「知覚」の版間の差分

提供:脳科学辞典
ナビゲーションに移動 検索に移動
(researchmapのリンクを追加しました。(石田))
(ページの作成:「英語名:perception  ものの表面性状、固さ、温度を感じる。形状や色、動きを見分ける。食物を味わう。音を聴く。さまざまな...」)
(4人の利用者による、間の30版が非表示)
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
英語名:perception
<font size="+1">[http://researchmap.jp/ishida.it 石田 裕昭]</font><br>
''Italian Institute of Technology (IIT), Brain Center for Motor and Social Cognition (BCSMC), Parma, Italy.''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月6日 原稿完成日:2013年4月1日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
</div>


英語名:perception
 ものの表面性状、固さ、温度を感じる。形状や色、動きを見分ける。食物を味わう。音を聴く。さまざまな要素から成り立つ環境からの物理化学情報を、私たちは感覚として知覚(自覚)している。皮膚感覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚の一般的に五感と呼ばれている感覚に対応する神経系の機能区分は、解剖学・生理学的に解明されてきた。末梢の感覚受容器に入力された物理的・化学的刺激は、感覚中継核を経て、大脳皮質一次感覚野(視覚野、体性感覚野、聴覚野、嗅覚野、味覚野)へ到達する。一次感覚野以降は、感覚情報が順次統合され(異種感覚統合)、 高次の情報に変換される。 これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間や言語などの概念情報処理や、情動や記憶情報の符号化、それらの結果に基づいた意思決定および行動出力の形成に関わる。 知覚の基本的特性の理解、異種感覚の相互作用の脳内機序を明らかにすることは、効率的で豊かな情報通信技術の開発に関繋がると期待されている。


{{box|text=
== 知覚とは ==
 ものの表面性状、固さ、温度を感じる。形状や色、動きを見分ける。食物を味わう。音を聴く。さまざまな要素から成り立つ環境からの物理化学情報を私たちは感覚として知覚(自覚)している。[[皮膚感覚]]、[[視覚]]、[[聴覚]]、[[嗅覚]]、[[味覚]]の一般的に五感と呼ばれている感覚に対応する神経系の機能区分は、解剖学・生理学的に解明されてきた。末梢の感覚受容器に入力された物理的・化学的刺激は、感覚中継核を経て、[[大脳皮質]][[一次感覚野]]([[視覚野]]、[[体性感覚野]]、[[聴覚野]]、[[嗅覚野]]、[[味覚野]])へ到達する。一次感覚野以降は、感覚情報が順次統合され([[異種感覚統合]])、高次の情報に変換される。これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間や[[言語]]などの概念情報処理や、[[情動]]や[[記憶]]情報の[[符号化]]、それらの結果に基づいた[[意思決定]]および行動出力の形成に関わる。
}}


== 知覚とは  ==
 知覚とは、感覚器官への物理化学刺激を通じてもたらされた情報をもとに、外界の対象の性質、形態、関係および身体内部の状態を把握するはたらきのこと。感覚と知覚の概念に含意されている意味は、それらの概念の研究史と密接な関係を持っている。知覚理論に関わる心理学史については、 Boring, E. G. (1942) Sensory and Perception in the History of Experimental Psychologyが詳しい。


 知覚とは、感覚器官への物理化学刺激を通じてもたらされた情報をもとに、外界の対象の性質、形態、関係および身体内部の状態を把握するはたらきのこと。感覚と知覚の概念に含意されている意味は、それらの概念の研究史と密接な関係を持っている。知覚理論に関わる心理学史については、Boring<ref name="ref2">'''Boring, E. G.'''<br>Sensation and perception in the history of experimental psychology<br>Appleton-Century.1942</ref>が詳しい。
== 感覚の解剖生理学 ==


== 感覚の解剖生理学  ==
 感覚には次の3種類に大別される。(1)体性感覚;身体の表面や深部にある受容器の興奮によって生じる感覚。体性感覚はさらに、表在性感覚(皮膚の粘膜の触覚、圧覚、痛覚、温覚)と深部感覚(筋、腱、骨膜、関節)に分けられる。(2)特殊感覚;視覚、聴覚、平衡覚、嗅覚、味覚、(3)内蔵感覚;空腹感、満腹感、口渇感、悪心、尿意、便意、内蔵痛など内蔵に由来する感覚。体性感覚や特殊感覚は、感覚受容器からの情報が末梢神経および中枢内伝導路を介して大脳皮質感覚野に伝えられ、知覚される。これに対し内蔵感覚は、受容器からの情報が下位中枢にとどまるため、明瞭に知覚されることが少ない。このように、多様な物理化学的な刺激によって生じる感覚の種類(モダリティ)は、受容器の種類によって決定される(特殊神経エネルギー仮説)。それぞれの受容器は、特定の刺激に対して最も敏感に反応する。これを適刺激といい、その種類によって受容器を分類できる。


 感覚には次の3種類に大別される<ref>'''河田光博・稲瀬正彦''' [著]<br>  人体の正常構造と機能Ⅷ 神経系(1)<br>  ''日本医事新報社'' </ref>。
 以下では、体性感覚と特殊感覚の受容器と伝導路に焦点を絞り、簡潔に解説する。


#体性感覚;身体の表面や深部にある受容器の興奮によって生じる感覚。体性感覚はさらに、[[表在性感覚]](皮膚の粘膜の[[触覚]]、[[圧覚]]、[[痛覚]]、[[温覚]])と[[深部感覚]](筋、腱、骨膜、関節)に分けられる。
=== 体性感覚 ===
#特殊感覚;視覚、聴覚、[[平衡覚]]、嗅覚、味覚、
 触圧覚、振動覚は、皮膚にある4種類の機械受容器(マイスナー小体、パチニ小体、メルケル盤、ルフィニ小体)が感受している。痛覚、温度覚は、特別な機械受容器をもたない自由神経終末が、侵害受容器あるいは温度受容器として働く。一方、筋や腱においては、神経終末部は筋や関節の動きを感受し、固有受容器と呼ばれる。
#内臓感覚;[[空腹感]]、[[満腹感]]、[[口渇感]]、[[悪心]]、[[尿意]]、[[便意]]、[[内臓痛]]など[[wikipedia:ja:内臓|内臓]]に由来する感覚。


