「受容野」の版間の差分

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[[Image:V1SimpleRF2.png|thumb|350px|<i>図2. 単純型細胞の受容野構造</i><br />A. 単純型細胞の受容野構造. ON領域、OFF領域の刺激感受性を白、黒の強さであらわしている。ON領域とOFF領域が隣あって同じ向きに伸びている。1次元のプロファイル(緑: ON領域, 赤: OFF領域)を下段に示す。B. 単純型細胞の受容野構造はガボールフィルターで近似できる。フィルターのパラメータを変化させることで、さまざまな方位、スケール、位相の空間構造を表すことができる。このような多様な構造がV1野の単純型細胞群の受容野にみられる。C. Aで示す受容野構造に最適(上段)および不適(下)な2次元サイン波刺激。縞の明るい部分がON領域、暗い部分がOFF領域ともっともマッチするような空間周波数(周期の逆数で、視野角1度あたりに縞が何周期含まれるのかを表す)、方位、位相をもつ刺激(上段)が最適な刺激となる。一方、これと直交する方位の縞(下段)に細胞は反応しない。]]  
[[Image:V1SimpleRF2.png|thumb|350px|<i>図2. 単純型細胞の受容野構造</i><br />A. 単純型細胞の受容野構造. ON領域、OFF領域の刺激感受性を白、黒の強さであらわしている。ON領域とOFF領域が隣あって同じ向きに伸びている。1次元のプロファイル(緑: ON領域, 赤: OFF領域)を下段に示す。B. 単純型細胞の受容野構造はガボールフィルターで近似できる。フィルターのパラメータを変化させることで、さまざまな方位、スケール、位相の空間構造を表すことができる。このような多様な構造がV1野の単純型細胞群の受容野にみられる。C. Aで示す受容野構造に最適(上段)および不適(下)な2次元サイン波刺激。縞の明るい部分がON領域、暗い部分がOFF領域ともっともマッチするような空間周波数(周期の逆数で、視野角1度あたりに縞が何周期含まれるのかを表す)、方位、位相をもつ刺激(上段)が最適な刺激となる。一方、これと直交する方位の縞(下段)に細胞は反応しない。]]  


 [[網膜神経節細胞]]あるいは[[LGN]]細胞に細長いスリット光を呈示するとき、その向き(方位)を変えても反応は変化しない。このことは、これらの細胞の受容野構造が同心円状であることから予想できる。これにたいし、[[第一次視覚野]]の大部分の細胞はスリット光が特定の方位を向くときにのみ強く反応する。この[[方位選択性]](orientation selectivity)とよばれる特性をもつ細胞の古典的受容野構造は以下の2つのタイプがある<ref name="ref3"><pubmed> 14403679 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 4966457 </pubmed></ref>。第一のタイプでは、明るい光で興奮反応がみられるON領域と暗い光で興奮応答がみられるOFF領域が隣あって同じ向きに並ぶ(図2)。このような構造をもつ細胞を[[単純型細胞]](simple cell)とよぶ。単純型細胞の受容野は、ある線分上に受容野の中心をもつ複数のLGN細胞からの入力が収斂することでできると考えられている<ref name="ref4" /><ref><pubmed> 6875624 </pubmed></ref>。第2のタイプでは、ON領域とOFF領域が重なり合う。この構造をもつ細胞を[[複雑型細胞]](complex cell)とよぶ(図3)。 複雑型細胞については後述する。  
 [[網膜神経節細胞]]あるいは[[LGN]]細胞に細長いスリット光を呈示するとき、その向き(方位)を変えても反応は変化しない。このことは、これらの細胞の受容野構造が同心円状であることから予想できる。これにたいし、[[第一次視覚野]]の大部分の細胞はスリット光が特定の方位を向くときにのみ強く反応する。この[[方位選択性]](orientation selectivity)とよばれる特性をもつ細胞の古典的受容野構造は以下の2つのタイプがある<ref name="ref3"><pubmed> 14403679 </pubmed></ref> <ref name="ref4"><pubmed> 4966457 </pubmed></ref>。第一のタイプでは、明るい光で興奮反応がみられるON領域と暗い光で興奮応答がみられるOFF領域が隣あって同じ向きに並ぶ(図2)。このような構造をもつ細胞を[[単純型細胞]](simple cell)とよぶ。単純型細胞の受容野は、受容野の中心が同じ軸上に並んだ複数のLGN細胞からの入力が収斂することでできると考えられている<ref name="ref4" /><ref><pubmed> 6875624 </pubmed></ref>。第2のタイプでは、ON領域とOFF領域が重なり合う。この構造をもつ細胞を[[複雑型細胞]](complex cell)とよぶ(図3)。 複雑型細胞については後述する。  


