「ハンチントン病」の版間の差分

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英:Huntington’s disease、英略語:HD  
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 ハンチントン病は、四肢末端に始まりやがて全身に及ぶ[[舞踏運動]](chorea)を中心とする[[不随意運動]]、[[易怒性]]や[[易刺激性]]などの[[性格]]変化、[[注意力]]や[[記銘力]]低下などの[[認知機能]]障害、[[幻覚]]・[[妄想]]などの精神障害を古典的主症状とする[[wikipedia:ja:常染色体優性遺伝形|常染色体優性遺伝形]]式の進行性の神経変性疾患である。病因遺伝子は4番染色体短腕4p16.3に位置する[[ハンチンチン]](huntingtin)タンパク質をコードする''HTT''遺伝子であり、[[wikipedia:ja:エクソン|<span style="background-color: navy; color: white; " />]]第1[[エクソン]][[コーディング領域]]の三塩基CAGの繰り返し配列(リピート)の伸長によって起こる。CAG配列は[[wikipedia:ja:グルタミン|グルタミン]]に翻訳されるため、トリプレット病のうち、[[ポリグルタミン病]](polyQ disease)あるいは[[CAGリピート病]]と呼ばれる疾患の一つである。このリピート数は正常では35以下で、患者では36以上であるが、この境界は必ずしも厳密ではなく、人種やほかの遺伝的バックグラウンドによって若干のずれが生じうる。  
 ハンチントン病は、四肢末端に始まりやがて全身に及ぶ[[舞踏運動]](chorea)を中心とする[[不随意運動]]、[[易怒性]]や[[易刺激性]]などの[[性格]]変化、[[注意力]]や[[記銘力]]低下などの[[認知機能]]障害、[[幻覚]]・[[妄想]]などの精神障害を古典的主症状とする[[wikipedia:ja:常染色体優性遺伝形|常染色体優性遺伝形]]式の進行性の神経変性疾患である。病因遺伝子は4番染色体短腕4p16.3に位置する[[ハンチンチン]](huntingtin)タンパク質をコードする''HTT''遺伝子であり、第1[[エクソン]][[コーディング領域]]の三塩基CAGの繰り返し配列(リピート)の伸長によって起こる。CAG配列は[[wikipedia:ja:グルタミン|グルタミン]]に翻訳されるため、トリプレット病のうち、[[ポリグルタミン病]](polyQ disease)あるいは[[CAGリピート病]]と呼ばれる疾患の一つである。このリピート数は正常では35以下で、患者では36以上であるが、この境界は必ずしも厳密ではなく、人種やほかの遺伝的バックグラウンドによって若干のずれが生じうる。  


== 歴史 ==
== 歴史 ==


 ハンチントン病を最初に報告したのは[[wikipedia:George Huntington|George Huntington]]である。彼は米国New York州のLong Islandで祖父の代から開業していたが、その地域に広く見られる「あの病気」と言われる疾患の存在を父から知らされていた。彼はそれを詳細に調査し、成人発症で遺伝性の精神症状と舞踏運動を伴う疾患として1872年に発表した。時にHuntington舞踏病と呼ばれたが、舞踏運動以外の症状も重要であることより、現在ではHuntington病と呼ばれる。  
 ハンチントン病を最初に報告したのは[[wikipedia:George Huntington|George Huntington]]である。彼は米国New York州のLong Islandで祖父の代から開業していたが、その地域に広く見られる「あの病気」と言われる疾患の存在を父から知らされていた。彼はそれを詳細に調査し、成人発症で遺伝性の精神症状と舞踏運動を伴う疾患として1872年に発表した。時にHuntington舞踏病と呼ばれたが、舞踏運動以外の症状も重要であることより、現在ではHuntington病と呼ばれる。  


