「Hodgkin-Huxley方程式」の版間の差分
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Hodgkin-Huxley Equations | |||
== 概略 == | |||
Alan Lloyd Hodgkin (1914-1998)とAndrew Fielding Huxley (1917-2012)は、ともにイギリスの電気生理学者である。イカの巨大軸索における活動電位の発生と伝搬を測定し、その解析から現在の電気生理学の基礎となる概念を生み出すとともに、興奮性細胞(神経細胞、心筋、骨格筋)の電気現象を定量的に扱う道を開いた<ref><pubmed> 12991237 </pubmed></ref>。HodgkinとHuxleyは、電気生理学の基礎を築いた功績により、同じく電気生理学者のJohn Carew Ecclesと3人で、1963年のノーベル医学・生理学賞を受賞している。 | |||
HodgkinとHuxleyの業績の意義は次のように要約できる。 | |||
#活動電位発生時に、ナトリウムイオン(Na<sup>+</sup>)とカリウムイオン(K<sup>+</sup>)が、細胞膜の別々の通路を通ることを示した。この発見はイオンチャネルの存在を予測するものであり、その後のイオンチャネル研究の源となった。なお当時の論文では、イオンチャネル・チャネルという用語は用いられておらず、コンダクタンスという用語が使用されている。 | |||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup>チャネルが開閉する非線形な動態を微分方程式を含む数式で表した。これらの式はまとめてHodgkin-Huxley (HH)方程式と呼ばれる。 | |||
# | #Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup>チャネルおよびleakチャネルを示す数式を組み合わせ、活動電位の発生・伝播を数値的に再現した。現在行われている興奮性細胞の電位シミュレーションは、要素が増えるなどして複雑になっているが基本は変わらない。 | ||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup> | |||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup> | |||
== ''m''<sup>3</sup>''h''と''n''<sup>4</sup> == | == ''m''<sup>3</sup>''h''と''n''<sup>4</sup> == | ||
HodgkinとHuxleyは、電位固定法(voltage-clamp、下記参照)を用いて活動電位に伴うNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>のコンダクタンス(通りやすさ、抵抗の逆数)の変化を定量的に解析し、Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>には別々の通り道があることを示した。そしてNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>のコンダクタンスが電位に依存的なゲート(gate)により開閉されると考えた。 | |||
*Na<sup>+</sup>チャネルは3つの活性化ゲート''m''と不活性化ゲート''h''により開閉される。 | *Na<sup>+</sup>チャネルは3つの活性化ゲート''m''と不活性化ゲート''h''により開閉される。 | ||
*K<sup>+</sup>チャネルは4つの活性化ゲート''n''により開閉される。 | *K<sup>+</sup>チャネルは4つの活性化ゲート''n''により開閉される。 | ||
''m''、''h''、''n'' | ''m''、''h''、''n''は、ゲートが開いている割合を示す値で、単純なTwo-state modelに従う。''m''と''n''は、静止時に閉じており脱分極した時に開く。一方、''h''は静止時に開き脱分極時に閉じる。''m''と''n''ではなく、''m''<sup>3</sup>および''n''<sup>4</sup>としたのは、主に電流の立ち上がりの形をよく再現するためである。 | ||
電流はコンダクタンスと電圧に比例する(''I'' = ''GV''; Ohmの法則)。電圧の大きさは、細胞膜内外のイオン濃度差による電位(平衡電位)を補正しなくてはならない(v-E<sub>X</sub>)。 従って、 Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>により担われる電流''I''<sub>Na</sub>と''I''<sub>K</sub>は、Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>の最大コンダクタンスをそれぞれ ''G''<sup>max</sup><sub>Na</sub>、''G''<sup>max</sup><sub>K</sub> 、平衡電位を''E''<sub>Na</sub>、''E''<sub>K</sub>とすると、 | |||
::<math>I_{Na} = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na})\, </math> | ::<math>I_{Na} = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na})\, </math> | ||
