「アドレナリン」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
1行目: 1行目:
'''「概要」'''
 アドレナリン(adrenaline)はノルエピネフリン(epinephrine, EP)とも呼ばれる。モノアミンの一種、またカテコールアミンの一種である。生体内において、神経伝達物質またはホルモンとして働く。生体内ではチロシンから合成される。受容体はアドレナリン受容体と呼ばれるファミリーであり、Gタンパク質共役7回膜貫通型である。中枢神経系では、後脳髄質にアドレナリン作動性神経細胞が存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。


アドレナリン(adrenaline)はノルエピネフリン(epinephrine, EP)とも呼ばれる。モノアミンの一種、またカテコールアミンの一種である。生体内において、神経伝達物質またはホルモンとして働く。生体内ではチロシンから合成される。受容体はアドレナリン受容体と呼ばれるファミリーであり、Gタンパク質共役7回膜貫通型である。中枢神経系では、後脳髄質にアドレナリン作動性神経細胞が存在し、そこからほぼ脳全域に投射している。<br>
== 発見と用語 ==


<br> '''「発見と用語」'''
 1893年、George Oliver(イギリス)は副腎(Adrenal)に薬理学的に劇的な効果を持つ物質が含まれることを発見した<ref name="ref1">'''G Oliver, EA Schäfer''' <br> On the physiological action of extract of the suprarenal capsules <br>''J. Physiol. Lond.'':1894;16;i-iv</ref>。1897年、John Abel(アメリカ)は副腎から粗抽出物を調製、これをエピネフリンと呼んだが<ref name="ref2">''' JJ Abel''' <br> On epinephrin, the active constituent of the suprarenal capsule and its compounds <br>'' Proc. Am. Phys. Soc.'': 1898; 3­4; 3­5</ref>、これには生理活性がなかった<ref name="ref3"><pubmed> 10678871</pubmed></ref>。その後、1901年、高峰譲吉と上中啓三は副腎から生理活性物質を精製した<ref name="ref4">''' J Takamine '''<br> The isolation of the active principle of the suprarenal gland <br>''J. Physiol. Lond.'':1901;27;30P-39P </ref>。これをParke, Davis &amp; CoはAdrenalineという名前で販売した<ref name="ref3" />。  
 
1893年、George Oliver(イギリス)は副腎(Adrenal)に薬理学的に劇的な効果を持つ物質が含まれることを発見した<ref name="ref1">'''G Oliver, EA Schäfer''' <br> On the physiological action of extract of the suprarenal capsules <br>''J. Physiol. Lond.'':1894;16;i-iv</ref>。1897年、John Abel (アメリカ)は副腎から粗抽出物を調製、これをエピネフリンと呼んだが<ref name="ref2">''' JJ Abel''' <br> On epinephrin, the active constituent of the suprarenal capsule and its compounds <br>'' Proc. Am. Phys. Soc.'': 1898; 3­4; 3­5</ref>、これには生理活性がなかった<ref name="ref3"><pubmed> 10678871</pubmed></ref>。その後、1901年、高峰譲吉と上中啓三は副腎から生理活性物質を精製した<ref name="ref4">''' J Takamine '''<br> The isolation of the active principle of the suprarenal gland <br>''J. Physiol. Lond.'':1901;27;30P-39P </ref>。これをParke, Davis &amp; CoはAdrenalineという名前で販売した<ref name="ref3" />。  


 現在、アドレナリンとエピネフリンという呼称については、国により使用頻度が異なる。歴史的にはアドレナリンの方が正しい呼称と考えられ、欧州ではアドレナリンの方が一般的である。しかし、米国の、特に医学分野では、John Abelの影響の名残でエピネフリンの方が一般的である。日本では2006年の第十五改正日本薬局方よりアドレナリンが一般名称となった。  
 現在、アドレナリンとエピネフリンという呼称については、国により使用頻度が異なる。歴史的にはアドレナリンの方が正しい呼称と考えられ、欧州ではアドレナリンの方が一般的である。しかし、米国の、特に医学分野では、John Abelの影響の名残でエピネフリンの方が一般的である。日本では2006年の第十五改正日本薬局方よりアドレナリンが一般名称となった。  


