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Daisukematsuyoshi (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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英語名:central executive | 英語名:central executive | ||
'''中央実行系''' (ちゅうおうじっこうけい)とは、Baddeley & Hitch (1974)<ref>'''A D Baddeley, G J Hitch'''<br>Working memory<br>''G A Bower (Eds) "The Psychology of Learning and Motivation: Advances in Research and Theory" Academic Press (New York)'':1974</ref> の提唱した[[ワーキングメモリー]] | '''中央実行系''' (ちゅうおうじっこうけい)とは、Baddeley & Hitch (1974)<ref>'''A D Baddeley, G J Hitch'''<br>Working memory<br>''G A Bower (Eds) "The Psychology of Learning and Motivation: Advances in Research and Theory" Academic Press (New York)'':1974</ref> の提唱した[[ワーキングメモリー]]モデルにおける中心的な構成概念であり、下位システムの[[記憶貯蔵庫]]([[視空間スケッチパッド]]・[[音韻ループ]])と相互作用して、それらの制御と情報処理を行う認知システムである。 | ||
現在の課題要求に応じて、[[注意]]の[[スイッチング]]や、必要な情報の更新などの認知制御を行い、目標志向的行動を支えていると考えられている。近年、研究が進む[[実行機能]] (executive function) の元となった概念である。 | |||
==Baddeleyのモデル== | ==Baddeleyのモデル== | ||
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===第1世代:3要素モデル=== | ===第1世代:3要素モデル=== | ||
====1974年:3要素モデルの提唱==== | ====1974年:3要素モデルの提唱==== | ||
Baddeley & Hitch のワーキングメモリーモデルが登場した背景は、Atkinson & Shiffrin (1968)<ref>'''R C Atkinson, R M Shiffrin'''<br>Human memory: a proposed system and its control processes<br>''K W Spence, J T Spence (Eds) "The Psychology of Learning and Motivation: Advances in Research and Theory" Academic Press (New York)'':1968</ref> | Baddeley & Hitch のワーキングメモリーモデルが登場した背景は、Atkinson & Shiffrin (1968)<ref>'''R C Atkinson, R M Shiffrin'''<br>Human memory: a proposed system and its control processes<br>''K W Spence, J T Spence (Eds) "The Psychology of Learning and Motivation: Advances in Research and Theory" Academic Press (New York)'':1968</ref> による[[短期記憶]]と[[長期記憶]]からなる記憶の[[二重貯蔵モデル]]により、うまく説明できない実験結果が存在していたためである。例えば、短期記憶障害を持つ脳損傷患者であっても、長期記憶の形成が可能であることなどは、短期記憶が長期記憶の前段階である事を仮定する二重貯蔵モデルとは矛盾する。 | ||
彼らのモデル提唱の直接的な契機となった実験は、彼ら自身の二重課題法による実験である。一次課題として文章の正誤判断課題を遂行する一方で、二次課題として発話された数字の記憶課題を課せられる場合、記憶する必要のある数字の増加に伴い短期記憶容量が消費される。二重貯蔵モデルによれば、二次課題により短期記憶は数字で満たされているため、一次課題に割り当てられる短期記憶容量ほとんどもしくはまったく存在しないため、成績は著しく悪化ないし遂行不可能になるはずである。しかし、最も重い記憶負荷であっても、課題成績はある程度保たれる他、エラーレートは軽記憶負荷とさほど変わらないなど、影響は限定的であった。このような実験結果は、短期記憶という単に受動的に情報を貯蔵する記憶モデルでは説明できず、記憶の保持と課題の処理とが別個のシステムによって担われている可能性を示すものと彼らは考え、彼らは記憶保持を行う2つの記憶貯蔵庫と、課題処理を行う注意制御系という3要素からなるワーキングメモリーモデルを提唱した。[[ファイル:BaddeleyModels v2.jpg|300px|thumb|'''図.Baddeleyのワーキングメモリーモデル'''<br>第1世代モデル (1G) と第2世代モデル (2G)。2Gの白はワーキングメモリーモデル本体であり、内容の流動性の高い流動システム (fluid system)、グレーは内容の流動性の低い結晶システム (crystalised system) とされる。]] | 彼らのモデル提唱の直接的な契機となった実験は、彼ら自身の二重課題法による実験である。一次課題として文章の正誤判断課題を遂行する一方で、二次課題として発話された数字の記憶課題を課せられる場合、記憶する必要のある数字の増加に伴い短期記憶容量が消費される。二重貯蔵モデルによれば、二次課題により短期記憶は数字で満たされているため、一次課題に割り当てられる短期記憶容量ほとんどもしくはまったく存在しないため、成績は著しく悪化ないし遂行不可能になるはずである。しかし、最も重い記憶負荷であっても、課題成績はある程度保たれる他、エラーレートは軽記憶負荷とさほど変わらないなど、影響は限定的であった。このような実験結果は、短期記憶という単に受動的に情報を貯蔵する記憶モデルでは説明できず、記憶の保持と課題の処理とが別個のシステムによって担われている可能性を示すものと彼らは考え、彼らは記憶保持を行う2つの記憶貯蔵庫と、課題処理を行う注意制御系という3要素からなるワーキングメモリーモデルを提唱した。[[ファイル:BaddeleyModels v2.jpg|300px|thumb|'''図.Baddeleyのワーキングメモリーモデル'''<br>第1世代モデル (1G) と第2世代モデル (2G)。2Gの白はワーキングメモリーモデル本体であり、内容の流動性の高い流動システム (fluid system)、グレーは内容の流動性の低い結晶システム (crystalised system) とされる。]] | ||