 体性感覚や特殊感覚は、感覚受容器からの情報が[[末梢神経]]および中枢内伝導路を介して[[大脳皮質]]感覚野に伝えられ、知覚される。これに対し内臓感覚は、受容器からの情報が下位中枢にとどまるため、明瞭に知覚されることが少ない。このように、多様な物理化学的な刺激によって生じる感覚の種類(モダリティ)は、受容器の種類によって決定される([[特殊神経エネルギー仮説]])。それぞれの受容器は、特定の刺激に対して最も敏感に反応する。これを適刺激といい、その種類によって受容器を分類できる。
 末梢神経は後根となって脊髄に入り伝導路を形成する。


 以下では、体性感覚と特殊感覚の受容器と伝導路に焦点を絞り、簡潔に解説する<ref> '''久野みゆき・安藤啓司・杉原泉・秋田恵一''' [著]<br>  人体の正常構造と機能Ⅸ 神経系(2)<br>  ''日本医事新報社''</ref> 。
#後索−内側毛帯路:触圧覚、振動覚、固有感覚を伝える。脊髄に入った後、同側の後索を上行し、延髄の後索核でニューロンを替え、交差して内側毛帯となり、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。<br>
#脊髄視床路:温度覚、痛覚、粗大な触圧覚を伝える。脊髄に入った後、後角でニューロンを替え、その後交差して反対の前側索を上行し、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。<br>
#三叉神経伝導路:顔面、口腔、舌の感覚を伝える。顔面と頭部に分布する体性感覚神経は、三叉神経として脳幹の三叉神経核に入った後、ニューロンを替え、その後交差して、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。


=== 体性感覚  ===
=== 視覚 ===  
 眼に入った光は、網膜を通過し、深部に位置する視細胞(杆体細胞と錐体細胞)によって感受される。ものの色や形、動きに関する情報は、複数の視細胞からの信号を比較することで得られる。網膜の介在ニューロン(水平細胞やアマクリン細胞)は複数の視細胞から信号を受け、こうした視覚情報の抽出に関与している。眼球を出た視神経繊維の大半は、視覚の中継核である外側膝状体を経て、一次視覚野に終わる。


 触圧覚、[[振動覚]]は、皮膚にある4種類の[[機械受容器]]([[マイスナー小体]]、[[パチニ小体]]、[[メルケル盤]]、[[ルフィニ小体]])が感受している。痛覚、温度覚は、特別な機械受容器をもたない[[自由神経終末]]が、[[侵害受容器]]あるいは[[温度受容器]]として働く。一方、筋や腱においては、神経終末部は筋や関節の動きを感受し、[[固有受容器]]と呼ばれる。
=== 聴覚 ===
 外界から外耳に入力された音は、中耳にある鼓膜、耳小骨を経由して、内耳の蝸牛管(内リンパ)を振動させる。振動は蝸牛管内部のコルチ器にある有毛細胞によって感受される。蝸牛有毛細胞に分布する蝸牛神経の大部分は、蝸牛神経腹側核に入り、同側もしくは対側の上オリーブ核、外側毛帯を通って下丘に至る。下丘のニューロンは、内側膝状体経て、一次聴覚野に終わる。


 末梢神経は後根となって脊髄に入り伝導路を形成する。
=== 平衡覚 ===
 頭部の回転運動、姿勢変化の情報は、内耳にある半器管(前庭器)にある有毛細胞によって感受される。前庭器に分布する前庭神経は、蝸牛神経とともに内耳神経を構成し、脳幹に入り、前庭神経核に終わる。一部は、小脳に投射する。前庭神経核からは、脳幹内の眼筋運動核群や脊髄前角に出力を送り、眼球や体幹、四肢における姿勢の変化を代償する運動制御に関わる(前庭反射)。


#[[後索]]−[[内側毛帯路]]:触圧覚、振動覚、固有感覚を伝える。脊髄に入った後、同側の後索を上行し、延髄の[[後索核]]でニューロンを替え、交差して[[内側毛帯]]となり、[[視床]]を経て、一次体性感覚野に終わる。<br>
=== 味覚 ===
#[[脊髄視床路]]:温度覚、痛覚、粗大な触圧覚を伝える。脊髄に入った後、後角でニューロンを替え、その後交差して反対の[[前側索]]を上行し、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。<br>
 味覚は、舌の表面に存在する乳頭にある味蕾で受容される。個々の味蕾は、50-150個の味細胞と支持細胞で構成される。ヒトが識別できる基本的な味の種類は、塩味、酸味、甘味、苦味に加えて、旨味がある。舌先の味覚は顔面神経(鼓索神経)が、舌根の味覚は舌咽神経が伝達し、延髄の孤束核に終わる。さらに視床を経て、一次味覚野に終わる。
#[[三叉神経伝導路]]:顔面、口腔、舌の感覚を伝える。顔面と頭部に分布する体性感覚神経は、[[三叉神経]]として脳幹の[[三叉神経核]]に入った後、ニューロンを替え、その後交差して、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。


=== 視覚  ===
=== 嗅覚===  
 匂いは、鼻腔の最上部を覆う嗅上皮で受容される。嗅上皮は、嗅細胞と支持細胞で構成される粘膜で覆われている。嗅細胞の中枢端が集まって嗅神経となり、嗅球にある糸球体に終わる。嗅球からは、一次嗅覚野(梨状前野と扁桃周野)、扁桃体、嗅内野に向かう。最終的に、前頭前野眼窩回嗅覚野に達する。


