「意識障害」の版間の差分

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=== 遷延性植物状態 ===
=== 遷延性植物状態 ===


 遷延性植物状態(persistent vegetative state) (Jennett and Plum, 1972)とは、覚醒しているにもかかわらず、外界に順応した反応が欠如しており、意思の疎通であるところの精神活動を行っている徴候が認められない状態である。その診断基準は、1.自発呼吸の存在(人工呼吸器から離脱している)、2.全身状態良好、3.糞尿失禁状態、4.睡眠・覚醒のサイクルが保たれている、5.終日臥床(寝たきり)、6.経管栄養、の6つの項目が1ヶ月(persistent; 遷延性)ないし3ヶ月以上(permanent)持続するものである。意識の3要素で説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)はほぼ完全に回復しながら、意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に失われ、運動反応(y軸)がさまざまなレベルで障害された状態といえる(図1)。
 遷延性植物状態(persistent vegetative state)<ref><pubmed>4111204</pubmed></ref>とは、覚醒しているにもかかわらず、外界に順応した反応が欠如しており、意思の疎通であるところの精神活動を行っている徴候が認められない状態である。その診断基準は、1.自発呼吸の存在(人工呼吸器から離脱している)、2.全身状態良好、3.糞尿失禁状態、4.睡眠・覚醒のサイクルが保たれている、5.終日臥床(寝たきり)、6.経管栄養、の6つの項目が1ヶ月(persistent; 遷延性)ないし3ヶ月以上(permanent)持続するものである。意識の3要素で説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)はほぼ完全に回復しながら、意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に失われ、運動反応(y軸)がさまざまなレベルで障害された状態といえる(図1)。


 上述の診断基準で分かる通り、植物状態とは症候群であって特定の病態を指すものではない。植物状態をきたし得る原因としては、脳血管障害、頭部外傷、低酸素脳症、薬物中毒など様々である。その長期的予後は、神経内科医、脳神経外科医らによる合同委員会(Multi-Society Task Force on PVS, 1994)によると、成人で外傷性の場合、1ヶ月間植物状態にあった患者では33%が受傷後3ヶ月以内、52%が受傷後1年で意識を回復している反面、3ヶ月時点・6ヶ月時点で植物状態であった場合は1年で意識回復する立はそれぞれ35%、16%に低下した。この割合は小児で外傷性の場合は若干良くなるが、非外傷性の植物状態では成人・小児とも回復の可能性は著しく少なくなる。これらのことから、外傷性では1年、非外傷性(低酸素脳症など)では3ヶ月持続した植物状態の回復の可能性は極めて低いことが示唆される。しかしながら、上記の通り植物状態の原因疾患は様々であり、その予後については個々の症例の病態に即して判断する必要がある。例えば、外傷性で3ヶ月から1年近く植物状態が持続した症例で薬物療法による回復例などが報告されており(Childs and Mercer, 1996; Matsuda, 2003)、統計結果を安易に個別の症例に適用することは慎重であらねばならない。
 上述の診断基準で分かる通り、植物状態とは症候群であって特定の病態を指すものではない。植物状態をきたし得る原因としては、脳血管障害、頭部外傷、低酸素脳症、薬物中毒など様々である。その長期的予後は、神経内科医、脳神経外科医らによる合同委員会<ref><pubmed>7818633</pubmed></ref>によると、成人で外傷性の場合、1ヶ月間植物状態にあった患者では33%が受傷後3ヶ月以内、52%が受傷後1年で意識を回復している反面、3ヶ月時点・6ヶ月時点で植物状態であった場合は1年で意識回復する立はそれぞれ35%、16%に低下した。この割合は小児で外傷性の場合は若干良くなるが、非外傷性の植物状態では成人・小児とも回復の可能性は著しく少なくなる。これらのことから、外傷性では1年、非外傷性(低酸素脳症など)では3ヶ月持続した植物状態の回復の可能性は極めて低いことが示唆される。しかしながら、上記の通り植物状態の原因疾患は様々であり、その予後については個々の症例の病態に即して判断する必要がある。例えば、外傷性で3ヶ月から1年近く植物状態が持続した症例で薬物療法による回復例などが報告されており<ref>'''Childs NL and Mercer WN'''<br>''N Eng J Med'' 334: 24, 1996</ref> <ref><pubmed>14617720</pubmed></ref>、統計結果を安易に個別の症例に適用することは慎重であらねばならない。
Jennett B et al.: Lancet 1: 734, 1972
Multi-Society Task Force on PVS: New Eng J Med: 330: 1499, 1994
Childs NL and Mercer WN: N Eng J Med 334: 24, 1996
Matsuda W et al.: J Neurol Neurosurg Psychiatry 74: 1571, 2003