== 臨床的特徴 ==
== 臨床的特徴 ==


 発症年齢は30~40歳代が多いがばらつきがある。CAGリピート数と発症年齢は逆相関し、また父親から遺伝する場合には発症年齢の低下、臨床症候の重症化が認められる。この現象を[[表現促進現象]](anticipation)という。我が国における有病率は100万人あたり7人程度であり、[[wikipedia:ja:コーカソイド|コーカソイド]]の10分の1程度である。  
 発症年齢は30~40歳代が多いがばらつきがある。CAGリピート数と発症年齢は逆相関し、また父親から遺伝する場合には発症年齢の低下、臨床症候の重症化が認められる。この現象を[[表現促進現象]](anticipation)という。我が国における有病率は100万人あたり7人程度であり、[[wikipedia:ja:コーカソイド|コーカソイド]]の10分の1程度である。  
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 検査所見として、次に述べる病理変化に対応して頭部[[CT]]、[[MRI]]にて[[尾状核]]の萎縮と[[側脳室]]前角の拡大が認められることが特徴的である。進行に伴い[[大脳]]萎縮も認める。  
 検査所見として、次に述べる病理変化に対応して頭部[[CT]]、[[MRI]]にて[[尾状核]]の萎縮と[[側脳室]]前角の拡大が認められることが特徴的である。進行に伴い[[大脳]]萎縮も認める。  


== 病理所見 ==
== 病理所見 ==


 病理学的には[[尾状核]]と[[被殻]]の神経細胞脱落と[[グリオーシス]]が見られる。特に[[線条体]]では[[GABA]]作動性小型細胞の脱落が顕著であり、[[アセチルコリン]]作動性の大型細胞は比較的残存する。[[ユビキチン]]あるいはハンチンチンの免疫染色により、[[核内封入体]]が認められる。大脳皮質の神経突起内にもユビキチン陽性封入体を認める。  
 病理学的には[[尾状核]]と[[被殻]]の神経細胞脱落と[[グリオーシス]]が見られる。特に[[線条体]]では[[GABA]]作動性小型細胞の脱落が顕著であり、[[アセチルコリン]]作動性の大型細胞は比較的残存する。[[ユビキチン]]あるいはハンチンチンの免疫染色により、[[核内封入体]]が認められる。大脳皮質の神経突起内にもユビキチン陽性封入体を認める。  


== ハンチンチンの構造・機能 ==
== ハンチンチンの構造・機能 ==


 病因遺伝子産物のハンチンチンは3145アミノ酸残基、分子量約330 kDaの巨大なタンパク質である。生理的に神経細胞を含む全身の細胞に発現し、正常では[[核]]内に局在する。ハンチンチンは最N末端領域とC末端領域にnuclear export signal(NES)を持ち、全長にわたってタンパク質間相互作用を司ると想定されるHuntingtin, [[wikipedia:Elongator factor3|Elongator factor3]], [[wikipedia:PR65/A regulatory subunit of PP2A|PR65/A regulatory subunit of PP2A]], and [[wikipedia:Tor1|Tor1]](HEAT)リピートを有する。[[wikipedia:ja:HEATリピート|HEATリピート]]領域は構造の弾性を生み、立体構造をとるための折りたたみ機能も持つと考えられている。またN末端領域のpolyQ鎖は何らかの重要な神経機能に関わることが示唆されている<ref><pubmed>22180703</pubmed></ref>。  
 病因遺伝子産物のハンチンチンは3145アミノ酸残基、分子量約330 kDaの巨大なタンパク質である。生理的に神経細胞を含む全身の細胞に発現し、正常では[[核]]内に局在する。ハンチンチンは最N末端領域とC末端領域にnuclear export signal(NES)を持ち、全長にわたってタンパク質間相互作用を司ると想定されるHuntingtin, [[wikipedia:Elongator factor3|Elongator factor3]], [[wikipedia:PR65/A regulatory subunit of PP2A|PR65/A regulatory subunit of PP2A]], and [[wikipedia:Tor1|Tor1]](HEAT)リピートを有する。[[wikipedia:ja:HEATリピート|HEATリピート]]領域は構造の弾性を生み、立体構造をとるための折りたたみ機能も持つと考えられている。またN末端領域のpolyQ鎖は何らかの重要な神経機能に関わることが示唆されている<ref><pubmed>22180703</pubmed></ref>。  
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 ''HTT''ホモログである''Hdh''の[[ノックアウトマウス]]では、''Hdh''を発現する[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]において[[アポトーシス]]の増加が認められ、早期の胎生致死となることが示されている。  
 ''HTT''ホモログである''Hdh''の[[ノックアウトマウス]]では、''Hdh''を発現する[[wikipedia:ja:外胚葉|外胚葉]]において[[アポトーシス]]の増加が認められ、早期の胎生致死となることが示されている。  


