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<div align="right"> <font size="+1">金子 順、[http://researchmap.jp/hisatsune 久恒 辰博]</font><br> ''東京大学 新領域創成科学研究科''<br> DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月31日 原稿完成日:2012年6月15日<br> 担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> </div> 英:neurogenesis 独:Neurogenese 仏:neurogenèse 同義語:神経新生 {{box|text= ニューロン新生とは[[神経幹細胞]]と呼ばれる[[ニューロン]]の素となる細胞がニューロンへ分化する事である。19世紀後半、[[wikipedia:ja:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|ラモ二・カハール]]によりニューロンが発見されて以来、長らくニューロン新生は胎生期から幼年期において生じ、成体期では生じないと考えられていた。しかし、成体脳においても、[[記憶]]にかかわる[[海馬]]体の[[歯状回]]部位において、個体の生涯を通じて新しくニューロンが生み出されていることが明らかになった。これにより、ニューロンは決して再生しないという定説は覆った。成体脳におけるニューロン新生が明らかになり、ニューロン新生を制御する機構や、新生ニューロンの機能に関する研究が精力的に行われている。ニューロン新生の研究は記憶や[[学習]]、疾患、[[ストレス]]との関わりなど、解決すべき課題が多く存在している。現在、海馬新生ニューロンの機能についての研究が進み、記憶形成や[[抗うつ作用]]を担っていることを示すデータが数多く得られてきた。また疾患[[モデル動物]]を用いた研究により、病態との関連も調べられている。これらのニューロン新生に関する研究成果は、[[記憶障害]]や[[精神疾患]]に対する応用が期待されている。 }} == 歴史的背景== 1960年代から、アルトマンらによるトリチウム化チミジン(<sup>3</sup>H-thymidine)を使用した[[wikipedia:ja:哺乳動物|哺乳動物]]([[マウス]]や[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]など)の研究で、成体脳でもニューロンが生み出されていることが報告された<ref name=ref1><pubmed>13860749</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>13512326</pubmed></ref>。また1980年代に入ると、ノッテボームらは[[wikipedia:ja:カナリア|カナリア]]を用いた実験により、新たに生み出されたニューロンが古いニューロンと入れ替わる事を示し、このニューロン置き換えが、新しく歌を覚えるという学習と関係している事を明らかにした<ref name=ref3><pubmed>3913361</pubmed></ref>。一方、ヒトの脳でニューロンが新生しているとは長らく認知されることがなかった。しかし、1998年[[wikipedia:ja:スウェーデン|スウェーデン]]の[[wikipedia:ja:ヨーテボリ|エーテボリ]]にある[[wikipedia:Sahlgrenska University Hospital|サールグレンスカ大学病院]]のエリクソンと[[wikipedia:Salk Institute for Biological Studies|米国ソーク生物学研究所]]の[[wikipedia:Fred Gage|ゲージ]]らは、[[抗がん剤]]([[wikipedia:ja:ブロモデオキシウリジン|ブロモデオキシウリジン]])を服用したがん患者の協力を得て、その患者が死亡した後に、脳組織標本を詳しく調べることにより、大人の脳の中でも、少なくとも、海馬の歯状回で、ニューロンが新生していることを見出した<ref name=ref4><pubmed>9809557</pubmed></ref>。 エリクソンとゲージらの研究に触発され、大型の[[wikipedia:ja:サル|サル]]([[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]])でも、成体海馬でニューロン新生が起こっていることが立証された。これらの研究により哺乳類の脳において、成体の海馬でニューロン新生が起こっていることが確実に立証された<ref name=ref5><pubmed> 15788705 </pubmed></ref> <ref name=ref6>'''ケンペルマン, G. & ゲージ, F. H.'''<br>大人でも脳細胞は新生する<br>''日経サイエンス'', 1999年8月号 36-42.</ref>。また、海馬歯状回でのニューロン新生に加え、他の脳部位におけるニューロン新生に関しても、非常に精力的な研究が進められている。動物モデルを用いた研究では、[[におい]]感覚を伝達する嗅球において、[[GABA]]陽性の[[介在性ニューロン]]が新生していることが立証されている<ref name=ref7><pubmed>12704391</pubmed></ref>。また、[[前頭連合野]]においてもニューロン新生があるとする報告もある<ref name=ref8><pubmed>10521353</pubmed></ref>。