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[[真核生物]] | [[wikipedia:ja:真核生物]]に存在するタンパク質の細胞内領域[[チロシン]]残基に起こる可逆的[[リン酸基]]付加反応。チロシンリン酸化の状態は、チロシンリン酸化酵素(チロシンキナーゼ、protein tyrosine kinase、PTK)およびチロシン脱リン酸化酵素(チロシンフォスファターゼ、protein tyrosine phosphatase、PTP)の活性のバランスにより制御される。高等生物の神経系において、チロシンリン酸化は、様々な[[神経発生]]や[[神経可塑性]]の過程で、タンパク質の活性や局在、タンパク質間の結合、[[イオンチャンネル]]の性質、[[細胞内情報伝達]]系等を制御することが知られている。 | ||
== 反応 == | == 反応 == | ||
タンパク質リン酸化は、最もよく見られる[[タンパク質翻訳後修飾]]機構である。チロシンリン酸化酵素は、[[アデノシン三リン酸]](ATP)のγ位の[[高エネルギーリン酸基]]を、基質チロシン残基側鎖にある[[水酸基]]に移動させ、リン酸[[エステル]]化により[[共有結合]]させる。一般に、リン酸化に伴って、基質チロシン残基部位に[[負電荷]]が導入される。チロシン残基前後のアミノ酸配列により、チロシンキナーゼの[[基質特異性]]が決まる。チロシンフォスファターゼは、チロシンキナーゼと比較してより基質特異性が広く、リン酸化[[セリン]]・[[スレオニン]]をも基質とするものも存在する。タンパク質中のリン酸化残基の99%以上はセリンとスレオニンであるが、0.1%に満たないチロシンのリン酸化は生物学的に重要な役割を果たす。 | |||
== 遺伝子 == | == 遺伝子 == | ||
真核生物[[ゲノム]]の全遺伝子の約2%はセリン・スレオニンキナーゼおよびチロシンキナーゼをコードする(ただし、ヒトの場合、キナーゼ518種の内、約50種には活性がなく、また106種は[[偽遺伝子]]であると考えられる)。[[細菌]]や[[酵母]]にはチロシンキナーゼは存在せず、[[線虫]] ''C. elegans''(19,100遺伝子)には全キナーゼ数454(2.4%)の内チロシンキナーゼは90種、[[ショウジョウバエ]] ''D. melanogaster''(13,600遺伝子)には全キナーゼ数239(1.8%)の内チロシンキナーゼは32種、ヒト ''H. sapiens''(23,000遺伝子)には全キナーゼ数518(2.2%)の内チロシンキナーゼは90種が存在する。 | |||
チロシンフォスファターゼには、107種が存在する。 | |||
== 構造と機能 == | == 構造と機能 == | ||
チロシンキナーゼは構造的に、[[膜貫通領域]]を持つ[[受容体]]型と膜貫通領域を持たない非受容体型(以下に記載)とに大別される。ヒトには58種の[[受容体型チロシンキナーゼ]]と32種の非受容体型チロシンキナーゼが存在する。同様に、チロシンフォスファターゼは、膜貫通領域を持つ受容体型および膜貫通領域を持たない非受容体型に大別される。チロシンキナーゼ、チロシンフォスファターゼ共に、受容体型は細胞膜上に、非受容体型は細胞質に存在する。 | |||
1979年Tony Hunterにより、[[癌遺伝子産物]][[v-Src]]および[[癌原遺伝子産物]][[c-Src]]がチロシンリン酸化活性を持つことが発見された<ref><pubmed>19269802</pubmed></ref>。これが最初のチロシンキナーゼの報告例であり、以後、多くのチロシンキナーゼが同定された。Srcを含む非受容体型チロシンキナーゼは、分子構造として細胞外領域をもたず、細胞内領域にチロシンキナーゼドメインをもつ。受容体型チロシンキナーゼと同様に、非受容体型チロシンキナーゼもキナーゼドメイン中には自己リン酸化部位およびATP結合部位を含み、自己リン酸化によりキナーゼ活性を調節している。受容体型チロシンキナーゼと異なり、非受容体型チロシンキナーゼには、直接的に結合するリガンドはない。上位の制御因子は細胞膜上に存在する種々の受容体タンパク質であり、非受容体型チロシンキナーゼは、神経系においても様々な膜受容体と会合して、膜受容体から細胞内への情報伝達を担う。Srcファミリーチロシンキナーゼは、現在までに[[Src]]、[[Yes]]、[[Fyn]]、[[Fgr]]、[[Lyn]]、[[Lck]]、[[Hck]]、[[Blk]]、[[Frk]]の9種が同定されており、脳では、Src、Yes、Fyn、Lyn、Lckが高発現を示す。発現部位ごとに[[スプライシング]]多様性がみられるものもある。Srcファミリーチロシンキナーゼの場合、N末端領域に[[ミリスチル化]]部位や[[パルミトイル化]]部位を有し、これらの[[脂肪酸]]結合により細胞膜に付着し、膜近辺に局在する様になる。 | |||
