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脳科学辞典 - 利用者の投稿記録 [ja]
2024-03-29T01:07:22Z
利用者の投稿記録
MediaWiki 1.39.6
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=24348
アミロイドーシス
2014-01-04T00:59:15Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text= [[アミロイド]]amyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質である。アミロイドが、組織間隙に沈着して臓器の機能不全が生じる疾患をアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、大きく[[全身性アミロイドーシス]]と[[限局性アミロイドーシス]]に分類される。代表的な全身性アミロイドーシスには、全身性AAアミロイドーシス、家族性アミロイドニューロパチーが挙げられる。限局性アミロイドーシスには脳アミロイドーシスである、[[アルツハイマー病]]、[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]、遺伝性アミロイド性脳出血で、[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などが知られている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。}}<br />
<br />
<br />
==アミロイドーシスとは==<br />
アミロイドamyloidはコンゴーレッド染色でオレンジ色に染まり、偏光顕微鏡で緑色偏光を呈し、電子顕微鏡観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を総称してアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している<br />
<br />
沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイドタンパク質としては、モノクローナル[[免疫グロブリン]]の[[wikipedia:ja:L鎖|L鎖]]由来の[[アミロイドAL]]や[[wikipedia:ja:H鎖|H鎖]]由来の[[アミロイドAH]]、[[wikipedia:ja:血清アミロイドA|血清アミロイドA]]の代謝産物である[[アミロイドA]](AA)、β2[[ミクログロブリン]]、[[トランスサイレチン]]、[[ゲルソリン]]、[[アポAI]]が知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である[[wikipedia:ja:形質細胞|形質細胞]]の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]や[[wikipedia:ja:リウマチ|リウマチ]]などが原因となり全身性[[wikipedia:ja:慢性炎症|慢性炎症]]を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]及び[[wikipedia:ja:血液透析|血液透析]]によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、[[wikipedia:ja:家族性アミロイドニューロパチー|家族性アミロイドニューロパチー]] [[wikipedia:Familial amyloid polyneuropathy|Familial amyloid polyneuropathy(FAP)]]が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が[[神経節]]を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起する[[プリオン]]遺伝子変異も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。<br />
<br />
通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、[[末梢神経]]障害の進行を抑制する[[wikipedia:Vyndaqel|Vyndaqel]](一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
トランスサイレチンが全身性に蓄積する疾患として、老人性全身性アミロイドーシスも知られている。この疾患では心室へ大量にアミロイド沈着を生じ難治性の不整脈と心不全をきたし、老年期心疾患の重要なものの一つである。高齢者の心臓へのアミロイド沈着は80歳以上の剖検例では25~28%の頻度でみられ、心房細動から最終的には心不全に陥る。確定診断としてはトランスサイレチン遺伝子に変異はなく、野生型トランスサイレチンの蓄積が見られることが挙げられる。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としてはアルツハイマー病や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、[[シスタチンC]]の遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>が[[アイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血]]で見出されている。<br />
<br />
また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病や[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]]などのプリオン病患者脳で報告されている。さらに[[wikipedia:BRI2|BRI2]]遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型[[家族性認知症]]患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としては[[カルシトニン]]、[[アミリン]]、[[インスリン]]、[[心房ナトリウム利尿ペプチド]]が同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしては[[wikipedia:ja:ケラチン|ケラチン]]が、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
{| class="wikitable"<br />
|- class="hintergrundfarbe5"<br />
! タイプ<br />
! 頻度<br />
! 詳細<br />
|-<br />
| '''原発性アミロイドーシス''' || 稀 || 基礎疾患を伴わないアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''家族性アミロイドーシス''' || 稀 || 遺伝的に変異をおこしたアミロイド原性タンパク質によって惹起されるアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''二次性アミロイドーシス''' || 低 || 何らかの基礎疾患に合併して生じるアミロイドーシス<br /> 多発性骨髄腫や原発性マクログロブリン血症とALアミロイドーシス<br /> 関節リウマチとAAアミロイドーシス<br /> 長期透析とAβ<sub>2</sub>Mアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''老人性全身アミロイドーシス''' || 高 || 加齢とともに心臓を含めた全身においてトランスサイレチンが蓄積する<br /> 遺伝子変異を伴わず、野生型アミロイドタンパク質が蓄積する<br />
|-<br />
|}<br />
{| class="wikitable" class="sortable wikitable"<br />
|-<br />
! 略称<br />
! アミロイドタンパク質<br />
! 病態<br />
! [[OMIM]]<br />
|-<br />
| '''AL'''<br />
| [[免疫グロブリンL鎖]]<br />
| 異常形質細胞によって産出されるモノクローナル免疫グロブリンL鎖由来のアミロイドALが全身諸臓器(心臓、腎臓、消化管、肝臓、末梢神経など)に沈着する。<br />
| {{OMIM2|254500}}<br />
|-<br />
| '''AA'''<br />
| [[血清アミロイドA]]<br />
| 慢性炎症時におもに肝臓から産出される急性期タンパク質の血清アミロイドA(SAA)の代謝産物アミロイドA(AA)が腎臓や消化管に沈着する。<br />
|-<br />
| '''Aβ'''<br />
| [[アミロイドβタンパク質]]<br />
| アルツハイマー病患者脳において蓄積する老人斑はAβを主要構成成分とする。健常高齢者脳においても蓄積が見られることがある。<br />
| {{OMIM2|605714}}<br />
|-<br />
| '''ATTR'''<br />
| [[トランスサイレチン]]<br />
| 主として肝臓から産生されるが、トランスサイレチン遺伝子に変異のある異型TTRは肝実質にアミロイド沈着はほとんどなく、神経節を含む末梢神経、自律神経系やほかの組織に沈着する。<br />野生型トランスサイレチンが蓄積する老人性全身性アミロイドーシスでは主に心臓、他に肺、腎臓、全身の小血管にアミロイドが蓄積する。<br />
| {{OMIM2|105210}}<br />
|-<br />
| '''Aβ<sub>2</sub>M'''<br />
| [[β2ミクログロブリン]]<br />
| 長期透析患者では血中で増加しているβ2ミクログロブリン由来のアミロイドが靱帯、骨領域に沈着する。<br />
|-<br />
| '''AIAPP'''<br />
| [[アミリン]]<br />
| Ⅱ型糖尿病に伴い膵ランゲルハンス島やインスリノーマにアミリン由来のアミロイドが蓄積する。<br />
|-<br />
| '''APrP'''<br />
| [[プリオン]]<br />
| プリオン病においては異常なフォールディングを受けたプリオンタンパク質が脳内に蓄積する。<br />
| {{OMIM2|123400}}<br />
|-<br />
| '''AGel'''<br />
| [[ゲルソリン]]<br />
| ゲルソリン遺伝子変異により、アミロイド蓄積が惹起される。<br />
| {{OMIM2|105120}}<br />
|-<br />
| '''ACys'''<br />
| [[シスタチンC]]<br />
| シスタチンC遺伝子変異により、脳血管周囲にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーを家族性に発症する。<br />
| {{OMIM2|105150}}<br />
|-<br />
| '''AApoA1'''<br />
| [[アポAI]]<br />
| ApoA1遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''AFib'''<br />
| [[フィブリノーゲンα鎖]]<br />
| FGA遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''ALys'''<br />
| [[リゾチーム]]<br />
| LYZ遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| ?<br />
| [[オンコスタチンM受容体]]<br />
| OSMR遺伝子変異により皮膚に生じるアミロイドーシス。<br />
| {{OMIM2|105250}}<br />
|-<br />
| '''ABri'''<BR>'''ADan'''<br />
| [[BRI2/ITM2B]]<br />
| BRI2/ITM2B遺伝子変異により生じる脳アミロイドーシス。<br />
| {{OMIM2|176500}}<BR>{{OMIM2|117300}}<br />
|-<br />
| '''APro'''<br />
| [[プロラクチン]]<br />
| 下垂体のプロラクチン産生腺腫において見出されるアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''AKer'''<br />
| [[ケラチン(ケラトエピセリン)]]<br />
| 皮膚に限局して発症するアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''AANF'''<br />
| [[心房性ナトリウム利尿ペプチド]]<br />
| 心房に限局して沈着するアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''ACal'''<br />
| [[カルシトニン]]<br />
| 甲状腺髄様癌において見出されるアミロイドーシス。<br />
|<br />
|}<br />
<br />
==病態生理==<br />
[[Image:2M5N.pdb|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: {{PDB2|2M5N}}]]<br />
<br />
<br />
===構造===<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通して[[クロスβ構造]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向に[[wikipedia:ja:βストランド|βストランド]]となり、かつ線維軸方向に[[wikipedia:ja:βシート構造|βシート構造]]をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[[wikipedia:ja:Aβ|Aβ]]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用した[[アミロイドPETスキャン]]が可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===線維形成過程と伝播===<br />
[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]<br />
[[Image:2M4J.pdb|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: {{PDB2|2M4J}}]]<br />
<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、[[プリオン]]タンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデル[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]を用いた伝播実験が確認されているが、野生の[[wikipedia:ja:チーター|チーター]]においてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病([[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]おける[[スクレイピー]]、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]における[[Chronic wasting disease]])の[[wikipedia:ja:水平伝播|水平伝播]]メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経や[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの[[wikipedia:ja:腹腔|腹腔]]内にAβ線維を注入すると[[大脳皮質]]でのAβの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質([[タウ]]、[[シヌクレイン]]、[[TDP-43]]など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
===細胞毒性===<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、[[脂質二重膜]]の障害、[[酸化的ストレス]]や[[小胞体ストレス]]の惹起、[[ミトコンドリア]]障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも[[大脳皮質]]に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定されており、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]および[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、α7[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[インスリン受容体]]、[[RAGE]]、プリオンタンパク質や[[EPHB2|EphB2]]、[[LilrB2]]などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[プリオン病]]<br />
*[[アミロイドβタンパク質]]<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=24344
アミロイドβタンパク質
2014-01-03T15:10:48Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年12月7日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである[[老人斑]]の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接[[神経細胞毒性]]を示しうること、そして[[家族性アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「[[アミロイドカスケード仮説]]」が現在広く支持されている。Aβは前駆体タンパク質APPの部分断片であり、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した切断によって産生、分泌される。そして細胞外で様々な経路において分解を受ける。したがってセクレターゼ活性の制御やAβ分解経路の活性化はアルツハイマー病治療戦略として重要であると考えられている。<br />
}}<br />
<br />
(編集コメント:抄録ですので、セクレターゼによるAPPからの産生、分解、治療戦略も含めて頂ければと思います)<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質とは==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。(編集コメント:ダウン症との関連はいかがでしょうか)<br />
<br />
==産生==<br />
cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質である[[Amyloid-β precursor protein]]([[APP]])の部分断片であること、[[βセクレターゼ]]および[[γセクレターゼ]]による連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。βセクレターゼ活性は[[BACE1]]と呼ばれる[[一回膜貫通型アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。γセクレターゼはPresenilinを活性中心サブユニットとし、[[ニカストリン]]、[[Aph-1]]、[[Pen-2]]と膜タンパク複合体<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>として活性を発揮する膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、APPの膜貫通領域を細胞質側から徐々に切断し最終的にAβを分泌せしめる。Presenilinは9回膜貫通型構造を取り、第6膜貫通領域にYDモチーフ、第7膜貫通領域にGxGDモチーフと呼ばれる活性中心アミノ酸残基を含むモチーフを持つ。また第8および第9膜貫通領域の間にPALモチーフと呼ばれる種間保存性の高い一次配列を持つ。これら3つのモチーフを含む膜結合型プロテアーゼは古細菌から保存されており、[http://merops.sanger.ac.uk/cgi-bin/famsum?family=a22 Peptidase family A22]としてMEROPSデータベース上で分類されている。しかし4種類の膜タンパク質からなる複合体形成を必要とするのはγセクレターゼのみである。<br />
<br />
一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。神経細胞における主たるαセクレターゼとしてはADAM9、ADAM10、ADAM17が候補として考えられている。<br />
(編集コメント:エクトドメインシェディングは本題とはあまり関係ないのではないでしょうか?むしろ、それぞれのセクレターゼに関する詳細を御記述頂いてはと思います。たとえば家族性アルツハイマー病遺伝子産物であるプレシニリンとの関連など)。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
凝集したAβが神経細胞毒性を発揮する機構として近年オリゴマー仮説が注目されている(「アルツハイマー病」の4.2.3「オリゴマー仮説」参照)。この仮説では特に神経細胞死を惹起する前に可溶性Aβオリゴマーが毒性受容体を介してシナプス毒性を引き起こしているという仮説が考えられており、様々な膜タンパク質がAβ毒性受容体候補としてあげられている(「アミロイドーシス」の「細胞毒性」を参照)。<br />
<br />
(編集コメント:Aβの毒性が最近言われております。その毒性と受容体などのメカニズムに関してはいかがでしょうか。)<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]<br />
<br />
第21番染色体のトリソミーであるダウン症患者脳において早期より老人斑蓄積が見られることから、APP遺伝子とADの関係が示唆されていた。その後見出された家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量(図2)もしくは凝集性を高める性質を示すことが明らかとなった。さらにAPP遺伝子の重複変異を持つFAD家系<ref><pubmed> 16369530 </pubmed></ref>が同定され、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、FADにおいてADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がAPP代謝をAβ産生へとシフトさせ、アルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADは[[Presenilin 1]]もしくは[[Presenilin 2|2]]遺伝子上の点突然変異に連鎖する。これらのFAD変異がPresenilinタンパク質にどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、Aβ42産生を上昇させる変異の他、Aβ40産生を低下させる変異や、全体としてAβ産生を抑制するような変異も報告されている。しかしいずれの変異においても野生型γセクレターゼと比較してAβ42の産生比率を特異的に増加させることが共通しており<ref><pubmed> 10327206 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16752394 </pubmed></ref>、その結果アルツハイマー病の発症過程が促進されていると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]<br />
<br />
Aβ配列内(図3)にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[細胞外プロテアーゼ#マトリックスメタロプロテアーゼ|マトリックスメタロプロテアーゼ]]などがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介した[[wikipedia:ja:トランスエンドサイトーシス|トランスエンドサイトーシス]]によって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、[[神経細胞死]]を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPP[[ノックアウトマウス]]における[[神経可塑性]]異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
なおAPPの生理機能については、[[シナプス小胞]]の[[輸送]]や神経突起の伸長に関与していることが示唆されているが<ref><pubmed> 22355794 </pubmed></ref>、[[哺乳類]]においてはファミリー分子である[[APLP1]]、[[APLP2]]が相補的に機能している。そのためAPPノックアウトマウスで大きな異常は認められていないが、APP/APLP2ダブルノックアウトマウスでは脳の発生異常が報告されている。しかしAPLPファミリーとAPPではAβ部分の一次配列が全く異なっており、少なくともAβはAPP機能には必要ないと考えられる。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]<br />
<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。この副作用の原因は定かではないが、前述したようにγセクレターゼは数多くの基質の切断に関与していること、特にNotchシグナルの抑制が大きな問題となったのではないかと考えられている。従って現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]や[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]による治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素[[glutaminyl cyclase]]も、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳(図4)において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、[[神経原線維変化]]は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が[[認知機能]]低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβはアルツハイマー病を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やmild cognitive impairment(MCI)がアルツハイマー病を発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのアルツハイマー病病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[アミロイドーシス]]<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=24343
アミロイドβタンパク質
2014-01-03T15:07:22Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年12月7日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである[[老人斑]]の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接[[神経細胞毒性]]を示しうること、そして[[家族性アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「[[アミロイドカスケード仮説]]」が現在広く支持されている。Aβは前駆体タンパク質APPの部分断片であり、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した切断によって産生、分泌される。そして細胞外で様々な経路において分解を受ける。したがってセクレターゼ活性の制御やAβ分解経路の活性化はアルツハイマー病治療戦略として重要であると考えられている。<br />
}}<br />
<br />
(編集コメント:抄録ですので、セクレターゼによるAPPからの産生、分解、治療戦略も含めて頂ければと思います)<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質とは==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。(編集コメント:ダウン症との関連はいかがでしょうか)<br />
<br />
==産生==<br />
cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質である[[Amyloid-β precursor protein]]([[APP]])の部分断片であること、[[βセクレターゼ]]および[[γセクレターゼ]]による連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。βセクレターゼ活性は[[BACE1]]と呼ばれる[[一回膜貫通型アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。γセクレターゼはPresenilinを活性中心サブユニットとし、[[ニカストリン]]、[[Aph-1]]、[[Pen-2]]と膜タンパク複合体<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>として活性を発揮する膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、APPの膜貫通領域を細胞質側から徐々に切断し最終的にAβを分泌せしめる。Presenilinは9回膜貫通型構造を取り、第6膜貫通領域にYDモチーフ、第7膜貫通領域にGxGDモチーフと呼ばれる活性中心アミノ酸残基を含むモチーフを持つ。また第8および第9膜貫通領域の間にPALモチーフと呼ばれる種間保存性の高い一次配列を持つ。これら3つのモチーフを含む膜結合型プロテアーゼは古細菌から保存されており、[http://merops.sanger.ac.uk/cgi-bin/famsum?family=a22 Peptidase family A22]としてMEROPSデータベース上で分類されている。しかし4種類の膜タンパク質からなる複合体形成を必要とするのはγセクレターゼのみである。<br />
<br />
