「電気魚」の版間の差分

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=== 混信回避行動  ===
=== 混信回避行動  ===


自己の発電と他の魚の発電が時間的に重なると混信が起こり、電気定位の能力が阻害される。混信を回避するために自己の発電のタイミングあるいは周波数を変化させるのが混信回避行動 (jamming avoidance response)である<ref>'''川崎雅司'''<br>弱電気魚の混信回避行動<br>''行動とコミュニケーション''<br>''シリーズ21世紀の動物科学''<br>培風館:2007</ref>。短いパルスを散発的に発するパルス種の電気魚では、相手魚の発電時間を予測し、それに重ならないよう自らの発電の瞬間を調節する<ref>'''W Heiligenberg'''<br>The evaluation of electroreceptive feedback in a gymnotoid fish with pulse-type electric organ discharges<br>''J. Comp. Physiol. A Neuroethol. Sens. Neural. Behav. Physiol.'': 1980, 138(6);173-185</ref>。パルスが高頻度で発生し連続波形(正弦波状)の発電をするウエーブ種の電気魚では、発電のタイミングを変化させても相手魚とのパルスの重なりを避けることはできない。このような電気魚では、自己の発電周波数を相手魚のそれから遠ざける方向に変化させ、周波数差がより大きくなり混信が回避される。相手魚の周波数が自己の周波数より高いか低いかにより自己の周波数を下げるか上げるかを決定するが、その計算アルゴリズムは以下のようなものである。
自己の発電と他の魚の発電が時間的に重なると混信が起こり、電気定位の能力が阻害される。混信を回避するために自己の発電のタイミングあるいは周波数を変化させるのが混信回避行動 (jamming avoidance response)である<ref>'''川崎雅司'''<br>弱電気魚の混信回避行動<br>''行動とコミュニケーション''<br>''シリーズ21世紀の動物科学''<br>培風館:2007</ref>。短いパルスを散発的に発するパルス種の電気魚では、相手魚の発電時間を予測し、それに重ならないよう自らの発電の瞬間を調節する<ref>'''W Heiligenberg'''<br>The evaluation of electroreceptive feedback in a gymnotoid fish with pulse-type electric organ discharges<br>''J. Comp. Physiol. A'': 1980, 138(6);173-185</ref>。パルスが高頻度で発生し連続波形(正弦波状)の発電をするウエーブ種の電気魚では、発電のタイミングを変化させても相手魚とのパルスの重なりを避けることはできない。このような電気魚では、自己の発電周波数を相手魚のそれから遠ざける方向に変化させ、周波数差がより大きくなり混信が回避される。相手魚の周波数が自己の周波数より高いか低いかにより自己の周波数を下げるか上げるかを決定するが、その計算アルゴリズムは以下のようなものである。


====混信回避行動(ウエーブ種)のアルゴリズム====  
====混信回避行動(ウエーブ種)のアルゴリズム====  


相手魚の周波数の高低は、下図に示した電気感覚信号を7つのステップからなるアルゴリズムで解析することにより決定される。(1) 自己と相手の発電の和信号を感覚信号として体表の各点でサンプルする。自己と相手魚の電場の幾何学的相違により、A点とB点では相手の電場による攪乱の度合いが異なる。(2) 和信号の振幅変調の経時的変化を検出(橙色線)。(3) 和信号の位相(マジェンタ線)を検出。(4) 体の各部からの位相''差''(青色線)を検出。(5) 相手魚の周波数の高低によって異なる(2)(4)間の時間パタン(リサージュグラフの回転方向)を読み出す。図では相手魚の周波数の高低が4秒ごとに切り替わるが、その時リサージュグラフの回転方向が変わることに注意。(6) (5)の計算結果が示す空間的曖昧さを (2) の結果と空間加重することによって解決する<ref name=''neuralnets''>''Neural Nets in Electric Fish'''<br>MIT Press:1991</ref><ref><pubmed>8366474</pubmed></ref>。
相手魚の周波数の高低は、下図に示したような電気感覚信号が 6つのステップからなるアルゴリズムがによって決定される。(1) 自己と相手の発電の和信号を感覚信号として体表の各点でサンプルする。自己と相手魚の電場の幾何学的相違により、A点とB点では相手の電場による攪乱の度合いが異なる。(2) 和信号の振幅変調の経時的変化を検出(橙色線)。(3) 和信号の位相(マジェンタ線)を検出。(4) 体の各部からの位相''差''(青色線)を検出。(5) 相手魚の周波数の高低によって異なる(2)(4)間の時間パタン(リサージュグラフの回転方向)を読み出す。図では相手魚の周波数の高低が4秒ごとに切り替わるが、その時リサージュグラフの回転方向が変わることに注意。(6) (5)の計算結果が示す空間的曖昧さを (2) の結果と空間加重することによって解決する<ref name=''neuralnets''>''Neural Nets in Electric Fish''<br>MIT Press:1991</ref><ref><pubmed>8366474</pubmed></ref>。