::<math>I_{K} = G^{max}_{K} n^3 (v-E_{K})\, </math> | |||
という式で表される。また主にクロライドイオン(Cl<sup>-</sup>)を通し静止電位保持に主要な役割を果たすリーク(leak)チャネルは、コンダクタンスは電位に依存しないとして、 | |||
::<math>I_{leak} = G_{leak}(v-E_{leak})\, </math> | ::<math>I_{leak} = G_{leak}(v-E_{leak})\, </math> | ||
と表される。 | |||
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''m''、''h''、''n''はTwo-stateモデルに従う値である。 開く速度定数αと閉じる速度定数βはいずれも電位に依存する。 HodgkinとHuxleyは''m''、''h''、''n''のそれぞれについていろいろな電位での αとβの値を実験的に測定し、一連のイカ巨大軸索を用いた実験値を便宜的に次の数式で表した。これらの式は何らかの理論から導きだされたものではない。なお注意すべき点として、以下の式で用いられている変数''v''は、膜電位''V''<sub>''m''</sub>そのものではなく静止電位を基準とした電位を意味している。 | |||
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::<math>\alpha_m = \frac{0.1(-v+25)}{\exp\left(\frac{-v+25}{10}\right)-1}</math> | ::<math>\alpha_m = \frac{0.1(-v+25)}{\exp\left(\frac{-v+25}{10}\right)-1}</math> | ||
::<math>\beta_m = 4\exp\left(\frac{-v}{18}\right)</math> | ::<math>\beta_m = 4\exp\left(\frac{-v}{18}\right)</math> | ||
::<math>\alpha_h = 0.07\exp\left(\frac{-v}{20}\right)</math> | ::<math>\alpha_h = 0.07\exp\left(\frac{-v}{20}\right)</math> | ||
::<math>\beta_h = \frac{1}{\exp\left(\frac{-v+30}{10}\right)+1}</math> | ::<math>\beta_h = \frac{1}{\exp\left(\frac{-v+30}{10}\right)+1}</math> | ||
::<math>\alpha_n = \frac{0.01(-v+10)}{\exp\left(\frac{-v+10}{10}\right)-1}</math> | ::<math>\alpha_n = \frac{0.01(-v+10)}{\exp\left(\frac{-v+10}{10}\right)-1}</math> | ||
::<math>\beta_n = 0.125\exp\left(\frac{-v}{80}\right)</math> | |||
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== 電位変化 == | == 電位変化 == | ||
電位固定実験から得られた上記の式を用いると、電位の変化に応じて変化するNa<sup>+</sup>チャネルとK<sup>+</sup>チャネルのコンダクタンスを計算することができる。 一方、細胞の電位は、電流の入出により変化する。もし電位の初期条件と電流の時間経過がわかっていれば、電位を計算する事が出来る。 これらを組み合わせることにより、細胞の電位の変化を計算できる。この関係は、現在広く行われている興奮性細胞の電位のシミュレーションの基本である。 | |||
以下は数式的な説明。 | |||
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細胞をキャパシタ(コンデンサ)と考える。細胞外液の電位を0とする。細胞膜の電位を''v''、蓄えられる電荷を''Q''、静電容量(capacitance)をCとすると、 | |||
::<math>Q = Cv\, </math> | ::<math>Q = Cv\, </math> | ||
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すなわち、 | すなわち、 | ||
::<math>I = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^ | ::<math>I = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^3 (v-E_{K}) + G_{leak}(v-E_{leak})\, </math> | ||
と表され、電流''I''と電位''V''の関係を示す微分方程式に合わせると、 | と表され、電流''I''と電位''V''の関係を示す微分方程式に合わせると、 | ||
::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^ | ::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^3 (v-E_{K}) + G_{leak}(v-E_{leak})\right)\, </math> | ||