一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。神経細胞における主たるαセクレターゼとしてはADAM9、ADAM10、ADAM17が候補として考えられている。<br />
(編集コメント:エクトドメインシェディングは本題とはあまり関係ないのではないでしょうか?むしろ、それぞれのセクレターゼに関する詳細を御記述頂いてはと思います。たとえば家族性アルツハイマー病遺伝子産物であるプレシニリンとの関連など)。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
凝集したAβが神経細胞毒性を発揮する機構として近年オリゴマー仮説が注目されている(「アルツハイマー病」の4.2.3「オリゴマー仮説」参照)。この仮説では特に神経細胞死を惹起する前に可溶性Aβオリゴマーが毒性受容体を介してシナプス毒性を引き起こしているという仮説が考えられており、様々な膜タンパク質がAβ毒性受容体候補としてあげられている(「アミロイドーシス」の「細胞毒性」を参照)。<br />
<br />
(編集コメント:Aβの毒性が最近言われております。その毒性と受容体などのメカニズムに関してはいかがでしょうか。)<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]<br />
<br />
第21番染色体のトリソミーであるダウン症患者脳において早期より老人斑蓄積が見られることから、APP遺伝子とADの関係が示唆されていた。その後見出された家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量(図2)もしくは凝集性を高める性質を示すことが明らかとなった。さらにAPP遺伝子の重複変異を持つFAD家系<ref><pubmed> 16369530 </pubmed></ref>が同定され、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、FADにおいてADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がAPP代謝をAβ産生へとシフトさせ、アルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADは[[Presenilin 1]]もしくは[[Presenilin 2|2]]遺伝子上の点突然変異に連鎖する。これらのFAD変異がPresenilinタンパク質にどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、Aβ42産生を上昇させる変異の他、Aβ40産生を低下させる変異や、全体としてAβ産生を抑制するような変異も報告されている。しかしいずれの変異においても野生型γセクレターゼと比較してAβ42の産生比率を特異的に増加させることが共通しており<ref><pubmed> 10327206 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16752394 </pubmed></ref>、その結果アルツハイマー病の発症過程が促進されていると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]<br />
<br />
Aβ配列内(図3)にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[細胞外プロテアーゼ#マトリックスメタロプロテアーゼ|マトリックスメタロプロテアーゼ]]などがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介した[[wikipedia:ja:トランスエンドサイトーシス|トランスエンドサイトーシス]]によって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、[[神経細胞死]]を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPP[[ノックアウトマウス]]における[[神経可塑性]]異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
なおAPPの生理機能については、[[シナプス小胞]]の[[輸送]]や神経突起の伸長に関与していることが示唆されているが<ref><pubmed> 22355794 </pubmed></ref>、[[哺乳類]]においてはファミリー分子である[[APLP1]]、[[APLP2]]が相補的に機能している。そのためAPPノックアウトマウスで大きな異常は認められていないが、APP/APLP2ダブルノックアウトマウスでは脳の発生異常が報告されている。しかしAPLPファミリーとAPPではAβ部分の一次配列が全く異なっており、少なくともAβはAPP機能には必要ないと考えられる。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]<br />
<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]や[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]による治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素[[glutaminyl cyclase]]も、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳(図4)において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、[[神経原線維変化]]は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が[[認知機能]]低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβはアルツハイマー病を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やmild cognitive impairment(MCI)がアルツハイマー病を発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのアルツハイマー病病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[アミロイドーシス]]<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=24342
アミロイドβタンパク質
2014-01-03T15:05:21Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年12月7日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである[[老人斑]]の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接[[神経細胞毒性]]を示しうること、そして[[家族性アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「[[アミロイドカスケード仮説]]」が現在広く支持されている。Aβは前駆体タンパク質APPの部分断片であり、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した切断によって産生、分泌される。そして細胞外で様々な経路において分解を受ける。したがってセクレターゼ活性の制御やAβ分解経路の活性化はアルツハイマー病治療戦略として重要であると考えられている。<br />
}}<br />
<br />
(編集コメント:抄録ですので、セクレターゼによるAPPからの産生、分解、治療戦略も含めて頂ければと思います)<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質とは==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。(編集コメント:ダウン症との関連はいかがでしょうか)<br />
<br />
==産生==<br />
cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質である[[Amyloid-β precursor protein]]([[APP]])の部分断片であること、[[βセクレターゼ]]および[[γセクレターゼ]]による連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。βセクレターゼ活性は[[BACE1]]と呼ばれる[[一回膜貫通型アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。γセクレターゼはPresenilinを活性中心サブユニットとし、[[ニカストリン]]、[[Aph-1]]、[[Pen-2]]と膜タンパク複合体<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>として活性を発揮する膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、APPの膜貫通領域を細胞質側から徐々に切断し最終的にAβを分泌せしめる。Presenilinは9回膜貫通型構造を取り、第6膜貫通領域にYDモチーフ、第7膜貫通領域にGxGDモチーフと呼ばれる活性中心アミノ酸残基を含むモチーフを持つ。また第8および第9膜貫通領域の間にPALモチーフと呼ばれる種間保存性の高い一次配列を持つ。これら3つのモチーフを含む膜結合型プロテアーゼは古細菌から保存されており、[http://merops.sanger.ac.uk/cgi-bin/famsum?family=a22 Peptidase family A22]としてMEROPSデータベース上で分類されている。しかし4種類の膜タンパク質からなる複合体形成を必要とするのはγセクレターゼのみである。<br />
<br />
一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。神経細胞における主たるαセクレターゼとしてはADAM9、ADAM10、ADAM17が候補として考えられている。<br />
(編集コメント:エクトドメインシェディングは本題とはあまり関係ないのではないでしょうか?むしろ、それぞれのセクレターゼに関する詳細を御記述頂いてはと思います。たとえば家族性アルツハイマー病遺伝子産物であるプレシニリンとの関連など)。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
凝集したAβが神経細胞毒性を発揮する機構として近年[[オリゴマー仮説]]が注目されている。特に神経細胞死を惹起する前にオリゴマーがAβ毒性受容体を介してシナプス毒性を引き起こしているという仮説が考えられており、様々な膜タンパク質がAβ受容体候補としてあげられている(「アミロイドーシス」の「細胞毒性」を参照)。<br />
<br />
(編集コメント:Aβの毒性が最近言われております。その毒性と受容体などのメカニズムに関してはいかがでしょうか。)<br />
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==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]<br />
<br />
第21番染色体のトリソミーであるダウン症患者脳において早期より老人斑蓄積が見られることから、APP遺伝子とADの関係が示唆されていた。その後見出された家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量(図2)もしくは凝集性を高める性質を示すことが明らかとなった。さらにAPP遺伝子の重複変異を持つFAD家系<ref><pubmed> 16369530 </pubmed></ref>が同定され、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、FADにおいてADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がAPP代謝をAβ産生へとシフトさせ、アルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADは[[Presenilin 1]]もしくは[[Presenilin 2|2]]遺伝子上の点突然変異に連鎖する。これらのFAD変異がPresenilinタンパク質にどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、Aβ42産生を上昇させる変異の他、Aβ40産生を低下させる変異や、全体としてAβ産生を抑制するような変異も報告されている。しかしいずれの変異においても野生型γセクレターゼと比較してAβ42の産生比率を特異的に増加させることが共通しており<ref><pubmed> 10327206 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16752394 </pubmed></ref>、その結果アルツハイマー病の発症過程が促進されていると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]<br />
<br />
Aβ配列内(図3)にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[細胞外プロテアーゼ#マトリックスメタロプロテアーゼ|マトリックスメタロプロテアーゼ]]などがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介した[[wikipedia:ja:トランスエンドサイトーシス|トランスエンドサイトーシス]]によって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、[[神経細胞死]]を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPP[[ノックアウトマウス]]における[[神経可塑性]]異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
なおAPPの生理機能については、[[シナプス小胞]]の[[輸送]]や神経突起の伸長に関与していることが示唆されているが<ref><pubmed> 22355794 </pubmed></ref>、[[哺乳類]]においてはファミリー分子である[[APLP1]]、[[APLP2]]が相補的に機能している。そのためAPPノックアウトマウスで大きな異常は認められていないが、APP/APLP2ダブルノックアウトマウスでは脳の発生異常が報告されている。しかしAPLPファミリーとAPPではAβ部分の一次配列が全く異なっており、少なくともAβはAPP機能には必要ないと考えられる。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]<br />
<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]や[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]による治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素[[glutaminyl cyclase]]も、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳(図4)において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、[[神経原線維変化]]は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が[[認知機能]]低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβはアルツハイマー病を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やmild cognitive impairment(MCI)がアルツハイマー病を発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのアルツハイマー病病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[アミロイドーシス]]<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=24341
アミロイドβタンパク質
2014-01-03T14:52:25Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年12月7日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである[[老人斑]]の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接[[神経細胞毒性]]を示しうること、そして[[家族性アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「[[アミロイドカスケード仮説]]」が現在広く支持されている。Aβは前駆体タンパク質APPの部分断片であり、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した切断によって産生、分泌される。そして細胞外で様々な経路において分解を受ける。したがってセクレターゼ活性の制御やAβ分解経路の活性化はアルツハイマー病治療戦略として重要であると考えられている。<br />
}}<br />
<br />
(編集コメント:抄録ですので、セクレターゼによるAPPからの産生、分解、治療戦略も含めて頂ければと思います)<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質とは==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。(編集コメント:ダウン症との関連はいかがでしょうか)<br />
<br />
==産生==<br />
cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質である[[Amyloid-β precursor protein]]([[APP]])の部分断片であること、[[βセクレターゼ]]および[[γセクレターゼ]]による連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。βセクレターゼ活性は[[BACE1]]と呼ばれる[[膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。γセクレターゼはPresenilinを活性中心サブユニットとし、[[ニカストリン]]、[[Aph-1]]、[[Pen-2]]と膜タンパク複合体<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>として活性を発揮する膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、APPの膜貫通領域を細胞質側から徐々に切断し最終的にAβを分泌せしめる。Presenilinは9回膜貫通型構造を取り、第6膜貫通領域にYDモチーフ、第7膜貫通領域にGxGDモチーフと呼ばれる活性中心アミノ酸残基を含むモチーフを持つ。また第8および第9膜貫通領域の間にPALモチーフと呼ばれる種間保存性の高い一次配列を持つ。これら3つのモチーフを含むプロテアーゼは古細菌から保存されており、[http://merops.sanger.ac.uk/cgi-bin/famsum?family=a22 Peptidase family A22]としてMEROPSデータベース上で分類されている。<br />
<br />
一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。神経細胞における主たるαセクレターゼとしてはADAM9、ADAM10、ADAM17が候補として考えられている。<br />
(編集コメント:エクトドメインシェディングは本題とはあまり関係ないのではないでしょうか?むしろ、それぞれのセクレターゼに関する詳細を御記述頂いてはと思います。たとえば家族性アルツハイマー病遺伝子産物であるプレシニリンとの関連など)。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
(編集コメント:Aβの毒性が最近言われております。その毒性と受容体などのメカニズムに関してはいかがでしょうか。)<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]<br />
<br />
第21番染色体のトリソミーであるダウン症患者脳において早期より老人斑蓄積が見られることから、APP遺伝子とADの関係が示唆されていた。その後見出された家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量(図2)もしくは凝集性を高める性質を示すことが明らかとなった。さらにAPP遺伝子の重複変異を持つFAD家系<ref><pubmed> 16369530 </pubmed></ref>が同定され、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、FADにおいてADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がAPP代謝をAβ産生へとシフトさせ、アルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADは[[Presenilin 1]]もしくは[[Presenilin 2|2]]遺伝子上の点突然変異に連鎖する。これらのFAD変異がPresenilinタンパク質にどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、Aβ42産生を上昇させる変異の他、Aβ40産生を低下させる変異や、全体としてAβ産生を抑制するような変異も報告されている。しかしいずれの変異においても野生型γセクレターゼと比較してAβ42の産生比率を特異的に増加させることが共通しており<ref><pubmed> 10327206 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16752394 </pubmed></ref>、その結果アルツハイマー病の発症過程が促進されていると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]<br />
<br />
Aβ配列内(図3)にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[細胞外プロテアーゼ#マトリックスメタロプロテアーゼ|マトリックスメタロプロテアーゼ]]などがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介した[[wikipedia:ja:トランスエンドサイトーシス|トランスエンドサイトーシス]]によって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、[[神経細胞死]]を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPP[[ノックアウトマウス]]における[[神経可塑性]]異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
なおAPPの生理機能については、[[シナプス小胞]]の[[輸送]]や神経突起の伸長に関与していることが示唆されているが<ref><pubmed> 22355794 </pubmed></ref>、[[哺乳類]]においてはファミリー分子である[[APLP1]]、[[APLP2]]が相補的に機能している。そのためAPPノックアウトマウスで大きな異常は認められていないが、APP/APLP2ダブルノックアウトマウスでは脳の発生異常が報告されている。しかしAPLPファミリーとAPPではAβ部分の一次配列が全く異なっており、少なくともAβはAPP機能には必要ないと考えられる。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]<br />
<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]や[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]による治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素[[glutaminyl cyclase]]も、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳(図4)において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、[[神経原線維変化]]は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が[[認知機能]]低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβはアルツハイマー病を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やmild cognitive impairment(MCI)がアルツハイマー病を発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのアルツハイマー病病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[アミロイドーシス]]<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=24340
アミロイドβタンパク質
2014-01-03T14:26:06Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年12月7日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである[[老人斑]]の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接[[神経細胞毒性]]を示しうること、そして[[家族性アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「[[アミロイドカスケード仮説]]」が現在広く支持されている。Aβは前駆体タンパク質APPの部分断片であり、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した切断によって産生、分泌される。そして細胞外で様々な経路において分解を受ける。したがってセクレターゼ活性の制御やAβ分解経路の活性化はアルツハイマー病治療戦略として重要であると考えられている。<br />
}}<br />
<br />
(編集コメント:抄録ですので、セクレターゼによるAPPからの産生、分解、治療戦略も含めて頂ければと思います)<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質とは==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]や老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分として同定された40アミノ酸程度のペプチドである<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。(編集コメント:ダウン症との関連はいかがでしょうか)<br />
<br />
==産生==<br />
cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質である[[Amyloid-β precursor protein]]([[APP]])の部分断片であること、[[βセクレターゼ]]および[[γセクレターゼ]]による連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。βセクレターゼ活性は[[BACE1]]と呼ばれる[[膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。γセクレターゼはPresenlinを活性中心サブユニットとする膜タンパク質複合体であり、[[ニカストリン]]、[[Aph-1]]、[[Pen-2]]と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、APPの膜貫通領域を細胞質側から徐々に切断し最終的にAβの分泌に至らしめる。<br />
<br />
一方APPにはAβ配列の16番目で[[αセクレターゼ]]による切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。神経細胞における主たるαセクレターゼとしてはADAM9、ADAM10、ADAM17が候補として考えられている。<br />
(編集コメント:エクトドメインシェディングは本題とはあまり関係ないのではないでしょうか?むしろ、それぞれのセクレターゼに関する詳細を御記述頂いてはと思います。たとえば家族性アルツハイマー病遺伝子産物であるプレシニリンとの関連など)。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象は[[エクトドメインシェディング]]とも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるI型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にも[[Notch]]や[[カドヘリン]]、[[CD44]]、[[ニューレグリン]]、[[ErbB4]]、[[アルカデイン]]、[[ニューロリギン]]などがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、[[神経可塑性]]や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機として[[ADAM10]]によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目の[[グルタミン酸]]がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
(編集コメント:Aβの毒性が最近言われております。その毒性と受容体などのメカニズムに関してはいかがでしょうか。)<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]<br />
<br />
第21番染色体のトリソミーであるダウン症患者脳において早期より老人斑蓄積が見られることから、APP遺伝子とADの関係が示唆されていた。その後見出された家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量(図2)もしくは凝集性を高める性質を示すことが明らかとなった。さらにAPP遺伝子の重複変異を持つFAD家系<ref><pubmed> 16369530 </pubmed></ref>が同定され、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、FADにおいてADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がAPP代謝をAβ産生へとシフトさせ、アルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADは[[Presenilin 1]]もしくは[[Presenilin 2|2]]遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでアルツハイマー病の発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]<br />
