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同義語:中間表現型(intermediate phenotype) | 同義語:中間表現型(intermediate phenotype) | ||
エンドフェノタイプは、[[wikipedia:ja:遺伝学|遺伝学]]的な研究における[[wikipedia:ja:表現型|表現型]]である。[[統合失調症]]や[[双極性障害]]の[[精神障害]]においては、[[wikipedia:ja:家族集積性|家族集積性]]が認められ強い[[wikipedia:ja:遺伝要因|遺伝要因]]があることから、[[wikipedia:ja:リスク遺伝子|リスク遺伝子]]や[[wikipedia:ja:原因遺伝子|原因遺伝子]]が存在することが想定されている。しかし、統合失調症や双極性障害そのものを表現型とした[[wikipedia:ja:連鎖解析研究|連鎖解析研究]] | エンドフェノタイプは、[[wikipedia:ja:遺伝学|遺伝学]]的な研究における[[wikipedia:ja:表現型|表現型]]である。[[統合失調症]]や[[双極性障害]]の[[精神障害]]においては、[[wikipedia:ja:家族集積性|家族集積性]]が認められ強い[[wikipedia:ja:遺伝要因|遺伝要因]]があることから、[[wikipedia:ja:リスク遺伝子|リスク遺伝子]]や[[wikipedia:ja:原因遺伝子|原因遺伝子]]が存在することが想定されている。しかし、統合失調症や双極性障害そのものを表現型とした[[wikipedia:ja:連鎖解析研究|連鎖解析研究]]や関連解析研究において、結果が一致しないことから、病気そのものではなく、遺伝子と病気という表現型の「中間」に存在するその精神障害において認められる特徴的な神経生物学的な障害であるエンドフェノタイプを遺伝学的な表現型を用いることが有用ではないかと考えられた。 | ||
例えば、統合失調症家系の中に、双極性障害、[[うつ病]]、[[パーソナリティ障害]] | 例えば、統合失調症家系の中に、双極性障害、[[うつ病]]、[[パーソナリティ障害]]などの者がいた場合、「罹患者」と考えるか、「非罹患者」と考えるかで、解析結果が異なり、これが連鎖解析の再現性を失わせている可能性がある。この問題が、疾患と遺伝子多型との関連解析に加えて、疾患とエンドフェノタイプの関係、エンドフェノタイプと遺伝子多型の関連を、それぞれ独立に検討することにより、解決できるのではないかと期待される。 | ||
なお、中間表現型(intermediate phenotype) は、元来、遺伝学用語で、不完全優先遺伝において、ヘテロ接合体が示すホモ接合体と野生型の中間的な表現型を意味する用語であり、エンドフェノタイプと重なりがある可能性はあるものの、厳密には由来の異なる概念である。しかし、現在では、同義語として用いられる場合も多い。 | |||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
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[[Image:Rhashimoto fig1.png|thumb|350px|'''図1.中間表現型研究の発展''']] | [[Image:Rhashimoto fig1.png|thumb|350px|'''図1.中間表現型研究の発展''']] | ||
1986年にGershonらが精神医学領域において、初めてエンドフェノタイプの概念について提唱した<ref name="ref1"><pubmed>3465198 </pubmed></ref> | 1986年にGershonらが精神医学領域において、初めてエンドフェノタイプの概念について提唱した<ref name="ref1"><pubmed>3465198 </pubmed></ref>。その後Gottesmanらがエンドフェノタイプという用語を導入し<ref><pubmed>3307978 </pubmed></ref>、一方、Weinbergerらは、同様の概念に対し、1998年に中間表現型(intermediate phenotype)という用語を用いた<ref><pubmed>9821558 </pubmed></ref>。 | ||
2001年にWeinbergerらが、[[ドーパミン]]の代謝酵素である[[カテコールアミン#代謝分解|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]](catechol-''O''-methyltransferase | 2001年にWeinbergerらが、[[ドーパミン]]の代謝酵素である[[カテコールアミン#代謝分解|カテコール-''O''-メチル基転移酵素]](catechol-''O''-methyltransferase, COMT)遺伝子の機能的多型であるVal多型はMet多型と比較してCOMT酵素活性が高く、その結果、[[前頭葉]]のドーパミン量が低下し、前頭葉機能とその効率が悪くなることを[[認知機能]]と[[機能的MRI]]を用いて示し、最後に統合失調症のリスクとなるという発表を行った<ref><pubmed>11381111 </pubmed></ref>。この研究を端緒に、統合失調症の[[認知機能障害]]、脳神経画像の異常、神経生理学的異常所見を中間表現型として統合失調症のリスク遺伝子を見出す研究が実際的に開始された。本邦においては、2003年に橋本らがWeinbergerらの考えを日本に紹介した<ref>'''橋本亮太、Weinberger DR'''<br>統合的アプローチから精神疾患の病態にせまる‐ゲノム的アプローチを越えて‐エンドフェノタイプ(中間表現型)の定義<br>''実験医学 '':2003; 21: 1304-1308</ref>。 | ||