<br>
== 構造 ==


'''「構造」'''<br>カテコール基と二級アミノ基をもつ、カテコールアミン神経伝達物質の一種(図1)。また、ドーパミン、セロトニン、ヒスタミンなどとともにモノアミン系神経伝達物質のグループを形成する。
[[Image:2AD fig1.jpg|thumb|250px|'''図1.アドレナリン''']]


<br>
 カテコール基と二級アミノ基をもつ、カテコールアミン神経伝達物質の一種(図1)。また、ドーパミン、セロトニン、ヒスタミンなどとともにモノアミン系神経伝達物質のグループを形成する。


[[Image:2AD fig1.jpg|200px]]
== 合成 ==


<br>
[[Image:2AD fig2.jpg|thumb|250px|'''図1.アドレナリン生合成経路''']]


'''「合成」'''
 脳の一部の神経細胞、および副腎髄質中にあるクロム親和性細胞において合成される(図2)。他に、も合成されている。生合成に関わる酵素は以下の通り。 <br>  
 
脳の一部の神経細胞、および副腎髄質中にあるクロム親和性細胞において合成される(図2)。他に、も合成されている。生合成に関わる酵素は以下の通り。 <br>  


*'''チロシン水酸化酵素 tyrosine hydroxylase (TH):'''EC 1.14.16.2。チロシンよりL-DOPA (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する<ref name="ref5"><pubmed> 2575455 </pubmed></ref> <ref name="ref6"><pubmed> 15569247  </pubmed></ref> <ref name="ref7"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref>。反応には、Tetrahydrobiopterin, O<sub>2</sub>, Fe<sup>2+</sup>が必要。カテコールアミン合成において、律速段階の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、リン酸化による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。  補因子であるTetrahydrobiopterinはGTPより合成される。律速酵素はGTP cyclohydrolase Iである<ref name="ref8"><pubmed> 21867484 </pubmed></ref>。  
*'''チロシン水酸化酵素 tyrosine hydroxylase (TH):'''EC 1.14.16.2。チロシンよりL-DOPA (L-3,4-dihydroxyphenylalanine)を合成する<ref name="ref5"><pubmed> 2575455 </pubmed></ref> <ref name="ref6"><pubmed> 15569247  </pubmed></ref> <ref name="ref7"><pubmed> 21176768 </pubmed></ref>。反応には、Tetrahydrobiopterin, O<sub>2</sub>, Fe<sup>2+</sup>が必要。カテコールアミン合成において、律速段階の酵素であると考えられている。その活性制御は、主にタンパク質の量と、リン酸化による。全てのカテコールアミン産生細胞に存在する。  補因子であるTetrahydrobiopterinはGTPより合成される。律速酵素はGTP cyclohydrolase Iである<ref name="ref8"><pubmed> 21867484 </pubmed></ref>。  
28行目: 24行目:
*'''フェニルエタノールアミン-N-メチル基転移酵素 phenylethanolamine N-methyltransferase(PNMT):'''EC 2.1.1.28。ノルアドレナリンのアミノにメチル基を付加し、アドレナリンを生合成する。メチル基のドナーとしてS-adenosylmethioneが必要。ヒトでは一つの遺伝子があり(Gene ID 5409)、転写産物は副腎髄質に多く、心臓、および脳幹にも存在する<ref name="ref11"><pubmed> 12438093 </pubmed></ref>。PNMTは細胞質に局在するが、顆粒内にもあるとの説もある<ref name="ref12"><pubmed> 4615087</pubmed></ref>。そのため、アドレナリンの生合成が、細胞質で起きるのか、ノルアドレナリンが合成された顆粒内で起きるのかについては、まだはっきりと分かっていない。
*'''フェニルエタノールアミン-N-メチル基転移酵素 phenylethanolamine N-methyltransferase(PNMT):'''EC 2.1.1.28。ノルアドレナリンのアミノにメチル基を付加し、アドレナリンを生合成する。メチル基のドナーとしてS-adenosylmethioneが必要。ヒトでは一つの遺伝子があり(Gene ID 5409)、転写産物は副腎髄質に多く、心臓、および脳幹にも存在する<ref name="ref11"><pubmed> 12438093 </pubmed></ref>。PNMTは細胞質に局在するが、顆粒内にもあるとの説もある<ref name="ref12"><pubmed> 4615087</pubmed></ref>。そのため、アドレナリンの生合成が、細胞質で起きるのか、ノルアドレナリンが合成された顆粒内で起きるのかについては、まだはっきりと分かっていない。