<br />
Aβ配列内(図3)にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型[[遺伝性アミロイド性脳出血]]に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの[[wikipedia:ja:半減期|半減期]]は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にも[[インスリン分解酵素]]や、[[プラスミン]]、[[エンドセリン変換酵素]]、[[カテプシン]]、[[KLK7]]、[[細胞外プロテアーゼ#マトリックスメタロプロテアーゼ|マトリックスメタロプロテアーゼ]]などがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介した[[wikipedia:ja:トランスエンドサイトーシス|トランスエンドサイトーシス]]によって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、[[神経細胞死]]を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPP[[ノックアウトマウス]]における[[神経可塑性]]異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
なおAPPの生理機能については、[[シナプス小胞]]の[[輸送]]や神経突起の伸長に関与していることが示唆されているが<ref><pubmed> 22355794 </pubmed></ref>、[[哺乳類]]においてはファミリー分子である[[APLP1]]、[[APLP2]]が相補的に機能している。そのためAPPノックアウトマウスで大きな異常は認められていないが、APP/APLP2ダブルノックアウトマウスでは脳の発生異常が報告されている。しかしAPLPファミリーとAPPではAβ部分の一次配列が全く異なっており、少なくともAβはAPP機能には必要ないと考えられる。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]<br />
<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]や[[wikipedia:ja:ワクチン|ワクチン]]による治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素[[glutaminyl cyclase]]も、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳(図4)において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、[[神経原線維変化]]は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が[[認知機能]]低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβはアルツハイマー病を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やmild cognitive impairment(MCI)がアルツハイマー病を発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのアルツハイマー病病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[アミロイドーシス]]<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF:%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=24339
トーク:アミロイドβタンパク質
2014-01-03T14:01:34Z
<p>Taisuketomita: /* エクトドメインシェディングの取り扱いについて */ 新しい節</p>
<hr />
<div>== エクトドメインシェディングの取り扱いについて ==<br />
<br />
[[Aβ]]産生経路はAPPに特異的な現象ではなく、むしろ様々な一回膜貫通型タンパク質がシェディングを受けたあとにγセクレターゼによって切断を受けることで産生される比較的普遍的な現象と捉えています。ただし、βセクレターゼによる切断を「シェディング」と呼ぶことについては、現象論として大きな細胞外領域を放出するという観点ではシェディングの一環なのですが、一般的にAPP代謝論の中では使われないかもしれません。いずれにせよセクレターゼの項目を入れることでもう少しはっきりと定義できるでしょうか。</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=24334
アミロイドーシス
2014-01-03T11:16:46Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text= [[アミロイド]]amyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質である。アミロイドが、組織間隙に沈着して臓器の機能不全が生じる疾患をアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、大きく[[全身性アミロイドーシス]]と[[限局性アミロイドーシス]]に分類される。代表的な全身性アミロイドーシスには、全身性AAアミロイドーシス、家族性アミロイドニューロパチーが挙げられる。限局性アミロイドーシスには脳アミロイドーシスである、[[アルツハイマー病]]、[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]、遺伝性アミロイド性脳出血で、[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などが知られている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。}}<br />
<br />
(編集コメント:元の抄録はアミロイドそのものの抄録でしたので、アミロイドーシスの内容としました)<br />
<br />
==アミロイドーシスとは==<br />
アミロイドamyloidはコンゴーレッド染色でオレンジ色に染まり、偏光顕微鏡で緑色偏光を呈し、電子顕微鏡観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を総称してアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している<br />
<br />
沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
(編集コメント:病名、原因物質と沈着するタンパク質を表か箇条書きに出来ないでしょうか。)<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイドタンパク質としては、モノクローナル[[免疫グロブリン]]の[[wikipedia:ja:L鎖|L鎖]]由来の[[アミロイドAL]]や[[wikipedia:ja:H鎖|H鎖]]由来の[[アミロイドAH]]、[[wikipedia:ja:血清アミロイドA|血清アミロイドA]]の代謝産物である[[アミロイドA]](AA)、β2[[ミクログロブリン]]、[[トランスサイレチン]]、[[ゲルソリン]]、[[アポAI]]が知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である[[wikipedia:ja:形質細胞|形質細胞]]の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]や[[wikipedia:ja:リウマチ|リウマチ]]などが原因となり全身性[[wikipedia:ja:慢性炎症|慢性炎症]]を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]及び[[wikipedia:ja:血液透析|血液透析]]によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、[[wikipedia:ja:家族性アミロイドニューロパチー|家族性アミロイドニューロパチー]] [[wikipedia:Familial amyloid polyneuropathy|Familial amyloid polyneuropathy(FAP)]]が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が[[神経節]]を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起する[[プリオン]]遺伝子変異も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。<br />
<br />
通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、[[末梢神経]]障害の進行を抑制する[[wikipedia:Vyndaqel|Vyndaqel]](一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
トランスサイレチンが全身性に蓄積する疾患として、老人性全身性アミロイドーシスも知られている。この疾患では心室へ大量にアミロイド沈着を生じ難治性の不整脈と心不全をきたし、老年期心疾患の重要なものの一つである。高齢者の心臓へのアミロイド沈着は80歳以上の剖検例では25~28%の頻度でみられ、心房細動から最終的には心不全に陥る。確定診断としてはトランスサイレチン遺伝子に変異はなく、野生型トランスサイレチンの蓄積が見られることが挙げられる。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としてはアルツハイマー病や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、[[シスタチンC]]の遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>が[[アイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血]]で見出されている。<br />
<br />
また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病や[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]]などのプリオン病患者脳で報告されている。さらに[[wikipedia:BRI2|BRI2]]遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型[[家族性認知症]]患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としては[[カルシトニン]]、[[アミリン]]、[[インスリン]]、[[心房ナトリウム利尿ペプチド]]が同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしては[[wikipedia:ja:ケラチン|ケラチン]]が、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
{| class="wikitable"<br />
|- class="hintergrundfarbe5"<br />
! タイプ<br />
! 頻度<br />
! 詳細<br />
|-<br />
| '''原発性アミロイドーシス''' || 稀 || 基礎疾患を伴わないアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''家族性アミロイドーシス''' || 稀 || 遺伝的に変異をおこしたアミロイド原性タンパク質によって惹起されるアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''二次性アミロイドーシス''' || 低 || 何らかの基礎疾患に合併して生じるアミロイドーシス<br /> 多発性骨髄腫や原発性マクログロブリン血症とALアミロイドーシス<br /> 関節リウマチとAAアミロイドーシス<br /> 長期透析とAβ<sub>2</sub>Mアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''老人性全身アミロイドーシス''' || 高 || 加齢とともに心臓を含めた全身においてトランスサイレチンが蓄積する<br /> 遺伝子変異を伴わず、野生型アミロイドタンパク質が蓄積する<br />
|-<br />
|}<br />
{| class="wikitable" class="sortable wikitable"<br />
|-<br />
! 略称<br />
! アミロイドタンパク質<br />
! 病態<br />
! [[OMIM]]<br />
|-<br />
| '''AL'''<br />
| [[免疫グロブリンL鎖]]<br />
| 異常形質細胞によって産出されるモノクローナル免疫グロブリンL鎖由来のアミロイドALが全身諸臓器(心臓、腎臓、消化管、肝臓、末梢神経など)に沈着する。<br />
| {{OMIM2|254500}}<br />
|-<br />
| '''AA'''<br />
| [[血清アミロイドA]]<br />
| 慢性炎症時におもに肝臓から産出される急性期タンパク質の血清アミロイドA(SAA)の代謝産物アミロイドA(AA)が腎臓や消化管に沈着する。<br />
|-<br />
| '''Aβ'''<br />
| [[アミロイドβタンパク質]]<br />
| アルツハイマー病患者脳において蓄積する老人斑はAβを主要構成成分とする。健常高齢者脳においても蓄積が見られることがある。<br />
| {{OMIM2|605714}}<br />
|-<br />
| '''ATTR'''<br />
| [[トランスサイレチン]]<br />
| 主として肝臓から産生されるが、トランスサイレチン遺伝子に変異のある異型TTRは肝実質にアミロイド沈着はほとんどなく、神経節を含む末梢神経、自律神経系やほかの組織に沈着する。<br />野生型トランスサイレチンが蓄積する老人性全身性アミロイドーシスでは主に心臓、他に肺、腎臓、全身の小血管にアミロイドが蓄積する。<br />
| {{OMIM2|105210}}<br />
|-<br />
| '''Aβ<sub>2</sub>M'''<br />
| [[β2ミクログロブリン]]<br />
| 長期透析患者では血中で増加しているβ2ミクログロブリン由来のアミロイドが靱帯、骨領域に沈着する。<br />
|-<br />
| '''AIAPP'''<br />
| [[アミリン]]<br />
| Ⅱ型糖尿病に伴い膵ランゲルハンス島やインスリノーマにアミリン由来のアミロイドが蓄積する。<br />
|-<br />
| '''APrP'''<br />
| [[プリオン]]<br />
| プリオン病においては異常なフォールディングを受けたプリオンタンパク質が脳内に蓄積する。<br />
| {{OMIM2|123400}}<br />
|-<br />
| '''AGel'''<br />
| [[ゲルソリン]]<br />
| ゲルソリン遺伝子変異により、アミロイド蓄積が惹起される。<br />
| {{OMIM2|105120}}<br />
|-<br />
| '''ACys'''<br />
| [[シスタチンC]]<br />
| シスタチンC遺伝子変異により、脳血管周囲にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーを家族性に発症する。<br />
| {{OMIM2|105150}}<br />
|-<br />
| '''AApoA1'''<br />
| [[アポAI]]<br />
| ApoA1遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''AFib'''<br />
| [[フィブリノーゲンα鎖]]<br />
| FGA遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''ALys'''<br />
| [[リゾチーム]]<br />
| LYZ遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| ?<br />
| [[オンコスタチンM受容体]]<br />
| OSMR遺伝子変異により皮膚に生じるアミロイドーシス。<br />
| {{OMIM2|105250}}<br />
|-<br />
| '''ABri'''<BR>'''ADan'''<br />
| [[BRI2/ITM2B]]<br />
| BRI2/ITM2B遺伝子変異により生じる脳アミロイドーシス。<br />
| {{OMIM2|176500}}<BR>{{OMIM2|117300}}<br />
|-<br />
| '''APro'''<br />
| [[プロラクチン]]<br />
| 下垂体のプロラクチン産生腺腫において見出されるアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''AKer'''<br />
| [[ケラチン(ケラトエピセリン)]]<br />
| 皮膚に限局して発症するアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''AANF'''<br />
| [[心房性ナトリウム利尿ペプチド]]<br />
| 心房に限局して沈着するアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''ACal'''<br />
| [[カルシトニン]]<br />
| 甲状腺髄様癌において見出されるアミロイドーシス。<br />
|<br />
|}<br />
<br />
==病態生理==<br />
[[Image:2M5N.pdb|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: {{PDB2|2M5N}}]]<br />
<br />
(編集コメント:結晶構造は回転できる物に取り替えました。これで良いかご確認下さい。SafariではWebGLをonにして下さい。)<br />
<br />
===構造===<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通して[[クロスβ構造]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向に[[wikipedia:ja:βストランド|βストランド]]となり、かつ線維軸方向に[[wikipedia:ja:βシート構造|βシート構造]]をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[[wikipedia:ja:Aβ|Aβ]]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用した[[アミロイドPETスキャン]]が可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===線維形成過程と伝播===<br />
[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]<br />
[[Image:2M4J.pdb|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: {{PDB2|2M4J}}]]<br />
<br />
(編集コメント:長かったので、小見出しをつけました。内容に照らして適当かご確認下さい。)<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、[[プリオン]]タンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデル[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]を用いた伝播実験が確認されているが、野生の[[wikipedia:ja:チーター|チーター]]においてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病([[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]おける[[スクレイピー]]、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]における[[Chronic wasting disease]])の[[wikipedia:ja:水平伝播|水平伝播]]メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経や[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの[[wikipedia:ja:腹腔|腹腔]]内にAβ線維を注入すると[[大脳皮質]]でのAβの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質([[タウ]]、[[シヌクレイン]]、[[TDP-43]]など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
===細胞毒性===<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、[[脂質二重膜]]の障害、[[酸化的ストレス]]や[[小胞体ストレス]]の惹起、[[ミトコンドリア]]障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも[[大脳皮質]]に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]および[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、α7[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[インスリン受容体]]、[[RAGE]]、プリオンタンパク質や[[EPHB2|EphB2]]、[[LilrB2]]などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[プリオン病]]<br />
*[[アミロイドβタンパク質]]<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=24333
アミロイドーシス
2014-01-03T11:01:08Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text= [[アミロイド]]amyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質である。アミロイドが、組織間隙に沈着して臓器の機能不全が生じる疾患をアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、大きく[[全身性アミロイドーシス]]と[[限局性アミロイドーシス]]に分類される。代表的な全身性アミロイドーシスには、全身性AAアミロイドーシス、家族性アミロイドニューロパチーが挙げられる。限局性アミロイドーシスには脳アミロイドーシスである、[[アルツハイマー病]]、[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]、遺伝性アミロイド性脳出血で、[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などが知られている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。}}<br />
<br />
(編集コメント:元の抄録はアミロイドそのものの抄録でしたので、アミロイドーシスの内容としました)<br />
<br />
==アミロイドーシスとは==<br />
アミロイドamyloidはコンゴーレッド染色でオレンジ色に染まり、偏光顕微鏡で緑色偏光を呈し、電子顕微鏡観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を総称してアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している<br />
<br />
沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
(編集コメント:病名、原因物質と沈着するタンパク質を表か箇条書きに出来ないでしょうか。)<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイドタンパク質としては、モノクローナル[[免疫グロブリン]]の[[wikipedia:ja:L鎖|L鎖]]由来の[[アミロイドAL]]や[[wikipedia:ja:H鎖|H鎖]]由来の[[アミロイドAH]]、[[wikipedia:ja:血清アミロイドA|血清アミロイドA]]の代謝産物である[[アミロイドA]](AA)、β2[[ミクログロブリン]]、[[トランスサイレチン]]、[[ゲルソリン]]、[[アポAI]]が知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である[[wikipedia:ja:形質細胞|形質細胞]]の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]や[[wikipedia:ja:リウマチ|リウマチ]]などが原因となり全身性[[wikipedia:ja:慢性炎症|慢性炎症]]を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]及び[[wikipedia:ja:血液透析|血液透析]]によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、[[wikipedia:ja:家族性アミロイドニューロパチー|家族性アミロイドニューロパチー]] [[wikipedia:Familial amyloid polyneuropathy|Familial amyloid polyneuropathy(FAP)]]が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が[[神経節]]を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起する[[プリオン]]遺伝子変異も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。<br />
<br />
通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、[[末梢神経]]障害の進行を抑制する[[wikipedia:Vyndaqel|Vyndaqel]](一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
トランスサイレチンが全身性に蓄積する疾患として、老人性全身性アミロイドーシスも知られている。この疾患では心室へ大量にアミロイド沈着を生じ難治性の不整脈と心不全をきたし、老年期心疾患の重要なものの一つである。高齢者の心臓へのアミロイド沈着は80歳以上の剖検例では25~28%の頻度でみられ、心房細動から最終的には心不全に陥る。確定診断としてはトランスサイレチン遺伝子に変異はなく、野生型トランスサイレチンの蓄積が見られることが挙げられる。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としてはアルツハイマー病や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、[[シスタチンC]]の遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>が[[アイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血]]で見出されている。<br />
<br />
また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病や[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]]などのプリオン病患者脳で報告されている。さらに[[wikipedia:BRI2|BRI2]]遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型[[家族性認知症]]患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としては[[カルシトニン]]、[[アミリン]]、[[インスリン]]、[[心房ナトリウム利尿ペプチド]]が同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしては[[wikipedia:ja:ケラチン|ケラチン]]が、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
{| class="wikitable"<br />
|- class="hintergrundfarbe5"<br />
! タイプ<br />
! 頻度<br />
! 詳細<br />
|-<br />
| '''原発性アミロイドーシス''' || 稀 || 基礎疾患を伴わないアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''家族性アミロイドーシス''' || 稀 || 遺伝的に変異をおこしたアミロイド原性タンパク質によって惹起されるアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''二次性アミロイドーシス''' || 低 || 何らかの基礎疾患に合併して生じるアミロイドーシス<br /> 多発性骨髄腫や原発性マクログロブリン血症とALアミロイドーシス<br /> 関節リウマチとAAアミロイドーシス<br /> 長期透析とAβ<sub>2</sub>Mアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''老人性全身アミロイドーシス''' || 高 || 加齢とともに心臓を含めた全身においてトランスサイレチンが蓄積する<br /> 遺伝子変異を伴わず、野生型アミロイドタンパク質が蓄積する<br />
|-<br />
|}<br />
{| class="wikitable" class="sortable wikitable"<br />
|-<br />
! 略称<br />
! アミロイドタンパク質<br />
! 病態<br />
! [[OMIM]]<br />
|-<br />
| '''AL'''<br />
| [[免疫グロブリンL鎖]]<br />
| 異常形質細胞によって産出されるモノクローナル免疫グロブリンL鎖由来のアミロイドALが全身諸臓器(心臓、腎臓、消化管、肝臓、末梢神経など)に沈着する。<br />
| {{OMIM2|254500}}<br />