 単純型細胞の古典的受容野では、ON、OFF領域が伸びる軸、大きさ、位置関係は細胞により様々であるが、これらは全てガボールフィルーター(ガボール関数)で近似できる<ref><pubmed> 3437330 </pubmed></ref> 。ガボールフィルターは[[ガウス関数]]とサイン波の積で定義される。ガボールフィルターのパラメーターを変えることで、図2Bに示すサイズ、方位、スケール、そして位相の異なる様々な構造を表すことができる。 ガボール型の受容野構造により、単純型細胞は効率よく視覚情報を伝達できることが知られている<ref>'''J. G. Daugman '''<br>Complete discrete 2-D Gabor transforms by neural networks for image analysis and compression. <br>IEEE Transactions on In Acoustics, Speech and Signal Processing, IEEE Transactions on, Vol. 36, 1169-1179.</ref><ref><pubmed> 8637596 </pubmed></ref>。  
 単純型細胞の古典的受容野では、ON、OFF領域が伸びる軸、大きさ、位置関係は細胞により様々であるが、これらは全てガボールフィルーター(ガボール関数)で近似できる<ref><pubmed> 3437330 </pubmed></ref> 。ガボールフィルターは[[ガウス関数]]とサイン波の積で定義される。ガボールフィルターのパラメーターを変えることで、図2Bに示すサイズ、方位、スケール、そして位相の異なる様々な構造を表すことができる。 ガボール型の受容野構造により、単純型細胞は効率よく視覚情報を伝達できることが知られている<ref>'''J. G. Daugman '''<br>Complete discrete 2-D Gabor transforms by neural networks for image analysis and compression. <br>IEEE Transactions on In Acoustics, Speech and Signal Processing, IEEE Transactions on, Vol. 36, 1169-1179.</ref><ref><pubmed> 8637596 </pubmed></ref>。  
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[[Image:V1ComplexRF.png|thumb|350px|<i>図3. 複雑型細胞の受容野構造とその内部メカニズム</i><br /> A. 複雑型細胞の受容野の模式図。上に2次元構造、下に1次元断面図を示す。複雑型細胞ではON領域とOFF領域が重なりあっている。B. 複雑型細胞の受容野構造の内部メカニズム。Cと記した○が複雑型細胞を表した出力ユニット(エネルギーユニットという)を表す。このモデルでは、単純型細胞も模した4つのサブユニット(S1, S2, S3, S4) からの入力が収斂することでCの出力が形成させる。各サブユニットは90度ずつ位相のずれた同じ方位、空間周波数のガボールフィルターをもち、フィルターを通過した信号を半波整流して出力する。このような受容野内部構造により、明るい線分や暗い線分が受容野内部のどの位置に呈示されても、その方位や幅が適切であれば、複雑型細胞は興奮応答を示す。]]  
[[Image:V1ComplexRF.png|thumb|350px|<i>図3. 複雑型細胞の受容野構造とその内部メカニズム</i><br /> A. 複雑型細胞の受容野の模式図。上に2次元構造、下に1次元断面図を示す。複雑型細胞ではON領域とOFF領域が重なりあっている。B. 複雑型細胞の受容野構造の内部メカニズム。Cと記した○が複雑型細胞を表した出力ユニット(エネルギーユニットという)を表す。このモデルでは、単純型細胞も模した4つのサブユニット(S1, S2, S3, S4) からの入力が収斂することでCの出力が形成させる。各サブユニットは90度ずつ位相のずれた同じ方位、空間周波数のガボールフィルターをもち、フィルターを通過した信号を半波整流して出力する。このような受容野内部構造により、明るい線分や暗い線分が受容野内部のどの位置に呈示されても、その方位や幅が適切であれば、複雑型細胞は興奮応答を示す。]]  


