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英:mass spectrometer 英略語:MS 独:Massenspektrometrie 仏:spectrométrie de masse | 英:mass spectrometer 英略語:MS 独:Massenspektrometrie 仏:spectrométrie de masse | ||
質量分析計は[[wikipedia:ja:気相イオン|気相イオン]]の[[wikipedia:ja:質量電荷比|質量電荷比]](''m/z'')と存在量を測定する装置である<ref>'''J H Gross (日本質量分析学会出版委員会訳)'''<br>マススペクトロメトリー<br>シュプリンガー:2007</ref>。質量分析計はイオン源、質量分析部、検出部から構成される。イオン源で化合物は[[wikipedia:ja:イオン化|イオン化]]され、質量分析部方向に加速される。イオンは質量分析部で''m/z''に従い分離され、検出部で検出される。質量分析計の装置構成を表記する際に特に重要となるのは、イオン源と質量分析部の種類である。ここではそれぞれの代表的な動作原理について説明する。 | 質量分析計は[[wikipedia:ja:気相イオン|気相イオン]]の[[wikipedia:ja:質量電荷比|質量電荷比]](''m/z'')と存在量を測定する装置である<ref>'''J H Gross (日本質量分析学会出版委員会訳)'''<br>マススペクトロメトリー<br>シュプリンガー:2007</ref>。質量分析計はイオン源、質量分析部、検出部から構成される。イオン源で化合物は[[wikipedia:ja:イオン化|イオン化]]され、質量分析部方向に加速される。イオンは質量分析部で''m/z''に従い分離され、検出部で検出される。質量分析計の装置構成を表記する際に特に重要となるのは、イオン源と質量分析部の種類である。ここではそれぞれの代表的な動作原理について説明する。 | ||
==質量分析計とは== | ==質量分析計とは== | ||
世界初の質量分析計は、約100年前に[[wikipedia:J._J._Thomson|J. J. Thomson]]により作られた放物線型質量分析計である。日本では質量分析計は大阪大学の緒方と浅田らにより1930年代に初めて作られた。質量分析計は1950年代まで主に原子質量の精密測定に用いられていたが、1960年代以降、有機化合物や生体高分子などをイオン化する方法が開発されたことにより、今日では様々な分野で必要不可欠な分析機器のひとつとなっている。<br> | 世界初の質量分析計は、約100年前に[[wikipedia:J._J._Thomson|J. J. Thomson]]により作られた放物線型質量分析計である。日本では質量分析計は大阪大学の緒方と浅田らにより1930年代に初めて作られた。質量分析計は1950年代まで主に原子質量の精密測定に用いられていたが、1960年代以降、有機化合物や生体高分子などをイオン化する方法が開発されたことにより、今日では様々な分野で必要不可欠な分析機器のひとつとなっている。<br> | ||
ペプチドや代謝物等の生体分子が測定可能となってから、脳科学を初めとする生命科学分野における質量分析計の利用は著明に増加してきた。例えば、質量分析計はNMR、X線構造解析に比べ極めて高い感度を持つことから、血液や脳脊髄液中の微量分子を測定対象とした脳疾患バイオマーカー探索に中心的役割を果たしてきた<ref><pubmed>20971518</pubmed></ref>。リン酸化、アセリル化、ユビキチン化等の翻訳後修飾により機能調節を受ける神経ペプチドの解析を初め<ref><pubmed>17901869</pubmed></ref><ref><pubmed>21649502</pubmed></ref>、グルタミン酸、GABA等のアミノ酸系神経伝達物質<ref><pubmed>18433876</pubmed></ref>や、<ref><pubmed>モノアミン類22512797</pubmed></ref>、アセチルコリン<ref><pubmed>19802332</pubmed></ref><ref><pubmed>22526660</pubmed></ref>の解析に利用されてきた。[[wikipedia:Ja:環状アデノシン一リン酸|サイクリックAMP]]、[[wikipedia:Ja:環状グアノシン一リン酸|サイクリックGMP]]のような環状ヌクレオチド<ref><pubmed>22001223</pubmed></ref>も解析対象とされる。 | |||
== イオン源の種類と動作原理 == | == イオン源の種類と動作原理 == | ||