|-<br />
| '''AA'''<br />
| [[血清アミロイドA]]<br />
| 慢性炎症時におもに肝臓から産出される急性期タンパク質の血清アミロイドA(SAA)の代謝産物アミロイドA(AA)が腎臓や消化管に沈着する。<br />
|-<br />
| '''Aβ'''<br />
| [[アミロイドβタンパク質]]<br />
| アルツハイマー病患者脳において蓄積する老人斑はAβを主要構成成分とする。健常高齢者脳においても蓄積が見られることがある。<br />
| {{OMIM2|605714}}<br />
|-<br />
| '''ATTR'''<br />
| [[トランスサイレチン]]<br />
| 主として肝臓から産生されるが、トランスサイレチン遺伝子に変異のある異型TTRは肝実質にアミロイド沈着はほとんどなく、神経節を含む末梢神経、自律神経系やほかの組織に沈着する。<br />野生型トランスサイレチンが蓄積する老人性全身性アミロイドーシスでは主に心臓、他に肺、腎臓、全身の小血管にアミロイドが蓄積する。<br />
| {{OMIM2|105210}}<br />
|-<br />
| '''Aβ<sub>2</sub>M'''<br />
| [[β2ミクログロブリン]]<br />
| 長期透析患者では血中で増加しているβ2ミクログロブリン由来のアミロイドが靱帯、骨領域に沈着する。<br />
|-<br />
| '''AIAPP'''<br />
| [[アミリン]]<br />
| Ⅱ型糖尿病に伴い膵ランゲルハンス島やインスリノーマにアミリン由来のアミロイドが蓄積する。<br />
|-<br />
| '''APrP'''<br />
| [[プリオン]]<br />
| プリオン病においては異常なフォールディングを受けたプリオンタンパク質が脳内に蓄積する。<br />
| {{OMIM2|123400}}<br />
|-<br />
| '''AGel'''<br />
| [[ゲルソリン]]<br />
| ゲルソリン遺伝子変異により、アミロイド蓄積が惹起される。<br />
| {{OMIM2|105120}}<br />
|-<br />
| '''ACys'''<br />
| [[シスタチンC]]<br />
| シスタチンC遺伝子変異により、脳血管周囲にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーを家族性に発症する。<br />
| {{OMIM2|105150}}<br />
|-<br />
| '''AApoA1'''<br />
| [[アポAI]]<br />
| ApoA1遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''AFib'''<br />
| [[フィブリノーゲンα鎖]]<br />
| FGA遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''ALys'''<br />
| [[リゾチーム]]<br />
| LYZ遺伝子変異により、主に腎臓にアミロイドが蓄積するFamilial visceral amyloidosisを発症する。<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| ?<br />
| [[オンコスタチンM受容体]]<br />
| OSMR遺伝子変異により皮膚に生じるアミロイドーシス。<br />
| {{OMIM2|105250}}<br />
|-<br />
| '''ABri'''<BR>'''ADan'''<br />
| [[BRI2/ITM2B]]<br />
| BRI2/ITM2B遺伝子変異により生じる脳アミロイドーシス。<br />
| {{OMIM2|176500}}<BR>{{OMIM2|117300}}<br />
|-<br />
| '''APro'''<br />
| [[プロラクチン]]<br />
| 下垂体のプロラクチン産生腺腫において見出されるアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''AKer'''<br />
| [[ケラチン(ケラトエピセリン)]]<br />
| 皮膚に限局して発症するアミロイドーシス。<br />
|<br />
|-<br />
| '''AANF'''<br />
| [[心房性ナトリウム利尿ペプチド]]<br />
| 心房に限局して沈着するアミロイドーシス<br />
|<br />
|-<br />
| '''ACal'''<br />
| [[カルシトニン]]<br />
| 甲状腺髄様癌において見出されるアミロイドーシス。<br />
|<br />
|}<br />
<br />
==病態生理==<br />
[[Image:2M5N.pdb|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: {{PDB2|2M5N}}]]<br />
<br />
(編集コメント:結晶構造は回転できる物に取り替えました。これで良いかご確認下さい。SafariではWebGLをonにして下さい。)<br />
<br />
===構造===<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通して[[クロスβ構造]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向に[[wikipedia:ja:βストランド|βストランド]]となり、かつ線維軸方向に[[wikipedia:ja:βシート構造|βシート構造]]をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[[wikipedia:ja:Aβ|Aβ]]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用した[[アミロイドPETスキャン]]が可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===線維形成過程と伝播===<br />
[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]<br />
[[Image:2M4J.pdb|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: {{PDB2|2M4J}}]]<br />
<br />
(編集コメント:長かったので、小見出しをつけました。内容に照らして適当かご確認下さい。)<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、[[プリオン]]タンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデル[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]を用いた伝播実験が確認されているが、野生の[[wikipedia:ja:チーター|チーター]]においてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病([[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]おける[[スクレイピー]]、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]における[[Chronic wasting disease]])の[[wikipedia:ja:水平伝播|水平伝播]]メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経や[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの[[wikipedia:ja:腹腔|腹腔]]内にAβ線維を注入すると[[大脳皮質]]でのAβの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質([[タウ]]、[[シヌクレイン]]、[[TDP-43]]など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
===細胞毒性===<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、[[脂質二重膜]]の障害、[[酸化的ストレス]]や[[小胞体ストレス]]の惹起、[[ミトコンドリア]]障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも[[大脳皮質]]に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]および[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、α7[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[インスリン受容体]]、[[RAGE]]、プリオンタンパク質や[[EPHB2|EphB2]]、[[LilrB2]]などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[プリオン病]]<br />
*[[アミロイドβタンパク質]]<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=24332
アミロイドーシス
2014-01-03T10:45:10Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text= [[アミロイド]]amyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質である。アミロイドが、組織間隙に沈着して臓器の機能不全が生じる疾患をアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、大きく[[全身性アミロイドーシス]]と[[限局性アミロイドーシス]]に分類される。代表的な全身性アミロイドーシスには、全身性AAアミロイドーシス、家族性アミロイドニューロパチーが挙げられる。限局性アミロイドーシスには脳アミロイドーシスである、[[アルツハイマー病]]、[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]、遺伝性アミロイド性脳出血で、[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などが知られている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。}}<br />
<br />
(編集コメント:元の抄録はアミロイドそのものの抄録でしたので、アミロイドーシスの内容としました)<br />
<br />
==アミロイドーシスとは==<br />
アミロイドamyloidはコンゴーレッド染色でオレンジ色に染まり、偏光顕微鏡で緑色偏光を呈し、電子顕微鏡観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を総称してアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している<br />
<br />
沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
(編集コメント:病名、原因物質と沈着するタンパク質を表か箇条書きに出来ないでしょうか。)<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイドタンパク質としては、モノクローナル[[免疫グロブリン]]の[[wikipedia:ja:L鎖|L鎖]]由来の[[アミロイドAL]]や[[wikipedia:ja:H鎖|H鎖]]由来の[[アミロイドAH]]、[[wikipedia:ja:血清アミロイドA|血清アミロイドA]]の代謝産物である[[アミロイドA]](AA)、β2[[ミクログロブリン]]、[[トランスサイレチン]]、[[ゲルソリン]]、[[アポAI]]が知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である[[wikipedia:ja:形質細胞|形質細胞]]の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]や[[wikipedia:ja:リウマチ|リウマチ]]などが原因となり全身性[[wikipedia:ja:慢性炎症|慢性炎症]]を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]及び[[wikipedia:ja:血液透析|血液透析]]によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、[[wikipedia:ja:家族性アミロイドニューロパチー|家族性アミロイドニューロパチー]] [[wikipedia:Familial amyloid polyneuropathy|Familial amyloid polyneuropathy(FAP)]]が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が[[神経節]]を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起する[[プリオン]]遺伝子変異も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。<br />
<br />
通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、[[末梢神経]]障害の進行を抑制する[[wikipedia:Vyndaqel|Vyndaqel]](一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
トランスサイレチンが全身性に蓄積する疾患として、老人性全身性アミロイドーシスも知られている。この疾患では心室へ大量にアミロイド沈着を生じ難治性の不整脈と心不全をきたし、老年期心疾患の重要なものの一つである。高齢者の心臓へのアミロイド沈着は80歳以上の剖検例では25~28%の頻度でみられ、心房細動から最終的には心不全に陥る。確定診断としてはトランスサイレチン遺伝子に変異はなく、野生型トランスサイレチンの蓄積が見られることが挙げられる。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としてはアルツハイマー病や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、[[シスタチンC]]の遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>が[[アイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血]]で見出されている。<br />
<br />
また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病や[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]]などのプリオン病患者脳で報告されている。さらに[[wikipedia:BRI2|BRI2]]遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型[[家族性認知症]]患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としては[[カルシトニン]]、[[アミリン]]、[[インスリン]]、[[心房ナトリウム利尿ペプチド]]が同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしては[[wikipedia:ja:ケラチン|ケラチン]]が、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
{| class="wikitable"<br />
|- class="hintergrundfarbe5"<br />
! タイプ<br />
! 頻度<br />
! 詳細<br />
|-<br />
| '''原発性アミロイドーシス''' || 稀 || 基礎疾患を伴わないアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''家族性アミロイドーシス''' || 稀 || 遺伝的に変異をおこしたアミロイド原性タンパク質によって惹起されるアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''二次性アミロイドーシス''' || 低 || 何らかの基礎疾患に合併して生じるアミロイドーシス<br /> 多発性骨髄腫や原発性マクログロブリン血症とALアミロイドーシス<br /> 関節リウマチとAAアミロイドーシス<br /> 長期透析とAβ<sub>2</sub>Mアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''老人性全身アミロイドーシス''' || 高 || 加齢とともに心臓を含めた全身においてトランスサイレチンが蓄積する<br /> 遺伝子変異を伴わず、野生型アミロイドタンパク質が蓄積する<br />
|-<br />
|}<br />
{| class="wikitable" class="sortable wikitable"<br />
|-<br />
! 略称<br />
! アミロイドタンパク質<br />
! 病態<br />
! [[OMIM]]<br />
|-<br />
| '''AL'''<br />
| [[免疫グロブリンL鎖]]<br />
| 異常形質細胞によって産出されるモノクローナル免疫グロブリンL鎖由来のアミロイドALが全身諸臓器(心臓、腎臓、消化管、肝臓、末梢神経など)に沈着する。<br />
| {{OMIM2|254500}}<br />
|-<br />
| '''AA'''<br />
| [[血清アミロイドA]]<br />
| 慢性炎症時におもに肝臓から産出される急性期タンパク質の血清アミロイドA(SAA)の代謝産物アミロイドA(AA)が腎臓や消化管に沈着する。<br />
|-<br />
| '''Aβ'''<br />
| [[アミロイドβタンパク質]]<br />
| アルツハイマー病患者脳において蓄積する老人斑はAβを主要構成成分とする。健常高齢者脳においても蓄積が見られることがある。<br />
| {{OMIM2|605714}}<br />
|-<br />
| '''ATTR'''<br />
| [[トランスサイレチン]]<br />
| 主として肝臓から産生されるが、トランスサイレチン遺伝子に変異のある異型TTRは肝実質にアミロイド沈着はほとんどなく、神経節を含む末梢神経、自律神経系やほかの組織に沈着する。<br />野生型トランスサイレチンが蓄積する老人性全身性アミロイドーシスでは主に心臓、他に肺、腎臓、全身の小血管にアミロイドが蓄積する。<br />
| {{OMIM2|105210}}<br />
|-<br />
| '''Aβ<sub>2</sub>M'''<br />
| [[β2ミクログロブリン]]<br />
| 長期透析患者では血中で増加しているβ2ミクログロブリン由来のアミロイドが靱帯、骨領域に沈着する。<br />
|-<br />
| '''AIAPP'''<br />
| [[アミリン]]<br />
| Ⅱ型糖尿病に伴い膵ランゲルハンス島やインスリノーマにアミリン由来のアミロイドが蓄積する。<br />
|-<br />
| '''APrP'''<br />
| [[プリオン]]<br />
| プリオン病においては異常なフォールディングを受けたプリオンタンパク質が脳内に蓄積する。<br />
| {{OMIM2|123400}}<br />
|-<br />
| '''AGel'''<br />
| [[ゲルソリン]]<br />
| ゲルソリン遺伝子変異により、アミロイド蓄積が惹起される。<br />
| {{OMIM2|105120}}<br />
|-<br />
| '''ACys'''<br />
| [[シスタチンC]]<br />
| シスタチンC遺伝子変異により、脳血管周囲にアミロイドが蓄積するアミロイドアンギオパチーを家族性に発症する。<br />
| {{OMIM2|105150}}<br />
|-<br />
| '''AApoA1'''<br />
| [[アポAI]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''AFib'''<br />
| [[フィブリノーゲンα鎖]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''ALys'''<br />
| [[リゾチーム]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| ?<br />
| [[オンコスタチンM受容体]]<br />
| [[Primary cutaneous amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105250}}<br />
|-<br />
| '''ABri'''<BR>'''ADan'''<br />
| [[ITM2B]]<br />
| [[Cerebral amyloid angiopathy]], British-type<BR>Danish-type<br />
| {{OMIM2|176500}}<BR>{{OMIM2|117300}}<br />
|-<br />
| '''APro'''<br />
| [[プロラクチン]]<br />
| [[Prolactinoma]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''AKer'''<br />
| [[ケラトエピセリン]]<br />
| [[Familial corneal amyloidosis]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''AANF'''<br />
| [[心房性ナトリウム利尿ペプチド]]<br />
| [[Senile amyloid of atria of heart]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''ACal'''<br />
| [[カルシトニン]]<br />
| [[Medullary carcinoma of the thyroid]]<br />
|<br />
|}<br />
<br />
==病態生理==<br />
[[Image:2M5N.pdb|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: {{PDB2|2M5N}}]]<br />
<br />
(編集コメント:結晶構造は回転できる物に取り替えました。これで良いかご確認下さい。SafariではWebGLをonにして下さい。)<br />
<br />
===構造===<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通して[[クロスβ構造]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向に[[wikipedia:ja:βストランド|βストランド]]となり、かつ線維軸方向に[[wikipedia:ja:βシート構造|βシート構造]]をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[[wikipedia:ja:Aβ|Aβ]]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用した[[アミロイドPETスキャン]]が可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===線維形成過程と伝播===<br />
[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]<br />
[[Image:2M4J.pdb|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: {{PDB2|2M4J}}]]<br />
<br />
(編集コメント:長かったので、小見出しをつけました。内容に照らして適当かご確認下さい。)<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、[[プリオン]]タンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデル[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]を用いた伝播実験が確認されているが、野生の[[wikipedia:ja:チーター|チーター]]においてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病([[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]おける[[スクレイピー]]、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]における[[Chronic wasting disease]])の[[wikipedia:ja:水平伝播|水平伝播]]メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経や[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの[[wikipedia:ja:腹腔|腹腔]]内にAβ線維を注入すると[[大脳皮質]]でのAβの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質([[タウ]]、[[シヌクレイン]]、[[TDP-43]]など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
===細胞毒性===<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、[[脂質二重膜]]の障害、[[酸化的ストレス]]や[[小胞体ストレス]]の惹起、[[ミトコンドリア]]障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも[[大脳皮質]]に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]および[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、α7[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[インスリン受容体]]、[[RAGE]]、プリオンタンパク質や[[EPHB2|EphB2]]、[[LilrB2]]などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[プリオン病]]<br />
*[[アミロイドβタンパク質]]<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=24331
アミロイドーシス
2014-01-03T10:29:32Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text= [[アミロイド]]amyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質である。アミロイドが、組織間隙に沈着して臓器の機能不全が生じる疾患をアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、大きく[[全身性アミロイドーシス]]と[[限局性アミロイドーシス]]に分類される。代表的な全身性アミロイドーシスには、全身性AAアミロイドーシス、家族性アミロイドニューロパチーが挙げられる。限局性アミロイドーシスには脳アミロイドーシスである、[[アルツハイマー病]]、[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]、遺伝性アミロイド性脳出血で、[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などが知られている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。}}<br />
<br />
(編集コメント:元の抄録はアミロイドそのものの抄録でしたので、アミロイドーシスの内容としました)<br />
<br />
==アミロイドーシスとは==<br />
アミロイドamyloidはコンゴーレッド染色でオレンジ色に染まり、偏光顕微鏡で緑色偏光を呈し、電子顕微鏡観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を総称してアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している<br />
<br />
沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
(編集コメント:病名、原因物質と沈着するタンパク質を表か箇条書きに出来ないでしょうか。)<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイドタンパク質としては、モノクローナル[[免疫グロブリン]]の[[wikipedia:ja:L鎖|L鎖]]由来の[[アミロイドAL]]や[[wikipedia:ja:H鎖|H鎖]]由来の[[アミロイドAH]]、[[wikipedia:ja:血清アミロイドA|血清アミロイドA]]の代謝産物である[[アミロイドA]](AA)、β2[[ミクログロブリン]]、[[トランスサイレチン]]、[[ゲルソリン]]、[[アポAI]]が知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である[[wikipedia:ja:形質細胞|形質細胞]]の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]や[[wikipedia:ja:リウマチ|リウマチ]]などが原因となり全身性[[wikipedia:ja:慢性炎症|慢性炎症]]を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]及び[[wikipedia:ja:血液透析|血液透析]]によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、[[wikipedia:ja:家族性アミロイドニューロパチー|家族性アミロイドニューロパチー]] [[wikipedia:Familial amyloid polyneuropathy|Familial amyloid polyneuropathy(FAP)]]が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が[[神経節]]を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起する[[プリオン]]遺伝子変異も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。<br />
<br />