 [[眼]]に入った光は、[[網膜]]を通過し、深部に位置する[[視細胞]]([[杆体細胞]]と[[錐体細胞]])によって感受される。ものの色や形、動きに関する情報は、複数の視細胞からの信号を比較することで得られる。網膜の[[介在ニューロン]]([[水平細胞]]や[[アマクリン細胞]])は複数の視細胞から信号を受け、こうした視覚情報の抽出に関与している。眼球を出た[[視神経]]線維の大半は、視覚の中継核である[[外側膝状体]]を経て、[[一次視覚野]]に終わる。
== 行為としての知覚 ==
 これまでの心理学・生理学における感覚作用に関する知見は、感覚作用の性質は特定な受容器の興奮の性質であり、相互に独立していると考えに基づいている。これを特殊神経エネルギー仮説という。この仮説を前提とすれば、知覚は、感覚を(知覚者の内部過程で)間接的に加工(推論、演繹、統合など)して得られると結論づけられる。この点に関して、 知覚が要素の複合なのか、あるいはある種の構造による体制化なのかという疑問が、経験主義心理学とゲシュタルト心理学の間で議論された。経験主義者は、学習、あるいは連合が知覚の唯一の体制化原理とし、ゲシュタルト理論家は、脳内の自律的な「場の力」が知覚の体制化の原理だと主張した。


=== 聴覚  ===
 これに対し、J.J. Gibsonは、受容器に特定的な感覚質を想定しない直接的な知覚経験の可能性を主張した(Gibson, 1983)。この理論では、知覚は動物や人が能動的に、見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触ることで獲得する(ピックアップする)情報であるとし、諸感覚器官と神経系を基盤とした 知覚システム(基礎定位、聴覚、触覚、味覚−嗅覚、視覚)を構成する。Gibsonによれば、知覚システムへの神経入力は、身体と環境との相互作用によって入力の段階で既に組織されているので(直接知覚)、脳内で改めて連合形成や、記憶照合をする必要がないという。この理論のもう一つの特徴は、各知覚システムが身体−環境システムとして外界を知覚すると主張する点である。例えば、視覚システムについては、「一つの眼球は、既に網膜像を鮮明に調節する水晶体と、光の強度を最適にするための瞳孔を持つ器官であるが、それらは低次のシステムである。この眼球についた筋肉が高次のシステムである。それは内耳の働きによって、動く頭部の中にあっても環境に対して安定しており、環境をスキャンすることができる。二つの眼が一緒に動くとさらに高次な二重のシステムができる。・・・両眼と頭部と身体からなるシステムは、姿勢の平衡や移動とともに動くことで、世界を歩き回り、すべてのものを見ることができる」と述べている。


 外界から[[wikipedia:ja:外耳|外耳]]に入力された音は、[[中耳]]にある[[鼓膜]]、[[耳小]]骨を経由して、[[内耳]]の[[蝸牛管]]([[内リンパ]])を振動させる。振動は蝸牛管内部の[[コルチ器]]にある[[有毛細胞]]によって感受される。蝸牛有毛細胞に分布する[[蝸牛神経]]の大部分は、[[蝸牛神経腹側核]]に入り、同側もしくは対側の[[上オリーブ核]]、[[外側毛帯]]を通って[[下丘]]に至る。下丘のニューロンは、[[内側膝状体経|内側膝状体]]を経て、[[一次聴覚野]]に終わる。
 古典的な知覚理論に対する同様の批判は、Merleau-Pontyの議論の中にも見ることができる。Merleau-Pontyは、知覚をめぐる古典的な分析が知覚の能動的側面を見失っていると主張し、身体と環境との相互作用が知覚経験の基盤であると強調した。


=== 平衡覚 ===
   
 彼によれば、感覚することとは、感覚される対象から、一方的に印象を受けることではなく、むしろ感覚する者と感覚されるものの「共存」である。私たちは、感覚を通じて環境と能動的に交流し、情報を交換していてる。Gibsonも主張したように、諸感覚は相互に独立ではない。バラの棘が見て取られる場合、人は同時に、指で触れた時の触感も「見ている」。 Merleau-Pontyによれば、 諸感覚は相互に浸透して、共鳴する。 また、身体を問題にすることは「知覚する主体と知覚される世界」の両方を共に問題にすることであるという。世界を知覚するとは常に「どこからかみること」であるはずだが、その「どこか」とは、普遍的な視点などではなく、私の身体の位置する場所、つまり「ここ」に他ならないからである。Merleau-Pontyは、幻影肢をはじめとする身体図式に関わる神経心理的な症状を題材に、身体と知覚の相互作用について論じた。


 頭部の回転運動、姿勢変化の情報は、内耳にある[[半規管]]([[前庭器]])にある有毛細胞によって感受される。前庭器に分布する[[前庭神経]]は、蝸牛神経とともに内耳神経を構成し、脳幹に入り、[[前庭神経核]]に終わる。一部は、[[小脳]]に投射する。前庭神経核からは、脳幹内の[[wikipedia:ja:眼筋|眼筋]]運動核群や[[脊髄前角]]に出力を送り、眼球や体幹、四肢における姿勢の変化を代償する運動制御に関わる([[前庭反射]])。
== 感覚統合と知覚(認知) ==