質量分析の分析対象となるのはイオンである。試料化合物をイオン化する装置がイオン源であり、以下に示すような複数のイオン化原理に基づいている。とりわけ[[ | 質量分析の分析対象となるのはイオンである。試料化合物をイオン化する装置がイオン源であり、以下に示すような複数のイオン化原理に基づいている。とりわけ[[wikipedia:ja:マトリックス支援レーザー脱離イオン化法|マトリックス支援レーザー脱離イオン化法]](matrix-assisted laser desorption/ionization、MALDI法)と[[wikipedia:ja:エレクトロスプレーイオン化|エレクトロスプレーイオン化法]](ESI法)は、それまでのイオン化法では断片化しやすかった高分子化合物のイオン化を可能にした<ref><pubmed>15458815</pubmed></ref><ref><pubmed>15362902</pubmed></ref>。このことにより医学生物学分野における[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]]、[[wikipedia:ja:ペプチド|ペプチド]]、[[wikipedia:ja:多糖|多糖]]等の[[wikipedia:ja:生体高分子|生体高分子]]の解析が大きく発展した。 | ||
=== マトリックス支援レーザー脱離イオン化法 === | === マトリックス支援レーザー脱離イオン化法 === | ||
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix-assisted laser desorption/ionization、MALDI法)は、試料化合物とイオン化促進剤([[wikipedia:ja:マトリックス|マトリックス]])の混合物にパルス[[wikipedia:ja:レーザー|レーザー]]を照射することにより試料化合物をイオン化し、気体中に放出する技術である<ref><pubmed>10633229</pubmed></ref><ref name="ref1"><pubmed>18166020</pubmed></ref>。レーザーエネルギーの殆どはこれらの[[wikipedia:ja:マトリックス|マトリックス]]化合物に吸収されるため、試料は分解されず、[[wikipedia:ja:水素イオン|水素イオン]]の付加により生じる[M + H]<sup>+</sup>、[[wikipedia:ja:ナトリウム|ナトリウム]]イオンの付加による [M + Na]<sup>+</sup>、水素イオンの除去による [M − H]<sup>-</sup>等の化合物由来イオンが主に検出される。 | マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix-assisted laser desorption/ionization、MALDI法)は、試料化合物とイオン化促進剤([[wikipedia:ja:マトリックス|マトリックス]])の混合物にパルス[[wikipedia:ja:レーザー|レーザー]]を照射することにより試料化合物をイオン化し、気体中に放出する技術である<ref><pubmed>10633229</pubmed></ref><ref name="ref1"><pubmed>18166020</pubmed></ref>。レーザーエネルギーの殆どはこれらの[[wikipedia:ja:マトリックス|マトリックス]]化合物に吸収されるため、試料は分解されず、[[wikipedia:ja:水素イオン|水素イオン]]の付加により生じる[M + H]<sup>+</sup>、[[wikipedia:ja:ナトリウム|ナトリウム]]イオンの付加による [M + Na]<sup>+</sup>、水素イオンの除去による [M − H]<sup>-</sup>等の化合物由来イオンが主に検出される。 | ||
=== エレクトロスプレーイオン化法 === | === エレクトロスプレーイオン化法 === | ||
エレクトロスプレーイオン化法(electrospray ionization、ESI法)では、液体試料が細管先端から[[wikipedia:ja:窒素|窒素]]ガスと共に噴霧される<ref><pubmed>2675315</pubmed></ref>。溶媒の蒸発に伴いイオンが形成される。ESI法では多価イオン[M + nH]<sup>n+</sup>がしばしば形成されるので、高分子量化合物が小さな''m/z'' | エレクトロスプレーイオン化法(electrospray ionization、ESI法)では、液体試料が細管先端から[[wikipedia:ja:窒素|窒素]]ガスと共に噴霧される<ref><pubmed>2675315</pubmed></ref>。溶媒の蒸発に伴いイオンが形成される。ESI法では多価イオン[M + nH]<sup>n+</sup>がしばしば形成されるので、高分子量化合物が小さな''m/z''範囲で検出されるのが特徴である。大気圧イオン化法の一種であり、[[液体クロマトグラフィー]]質量分析(LC/MS)に最もよく用いられる。 | ||
=== 化学イオン化法 === | === 化学イオン化法 === | ||