通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、[[末梢神経]]障害の進行を抑制する[[wikipedia:Vyndaqel|Vyndaqel]](一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
トランスサイレチンが全身性に蓄積する疾患として、老人性全身性アミロイドーシスも知られている。この疾患では心室へ大量にアミロイド沈着を生じ難治性の不整脈と心不全をきたし、老年期心疾患の重要なものの一つである。高齢者の心臓へのアミロイド沈着は80歳以上の剖検例では25~28%の頻度でみられ、心房細動から最終的には心不全に陥る。確定診断としてはトランスサイレチン遺伝子に変異はなく、野生型トランスサイレチンの蓄積が見られることが挙げられる。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としてはアルツハイマー病や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、[[シスタチンC]]の遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>が[[アイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血]]で見出されている。<br />
<br />
また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病や[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]]などのプリオン病患者脳で報告されている。さらに[[wikipedia:BRI2|BRI2]]遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型[[家族性認知症]]患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としては[[カルシトニン]]、[[アミリン]]、[[インスリン]]、[[心房ナトリウム利尿ペプチド]]が同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしては[[wikipedia:ja:ケラチン|ケラチン]]が、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
{| class="wikitable"<br />
|- class="hintergrundfarbe5"<br />
! タイプ<br />
! 頻度<br />
! 詳細<br />
|-<br />
| '''原発性アミロイドーシス''' || 稀 || 基礎疾患を伴わないアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''家族性アミロイドーシス''' || 稀 || 遺伝的に変異をおこしたアミロイド原性タンパク質によって惹起されるアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''二次性アミロイドーシス''' || 低 || 何らかの基礎疾患に合併して生じるアミロイドーシス<br /> 多発性骨髄腫や原発性マクログロブリン血症とALアミロイドーシス<br /> 関節リウマチとAAアミロイドーシス<br /> 長期透析とAβ<sub>2</sub>Mアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''老人性全身アミロイドーシス''' || 高 || 加齢とともに心臓を含めた全身においてトランスサイレチンが蓄積する<br /> 遺伝子変異を伴わず、野生型アミロイドタンパク質が蓄積する<br />
|-<br />
|}<br />
{| class="wikitable" class="sortable wikitable"<br />
|-<br />
! 略称<br />
! アミロイドタンパク質<br />
! 病態<br />
! [[OMIM]]<br />
|-<br />
| '''AL'''<br />
| [[免疫グロブリンL鎖]]<br />
| [[AL amyloidosis]] / [[multiple myeloma]]. Contains [[immunoglobulin light-chains]] (λ,κ) derived from plasma cells.<br />
| {{OMIM2|254500}}<br />
|-<br />
| '''AA'''<br />
| [[血清アミロイドA|SAA]]<br />
| Serum amyloid A protein (SAA) is an acute-phase reactant which is deposited in the tissues in [[AA amyloidosis]].<br />
|-<br />
| '''Aβ'''<br />
| [[アミロイドβタンパク質]]/[[Amyloid precursor protein|APP]]<br />
| Found in [[Alzheimer disease]] brain lesions.<br />
| {{OMIM2|605714}}<br />
|-<br />
| '''ATTR'''<br />
| [[トランスサイレチン]]<br />
| A mutant form of a normal serum protein that is deposited in the genetically determined [[familial amyloid polyneuropathies]]. TTR is also deposited in the heart in [[senile systemic amyloidosis]].<ref name="pmid16107109">{{cite journal |author=Hassan W, Al-Sergani H, Mourad W, Tabbaa R |title=Amyloid heart disease. New frontiers and insights in pathophysiology, diagnosis, and management |journal=Tex Heart Inst J |volume=32 |issue=2 |pages=178–84 |year=2005 |pmid=16107109 |doi= |url= |pmc=1163465}}</ref> Also found in [[Leptomeningeal amyloidosis]].<br />
| {{OMIM2|105210}}<br />
|-<br />
| '''Aβ<sub>2</sub>M'''<br />
| [[β2ミクログロブリン]]<br />
| Not to be confused with '''Aβ''', β<sub>2</sub>m is a normal serum protein, part of [[major histocompatibility complex]] (MHC) Class 1 molecules. [[Haemodialysis-associated amyloidosis]]<br />
|-<br />
| '''AIAPP'''<br />
| [[アミリン]]<br />
| Found in the pancreas of patients with [[Diabetes mellitus type 2|type 2 diabetes]].<br />
|-<br />
| '''APrP'''<br />
| [[プリオン]]<br />
| In [[prion]] diseases, misfolded prion proteins deposit in tissues and resemble amyloid proteins. Some examples are [[Creutzfeldt–Jakob disease]] (humans), [[Bovine spongiform encephalopathy|BSE or "mad cow disease"]] (cattle), and [[scrapie]] (sheep and goats).<br />
| {{OMIM2|123400}}<br />
|-<br />
| '''AGel'''<br />
| [[ゲルソリン]]<br />
| [[Finnish type amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105120}}<br />
|-<br />
| '''ACys'''<br />
| [[シスタチンC]]<br />
| [[Cerebral amyloid angiopathy]], Icelandic-type<br />
| {{OMIM2|105150}}<br />
|-<br />
| '''AApoA1'''<br />
| [[アポAI]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''AFib'''<br />
| [フィブリノーゲンα鎖]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''ALys'''<br />
| [[リゾチーム]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| ?<br />
| [[オンコスタチンM受容体]]<br />
| [[Primary cutaneous amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105250}}<br />
|-<br />
| '''ABri'''<BR>'''ADan'''<br />
| [[ITM2B]]<br />
| [[Cerebral amyloid angiopathy]], British-type<BR>Danish-type<br />
| {{OMIM2|176500}}<BR>{{OMIM2|117300}}<br />
|-<br />
| '''APro'''<br />
| [[プロラクチン]]<br />
| [[Prolactinoma]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''AKer'''<br />
| [[ケラトエピセリン]]<br />
| [[Familial corneal amyloidosis]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''AANF'''<br />
| [[心房性ナトリウム利尿ペプチド]]<br />
| [[Senile amyloid of atria of heart]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''ACal'''<br />
| [[カルシトニン]]<br />
| [[Medullary carcinoma of the thyroid]]<br />
|<br />
|}<br />
<br />
==病態生理==<br />
[[Image:2M5N.pdb|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: {{PDB2|2M5N}}]]<br />
<br />
(編集コメント:結晶構造は回転できる物に取り替えました。これで良いかご確認下さい。SafariではWebGLをonにして下さい。)<br />
<br />
===構造===<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通して[[クロスβ構造]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向に[[wikipedia:ja:βストランド|βストランド]]となり、かつ線維軸方向に[[wikipedia:ja:βシート構造|βシート構造]]をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[[wikipedia:ja:Aβ|Aβ]]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用した[[アミロイドPETスキャン]]が可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===線維形成過程と伝播===<br />
[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]<br />
[[Image:2M4J.pdb|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: {{PDB2|2M4J}}]]<br />
<br />
(編集コメント:長かったので、小見出しをつけました。内容に照らして適当かご確認下さい。)<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、[[プリオン]]タンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデル[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]を用いた伝播実験が確認されているが、野生の[[wikipedia:ja:チーター|チーター]]においてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病([[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]おける[[スクレイピー]]、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]における[[Chronic wasting disease]])の[[wikipedia:ja:水平伝播|水平伝播]]メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経や[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの[[wikipedia:ja:腹腔|腹腔]]内にAβ線維を注入すると[[大脳皮質]]でのAβの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質([[タウ]]、[[シヌクレイン]]、[[TDP-43]]など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
===細胞毒性===<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、[[脂質二重膜]]の障害、[[酸化的ストレス]]や[[小胞体ストレス]]の惹起、[[ミトコンドリア]]障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも[[大脳皮質]]に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]および[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、α7[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[インスリン受容体]]、[[RAGE]]、プリオンタンパク質や[[EPHB2|EphB2]]、[[LilrB2]]などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[プリオン病]]<br />
*[[アミロイドβタンパク質]]<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=24330
アミロイドーシス
2014-01-03T10:07:11Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text= [[アミロイド]]amyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質である。アミロイドが、組織間隙に沈着して臓器の機能不全が生じる疾患をアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、大きく[[全身性アミロイドーシス]]と[[限局性アミロイドーシス]]に分類される。代表的な全身性アミロイドーシスには、全身性AAアミロイドーシス、家族性アミロイドニューロパチーが挙げられる。限局性アミロイドーシスには脳アミロイドーシスである、[[アルツハイマー病]]、[[脳血管アミロイドアンギオパチー]]、遺伝性アミロイド性脳出血で、[[クロイツフェルト・ヤコブ病]]などが知られている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。}}<br />
<br />
(編集コメント:元の抄録はアミロイドそのものの抄録でしたので、アミロイドーシスの内容としました)<br />
<br />
==アミロイドーシスとは==<br />
アミロイドamyloidはコンゴーレッド染色でオレンジ色に染まり、偏光顕微鏡で緑色偏光を呈し、電子顕微鏡観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を総称してアミロイドーシス amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している<br />
<br />
沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
(編集コメント:病名、原因物質と沈着するタンパク質を表か箇条書きに出来ないでしょうか。)<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイドタンパク質としては、モノクローナル[[免疫グロブリン]]の[[wikipedia:ja:L鎖|L鎖]]由来の[[アミロイドAL]]や[[wikipedia:ja:H鎖|H鎖]]由来の[[アミロイドAH]]、[[wikipedia:ja:血清アミロイドA|血清アミロイドA]]の代謝産物である[[アミロイドA]](AA)、β2[[ミクログロブリン]]、[[トランスサイレチン]]、[[ゲルソリン]]、[[アポAI]]が知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である[[wikipedia:ja:形質細胞|形質細胞]]の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また[[wikipedia:ja:膠原病|膠原病]]や[[wikipedia:ja:リウマチ|リウマチ]]などが原因となり全身性[[wikipedia:ja:慢性炎症|慢性炎症]]を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに[[wikipedia:ja:腎障害|腎障害]]及び[[wikipedia:ja:血液透析|血液透析]]によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、[[wikipedia:ja:家族性アミロイドニューロパチー|家族性アミロイドニューロパチー]] [[wikipedia:Familial amyloid polyneuropathy|Familial amyloid polyneuropathy(FAP)]]が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が[[神経節]]を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起する[[プリオン]]遺伝子も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。<br />
<br />
通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、[[末梢神経]]障害の進行を抑制する[[wikipedia:Vyndaqel|Vyndaqel]](一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としてはアルツハイマー病や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、[[シスタチンC]]の遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>が[[アイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血]]で見出されている。<br />
<br />
また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病や[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群]]などのプリオン病患者脳で報告されている。さらに[[wikipedia:BRI2|BRI2]]遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型[[家族性認知症]]患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としては[[カルシトニン]]、[[アミリン]]、[[インスリン]]、[[心房ナトリウム利尿ペプチド]]が同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしては[[wikipedia:ja:ケラチン|ケラチン]]が、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
{| class="wikitable"<br />
|- class="hintergrundfarbe5"<br />
! タイプ<br />
! 頻度<br />
! 詳細<br />
|-<br />
| '''原発性アミロイドーシス''' || 稀 || 基礎疾患を伴わないアミロイドーシス<br /> meist Ablagerungen vom sogenannten AL-Typ (s. u.)<br />
|-<br />
| '''家族性アミロイドーシス''' || 稀 || tritt gehäuft in Kombination mit vererbten Erkrankungen auf<br /> z.&nbsp;B. familiäres Mittelmeerfieber<br /> meist Ablagerungen vom AA-Typ<br /> v.&nbsp;a. Niere betroffen<br />
|-<br />
| '''二次性アミロイドーシス''' || 低 || 何らかの基礎疾患に合併して生じるアミロイドーシス<br /> 多発性骨髄腫や原発性マクログロブリン血症とALアミロイドーシス<br /> 関節リウマチとAAアミロイドーシス<br /> 長期透析とAβ<sub>2</sub>Mアミロイドーシス<br />
|-<br />
| '''老人性全身アミロイドーシス''' || 高 || im Alter ohne zugrundeliegende Erkrankung auftretend<br /> Ablagerungen v.&nbsp;a. von AS-Amyloid<br /> hauptsächlich Herz und Gehirn betroffen<br />
|-<br />
|}<br />
{| class="wikitable" class="sortable wikitable"<br />
|-<br />
! Official<BR>abb.<br />
! Amyloid type/Gene<br />
! Description<br />
! [[OMIM]]<br />
|-<br />
| '''AL'''<br />
| [[amyloid light chain]]<br />
| [[AL amyloidosis]] / [[multiple myeloma]]. Contains [[immunoglobulin light-chains]] (λ,κ) derived from plasma cells.<br />
| {{OMIM2|254500}}<br />
|-<br />
| '''AA'''<br />
| [[Serum amyloid A|SAA]]<br />
| Serum amyloid A protein (SAA) is an acute-phase reactant which is deposited in the tissues in [[AA amyloidosis]].<br />
|-<br />
| '''Aβ'''<br />
| [[β amyloid]]/[[Amyloid precursor protein|APP]]<br />
| Found in [[Alzheimer disease]] brain lesions.<br />
| {{OMIM2|605714}}<br />
|-<br />
| '''ATTR'''<br />
| [[transthyretin]]<br />
| A mutant form of a normal serum protein that is deposited in the genetically determined [[familial amyloid polyneuropathies]]. TTR is also deposited in the heart in [[senile systemic amyloidosis]].<ref name="pmid16107109">{{cite journal |author=Hassan W, Al-Sergani H, Mourad W, Tabbaa R |title=Amyloid heart disease. New frontiers and insights in pathophysiology, diagnosis, and management |journal=Tex Heart Inst J |volume=32 |issue=2 |pages=178–84 |year=2005 |pmid=16107109 |doi= |url= |pmc=1163465}}</ref> Also found in [[Leptomeningeal amyloidosis]].<br />
| {{OMIM2|105210}}<br />
|-<br />
| '''Aβ<sub>2</sub>M'''<br />
| [[beta-2 microglobulin|β<sub>2</sub> microglobulin]]<br />
| Not to be confused with '''Aβ''', β<sub>2</sub>m is a normal serum protein, part of [[major histocompatibility complex]] (MHC) Class 1 molecules. [[Haemodialysis-associated amyloidosis]]<br />
|-<br />
| '''AIAPP'''<br />
| [[amylin]]<br />
| Found in the pancreas of patients with [[Diabetes mellitus type 2|type 2 diabetes]].<br />
|-<br />
| '''APrP'''<br />
| [[prion protein]]<br />
| In [[prion]] diseases, misfolded prion proteins deposit in tissues and resemble amyloid proteins. Some examples are [[Creutzfeldt–Jakob disease]] (humans), [[Bovine spongiform encephalopathy|BSE or "mad cow disease"]] (cattle), and [[scrapie]] (sheep and goats).<br />
| {{OMIM2|123400}}<br />
|-<br />
| '''AGel'''<br />
| [[gelsolin|GSN]]<br />
| [[Finnish type amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105120}}<br />
|-<br />
| '''ACys'''<br />
| [[Cystatin C|CST3]]<br />
| [[Cerebral amyloid angiopathy]], Icelandic-type<br />
| {{OMIM2|105150}}<br />
|-<br />
| '''AApoA1'''<br />
| [[APOA1]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''AFib'''<br />
| [[Fibrinogen alpha chain|FGA]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| '''ALys'''<br />
| [[LYZ]]<br />
| [[Familial visceral amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105200}}<br />
|-<br />
| ?<br />
| [[OSMR]]<br />
| [[Primary cutaneous amyloidosis]]<br />
| {{OMIM2|105250}}<br />
|-<br />
| '''ABri'''<BR>'''ADan'''<br />
| [[ITM2B]]<br />
| [[Cerebral amyloid angiopathy]], British-type<BR>Danish-type<br />
| {{OMIM2|176500}}<BR>{{OMIM2|117300}}<br />
|-<br />
| '''APro'''<br />
| [[prolactin]]<br />
| [[Prolactinoma]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''AKer'''<br />
| [[keratoepithelin]]<br />
| [[Familial corneal amyloidosis]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''AANF'''<br />
| [[atrial natriuretic factor]]<br />
| [[Senile amyloid of atria of heart]]<br />
|<br />
|-<br />
| '''ACal'''<br />
| [[calcitonin]]<br />
| [[Medullary carcinoma of the thyroid]]<br />
|<br />
|}<br />
<br />
==病態生理==<br />
[[Image:2M5N.pdb|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: {{PDB2|2M5N}}]]<br />
<br />
(編集コメント:結晶構造は回転できる物に取り替えました。これで良いかご確認下さい。SafariではWebGLをonにして下さい。)<br />
<br />