=== 最小意識状態 ===  
=== 最小意識状態 ===  


 最小意識状態(minimally conscious state)(Giacinoら, 2002)とは、遷延性意識障害患者において、再現可能か持続性の点から限られているが、部分的に自己または周囲を認識しているという行動上の根拠が最小ではあるが確実にある状態、である。その診断基準によれば、自己または周囲への認識とは、1.単純な指示に従う、2.身振りまたは言葉で「はい・いいえ」で反応する、3.理解可能な発語、4.関連する刺激に左右される運動または感情的行動を含む合目的的な行動(例えば刺激による喜怒哀楽の表出など)、のうち1つまたはそれ以上が認められるもの、とされる。最小意識状態は古くは不完全植物症という言葉で示されるように植物状態の一部と見なされていたが、その転帰が植物状態と比較して有意に良好であることが報告され(Giacino, 2005)、植物状態と区別されるようになった。
 最小意識状態(minimally conscious state)<ref><pubmed>11839831</pubmed></ref>とは、遷延性意識障害患者において、再現可能か持続性の点から限られているが、部分的に自己または周囲を認識しているという行動上の根拠が最小ではあるが確実にある状態、である。その診断基準によれば、自己または周囲への認識とは、1.単純な指示に従う、2.身振りまたは言葉で「はい・いいえ」で反応する、3.理解可能な発語、4.関連する刺激に左右される運動または感情的行動を含む合目的的な行動(例えば刺激による喜怒哀楽の表出など)、のうち1つまたはそれ以上が認められるもの、とされる。最小意識状態は古くは不完全植物症という言葉で示されるように植物状態の一部と見なされていたが、その転帰が植物状態と比較して有意に良好であることが報告され<ref><pubmed>16350959</pubmed></ref>、植物状態と区別されるようになった。
Giacino JT, et al.: Neurology 58: 349, 2002
Giacino JT, et al.: Neuropsychol Rehabil 15: 166, 2005


=== 施錠症候群またはとじこめ症候群===  
=== 施錠症候群またはとじこめ症候群===  


 施錠症候群またはとじこめ症候群(“locked-in”syndrome)(Plum and Posner,1966)とは、両側皮質脊髄路(錐体路)および下部脳神経の障害により被蓋を含まない腹側橋部および延髄が障害され四肢麻痺(両側錐体路障害)および無言(両側下位皮質球路障害)をきたした状態である。原因としては、脳底動脈閉塞による橋梗塞が圧倒的に多いが、脳幹部腫瘍、脳炎、外傷等によっても起こりえる。意識の3要素を用いて説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)と意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に保たれているにもかかわらず、運動反応(y軸)ほぼ完全に障害された状態といえる(図1)。
 施錠症候群またはとじこめ症候群(“locked-in”syndrome)<ref>'''Posner JB and Plum F'''<br>Plum and Posner's diagnosis of stupor and coma<br>(1st E.D.), 1966</ref>とは、両側皮質脊髄路(錐体路)および下部脳神経の障害により被蓋を含まない腹側橋部および延髄が障害され四肢麻痺(両側錐体路障害)および無言(両側下位皮質球路障害)をきたした状態である。原因としては、脳底動脈閉塞による橋梗塞が圧倒的に多いが、脳幹部腫瘍、脳炎、外傷等によっても起こりえる。意識の3要素を用いて説明すれば、覚醒軸は(図1のx軸)と意識内容(z軸;精神活動)がほぼ完全に保たれているにもかかわらず、運動反応(y軸)ほぼ完全に障害された状態といえる(図1)。


 随意に動かせる身体部位は眼球の上下運動とまばたきだけになるため意思疎通に著しく困難をきたすため医療現場では植物状態と混同されることがあるが、本症候群はあくまで運動障害であり、内的な意識はほぼ完全に保たれているところが植物状態あるいは最小意識状態と決定的に異なる。
 随意に動かせる身体部位は眼球の上下運動とまばたきだけになるため意思疎通に著しく困難をきたすため医療現場では植物状態と混同されることがあるが、本症候群はあくまで運動障害であり、内的な意識はほぼ完全に保たれているところが植物状態あるいは最小意識状態と決定的に異なる。
Posner JB and Plum F: Plum and Posner’s diagnosis of stupor and coma (1st E.D.), 1966