=== 味覚  ===
 異種感覚間の相互作用については、既にAristotelesがその著「De Anima」において、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)にそれぞれ特有な感覚と、すべての感覚に共通なものがあることを指摘している。これまでの大脳皮質を対象とした生理学、認知科学の研究によれば、大脳皮質連合野において、視覚と体性感覚、視覚と聴覚あるいは前庭覚情報をはじめとする異種感覚の統合が起こることが知られている。統合された感覚は、 高次の情報となる。 これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間知覚や言語などの概念情報処理や、情動や記憶情報の符号化に関連する。一方、これらの連合野が脳梗塞などで損傷をうけると、知覚や認知機能が障害される。例えば、頭頂連合野は大脳皮質の頭頂葉にあって、空間情報を処理する領域であるが、そこが壊れると自己の身体に関わる知覚が障害される。右頭頂葉の損傷によって生じる病態失認、身体失認の患者は、自分の麻痺した左手足が麻痺していないと主張したり、それが自分のものではないと主張したりすることがある。こうした身体知覚の異常は、身体部位に関わる視覚と体性感覚フィードバックを統合する異種感覚統合機能が破壊されることで生じると考えられている。Ramachandranら(Ramachandran & Rogers-Ramachandran, 1996)は、自己の身体知覚に異常が生じる病態失認の患者の中に、他者の身体の麻痺まで否定する症例を報告した。この症例は、自己身体知覚の異常が、他者身体の状態を推定する認知にも影響する可能性を示唆した。自己身体の知覚は、他者や環境の知覚にも影響を与えるのである。


 味覚は、舌の表面に存在する[[乳頭]]にある[[味蕾]]で受容される。個々の味蕾は、50-150個の[[味細胞]]と[[支持細胞]]で構成される。ヒトが識別できる基本的な味の種類は、[[塩味]]、[[酸味]]、[[甘味]]、[[苦味]]に加えて、[[旨味]]がある。舌先の味覚は[[顔面神経]]([[鼓索神経]])が、舌根の味覚は[[舌咽神経]]が伝達し、延髄の[[孤束核]]に終わる。さらに視床を経て、一次味覚野に終わる。
 感覚統合は、大脳皮質連合野に限定された脳機能ではない。外側溝内側に畳み込まれた島皮質は、体性感覚、味覚、嗅覚を含めた特殊感覚、内臓感覚を含めた全感覚の統合に関わっている(Augustine, 1996; Mesulam & Mufson, 1982)。島皮質は、情動、言語、更には、身体知覚に基づいた自己意識に関わると考えられている (Craig, 2003; Singer, Critchley, & Preuschoff, 2009)。一方、臨床的な観点からは、島皮質が気分障害(Nagai, Kishi, & Kato, 2007; Sprengelmeyer, Steele, & Mwangi, 2011)、神経性食欲不振症(Sachdev, Mondraty, Wen, & Gulliford, 2008)、統合失調症(Glahn et al., 2008; Kasai et al., 2003)などに関わることが示唆されている。


=== 嗅覚 ===
== 情報通信技術との関わり ==


 匂いは、鼻腔の最上部を覆う嗅上皮で受容される。嗅上皮は、[[嗅細胞]]と支持細胞で構成される粘膜で覆われている。嗅細胞の中枢端が集まって[[嗅神経]]となり、嗅球にある[[糸球体]]に終わる。嗅球からは、[[一次嗅覚野]]([[梨状前野]]と[[扁桃周野]])、[[扁桃体]]、[[嗅内野]]に向かう。最終的に、[[前頭前野]][[眼窩回]][[嗅覚野]]に達する。
 情報通信技術による視覚と聴覚情報の伝達は、日常的に行われている。視覚と聴覚情報以外の感覚に関わる情報が伝達されることにより、より自然なコミュニケーションがなされる可能性がある。能動的な触覚、食物を味わうことに関わる脳内機序はまだ未知の部分が多い。さらに、異種感覚の相互作用に関わる脳内機序を知ることは、他者とのコミュニケーションを支える新しい情報通信技術の開発に結び付くと考えられる。特に医療・福祉においては、遠隔医療・遠隔手術や障害者の活動支援が実現できると期待されている。


== 行為としての知覚  ==
== 参考文献 ==


 これまでの心理学・生理学における感覚作用に関する知見は、感覚作用の性質は特定な受容器の興奮の性質であり、相互に独立していると考えに基づいている。これを特殊神経エネルギー仮説という。この仮説を前提とすれば、知覚は、感覚を(知覚者の内部過程で)間接的に加工(推論、演繹、統合など)して得られると結論づけられる。この点に関して、知覚が要素の複合なのか、あるいはある種の構造による体制化なのかという疑問が、[[経験主義心理学]]と[[ゲシュタルト心理学]]の間で議論された。経験主義者は、学習、あるいは連合が知覚の唯一の体制化原理とし、ゲシュタルト理論家は、脳内の自律的な「[[場の力]]」が知覚の体制化の原理だと主張した。知覚理論に関わる心理学史については、Boring<ref name="ref2">'''Boring, E. G.'''<br>Sensation and perception in the history of experimental psychology<br>Appleton-Century.1942</ref>が詳しい。日本語では、<ref>'''中島義明 [編]'''<br>現代心理学 [理論]事典<br>''朝倉書店''</ref>が詳しい。
Augustine, J. R. (1996). Circuitry and functional aspects of the insular lobe in primates including humans. Brain research Brain research reviews, 22(3), 229–244. PMID: 8957561
Boring, E. G. (1942). Sensation and perception in the history of experimental psychology, Appleton-Century.
Craig, A. D. (2003). Interoception: the sense of the physiological condition of the body. Current opinion in neurobiology, 13(4), 500–505. PMID: 12965300
Glahn, D. C., Laird, A. R., Ellison-Wright, I., Thelen, S. M., Robinson, J. L., Lancaster, J. L., Bullmore, E., et al. (2008). Meta-analysis of gray matter anomalies in schizophrenia: application of anatomic likelihood estimation and network analysis. Biological psychiatry, 64(9), 774–781.  PMID: 18486104
Kasai, K., Shenton, M. E., Salisbury, D. F., Onitsuka, T., Toner, S. K., Yurgelun-Todd, D., Kikinis, R., et al. (2003). Differences and similarities in insular and temporal pole MRI gray matter volume abnormalities in first-episode schizophrenia and affective psychosis. Archives of general psychiatry, 60(11), 1069–1077. PMID: 14609882


