「Rhoファミリー低分子量Gタンパク質」の版間の差分

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歴史<br>1985年にRho familyの中でRhoAが新規のRas類似タンパクとして同定された[2]。続いて1989年にRas類似タンパクとしてRac1とRac2が[3]、1990年にCdc42が同定された[4]。Rho familyの細胞内機能の解明には、Rhoを特異的にADPリボシル化して不活性化するボツリヌス菌由来の菌体外酵素C3が大いに貢献した[5, 6]。C3によるRhoの不活性化は、PC-12細胞における神経突起様突起の伸展促進[7]、血小板凝集の阻害[8]、受精卵の細胞分裂の阻害などの細胞形態変化を誘導することから[9]、細胞形態制御におけるRhoの重要性が示唆された。その後、Rhoを不活性化するC3や活性化型Rho変異体を微小注入した線維芽細胞において、Rhoの活性化がアクチンとミオシンが束状に配列したストレスファイバー構造とこれがアンカーする細胞接着斑の誘導に不可欠であることが示された[10]。一方、線維芽細胞におけるRacの活性化は、アクチン線維の網目構造からなる細胞辺縁のラメリポディア(葉状仮足)を誘導し、Cdc42の活性化はアクチン結合タンパクで架橋されたアクチン束からなるフィロポディア(糸状仮足)を誘導することが示された[11]。すなわち、Rho、Rac、Cdc42はアクチン再構築において特異的な作用を発揮することが明らかにされた。<br>
歴史<br>1985年にRho familyの中でRhoAが新規のRas類似タンパクとして同定された<ref><pubmed> 3888408 </pubmed></ref>。続いて1989年にRas類似タンパクとしてRac1とRac2が<ref><pubmed> 2674130 </pubmed></ref>、1990年にCdc42が同定された<ref><pubmed> 2122236 </pubmed></ref>。Rho familyの細胞内機能の解明には、Rhoを特異的にADPリボシル化して不活性化するボツリヌス菌由来の菌体外酵素C3が大いに貢献した[5, 6]。C3によるRhoの不活性化は、PC-12細胞における神経突起様突起の伸展促進[7]、血小板凝集の阻害[8]、受精卵の細胞分裂の阻害などの細胞形態変化を誘導することから[9]、細胞形態制御におけるRhoの重要性が示唆された。その後、Rhoを不活性化するC3や活性化型Rho変異体を微小注入した線維芽細胞において、Rhoの活性化がアクチンとミオシンが束状に配列したストレスファイバー構造とこれがアンカーする細胞接着斑の誘導に不可欠であることが示された[10]。一方、線維芽細胞におけるRacの活性化は、アクチン線維の網目構造からなる細胞辺縁のラメリポディア(葉状仮足)を誘導し、Cdc42の活性化はアクチン結合タンパクで架橋されたアクチン束からなるフィロポディア(糸状仮足)を誘導することが示された[11]。すなわち、Rho、Rac、Cdc42はアクチン再構築において特異的な作用を発揮することが明らかにされた。<br>
 


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ファミリー<br>低分子量Gタンパク質の中で最初に発見されたのはRasであることから、低分子量Gタンパク質をRas類似タンパク質と総称することがある。現在では、哺乳類において低分子量Gタンパク質は約150種類からなり、構造の類似性と主たる機能から、細胞増殖を制御するRas family、細胞骨格を制御するRho family、小胞輸送を制御するRab familyとArf family、核内輸送を制御するRan familyに分類される[12]。これらを包括してRas superfamilyと称する。<br>哺乳類のRho familyはおよそ20種類のメンバーからなり、RhoA、RhoB、RhoC、RhoD、RhoF/Rif、Rnd1、Rnd2、Rnd3/RhoE、Rac1、Rac2、Rac3、RhoG、Cdc42、RhoQ/TC10、RhoJ/TCL、RhoU/Wrch、RhoV/Chp、RhoH/TTF、RhoBTB1、RhoBTB2/DBC-2が含まれる[12]。これらのほとんどが、不活性型のGDP結合型と活性型のGTP結合型の二つの状態を取り、GDP-GTP交換反応と内在性のGTPase活性に依存したGTP水解反応により両者の間を往復してスイッチ機能を果たす[1]。しかし、Rnd1、Rnd2、Rnd3は内在性のGTPase活性に乏しく、恒常的にGTP結合型となる[13]。Rndの機能は局在や発現、リン酸化などにより制御される。  