記憶貯蔵庫は音韻ループ (phonological loop) と視空間スケッチパッド (visuospatial sketchpad) の2つがあり、前者は音声言語情報、後者は[[視覚]]・[[空間情報]]を保持する貯蔵庫である。そして、それらを制御する認知システムが中央実行系 (central executive) である。彼らのモデルの特徴は、従来は単純な記憶保持機能のみが想定されていた「短期記憶」のモデルを、情報保持機能と情報処理機能とを区分した「ワーキングメモリー」モデルへと拡張し、読解や学習、推論など、より広範な認知課題をも説明しようとした事にある。しかし、中央実行系の機能については、提唱者のBaddeley自身が後に「王子のいないハムレット」と表現するほど、モデル提案がなされた当初においては詳しい説明がなされておらず、一般的な目的のための処理システムといった程度の位置づけであり、2つの従属システムが行わない「全ての賢い事」を中央実行系が担わされる形となっていた<ref><pubmed>21961947</pubmed></ref>。また、後のモデルでは破棄されることとなる中央実行系自身が貯蔵機能を持つという仮定も置かれていた。 | |||
====1986年:SASモデルとの関連==== | ====1986年:SASモデルとの関連==== | ||
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===第2世代:4要素モデル=== | ===第2世代:4要素モデル=== | ||
====2000年:エピソディック・バッファと意識==== | ====2000年:エピソディック・バッファと意識==== | ||
3要素からなる第1世代のワーキングメモリーモデルでは「短期的な」記憶のみしか扱ってこなかったため、長期記憶がどのように現在の課題に役立てられているか、また、長期記憶がどうやって形成されるかについては不明のままであった。そこで、Baddeley (2000)<ref><pubmed>11058819</pubmed></ref> | 3要素からなる第1世代のワーキングメモリーモデルでは「短期的な」記憶のみしか扱ってこなかったため、長期記憶がどのように現在の課題に役立てられているか、また、長期記憶がどうやって形成されるかについては不明のままであった。そこで、Baddeley (2000)<ref><pubmed>11058819</pubmed></ref> は、[[エピソディック・バッファ]] (episodic buffer) と呼ばれる新たな構成要素をモデルに導入し、中央実行系が、このエピソディック・バッファを通じて長期記憶との相互作用を行っていると主張した。 | ||
エピソードとは、複数のソースからの情報が時空間的に統合されたまとまり (chunck) を意味する。エピソディック・バッファは、容量制約のある記憶貯蔵庫の一種であり、中央実行系により様々なソースからの情報を統合・操作する「場」となっており、長期記憶とのインタフェースとして働いているのだという。また、中央実行系とバッファとの相互作用は意識を伴うものであるとした。 | エピソードとは、複数のソースからの情報が時空間的に統合されたまとまり (chunck) を意味する。エピソディック・バッファは、容量制約のある記憶貯蔵庫の一種であり、中央実行系により様々なソースからの情報を統合・操作する「場」となっており、長期記憶とのインタフェースとして働いているのだという。また、中央実行系とバッファとの相互作用は意識を伴うものであるとした。 | ||
===最近の状況=== | ===最近の状況=== | ||
近年、この中央実行系という概念は、ワーキングメモリー研究以外の分野にも浸透し、それらにおいては実行機能 (executive function) や実行制御 (executive control) と呼ばれている <ref>'''P Rabbit (Eds)'''<br>Methodology of Frontal and Executive Function<br>''Psychology Press (Hove)'':1997</ref>。用語は微妙に異なるものの、想定されている認知機能に大差はなく、概念間で相互に影響しあっている。ただし、ワーキングメモリー研究であれば必ず中央実行系と呼ばれるわけではなく、Baddeley以外のモデルでは、実行機能や実行制御と呼ばれており<ref name=ref1><pubmed>10945922</pubmed></ref>、むしろ近年では「実行機能のことをBaddeleyは中央実行系と呼んでいる」とさえ表現できるかもしれない。PubMedにおける検索では、central executiveをタイトルもしくはアブストラクトに含む論文件数は459であるのに対し、executive functionの論文件数は4649であり、大幅に上回る(2012年6月26日現在)。 | |||
中央実行系、実行機能ともに、類似概念である注意とどのように異なるかについての明確な理論・区分はなされていないが、おおよそ中央実行系・実行機能の場合には前頭前野の関与が強調されるのに対し、注意の場合は頭頂葉の関与が強調される傾向がある<ref name=ref1 /><ref><pubmed>15040547</pubmed></ref>。ただし、必ずしも二分化できるものではなく、研究者により見解が異なるところである。 | 中央実行系、実行機能ともに、類似概念である注意とどのように異なるかについての明確な理論・区分はなされていないが、おおよそ中央実行系・実行機能の場合には前頭前野の関与が強調されるのに対し、注意の場合は頭頂葉の関与が強調される傾向がある<ref name=ref1 /><ref><pubmed>15040547</pubmed></ref>。ただし、必ずしも二分化できるものではなく、研究者により見解が異なるところである。 | ||
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''詳細は[[実行機能]]を参照'' | ''詳細は[[実行機能]]を参照'' | ||
D'Esposito et al (1995)<ref><pubmed>7477346</pubmed></ref> | D'Esposito et al (1995)<ref><pubmed>7477346</pubmed></ref> は、[[言語]]課題と空間課題とを別々に行う場合と、両課題を同時に行う場合とを比較し、後者のみに[[前頭前野]] (prefrontal cortex) と[[前帯状皮質]] (anterior cingulate cortex) の活動が確認されることから、これらの領域が中央実行系を担っているとした。これ以降の研究の多くがこの二領域の関与を指摘しているが、近年は実行機能の名の下に神経機構が検討される事が多い。 | ||
==関連項目== | ==関連項目== |