 古典的な知覚理論に対し、J.J. Gibsonは、受容器に特定的な感覚質を想定しない直接的な知覚経験の可能性を主張した<ref>'''J.J.ギブソン'''<br>生態学的知覚システム 感性をとらえなおす<br>佐々木正人・古山宣大洋・三嶋博之 [監訳]<br>''東京大学出版会''</ref>。この理論では、知覚は動物が能動的に、見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触ることで獲得する(ピックアップする)情報であるとし、諸感覚器官と神経系を基盤とした 知覚システム(基礎定位、聴覚、触覚、味覚−嗅覚、視覚)を構成する。Gibsonによれば、知覚システムへの神経入力は、身体と環境との相互作用によって入力の段階で既に組織されているので(直接知覚)、脳内で改めて連合形成や、記憶照合をする必要がないという。


 古典的な知覚理論に対する同様の批判は、Merleau-Pontyの議論の中にも見ることができる<ref>'''M.メルローポンティ'''<br>知覚の現象学Ⅰ<br>竹内芳郎・小木貞孝 [訳]<br>''みすず書房''</ref> <ref>'''M.メルローポンティ'''<br>知覚の現象学Ⅱ<br>竹内芳郎・小木貞孝 [訳]<br>''みすず書房''</ref>。Merleau-Pontyは、知覚をめぐる古典的な分析が知覚の能動的側面を見失っていると主張し、身体と環境との相互作用が知覚経験の基盤であると強調した。
Mesulam, M. M., & Mufson, E. J. (1982). Insula of the old world monkey. III: Efferent cortical output and comments on function. The Journal of comparative neurology, 212(1), 38–52. PMID: 7174907
Nagai, M., Kishi, K., & Kato, S. (2007). Insular cortex and neuropsychiatric disorders: a review of recent literature. European psychiatry : the journal of the Association of European Psychiatrists, 22(6), 387–394. PMID: 17416488
Ramachandran, V. S., & Rogers-Ramachandran, D. (1996). Denial of disabilities in anosognosia. Nature, 382(6591), 501. PMID: 8700222
Sachdev, P., Mondraty, N., Wen, W., & Gulliford, K. (2008). Brains of anorexia nervosa patients process self-images differently from non-self-images: an fMRI study. Neuropsychologia, 46(8), 2161–2168. PMID: 18406432
Singer, T., Critchley, H., & Preuschoff, K. (2009). A common role of insula in feelings, empathy and uncertainty. Trends in cognitive sciences, 13(8), 334–340. PMID: 19643659
Sprengelmeyer, R., Steele, J., & Mwangi, B. (2011). The insular cortex and the neuroanatomy of major depression. Journal of affective disorders. 133(1-2):120-127. PMID: 21531027


 彼によれば、感覚することとは、感覚される対象から、一方的に印象を受けることではなく、むしろ感覚する者と感覚されるものの「共存」である。私たちは、感覚を通じて環境と能動的に交流し、情報を交換していてる。Gibsonも主張したように、諸感覚は相互に独立ではない。バラの棘が見て取られる場合、人は同時に、指で触れた時の触感も「見ている」。Merleau-Pontyは、幻影肢をはじめとする身体図式に関わる神経心理的な症状を題材に、身体と知覚の相互作用について論じた。 Merleau-Pontyによれば、身体を問題にすることは「知覚する主体と知覚される世界」の両方を共に問題にすることであるという。世界を知覚するとは常に「どこからかみること」であるはずだが、その「どこか」とは、普遍的な視点などではなく、私の身体の位置する場所、つまり「ここ」に他ならないからである。
参考文献
人体の正常構造と機能Ⅷ 神経系(1) 河田光博・稲瀬正彦 [著] 日本医事新報社
人体の正常構造と機能Ⅸ 神経系(2) 久野みゆき・安藤啓司・杉原泉・秋田恵一 [著] 日本医事新報社


== 感覚統合と知覚(認知)  ==
J.J.ギブソン 生態学的知覚システム 感性をとらえなおす 佐々木正人・古山宣大洋・三嶋博之 [監訳] 東京大学出版会


 異種感覚間の相互作用については、既に[[wikipedia:ja:アリストテレス|Aristoteles]]がその著「[[wikipedia:ja:霊魂論|De Anima]]」において、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)にそれぞれ特有な感覚と、すべての感覚に共通なものがあることを指摘している。これまでの大脳皮質を対象とした生理学、認知科学の研究によれば、大脳皮質[[連合野]]において、視覚と体性感覚、視覚と聴覚あるいは前庭覚情報をはじめとする異種感覚の統合が起こることが知られている<ref>'''Calvert GA, Spence C, Stein BE,''' editors <br>The Handbook of Multisensory Processes (Bradford Books). 1st ed. <br>''A Bradford Book'', 2004</ref>。統合された感覚は、高次の情報となり特定の感覚情報に依拠しない[[空間知覚]]や[[言語]]などの[[概念情報]]処理や、情動や記憶情報の符号化に関連する<ref>'''鳥居修晃・立花政夫''' [編]<br>  知覚と認知の心理学 4 知覚の機序<br>  ''培風館''</ref> 。実際、これらの連合野が[[脳梗塞]]などで損傷をうけると、知覚や認知機能が障害される。例えば、[[頭頂連合野]]は大脳皮質の頭頂葉にあって、空間情報を処理する領域であるが、そこが壊れると自己の身体に関わる知覚が障害される<ref>'''酒田英夫'''<br>頭頂葉「神経心理学コレクション」<br>''医学書院''</ref>。身体知覚(身体図式)の異常は、身体部位に関わる視覚と体性感覚フィードバックを統合する異種感覚統合機能が破壊されることで生じると考えられている。
知覚と認知の心理学 4 知覚の機序 鳥居修晃・立花政夫 [編]  培風館