化学イオン化法(chemical ionization、CI法)では[[wikipedia:ja:メタン|メタン]]、[[wikipedia:ja:アンモニア|アンモニア]]等の反応ガスに[[wikipedia:ja:熱電子|熱電子]]を衝突させることで、あらかじめ反応ガスをイオン化する。このようにして生じた1次イオンがイオン分子反応で2次イオンを生じた後に、導入された気相の試料分子と反応し試料分子のイオン化をもたらす。 | 化学イオン化法(chemical ionization、CI法)では[[wikipedia:ja:メタン|メタン]]、[[wikipedia:ja:アンモニア|アンモニア]]等の反応ガスに[[wikipedia:ja:熱電子|熱電子]]を衝突させることで、あらかじめ反応ガスをイオン化する。このようにして生じた1次イオンがイオン分子反応で2次イオンを生じた後に、導入された気相の試料分子と反応し試料分子のイオン化をもたらす。 | ||
=== 電子イオン化法 === | === 電子イオン化法 === | ||
電子イオン化法(electron ionization, EI法)は、運動エネルギーを持った電子(熱電子)を気相中の分子に照射することでイオン化を行う技術である。[[wikipedia:ja:ガスクロマトグラフィー|ガスクロマトグラフィー]] | 電子イオン化法(electron ionization, EI法)は、運動エネルギーを持った電子(熱電子)を気相中の分子に照射することでイオン化を行う技術である。[[wikipedia:ja:ガスクロマトグラフィー|ガスクロマトグラフィー]]MSのイオン化法として用いられている。試料がフラグメンテーションしやすいため分子量の大きい物質のイオン化には適さない。非イオン性の低分子量[[wikipedia:ja:有機化合物|有機化合物]]の分析のための技術として用いられている。 | ||
=== 高速原子衝撃法 === | === 高速原子衝撃法 === | ||
高速原子衝撃法(Fast Atom Bombardment, FAB法)は、[[wikipedia:ja:グリセロール|グリセロール]]([[wikipedia:ja:グリセリン|グリセリン]])等のマトリックスに溶解させた試料に、加速した[[wikipedia:ja:キセノン|キセノン]]または[[wikipedia:ja:アルゴン|アルゴン]]原子を照射することでイオン化する方法である。 | 高速原子衝撃法(Fast Atom Bombardment, FAB法)は、[[wikipedia:ja:グリセロール|グリセロール]]([[wikipedia:ja:グリセリン|グリセリン]])等のマトリックスに溶解させた試料に、加速した[[wikipedia:ja:キセノン|キセノン]]または[[wikipedia:ja:アルゴン|アルゴン]]原子を照射することでイオン化する方法である。 | ||
== 質量分析部の種類と動作原理 == | == 質量分析部の種類と動作原理 == | ||
質量分析部は、電磁気的相互作用を利用することにより、''m/z''に従いイオンを分離する部分である。分離方法は[[ | |||
質量分析部は、電磁気的相互作用を利用することにより、''m/z''に従いイオンを分離する部分である。分離方法は[[飛行時間型]]、[[磁場型]]、[[四重極型]]、[[イオントラップ型]]、[[フーリエ変換型等]]の動作原理に基づいている。複数の原理を組み合わせたハイブリッド型も最近では開発されている。ここでは代表的な動作原理に基づく装置について記述する。 | |||
=== 飛行時間型=== | === 飛行時間型=== | ||
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=== 磁場セクター型=== | === 磁場セクター型=== | ||
磁場セクター(magnetic sector) 型装置ではイオン化された試料化合物は加速電圧で加速され、扇形分析管中の[[wikipedia:ja:磁場|磁場]]に入射され、[[wikipedia:ja:ローレンツ力|ローレンツ力]]により軌道を変える<ref><pubmed>9030050</pubmed></ref>。分析管の半径と一致する軌道を示すイオンは分離部を通過し、検出器で検出される。この条件を満たすイオンの''m/z''は加速電圧と磁場強度に依存するため、加速電圧を一定にし、磁場強度を変化させることにより任意の''m/z'' | 磁場セクター(magnetic sector) 型装置ではイオン化された試料化合物は加速電圧で加速され、扇形分析管中の[[wikipedia:ja:磁場|磁場]]に入射され、[[wikipedia:ja:ローレンツ力|ローレンツ力]]により軌道を変える<ref><pubmed>9030050</pubmed></ref>。分析管の半径と一致する軌道を示すイオンは分離部を通過し、検出器で検出される。この条件を満たすイオンの''m/z''は加速電圧と磁場強度に依存するため、加速電圧を一定にし、磁場強度を変化させることにより任意の''m/z''のイオンを検出することができる。 | ||
