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同義語:脳血管性認知症、脳血管性痴呆、多発梗塞性認知症、多発梗塞性痴呆、脳動脈硬化症 | 同義語:脳血管性認知症、脳血管性痴呆、多発梗塞性認知症、多発梗塞性痴呆、脳動脈硬化症 | ||
血管性認知症(vascular dementia: VaD)はすべての脳血管障害に基因して生じる認知症の総称である。この範疇に属する用語として、古くは「脳動脈硬化症」がある。この用語は認知機能の低下をきたす責任病変が何かが明確でなく、現在学術用語として用いられることはなくなっている。それ以降、1970年にTomlinsonは空洞性の梗塞巣の容積が50 mlを超えると認知機能の低下が生じることを報告し、「多発梗塞性認知症」(旧来は多発梗塞性痴呆)の概念を提唱した<ref name="ref1"><pubmed>5505685</pubmed></ref>。このことは、老人斑や神経原線維変化などのAlzheimer病理以外に、血管病変が認知機能障害の責任病変となることを指摘した点で重要な意義があった。しかし一方では、脳血管障害に起因する認知機能障害=多発梗塞性認知症とする誤解が生じ、大きな空洞性変化をきたさない白質病変やラクナ梗塞などの小血管病変の重要性が看過される契機にもなった。 | |||
== | == Binswanger病の位置づけ == | ||
白質病変を特徴とする血管性認知症として、Binswanger病(Binswanger型脳梗塞)がある。Binswanger病は1894年に報告され、その最初の記録はドイツの神経科医Otto Binswangerの講演録に見られる。梅毒による進行麻痺が認知症の多くを占めた当時、Binswangerは血管病変に起因する認知症が存在することを初めて指摘している。脳血管の動脈硬化、後頭葉・側頭葉白質の高度萎縮、側脳室後角・下角の開大など皮質下に血管病変が存在し、大脳皮質はほぼ正常であった症例の肉眼所見を提示し、動脈硬化に起因する病態として”encephalitis subcorticalis chronica progressive” の名称を提唱した。1964年、Jellingerらは本疾患を光顕的に検討し、progressive subcortical vascular encephalopathy of Binswanger typeとして概念をまとめている。さらに、1990年、Bennettらは画像所見を取り入れて、Binswanger型脳梗塞の臨床診断基準を提唱している<ref name="ref2"><pubmed>2283526</pubmed></ref>。彼らは本診断基準を用いて後方視的に剖検例を調べ、本診断基準を満たした症例の大部分が病理学的にBinswanger病であり、Alzheimer病で本基準を満たしたものは184名中3名のみに留まったと報告している。 | |||
歴史的に記載されてきたBinswanger病であるが、現在では血管性認知症の約半数を占める「認知症を伴う脳小血管病」を、皮質に主病変が存在するアミロイド血管症、皮質下に主病変が存在する皮質下血管性認知症に大別し、後者でのうち白質病変優位型のものをBinswanger病またはBinswanger型脳梗塞とする理解が一般的である。頭部MRIのFLAIR画像, またはT2強調画像では、脳室周囲および深部白質にびまん性の高輝度を呈する.白質病変の程度・広がりはラクナ梗塞を主体とする「多発性ラクナ梗塞」より高度であり,脳梁萎縮,脳室拡大,海馬萎縮なども認められる.Binswanger病患者の半数は明らかな卒中発作を呈さずに緩徐進行性の経過をとり、海馬萎縮をともなう症例もあることから、アルツハイマー病との鑑別が重要である。白質病変を主体とする脳小血管病であり、血管性認知症の中核群として位置づけられる。 | |||
== | == 血管性認知症の診断基準 == | ||
米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)とAssociation Internationale pour la Recherché et l'Enseignement en Neurosciences(AIREN)による診断基準(NINDS-AIREN)は最も代表的な血管性認知症の診断基準である。この他にも米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(DSM-Ⅳ)、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(ICD-10)、カリフォルニアのAlzheimer病診断・治療センター(ADDTC)による虚血性血管性認知症の診断基準などが知られている。また、Hachinskiの虚血スコアは臨床症候に基づいてAlzheimer病(AD)と鑑別することを目的に作成された簡便な血管性認知症の診断方法である。これらの診断基準を同一症例に適用した場合、診断の相互一致率は不十分であり、複数の診断基準を組み合わせても感度・特異度とも上昇しない。このため、血管性認知症の診断基準は、今後さらに改良が望まれている。 | |||