タンパク質間の結合を制御する機構として、多くの非受容体型チロシンキナーゼには、Src Homology 2 ([[SH2]])ドメインおよび[[SH3]]ドメインとよばれるドメイン構造が存在する。SH2ドメインはリン酸化チロシン残基(pTyr)を、SH3は[[プロリン]]リッチ領域(X-Pro-X-X-Pro)を、それぞれ認識して結合することで、細胞内情報伝達系におけるタンパク質-タンパク質結合を制御する。これらのドメインは構造的に保存されたアミノ酸配列を持ち、Srcファミリーチロシンキナーゼにおいて最初に見出された。更に、[[Abl]]、[[Fes]]、[[Syk]]/Zap70、[[Tec]]、[[Ack]]、[[Csk]]、[[Srm]]、[[Rak]]等の非受容体型チロシンキナーゼや、[[フォスファチジルイノシトール-3キナーゼ]] (PI3K)、[[フォスフォリパーゼC]] (PLC)-γ等のセリン・スレオニンキナーゼ、また[[Grb2]]、[[Nck]]等のアダプタータンパク質もこれらのドメイン構造を持つことが明らかになった。SH2ドメインは、約100アミノ酸残基の領域であり、2つのアルファヘリックスと7つのベータシートから構成される。SH3ドメインは、約60アミノ酸残基の領域であり、5つないし6つのベータシートからなる典型的なベータバレル構造をもつ。 | |||
チロシンリン酸化の神経機能における役割としては、シナプス前膜側からの神経伝達物質放出の調節、様々な[[電位依存性イオンチャネル]]および[[リガンド依存性イオンチャネル]]のコンダクタンスと開口確率の制御<ref><pubmed>11668044</pubmed></ref>、グルタミン酸受容体をはじめとした多くのタンパク質分子のシナプスでの局在と輸送過程の制御が報告されている。更に、それらに伴い、神経可塑性と個体レベルの行動に変化がおこることが知られている。また、他の役割として、神経回路、神経筋接合部やミエリン構造の形成、樹状突起の形態形成や軸索伸長等の過程において、チロシンリン酸化依存的な制御が挙げられる<ref><pubmed>21508038</pubmed></ref>。 | チロシンリン酸化の神経機能における役割としては、シナプス前膜側からの神経伝達物質放出の調節、様々な[[電位依存性イオンチャネル]]および[[リガンド依存性イオンチャネル]]のコンダクタンスと開口確率の制御<ref><pubmed>11668044</pubmed></ref>、グルタミン酸受容体をはじめとした多くのタンパク質分子のシナプスでの局在と輸送過程の制御が報告されている。更に、それらに伴い、神経可塑性と個体レベルの行動に変化がおこることが知られている。また、他の役割として、神経回路、神経筋接合部やミエリン構造の形成、樹状突起の形態形成や軸索伸長等の過程において、チロシンリン酸化依存的な制御が挙げられる<ref><pubmed>21508038</pubmed></ref>。 |
2012年1月5日 (木) 21:18時点における版
英:tyrosine phosphorylation 英略語:PY、P-Tyr 独:Tyrosin Phosphorylierung
wikipedia:ja:真核生物に存在するタンパク質の細胞内領域チロシン残基に起こる可逆的リン酸基付加反応。チロシンリン酸化の状態は、チロシンリン酸化酵素(チロシンキナーゼ、protein tyrosine kinase、PTK)およびチロシン脱リン酸化酵素(チロシンフォスファターゼ、protein tyrosine phosphatase、PTP)の活性のバランスにより制御される。高等生物の神経系において、チロシンリン酸化は、様々な神経発生や神経可塑性の過程で、タンパク質の活性や局在、タンパク質間の結合、イオンチャンネルの性質、細胞内情報伝達系等を制御することが知られている。
反応
タンパク質リン酸化は、最もよく見られるタンパク質翻訳後修飾機構である。チロシンリン酸化酵素は、アデノシン三リン酸(ATP)のγ位の高エネルギーリン酸基を、基質チロシン残基側鎖にある水酸基に移動させ、リン酸エステル化により共有結合させる。一般に、リン酸化に伴って、基質チロシン残基部位に負電荷が導入される。チロシン残基前後のアミノ酸配列により、チロシンキナーゼの基質特異性が決まる。チロシンフォスファターゼは、チロシンキナーゼと比較してより基質特異性が広く、リン酸化セリン・スレオニンをも基質とするものも存在する。タンパク質中のリン酸化残基の99%以上はセリンとスレオニンであるが、0.1%に満たないチロシンのリン酸化は生物学的に重要な役割を果たす。
遺伝子
真核生物ゲノムの全遺伝子の約2%はセリン・スレオニンキナーゼおよびチロシンキナーゼをコードする(ただし、ヒトの場合、キナーゼ518種の内、約50種には活性がなく、また106種は偽遺伝子であると考えられる)。細菌や酵母にはチロシンキナーゼは存在せず、線虫 C. elegans(19,100遺伝子)には全キナーゼ数454(2.4%)の内チロシンキナーゼは90種、ショウジョウバエ D. melanogaster(13,600遺伝子)には全キナーゼ数239(1.8%)の内チロシンキナーゼは32種、ヒト H. sapiens(23,000遺伝子)には全キナーゼ数518(2.2%)の内チロシンキナーゼは90種が存在する。
チロシンフォスファターゼには、107種が存在する。
構造と機能