=== 無動性無言[症]===  
=== 無動性無言[症]===  


 無動性無言[症]( akinetic mutism)(Cairn et al,1941)とは、その原著(Cairn, 1941)によれば、脳腫瘍が拡大し第三脳室壁および前頭葉後部内腹側面を圧迫した際、患者が覚醒しているように見えるが、無言で、こわばり、動作がみられないという状態であったとされる。外科的減圧により改善し周囲への認識がみられたが無言無動状態の期間中の記憶はなかった。その後の研究から、内側底部前頭前野、前方帯状回、前大脳動脈支配領域の内側前頭前野、吻側基底核の病変で同様の症状が起こることが明らかとなった。原因としては、脳腫瘍の他、パーキンソン病、プリオン病などの変性疾患、クモ膜下出血なども報告されている。
 無動性無言[症](akinetic mutism)とは、その原著<ref>'''Cairns H et al.'''<br>Brain 84: 272, 1941</ref>によれば、脳腫瘍が拡大し第三脳室壁および前頭葉後部内腹側面を圧迫した際、患者が覚醒しているように見えるが、無言で、こわばり、動作がみられないという状態であったとされる。外科的減圧により改善し周囲への認識がみられたが無言無動状態の期間中の記憶はなかった。その後の研究から、内側底部前頭前野、前方帯状回、前大脳動脈支配領域の内側前頭前野、吻側基底核の病変で同様の症状が起こることが明らかとなった。原因としては、脳腫瘍の他、パーキンソン病、プリオン病などの変性疾患、クモ膜下出血なども報告されている。
Cairns H et al.: Brain 84: 272, 1941


=== 失外套症候群 ===
=== 失外套症候群 ===
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== 脳死 ==
== 脳死 ==


 中枢神経系が不可逆的損傷を受け、大脳半球機能、脳幹機能のすべてが失われている状態を指す(Schlotzhauer and Liang, 2002)。多くの国で「ヒトの死」とされているが、近年の人工呼吸器や昇圧剤などによる全身管理により心臓の拍動が維持されうるため、本邦では、「ヒトの死」の解釈を巡り社会的問題となっている。
 中枢神経系が不可逆的損傷を受け、大脳半球機能、脳幹機能のすべてが失われている状態を指す<ref><pubmed>12512174</pubmed></ref>(Schlotzhauer and Liang, 2002)。多くの国で「ヒトの死」とされているが、近年の人工呼吸器や昇圧剤などによる全身管理により心臓の拍動が維持されうるため、本邦では、「ヒトの死」の解釈を巡り社会的問題となっている。


 脳死(brain death)の判定は、竹内基準に基づいて6つの項目によって脳死判定が行われ、①深昏睡(JCS-300,GCS-3)、②自発呼吸消失、③瞳孔固定(瞳孔径は左右とも4mm以上)、④脳幹反射の消失(対光・角膜・網様体脊髄・眼球頭・前庭・咽頭・咳反対)、⑤平坦脳波(最低4導出で30分間)、⑥上記諸条件が満たされた後、6時間経過をみて変化がないことを確認する。
 脳死(brain death)の判定は、竹内基準に基づいて6つの項目によって脳死判定が行われ、①深昏睡(JCS-300,GCS-3)、②自発呼吸消失、③瞳孔固定(瞳孔径は左右とも4mm以上)、④脳幹反射の消失(対光・角膜・網様体脊髄・眼球頭・前庭・咽頭・咳反対)、⑤平坦脳波(最低4導出で30分間)、⑥上記諸条件が満たされた後、6時間経過をみて変化がないことを確認する。
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 脳死が社会的問題となる理由のひとつに、脳死患者からの臓器移植がある。本邦においては、1997年10月16日に臓器移植法が施行され、心臓停止後の腎臓と角膜の移植に加え、脳死からの心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸などの移植が法律上可能になったが、脳死での臓器提供には、本人の書面による生前の意思表示と家族の承諾が必要であった。しかし、2010年7月17日に改正臓器移植法が全面施行され、本人の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるようになり、15歳未満の方からの脳死下での臓器提供ができるようになった。生後12週未満の幼児については、法的脳死判定の対象から除外され、生後12週~6歳未満の小児については脳死判定の間隔を24時間以上としている。2012年6月には、本邦で最初の6歳未満の脳死患者からの臓器提供が行われた。
 脳死が社会的問題となる理由のひとつに、脳死患者からの臓器移植がある。本邦においては、1997年10月16日に臓器移植法が施行され、心臓停止後の腎臓と角膜の移植に加え、脳死からの心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸などの移植が法律上可能になったが、脳死での臓器提供には、本人の書面による生前の意思表示と家族の承諾が必要であった。しかし、2010年7月17日に改正臓器移植法が全面施行され、本人の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるようになり、15歳未満の方からの脳死下での臓器提供ができるようになった。生後12週未満の幼児については、法的脳死判定の対象から除外され、生後12週~6歳未満の小児については脳死判定の間隔を24時間以上としている。2012年6月には、本邦で最初の6歳未満の脳死患者からの臓器提供が行われた。
Schlotzhauer AV and Liang BA: Clin North Am 16: 1397, 2002


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />
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