 複雑型細胞も、単純型細胞と同様、サイン波の方位や空間周波数に選択性な応答を示す。しかし、単純型細胞の応答が位相に強く依存するのにたいし、複雑型細胞では、方位や空間周波数が最適であれば、位相に関係なく強い反応がみられる。この特性は、同じ方位や、空間周波数選択性をもち、受容野位相だけが異なる単純型細胞からの入力が複雑型細胞で収斂することでできあがるという仮説が提唱されている<ref name="ref4" />。これを最も単純化したモデルが図3に示す[[エネルギーモデル]](energy model)である。このモデルでは、ガボールフィルターの出力を半波整流した信号を出す4つのサブユニット(S1, S2,S3, S4. これは単純型細胞の出力を模したものである)からの出力が収斂することで、複雑型細胞を表すエネルギーユニット(Cで表す)の受容野が形成される。4つのフィルターの位相は90ずつずれている。さらにサブユニットが同じ時間受容野をもつようにモデルを拡張し、同じ運動方向選択性を示すようにしたとき、エネルギーユニットでも、運動方向選択性がみられるようになる。この拡張したエネルギーモデルは[[運動エネルギーモデル]](motion energy model)とよばれている<ref name="ref12"><pubmed> 3973762  </pubmed></ref>。複雑型細胞の大半は運動方向選択性を示すが<ref name="ref3" />、運動エネルギーはこの性質をよく説明する<ref><pubmed> 1574836 </pubmed></ref>。  
 複雑型細胞も、単純型細胞と同様、サイン波の方位や空間周波数に選択性な応答を示す。しかし、単純型細胞の応答が位相に強く依存するのにたいし、複雑型細胞では、方位や空間周波数が最適であれば、位相に関係なく強い反応がみられる。この特性は、同じ方位や、空間周波数選択性をもち、受容野位相だけが異なる単純型細胞からの入力が複雑型細胞で収斂することでできあがるという仮説が提唱されている<ref name="ref4" />。これを最も単純化したモデルが図3に示す[[エネルギーモデル]](energy model)である。このモデルでは、ガボールフィルターの出力を半波整流した信号を出す4つのサブユニット(S1, S2,S3, S4. これは単純型細胞の出力を模したものである)からの出力が収斂することで、複雑型細胞を表すエネルギーユニット(Cで表す)の受容野が形成される。4つのフィルターの位相は90ずつずれている。さらにサブユニットが同じ時間受容野をもつようにモデルを拡張し、同じ運動方向選択性を示すようにしたとき、エネルギーユニットでも、運動方向選択性がみられるようになる。この拡張したエネルギーモデルは[[運動エネルギーモデル]](motion energy model)とよばれている<ref><pubmed> 3973762  </pubmed></ref>。複雑型細胞の大半は運動方向選択性を示すが<ref name="ref3" />、運動エネルギーはこの性質をよく説明する<ref><pubmed> 1574836 </pubmed></ref>。  


 複雑型細胞の多くはまた、自身の受容野内部であれば刺激の位置や明暗コントラスに関係なく両眼視差を検出できることが知られている。この両眼視差の検出器としての望ましい性質は、似た両眼視差に選択性をもつ単純型細胞からの出力が複雑型細胞で収斂することでできると考えられている。これを様子を最も単純化したモデルは[[両眼視差エネルギーモデル]](disparity energy model)とよばれている<ref name="ref13"><pubmed> 2396096 </pubmed></ref>。  
 複雑型細胞の多くはまた、自身の受容野内部であれば刺激の位置や明暗コントラスに関係なく両眼視差を検出できることが知られている。この両眼視差の検出器としての望ましい性質は、似た両眼視差に選択性をもつ単純型細胞からの出力が複雑型細胞で収斂することでできると考えられている。これを様子を最も単純化したモデルは[[両眼視差エネルギーモデル]](disparity energy model)とよばれている<ref><pubmed> 2396096 </pubmed></ref>。  


