を加えた三つのエレメントによるコミュニケーション、つまり、三者間シナプス(tripartite synapse)が、シナプス伝達の基本型である可能性が高い{Araque, 1999 #2}。三者間シナプスの基本型は多くの脳部位で共通した現象であるが、アストロサイトのシナプスの被覆程度は脳部位や神経細胞の種類により異なり、また脳部位によるグリア伝達物質の種類・受容体のサブクラス等に大きな違いがある。従って、グリア伝達物質ATPを介したアストロサイト-興奮性シナプス連関はその貢献度及び制御様式等において、極めて多様性に富む。アストロサイトのシナプス伝達制御に対する貢献度及び制御様式は多くの脳部位によって大きく異なる。例えば、前述した海馬とはことなり、孤束核ではATPは神経終末のP2X受容体に作用して、活動電位非依存的にグルタミン酸の放出を亢進させる{Shigetomi, 2004 #45}、つまり興奮性シナプス伝達に対して促進的に働く。延髄呼吸中枢野ではpH低下を感知したアストロサイトは、ATPを放出することにより横隔神経を興奮させ呼吸促進作用を呈する{Gourine, 2010 #25}。 アストロサイトATPによる抑制性GABA神経に対する作用はまた異なる。海馬のGABA性介在神経はG蛋白共役型ATP受容体であるP2Y1受容体を発現しており、ATPはこのP2Y1受容体刺激を介して、これら介在神経を興奮させ、入力神経のIPSCを増大させる。P2Y1受容体刺激によるGABA神経の興奮{Kawamura, 2004 #46}に至るメカニズムの詳細は不明であるが、K+コンダクタンス低下と非選択的陽イオンコンダクタンスの増加が関連していると考えられている{Bowser, 2004 #47}。このように、海馬ではアストロサイトから放出されたATPは、直接GABA介在神経を興奮させることにより海馬神経ネットワークの興奮性に対して抑制性に働き{Bowser, 2004 #47}、さらに前述したようにglutamate神経の興奮性シナプス伝達を前シナプス性に抑制する。従って、海馬におけるグリア-神経連関においては、グリア伝達物質ATPは抑制性分子であると言える。

Glutamate神経の興奮性シナプス伝達のうち、NMDA受容体を介するものは、D-serineによりアロステリックな促進性制御を受けることが良く知られている。D-serineもまた、代表的なグリア伝達物質である。D-serineはアストロサイトに多く存在し、glutamate刺激によりアストロサイトから放出される{Schell, 1995 #55}。 NMDA受容体は、長期増強等のシナプス可塑性を支える中心的な分子であるが、アストロサイトは、D-serineを放出することによりNMDA受容体活性化亢進作用、さらにはシナプス可塑性を強く制御する{Henneberger, 2010 #51}。当初、D-serine合成酵素seine racemaseがアストロサイト特異的と考えられていたため、D-seirineはアストロサイト特異的なグリア伝達物質として特に注目された。しかし後にserine racemaseは神経にも強く発現することが明らかとなり{Miya, 2008 #52}、D-serineのアストロサイト特異性は失われたが、アストロサイトによる興奮性シナプス制御を考えるうえで、重要な分子であることには変わりはない。

 