== 病態生理 ==
== 病態生理 ==


 ハンチントン病患者に発現している伸長したpolyQ鎖を含む変異型ハンチンチンがどのように病態に関与するかについて多角的に検討されており、またそのような研究を通じて多岐にわたるハンチンチンの生理機能が部分的に解明されてきている。  
 ハンチントン病患者に発現している伸長したpolyQ鎖を含む変異型ハンチンチンがどのように病態に関与するかについて多角的に検討されており、またそのような研究を通じて多岐にわたるハンチンチンの生理機能が部分的に解明されてきている。  


=== ハンチンチンの断片化 ===
=== ハンチンチンの断片化 ===


 いくつかの神経変性疾患において、凝集体内にその構成成分の断片が含まれることが知られており、蓄積タンパク質の切断は病態機序に関係していると考えられている。ハンチンチンのN末端領域を含む切断産物は特に[[線条体]]において多く認められ、ハンチントン病患者脳やモデルマウスで切断産物が増加していることから、病態との関与が示唆される。ハンチントン病患者脳の核内封入体はN末端領域の抗体によってのみ検出されること、細胞に発現させるとN末端断片は全長型よりも速く凝集し、より毒性が強いことから、N末端断片が毒性を持つと考えられてきた。特にマウスモデルを用いた研究から、N末端領域に相当する144-150リピートを含むexon1[[トランスジェニックマウス]](R6/2マウス)は全長型を発現するトランスジェニックマウスと同様の症状及び病理変化をより早期からより急速に呈すること、150リピートを含むハンチンチンノックインマウス(HdhQ150ノックインマウス)では症状発現前から第1エクソンに相当するN末端領域の断片の蓄積が見られること<ref><pubmed>20086007</pubmed></ref>、586番アミノ酸で切断する[[カスパーゼ6]]による切断を受けない変異を導入した全長型のトランスジェニックマウスは運動症状や線条体の変性を来さないこと<ref><pubmed>16777606</pubmed></ref>が示されており、その推察を裏付ける根拠となっている。  
 いくつかの神経変性疾患において、凝集体内にその構成成分の断片が含まれることが知られており、蓄積タンパク質の切断は病態機序に関係していると考えられている。ハンチンチンのN末端領域を含む切断産物は特に[[線条体]]において多く認められ、ハンチントン病患者脳やモデルマウスで切断産物が増加していることから、病態との関与が示唆される。ハンチントン病患者脳の核内封入体はN末端領域の抗体によってのみ検出されること、細胞に発現させるとN末端断片は全長型よりも速く凝集し、より毒性が強いことから、N末端断片が毒性を持つと考えられてきた。特にマウスモデルを用いた研究から、N末端領域に相当する144-150リピートを含むexon1[[トランスジェニックマウス]](R6/2マウス)は全長型を発現するトランスジェニックマウスと同様の症状及び病理変化をより早期からより急速に呈すること、150リピートを含むハンチンチンノックインマウス(HdhQ150ノックインマウス)では症状発現前から第1エクソンに相当するN末端領域の断片の蓄積が見られること<ref><pubmed>20086007</pubmed></ref>、586番アミノ酸で切断する[[カスパーゼ6]]による切断を受けない変異を導入した全長型のトランスジェニックマウスは運動症状や線条体の変性を来さないこと<ref><pubmed>16777606</pubmed></ref>が示されており、その推察を裏付ける根拠となっている。  
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 しかしながら、N末端断片のみの毒性に焦点を当てたCAGリピートの伸長したexon1の過剰発現は、細胞モデル・動物モデルの構築に簡便ではあるものの、ハンチンチンの有する多くの機能を無視した人工的なモデルであるとの批判もあり、真に病態を反映しているか疑問視する議論もある。またハンチンチンはカスパーゼ、[[カルパイン]]、[[カテプシン]]といった[[プロテアーゼ]]によって切断され、多種の断片が存在することが明らかになってきていることからも、病態を模倣するためには全長型ハンチンチンを用いた研究が重要であろう。  
 しかしながら、N末端断片のみの毒性に焦点を当てたCAGリピートの伸長したexon1の過剰発現は、細胞モデル・動物モデルの構築に簡便ではあるものの、ハンチンチンの有する多くの機能を無視した人工的なモデルであるとの批判もあり、真に病態を反映しているか疑問視する議論もある。またハンチンチンはカスパーゼ、[[カルパイン]]、[[カテプシン]]といった[[プロテアーゼ]]によって切断され、多種の断片が存在することが明らかになってきていることからも、病態を模倣するためには全長型ハンチンチンを用いた研究が重要であろう。  