ファミリー<br>低分子量Gタンパク質の中で最初に発見されたのはRasであることから、低分子量Gタンパク質をRas類似タンパク質と総称することがある。現在では、哺乳類において低分子量Gタンパク質は約150種類からなり、構造の類似性と主たる機能から、細胞増殖を制御するRas family、細胞骨格を制御するRho family、小胞輸送を制御するRab familyとArf family、核内輸送を制御するRan familyに分類される[12]。これらを包括してRas superfamilyと称する。<br>哺乳類のRho familyはおよそ20種類のメンバーからなり、RhoA、RhoB、RhoC、RhoD、RhoF/Rif、Rnd1、Rnd2、Rnd3/RhoE、Rac1、Rac2、Rac3、RhoG、Cdc42、RhoQ/TC10、RhoJ/TCL、RhoU/Wrch、RhoV/Chp、RhoH/TTF、RhoBTB1、RhoBTB2/DBC-2が含まれる[12]。これらのほとんどが、不活性型のGDP結合型と活性型のGTP結合型の二つの状態を取り、GDP-GTP交換反応と内在性のGTPase活性に依存したGTP水解反応により両者の間を往復してスイッチ機能を果たす[1]。しかし、Rnd1、Rnd2、Rnd3は内在性のGTPase活性に乏しく、恒常的にGTP結合型となる[13]。Rndの機能は局在や発現、リン酸化などにより制御される。  
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神経突起の極性形成<br>通常、神経細胞は一本の長い軸索と複数の樹状突起を持ち、軸索と樹状突起では局在化する分子群や細胞骨格の走行が異なる。初代培養神経細胞における軸索と樹状突起の分化には、突起先端でのPI 3-kinaseによるPtdIns(3,4,5)P3産生やPar6/Par3/aPKC複合体の集積が重要である[74, 75]。Rhoファミリー分子群は、このPar6/Par3/aPKCの集積やPI 3-kinaseの制御に重要な働きを担う。軸索になる長い突起の先端にはPI 3-kinaseとRap1bを介してCdc42が集積する[46]。Cdc42の活性化はPar6/Par3/aPKC複合体の局在を制御すると同時にaPKCの活性化を促すことが知られる。Par3はSTEF/Tiam1への結合を介してRacの活性化を誘導することから[76]、突起先端へのPar3の集積は局所的なRacの活性化を介して軸索伸展を促進すると考えられている。さらにRacの活性化は、PI 3-kinaseによるPtdIns(3,4,5)P3産生を増強することから、PI 3-kinase-Rap1b-Cdc42-Par6/Par3-STEF/Tiam1-Rac-PI 3-kinaseからなる正のフィードバック回路が提唱されている[48]。<br>神経突起のガイダンス<br>神経細胞から伸びた軸索は、様々なガイダンス分子により誘導され、標的細胞とシナプスを形成する。ガイダンス分子は成長円錐に局在する受容体に結合し、Rho familyによる細胞骨格の再編成を誘導して、軸索の伸展方向を決定する。<br>セマフォリン(Semaphorins)は主に軸索反発を引き起こすガイダンス分子である[77]。セマフォリンの一つSema-4Dによる軸索反発には、Sema-4Dの受容体Plexin-B1と複合体を形成するRho GEFのLARGやPDZ-Rho GEFによるRho活性化が重要である[78]。セマフォリンによる軸索反発作用にはPlexinのR-Ras GAP活性が必須である。Plexin-A1とPlexin-B1のR-Ras GAP活性にはRnd1が必須であり、Plexin-D1のR-Ras GAP活性にはRnd2が必須である[79-81]。<br>エフリン(Ephrins)も主に軸索反発を引き起こすガイダンス分子であり、Rhoの活性化とRacの不活性化が関与する[77]。エフリン受容体の一つEphA4はRho GEFであるephexinと複合体を形成するが、ephexinはエフリンによるRho活性化に重要である[82]。さらに、EphA4活性化はRac GAPであるα-chimaerinを介してRacの活性を抑制する[83]。EphA4とα-chimaerinは、共に脊髄正中線における軸索反発作用に重要であることが遺伝子欠損マウスの解析から示された[83, 84]。<br>スリット(Slit)は受容体Roboを介して軸索反発を引き起こすガイダンス分子である。過剰発現系では、Slit-RoboによりRacの活性化が誘導される。さらに、ショウジョウバエの遺伝学的解析から、Slitによる軸索反発にはRacそのものに加え、Ras/Rac GEFのSosやRacエフェクターのPAKの関与が示唆された[85]。