1. 1. アストロサイトはどのように情報を伝えるか?  アストロサイトがこれまで注目を浴びなかった最大の理由は、その電気活動性にある。脳機能の解析に頻用される電気生理学的手法を用いると、アストロサイトは非常におとなしい細胞で、活動電位を発生することは無い。しかし、他の手法、例えばCa2+イメージング法等を用いれば、アストロサイトは種々の化学伝達物質に応答する非常に活動的な細胞であることがわかる{Charles, 1994 #17;Nedergaard, 1994 #13;Hassinger, 1996 #14}。また、アストロサイトは自身でATP等の化学伝達物質を放出し、細胞間を伝播するCa2+波を形成する{Guthrie, 1999 #11}。つまりアストロサイトは、電気生理学的には非興奮性であるが、化学伝達物質を放出することにより周囲に情報を伝播させることが出来るのである。このような化学伝達物質を「グリオトランスミッター(gliotransmitter)」と呼ぶ。例えば図1Aで示すように、極細硝子電極で単一アストロサイトを機械的に刺激すると、先ず被刺激細胞で一過性の細胞内Ca2+濃度上昇が観察され、これは一定のタイムラグを経て近傍の細胞にCa2+波となって伝播する。このCa2+波の伝播は、ATP受容体であるP2受容体阻害薬、ATP分解酵素アピラーゼで抑制されるが、ギャップ結合阻害薬や他のグリオトランスミッターグルタミン酸受容体拮抗薬では抑制されなかった。また、ATP放出のイメージング法を用いた解析では、機械刺激によるATPの放出・拡散が観察され(図1B)、これはCa2+波伝播の時・空間変動と強くリンクしていた(図1C)。つまり、ATPはグリオトランスミッターとしてアストロサイトの情報発信能の中核を担っているのである。脳以外の非興奮性細胞、例えば、膀胱上皮{Mochizuki, 2009 #32}また表皮ケラチノサイト{Koizumi, 2004 #34}においても、ATPは刺激依存的に放出され、周辺の末梢一次求心性ニューロンにその情報を伝達している。また、P2受容体は現在15種類同定されているが(チャネル型P2X1-7及びG蛋白共役型P2Y1,2,4,6,11-14)、殆どの組織・細胞で何らかのP2受容体発現が認められていることを考慮すると、ATP/P2受容体シグナルは、多様な生理機能とリンクしていることが示唆される。また近年は、多光子励起レーザー顕微鏡の発達により、in vivoの脳内でアストロサイトCa2+波を観察することが可能となった{Hirase, 2004 #9}。正常脳でのアストロサイトCa2+波の頻度が低いこと{Hirase, 2004 #9}、ATPによる成分が少ないこと{Takata, 2008 #8}等、in vitro実験系との矛盾点も認められたが、麻酔の影響排除、さらにレーザー強度の調節{Kuga, #44}等により、アストロサイトのATP依存的Ca2+波はin vivo脳でも認められることが明らかとなった{Nimmerjahn, 2009 #23}。

1. 2. グリオトランスミッターATPは何をしている? それでは、グリア細胞からニューロンへ情報は伝達されるのであろうか?2003年、3つの独立したグループから、ほぼ同様の論文が発表された。アストロサイトはATPを放出することにより、網膜ニューロン{Newman, 2003 #22}及び海馬ニューロン{Koizumi, 2003 #3;Zhang, 2003 #21}の活動を抑制するのである。アストロサイトから放出されたATP自身、また代謝産物のadenosineは、非常にダイナミックかつ強力にシナプス伝達を抑制する。海馬ニューロン−アストロサイト共培養系では、培養後1週間後程度からニューロンにおいて、グルタミン酸のシナプス伝達に起因する同期した自発的な Ca2+ 振動が観察される(図2)。これをシナプス伝達の指標としてATPの作用を検討した。ATP 刺激を行うと、このニューロンの Ca2+ 振動をニューロンのP2Y受容体依存的に抑制した (図 2A)。この共培養系において、単一アストロサイトに局所的な機械刺激を与えると、前述したようにアストロサイト間にCa2+波が伝播するが、これは被刺激細胞近傍のニューロンの Ca2+ 振動、つまりシナプス伝達を抑制した。さらにこの Ca2+ 振動抑制作用は、ATP 分解酵素 アピラーゼ 処置により消失した (図 2B)。つまり、アストロサイトから放出された ATP は海馬の興奮性シナプス伝達をダイナミックに抑制するのである(図2C)。また、アストロサイトはニューロンの活動電位をテトロドトキシン(TTX)で完全に抑制した場合でも、またニューロンが存在しないアストロサイト純培養系でも、自発的なCa2+波を形成する能力を有していた。これは、アストロサイトはニューロンから独立した情報発信能を有していること、さらにニューロンの基礎活動性はアストロサイトにより恒常的にコントロールされている可能性を示唆するものである。