<br>
== 放出、再取り込み ==
 
[[Image:2AD fig2.jpg|300px]]
 
<br>
 
'''「放出、再取り込み」'''
 
アドレナリンの前駆対であるドーパミンは小胞型モノアミントランスポーター(vesicular monoamine transporter, vMAT)によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム親和性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH<sup>+</sup>との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる<ref name="ref13"><pubmed> 11099462 </pubmed></ref>。 アドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、カルシウム依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。 アドレナリンの再取り込みの機構はまだよく理解されていない。アドレナリン特異的なトランスポーターは、ほ乳類では報告されていない。
 
<br>


'''「代謝分解」'''
 アドレナリンの前駆対であるドーパミンは小胞型モノアミントランスポーター(vesicular monoamine transporter, vMAT)によりシナプス小胞内に輸送される。vMAT1は主に副腎のクロム親和性細胞、vMAT2は神経細胞で発現している。vMATはH<sup>+</sup>との交換輸送によりモノアミンを小胞内に蓄積させる<ref name="ref13"><pubmed> 11099462 </pubmed></ref>。 アドレナリンの放出は他の神経伝達物質と同様に、神経活動依存的、カルシウム依存的なシナプス小胞のエキソサイトーシスによる。 アドレナリンの再取り込みの機構はまだよく理解されていない。アドレナリン特異的なトランスポーターは、ほ乳類では報告されていない。


アドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。
== 代謝分解 ==
 アドレナリンの代謝分解には次の二つの酵素が重要である。


*'''モノアミン酸化酵素(monoamine oxidase, MAO):'''MAOはモノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化する。MAOはミトコンドリア外膜に局在しに存在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる<ref name="ref14"><pubmed> 16552415</pubmed></ref>。MAOにはMAO-AとMAO-Bがあり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAO-AとMAO-Bはモノアミン作動性神経細胞およびグリア細胞に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる<ref name="ref14" />。  
*'''モノアミン酸化酵素(monoamine oxidase, MAO):'''MAOはモノアミンのアミノ基をアルデヒド基に酸化する。MAOはミトコンドリア外膜に局在しに存在し、細胞内のノルアドレナリン(再取込みされたものを含む)の分解に関与する。ただしMAOに比べてvMAT2の方がノルアドレナリンに対する親和性がずっと高いため、シナプス小胞への取り込みの方がMAOによる分解よりも優先されると考えられる<ref name="ref14"><pubmed> 16552415</pubmed></ref>。MAOにはMAO-AとMAO-Bがあり、二つの別の遺伝子によりコードされている。MAO-AとMAO-Bはモノアミン作動性神経細胞およびグリア細胞に発現しているが、発現量は細胞の種類により異なり、また動物種によっても違いが見られる<ref name="ref14" />。  
*'''カテコール-''O''-メチル基転移酵素(catechol-''O''-methyltransferase, COMT):'''これはカテコール基のm-水酸基にメチル基を転移させる。腎臓や肝臓に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている<ref name="ref15"><pubmed> 21846718 </pubmed></ref>。
*'''カテコール-''O''-メチル基転移酵素(catechol-''O''-methyltransferase, COMT):'''これはカテコール基のm-水酸基にメチル基を転移させる。腎臓や肝臓に豊富だが、カテコールアミン作動性神経細胞の投射先においても発現している。細胞外で働くと考えられている<ref name="ref15"><pubmed> 21846718 </pubmed></ref>。