表1は最も汎用されているNINDS-AIREN(National Institute of Neurological Disorders and Stroke and Association Internationale pur la Rechrche et l’Enseignement en Neurosciences)診断基準である。本診断基準は臨床試験に用いることを目的として作成されたものであり、最も厳密な基準である。診断の特異度は高いが、感度が低くなる欠点がある。 | 表1は最も汎用されているNINDS-AIREN(National Institute of Neurological Disorders and Stroke and Association Internationale pur la Rechrche et l’Enseignement en Neurosciences)診断基準である。本診断基準は臨床試験に用いることを目的として作成されたものであり、最も厳密な基準である。診断の特異度は高いが、感度が低くなる欠点がある。 | ||
{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 949px; height: 494px;" | {| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 949px; height: 494px;" | ||
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| A. 認知症 | | A. 認知症 | ||
a) | a) 記憶障害と,次の認知機能のうち2つ以上の障害がある.見当識,注意力,言語,視覚空間機能,行動機能,運動統御,行為。<br> b) 臨床的診察と神経心理学的検査の両方で確認することが望ましい。 <br> c) 機能障害は,日常生活に支障をきたすほど重症である.しかし,これは脳卒中に基づく身体障害によるものを除く。 <br> 【除外基準】<br> a) 神経心理検査を妨げる意識障害,せん妄,精神病,重症失語,著明な感覚運動障害がない<br> b) 記憶や認知機能を障害する全身性疾患や他の脳疾患がない<br> | ||
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| B. 脳血管障害 | | B. 脳血管障害 | ||
a) 神経学的診察で,脳卒中の際にみられる局所神経症候( | a) 神経学的診察で,脳卒中の際にみられる局所神経症候(片麻痺・下部顔面神経麻痺・Babinski徴候・感覚障害・半盲・構音障害)がみられる。<br> b) 脳画像(CT・MRI)で明らかな多発性の大梗塞,重要な領域の単発梗塞,多発性の基底核ないし白質の小梗塞あるいは広範な脳室周囲白質の病変を認める。 | ||
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| style="background-color:#dfd" | 2.血管性認知症の臨床的特徴 | | style="background-color:#dfd" | 2.血管性認知症の臨床的特徴 | ||
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| A. 早期からの歩行障害<br>B. 不安定性および頻回の転倒<br>C. | | A. 早期からの歩行障害<br>B. 不安定性および頻回の転倒<br>C. 泌尿器疾患で説明困難な尿失禁などの排尿障害<br>D. 偽性球麻痺<br>E. 人格障害および情緒障害(感情失禁) | ||
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| style="background-color:#dfd" | 3.血管性認知症らしくない症状 | | style="background-color:#dfd" | 3.血管性認知症らしくない症状 | ||
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'''表1:血管性認知症のNINDS-AIREN診断基準''' | '''表1:血管性認知症のNINDS-AIREN診断基準''' | ||
本診断基準では血管性認知症を以下の6型に分類している(表2)。多発梗塞性認知症は血管性認知症の亜型であり、わが国では認知症を伴う脳小血管病が最も多く約半数を占め、多発梗塞性認知症は2-3割を占める。NINDS-AIREN診断基準の作成委員会メンバーのひとりであったErkinjunti Tは血管性認知症の比較的多数を占め、均質な徴候を呈する皮質下血管性認知症に焦点をあて、画像所見を含めた詳細な診断基準を提唱している(表3)。 | |||
{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 372px; height: 266px;" | {| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 372px; height: 266px;" | ||
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| 2. Strategic single-infarct dementia<br> | | 2. Strategic single-infarct dementia<br> | ||