しかし、ヒトにおいては、動物と同じメカニズムでは、嗅球のニューロン新生が起こっていないことがわかっており<ref name=ref9><pubmed>21964341</pubmed></ref>、今後の更なる研究が待たれている。また、ヒトの大脳新皮質のニューロン新生については、1960年代の水爆実験で放出された大気中<sup>14</sup>Cをトレーサーとして使用した研究により、大脳新皮質のニューロン新生は、仮に起こっていたとしてもその数は非常に限定的であるとするデータも得られている<ref name=ref10><pubmed>16901981</pubmed></ref>。 こうした新生ニューロンは[[神経幹細胞]]と呼ばれる細胞がニューロンに分化する事で生じる。神経幹細胞は、分裂して同じ細胞を作る機能(自己増殖能)と、[[分化]]してニューロンや、[[アストロサイト]]、[[オリゴデンドロサイト]]などを作る機能(多分化能)をあわせ持つ細胞である。この神経幹細胞が、成体脳においても、海馬歯状回など、ニューロン新生が起きている部位には存在しており、新生ニューロンを供給している。本項目では、海馬歯状回のニューロン新生を中心に説明を行う。 == 細胞メカニズム == [[image:図1.海馬におけるニューロン新生.png|thumb|300px|'''図1.海馬におけるニューロン新生'''<br>成体海馬において神経幹細胞からニューロンが分化する。Type1 cellからType2 cellへの分化の進行と共に放射状の突起が消失する。その後、軸索を伸ばし、ニューロンへと成熟する。]] [[image:図2.側脳室下帯におけるニューロン新生.png|thumb|300px|'''図2.側脳室下帯におけるニューロン新生'''<br>神経幹細胞であるTypeB cellは分裂、増殖を繰り返し、TypeC cellを産生する。TypeA cellへとさらに分化が進むと、RMS内を通過して嗅球へと移動する。]] 成体海馬新生ニューロンの起源に関し、神経幹細胞の[[GFP]]標識や核酸アナログ(ブロモデオキシウリジン)を用いて分裂細胞を標識する実験が行われ、歯状回の最内層に存在する神経幹細胞より新生ニューロンが生まれていることが判明した<ref name=ref11><pubmed>7684771</pubmed></ref>。成体の海馬では、幹細胞としての性質を強く保有するtype-1細胞から、ニューロンとしての性質を部分的に持ち分裂を繰り返すtype-2細胞が分化する。この終末分化からおよそ4週間を経て、新生ニューロンは[[顆粒細胞]]として成長し、海馬回路網に機能的に組み込まれる<ref name=ref12><pubmed>14561863</pubmed></ref>(図1参照)。終末分化から4~8週を経た若い過渡期にある新生ニューロンのことを、狭義には、新生ニューロンと呼ぶこともある。多くの遺伝子組み換えマウスを用いた研究において、この時期の新生ニューロンを特異的に消滅させる実験が実施されている<ref name=ref13><pubmed>22016545</pubmed></ref>。 一方、[[嗅球]]のニューロン新生は[[側脳室]]下層に存在する神経幹細胞であるType B Cellが分裂と分化を行い、分裂の早い一過性増殖細胞(Type C Cell)を経た後、[[神経芽細胞]](Type A Cell)へと分化し、[[吻側移行経路]](Rostral Migratory Stream)(RMS)を通って嗅球に移動し、ニューロンへと成熟する<ref name=ref14><pubmed>11283751</pubmed></ref>(図2参照)。嗅球のニューロン新生を阻害したマウスでは、[[性行動]]や[[養育行動の神経回路|母性行動]]など先天的な[[嗅覚]]依存的な行動に影響を与えることが示されている<ref name=ref15><pubmed>21536899</pubmed></ref>。 ==機能== 海馬新生ニューロンは、歯状回の顆粒細胞として機能する。しかし、その機能は周囲にある成熟した顆粒細胞とは大きく異なり、むしろ発達期に存在する幼若タイプのニューロンに近く、発火しやすく神経[[可塑性]]に富む<ref name=ref16><pubmed>15107864</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>15056704</pubmed></ref>。一般に顆粒細胞は[[嗅内野]]皮質からの投射([[貫通線維]])を受け神経情報を受容し、[[苔状線維]]を[[CA3]]領域に伸ばし、CA3[[錐体細胞]]との間に[[シナプス]]結合を形成する。新生ニューロンは、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を介した神経可塑性に富んでおり<ref name=ref16 />、加えて顆粒細胞にしては珍しくGABA神経による強い興奮抑制がない<ref name=ref18><pubmed>22282476</pubmed></ref>。そのため、歯状回部位における神経信号のゲート機構を担っていることが推測されている。 また歯状回部位は、空間記憶における[[パターン分離]]を司っているが<ref name=ref19><pubmed>17556551</pubmed></ref>、この作用は主に新生ニューロンにより司られていることが判ってきた<ref name=ref20><pubmed>19590004</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>21460835</pubmed></ref> <ref name=ref22><pubmed>22365813</pubmed></ref>。