また、ショウジョウバエの神経細胞では、Rac特異的GAPであるCrGAP/VilseもSlit-Roboによる軸索反発に関与することが示唆されている[86]。<br>ネトリンは状況に応じて軸索誘引と軸索反発を引き起こすガイダンス分子である。ネトリンはDCCに結合して軸索誘引作用を誘導するが、この作用にはDOCK180やTrioを介したRac活性化が関わると考えられている[87, 88]。<br>損傷後の軸索再生は、myelin-associated glycoprotein (MAG)、Nogo-A、chondroitin sulfate proteoglycans (CSPGs)、oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp) などのミエリンおよびオリゴデンドロサイト由来の軸索伸展抑制因子により阻害される。これら抑制因子の作用は、C3酵素によるRhoの不活性化やY-27632によるROCK阻害により抑制される[89]。さらに、ROCK-II欠損マウス由来の後根神経節細胞は、Nogo-22やCSPGによる軸索伸展抑制作用が減弱していた[90]。これらの知見から、Rho-ROCK経路の重要性が示唆されてきた。ROCK-II欠損マウスでは、脊髄損傷モデルにおける軸索損傷後の回復が促進することも報告されている[90]。MAGやNogo-AによるNogo受容体(NgR)活性化は、co-receptorのp75とRho GDIの結合を強化して、Rho GDIからのRho遊離を促進する[91]。遊離されたRhoはRac/Rho GEFであるKalirin-9により活性化されると考えられている[92]。MAGによる軸索伸展抑制には、Rho-ROCKによるCRMP-2リン酸化の関与が示唆されている[93]。<br>シナプス形成とシナプス可塑性<br>中枢神経系の興奮性シナプスの多くは、棘突起(スパイン)と呼ばれる樹状突起にある微小突起上に形成される。スパインは、神経活動に依存した形態変化や形成・消失を示し、神経可塑性に深く関わる[94]。スパインはアクチン線維に富む構造体であることから[95, 96]、アクチン細胞骨格の主たる制御因子であるRho familyの関与に興味がもたれてきた。<br>初代培養神経細胞やスライス培養細胞では、スパインの形成・維持に対し、Racは促進的に、Rhoは抑制的に作用する[62]。これに合致し、Rac GEFであるkalirin-7やTiam1はNMDA受容体と複合体を形成し、これらGEFの機能阻害によりスパインの密度が減少することも示されている[97]。Tiam1のスパインへの局在はPar3依存的であり、Par3の発現抑制ではTiam1の局在がスパインから樹状突起に移行し、異所性のフィロポディアがRac依存的に形成される[98]。一方、Par3と複合体を形成するPar6はp190RhoGAPによるRho不活性化を介してスパイン形成を促進することが示唆されている[99]。Cdc42もスパインの形成・維持に促進的であることが示されているが[100]、関与がないとする報告もある[101]。Cdc42には、C末端にイソプレニル化を受ける通常のアイソフォームとは異なり、パルミトイル化される脳特異的なalternative splicing isoformが存在する。パルミトイル化Cdc42はスパインに集積し、スパイン形成を促進することが示唆されている[102]。Cdc42のパルミトイル化は神経活動依存的に変化することも示されており、Cdc42によるスパイン密度の制御は状況により変化すると考えられる[102]。<br>スパインの形態はシナプス可塑性に伴って大きく変化し、長期増強(long-term potentiation)ではスパインの増大が、長期抑圧(long-term depression)ではスパインの縮小が見られる[103, 104]。このスパインの形態変化はアクチン動態の変化を伴い、またアクチン細胞骨格依存的であることから、Rho familyの関与が調べられてきた。二光子顕微鏡を用いた海馬スライスのイメージングから、グルタミン酸受容体の活性化がスパインでのCdc42とRhoの活性化を誘導すること、活動依存的なスパインの増大にCdc42とRhoが共に重要であることが示された[105]。Cdc42の活性化はスパインに長期的に留まるのに対し、Rhoの活性化はスパインから樹状突起へと拡散する。この活性化のパターンと合致し、Cdc42の活性化はスパインの増大の維持に、Rhoの活性化は初期のスパインの増大に重要であることが示唆されている[105]。活動依存的なスパイン増大におけるCdc42、Rhoの作用には、それぞれPAKとROCKが関与していることが示唆されている[105]。