となる。 | となる。 <br> | ||
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== 電位固定法: 基礎となった技術* == | |||
Hodgkin-Huxley以前に、電気生理学の実験が行われていなかったわけではない。電流と電位変化に関する研究はかなり多く行われていた。しかしながら、細胞にはいろいろなイオンチャネルを通して電流が流れるため、細胞の電位''v''と外部から流す電流''I''<sub>ext</sub>の間の関係は、単純ではない。そこでHodgkinとHuxleyは、 voltage clamp(電位固定法)を用いて、コンダクタンスの変化を測定して解析した。 voltage clampは1940年代にアメリカの生物物理学者Kenneth Cole (1900 - 1984)らにより開発された。 | |||
以下は数式的な説明。<br> | |||
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外部より電流''I''<sub>ext</sub>を流した場合、電位の変化は、次の式で示される。 | |||
::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(\sum_X G_{X}(v-E_X) - I_{ext}\right)</math> | ::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(\sum_X G_{X}(v-E_X) - I_{ext}\right)</math> | ||
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''X''はいろいろな種類のチャネルを示している。 | ''X''はいろいろな種類のチャネルを示している。 | ||
この式から、''I''<sub>ext</sub>と電位との関係を理解する事は難しい。しかし''v''が一定となるような外部電流''I''<sub>clamp</sub>を流すと、左辺は0となるため、 | |||
::<math> I_{clamp} = \sum_X G_X (v - E_X)\, </math> | ::<math> I_{clamp} = \sum_X G_X (v - E_X)\, </math> | ||
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::<math>I_{clamp} = G_A (v - E_A)\, </math> | ::<math>I_{clamp} = G_A (v - E_A)\, </math> | ||
となる。これはOhmの法則である。ここで''I''<sub>clamp</sub>は実験の測定値、''v''は実験の設定値、''E''<sub>A</sub>は実験条件で定まる定数なので、 | |||
::<math>G_{A} = \frac{I_{clamp}}{v-E_A}\, </math> | ::<math>G_{A} = \frac{I_{clamp}}{v-E_A}\, </math> | ||
の関係式を用いて、実験データよりイオンチャネル''A''のコンダクタンス''G''<sub>A</sub>を算出できることになる。 | の関係式を用いて、実験データよりイオンチャネル''A''のコンダクタンス''G''<sub>A</sub>を算出できることになる。 | ||
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== Two-state model: 基礎的な考え方 == | == Two-state model: 基礎的な考え方* == | ||
OpenとClosedの2つの状態がある系で、他の状態に移る率が一定の場合、次の性質がある。<br> | |||
* | *指数関数的に変化し、一定の値に近づいていく。 | ||
*近づく値、変化の速さは、初期条件に依存しない。<br> | *近づく値、変化の速さは、初期条件に依存しない。<br> | ||
以下は数式的な説明。 | |||
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OpenとClosedの2つの状態がある系を考え、Openの状態にある確率を''p''とする。Closedの状態にある確立は, 1-''p''となる。''p''は時刻''t''の関数であり、''p''(''t'')と表わすとする。 | |||
いま状態Closedから状態Openへ移っていく単位時間での割合(速度定数、rate constant)をαとし、状態Openから状態Closedへの速度定数をβとする。 ''p''(''t'')の時間的経過を表わす微分方程式は、 | |||
::<math> \frac{dp(t)}{dt} = \alpha (1-p(t)) - \beta p(t)\, </math> | ::<math> \frac{dp(t)}{dt} = \alpha (1-p(t)) - \beta p(t)\, </math> | ||
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*これらの値''p''(∞)、τは、初期値''p''(0)に依存しない。 | *これらの値''p''(∞)、τは、初期値''p''(0)に依存しない。 | ||
さらに、 | |||