===構造===<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通して[[クロスβ構造]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向に[[wikipedia:ja:βストランド|βストランド]]となり、かつ線維軸方向に[[wikipedia:ja:βシート構造|βシート構造]]をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[[wikipedia:ja:Aβ|Aβ]]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用した[[アミロイドPETスキャン]]が可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===線維形成過程と伝播===<br />
[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]<br />
[[Image:2M4J.pdb|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: {{PDB2|2M4J}}]]<br />
<br />
(編集コメント:長かったので、小見出しをつけました。内容に照らして適当かご確認下さい。)<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、[[プリオン]]タンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデル[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]を用いた伝播実験が確認されているが、野生の[[wikipedia:ja:チーター|チーター]]においてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病([[wikipedia:ja:ヒツジ|ヒツジ]]おける[[スクレイピー]]、[[wikipedia:ja:シカ|シカ]]における[[Chronic wasting disease]])の[[wikipedia:ja:水平伝播|水平伝播]]メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経や[[wikipedia:ja:リンパ節|リンパ節]]を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの[[wikipedia:ja:腹腔|腹腔]]内にAβ線維を注入すると[[大脳皮質]]でのAβの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質([[タウ]]、[[シヌクレイン]]、[[TDP-43]]など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
===細胞毒性===<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、[[脂質二重膜]]の障害、[[酸化的ストレス]]や[[小胞体ストレス]]の惹起、[[ミトコンドリア]]障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも[[大脳皮質]]に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、[[NMDA型グルタミン酸受容体|NMDA型]]および[[AMPA型グルタミン酸受容体]]、α7[[ニコチン性アセチルコリン受容体]]、[[インスリン受容体]]、[[RAGE]]、プリオンタンパク質や[[EPHB2|EphB2]]、[[LilrB2]]などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==関連項目==<br />
*[[アルツハイマー病]]<br />
*[[プリオン病]]<br />
*[[アミロイドβタンパク質]]<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=23954
アミロイドβタンパク質
2013-12-01T14:16:32Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである老人斑の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]][[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象はエクトドメインシェディングとも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるⅠ型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にもNotchやCadherin、CD44、Neuregulin、ErbB4、Alcadein、Neuroliginなどがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、神経可塑性や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機としてADAM10によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==Aβの凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める性質を示し、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性は[[wikipedia:en:BACE1|BACE1]]と呼ばれる膜結合型[[アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPの[[BACE1]]に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼ全てAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでアルツハイマー病の発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==Aβの分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にもインスリン分解酵素や、プラスミン、エンドセリン変換酵素、カテプシン、KLK7、MMPなどがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介したトランスエンドサイトーシスによって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステムと機能==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、神経細胞死を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPPノックアウトマウスにおける神経可塑性異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
なおAPPの生理機能については、シナプス小胞の輸送や神経突起の伸長に関与していることが示唆されているが<ref><pubmed> 22355794 </pubmed></ref>、哺乳類においてはファミリー分子であるAPLP1、APLP2が相補的に機能している。そのためAPPノックアウトマウスで大きな異常は認められていないが、APP/APLP2ダブルノックアウトマウスでは脳の発生異常が報告されている。しかしAPLPファミリーとAPPではAβ部分の一次配列が全く異なっており、少なくともAβはAPP機能には必要ないと考えられる。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した抗体やワクチンによる治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素Glutaminyl Cyclaseも、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、神経原線維変化は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[wikipedia:ja:前頭側頭葉変性症|前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβは[[アルツハイマー病]]を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積は[[アルツハイマー病]]発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳[[アミロイドーシス]]としての[[アルツハイマー病]]病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23953
アミロイドーシス
2013-12-01T14:04:10Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text=<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA(AA)、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起するプリオン遺伝子も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られる[[アミロイドβタンパク質]](Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質[[Image:TTfig4.PNG|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]線維に特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデルマウスを用いた伝播実験が確認されているが、野生のチーターにおいてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病(羊におけるスクレイピー、鹿におけるChronic wasting disease)の水平伝播メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経やリンパ節を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。また[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]についても、アルツハイマー病モデルマウスの腹腔内に[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]線維を注入すると大脳皮質での[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]の沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質(タウ、シヌクレイン、TDP-43など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られた[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長した[[アミロイドβタンパク質]]の分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年では[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]とFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイド原性タンパク質である[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]とADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイド原性タンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。また[http://bsd.neuroinf.jp/wiki/アミロイドβタンパク質 Aβ]が細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23952
アミロイドーシス
2013-12-01T13:54:04Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
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英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text=<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA(AA)、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起するプリオン遺伝子も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質[[Image:TTfig4.PNG|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。<br />
<br />
このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデルマウスを用いた伝播実験が確認されているが、野生のチーターにおいてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。<br />
<br />
糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病(羊におけるスクレイピー、鹿におけるChronic wasting disease)の水平伝播メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経やリンパ節を介したプリオンの伝播に関しては、食物摂取などを介した末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの腹腔内にAβ線維を注入すると大脳皮質でのAβアミロイドの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質(タウ、シヌクレイン、TDP-43など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23951
アミロイドーシス
2013-12-01T13:49:03Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text=<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA(AA)、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起するプリオン遺伝子も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質[[Image:TTfig4.PNG|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデルマウスを用いた伝播実験が確認されているが、野生のチーターにおいてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。このような糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病(羊におけるスクレイピー、鹿におけるChronic wasting disease)の水平伝播メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経やリンパ節を介したプリオンの伝播に関しては、末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの腹腔内にAβ線維を注入すると大脳皮質でのAβアミロイドの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質(タウ、シヌクレイン、TDP-43など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=23950
アミロイドβタンパク質
2013-12-01T13:44:24Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである老人斑の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]][[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在する。この結果生じたC末端断片もγセクレターゼによる切断を受けてp3と呼ばれる短い断片が分泌される。この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
APPのα、β切断によって細胞外領域が分泌されるが、このような現象はエクトドメインシェディングとも呼ばれ、様々な膜タンパク質において観察されている<ref><pubmed> 22991436 </pubmed></ref>。そしてシェディングによって生じる膜結合型の断片がさらに引き続いて膜内配列におけるγ切断をうけるⅠ型膜貫通蛋白も多く知られており、APPファミリー分子の他にもNotchやCadherin、CD44、Neuregulin、ErbB4、Alcadein、Neuroliginなどがその切断を介して神経・グリア細胞の分化、神経可塑性や神経生存性に重要な役割を果たすことが示されている<ref><pubmed> 16630834 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19038214 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21865451 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21982365 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23083742 </pubmed></ref>。また一部の基質ではAβ様分泌ペプチドの産生が確認されている<ref><pubmed> 20049724 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21681798 </pubmed></ref>。しかしその生理的機能は定かではなく、またAβ以外の分子が凝集能を示すことは報告されていない。また多くの場合、シェディングの役割は細胞表面膜に存在する基質の量を低下させることに寄与している。したがってAβが産生されるプロセスは比較的普遍的な膜タンパク質代謝の一つであり<ref><pubmed> 15173829 </pubmed></ref>、シェディングによって生じた膜結合型断片を分解する過程で生じた産物とも考えられる。<br />
<br />
一方、γセクレターゼ切断によって放出される細胞質内領域が何らかの役割を果たしていることが多い。特に膜受容体型転写因子であるNotchは、近接する細胞に発現しているリガンドの結合を契機としてADAM10によりシェディングを受け、引き続きγセクレターゼによって転写活性化ドメインを含む細胞質内領域を放出し、遺伝子発現を調節している<ref><pubmed> 23028119 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24099003 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==Aβの凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。<br />
<br />
このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める性質を示し、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性は[[wikipedia:en:BACE1|BACE1]]と呼ばれる膜結合型[[アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPの[[BACE1]]に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。<br />
<br />
同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼ全てAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでアルツハイマー病の発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==Aβの分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にもインスリン分解酵素や、プラスミン、エンドセリン変換酵素、カテプシン、KLK7、MMPなどがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介したトランスエンドサイトーシスによって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強い[[wikipedia:en: Apolipoprotein_E|Apolipoprotein E]]はAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステム==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。<br />
<br />
このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。その一方で高濃度のAβは神経細胞を異常興奮させること、一方で神経活動を低下させたり、神経細胞死を招くことが実験系で示されている。このような観点から、神経活動依存性に産生されるAβがフィードバック的に脳内における神経活動の制御に関わっているという可能性も提示されている。しかしAPPノックアウトマウスにおける神経可塑性異常については報告されておらず、Aβの生理的意義については不明である。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている<ref><pubmed> 19402777 </pubmed></ref>。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した抗体やワクチンによる治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素Glutaminyl Cyclaseも、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
剖検脳[[Image:TTfig7.PNG|thumb|350px|'''図4.アルツハイマー病の進行と分子病態'''<br>Aβ蓄積は15-20年以上前から開始していると推測されている。]]において老人斑の疾患特異性が高いのに対して、神経原線維変化は様々な神経変性疾患において観察されること、そして非認知症健常者においても老人斑蓄積が認められることから、Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかしほぼ全てのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進する一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定されたこと、またタウ遺伝子変異に起因し、老人斑蓄積を認めない[[wikipedia:ja:前頭側頭葉変性症|前頭側頭葉変性症]]が見出され、Aβは[[アルツハイマー病]]を惹起する毒性分子であり、タウ病変はその下流で神経細胞死に直接関与するプロセスであると考えられるようになった。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わってきた。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積は[[アルツハイマー病]]発症から15-20年以上前に始まり、引き続いてタウ病変が惹起されること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなり<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>、Aβの蓄積が脳[[アミロイドーシス]]としての[[アルツハイマー病]]病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている([https://investor.lilly.com/releasedetail.cfm?releaseid=711933 Detailed Results of the Phase 3 Solanezumab EXPEDITION Studies])。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig7.PNG&diff=23949
ファイル:TTfig7.PNG
2013-12-01T13:41:20Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=23948
アミロイドβタンパク質
2013-11-30T12:15:51Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド、β-amyloid<br />
<br />
{{box|text=<br />
[[アルツハイマー病]]の病理学的特徴の一つである老人斑の主要構成成分は、アミロイドβタンパク質(Aβ)と呼ばれる40アミノ酸程度のペプチドである。Aβ沈着が病理学的に捉えられる最初期病変であること、Aβが凝集し、直接神経細胞毒性を示しうること、そして家族性[[アルツハイマー病]]患者の遺伝学的解析から、Aβの産生および蓄積の異常が[[アルツハイマー病]]の発症に深く関係しているという「アミロイドカスケード仮説」が現在広く支持されている。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
==Aβの凝集性と沈着様式==<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違いが、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である。Aβの主な分子種として、第40番目のアミノ酸であるValで終わるAβ40、第42番目のアミノ酸であるAlaで終わるAβ42が知られている。通常、神経細胞からはAβ40がAβ42に比して10倍近く多く産生される<ref><pubmed> 7640283 </pubmed></ref>。このうちAβ42は<i>in vitro</i>で凝集性が高く<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>、AD患者脳においても初期から優位に蓄積することが知られている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>。最近、Aβ43が更に凝集性が高い分子種であり、AD脳でも蓄積していることが示され、AβのC末端長の重要性が再確認されている<ref><pubmed> 21725313 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている分子種であると想定されている。<br />
<br />
==家族性アルツハイマー病とAβ==<br />
家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性は[[wikipedia:en:BACE1|BACE1]]と呼ばれる膜結合型[[アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)<ref><pubmed> 1302033 </pubmed></ref>、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>は、APPの[[BACE1]]に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ<ref><pubmed> 21500352 </pubmed></ref>。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。この変異はAβ産生量の変化がアルツハイマー病の発症リスクを規定していることを明確にしたと言える。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβ分子そのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。世界で初めて家族性アルツハイマー病に連鎖する遺伝子変異として見出されたのがそのような変異のひとつであるLondon変異(V717I)である<ref><pubmed> 1671712 </pubmed></ref>。長らくこのLondon変異が引き起こす生化学的変化については不明であったが、[[wikipedia:ja: 武田薬品工業|武田薬品工業株式会社]]の鈴木、尾高らがAβの最C末端の違いを認識する断端抗体を樹立し、その抗体を利用したサンドイッチELISA法が開発されたことによって、London変異が分泌AβのC末端長に影響を与えることが示された<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>。同様にAβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、いずれもγセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼ全てAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでアルツハイマー病の発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
βセクレターゼに対するIcelandic変異のように、γセクレターゼによるAβ42産生を抑制する変異は未だ見出されていないが、アルツハイマー病に関連する遺伝学的予防因子<i>PICALM</i><ref><pubmed> 24162737 </pubmed></ref>の発現量低下がγセクレターゼの細胞内輸送を変化させることでAβ42産生量を低下させることが報告されている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==Aβの分解==<br />
生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。その他にもインスリン分解酵素や、プラスミン、エンドセリン変換酵素、カテプシン、KLK7、MMPなどがAβ分解酵素として同定されている。Aβはグリア細胞による貪食を受けることも知られている。さらに血管内皮細胞を介したトランスエンドサイトーシスによって排出される可能性も示唆されている。アルツハイマー病の遺伝学的リスク因子として最も強いApoEはAβ分解システムに関与している<ref><pubmed> 18549781 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>ことが示唆されている他、孤発性アルツハイマー病患者においてはAβクリアランス速度が有意に低下している<ref><pubmed> 21148344 </pubmed></ref>ことが示されており、Aβ分解・代謝経路の全容解明が待たれている。<br />