=== リニア四重極型=== | === リニア四重極型=== | ||
リニア四重極型装置(linear quadrupole) では、[[wikipedia:ja:真空|真空]]容器中に4本の円筒形の棒状電極が、中心軸から等距離・平行に配置されている<ref>'''P H Dawson'''<br>Quadrupole Mass Spectrometry and Its Applications<br>Springer:1976</ref>。隣接する電極に正負逆の電位を、向かい合う電極に等しい電位を与えるという条件のもとに、各電極に[[wikipedia:ja:直流|直流]]と[[wikipedia:ja:交流|交流]]の成分を持つ電位を印加すると、四重極中に周期的に[[wikipedia:ja:位相|位相]]の変化する[[wikipedia:ja:電場|電場]]が生じる。イオン源で生成されたイオンは四重極の領域に進入し、イオンと同極性の電極対からの斥力と、逆極性の電極対からの引力を受け振動する。電位の直流成分、交流成分の振幅と周波数により決まる特定範囲の''m/z'' | リニア四重極型装置(linear quadrupole) では、[[wikipedia:ja:真空|真空]]容器中に4本の円筒形の棒状電極が、中心軸から等距離・平行に配置されている<ref>'''P H Dawson'''<br>Quadrupole Mass Spectrometry and Its Applications<br>Springer:1976</ref>。隣接する電極に正負逆の電位を、向かい合う電極に等しい電位を与えるという条件のもとに、各電極に[[wikipedia:ja:直流|直流]]と[[wikipedia:ja:交流|交流]]の成分を持つ電位を印加すると、四重極中に周期的に[[wikipedia:ja:位相|位相]]の変化する[[wikipedia:ja:電場|電場]]が生じる。イオン源で生成されたイオンは四重極の領域に進入し、イオンと同極性の電極対からの斥力と、逆極性の電極対からの引力を受け振動する。電位の直流成分、交流成分の振幅と周波数により決まる特定範囲の''m/z''のイオンのみが、棒状電極にぶつからずに四重極を通過し、検出器に到達する。比較的小型で単純な構造を持ち安価であるため、汎用装置として広く普及している。 | ||
=== 四重極イオントラップ=== | === 四重極イオントラップ=== | ||
四重極イオントラップ(quadrupole ion trap, QIT) は三次元の高周波四重極電場によりイオンを蓄積することを基本原理とする<ref><pubmed>14530094</pubmed></ref> | 四重極イオントラップ(quadrupole ion trap, QIT) は三次元の高周波四重極電場によりイオンを蓄積することを基本原理とする<ref><pubmed>14530094</pubmed></ref>。ドーナツ状のリング電極とそれを挟む2つのエンドキャップ電極で構成され、リング電極の入り口側にイオン化部,出口側に検出器が配置されている。導入されたイオンは電極間にトラップされる。リニア四重極では安定な振動を行うイオンが四重極を通過し検出されるが、四重極イオントラップでは不安定な振動のイオンが系外へ排出され検出される。リニア四重極に似た特徴を持つが、原理上、導入された全てのイオンを検出できるためより高感度である。一方で蓄積可能なイオン量に制限があるため定量性は劣る。 | ||
===フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴=== | ===フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴=== | ||
イオンを磁場中に導入すると、ローレンツ力を求心力([[wikipedia:ja:向心力|向心力]])として、イオンは磁場と鉛直に交わる面で回転運動する<ref><pubmed>8017637</pubmed></ref>。これはサイクロトロン運動と呼ばれ、運動の周波数はイオンの''m/z''と[[wikipedia:ja:磁束密度|磁束密度]]に依存する。励起極板間にこの周波数の電圧を印加すると、[[wikipedia:ja:共鳴|共鳴]]するイオンはエネルギーを吸収し、サイクロトロン運動の位相が揃い回転半径は増す。このとき検出極板間に生じる[[wikipedia:ja:誘導電流|誘導電流]]は異なるサイクロトロン共鳴周波数が合成されたものである。