::<math>q(t) = p(t) - \frac{\alpha}{\alpha+\beta}\, </math> | ::<math>q(t) = p(t) - \frac{\alpha}{\alpha+\beta}\, </math> | ||
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とより単純な形式となる。この関係は微分方程式の数値計算でよく用いられる。 | とより単純な形式となる。この関係は微分方程式の数値計算でよく用いられる。 | ||
なお、このTwo-stateモデルは''n''-stateモデルに拡張することが可能であり、拡張された式はMarkov過程のシミュレーション等に用いられている。 | |||
== HHモデルに対する批判 == | |||
HHモデルは、比較的少ない数のパラメータで神経軸索の活動電位の発生と伝播を示す事に成功した。しかしその後、イオンチャネルの存在が明らかになり、いろいろな測定が可能になって来ると、HHモデルでは説明できない事が見つかって来た。 | |||
#ゲート電流 | |||
#Single-channel recording | |||
#Markovモデル<br> | |||
== | == 現在におけるHHモデル == | ||
== HH方程式を使ってみる == | |||
HH方程式の数値計算には、ノートPCレベルのコンピュータがあれば十分である。基本的には常微分方程式の数値積分なので、C/C++やFortranなどの通常の言語でプログラムを作成すればよい。しかしそのような計算を目的に開発されて来たNEURONシミュレータを用いると、電位固定でのチャネルの性質や、チャネルを細胞に組み込んだ時の電位の変化などを比較的容易に検証する事が出来る。 <br> | |||
== | == References == | ||
Journal of Physiologyは、Hodgkin & Huxley (1952)論文の60周年を記念して、2012年5月にオンライン版の特別号を出版している。Hogkin & Huxleyおよび関係する論文は、このサイトからリンクされている。 |
2012年8月14日 (火) 10:28時点における版
Hodgkin-Huxley Equations
概略
Alan Lloyd Hodgkin (1914-1998)とAndrew Fielding Huxley (1917-2012)は、ともにイギリスの電気生理学者である。イカの巨大軸索における活動電位の発生と伝搬を測定し、その解析から現在の電気生理学の基礎となる概念を生み出すとともに、興奮性細胞(神経細胞、心筋、骨格筋)の電気現象を定量的に扱う道を開いた[1]。HodgkinとHuxleyは、電気生理学の基礎を築いた功績により、同じく電気生理学者のJohn Carew Ecclesと3人で、1963年のノーベル医学・生理学賞を受賞している。
HodgkinとHuxleyの業績の意義は次のように要約できる。
- 活動電位発生時に、ナトリウムイオン(Na+)とカリウムイオン(K+)が、細胞膜の別々の通路を通ることを示した。この発見はイオンチャネルの存在を予測するものであり、その後のイオンチャネル研究の源となった。なお当時の論文では、イオンチャネル・チャネルという用語は用いられておらず、コンダクタンスという用語が使用されている。
- Na+チャネル、K+チャネルが開閉する非線形な動態を微分方程式を含む数式で表した。これらの式はまとめてHodgkin-Huxley (HH)方程式と呼ばれる。
- Na+チャネル、K+チャネルおよびleakチャネルを示す数式を組み合わせ、活動電位の発生・伝播を数値的に再現した。現在行われている興奮性細胞の電位シミュレーションは、要素が増えるなどして複雑になっているが基本は変わらない。
m3hとn4
HodgkinとHuxleyは、電位固定法(voltage-clamp、下記参照)を用いて活動電位に伴うNa+とK+のコンダクタンス(通りやすさ、抵抗の逆数)の変化を定量的に解析し、Na+とK+には別々の通り道があることを示した。そしてNa+とK+のコンダクタンスが電位に依存的なゲート(gate)により開閉されると考えた。
- Na+チャネルは3つの活性化ゲートmと不活性化ゲートhにより開閉される。
- K+チャネルは4つの活性化ゲートnにより開閉される。
m、h、nは、ゲートが開いている割合を示す値で、単純なTwo-state modelに従う。mとnは、静止時に閉じており脱分極した時に開く。一方、hは静止時に開き脱分極時に閉じる。mとnではなく、m3およびn4としたのは、主に電流の立ち上がりの形をよく再現するためである。
電流はコンダクタンスと電圧に比例する(I = GV; Ohmの法則)。電圧の大きさは、細胞膜内外のイオン濃度差による電位(平衡電位)を補正しなくてはならない(v-EX)。 従って、 Na+とK+により担われる電流INaとIKは、Na+とK+の最大コンダクタンスをそれぞれ GmaxNa、GmaxK 、平衡電位をENa、EKとすると、
という式で表される。また主にクロライドイオン(Cl-)を通し静止電位保持に主要な役割を果たすリーク(leak)チャネルは、コンダクタンスは電位に依存しないとして、
と表される。
m、h、nはTwo-stateモデルに従う値である。 開く速度定数αと閉じる速度定数βはいずれも電位に依存する。 HodgkinとHuxleyはm、h、nのそれぞれについていろいろな電位での αとβの値を実験的に測定し、一連のイカ巨大軸索を用いた実験値を便宜的に次の数式で表した。これらの式は何らかの理論から導きだされたものではない。なお注意すべき点として、以下の式で用いられている変数vは、膜電位Vmそのものではなく静止電位を基準とした電位を意味している。