加えて、新生ニューロンには、記憶をアップデートする機能や<ref name=ref23><pubmed>19914173</pubmed></ref>、過去の記憶を整理し[[ストレス応答]]を緩和する働きがあることもわかってきた<ref name=ref24><pubmed>12907793</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>21814201</pubmed></ref>。成体脳で新生ニューロンが存在しているのは極めて限られた部位であるが、新生ニューロンは周辺ニューロンとは極めて異なる機能特性を持っており、この特殊なニューロンが海馬回路に機能的に組み込まれることによって、記憶の[[形成]]・[[維持]]・[[消去]]や、さらには[[感情]]のコントロールへと至る様々な脳機能に対して、中核的な働きを示しているのである<ref name=ref23 /> <ref name=ref24 /> <ref name=ref25 />。海馬体からの出力は、[[海馬采]]を経て[[脳弓]]へと至る経路と、嗅内野皮質を経て大脳[[新皮質]]の各領域と連結する経路がある<ref name=ref26><pubmed>18270514</pubmed></ref>。 == 病的変化 == ===加齢変化=== 海馬新生ニューロンの数は加齢に伴い、減少することが知られている<ref name=ref5 />。加齢により、神経幹細胞の数は比較的保持されるが、新生ニューロンへの分化とその生存が極めて低下することが分かってきた<ref name=ref27><pubmed>19201065</pubmed></ref>。ごく最近、加齢に伴う新生ニューロン数の低下に脳内の[[wikipedia:ja:炎症反応|炎症反応]]が寄与していることが明らかになってきた<ref name=ref28><pubmed>21886162</pubmed></ref>。 ===疾病下での変化=== [[認知症]]や精神疾患においても、新生ニューロンの数やはたらきが低下している<ref name=ref5 /> <ref name=ref29><pubmed>21395858</pubmed></ref>。[[アルツハイマー病]]モデルマウスを用いてこれまでに多くの研究が実施され、[[老人斑]]の蓄積に応じて新生ニューロンの数が減少し、そのはたらきも低下している<ref name=ref30><pubmed>22192775</pubmed></ref>。アルツハイマー病のリスク遺伝子として[[ApoE4]]があるが、ApoE4を遺伝子導入したマウスでは、海馬のGABA回路のはたらきが低下し、新生ニューロン数も減少することがわかった<ref name=ref31><pubmed>19951691</pubmed></ref>。このマウスにGABA回路のはたらきを高める[[フェノバルビタール]]を投与すると新生ニューロン数の減少が抑えられることも明らかにされた<ref name=ref31 />。また、[[家族性アルツハイマー病]]の原因遺伝子である[[アミロイド前駆体タンパク質]]を導入したマウスでは、海馬GABA回路のアンバランスがおこり、新生ニューロンのはたらきが低下することが認められている<ref name=ref32><pubmed>19951690</pubmed></ref>。このように、アルツハイマー病モデルマウスにおいて、海馬新生ニューロンのはたらきを低下させる仕組みもわかってきた。 == 調節 == 成体海馬において、新生ニューロンの数を増加させるための諸条件について、特に小動物を用いて非常に精力的に研究が展開されている。[[運動]]や[[学習行動]]など、[[wikipedia:ja:生活習慣|生活習慣]]の改善により新生ニューロン数が増加する点が注目されている。また、各種の[[神経伝達物質]][[受容体]]に対する薬剤も同様の作用を持つことから、海馬回路の活動が直接的あるいは間接的にニューロン新生の過程にはたらきかけていることが推測される。事実、海馬回路の活動が高まると新生ニューロンの数が増加することが知られている。この一つの仕組みとして、海馬回路から放出されたGABAによりニューロン前駆細胞が刺激され、ニューロン分化が促進することが明らかになり、GABA回路のはたらきを高める薬剤(フェノバルビタール)を投与することで海馬の新生ニューロンの数が増加することも見出された<ref name=ref33><pubmed>16157276</pubmed></ref>。 == 終わりに == 以上述べてきたように、1990年代から精力的に続けられている研究によって、成体脳のニューロン新生、特に海馬歯状回に起こっているニューロン新生の動態について、その起源や分化過程、そしてニューロンとなった後の機能について、多くのことが明らかとなってきた。そして、ニューロン新生の程度が、多くの病態において顕著に低下していることが、動物研究により明らかになるにつれて、アルツハイマー病をはじめとした神経変性疾患の脳内において、なぜニューロン新生が抑えられているのか、そしてこのニューロン新生の抑制はどのようにすれば解除できるのかについて、現在、研究が進展しつつある。 == 関連語 == *[[神経幹細胞]] *[[細胞分化]] *[[海馬]] == 参考文献 == <references />
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