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(fourier transform ion cyclotron resonance, FT-ICR) 型装置では、この誘導電流を[[wikipedia:ja:フーリエ変換|フーリエ変換]]することで周波数スペクトルおよび[[wikipedia:ja:質量スペクトル|質量スペクトル]]([[wikipedia:ja:マススペクトル|マススペクトル]] | イオンを磁場中に導入すると、ローレンツ力を求心力([[wikipedia:ja:向心力|向心力]])として、イオンは磁場と鉛直に交わる面で回転運動する<ref><pubmed>8017637</pubmed></ref>。これはサイクロトロン運動と呼ばれ、運動の周波数はイオンの''m/z''と[[wikipedia:ja:磁束密度|磁束密度]]に依存する。励起極板間にこの周波数の電圧を印加すると、[[wikipedia:ja:共鳴|共鳴]]するイオンはエネルギーを吸収し、サイクロトロン運動の位相が揃い回転半径は増す。このとき検出極板間に生じる[[wikipedia:ja:誘導電流|誘導電流]]は異なるサイクロトロン共鳴周波数が合成されたものである。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(fourier transform ion cyclotron resonance, FT-ICR) 型装置では、この誘導電流を[[wikipedia:ja:フーリエ変換|フーリエ変換]]することで周波数スペクトルおよび[[wikipedia:ja:質量スペクトル|質量スペクトル]]([[wikipedia:ja:マススペクトル|マススペクトル]])が得られる。 | ||
==質量分析計を応用した分析技術== | ==質量分析計を応用した分析技術== | ||
===液相クロマトグラフィータンデム質量分析法=== | ===液相クロマトグラフィータンデム質量分析法=== | ||
質量分析計に分離分析装置を接続することにより、GC/MSやLC/MSといったクロマトグラフィーMSは開発された。これらの手法ではクロマトグラフィーにより分離された分子を質量分析するため、複雑な混合物の分析が可能である。GC/MSは1950年代に開発され広く用いられてきた。ESI法の開発によりLC/MSが実用化された。さらに、1回の測定で2段階以上の質量分析を組み合せる技術であるタンデムMSと組み合わせることにより、液相クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC/MS/MS)が開発された。LC/MS/MSにより特定のm/zの分子を選択しフラグメント化することができるため、夾雑物の影響を抑えた構造解析が可能となった。脳科学においては | |||
===イメージング質量分析法、質量顕微鏡法=== | ===イメージング質量分析法、質量顕微鏡法=== | ||
イメージング質量分析法とは、固体試料上の各点で直接分子のイオン化と質量分析を行うことで、分子を可視化する技術である。固体試料切片に対しレーザーによる二次元走査を行い、イオン化された分子を質量分析する。得られた質量スペクトルを再構成することにより、任意のm/zの分子の試料内分布情報を得ることができる。MADLI法の登場により、イメージング質量分析法は生体分子のイメージングに広く用いられるようになった。現在では顕微鏡レベルと言ってよい空間解像度での測定が可能となっており、肉眼解像度(100 μm)を超える解像度を持つイメージング質量分析法は特に質量顕微鏡法と呼ばれる<ref><pubmed>21109523</pubmed></ref>。乳児神経軸索性ジストロフィーモデルマウスにおけるシナプス構成分子の可視化を初めとして、脳科学における質量顕微鏡法の利用は増えている<ref><pubmed>21813701</pubmed></ref>。 | |||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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<br> (執筆者:脇紀彦、早坂孝宏、瀬藤光利 担当編集委員:河西春郎) |
2012年7月16日 (月) 17:31時点における版
英:mass spectrometer 英略語:MS 独:Massenspektrometrie 仏:spectrométrie de masse
質量分析計は気相イオンの質量電荷比(m/z)と存在量を測定する装置である[1]。質量分析計はイオン源、質量分析部、検出部から構成される。イオン源で化合物はイオン化され、質量分析部方向に加速される。イオンは質量分析部でm/zに従い分離され、検出部で検出される。質量分析計の装置構成を表記する際に特に重要となるのは、イオン源と質量分析部の種類である。ここではそれぞれの代表的な動作原理について説明する。
質量分析計とは
世界初の質量分析計は、約100年前にJ. J. Thomsonにより作られた放物線型質量分析計である。日本では質量分析計は大阪大学の緒方と浅田らにより1930年代に初めて作られた。質量分析計は1950年代まで主に原子質量の精密測定に用いられていたが、1960年代以降、有機化合物や生体高分子などをイオン化する方法が開発されたことにより、今日では様々な分野で必要不可欠な分析機器のひとつとなっている。