A.皮質領域<br> | A.皮質領域<br> 角回<br> 前大脳動脈領域<br> 中大脳動脈領域<br> 後大脳動脈領域<br>B. 皮質下領域<br> 視床<br> 前脳基底部 | ||
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'''表2:血管性認知症の分類(NINDS-AIREN診断基準)''' | '''表2:血管性認知症の分類(NINDS-AIREN診断基準)''' | ||
{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 866px; height: 529px;" | {| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 866px; height: 529px;" | ||
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| 2.脳血管障害として以下の両者 | | 2.脳血管障害として以下の両者 | ||
A. 支持的な神経画像所見<br> 1)CTによる基準<br> | A. 支持的な神経画像所見<br> 1)CTによる基準<br> 脳脊髄液と正常白質の中間密度の脳室周囲または深部白質病変で、半卵円中心に伸びる境界不鮮明なもの+最低ひとつのラクナ梗塞。<br> 2)MRIによる基準<br> | ||
*主に白質病変によるもの(Binswanger type)<br>幅10 mm以上のPVH、幅25mmを超える融合性の深部白質病変、広汎白質病変+深部灰白質のラクナ梗塞 | *主に白質病変によるもの(Binswanger type)<br>幅10 mm以上のPVH、幅25mmを超える融合性の深部白質病変、広汎白質病変+深部灰白質のラクナ梗塞 | ||
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| style="background-color:#dfd" | II. 診断を支持する所見 | | style="background-color:#dfd" | II. 診断を支持する所見 | ||
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| 1. | | 1. 上位運動ニューロン障害のエピソード | ||
|- | |- | ||
| 2. 早期からの歩行障害の存在 | | 2. 早期からの歩行障害の存在 | ||
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| 4. 早期からの頻尿、尿意促迫、その他の泌尿器症状 | | 4. 早期からの頻尿、尿意促迫、その他の泌尿器症状 | ||
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| 5. | | 5. 構音障害、嚥下障害、錐体外路症状 | ||
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| 6. 行動症状、心理症状 | | 6. 行動症状、心理症状 | ||
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|} | |} | ||
'''表3:皮質下血管性認知症の臨床診断基準''' | '''表3:皮質下血管性認知症の臨床診断基準'''<ref name="ref3"><pubmed>10961414</pubmed></ref> | ||
{| width="200" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" | |||
{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1 | |||
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'''表4:DSM-Ⅳによる血管性認知症の診断基準''' | '''表4:DSM-Ⅳによる血管性認知症の診断基準''' | ||
== | == 血管性認知症の病態 == | ||
近年、アルツハイマー病の危険因子として中年期の血管因子が指摘されている。アルツハイマー病と血管性認知症は共通の危険因子を有しており、両者の合併の頻度は偶然の期待値より高い。また、両疾患の病理変化、すなわちアルツハイマー病理と脳血管病変の合併は認知機能を相加的に増悪させる。さらに、アルツハイマー病でほぼ必発のアミロイド血管症はさまざまな脳血管病変の原因となる。以上から推測されるように、混合型認知症、すなわちアルツハイマー病と血管性認知症の合併は稀ならず存在する。 | 近年、アルツハイマー病の危険因子として中年期の血管因子が指摘されている。アルツハイマー病と血管性認知症は共通の危険因子を有しており、両者の合併の頻度は偶然の期待値より高い。また、両疾患の病理変化、すなわちアルツハイマー病理と脳血管病変の合併は認知機能を相加的に増悪させる。さらに、アルツハイマー病でほぼ必発のアミロイド血管症はさまざまな脳血管病変の原因となる。以上から推測されるように、混合型認知症、すなわちアルツハイマー病と血管性認知症の合併は稀ならず存在する。 | ||