Cofilinとミオシン活性化はシナプス可塑性に重要であることから、現在、PAKによるcofilin不活性化やROCKによるミオシン活性化がシナプス可塑性に関与する可能性が検討されている。Rhoエフェクターの一つCitronは後シナプス肥厚に集積し、PSD-95やNMDA受容体と複合体を形成する[106]。Citron欠損マウスではスパインの密度が減少するが[107]、その作用機序は不明である。<br>また、Rac1やRacエフェクターのWAVE1の遺伝子欠損マウスでも海馬での長期増強や記憶学習の障害が認められることから[108, 109]、活動依存的なスパイン増大にRacが関わる可能性が考えられる。これに合致し、Rac GEFであるkalirin-7はNMDA受容体活性化によるスパイン増大とAMPA受容体の表面提示に重要であるが示されている。NMDA受容体刺激はα-CaMKII依存的にkalirin-7をリン酸化し、Racの活性化を誘導する[110]。NMDA受容体刺激によるTiam1のリン酸化と活性化も報告されている[72]。β-PIXによるCdc42とRacの活性化もスパインの形成や形態制御に重要な働きを担うが、β-PIXは足場タンパクGITを介してスパインに局在し、CaMKK-CaMKIαによるリン酸化により活性化される[111]。Rho特異的なGEFであるLfcも、NMDA受容体刺激によりスパインへ移行し、スパインの密度や形態の制御に関わると考えられている[112]。<br> エフリンによるスパイン形態の制御においてもRho familyは重要な役割を担う。Ephrin-B1によるEphB2刺激はRac GEFであるkalirin-7のスパインへの移行を促し、Rac-PAK経路を介してスパインを増大させることが示されている[113]。EphB活性化によるスパイン密度の増加にはRac GEFのTiam1の関与も示されている[114]。Cdc42とそのGEFであるintersectin-Lはスパイン形成に関わるが、Ephrin-B2刺激はintersectin-Lを介したCdc42活性化を誘導する[100]。また、Ephrin-A1によるEphA4刺激はCdk5によるリン酸化を介してRho GEFのephexin1を活性化し、スパインの退縮とシナプス伝達の減弱を引き起こすことも示されている[115]。<br>非症候性精神遅滞 (non-syndromic mental retardation) の多くはスパインの形態異常を伴う[116]。これに合致して、非症候性精神遅滞の原因遺伝子として、OPHN1 (Oligophrenin-1; Rho family GAP)、PAK3 (PAK3; Rac1/Cdc42エフェクター、Ser/Thr kinase)、ARHGEF6 (αPIX/Cool-2; Rac, Cdc42 GEF) など、数多くのRhoシグナル関連遺伝子が同定されてきた。Oligophrenin-1は前シナプス、後シナプスに共に存在し、グルタミン酸作動性シナプス伝達の促進[117]やシナプス小胞の制御に関わることが報告されている[118]。
神経突起の極性形成<br>通常、神経細胞は一本の長い軸索と複数の樹状突起を持ち、軸索と樹状突起では局在化する分子群や細胞骨格の走行が異なる。初代培養神経細胞における軸索と樹状突起の分化には、突起先端でのPI 3-kinaseによるPtdIns(3,4,5)P3産生やPar6/Par3/aPKC複合体の集積が重要である[74, 75]。Rhoファミリー分子群は、このPar6/Par3/aPKCの集積やPI 3-kinaseの制御に重要な働きを担う。軸索になる長い突起の先端にはPI 3-kinaseとRap1bを介してCdc42が集積する[46]。Cdc42の活性化はPar6/Par3/aPKC複合体の局在を制御すると同時にaPKCの活性化を促すことが知られる。Par3はSTEF/Tiam1への結合を介してRacの活性化を誘導することから[76]、突起先端へのPar3の集積は局所的なRacの活性化を介して軸索伸展を促進すると考えられている。さらにRacの活性化は、PI 3-kinaseによるPtdIns(3,4,5)P3産生を増強することから、PI 3-kinase-Rap1b-Cdc42-Par6/Par3-STEF/Tiam1-Rac-PI 3-kinaseからなる正のフィードバック回路が提唱されている[48]。<br>神経突起のガイダンス<br>神経細胞から伸びた軸索は、様々なガイダンス分子により誘導され、標的細胞とシナプスを形成する。ガイダンス分子は成長円錐に局在する受容体に結合し、Rho familyによる細胞骨格の再編成を誘導して、軸索の伸展方向を決定する。<br>セマフォリン(Semaphorins)は主に軸索反発を引き起こすガイダンス分子である[77]。