ペプチドや代謝物等の生体分子が測定可能となってから、脳科学を初めとする生命科学分野における質量分析計の利用は著明に増加してきた。例えば、質量分析計はNMR、X線構造解析に比べ極めて高い感度を持つことから、血液や脳脊髄液中の微量分子を測定対象とした脳疾患バイオマーカー探索に中心的役割を果たしてきた[2]。リン酸化、アセリル化、ユビキチン化等の翻訳後修飾により機能調節を受ける神経ペプチドの解析を初め[3][4]、グルタミン酸、GABA等のアミノ酸系神経伝達物質[5]や、[6]、アセチルコリン[7][8]の解析に利用されてきた。サイクリックAMP、サイクリックGMPのような環状ヌクレオチド[9]も解析対象とされる。
イオン源の種類と動作原理
質量分析の分析対象となるのはイオンである。試料化合物をイオン化する装置がイオン源であり、以下に示すような複数のイオン化原理に基づいている。とりわけマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix-assisted laser desorption/ionization、MALDI法)とエレクトロスプレーイオン化法(ESI法)は、それまでのイオン化法では断片化しやすかった高分子化合物のイオン化を可能にした[10][11]。このことにより医学生物学分野におけるタンパク質、ペプチド、多糖等の生体高分子の解析が大きく発展した。
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法
マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(matrix-assisted laser desorption/ionization、MALDI法)は、試料化合物とイオン化促進剤(マトリックス)の混合物にパルスレーザーを照射することにより試料化合物をイオン化し、気体中に放出する技術である[12][13]。レーザーエネルギーの殆どはこれらのマトリックス化合物に吸収されるため、試料は分解されず、水素イオンの付加により生じる[M + H]+、ナトリウムイオンの付加による [M + Na]+、水素イオンの除去による [M − H]-等の化合物由来イオンが主に検出される。
エレクトロスプレーイオン化法
エレクトロスプレーイオン化法(electrospray ionization、ESI法)では、液体試料が細管先端から窒素ガスと共に噴霧される[14]。溶媒の蒸発に伴いイオンが形成される。ESI法では多価イオン[M + nH]n+がしばしば形成されるので、高分子量化合物が小さなm/z範囲で検出されるのが特徴である。大気圧イオン化法の一種であり、液体クロマトグラフィー質量分析(LC/MS)に最もよく用いられる。
化学イオン化法
化学イオン化法(chemical ionization、CI法)ではメタン、アンモニア等の反応ガスに熱電子を衝突させることで、あらかじめ反応ガスをイオン化する。このようにして生じた1次イオンがイオン分子反応で2次イオンを生じた後に、導入された気相の試料分子と反応し試料分子のイオン化をもたらす。
電子イオン化法
電子イオン化法(electron ionization, EI法)は、運動エネルギーを持った電子(熱電子)を気相中の分子に照射することでイオン化を行う技術である。ガスクロマトグラフィーMSのイオン化法として用いられている。試料がフラグメンテーションしやすいため分子量の大きい物質のイオン化には適さない。非イオン性の低分子量有機化合物の分析のための技術として用いられている。
高速原子衝撃法
高速原子衝撃法(Fast Atom Bombardment, FAB法)は、グリセロール(グリセリン)等のマトリックスに溶解させた試料に、加速したキセノンまたはアルゴン原子を照射することでイオン化する方法である。
質量分析部の種類と動作原理
質量分析部は、電磁気的相互作用を利用することにより、m/zに従いイオンを分離する部分である。分離方法は飛行時間型、磁場型、四重極型、イオントラップ型、フーリエ変換型等の動作原理に基づいている。複数の原理を組み合わせたハイブリッド型も最近では開発されている。ここでは代表的な動作原理に基づく装置について記述する。
飛行時間型
飛行時間型(time-of-flight, TOF) 装置は、一定の加速電圧で加速されたイオンが一定距離を飛行するために必要な時間が、イオンのm/zの値により異なることを利用した装置である[13][15]。真空の分析管を通過する間にイオンは分離され、m/zの小さいものから順次イオン検出器に到達する。原理上、測定対象となる質量の上限がないため、高分子量化合物の測定に適している。全てのイオンを検出するため、測定感度が高い。一方で、飛行距離を長くすると装置が大型化するという欠点がある。
磁場セクター型