しかし、アルツハイマー病理の存在を抽出することは臨床的には困難なであり、この問題を回避する意味で脳血管障害が関与する認知機能障害として血管性認知障害(Vascular cognitive impairment; | しかし、アルツハイマー病理の存在を抽出することは臨床的には困難なであり、この問題を回避する意味で脳血管障害が関与する認知機能障害として血管性認知障害(Vascular cognitive impairment; VCI)が提唱されている。血管性認知障害は血管性認知症を中核として、混合型認知症、脳卒中後認知症、血管性軽度認知障害までを包含する概念であり、2011年、その診断基準(案)がアメリカ心臓病・脳卒中協会から発表されている(表5)<ref name="ref4"><pubmed>21778438</pubmed></ref>。 | ||
表5 | |||
VCI, vascular cognitive impairment; VaD, vascular dementia; MCI, mild cognitive impairment; CADASIL, cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy; CT/MRI, computed tomography/magnetic resonance imaging; PET, positron emission tomography; CSF, cerebrospinal fluid; VaMCI, vascular mild cognitive impairment. | |||
== 血管性認知症の診断 == | |||
診断は臨床経過、神経症状、神経画像をに基づき、診断基準を参考にして行う。白質病変、海馬萎縮は血管性認知症、アルツハイマー病のいずれでも認められるが、白質病変は血管性認知症で顕著であり、海馬萎縮はアルツハイマー病で高度となる。血管性認知症は、アルツハイマー病と比較すると、階段状の増悪、発症早期から歩行障害、排尿障害、構音・嚥下障害などの偽性球麻痺を伴いやすい。血管性認知症の記憶障害の程度は、アルツハイマー病に比べ軽度で、記憶の喚起障害が主体である。その他の認知機能障害として、前頭葉機能低下を反映した精神緩慢、アパシー、抑うつなどがある。意識障害による夜間せん妄が見られることがあるが、人格は比較的保たれる。 | |||
サブタイプ別にみると、多発梗塞性認知症は階段状の進行、増悪を示すが、皮質下血管性認知症では約半数の患者が緩徐進行性の経過をとる。多発梗塞性認知症は頭部MRIで皮質、皮質下領域の大小の脳梗塞を特徴とし、特に皮質領域に病変が多発する。皮質下血管性認知症はラクナ梗塞、白質病変が主体であり、これらの小血管病変が皮質下に分布する。脳機能画像では脳血管病変の分布に一致して斑状の血流低下域を呈するが、一般的には前頭葉中心に血流低下を示す傾向がある。 | サブタイプ別にみると、多発梗塞性認知症は階段状の進行、増悪を示すが、皮質下血管性認知症では約半数の患者が緩徐進行性の経過をとる。多発梗塞性認知症は頭部MRIで皮質、皮質下領域の大小の脳梗塞を特徴とし、特に皮質領域に病変が多発する。皮質下血管性認知症はラクナ梗塞、白質病変が主体であり、これらの小血管病変が皮質下に分布する。脳機能画像では脳血管病変の分布に一致して斑状の血流低下域を呈するが、一般的には前頭葉中心に血流低下を示す傾向がある。 | ||
== | == 血管性認知症の治療 == | ||
降圧療法には脳梗塞と同様にACE阻害薬・ARB、カルシウム拮抗薬、利尿薬が適用される。カルシウム拮抗薬のニトレンジピンを用いたSyst-Eur試験では、高血圧患者の認知症の発症抑制が示されている。80歳以上の高齢者を対象とするHYVET -cog試験では、ACE阻害薬、利尿薬の認知症抑制効果は認めなかったが、HYVET -cog試験を含む過去4試験のメタ解析では認知症が13%減少している<ref name="ref5"><pubmed>18614402</pubmed></ref>。アンギオテンシンIIはアセチルコリンの遊離抑制に作用するため、レニンアンギオテンシン系(RAS)抑制薬にはコリン系の賦活効果があり、認知症への効果も期待される。血管性認知症では微小出血(Microbleeds)を伴い易く、特にその多発例では出血性リスクが危惧される。大血管の高度狭窄を伴う場合は別にして、抗血小板を行う場合は厳格な血圧管理下のもとでシロスタゾールのような出血性合併症の少ない薬剤が望ましい。 | |||
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のドネペジル、ガランタミン、リバススチグミン、NMDA受容体拮抗薬のメマンチンが有効とする報告があるが、わが国では認められていない。釣藤散は血管性認知症の認知機能改善効果がある。また、八味地黄丸で血管性認知症や混合型認知症、アルツハイマー病患者に対して認知機能とADLの改善が報告されている。意欲・自発性の低下には塩酸アマンタジン、ニセルゴリンが有用である。三環系抗うつ薬は血圧変動のため白質病変を増悪する可能性や抗コリン作用の問題があり、抑うつにはSSRI(selective serotonin reuptake inhibitor)やSNRI (serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor)を用いる。脳血管障害後遺症によるめまいにはイブジラストが有効である。血管性認知症の進行期には、嚥下障害が進行して誤嚥性肺炎をきたし易くなる。ACE阻害薬は咳漱反射を亢進させ誤嚥性肺炎の予防に有効である。また、塩酸アマンタジン、シロスタゾールも脳内ドーパミン、サブスタンスPを増加させるため、誤嚥性肺炎の予防に用いられる。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||