 感覚統合は、大脳皮質連合野に限定された脳機能ではない。[[外側溝]]内側に畳み込まれた[[島皮質]]は、体性感覚、味覚、嗅覚を含めた特殊感覚、内臓感覚を含めた全感覚の統合に関わっている<ref name="ref1"><pubmed>8957561</pubmed></ref> <ref name="ref6"><pubmed>7174907</pubmed></ref> 。島皮質は、情動、言語、更には、身体知覚に基づいた自己意識に関わると考えられている<ref name="ref3"><pubmed>12965300</pubmed></ref> <ref name="ref10"><pubmed>19643659</pubmed></ref>。一方、臨床的な観点からは、島皮質が[[気分障害]]<ref name="ref7"><pubmed>17416488</pubmed></ref> <ref name="ref11"><pubmed>21531027</pubmed></ref>、[[神経性食欲不振症]]<ref name="ref9"><pubmed>18406432</pubmed></ref>、[[統合失調症]]<ref name="ref4"><pubmed>18486104</pubmed></ref> <ref name="ref5"><pubmed>14609882</pubmed></ref>などに関わることが示唆されている。
M.メルローポンティ 知覚の現象学Ⅰ 竹内芳郎・小木貞孝 [] みすず書房
M.メルローポンティ 知覚の現象学Ⅱ  竹内芳郎・小木貞孝 [] みすず書房


== 関連項目 ==


*[[体性感覚]]
(執筆者:石田裕昭 担当編集者:定藤規弘)
*[[視覚]]
*[[聴覚]]
*[[嗅覚]]
*[[味覚]]
 
== 参考文献  ==
<references/>

2012年6月6日 (水) 13:10時点における版

英語名:perception

 ものの表面性状、固さ、温度を感じる。形状や色、動きを見分ける。食物を味わう。音を聴く。さまざまな要素から成り立つ環境からの物理化学情報を、私たちは感覚として知覚(自覚)している。皮膚感覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚の一般的に五感と呼ばれている感覚に対応する神経系の機能区分は、解剖学・生理学的に解明されてきた。末梢の感覚受容器に入力された物理的・化学的刺激は、感覚中継核を経て、大脳皮質一次感覚野(視覚野、体性感覚野、聴覚野、嗅覚野、味覚野)へ到達する。一次感覚野以降は、感覚情報が順次統合され(異種感覚統合)、 高次の情報に変換される。 これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間や言語などの概念情報処理や、情動や記憶情報の符号化、それらの結果に基づいた意思決定および行動出力の形成に関わる。 知覚の基本的特性の理解、異種感覚の相互作用の脳内機序を明らかにすることは、効率的で豊かな情報通信技術の開発に関繋がると期待されている。

知覚とは

 知覚とは、感覚器官への物理化学刺激を通じてもたらされた情報をもとに、外界の対象の性質、形態、関係および身体内部の状態を把握するはたらきのこと。感覚と知覚の概念に含意されている意味は、それらの概念の研究史と密接な関係を持っている。知覚理論に関わる心理学史については、 Boring, E. G. (1942) Sensory and Perception in the History of Experimental Psychologyが詳しい。

感覚の解剖生理学

 感覚には次の3種類に大別される。(1)体性感覚;身体の表面や深部にある受容器の興奮によって生じる感覚。体性感覚はさらに、表在性感覚(皮膚の粘膜の触覚、圧覚、痛覚、温覚)と深部感覚(筋、腱、骨膜、関節)に分けられる。(2)特殊感覚;視覚、聴覚、平衡覚、嗅覚、味覚、(3)内蔵感覚;空腹感、満腹感、口渇感、悪心、尿意、便意、内蔵痛など内蔵に由来する感覚。体性感覚や特殊感覚は、感覚受容器からの情報が末梢神経および中枢内伝導路を介して大脳皮質感覚野に伝えられ、知覚される。これに対し内蔵感覚は、受容器からの情報が下位中枢にとどまるため、明瞭に知覚されることが少ない。このように、多様な物理化学的な刺激によって生じる感覚の種類(モダリティ)は、受容器の種類によって決定される(特殊神経エネルギー仮説)。それぞれの受容器は、特定の刺激に対して最も敏感に反応する。これを適刺激といい、その種類によって受容器を分類できる。

 以下では、体性感覚と特殊感覚の受容器と伝導路に焦点を絞り、簡潔に解説する。

体性感覚

 触圧覚、振動覚は、皮膚にある4種類の機械受容器(マイスナー小体、パチニ小体、メルケル盤、ルフィニ小体)が感受している。痛覚、温度覚は、特別な機械受容器をもたない自由神経終末が、侵害受容器あるいは温度受容器として働く。一方、筋や腱においては、神経終末部は筋や関節の動きを感受し、固有受容器と呼ばれる。

 末梢神経は後根となって脊髄に入り伝導路を形成する。

  1. 後索−内側毛帯路:触圧覚、振動覚、固有感覚を伝える。脊髄に入った後、同側の後索を上行し、延髄の後索核でニューロンを替え、交差して内側毛帯となり、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。
  2. 脊髄視床路:温度覚、痛覚、粗大な触圧覚を伝える。脊髄に入った後、後角でニューロンを替え、その後交差して反対の前側索を上行し、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。
  3. 三叉神経伝導路:顔面、口腔、舌の感覚を伝える。顔面と頭部に分布する体性感覚神経は、三叉神経として脳幹の三叉神経核に入った後、ニューロンを替え、その後交差して、視床を経て、一次体性感覚野に終わる。

視覚

 眼に入った光は、網膜を通過し、深部に位置する視細胞(杆体細胞と錐体細胞)によって感受される。ものの色や形、動きに関する情報は、複数の視細胞からの信号を比較することで得られる。網膜の介在ニューロン(水平細胞やアマクリン細胞)は複数の視細胞から信号を受け、こうした視覚情報の抽出に関与している。眼球を出た視神経繊維の大半は、視覚の中継核である外側膝状体を経て、一次視覚野に終わる。