1. 3. 実際のアストロサイトはグリオトランスミッターを放出しているのか?  アストロサイトからのATP放出メカニズムに関しては不明な点が多い。少なくとも5種類のATP放出経路が示唆されている。コネキシン、パネキシンが形成するヘミチャネル、maxi-anion channel、P2X7受容体、Cl- チャネルを介した自由拡散及び開口放出である。アストロサイトが、小胞様の構造を有していること、開口放出に必須な蛋白であるsoluble NSF-attachment protein receptor (SNARE)を発現していること、Ca2+依存性に化学物質を放出すること等を考えると、開口放出による放出を行っている可能性が高い。Pascualら(2005)は、不活性体SNARE(dn-SNARE)をアストロサイト特異的にノックインしアストロサイトからの開口放出を阻害した遺伝子改変マウス(dn-SNAREマウス)を作成した{Pascual, 2005 #5}。このdn-SNAREマウス脳では、細胞外ATP及びアデノシンが低下していること、ATP/adenosineによる興奮性シナプス伝達抑制作用が低下していること、これによりシナプス伝達の興奮性が亢進していることを明らかとした。この研究により重要な知見が2点明らかとなった。つまり、(1)アストロサイトは開口放出によりATPを放出しシナプス伝達を抑制していること、(2)アストロサイトはATP以外のグリオトランスミッター(グルタミン酸等)も放出するが、dn-SNAREマウスアストロサイトで放出が阻害された分子はATPであったこと、である。細胞内ATP等のヌクレオチドを小胞内へ取り込む小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT){Sawada, 2008 #35}の発見及びその脳及びアストロサイトでの発現は、ATP開口放出の重要性を強く示唆するものであるが詳細は今後の解析を待たねばならない。

1. 4. グリア伝達と生理機能 最近、グリオトランスミッターATPに関する非常に興味深い報告、つまりアストロサイトによる呼吸調節に関する報告がなされた。Gourineらは、延髄呼吸中枢のアストロサイトを用いた研究により、pHを正常レベルから0.2低下させただけでも、アストロサイトでCa2+波が惹起され、ATPが放出されることを明らかとした{Gourine, 2010 #25}。さらに、アストロサイトから放出されたATPは、横隔ニューロンを興奮させ、呼吸数の増大を引き起こす。つまり延髄呼吸中枢では、アストロサイトは中枢性化学受容器として機能し、血中や脳のpH情報を感知してその情報を周辺ニューロンにATPの化学情報として発信しているのである。また、非常に興味深いことに、このようにpH感知によるATP放出及びCa2+波を惹起するアストロサイトは延髄呼吸中枢周辺に存在するものに限られていた。アストロサイトは脳部位により特徴的な応答性を有していることが明らかとなり、これはその化学情報発信様式も多様であり、脳部位による差が大きいことを示唆するものである。他にも、アストロサイトがグリオトランスミッターを介して睡眠調節に関わること{Halassa, 2009 #7}、LTP(長期増強)現象を増強すること{Henneberger, 2010 #29}、アストロサイトのグリコーゲン代謝産物である乳酸の放出・供給が海馬LTP形成・維持に必須であること{Suzuki, 2011 #28}等、ニューロン−グリア連関と生理機能に関して多くの重要な研究成果が報告されるようになった。更に病態との関連性では、アストロサイト機能変調によりグリオトランスミッター放出低下によるATP放出及びその代謝産物アデノシン細胞外濃度低下がニューロンの易興奮性に関与していること{Masino, 2008 #43;Koizumi, 2010 #42}等、興味深い知見は多い。しかし、延髄アストロサイトのpH感知の例でもわかるように、アストロサイトはそれぞれの脳部位で独自の性質を獲得し、脳部位に特化した機能呈している可能性が高い。各脳部位に特化したアストロサイトの応答様式さらにニューロン制御様式を精査し、脳機能及び病態との関連性を丹念に調べ、事実を積み重ねていく必要がある。

  1. Araque, A., Parpura, V., Sanzgiri, R.P., & Haydon, P.G. (1999).
    Tripartite synapses: glia, the unacknowledged partner. Trends in neurosciences, 22(5), 208-15. [PubMed:10322493] [WorldCat] [DOI]