チロシンキナーゼは構造的に、膜貫通領域を持つ受容体型と膜貫通領域を持たない非受容体型(以下に記載)とに大別される。ヒトには58種の受容体型チロシンキナーゼと32種の非受容体型チロシンキナーゼが存在する。同様に、チロシンフォスファターゼは、膜貫通領域を持つ受容体型および膜貫通領域を持たない非受容体型に大別される。チロシンキナーゼ、チロシンフォスファターゼ共に、受容体型は細胞膜上に、非受容体型は細胞質に存在する。
1979年Tony Hunterにより、癌遺伝子産物v-Srcおよび癌原遺伝子産物c-Srcがチロシンリン酸化活性を持つことが発見された[1]。これが最初のチロシンキナーゼの報告例であり、以後、多くのチロシンキナーゼが同定された。Srcを含む非受容体型チロシンキナーゼは、分子構造として細胞外領域をもたず、細胞内領域にチロシンキナーゼドメインをもつ。受容体型チロシンキナーゼと同様に、非受容体型チロシンキナーゼもキナーゼドメイン中には自己リン酸化部位およびATP結合部位を含み、自己リン酸化によりキナーゼ活性を調節している。受容体型チロシンキナーゼと異なり、非受容体型チロシンキナーゼには、直接的に結合するリガンドはない。上位の制御因子は細胞膜上に存在する種々の受容体タンパク質であり、非受容体型チロシンキナーゼは、神経系においても様々な膜受容体と会合して、膜受容体から細胞内への情報伝達を担う。Srcファミリーチロシンキナーゼは、現在までにSrc、Yes、Fyn、Fgr、Lyn、Lck、Hck、Blk、Frkの9種が同定されており、脳では、Src、Yes、Fyn、Lyn、Lckが高発現を示す。発現部位ごとにスプライシング多様性がみられるものもある。Srcファミリーチロシンキナーゼの場合、N末端領域にミリスチル化部位やパルミトイル化部位を有し、これらの脂肪酸結合により細胞膜に付着し、膜近辺に局在する様になる。
タンパク質間の結合を制御する機構として、多くの非受容体型チロシンキナーゼには、Src Homology 2 (SH2)ドメインおよびSH3ドメインとよばれるドメイン構造が存在する。SH2ドメインはリン酸化チロシン残基(pTyr)を、SH3はプロリンリッチ領域(X-Pro-X-X-Pro)を、それぞれ認識して結合することで、細胞内情報伝達系におけるタンパク質-タンパク質結合を制御する。これらのドメインは構造的に保存されたアミノ酸配列を持ち、Srcファミリーチロシンキナーゼにおいて最初に見出された。更に、Abl、Fes、Syk/Zap70、Tec、Ack、Csk、Srm、Rak等の非受容体型チロシンキナーゼや、フォスファチジルイノシトール-3キナーゼ (PI3K)、フォスフォリパーゼC (PLC)-γ等のセリン・スレオニンキナーゼ、またGrb2、Nck等のアダプタータンパク質もこれらのドメイン構造を持つことが明らかになった。SH2ドメインは、約100アミノ酸残基の領域であり、2つのアルファヘリックスと7つのベータシートから構成される。SH3ドメインは、約60アミノ酸残基の領域であり、5つないし6つのベータシートからなる典型的なベータバレル構造をもつ。
チロシンリン酸化の神経機能における役割としては、シナプス前膜側からの神経伝達物質放出の調節、様々な電位依存性イオンチャネルおよびリガンド依存性イオンチャネルのコンダクタンスと開口確率の制御[2]、グルタミン酸受容体をはじめとした多くのタンパク質分子のシナプスでの局在と輸送過程の制御が報告されている。更に、それらに伴い、神経可塑性と個体レベルの行動に変化がおこることが知られている。また、他の役割として、神経回路、神経筋接合部やミエリン構造の形成、樹状突起の形態形成や軸索伸長等の過程において、チロシンリン酸化依存的な制御が挙げられる[3]。
参考文献
- ↑
Hunter, T. (2009).
Tyrosine phosphorylation: thirty years and counting. Current opinion in cell biology, 21(2), 140-6. [PubMed:19269802] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Davis, M.J., Wu, X., Nurkiewicz, T.R., Kawasaki, J., Gui, P., Hill, M.A., & Wilson, E. (2001).
Regulation of ion channels by protein tyrosine phosphorylation. American journal of physiology. Heart and circulatory physiology, 281(5), H1835-62. [PubMed:11668044] [WorldCat] [DOI] - ↑
Dabrowski, A., & Umemori, H. (2011).
Orchestrating the synaptic network by tyrosine phosphorylation signalling. Journal of biochemistry, 149(6), 641-53. [PubMed:21508038] [PMC] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:林 崇、担当編集委員: )