=== プロテアソーム機能異常 ===
=== プロテアソーム機能異常 ===


 ユビキチン―[[プロテアソーム]]系(ubiquitin-proteasome system; UPS)は、ミスフォールドされた、あるいは異常局在した、あるいは変性したタンパク質を分解する機構であり、その機能不全が神経変性疾患の病態において重要な役割を果たすと考えられている。  ハンチントン病患者脳、マウスモデル、細胞モデルのいずれにおいても変異型ハンチンチンの凝集体にはユビキチンが共局在していること<ref><pubmed>9302293</pubmed></ref>から、UPSの破綻が病態の本質であるとの根強い説がある。また、細胞モデルにおいてUPSの構成因子である26Sプロテアソームのサブユニットや、[[HSP40]]、[[HSP70]]、[[BiP/GRP78]]といった分子[[シャペロン]]がハンチンチン陽性封入体に含まれ、UPSの破綻が示されている。逆に変異型ハンチンチン第1エクソンのTet誘導型トランスジェニックマウスを用いた検討から、ハンチンチンの発現抑制により凝集体は消失するものの、UPSの阻害で凝集体のクリアランスが抑制されることが示されている。同様にユビキチンの変異によりハンチンチンの凝集体形成は促進することが明らかになっている。  
 ユビキチン―[[プロテアソーム]]系(ubiquitin-proteasome system; UPS)は、ミスフォールドされた、あるいは異常局在した、あるいは変性したタンパク質を分解する機構であり、その機能不全が神経変性疾患の病態において重要な役割を果たすと考えられている。  ハンチントン病患者脳、マウスモデル、細胞モデルのいずれにおいても変異型ハンチンチンの凝集体にはユビキチンが共局在していること<ref><pubmed>9302293</pubmed></ref>から、UPSの破綻が病態の本質であるとの根強い説がある。また、細胞モデルにおいてUPSの構成因子である26Sプロテアソームのサブユニットや、[[HSP40]]、[[HSP70]]、[[BiP/GRP78]]といった分子[[シャペロン]]がハンチンチン陽性封入体に含まれ、UPSの破綻が示されている。逆に変異型ハンチンチン第1エクソンのTet誘導型トランスジェニックマウスを用いた検討から、ハンチンチンの発現抑制により凝集体は消失するものの、UPSの阻害で凝集体のクリアランスが抑制されることが示されている。同様にユビキチンの変異によりハンチンチンの凝集体形成は促進することが明らかになっている。  
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 R6/2マウスに[[wikipedia:ja:トレハロース|トレハロース]]を投与すると、適切に立体構造を取れないポリグルタミン鎖が安定化し、それによりハンチンチンの凝集と[[細胞死]]を抑制し、運動機能や生存率を改善することが示された。凝集体形成過程における毒性の抑制であり、既に存在する凝集体への効果はないが、治療薬として期待される<ref><pubmed>14730359</pubmed></ref>。  
 R6/2マウスに[[wikipedia:ja:トレハロース|トレハロース]]を投与すると、適切に立体構造を取れないポリグルタミン鎖が安定化し、それによりハンチンチンの凝集と[[細胞死]]を抑制し、運動機能や生存率を改善することが示された。凝集体形成過程における毒性の抑制であり、既に存在する凝集体への効果はないが、治療薬として期待される<ref><pubmed>14730359</pubmed></ref>。  


=== オートファジー機能異常 ===
=== オートファジー機能異常 ===


 [[オートファジー]]は種々の神経変性疾患において、ミスフォールドし凝集する傾向のあるタンパク質の排出に重要な役割を果たす。ハンチントン病の細胞モデルでは、オートファジーコンパートメントの拡大が見られ、変異型ハンチンチンは部分的にオートファジー小胞と共局在する。[[ノックインマウス]]においても初期にはオートファジー関連タンパク質の増加が認められる。  
 [[オートファジー]]は種々の神経変性疾患において、ミスフォールドし凝集する傾向のあるタンパク質の排出に重要な役割を果たす。ハンチントン病の細胞モデルでは、オートファジーコンパートメントの拡大が見られ、変異型ハンチンチンは部分的にオートファジー小胞と共局在する。[[ノックインマウス]]においても初期にはオートファジー関連タンパク質の増加が認められる。  
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 [[ラパマイシン]]は副作用が大きくオートファジー促進剤としての使用は難しいが、それに代わるオートファジーの促進因子は治療薬候補の一つである。より選択的なシャペロン介在オートファジーの誘導も有望な治療法である。  
 [[ラパマイシン]]は副作用が大きくオートファジー促進剤としての使用は難しいが、それに代わるオートファジーの促進因子は治療薬候補の一つである。より選択的なシャペロン介在オートファジーの誘導も有望な治療法である。  


