「フェロモン受容体」の版間の差分

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=== 嗅覚受容体 ===
=== 嗅覚受容体 ===
==== 発見の経緯 ====
==== 発見の経緯 ====
 1980年代、視覚における光の受容体がロドプシンであるということが明らかになったが、嗅覚における匂い分子の受容体は同定されておらず、生物がどのようにして多様な匂いを感知して識別しているのかは不明であった。一方で嗅覚受容体遺伝子が同定される以前から、匂い情報は鼻腔の嗅上皮にある嗅神経細胞で受け取られ、その情報が嗅球へと伝達されてそこからさらに高次中枢へと信号が送られていくことはわかっていた。また嗅神経細胞において、匂い刺激が入るとGタンパク質を介したシグナル伝達が動くことも実験的に明らかになっていた。BuckとAxelは、これらの知見と匂いの多様性から、1) 嗅上皮に特異的に発現している、2)嗅覚受容体(OR)はGPCRである、3)多重遺伝子ファミリーを形成している、と仮定して、縮重プライマーを利用したPCR法を導入することによって1991年にOR候補遺伝子のクローニングに成功した37。その後、ウイルスベクターを用いてORを嗅神経細胞に発現させる再構成実験がされ、ORが実際に匂い分子を受容してシグナルを伝えることが証明された38,39。BuckとAxelはOR遺伝子発見の功績によって2004年にノーベル生理医学賞を受賞した。
 1980年代、視覚における光の受容体がロドプシンであるということが明らかになったが、嗅覚における匂い分子の受容体は同定されておらず、生物がどのようにして多様な匂いを感知して識別しているのかは不明であった。一方で嗅覚受容体遺伝子が同定される以前から、匂い情報は鼻腔の嗅上皮にある嗅神経細胞で受け取られ、その情報が嗅球へと伝達されてそこからさらに高次中枢へと信号が送られていくことはわかっていた。また嗅神経細胞において、匂い刺激が入るとGタンパク質を介したシグナル伝達が動くことも実験的に明らかになっていた。BuckとAxelは、これらの知見と匂いの多様性から、1) 嗅上皮に特異的に発現している、2)嗅覚受容体(OR)はGPCRである、3)多重遺伝子ファミリーを形成している、と仮定して、縮重プライマーを利用したPCR法を導入することによって1991年にOR候補遺伝子のクローニングに成功した<ref><pubmed>1840504</pubmed></ref>37。その後、ウイルスベクターを用いてORを嗅神経細胞に発現させる再構成実験がされ、ORが実際に匂い分子を受容してシグナルを伝えることが証明された<ref><pubmed>9422698</pubmed></ref><ref><pubmed>10097159</pubmed></ref>38,39。BuckとAxelはOR遺伝子発見の功績によって2004年にノーベル生理医学賞を受賞した。


==== 遺伝子の特徴と受容体の構造 ====
==== 遺伝子の特徴と受容体の構造 ====
 ORは7回膜貫通型のGPCRである。ORは哺乳類の中で最大の多重遺伝子ファミリーを形成していて、マウスは1035個、ヒトは396個のOR遺伝子を有する40。OR遺伝子発現に関しては、1つの嗅神経細胞には1種類のOR遺伝子が発現する「1神経1受容体ルール」とモノアレルの発現制御が特徴的である41。ORはN末端の細胞外領域が比較的短いクラスAのGPCRに属する。ORの結晶構造は解かれていないが、アミノ酸の部位特異的変異を導入したORのリガンド結合能を評価した実験から、3、5、6番目のヘリックスに位置するアミノ酸残基がリガンド結合に重要であることが報告されている42,43。
 ORは7回膜貫通型のGPCRである。ORは哺乳類の中で最大の多重遺伝子ファミリーを形成していて、マウスは1035個、ヒトは396個のOR遺伝子を有する<ref><pubmed>23024602</pubmed></ref>40。OR遺伝子発現に関しては、1つの嗅神経細胞には1種類のOR遺伝子が発現する「1神経1受容体ルール」とモノアレルの発現制御が特徴的である<ref><pubmed>21469960</pubmed></ref>41。ORはN末端の細胞外領域が比較的短いクラスAのGPCRに属する。ORの結晶構造は解かれていないが、アミノ酸の部位特異的変異を導入したORのリガンド結合能を評価した実験から、3、5、6番目のヘリックスに位置するアミノ酸残基がリガンド結合に重要であることが報告されている<ref><pubmed>15716417</pubmed></ref><ref><pubmed>17114180</pubmed></ref>42,43。


==== シグナル伝達 ====
==== シグナル伝達 ====
 ORは嗅神経細胞においてGsタイプに属するGαolfと共役する。そのシグナル伝達様式は以下の通りになる。匂い刺激を受けてORによって活性化されたGαolfがアデニル酸シクラーゼを活性化し、ATPをcAMPに変換する。cAMPの濃度上昇により環状ヌクレオチド作動性チャネルが開口してNa+、Ca2+が細胞内に流入し、さらにCa2+活性化型Cl-チャネルが開口することで細胞膜が脱分極すると考えられている。このような細胞内シグナル伝達を経て、ORが受け取った匂い分子の化学情報が電気信号に変換される2。嗅神経細胞は軸索を主嗅覚系の一次中枢である嗅球へと投射し、シナプスを介してさらに高次へと信号が伝わっていく。
 ORは嗅神経細胞においてGsタイプに属するGαolfと共役する。そのシグナル伝達様式は以下の通りになる。匂い刺激を受けてORによって活性化されたGαolfがアデニル酸シクラーゼを活性化し、ATPをcAMPに変換する。cAMPの濃度上昇により環状ヌクレオチド作動性チャネルが開口してNa<sup>+</sup>、Ca<sup>2+</sup>が細胞内に流入し、さらにCa<sup>2+</sup>活性化型Cl<sup>-</sup>チャネルが開口することで細胞膜が脱分極すると考えられている。このような細胞内シグナル伝達を経て、ORが受け取った匂い分子の化学情報が電気信号に変換される2。嗅神経細胞は軸索を主嗅覚系の一次中枢である嗅球へと投射し、シナプスを介してさらに高次へと信号が伝わっていく。


==== 機能 ====
==== 機能 ====
 以前はフェロモン受容体といえばV1RおよびV2Rとされていて、ORは一般的な匂いのみを受容するものとされていた。しかし現在はORの一部も揮発性フェロモンを受容していることが示唆されている。例えば、オスマウスの包皮腺由来の不飽和アルコールであるZ5-14:OHはメスに対して誘引効果を持つフェロモンでありOlfr288によって受容される5。また、オスマウスの尿中に含まれる(methylthio)methanethiol(MTMT)も同様にしてメスに対して誘引効果を持ちMOR244-3によって受容される6,44。
 以前はフェロモン受容体といえばV1RおよびV2Rとされていて、ORは一般的な匂いのみを受容するものとされていた。しかし現在はORの一部も揮発性フェロモンを受容していることが示唆されている。例えば、オスマウスの包皮腺由来の不飽和アルコールであるZ5-14:OHはメスに対して誘引効果を持つフェロモンでありOlfr288によって受容される<ref name=Yoshikawa2013/>5。また、オスマウスの尿中に含まれる(methylthio)methanethiol(MTMT)も同様にしてメスに対して誘引効果を持ちMOR244-3によって受容される<ref name=Lin2005/><ref><pubmed>22328155</pubmed></ref>6,44。


=== その他のフェロモン受容体候補と発現部位 ===
=== その他のフェロモン受容体候補と発現部位 ===

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