<br />
==脳内Aβ濃度を保つシステム==<br />
脳内におけるAβ産生はBACE1発現量が最も高い神経細胞が主に担い<ref><pubmed> 10549806 </pubmed></ref>、その産生量は神経活動に依存している<ref><pubmed> 12670422 </pubmed></ref>。そのメカニズムとしてBACE1<ref><pubmed> 21715678 </pubmed></ref>やγセクレターゼ<ref><pubmed> 23563578 </pubmed></ref>、そしてαセクレターゼであるADAM10<ref><pubmed> 23676497 </pubmed></ref>の活性が神経活動に応じて変化することが示されている。このような神経活動に依存したAβ産生亢進は、昏睡患者における意識レベルと脳脊髄液中Aβ量の相関<ref><pubmed> 18755980 </pubmed></ref>や、睡眠・覚醒と関連した脳内Aβ量の日周期変動<ref><pubmed> 19779148</pubmed></ref>、さらに老人斑沈着を認める非認知症者における異常な脳活動の上昇<ref><pubmed> 19640477 </pubmed></ref>とも関連が示唆されている。<br />
<br />
==Aβを標的とした抗アルツハイマー病治療薬開発戦略==<br />
アミロイドカスケード仮説に基づき、Aβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じたため開発が中止された。現在ではAβ42産生のみを特異的に低下させるγセクレターゼ制御薬(モジュレーター)や、βセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特にAβに対する獲得免疫を利用した抗体やワクチンによる治療薬開発が進められている。またAβの凝集性を高めるピログルタミル化を担う酵素Glutaminyl Cyclaseも、新たな創薬戦略として注目されている<ref><pubmed> 18836460 </pubmed></ref>。<br />
<br />
Aβ蓄積とタウ病変である神経原線維変化の関係については、長らく様々な議論がなされてきた。しかし元々剖検脳においてAβの疾患特異性が高いのに対して、タウ病変は様々な神経変性疾患において観察されることから、Aβ蓄積が上流である可能性が示唆されていた。そしてモデルマウスを用いて、Aβ蓄積がタウ病変を亢進させる<ref><pubmed> 11520987 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11520988 </pubmed></ref>ことや、脳脊髄液中のタウ濃度を上昇させる<ref><pubmed> 23863834 </pubmed></ref>ことが示された。さらに最近では大規模観察研究からヒトにおいてもAβ蓄積に対してタウ病変は遅れて生じることが確認されつつある。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定されたことなどから、Aβの蓄積が脳[[アミロイドーシス]]としてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。<br />
<br />
一方でこれまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。そして抗Aβ抗体医薬の一つ[[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]の治験においては、全体としてはエンドポイントが達成できなかったものの、mild-to-moderateに分類される、比較的早期の[[アルツハイマー病]]患者においては認知機能の低下が抑制されたと報告されている。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig1.PNG&diff=23947
ファイル:TTfig1.PNG
2013-11-30T10:49:59Z
<p>Taisuketomita: Taisuketomita 「ファイル:TTfig1.PNG」の新しい版をアップロードしました</p>
<hr />
<div>図1 Aβ産生経路<br />
<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23946
アミロイドーシス
2013-11-30T10:18:35Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](京都大学 大学院医学研究科)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text=<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA(AA)、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性AAアミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。また最近になり、全身性アミロイドーシスを惹起するプリオン遺伝子も同定された<ref><pubmed> 24224623 </pubmed></ref>。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|350px|'''図1.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成[[Image:TTfig6.png|thumb|350px|'''図2.アミロイド線維形成過程'''<br>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割]]を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。<br />
<br />
<br> 最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、全身性アミロイドーシスの一つであるAAアミロイドーシスはモデルマウスを用いた伝播実験が確認されているが、野生のチーターにおいてAAアミロイドーシス発症頻度が近年上昇していることが示されていた。そして興味深いことに、AAアミロイドーシスを発症した個体の糞に伝播性が極めて高いアミロイドA線維が含まれていることが明らかとなった<ref><pubmed> 18474855 </pubmed></ref>。このような糞便を介したアミロイドーシス伝播は、野生動物におけるプリオン病(羊におけるスクレイピー、鹿におけるChronic wasting disease)の水平伝播メカニズムを説明できるものとして注目を集めている。特に末梢神経やリンパ節を介したプリオンの伝播に関しては、末梢組織から生じうる限局性アミロイドーシスの発症機構を担っている可能性がある<ref><pubmed> 24189576 </pubmed></ref>。またAβについても、アルツハイマー病モデルマウスの腹腔内にAβ線維を注入すると大脳皮質でのAβアミロイドの沈着が亢進することも示されている<ref><pubmed> 20966215 </pubmed></ref>。このようなタンパク質凝集物の細胞間伝播という概念は必ずしもアミロイドの形成には依存しておらず、凝集して線維を形成するタンパク質に普遍的に観察される可能性があり、最近では様々な神経変性疾患において細胞内に蓄積するタンパク質(タウ、シヌクレイン、TDP-43など)においても伝播能力の存在が確認されつつある<ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。また酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造変化に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|350px|'''図3.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されており<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>、伝播メカニズムとの関係の解明が待たれている。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが脳実質に蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig6.png&diff=23945
ファイル:TTfig6.png
2013-11-30T09:50:26Z
<p>Taisuketomita: アミロイド線維形成過程におけるシードの役割</p>
<hr />
<div>アミロイド線維形成過程におけるシードの役割</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23922
アミロイドーシス
2013-11-28T23:52:20Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div><div align="right"> <br />
<font size="+1">[http://researchmap.jp/_tomitataisuke 富田 泰輔]</font><br><br />
''東京大学 薬学研究科''<br><br />
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年11月27日 原稿完成日:2013年月日<br><br />
担当編集委員:[http://researchmap.jp/Bito 尾藤 晴彦](東京大学 大学院医学系研究科 神経生化学分野)<br><br />
</div><br />
<br />
英:amyloidosis<br />
<br />
{{box|text=<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|350px|'''図4.クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|350px|'''図5.アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%CE%B2%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA&diff=23921
アミロイドβタンパク質
2013-11-28T23:51:29Z
<p>Taisuketomita: ページの作成:「英:amyloid-β protein、Aβ 同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド {{box|text= アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コ...」</p>
<hr />
<div>英:amyloid-β protein、Aβ<br />
<br />
同義語:アミロイドβペプチド、amyloid-β peptide、βアミロイド<br />
<br />
{{box|text=<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
}}<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|350px|'''図1.Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと[[分泌]]されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|350px|'''図2.Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|350px|'''図3.Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に獲得免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)やワクチンによる治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳[[アミロイドーシス]]としてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性は[[wikipedia:en:BACE1|BACE1]]と呼ばれる膜結合型[[アスパラギン酸プロテアーゼ]]によって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPの[[BACE1]]に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や[[脳脊髄液]]中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼ全てAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23901
アミロイドーシス
2013-11-27T12:01:45Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に獲得免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)やワクチンによる治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性は[[wikipedia:en:BACE1|BACE1]]と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、総Aβ産生量には大きな影響を与えずに特に凝集性の高いAβ42の産生比率(総Aβ産生量に対する)を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼ全てAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断アスパラギン酸プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>であり、Presenilin遺伝子のFAD変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生比率を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23900
アミロイドーシス
2013-11-27T11:58:08Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に獲得免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)やワクチンによる治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法に疑義が呈された。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期に個々人のAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼである[[wikipedia:en:ADAM10|ADAM10]]の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
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===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
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一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
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==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
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<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23899
アミロイドーシス
2013-11-27T11:54:32Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長く、凝集性の高いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法は効果が無いのではないかと考えられた。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期にAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
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このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
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==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23898
アミロイドーシス
2013-11-27T11:50:40Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
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==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。基本的には、アミロイドーシス発症の分子病態は凝集するアミロイドタンパク質の濃度上昇か、凝集能亢進によるものである。したがってアミロイドタンパク質の除去が根本治療戦略となる。<br />
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===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法は効果が無いのではないかと考えられた。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期にAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞障害および毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。アミロイド沈着後に生じる疾患プロセスを抑制する治療薬の開発のためにも、その理解は必須である。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。近年ではAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23897
アミロイドーシス
2013-11-27T11:43:36Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。生理的条件下ではAβは[[ネプリライシン]]などの酵素により分解されるため、脳内でのAβの半減期は30分程度である<ref><pubmed> 19741145 </pubmed></ref>。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。凝集したAβは分解抵抗性を示す。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法は効果が無いのではないかと考えられた。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期にAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23896
アミロイドーシス
2013-11-27T11:38:14Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法は効果が無いのではないかと考えられた。しかし近年の大規模臨床観察研究や、FAD変異キャリヤーのバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積はアルツハイマー病発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期にAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
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===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
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一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
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===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
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一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23895
アミロイドーシス
2013-11-27T11:36:16Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、野生型ペプチドには凝集性が認められない。しかし終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
[[アルツハイマー病]]患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、[[アルツハイマー病]]発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのため[[アルツハイマー病]]患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、[[アルツハイマー病]]におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
これまでに多くのAβに対する治療法開発が失敗に終わっている。特にAβワクチン療法AN-1792の治験では、老人斑蓄積が消失している患者が確認されたにも関わらず認知機能の低下は抑制されておらず<ref><pubmed> 12640446 </pubmed></ref>、アミロイドカスケード仮説に基づいた抗Aβ療法は効果が無いのではないかと考えられた。一方で近年の大規模臨床観察研究やFAD変異キャリヤーで未発症者のバイオマーカー解析などから、Aβ蓄積は発症から15-20年以上前に始まっていること<ref><pubmed> 22784036 </pubmed></ref>、老人斑蓄積が確認される健常者やMCIがADを発症する確率が有意に高いことが明らかとなった<ref><pubmed> 19587325 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19346482 </pubmed></ref>。またほぼすべてのFAD遺伝子変異がAβ蓄積を亢進するものである一方で、Aβ産生を抑制する変異が認知機能低下に対する防御的変異として同定された(後述)ことなどから、Aβの蓄積が脳アミロイドーシスとしてのAD病変における最上流プロセスであることは間違いないと考えられている。そのような観点から、未発症期にAD発症リスクを正しく理解して抗Aβ療法を先制医療として開始することが正しいのではないかと考えられている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して防御的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
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<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
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==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβとFAD変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
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このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれの疾患モデルマウスを、神経障害と関連するtauトランスジェニックマウスと交配すると、いずれの場合もtau病理が亢進されることが示された<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>。これは少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスの下流には共通性があることを示唆している。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。またAβが細胞外から神経細胞毒性を呈するために毒性受容体が想定さられており、NMDA型およびAMPA型グルタミン酸受容体、α7ニコチン性アセチルコリン受容体、インスリン受容体、RAGE、プリオンタンパク質やEphB2、LilrB2などがその候補として挙げられている。<br />
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==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23892
アミロイドーシス
2013-11-27T10:52:03Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
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==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
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===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、アルツハイマー病発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
<br> アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またシードへの組み込みはアミロイドタンパク質が同様の構造を取りうるかどうかに依存する。プリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象も一次配列の違いに依存する各種のプリオンが形成するシード構造の違いによって説明できる。さらに最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23891
アミロイドーシス
2013-11-27T10:46:04Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
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==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、アルツハイマー病発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
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Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またプリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象もシードの構造の違いによって説明できる。また最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が発揮する細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23890
アミロイドーシス
2013-11-27T10:35:38Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはAβ配列の16番目でαセクレターゼによる切断を受ける代謝経路も存在し、この場合はAβ産生には至らないため、アルツハイマー病発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、現在は特に能動免疫を利用した抗体([[wikipedia:en:Solanezumab|Solanezumab]]など)による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
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一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
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==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またプリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象もシードの構造の違いによって説明できる。また最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が持つ細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23889
アミロイドーシス
2013-11-27T10:30:21Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか、遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはαセクレターゼおよびγセクレターゼによって切断される代謝経路も存在し、この場合はAβが産生されないため、アルツハイマー病発症に対して防御的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en:scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、特に能動免疫を利用した抗体による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またプリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象もシードの構造の違いによって説明できる。また最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が持つ細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig1.PNG&diff=23888