磁場セクター(magnetic sector) 型装置ではイオン化された試料化合物は加速電圧で加速され、扇形分析管中の磁場に入射され、ローレンツ力により軌道を変える[16]。分析管の半径と一致する軌道を示すイオンは分離部を通過し、検出器で検出される。この条件を満たすイオンのm/zは加速電圧と磁場強度に依存するため、加速電圧を一定にし、磁場強度を変化させることにより任意のm/zのイオンを検出することができる。
リニア四重極型
リニア四重極型装置(linear quadrupole) では、真空容器中に4本の円筒形の棒状電極が、中心軸から等距離・平行に配置されている[17]。隣接する電極に正負逆の電位を、向かい合う電極に等しい電位を与えるという条件のもとに、各電極に直流と交流の成分を持つ電位を印加すると、四重極中に周期的に位相の変化する電場が生じる。イオン源で生成されたイオンは四重極の領域に進入し、イオンと同極性の電極対からの斥力と、逆極性の電極対からの引力を受け振動する。電位の直流成分、交流成分の振幅と周波数により決まる特定範囲のm/zのイオンのみが、棒状電極にぶつからずに四重極を通過し、検出器に到達する。比較的小型で単純な構造を持ち安価であるため、汎用装置として広く普及している。
四重極イオントラップ
四重極イオントラップ(quadrupole ion trap, QIT) は三次元の高周波四重極電場によりイオンを蓄積することを基本原理とする[18]。ドーナツ状のリング電極とそれを挟む2つのエンドキャップ電極で構成され、リング電極の入り口側にイオン化部,出口側に検出器が配置されている。導入されたイオンは電極間にトラップされる。リニア四重極では安定な振動を行うイオンが四重極を通過し検出されるが、四重極イオントラップでは不安定な振動のイオンが系外へ排出され検出される。リニア四重極に似た特徴を持つが、原理上、導入された全てのイオンを検出できるためより高感度である。一方で蓄積可能なイオン量に制限があるため定量性は劣る。
フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴
イオンを磁場中に導入すると、ローレンツ力を求心力(向心力)として、イオンは磁場と鉛直に交わる面で回転運動する[19]。これはサイクロトロン運動と呼ばれ、運動の周波数はイオンのm/zと磁束密度に依存する。励起極板間にこの周波数の電圧を印加すると、共鳴するイオンはエネルギーを吸収し、サイクロトロン運動の位相が揃い回転半径は増す。このとき検出極板間に生じる誘導電流は異なるサイクロトロン共鳴周波数が合成されたものである。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(fourier transform ion cyclotron resonance, FT-ICR) 型装置では、この誘導電流をフーリエ変換することで周波数スペクトルおよび質量スペクトル(マススペクトル)が得られる。
質量分析計を応用した分析技術
液相クロマトグラフィータンデム質量分析法
質量分析計に分離分析装置を接続することにより、GC/MSやLC/MSといったクロマトグラフィーMSは開発された。これらの手法ではクロマトグラフィーにより分離された分子を質量分析するため、複雑な混合物の分析が可能である。GC/MSは1950年代に開発され広く用いられてきた。ESI法の開発によりLC/MSが実用化された。さらに、1回の測定で2段階以上の質量分析を組み合せる技術であるタンデムMSと組み合わせることにより、液相クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC/MS/MS)が開発された。LC/MS/MSにより特定のm/zの分子を選択しフラグメント化することができるため、夾雑物の影響を抑えた構造解析が可能となった。脳科学においては
イメージング質量分析法、質量顕微鏡法
イメージング質量分析法とは、固体試料上の各点で直接分子のイオン化と質量分析を行うことで、分子を可視化する技術である。固体試料切片に対しレーザーによる二次元走査を行い、イオン化された分子を質量分析する。得られた質量スペクトルを再構成することにより、任意のm/zの分子の試料内分布情報を得ることができる。MADLI法の登場により、イメージング質量分析法は生体分子のイメージングに広く用いられるようになった。現在では顕微鏡レベルと言ってよい空間解像度での測定が可能となっており、肉眼解像度(100 μm)を超える解像度を持つイメージング質量分析法は特に質量顕微鏡法と呼ばれる[20]。乳児神経軸索性ジストロフィーモデルマウスにおけるシナプス構成分子の可視化を初めとして、脳科学における質量顕微鏡法の利用は増えている[21]。
参考文献
- ↑ J H Gross (日本質量分析学会出版委員会訳)
マススペクトロメトリー
シュプリンガー:2007 - ↑
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(執筆者:脇紀彦、早坂孝宏、瀬藤光利 担当編集委員:河西春郎)