聴覚

 外界から外耳に入力された音は、中耳にある鼓膜、耳小骨を経由して、内耳の蝸牛管(内リンパ)を振動させる。振動は蝸牛管内部のコルチ器にある有毛細胞によって感受される。蝸牛有毛細胞に分布する蝸牛神経の大部分は、蝸牛神経腹側核に入り、同側もしくは対側の上オリーブ核、外側毛帯を通って下丘に至る。下丘のニューロンは、内側膝状体経て、一次聴覚野に終わる。

平衡覚

 頭部の回転運動、姿勢変化の情報は、内耳にある半器管(前庭器)にある有毛細胞によって感受される。前庭器に分布する前庭神経は、蝸牛神経とともに内耳神経を構成し、脳幹に入り、前庭神経核に終わる。一部は、小脳に投射する。前庭神経核からは、脳幹内の眼筋運動核群や脊髄前角に出力を送り、眼球や体幹、四肢における姿勢の変化を代償する運動制御に関わる(前庭反射)。

味覚

 味覚は、舌の表面に存在する乳頭にある味蕾で受容される。個々の味蕾は、50-150個の味細胞と支持細胞で構成される。ヒトが識別できる基本的な味の種類は、塩味、酸味、甘味、苦味に加えて、旨味がある。舌先の味覚は顔面神経(鼓索神経)が、舌根の味覚は舌咽神経が伝達し、延髄の孤束核に終わる。さらに視床を経て、一次味覚野に終わる。

嗅覚

 匂いは、鼻腔の最上部を覆う嗅上皮で受容される。嗅上皮は、嗅細胞と支持細胞で構成される粘膜で覆われている。嗅細胞の中枢端が集まって嗅神経となり、嗅球にある糸球体に終わる。嗅球からは、一次嗅覚野(梨状前野と扁桃周野)、扁桃体、嗅内野に向かう。最終的に、前頭前野眼窩回嗅覚野に達する。

行為としての知覚

 これまでの心理学・生理学における感覚作用に関する知見は、感覚作用の性質は特定な受容器の興奮の性質であり、相互に独立していると考えに基づいている。これを特殊神経エネルギー仮説という。この仮説を前提とすれば、知覚は、感覚を(知覚者の内部過程で)間接的に加工(推論、演繹、統合など)して得られると結論づけられる。この点に関して、 知覚が要素の複合なのか、あるいはある種の構造による体制化なのかという疑問が、経験主義心理学とゲシュタルト心理学の間で議論された。経験主義者は、学習、あるいは連合が知覚の唯一の体制化原理とし、ゲシュタルト理論家は、脳内の自律的な「場の力」が知覚の体制化の原理だと主張した。

 これに対し、J.J. Gibsonは、受容器に特定的な感覚質を想定しない直接的な知覚経験の可能性を主張した(Gibson, 1983)。この理論では、知覚は動物や人が能動的に、見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触ることで獲得する(ピックアップする)情報であるとし、諸感覚器官と神経系を基盤とした 知覚システム(基礎定位、聴覚、触覚、味覚−嗅覚、視覚)を構成する。Gibsonによれば、知覚システムへの神経入力は、身体と環境との相互作用によって入力の段階で既に組織されているので(直接知覚)、脳内で改めて連合形成や、記憶照合をする必要がないという。この理論のもう一つの特徴は、各知覚システムが身体−環境システムとして外界を知覚すると主張する点である。例えば、視覚システムについては、「一つの眼球は、既に網膜像を鮮明に調節する水晶体と、光の強度を最適にするための瞳孔を持つ器官であるが、それらは低次のシステムである。この眼球についた筋肉が高次のシステムである。それは内耳の働きによって、動く頭部の中にあっても環境に対して安定しており、環境をスキャンすることができる。二つの眼が一緒に動くとさらに高次な二重のシステムができる。・・・両眼と頭部と身体からなるシステムは、姿勢の平衡や移動とともに動くことで、世界を歩き回り、すべてのものを見ることができる」と述べている。

 古典的な知覚理論に対する同様の批判は、Merleau-Pontyの議論の中にも見ることができる。Merleau-Pontyは、知覚をめぐる古典的な分析が知覚の能動的側面を見失っていると主張し、身体と環境との相互作用が知覚経験の基盤であると強調した。


 彼によれば、感覚することとは、感覚される対象から、一方的に印象を受けることではなく、むしろ感覚する者と感覚されるものの「共存」である。私たちは、感覚を通じて環境と能動的に交流し、情報を交換していてる。Gibsonも主張したように、諸感覚は相互に独立ではない。バラの棘が見て取られる場合、人は同時に、指で触れた時の触感も「見ている」。 Merleau-Pontyによれば、 諸感覚は相互に浸透して、共鳴する。 また、身体を問題にすることは「知覚する主体と知覚される世界」の両方を共に問題にすることであるという。世界を知覚するとは常に「どこからかみること」であるはずだが、その「どこか」とは、普遍的な視点などではなく、私の身体の位置する場所、つまり「ここ」に他ならないからである。Merleau-Pontyは、幻影肢をはじめとする身体図式に関わる神経心理的な症状を題材に、身体と知覚の相互作用について論じた。

感覚統合と知覚(認知)