<br> (執筆者:冨本秀和 担当編集委員:高橋良輔) |
2012年6月26日 (火) 17:18時点における版
同義語:脳血管性認知症、脳血管性痴呆、多発梗塞性認知症、多発梗塞性痴呆、脳動脈硬化症
血管性認知症(vascular dementia: VaD)はすべての脳血管障害に基因して生じる認知症の総称である。この範疇に属する用語として、古くは「脳動脈硬化症」がある。この用語は認知機能の低下をきたす責任病変が何かが明確でなく、現在学術用語として用いられることはなくなっている。それ以降、1970年にTomlinsonは空洞性の梗塞巣の容積が50 mlを超えると認知機能の低下が生じることを報告し、「多発梗塞性認知症」(旧来は多発梗塞性痴呆)の概念を提唱した[1]。このことは、老人斑や神経原線維変化などのAlzheimer病理以外に、血管病変が認知機能障害の責任病変となることを指摘した点で重要な意義があった。しかし一方では、脳血管障害に起因する認知機能障害=多発梗塞性認知症とする誤解が生じ、大きな空洞性変化をきたさない白質病変やラクナ梗塞などの小血管病変の重要性が看過される契機にもなった。
Binswanger病の位置づけ
白質病変を特徴とする血管性認知症として、Binswanger病(Binswanger型脳梗塞)がある。Binswanger病は1894年に報告され、その最初の記録はドイツの神経科医Otto Binswangerの講演録に見られる。梅毒による進行麻痺が認知症の多くを占めた当時、Binswangerは血管病変に起因する認知症が存在することを初めて指摘している。脳血管の動脈硬化、後頭葉・側頭葉白質の高度萎縮、側脳室後角・下角の開大など皮質下に血管病変が存在し、大脳皮質はほぼ正常であった症例の肉眼所見を提示し、動脈硬化に起因する病態として”encephalitis subcorticalis chronica progressive” の名称を提唱した。1964年、Jellingerらは本疾患を光顕的に検討し、progressive subcortical vascular encephalopathy of Binswanger typeとして概念をまとめている。さらに、1990年、Bennettらは画像所見を取り入れて、Binswanger型脳梗塞の臨床診断基準を提唱している[2]。彼らは本診断基準を用いて後方視的に剖検例を調べ、本診断基準を満たした症例の大部分が病理学的にBinswanger病であり、Alzheimer病で本基準を満たしたものは184名中3名のみに留まったと報告している。
歴史的に記載されてきたBinswanger病であるが、現在では血管性認知症の約半数を占める「認知症を伴う脳小血管病」を、皮質に主病変が存在するアミロイド血管症、皮質下に主病変が存在する皮質下血管性認知症に大別し、後者でのうち白質病変優位型のものをBinswanger病またはBinswanger型脳梗塞とする理解が一般的である。頭部MRIのFLAIR画像, またはT2強調画像では、脳室周囲および深部白質にびまん性の高輝度を呈する.白質病変の程度・広がりはラクナ梗塞を主体とする「多発性ラクナ梗塞」より高度であり,脳梁萎縮,脳室拡大,海馬萎縮なども認められる.Binswanger病患者の半数は明らかな卒中発作を呈さずに緩徐進行性の経過をとり、海馬萎縮をともなう症例もあることから、アルツハイマー病との鑑別が重要である。白質病変を主体とする脳小血管病であり、血管性認知症の中核群として位置づけられる。
血管性認知症の診断基準
米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)とAssociation Internationale pour la Recherché et l'Enseignement en Neurosciences(AIREN)による診断基準(NINDS-AIREN)は最も代表的な血管性認知症の診断基準である。この他にも米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(DSM-Ⅳ)、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第10版(ICD-10)、カリフォルニアのAlzheimer病診断・治療センター(ADDTC)による虚血性血管性認知症の診断基準などが知られている。また、Hachinskiの虚血スコアは臨床症候に基づいてAlzheimer病(AD)と鑑別することを目的に作成された簡便な血管性認知症の診断方法である。これらの診断基準を同一症例に適用した場合、診断の相互一致率は不十分であり、複数の診断基準を組み合わせても感度・特異度とも上昇しない。このため、血管性認知症の診断基準は、今後さらに改良が望まれている。