セマフォリンの一つSema-4Dによる軸索反発には、Sema-4Dの受容体Plexin-B1と複合体を形成するRho GEFのLARGやPDZ-Rho GEFによるRho活性化が重要である[78]。セマフォリンによる軸索反発作用にはPlexinのR-Ras GAP活性が必須である。Plexin-A1とPlexin-B1のR-Ras GAP活性にはRnd1が必須であり、Plexin-D1のR-Ras GAP活性にはRnd2が必須である[79-81]。<br>エフリン(Ephrins)も主に軸索反発を引き起こすガイダンス分子であり、Rhoの活性化とRacの不活性化が関与する[77]。エフリン受容体の一つEphA4はRho GEFであるephexinと複合体を形成するが、ephexinはエフリンによるRho活性化に重要である[82]。さらに、EphA4活性化はRac GAPであるα-chimaerinを介してRacの活性を抑制する[83]。EphA4とα-chimaerinは、共に脊髄正中線における軸索反発作用に重要であることが遺伝子欠損マウスの解析から示された[83, 84]。<br>スリット(Slit)は受容体Roboを介して軸索反発を引き起こすガイダンス分子である。過剰発現系では、Slit-RoboによりRacの活性化が誘導される。さらに、ショウジョウバエの遺伝学的解析から、Slitによる軸索反発にはRacそのものに加え、Ras/Rac GEFのSosやRacエフェクターのPAKの関与が示唆された[85]。また、ショウジョウバエの神経細胞では、Rac特異的GAPであるCrGAP/VilseもSlit-Roboによる軸索反発に関与することが示唆されている[86]。<br>ネトリンは状況に応じて軸索誘引と軸索反発を引き起こすガイダンス分子である。ネトリンはDCCに結合して軸索誘引作用を誘導するが、この作用にはDOCK180やTrioを介したRac活性化が関わると考えられている[87, 88]。<br>損傷後の軸索再生は、myelin-associated glycoprotein (MAG)、Nogo-A、chondroitin sulfate proteoglycans (CSPGs)、oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp) などのミエリンおよびオリゴデンドロサイト由来の軸索伸展抑制因子により阻害される。これら抑制因子の作用は、C3酵素によるRhoの不活性化やY-27632によるROCK阻害により抑制される[89]。さらに、ROCK-II欠損マウス由来の後根神経節細胞は、Nogo-22やCSPGによる軸索伸展抑制作用が減弱していた[90]。これらの知見から、Rho-ROCK経路の重要性が示唆されてきた。ROCK-II欠損マウスでは、脊髄損傷モデルにおける軸索損傷後の回復が促進することも報告されている[90]。MAGやNogo-AによるNogo受容体(NgR)活性化は、co-receptorのp75とRho GDIの結合を強化して、Rho GDIからのRho遊離を促進する[91]。遊離されたRhoはRac/Rho GEFであるKalirin-9により活性化されると考えられている[92]。MAGによる軸索伸展抑制には、Rho-ROCKによるCRMP-2リン酸化の関与が示唆されている[93]。<br>シナプス形成とシナプス可塑性<br>中枢神経系の興奮性シナプスの多くは、棘突起(スパイン)と呼ばれる樹状突起にある微小突起上に形成される。スパインは、神経活動に依存した形態変化や形成・消失を示し、神経可塑性に深く関わる[94]。スパインはアクチン線維に富む構造体であることから[95, 96]、アクチン細胞骨格の主たる制御因子であるRho familyの関与に興味がもたれてきた。<br>初代培養神経細胞やスライス培養細胞では、スパインの形成・維持に対し、Racは促進的に、Rhoは抑制的に作用する[62]。これに合致し、Rac GEFであるkalirin-7やTiam1はNMDA受容体と複合体を形成し、これらGEFの機能阻害によりスパインの密度が減少することも示されている[97]。Tiam1のスパインへの局在はPar3依存的であり、Par3の発現抑制ではTiam1の局在がスパインから樹状突起に移行し、異所性のフィロポディアがRac依存的に形成される[98]。一方、Par3と複合体を形成するPar6はp190RhoGAPによるRho不活性化を介してスパイン形成を促進することが示唆されている[99]。Cdc42もスパインの形成・維持に促進的であることが示されているが[100]、関与がないとする報告もある[101]。