電位変化
電位固定実験から得られた上記の式を用いると、電位の変化に応じて変化するNa+チャネルとK+チャネルのコンダクタンスを計算することができる。 一方、細胞の電位は、電流の入出により変化する。もし電位の初期条件と電流の時間経過がわかっていれば、電位を計算する事が出来る。 これらを組み合わせることにより、細胞の電位の変化を計算できる。この関係は、現在広く行われている興奮性細胞の電位のシミュレーションの基本である。
以下は数式的な説明。
細胞をキャパシタ(コンデンサ)と考える。細胞外液の電位を0とする。細胞膜の電位をv、蓄えられる電荷をQ、静電容量(capacitance)をCとすると、
の関係が成り立つ。両辺を時間tで微分すると、
となる。一方、流れる電流Iはすなわち電荷量Qであるから、
ここで右辺にマイナス符号が付くのは、細胞に流れ込む電流を負とする習わしによる。
電流Iは、チャネルを流れる電流の和であるから、
すなわち、
と表され、電流Iと電位Vの関係を示す微分方程式に合わせると、
となる。
電位固定法: 基礎となった技術*
Hodgkin-Huxley以前に、電気生理学の実験が行われていなかったわけではない。電流と電位変化に関する研究はかなり多く行われていた。しかしながら、細胞にはいろいろなイオンチャネルを通して電流が流れるため、細胞の電位vと外部から流す電流Iextの間の関係は、単純ではない。そこでHodgkinとHuxleyは、 voltage clamp(電位固定法)を用いて、コンダクタンスの変化を測定して解析した。 voltage clampは1940年代にアメリカの生物物理学者Kenneth Cole (1900 - 1984)らにより開発された。
以下は数式的な説明。
外部より電流Iextを流した場合、電位の変化は、次の式で示される。
Xはいろいろな種類のチャネルを示している。
この式から、Iextと電位との関係を理解する事は難しい。しかしvが一定となるような外部電流Iclampを流すと、左辺は0となるため、
という関係が得られる。もし溶液の組成を工夫しさらにチャネルのブロッカーなどを用いて、イオンチャネルAを流れる電流のみを単離して測れたとすると、
となる。これはOhmの法則である。ここでIclampは実験の測定値、vは実験の設定値、EAは実験条件で定まる定数なので、
の関係式を用いて、実験データよりイオンチャネルAのコンダクタンスGAを算出できることになる。
Two-state model: 基礎的な考え方*
OpenとClosedの2つの状態がある系で、他の状態に移る率が一定の場合、次の性質がある。
- 指数関数的に変化し、一定の値に近づいていく。
- 近づく値、変化の速さは、初期条件に依存しない。
以下は数式的な説明。
OpenとClosedの2つの状態がある系を考え、Openの状態にある確率をpとする。Closedの状態にある確立は, 1-pとなる。pは時刻tの関数であり、p(t)と表わすとする。
いま状態Closedから状態Openへ移っていく単位時間での割合(速度定数、rate constant)をαとし、状態Openから状態Closedへの速度定数をβとする。 p(t)の時間的経過を表わす微分方程式は、
と表される。αとβが定数であるとして、t =∞で定常状態になれば、
であるから、
となる。また微分方程式は解析的に解けて、
となる。 これらの式は次のことを示している。
- p(t)は指数関数的にp(∞)に近づいていく。
- その時定数(time constant)τは1/(α+β)である。
- これらの値p(∞)、τは、初期値p(0)に依存しない。
さらに、
と表すとすると、
とより単純な形式となる。この関係は微分方程式の数値計算でよく用いられる。
なお、このTwo-stateモデルはn-stateモデルに拡張することが可能であり、拡張された式はMarkov過程のシミュレーション等に用いられている。
HHモデルに対する批判
HHモデルは、比較的少ない数のパラメータで神経軸索の活動電位の発生と伝播を示す事に成功した。しかしその後、イオンチャネルの存在が明らかになり、いろいろな測定が可能になって来ると、HHモデルでは説明できない事が見つかって来た。
- ゲート電流
- Single-channel recording
- Markovモデル
現在におけるHHモデル
HH方程式を使ってみる
HH方程式の数値計算には、ノートPCレベルのコンピュータがあれば十分である。基本的には常微分方程式の数値積分なので、C/C++やFortranなどの通常の言語でプログラムを作成すればよい。しかしそのような計算を目的に開発されて来たNEURONシミュレータを用いると、電位固定でのチャネルの性質や、チャネルを細胞に組み込んだ時の電位の変化などを比較的容易に検証する事が出来る。
References
Journal of Physiologyは、Hodgkin & Huxley (1952)論文の60周年を記念して、2012年5月にオンライン版の特別号を出版している。Hogkin & Huxleyおよび関係する論文は、このサイトからリンクされている。
- ↑
HODGKIN, A.L., & HUXLEY, A.F. (1952).
A quantitative description of membrane current and its application to conduction and excitation in nerve. The Journal of physiology, 117(4), 500-44. [PubMed:12991237] [PMC] [WorldCat] [DOI]