ファイル:TTfig1.PNG
2013-11-27T10:25:59Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>図1 Aβ産生経路<br />
<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig2.PNG&diff=23887
ファイル:TTfig2.PNG
2013-11-27T10:25:25Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異<br />
<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig3.PNG&diff=23886
ファイル:TTfig3.PNG
2013-11-27T10:24:23Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異<br />
<br>Aβ配列内部の変異の多くは凝集性に影響を与える。</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig5.PNG&diff=23885
ファイル:TTfig5.PNG
2013-11-27T10:23:12Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造<br />
<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。<br />
<br>PDB ID: 2M4J<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref><br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig4.PNG&diff=23884
ファイル:TTfig4.PNG
2013-11-27T10:22:04Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>図4 クロスβ構造<br />
<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。<br />
<br>PDB ID: 2M5N<ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref><br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig4.PNG&diff=23883
ファイル:TTfig4.PNG
2013-11-27T10:21:33Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>図4 クロスβ構造<br />
トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。<br />
PDB ID: 2M5N<ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref><br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23882
アミロイドーシス
2013-11-27T10:17:17Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか,遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.PNG|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはαセクレターゼおよびγセクレターゼによって切断される代謝経路も存在し、この場合はAβが産生されないため、アルツハイマー病発症に対して予防的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.PNG|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.PNG|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en: scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、特に能動免疫を利用した抗体による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.PNG|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またプリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象もシードの構造の違いによって説明できる。また最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.PNG|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が持つ細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23881
アミロイドーシス
2013-11-27T10:15:57Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか,遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ[[Image:TTfig1.png|thumb|'''図1 Aβ産生経路'''<br>APPはβ及びγセクレターゼによる切断を受ける。]]、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはαセクレターゼおよびγセクレターゼによって切断される代謝経路も存在し、この場合はAβが産生されないため、アルツハイマー病発症に対して予防的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量[[Image:TTfig2.png|thumb|'''図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異'''<br>β及びγセクレターゼによる切断に影響を与える遺伝子変異。]]もしくは凝集性を高める[[Image:TTfig3.png|thumb|'''図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異'''<br>Aβ配列内部の変異は凝集性に影響を与える。]]性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en: scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、特に能動免疫を利用した抗体による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
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===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するIranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、London変異(V717Iの他、L、F、G)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニットであり、ニカストリン、Aph-1、Pen-2と膜タンパク複合体として機能する<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>。その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造[[Image:TTfig4.png|thumb|'''図4 クロスβ構造'''<br>トランスサイレチン部分ペプチドからなるクロスβ構造。PDB ID: 2M5N]]と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23513222 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
<br />
アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またプリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象もシードの構造の違いによって説明できる。また最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析[[Image:TTfig5.png|thumb|'''図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造'''<br>患者脳由来アミロイドから伸長したAβの分子構造。PDB ID: 2M4J]]がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が持つ細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig5.PNG&diff=23880
ファイル:TTfig5.PNG
2013-11-27T10:14:59Z
<p>Taisuketomita: Taisuketomita 「ファイル:TTfig5.PNG」の新しい版をアップロードしました: 図5 アルツハイマー病患者脳由来のAβ線維構造</p>
<hr />
<div></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig5.PNG&diff=23879
ファイル:TTfig5.PNG
2013-11-27T10:11:16Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div></div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig4.PNG&diff=23878
ファイル:TTfig4.PNG
2013-11-27T10:10:50Z
<p>Taisuketomita: 図4 クロスβ構造</p>
<hr />
<div>図4 クロスβ構造</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig3.PNG&diff=23877
ファイル:TTfig3.PNG
2013-11-27T10:10:15Z
<p>Taisuketomita: 図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異</p>
<hr />
<div>図3 Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig2.PNG&diff=23876
ファイル:TTfig2.PNG
2013-11-27T10:09:40Z
<p>Taisuketomita: 図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異</p>
<hr />
<div>図2 Aβ産生量を変化させる遺伝子変異</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:TTfig1.PNG&diff=23875
ファイル:TTfig1.PNG
2013-11-27T10:09:04Z
<p>Taisuketomita: 図1 Aβ産生経路</p>
<hr />
<div>図1 Aβ産生経路</div>
Taisuketomita
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9&diff=23873
アミロイドーシス
2013-11-27T08:18:22Z
<p>Taisuketomita: </p>
<hr />
<div>アミロイドタンパク質<br />
英:amyloid protein<br />
同義語:アミロイドペプチド、amyloid peptide<br />
<br />
アミロイドamyloidは[[wikipedia:ja:コンゴーレッド|コンゴーレッド]]染色でオレンジ色に染まり、[[wikipedia:ja:偏光顕微鏡|偏光顕微鏡]]で緑色偏光を呈し、[[wikipedia:ja:電子顕微鏡|電子顕微鏡]]観察下では7~15nmの繊維構造を呈する物質として定義される。多くの場合、前駆タンパクであるアミロイドタンパク質が折りたたみ障害を引き起こして重合し、[[wikipedia:ja:βシート|βシート]]構造に富む不溶性線維として蓄積・凝集している。<br />
<br />
==アミロイドーシス==<br />
アミロイドが、組織間隙に沈着する疾患を[[wikipedia:ja:アミロイドーシス|アミロイドーシス]] amyloidosisと呼ぶ<ref><pubmed> 22664198 </pubmed></ref>。沈着部位や沈着量により臓器の機能不全が生じる。沈着するアミロイドタンパク質の種類や臓器によって特徴が見られ、特に大きく全身性アミロイドーシスと限局性アミロイドーシスに分類されている。<br />
<br />
===全身性アミロイドーシス===<br />
アミロイドタンパク質が血中に存在する場合は全身性アミロイドーシスとなる<ref><pubmed> 23451869 </pubmed></ref>。アミロイドタンパク質としては、モノクローナル免疫グロブリンのL鎖由来のアミロイドALやH鎖由来のアミロイドAH、血清アミロイドAの代謝産物であるアミロイドA、β2ミクログロブリン、トランスサイレチン、ゲルソリン、アポAIが知られている。いずれもアミロイドタンパク質の産生亢進、濃度上昇がアミロイドーシスを惹起していることが知られており、例えばアミロイドALでは免疫グロブリン産生細胞である形質細胞の過剰な増殖や腫瘍化がその原因である。また膠原病やリウマチなどが原因となり全身性慢性炎症を基礎疾患として血清アミロイドAの濃度上昇が継続し、全身性アミロイドーシスを惹起する。さらに腎障害及び血液透析によってβ2ミクログロブリンの排泄、除去が不全となり、10年以上の長期透析の結果アミロイド沈着を招くことが知られている。<br />
<br />
遺伝子変異によって生じる全身性アミロイドーシスとして、家族性アミロイドニューロパチーFamilial amyloid polyneuropathy(FAP)が知られている<ref><pubmed> 22094129 </pubmed></ref>。FAPはトランスサイレチン、ゲルソリン、アポAI、血清アミロイドA遺伝子変異に連鎖し、これらのアミロイドタンパク質が神経節を含む神経系および他の臓器に沈着する。我が国を含めて、特にトランスサイレチン遺伝子変異によるFAPが最も多い<ref><pubmed> 11940682 </pubmed></ref>。通常トランスサイレチンは四量体を形成しているが、遺伝子変異によって生じるアミノ酸置換によって不安定な単量体へ解離しやすくなり、なんらかの機序で重合して線維化すると考えられている。体内のトランスサイレチンは主として肝臓で産生されるが、肝実質にアミロイドは沈着しない。このためFAP患者の肝臓を移植により正常肝に換えることでアミロイドタンパク質である変異トランスサイレチンの消失が期待され、移植後多くの症例でFAPの臨床進行が停止するか,遅延することが確認されている。また2013年には、トランスサイレチンの四量体の解離及び変性を抑制することでアミロイド形成を阻害し、末梢神経障害の進行を抑制するVyndaqel(一般名:[[wikipedia:en:Tafamidis|Tafamidis]])が承認された。<br />
<br />
===限局性アミロイドーシス===<br />
特定の臓器に限局して沈着を認める場合は限局性アミロイドーシスとなる。臓器に応じて分類され、脳アミロイドーシス<ref><pubmed> 22482447 </pubmed></ref>としては[[アルツハイマー病]]や脳血管アミロイドアンギオパチーで蓄積が見られるアミロイドβタンパク質(Aβ)の他、シスタチンCの遺伝子変異<ref><pubmed> 2900981 </pubmed></ref>がアイスランド型遺伝性アミロイド性脳出血で見出されている。また[[wikipedia:ja:プリオン|プリオンタンパク質]]の蓄積、沈着はクロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群などのプリオン病患者脳で報告されている。さらにBRI2遺伝子の変異によって生じるアミロイドペプチドABri、ADanはそれぞれBritish型、Danish型家族性認知症患者脳において蓄積している<ref><pubmed> 19072909 </pubmed></ref>。BRI2はその最C末端部がFurinによって切断され分泌されているが、終止コドン近傍の遺伝子変異により野生型よりも僅かに長いペプチドが分泌され、これらがアミロイドとして脳実質に蓄積する。<br />
<br />
その他の限局性アミロイドーシスとしては、内分泌アミロイドーシスのアミロイドタンパク質としてはカルシトニン、アミリン、インスリン、心房ナトリウム利尿ペプチドが同定されており、主にこれらのホルモンを分泌する細胞由来の腫瘍内で蓄積・沈着が観察される。また皮膚アミロイドーシスとしてはケラチンが、限局性結節性アミロイドーシスはアミロイドALがアミロイドタンパク質として蓄積することが報告されている。<br />
<br />
==アミロイドβタンパク質(Aβ)==<br />
アルツハイマー病患者脳において蓄積している脳血管アミロイドアンギオパチーや老人斑の生化学的解析から、その主要構成成分がAβであることが明らかとなった<ref><pubmed> 6375662 </pubmed></ref>。その後、cDNAクローニングによりAβは前駆タンパク質であるAmyloid-β precursor protein(APP)の部分断片であること、βセクレターゼおよびγセクレターゼによる連続した二段階切断によって切りだされ、細胞外へと分泌されることが示された<ref><pubmed> 20139999 </pubmed></ref>。一方APPにはαセクレターゼおよびγセクレターゼによって切断される代謝経路も存在し、この場合はAβが産生されないため、アルツハイマー病発症に対して予防的な経路と考えられる。<br />
<br />
Aβの特徴はその凝集性の高さであり、緩衝液中に高濃度で存在するだけで凝集してアミロイド線維を形成する。人工合成ペプチドを用いた解析から、その線維形成過程は主にAβの一次配列とアミノ酸長に依存することが示されている。特に産生時のγセクレターゼによる切断部位の多様性によって生じる最C末端長の違い<ref><pubmed> 8191290 </pubmed></ref>が、生理的条件下で生じうるAβの凝集性を変化させる要因である<ref><pubmed> 8490014 </pubmed></ref>。また産生後に生じる最N末端の部分分解とピログルタミル化<ref><pubmed> 7857653 </pubmed></ref>も非常に疎水性が上がるため重要であると考えられている。そのためアルツハイマー病患者脳に老人斑として蓄積している最も主要なAβは、3番目のグルタミン酸がピログルタミル化し、最C末端が42番目のアラニンで終わっている<ref><pubmed> 8043280 </pubmed></ref>分子種であると想定されている。さらに興味深いことに家族性アルツハイマー病(FAD)に連鎖する遺伝子変異([http://www.molgen.ua.ac.be/ADMutations/ Alzheimer Disease & Frontotemporal Dementia Mutation Database])の多くはこのAβの産生量もしくは凝集性を高める性質を示しており、アルツハイマー病におけるアミロイドカスケード仮説の強い根拠となっている。<br />
<br />
そのためAβを標的とした抗アルツハイマー病戦略は根治療法として期待され、特にセクレターゼ活性制御によるAβ産生メカニズムの抑制、Aβ凝集阻害によるアミロイド形成抑制、そしてAβ除去を促進するアミロイド沈着の抑制を主たる薬効とする治療薬開発が推進されてきた。この中でセクレターゼ活性制御のうちγセクレターゼ阻害薬[[wikipedia:en:Semagacestrat|Semagacestat]]の治験は副作用を生じて開発が中止されたが、現在ではβセクレターゼ阻害薬の治験が精力的に進められている。Aβ凝集阻害については[[wikipedia:en: scyllo-Inositol|scyllo-Inositol]]を用いた治験が行われたが、やはり副作用のため開発中止となった。Aβ除去を目的としたストラテジーについては、特に能動免疫を利用した抗体による治療薬開発が進められている。<br />
<br />
===総Aβ産生量を変化させる遺伝子変異===<br />
βセクレターゼ活性はBACE1と呼ばれる膜結合型アスパラギン酸プロテアーゼによって担われており、その切断が総Aβ産生量を規定している。βセクレターゼ切断部位近傍に存在するSwedish変異(KM670/671NL)、Italian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))は、APPのBACE1に対する親和性を高め、総Aβ産生量を上昇させる。またβセクレターゼの切断部位にはAβ配列内にもう一つ存在し、β’切断部位と呼称されている。この切断はN末端が短いAβ産生につながるが、β’切断部位の変異であるLeuven変異(E682K(Aβ配列としてE11K))がβ’切断を抑制し、結果的に総Aβ産生量を増加させる効果を持つ。一方ごく最近、アイスランド国民の全ゲノムシーケンシング解析からアルツハイマー病および老化に伴う認知機能低下に対して予防的に作用するrare variantとしてAβ産生を40%低下させるIcelandic変異(A673T(Aβ配列としてA2T))が同定された<ref><pubmed> 22801501 </pubmed></ref>。この変異はβセクレターゼによる切断効率を低下させることが示されている。<br />
<br />
これまでにBACE1遺伝子変異は報告されていないが、アルツハイマー病患者脳や脳脊髄液中でBACE1タンパク質<ref><pubmed> 12514700 </pubmed></ref>や活性<ref><pubmed> 12223024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14978286 </pubmed></ref>の上昇が報告されている。すなわち、老化に伴うBACE1活性の変動が孤発性アルツハイマー病発症機序に影響を与えている可能性が示唆されている。また最近になり、神経細胞における主たるαセクレターゼであるADAM10の機能欠失型変異が見出され、非Aβ産生経路の抑制がアルツハイマー病を惹起することも示された<ref><pubmed> 24055016 </pubmed></ref>。<br />
<br />
===凝集性の高いAβ42の産生比率を変化させる遺伝子変異===<br />
APP配列内のAβ配列近傍に存在するFAD変異は、Aβそのものに影響を与えないが、その産生量を変化させる。AβのC末側に存在するLondon変異(V717I)、Iranian変異(T714A)、Austrian変異(T714I)、German変異(V715A)、French変異(V715M)、Florida変異(I716V)、Iberian変異(I716F)、Australian変異(L723P)、Belgian変異(K724N)などは、γセクレターゼによる切断を変化させ、特に凝集性の高いAβ42産生比率を上昇させる。またFlemish変異(A692G(Aβ配列としてA21G))はAβ産生量を増大させる。これはA21を含む領域がAPPに存在するγセクレターゼ活性を抑制するドメインであり、Flemish変異はその抑制効果を低下させるため、Aβ産生量を増加させると考えられている<ref><pubmed> 20062056 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方で、ほとんどのFADはPresenilin 1もしくは2遺伝子上の点突然変異に連鎖する。Presenlinはγセクレターゼの活性中心サブユニット<ref><pubmed> 12660785 </pubmed></ref>であり、その遺伝子変異はほぼおしなべてAβ42産生比率を上昇させる。γセクレターゼは特殊な切断様式をとる膜内配列切断プロテアーゼ<ref><pubmed> 23585568 </pubmed></ref>でありその変異がどのような影響を及ぼしているかは未だ定かではないが、何れにせよいずれの変異もγセクレターゼによる切断様式を変化させ、Aβ42の産生量を特異的に増加させることでAD発症過程を促進していると考えられている。<br />
<br />
===Aβの凝集性を変化させる遺伝子変異===<br />
Aβ配列内にも多くのFAD変異が存在し、多くの場合はAβの凝集性に大きな影響を与える。Aβ配列のN末端側にある変異は、British変異(H677R(Aβ配列としてH6R))、Tottori変異(D678N(Aβ配列としてD7N))そしてItalian変異(A673V(Aβ配列としてA2V))である。British変異およびTottori変異は、いずれもAβアミロイド線維形成を亢進させる<ref><pubmed> 17170111 </pubmed></ref>。Italian変異については、βセクレターゼによる切断を亢進させると同時に凝集性を高める<ref><pubmed> 19286555 </pubmed></ref>。<br />
<br />
一方、Aβ配列の中央部に位置する変異としては、Arctic変異(E693G(Aβ配列としてE22G))、Osaka変異(ΔE693(Aβ配列としてΔE22))、Iowa変異(D694N(Aβ配列としてD23N))が存在する。Dutch変異(E693Q(Aβ配列としてE22Q))はオランダ型遺伝性アミロイド性脳出血に連鎖する変異として発見された。Dutch変異、Arctic変異ともに<i>in vitro</i>でアミロイド線維形成能が高いこと<ref><pubmed> 12944403 </pubmed></ref>が示されている。加えて、Arctic変異はAβ線維形成過程の中間段階で生じるプロトフィブリルの形成を亢進・安定化することが観察されている<ref><pubmed> 11528419 </pubmed></ref>。Osaka変異は、2008年に本邦より報告された比較的新しい変異である。興味深いことに、この変異をもつAβはアミロイド線維を形成せずオリゴマーの形で留まり、シナプス毒性を示す<ref><pubmed> 18300294 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドの構造と線維形成過程==<br />
各アミロイドタンパク質には一定の共通したアミノ酸配列や構造は見られないが、アミロイド線維になると共通してクロスβ構造と呼ばれる形態をとっている<ref><pubmed> 17468747 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21456964 </pubmed></ref>。これはアミロイド線維を構成するポリペプチド鎖が線維軸と垂直方向にβストランドとなり、かつ線維軸方向にβシート構造をとっているものである。このような構造学的特徴はイメージング技術に応用されつつあり、Aβアミロイドに特異的に結合する低分子化合物を利用したアミロイドPETスキャンが可能となった<ref><pubmed> 14991808 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21245183 </pubmed></ref>。<br />
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アミロイド線維形成過程では、多くの場合正常なフォールディングをうけているアミロイドタンパク質が何らかの理由で一旦部分変性し、会合することが必要である。また線維形成過程はその鋳型となるシード(種、核)の形成を契機として急速に進んでいくことが示されている<ref><pubmed> 22885025 </pubmed></ref>。すなわち、このシードの両端の末端にアミロイドタンパク質が結合して線維が伸長していくと考えられている。このようなシード依存性伸長反応モデルは、プリオンタンパク質が示す伝播能力とも関連していると考えられている。すなわち、一旦異常構造をとったタンパク質がシードとなり、別の個体におけるアミロイドタンパク質の構造及び性質を変化させていくというモデルである<ref><pubmed> 8513491 </pubmed></ref>。またプリオンの感染性にはごく僅かなアミノ酸の違いに起因する「種の壁」が存在するが、この現象もシードの構造の違いによって説明できる。また最近ではAβなどアミロイドを形成しうるアミロイドタンパク質がいずれもプリオン様の伝播能力を示す可能性が推測されている<ref><pubmed> 22660329 </pubmed></ref><ref><pubmed> 24005412 </pubmed></ref>。実際、酵母などにおいてはプリオン様タンパク性因子による形質転換が報告されており、タンパク質の構造に依存した形質の伝播様式として注目されている<ref><pubmed> 23379365 </pubmed></ref>。一方最近、アルツハイマー病患者脳から得られたAβ線維の構造解析がなされ、<i>in vitro</i>で凝集させた構造とは異なる凝集形態を示していたことから、<i>in vivo</i>における凝集プロセスの違いが指摘されている<ref><pubmed> 24034249 </pubmed></ref>。<br />
<br />
==アミロイドによる細胞毒性==<br />
アミロイド線維が持つ細胞毒性はアミロイドーシスにおける臓器不全の基本的病態と言える。しかしアミロイドタンパク質のどのような構造、分子状態が毒性を発揮するのかについては未だ明確ではない。特にAβと家族性アルツハイマー病遺伝子変異がもたらす分子病態の解析から、アミロイド線維そのものではなく、その中間体となるオリゴマー<ref><pubmed> 12702875 </pubmed></ref>に起因しているというオリゴマー仮説が提唱されている。<br />
<br />
このアミロイドタンパク質の凝集物がどのように細胞傷害を惹起しているか、という点については、脂質二重膜の障害、酸化的ストレスや小胞体ストレスの惹起、ミトコンドリア障害などが想定されている<ref><pubmed> 23820032 </pubmed></ref>。興味深いことに、全く異なるアミロイドタンパク質であるAβとADanが蓄積するそれぞれのモデルマウスを、tauトランスジェニックマウスと交配するといずれもtau病理が亢進することが示され<ref><pubmed> 20385796 </pubmed></ref>、少なくとも大脳皮質に沈着するアミロイドが示す神経細胞傷害プロセスには共通性があることが示唆された。すなわち、アミロイドタンパク質の種類を問わず、どのような線維がどの細胞や臓器に沈着するかによって最終的にアミロイドーシスにおける病態が決定する可能性が考えられている。<br />
<br />
==参考文献==<br />
<references/></div>
Taisuketomita