=== 転写制御異常 ===
=== 転写制御異常 ===


 ハンチントン患者脳における[[wikipedia:ja:mRNAレベル|mRNAレベル]]の減少は長年観察されていた現象であるが、患者脳や異なるモデルマウスにおいて非常に似たパターンの、特定のmRNAの減少が見られることがわかってきた。ハンチントン病の[[尾状核]]において発現レベルが変化している遺伝子は、神経シグナリングと恒常性にかかわる遺伝子であり、その多くは発現レベルが低下している。特に、[[代謝調節型]]や[[イオン調節型受容体]]サブユニットや異なる[[神経伝達物質]]からシグナルを受ける[[受容体]]のmRNAレベルの変化が見られた。  
 ハンチントン患者脳における[[wikipedia:ja:mRNAレベル|mRNAレベル]]の減少は長年観察されていた現象であるが、患者脳や異なるモデルマウスにおいて非常に似たパターンの、特定のmRNAの減少が見られることがわかってきた。ハンチントン病の[[尾状核]]において発現レベルが変化している遺伝子は、神経シグナリングと恒常性にかかわる遺伝子であり、その多くは発現レベルが低下している。特に、[[代謝調節型]]や[[イオン調節型受容体]]サブユニットや異なる[[神経伝達物質]]からシグナルを受ける[[受容体]]のmRNAレベルの変化が見られた。  
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 転写の抑制に対して直接効果を発揮することが期待される[[ヒストン脱アセチル化酵素]] (histon deacetylase, HDAC)阻害剤など、RNA発現プロファイルの変化を改善するような治療法がトランスジェニックショウジョウバエ<ref><pubmed>11607033</pubmed></ref>やトランスジェニックマウスモデル<ref><pubmed>12576549</pubmed></ref>で試みられ、効果を示している。  
 転写の抑制に対して直接効果を発揮することが期待される[[ヒストン脱アセチル化酵素]] (histon deacetylase, HDAC)阻害剤など、RNA発現プロファイルの変化を改善するような治療法がトランスジェニックショウジョウバエ<ref><pubmed>11607033</pubmed></ref>やトランスジェニックマウスモデル<ref><pubmed>12576549</pubmed></ref>で試みられ、効果を示している。  


=== 細胞内輸送の障害 ===
=== 細胞内輸送の障害 ===


 ハンチンチンは、[[HAP1]]、[[HIP1]]、[[HIP14]]、[[HAP40]]、[[PSCSIN1]]といった[[小胞輸送]]に関わるいくつかのタンパク質や[[SNARE]]が介在する[[小胞融合]]に関わるタンパク質と相互作用することが知られている。またハンチンチンは直接[[ダイニン]]に結合し、小胞の可動性を促進することや、[[ゴルジ装置]]の形成にはハンチンチンとダイニンやHAP1との相互作用に依存することなども示されている。変異型ハンチンチンではこのようなタンパク質との相互作用が変化していることがわかってきた。ハンチンチンのノックアウトやノックダウンにより[[APP]]やBDNFを含む複数のタンパク質の細胞内輸送が障害されること、細胞内小器官の蓄積が見られることも、ハンチンチンと細胞内輸送との関連を示すデータである。  
 ハンチンチンは、[[HAP1]]、[[HIP1]]、[[HIP14]]、[[HAP40]]、[[PSCSIN1]]といった[[小胞輸送]]に関わるいくつかのタンパク質や[[SNARE]]が介在する[[小胞融合]]に関わるタンパク質と相互作用することが知られている。またハンチンチンは直接[[ダイニン]]に結合し、小胞の可動性を促進することや、[[ゴルジ装置]]の形成にはハンチンチンとダイニンやHAP1との相互作用に依存することなども示されている。変異型ハンチンチンではこのようなタンパク質との相互作用が変化していることがわかってきた。ハンチンチンのノックアウトやノックダウンにより[[APP]]やBDNFを含む複数のタンパク質の細胞内輸送が障害されること、細胞内小器官の蓄積が見られることも、ハンチンチンと細胞内輸送との関連を示すデータである。  
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 このような[[細胞内輸送]]の障害の結果、[[神経栄養因子]]の供給ができなくなったり、神経突起の伸長や維持が障害されたり、ミトコンドリア輸送が障害された結果、エネルギー供給ができなくなったり、[[神経伝達物質]][[受容体]]の輸送が障害されて数が減少したりするなどの異常が起こると推測されている。  
 このような[[細胞内輸送]]の障害の結果、[[神経栄養因子]]の供給ができなくなったり、神経突起の伸長や維持が障害されたり、ミトコンドリア輸送が障害された結果、エネルギー供給ができなくなったり、[[神経伝達物質]][[受容体]]の輸送が障害されて数が減少したりするなどの異常が起こると推測されている。  