Cdc42には、C末端にイソプレニル化を受ける通常のアイソフォームとは異なり、パルミトイル化される脳特異的なalternative splicing isoformが存在する。パルミトイル化Cdc42はスパインに集積し、スパイン形成を促進することが示唆されている[102]。Cdc42のパルミトイル化は神経活動依存的に変化することも示されており、Cdc42によるスパイン密度の制御は状況により変化すると考えられる[102]。<br>スパインの形態はシナプス可塑性に伴って大きく変化し、長期増強(long-term potentiation)ではスパインの増大が、長期抑圧(long-term depression)ではスパインの縮小が見られる[103, 104]。このスパインの形態変化はアクチン動態の変化を伴い、またアクチン細胞骨格依存的であることから、Rho familyの関与が調べられてきた。二光子顕微鏡を用いた海馬スライスのイメージングから、グルタミン酸受容体の活性化がスパインでのCdc42とRhoの活性化を誘導すること、活動依存的なスパインの増大にCdc42とRhoが共に重要であることが示された[105]。Cdc42の活性化はスパインに長期的に留まるのに対し、Rhoの活性化はスパインから樹状突起へと拡散する。この活性化のパターンと合致し、Cdc42の活性化はスパインの増大の維持に、Rhoの活性化は初期のスパインの増大に重要であることが示唆されている[105]。活動依存的なスパイン増大におけるCdc42、Rhoの作用には、それぞれPAKとROCKが関与していることが示唆されている[105]。Cofilinとミオシン活性化はシナプス可塑性に重要であることから、現在、PAKによるcofilin不活性化やROCKによるミオシン活性化がシナプス可塑性に関与する可能性が検討されている。Rhoエフェクターの一つCitronは後シナプス肥厚に集積し、PSD-95やNMDA受容体と複合体を形成する[106]。Citron欠損マウスではスパインの密度が減少するが[107]、その作用機序は不明である。<br>また、Rac1やRacエフェクターのWAVE1の遺伝子欠損マウスでも海馬での長期増強や記憶学習の障害が認められることから[108, 109]、活動依存的なスパイン増大にRacが関わる可能性が考えられる。これに合致し、Rac GEFであるkalirin-7はNMDA受容体活性化によるスパイン増大とAMPA受容体の表面提示に重要であるが示されている。NMDA受容体刺激はα-CaMKII依存的にkalirin-7をリン酸化し、Racの活性化を誘導する[110]。NMDA受容体刺激によるTiam1のリン酸化と活性化も報告されている[72]。β-PIXによるCdc42とRacの活性化もスパインの形成や形態制御に重要な働きを担うが、β-PIXは足場タンパクGITを介してスパインに局在し、CaMKK-CaMKIαによるリン酸化により活性化される[111]。Rho特異的なGEFであるLfcも、NMDA受容体刺激によりスパインへ移行し、スパインの密度や形態の制御に関わると考えられている[112]。<br> エフリンによるスパイン形態の制御においてもRho familyは重要な役割を担う。Ephrin-B1によるEphB2刺激はRac GEFであるkalirin-7のスパインへの移行を促し、Rac-PAK経路を介してスパインを増大させることが示されている[113]。EphB活性化によるスパイン密度の増加にはRac GEFのTiam1の関与も示されている[114]。Cdc42とそのGEFであるintersectin-Lはスパイン形成に関わるが、Ephrin-B2刺激はintersectin-Lを介したCdc42活性化を誘導する[100]。また、Ephrin-A1によるEphA4刺激はCdk5によるリン酸化を介してRho GEFのephexin1を活性化し、スパインの退縮とシナプス伝達の減弱を引き起こすことも示されている[115]。<br>非症候性精神遅滞 (non-syndromic mental retardation) の多くはスパインの形態異常を伴う[116]。これに合致して、非症候性精神遅滞の原因遺伝子として、OPHN1 (Oligophrenin-1; Rho family GAP)、PAK3 (PAK3; Rac1/Cdc42エフェクター、Ser/Thr kinase)、ARHGEF6 (αPIX/Cool-2; Rac, Cdc42 GEF) など、数多くのRhoシグナル関連遺伝子が同定されてきた。Oligophrenin-1は前シナプス、後シナプスに共に存在し、グルタミン酸作動性シナプス伝達の促進[117]やシナプス小胞の制御に関わることが報告されている[118]。
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