 異種感覚間の相互作用については、既にAristotelesがその著「De Anima」において、五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)にそれぞれ特有な感覚と、すべての感覚に共通なものがあることを指摘している。これまでの大脳皮質を対象とした生理学、認知科学の研究によれば、大脳皮質連合野において、視覚と体性感覚、視覚と聴覚あるいは前庭覚情報をはじめとする異種感覚の統合が起こることが知られている。統合された感覚は、 高次の情報となる。 これらは、特定の感覚情報に依拠しない空間知覚や言語などの概念情報処理や、情動や記憶情報の符号化に関連する。一方、これらの連合野が脳梗塞などで損傷をうけると、知覚や認知機能が障害される。例えば、頭頂連合野は大脳皮質の頭頂葉にあって、空間情報を処理する領域であるが、そこが壊れると自己の身体に関わる知覚が障害される。右頭頂葉の損傷によって生じる病態失認、身体失認の患者は、自分の麻痺した左手足が麻痺していないと主張したり、それが自分のものではないと主張したりすることがある。こうした身体知覚の異常は、身体部位に関わる視覚と体性感覚フィードバックを統合する異種感覚統合機能が破壊されることで生じると考えられている。Ramachandranら(Ramachandran & Rogers-Ramachandran, 1996)は、自己の身体知覚に異常が生じる病態失認の患者の中に、他者の身体の麻痺まで否定する症例を報告した。この症例は、自己身体知覚の異常が、他者身体の状態を推定する認知にも影響する可能性を示唆した。自己身体の知覚は、他者や環境の知覚にも影響を与えるのである。

 感覚統合は、大脳皮質連合野に限定された脳機能ではない。外側溝内側に畳み込まれた島皮質は、体性感覚、味覚、嗅覚を含めた特殊感覚、内臓感覚を含めた全感覚の統合に関わっている(Augustine, 1996; Mesulam & Mufson, 1982)。島皮質は、情動、言語、更には、身体知覚に基づいた自己意識に関わると考えられている (Craig, 2003; Singer, Critchley, & Preuschoff, 2009)。一方、臨床的な観点からは、島皮質が気分障害(Nagai, Kishi, & Kato, 2007; Sprengelmeyer, Steele, & Mwangi, 2011)、神経性食欲不振症(Sachdev, Mondraty, Wen, & Gulliford, 2008)、統合失調症(Glahn et al., 2008; Kasai et al., 2003)などに関わることが示唆されている。

情報通信技術との関わり

 情報通信技術による視覚と聴覚情報の伝達は、日常的に行われている。視覚と聴覚情報以外の感覚に関わる情報が伝達されることにより、より自然なコミュニケーションがなされる可能性がある。能動的な触覚、食物を味わうことに関わる脳内機序はまだ未知の部分が多い。さらに、異種感覚の相互作用に関わる脳内機序を知ることは、他者とのコミュニケーションを支える新しい情報通信技術の開発に結び付くと考えられる。特に医療・福祉においては、遠隔医療・遠隔手術や障害者の活動支援が実現できると期待されている。

参考文献

Augustine, J. R. (1996). Circuitry and functional aspects of the insular lobe in primates including humans. Brain research Brain research reviews, 22(3), 229–244. PMID: 8957561 Boring, E. G. (1942). Sensation and perception in the history of experimental psychology, Appleton-Century. Craig, A. D. (2003). Interoception: the sense of the physiological condition of the body. Current opinion in neurobiology, 13(4), 500–505. PMID: 12965300 Glahn, D. C., Laird, A. R., Ellison-Wright, I., Thelen, S. M., Robinson, J. L., Lancaster, J. L., Bullmore, E., et al. (2008). Meta-analysis of gray matter anomalies in schizophrenia: application of anatomic likelihood estimation and network analysis. Biological psychiatry, 64(9), 774–781. PMID: 18486104 Kasai, K., Shenton, M. E., Salisbury, D. F., Onitsuka, T., Toner, S. K., Yurgelun-Todd, D., Kikinis, R., et al. (2003). Differences and similarities in insular and temporal pole MRI gray matter volume abnormalities in first-episode schizophrenia and affective psychosis. Archives of general psychiatry, 60(11), 1069–1077. PMID: 14609882


Mesulam, M. M., & Mufson, E. J. (1982). Insula of the old world monkey. III: Efferent cortical output and comments on function. The Journal of comparative neurology, 212(1), 38–52. PMID: 7174907 Nagai, M., Kishi, K., & Kato, S. (2007). Insular cortex and neuropsychiatric disorders: a review of recent literature. European psychiatry : the journal of the Association of European Psychiatrists, 22(6), 387–394. PMID: 17416488 Ramachandran, V. S., & Rogers-Ramachandran, D. (1996). Denial of disabilities in anosognosia. Nature, 382(6591), 501. PMID: 8700222 Sachdev, P., Mondraty, N., Wen, W., & Gulliford, K. (2008). Brains of anorexia nervosa patients process self-images differently from non-self-images: an fMRI study. Neuropsychologia, 46(8), 2161–2168. PMID: 18406432 Singer, T., Critchley, H., & Preuschoff, K. (2009). A common role of insula in feelings, empathy and uncertainty. Trends in cognitive sciences, 13(8), 334–340. PMID: 19643659 Sprengelmeyer, R., Steele, J., & Mwangi, B. (2011). The insular cortex and the neuroanatomy of major depression. Journal of affective disorders. 133(1-2):120-127. PMID: 21531027

参考文献 人体の正常構造と機能Ⅷ 神経系(1) 河田光博・稲瀬正彦 [著] 日本医事新報社 人体の正常構造と機能Ⅸ 神経系(2) 久野みゆき・安藤啓司・杉原泉・秋田恵一 [著] 日本医事新報社

J.J.ギブソン 生態学的知覚システム 感性をとらえなおす 佐々木正人・古山宣大洋・三嶋博之 [監訳] 東京大学出版会

知覚と認知の心理学 4 知覚の機序 鳥居修晃・立花政夫 [編]  培風館

M.メルローポンティ 知覚の現象学Ⅰ 竹内芳郎・小木貞孝 [訳] みすず書房 M.メルローポンティ 知覚の現象学Ⅱ 竹内芳郎・小木貞孝 [訳] みすず書房


(執筆者:石田裕昭 担当編集者:定藤規弘)