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 古典的受容野の周辺には、刺激が単独で呈示されるときには細胞活動に影響しないが、古典的受容野内部の刺激と同時に呈示されると、細胞に主に抑制性の影響を及ぼす空間範囲があり、これを非古典的受容野とよんでいる。<br>  
 古典的受容野の周辺には、刺激が単独で呈示されるときには細胞活動に影響しないが、古典的受容野内部の刺激と同時に呈示されると、細胞に主に抑制性の影響を及ぼす空間範囲があり、これを非古典的受容野とよんでいる。<br>  


 非古典的受容野は網膜の段階ですでに存在しており、視覚経路のほとんど全ての段階でみられるが<ref><pubmed> 3885829 </pubmed></ref>、ここでは最も多くの研究がなされたV1野の非古典的受容野について述べる。V1野ではこの構造は周辺領域とよばれることも多いが、これは網膜細胞の周辺領域とは全く異なるので注意が必要である。この領域は古典的受容野の周囲に一様に広がるのではなく、ある程度の局在がみられ、古典的受容野の最適方位軸の延長上に広がるもの、最適方位と直交する軸方向に広がるもののほか、斜め方向に位置するものもある<ref><pubmed> 10575050 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19109456 </pubmed></ref>。多くは抑制性の影響を及ばすが興奮性の影響も報告されている。また非古典的受容野でみられる抑制には特徴選択性があり、古典的受容野でみられる最適な方位、空間周波数にたいして、非古典的受容野では最も強い抑制がみらえる<ref><pubmed> 8158236 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12103439 </pubmed></ref> 。このような特性は、ポップアップや図地分化と呼ばれる知覚現象の基盤として<ref><pubmed> 1588394 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 8929444 </pubmed></ref> 、線分の長さや曲線の曲率<ref><pubmed> 3657960 </pubmed></ref>、主観的輪郭<ref><pubmed> 6539501 </pubmed></ref> 、テクスチャー境界<ref><pubmed> 19109456 </pubmed></ref>などさまざまな特徴を検出するための初期機構としても注目されている。  
 非古典的受容野は網膜の段階ですでに存在しており、視覚経路のほとんど全ての段階でみられるが<ref><pubmed> 3885829 </pubmed></ref>、ここでは最も多くの研究がなされたV1野の非古典的受容野について述べる。V1野ではこの構造は周辺領域とよばれることも多いが、これは網膜細胞の周辺領域とは全く異なるので注意が必要である。この領域は古典的受容野の周囲に一様に広がるのではなく、ある程度の局在がみられ、古典的受容野の最適方位軸の延長上に広がるもの、最適方位と直交する軸方向に広がるもののほか、斜め方向に位置するものもある<ref><pubmed> 10575050 </pubmed></ref> <ref name="refme"><pubmed> 19109456 </pubmed></ref>。多くは抑制性の影響を及ばすが興奮性の影響も報告されている<ref><pubmed> 11024097 </pubmed></ref> 。また非古典的受容野でみられる抑制には特徴選択性があり、古典的受容野でみられる最適な方位、空間周波数にたいして、非古典的受容野では最も強い抑制がみらえる<ref><pubmed> 8158236 </pubmed></ref><ref><pubmed> 12103439 </pubmed></ref> 。このような特性は、ポップアップや図地分化と呼ばれる知覚現象の基盤として<ref><pubmed> 1588394 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 8929444 </pubmed></ref> 、線分の長さや曲線の曲率<ref><pubmed> 3657960 </pubmed></ref>、主観的輪郭<ref><pubmed> 6539501 </pubmed></ref> 、テクスチャー境界<ref name="refme" />などさまざまな特徴を検出するための初期機構としても注目されている。  


=== 高次視覚野における受容野構造  ===
=== 高次視覚野における受容野構造  ===
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