表1は最も汎用されているNINDS-AIREN(National Institute of Neurological Disorders and Stroke and Association Internationale pur la Rechrche et l’Enseignement en Neurosciences)診断基準である。本診断基準は臨床試験に用いることを目的として作成されたものであり、最も厳密な基準である。診断の特異度は高いが、感度が低くなる欠点がある。
1.Probable VaDの診断基準 |
A. 認知症
a) 記憶障害と,次の認知機能のうち2つ以上の障害がある.見当識,注意力,言語,視覚空間機能,行動機能,運動統御,行為。 |
B. 脳血管障害
a) 神経学的診察で,脳卒中の際にみられる局所神経症候(片麻痺・下部顔面神経麻痺・Babinski徴候・感覚障害・半盲・構音障害)がみられる。 |
C. AとBの間隔が3カ月以内 1)明らかな脳血管障害後3か月以内に認知症が起こる。 |
2.血管性認知症の臨床的特徴 |
A. 早期からの歩行障害 B. 不安定性および頻回の転倒 C. 泌尿器疾患で説明困難な尿失禁などの排尿障害 D. 偽性球麻痺 E. 人格障害および情緒障害(感情失禁) |
3.血管性認知症らしくない症状 |
A. 局所神経徴候や画像異常を伴わない記憶障害・認知機能障害の悪化。 B. 認知機能障害以外に局所神経徴候を欠く。 C. 画像上、脳血管障害が確認できない。 |
表1:血管性認知症のNINDS-AIREN診断基準
本診断基準では血管性認知症を以下の6型に分類している(表2)。多発梗塞性認知症は血管性認知症の亜型であり、わが国では認知症を伴う脳小血管病が最も多く約半数を占め、多発梗塞性認知症は2-3割を占める。NINDS-AIREN診断基準の作成委員会メンバーのひとりであったErkinjunti Tは血管性認知症の比較的多数を占め、均質な徴候を呈する皮質下血管性認知症に焦点をあて、画像所見を含めた詳細な診断基準を提唱している(表3)。
1. 多発梗塞性認知症
皮質・皮質下領域に大きな完全梗塞が多発するもの。 |
2. Strategic single-infarct dementia A.皮質領域 |
3. 認知症を伴う脳小血管病
A. 皮質下領域 多発ラクナ梗塞 Binswanger病 |
4. 低灌流によるもの |
5. 出血性認知症 |
6. その他の機序によるもの |
表2:血管性認知症の分類(NINDS-AIREN診断基準)
I. 次のすべてを満たす |
1. 認知機能障害として以下の両者
A. 遂行機能障害 |
2.脳血管障害として以下の両者
A. 支持的な神経画像所見
B. 皮質下血管病変を支持する神経徴候の存在、または既往 |
II. 診断を支持する所見 |
1. 上位運動ニューロン障害のエピソード |
2. 早期からの歩行障害の存在 |
3. ふらつきや原因不明の頻繁な意識消失 |
4. 早期からの頻尿、尿意促迫、その他の泌尿器症状 |
5. 構音障害、嚥下障害、錐体外路症状 |
6. 行動症状、心理症状 |
III. 診断を支持しないあるいは否定する特徴 |
1. 記憶障害や他の認知機能障害の早期からの発症、あるいは進行性の悪化 |
2. CTやMRIで脳血管障害がない。 |
表3:皮質下血管性認知症の臨床診断基準[3]
表4:DSM-Ⅳによる血管性認知症の診断基準
血管性認知症の病態
近年、アルツハイマー病の危険因子として中年期の血管因子が指摘されている。アルツハイマー病と血管性認知症は共通の危険因子を有しており、両者の合併の頻度は偶然の期待値より高い。また、両疾患の病理変化、すなわちアルツハイマー病理と脳血管病変の合併は認知機能を相加的に増悪させる。さらに、アルツハイマー病でほぼ必発のアミロイド血管症はさまざまな脳血管病変の原因となる。以上から推測されるように、混合型認知症、すなわちアルツハイマー病と血管性認知症の合併は稀ならず存在する。
しかし、アルツハイマー病理の存在を抽出することは臨床的には困難なであり、この問題を回避する意味で脳血管障害が関与する認知機能障害として血管性認知障害(Vascular cognitive impairment; VCI)が提唱されている。血管性認知障害は血管性認知症を中核として、混合型認知症、脳卒中後認知症、血管性軽度認知障害までを包含する概念であり、2011年、その診断基準(案)がアメリカ心臓病・脳卒中協会から発表されている(表5)[4]。
表5
VCI, vascular cognitive impairment; VaD, vascular dementia; MCI, mild cognitive impairment; CADASIL, cerebral autosomal dominant arteriopathy with subcortical infarcts and leukoencephalopathy; CT/MRI, computed tomography/magnetic resonance imaging; PET, positron emission tomography; CSF, cerebrospinal fluid; VaMCI, vascular mild cognitive impairment.