=== エネルギー代謝の障害 ===
=== エネルギー代謝の障害 ===


 ハンチントン病患者の脳や筋肉において代謝の変化が見られることが数十年前から知られていた。そのためモデル動物や細胞におけるエネルギー経路の変化の探索が行われてきた。 MRSを用いた研究では、ハンチントン患者脳において[[N-acetyl aspartate]](NAA)が増加していることが示され、ミトコンドリアの減少や神経機能不全を反映しているものと考えられている。ハンチントン病患者脳における[[wikipedia:ja:乳酸|乳酸]]の増加や[[wikipedia:ja:クレアチン|クレアチン]]レベルの減少も観察され、[[FDG-PET]]においても発症前から線条体のエネルギー代謝が低下していることが示されている。  
 ハンチントン病患者の脳や筋肉において代謝の変化が見られることが数十年前から知られていた。そのためモデル動物や細胞におけるエネルギー経路の変化の探索が行われてきた。 MRSを用いた研究では、ハンチントン患者脳において[[N-acetyl aspartate]](NAA)が増加していることが示され、ミトコンドリアの減少や神経機能不全を反映しているものと考えられている。ハンチントン病患者脳における[[wikipedia:ja:乳酸|乳酸]]の増加や[[wikipedia:ja:クレアチン|クレアチン]]レベルの減少も観察され、[[FDG-PET]]においても発症前から線条体のエネルギー代謝が低下していることが示されている。  
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 このようなミトコンドリアにおける代謝の変化は他の事象に引き続く二次的な変化の可能性が高いが、病態において重要な役割を果たすと考えられる。  
 このようなミトコンドリアにおける代謝の変化は他の事象に引き続く二次的な変化の可能性が高いが、病態において重要な役割を果たすと考えられる。  


=== 興奮毒性 ===
=== 興奮毒性 ===


 ハンチントン病では、早期から線条体の投射ニューロンであるGABA作動性の[[中型有棘ニューロン]]の脱落が認められる。これらの細胞は[[NMDA受容体|NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[NR2B]]サブタイプを豊富に発現しており、大脳皮質からの興奮性入力を受け取る。そのため興奮毒性が長く疑われてきた。これを検証した研究として、ハンチントン病[[トランスジェニックマウス]]と野生型マウスの皮質線条体スライスを用いてEPSCを測定したところ、トランスジェニックマウスにおいて有意にEPSCが増加していることが示された<ref><pubmed>15240759</pubmed></ref>。また、シナプス前のグルタミン酸の[[放出確率]]は変わらないことが示唆されることから、シナプス後のNMDA型グルタミン酸受容体活性が上昇していると考えられる。ただし、トランスジェニックマウスに対するNR2B選択的[[アンタゴニスト]]による治療の試みは成功していない。  
 ハンチントン病では、早期から線条体の投射ニューロンであるGABA作動性の[[中型有棘ニューロン]]の脱落が認められる。これらの細胞は[[NMDA受容体|NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[NR2B]]サブタイプを豊富に発現しており、大脳皮質からの興奮性入力を受け取る。そのため興奮毒性が長く疑われてきた。これを検証した研究として、ハンチントン病[[トランスジェニックマウス]]と野生型マウスの皮質線条体スライスを用いてEPSCを測定したところ、トランスジェニックマウスにおいて有意にEPSCが増加していることが示された<ref><pubmed>15240759</pubmed></ref>。また、シナプス前のグルタミン酸の[[放出確率]]は変わらないことが示唆されることから、シナプス後のNMDA型グルタミン酸受容体活性が上昇していると考えられる。ただし、トランスジェニックマウスに対するNR2B選択的[[アンタゴニスト]]による治療の試みは成功していない。  