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====混信回避行動(ウエーヴ種)の神経機構====  
====混信回避行動(ウエーヴ種)の神経機構====  
(1)の過程は振幅型と位相型の電気受容器、(2) は中枢の興奮型と抑制型ニューロン, (3)は中枢のフェーズロックニューロンによってコードされる<ref><pubmed>9030634</pubmed></ref>。(4) の過程は (3) のニューロン間の活動電位の発生時間差(青色線)に感受性のある符合一致検出回路が実行する<ref><pubmed>8613805</pubmed></ref>。(5)の過程は (2) と (4) をコードするニューロンが収れん投射するニューロンがリサージュグラフの回転方向を読み出すことにより実行する<ref><pubmed>17005607</pubmed></ref><ref><pubmed>9736677</pubmed></ref><ref><pubmed>15048683</pubmed></ref>。これら神経計算の最終結果はペースメーカー前核のニューロンによりペースメーカーへ伝達され、相手の周波数によって自己の発電周波数を上下させる混信回避行動が起こる。<ref><pubmed>3397919</pubmed></ref>。延髄の電気感覚側線葉と中脳の半円堤に分布するこれらの神経回路は (6)に対応するものを除いて神経生理学的解剖学的によく理解されている<ref>'''Neural Netsと21世紀の章'''</ref>。系統的に遠い電気魚 ''Eigenmannia ''と''Gymnarchus ''は、混信回避行動を独立に進化させたにも関わらず、そのアルゴリズムと神経回路には強い類似性がある<ref>19799509<pubmed></pubmed></ref>。
(1)の過程は振幅型と位相型の電気受容器、(2) は発火頻度が振幅によって変わる興奮型と抑制型の中枢ニューロン, (3)は感覚信号1周期でインパルスを一つ発火する中枢のフェーズロックニューロンによってコードされる<ref><pubmed>9030634</pubmed></ref>。(4) の過程は (3) のニューロン間の活動電位の発生時間差(青色線)に感受性のある符合一致検出回路が実行する<ref><pubmed>8613805</pubmed></ref>。(5)の過程は (2) と (4) を実行するニューロンの出力を入力とするニューロンが、上図のリサージュグラフの回転方向を読み出すことにより実行される<ref><pubmed>17005607</pubmed></ref><ref><pubmed>9736677</pubmed></ref><ref><pubmed>15048683</pubmed></ref>。これら神経計算の最終結果はペースメーカー前核のニューロンによりペースメーカーへ伝達され、相手の周波数によって自己の発電周波数を上下させる混信回避行動が起こる。<ref><pubmed>3397919</pubmed></ref>。延髄の電気感覚側線葉と中脳の半円堤に分布するこれらの神経回路は (6)に対応するものを除いて神経生理学的解剖学的によく理解されている<ref>'''Neural Netsと21世紀の章'''</ref>。系統的に遠い電気魚 ''Eigenmannia ''と''Gymnarchus ''は、混信回避行動を独立に進化させたにも関わらず、そのアルゴリズムと神経回路には強い類似性がある<ref>19799509<pubmed></pubmed></ref>。


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