脳においてアドレナリンの多くは、ノルアドレナリンと同様、MAO、アルデヒド還元酵素、およびCOMTにより3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)へ代謝され、さらに3-methoxy-4-hydroxymandelic acid (VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref16">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref16" />。  
 脳においてアドレナリンの多くは、ノルアドレナリンと同様、MAO、アルデヒド還元酵素、およびCOMTにより3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MHPG)へ代謝され、さらに3-methoxy-4-hydroxymandelic acid (VMA)となって尿中に排出される<ref name="ref16">'''D E Golan, A H Tashjian Jr, E J Armstrong, A W Armstrong'''<br> Principles of Pharmacology, Second Edition<br>''Wolters Kluwer Health (Philadelphia)'':2002</ref>。MHPGの硫酸化物も尿中に排出される<ref name="ref16" />。  


<br>
== 主たる投射系と機能 ==


'''「主たる投射系と機能」'''
#中枢神経系 中枢神経系におけるアドレナリン作動性の神経細胞は、主に次の二つの部位にある。<br>C1:髄質の腹外側にありノルアドレナリン作動性神経細胞核A1に近接する。<br>C2:髄質の背側にありノルアドレナリン作動性神経細胞核A2に近接する。C1、C2共に視床下部に上行性投射をし、循環器系や内分泌系の調節を行う。
#末梢神経系 末梢神経系の節後神経細胞は、ノルアドレナリンと共にアドレナリン作動性でもある。脊髄中の節前神経細胞よりアセチルコリン性の入力を受け、アドレナリン性の出力を内臓器官に与える。結果的に、血管の収縮、血圧の上昇、心拍数の増加、などを引き起こす。


(1) 中枢神経系 中枢神経系におけるアドレナリン作動性の神経細胞は、主に次の二つの部位にある。
== 受容体 ==


C1:髄質の腹外側にありノルアドレナリン作動性神経細胞核A1に近接する。
 アドレナリンはノルアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる。より細かくは、α<sub>1A</sub>-α<sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub>-α<sub>2C</sub>、β<sub>1-</sub>β<sub>3</sub>、から構成されている。いずれも三量体Gタンパク質共役型の受容体である。α<sub>1</sub>はG<sub>q</sub>、α<sub>2</sub>はG<sub>i</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>はG<sub>s</sub>と共役している。  末梢神経系において、アドレナリンは、低濃度ではβ<sub>1</sub>およびβ<sub>2</sub>アドレナリン受容体に作用し、高濃度ではα<sub>1</sub>を介した作用が主となる。(ノルアドレナリンはα<sub>1</sub>およびβ<sub>1</sub>アドレナリン受容体のアゴニストとして作用する。)


C2:髄質の背側にありノルアドレナリン作動性神経細胞核A2に近接する。C1、C2共に視床下部に上行性投射をし、循環器系や内分泌系の調節を行う。
== 参考文献 ==


(2) 末梢神経系 末梢神経系の節後神経細胞は、ノルアドレナリンと共にアドレナリン作動性でもある。脊髄中の節前神経細胞よりアセチルコリン性の入力を受け、アドレナリン性の出力を内臓器官に与える。結果的に、血管の収縮、血圧の上昇、心拍数の増加、などを引き起こす。
<references />
 
<br>  
 
'''「受容体」'''


アドレナリンはノルアドレナリンと共にアドレナリン受容体(adrenergic receptorまたはadrenoceptor)に結合し活性化する。αおよびβのサブファミリーからなる。より細かくは、α<sub>1A</sub>-α<sub>1D</sub>、α<sub>2A</sub>-α<sub>2C</sub>、β<sub>1-</sub>β<sub>3</sub>、から構成されている。いずれも三量体Gタンパク質共役型の受容体である。α<sub>1</sub>はG<sub>q</sub>、α<sub>2</sub>はG<sub>i</sub>、β<sub>1</sub>-β<sub>3</sub>はG<sub>s</sub>と共役している。  末梢神経系において、アドレナリンは、低濃度ではβ<sub>1</sub>およびβ<sub>2</sub>アドレナリン受容体に作用し、高濃度ではα<sub>1</sub>を介した作用が主となる。(ノルアドレナリンはα<sub>1</sub>およびβ<sub>1</sub>アドレナリン受容体のアゴニストとして作用する。)


<br>
(執筆者:徳岡宏文、一瀬宏 担当編集者:尾藤晴彦)
 
<references />