=== Sirtuinの関与 ===
=== Sirtuinの関与 ===


 抗老化遺伝子として知られる[[Sirtuin]]も病態に関係する。変異型ハンチンチントランスジェニックマウス(N171-82Qマウス)においてSirtuin1 (Sirt1)を過剰発現させるとSirt1の脱アセチル化活性が促進し、トランスジェニックマウスにおいて減少していたBDNFの発現とその受容体[[TrkB]]のリン酸化、および[[ドーパミン]]シグナルカスケードの主要な構成分子である[[DARPP32]]の発現が回復し、それらにより神経保護作用を発揮し、運動機能や脳萎縮の改善をもたらすことが示されている。逆にSirt1のノックダウンにより変異型ハンチンチンの毒性は増悪する。  
 抗老化遺伝子として知られる[[Sirtuin]]も病態に関係する。変異型ハンチンチントランスジェニックマウス(N171-82Qマウス)においてSirtuin1 (Sirt1)を過剰発現させるとSirt1の脱アセチル化活性が促進し、トランスジェニックマウスにおいて減少していたBDNFの発現とその受容体[[TrkB]]のリン酸化、および[[ドーパミン]]シグナルカスケードの主要な構成分子である[[DARPP32]]の発現が回復し、それらにより神経保護作用を発揮し、運動機能や脳萎縮の改善をもたらすことが示されている。逆にSirt1のノックダウンにより変異型ハンチンチンの毒性は増悪する。  
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 このSirt1の神経保護作用にはSirt1の脱アセチル化活性が必要である。Sirt1の基質の一つにエネルギー代謝や酸化ストレスからの保護に関わる[[Foxo3a]]が知られているが、変異型ハンチンチンがSirt1に直接結合し脱アセチル活性を阻害することによって引き起こされるFoxo3aの過アセチル化に対し、過剰発現したSirt1の脱アセチル化活性が拮抗して作用し、生存促進機能が働く可能性が示唆されている<ref><pubmed>22179319</pubmed></ref>。  
 このSirt1の神経保護作用にはSirt1の脱アセチル化活性が必要である。Sirt1の基質の一つにエネルギー代謝や酸化ストレスからの保護に関わる[[Foxo3a]]が知られているが、変異型ハンチンチンがSirt1に直接結合し脱アセチル活性を阻害することによって引き起こされるFoxo3aの過アセチル化に対し、過剰発現したSirt1の脱アセチル化活性が拮抗して作用し、生存促進機能が働く可能性が示唆されている<ref><pubmed>22179319</pubmed></ref>。  


== 治療 ==
== 治療 ==


 今後有望な治療薬は上記でも述べたが、現在のところ個々の症状に対する対症療法のみで有効とされる根本療法はない。  
 今後有望な治療薬は上記でも述べたが、現在のところ個々の症状に対する対症療法のみで有効とされる根本療法はない。  
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 少数例ではあるが胎児線条体の移植も試みられており、良好な経過をたどった症例では5年間を超えるフォローアップで臨床的な改善、PETにてD<sub>2</sub>受容体結合能の改善が続いていることが示されている<ref><pubmed>18356253</pubmed></ref>。また、トランスジェニックマウスでは[[AAVベクター]]を用いたハンチンチンに対する[[RNAi]]治療により臨床症状の改善を示すことに成功しており、患者への応用が期待される<ref><pubmed>15811941</pubmed></ref>。  
 少数例ではあるが胎児線条体の移植も試みられており、良好な経過をたどった症例では5年間を超えるフォローアップで臨床的な改善、PETにてD<sub>2</sub>受容体結合能の改善が続いていることが示されている<ref><pubmed>18356253</pubmed></ref>。また、トランスジェニックマウスでは[[AAVベクター]]を用いたハンチンチンに対する[[RNAi]]治療により臨床症状の改善を示すことに成功しており、患者への応用が期待される<ref><pubmed>15811941</pubmed></ref>。  


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==


*[[神経変性疾患]]  
*[[神経変性疾患]]  
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*[[オートファジー]]
*[[オートファジー]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />  
<references />  


(執筆者:井原涼子、岩田淳 担当編集委員:高橋良輔)
(執筆者:井原涼子、岩田淳 担当編集委員:高橋良輔)