血管性認知症の診断
診断は臨床経過、神経症状、神経画像をに基づき、診断基準を参考にして行う。白質病変、海馬萎縮は血管性認知症、アルツハイマー病のいずれでも認められるが、白質病変は血管性認知症で顕著であり、海馬萎縮はアルツハイマー病で高度となる。血管性認知症は、アルツハイマー病と比較すると、階段状の増悪、発症早期から歩行障害、排尿障害、構音・嚥下障害などの偽性球麻痺を伴いやすい。血管性認知症の記憶障害の程度は、アルツハイマー病に比べ軽度で、記憶の喚起障害が主体である。その他の認知機能障害として、前頭葉機能低下を反映した精神緩慢、アパシー、抑うつなどがある。意識障害による夜間せん妄が見られることがあるが、人格は比較的保たれる。
サブタイプ別にみると、多発梗塞性認知症は階段状の進行、増悪を示すが、皮質下血管性認知症では約半数の患者が緩徐進行性の経過をとる。多発梗塞性認知症は頭部MRIで皮質、皮質下領域の大小の脳梗塞を特徴とし、特に皮質領域に病変が多発する。皮質下血管性認知症はラクナ梗塞、白質病変が主体であり、これらの小血管病変が皮質下に分布する。脳機能画像では脳血管病変の分布に一致して斑状の血流低下域を呈するが、一般的には前頭葉中心に血流低下を示す傾向がある。
血管性認知症の治療
降圧療法には脳梗塞と同様にACE阻害薬・ARB、カルシウム拮抗薬、利尿薬が適用される。カルシウム拮抗薬のニトレンジピンを用いたSyst-Eur試験では、高血圧患者の認知症の発症抑制が示されている。80歳以上の高齢者を対象とするHYVET -cog試験では、ACE阻害薬、利尿薬の認知症抑制効果は認めなかったが、HYVET -cog試験を含む過去4試験のメタ解析では認知症が13%減少している[5]。アンギオテンシンIIはアセチルコリンの遊離抑制に作用するため、レニンアンギオテンシン系(RAS)抑制薬にはコリン系の賦活効果があり、認知症への効果も期待される。血管性認知症では微小出血(Microbleeds)を伴い易く、特にその多発例では出血性リスクが危惧される。大血管の高度狭窄を伴う場合は別にして、抗血小板を行う場合は厳格な血圧管理下のもとでシロスタゾールのような出血性合併症の少ない薬剤が望ましい。
アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のドネペジル、ガランタミン、リバススチグミン、NMDA受容体拮抗薬のメマンチンが有効とする報告があるが、わが国では認められていない。釣藤散は血管性認知症の認知機能改善効果がある。また、八味地黄丸で血管性認知症や混合型認知症、アルツハイマー病患者に対して認知機能とADLの改善が報告されている。意欲・自発性の低下には塩酸アマンタジン、ニセルゴリンが有用である。三環系抗うつ薬は血圧変動のため白質病変を増悪する可能性や抗コリン作用の問題があり、抑うつにはSSRI(selective serotonin reuptake inhibitor)やSNRI (serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor)を用いる。脳血管障害後遺症によるめまいにはイブジラストが有効である。血管性認知症の進行期には、嚥下障害が進行して誤嚥性肺炎をきたし易くなる。ACE阻害薬は咳漱反射を亢進させ誤嚥性肺炎の予防に有効である。また、塩酸アマンタジン、シロスタゾールも脳内ドーパミン、サブスタンスPを増加させるため、誤嚥性肺炎の予防に用いられる。
参考文献
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(執筆者:冨本秀和 担当編集委員:高橋良輔)