[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=endophenotype Pubmedにおいてendophenotype (intermediate phenotype)で引用される論文]は、1990年前半で10編、後半で約50編、2000年前半で約400編、2000年後半で約1200編と急速に増えており<ref><pubmed>18458787</pubmed></ref>、本邦においてはこの分野の日本生物学的精神医学会年会における中間表現型の発表は概念が導入された2003年にはなかったものの2010年には口演の22%、ポスター発表の9%を占めるようになり、遺伝学的研究のみならず、[[生物学的精神医学]]研究の中心的な研究手法となりつつある(図1)<ref name="ref7">'''橋本亮太、大井一高、安田由華、福本素由己、山森英長、梅田知美、岡田武也、武田雅俊'''<br>分子遺伝学の新しいアプローチによる精神疾患解明 統合失調症の中間表現型研究の最前線<br>''日本生物学的精神医学会誌'':2012; 23: 9-14</ref>。 | [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=endophenotype Pubmedにおいてendophenotype (intermediate phenotype)で引用される論文]は、1990年前半で10編、後半で約50編、2000年前半で約400編、2000年後半で約1200編と急速に増えており<ref><pubmed>18458787</pubmed></ref>、本邦においてはこの分野の日本生物学的精神医学会年会における中間表現型の発表は概念が導入された2003年にはなかったものの2010年には口演の22%、ポスター発表の9%を占めるようになり、遺伝学的研究のみならず、[[生物学的精神医学]]研究の中心的な研究手法となりつつある(図1)<ref name="ref7">'''橋本亮太、大井一高、安田由華、福本素由己、山森英長、梅田知美、岡田武也、武田雅俊'''<br>分子遺伝学の新しいアプローチによる精神疾患解明 統合失調症の中間表現型研究の最前線<br>''日本生物学的精神医学会誌'':2012; 23: 9-14</ref>。 | ||
本邦では、中間表現型という用語がよく用いられるが、遺伝子と精神疾患の中間、健常者と患者の中間にある精神疾患を持たない患者血縁者においても認められる、といったイメージから、わかりやすいためと思われる。 | |||
== 定義 == | == 定義 == | ||
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[[Image:Rhashimoto fig 2.jpg|thumb|350px|<b>図2.エンドフェノタイプ(中間表現型)の新しい方向性</b>]] | [[Image:Rhashimoto fig 2.jpg|thumb|350px|<b>図2.エンドフェノタイプ(中間表現型)の新しい方向性</b>]] | ||
代表的な統合失調症のエンドフェノタイプ(中間表現型)としては、認知機能、脳画像、神経生理機能などがよく用いられてきたが、最近はより幅広く、[[人格傾向]]や遺伝子発現などもエンドフェノタイプの一つとして用いられるようになってきた(図2)<ref name="ref11">'''橋本亮太、安田由華、大井一高、福本素由己、梅田知美、岡田武也、山森英長、武田雅俊'''<br>脳の機能と統合失調症-新たな診断と治療への展望- 統合失調症の中間表現型<br>''精神科治療学'':2011; 26: 1363-1369</ref>。認知機能には、[[言語]]性記憶、[[視覚]]性記憶、[[作業記憶]]、[[実行機能|遂行機能]]、語流暢性、注意・集中力、精神運動速度、視・知覚運動処理などがある。言語性記憶に関しても[[短期記憶]]と[[長期記憶]]に分かれ、さらにそれぞれについて確立した測定法が複数あるため、本来ならばその一つ一つについて中間表現型の定義を満たすかどうかを確認する必要があるが、実際にそのエビデンスがあるものは少ないのが現状である<ref name="ref8" />。ある程度妥当性の高いエンドフェノタイプは存在するが、理想的なエンドフェノタイプは未だ存在しないと言えよう。 | |||
以下によく用いられる統合失調症のエンドフェノタイプについて述べる。 | 以下によく用いられる統合失調症のエンドフェノタイプについて述べる。 | ||
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=== 今後の方向性 === | === 今後の方向性 === | ||
精神障害のリスク遺伝子を見出すための一方法としてエンドフェノタイプという概念が提唱されたが、その概念は徐々に拡大しており、遺伝子と量的に測定可能な神経生物学的な表現型との関連を検討することにより、その遺伝子の機能を見出すというように広く用いられるようになってきている(図2)<ref name="ref11" />。その結果、脳神経画像の分野ではimaging geneticsとして、神経心理学の分野ではneurocognitive geneticsとして発展してきている<ref>'''橋本亮太、大井一高、安田由華、吉田哲彦、武田雅俊'''<br>精神疾患の脳画像解析学と分子生物学の統合 中間表現型としての脳画像解析の現状と展望<br>''分子精神医学'':2007; 7: 214-221</ref>。エンドフェノタイプと遺伝子の関連解析は、異分野の研究手法を用いて多数のサンプルサイズを必要とするため、この解析が可能な研究施設は少ないという問題点があるが、精神疾患を超えて神経科学の分野のトレンドとなることでこの問題が解決すると考えられ、今後の発展が期待される。 | |||
エンドフェノタイプは、精神疾患における定量的に測定できる神経生物学的な表現型であることから、いわゆる生物学的な診断マーカーとしての期待が持てる。一つ一つの中間表現型(例えば、[[記憶障害]]や脳構造異常)の感度と特異度は十分ではなく、未だ生物学的な診断マーカーは見つかっていない。しかし、精神疾患の病態のうち異なる遺伝子による異常を反映すると考えられるエンドフェノタイプの組み合わせを用いることにより、診断マーカーの開発につながることが期待されている(図2)<ref name="ref11" />。 | |||
動物モデルの研究への応用可能性も今後期待される分野である。現在、精神疾患の診断は、多くを患者本人の主観的体験の陳述と行動の観察に頼っている。特に、[[幻聴]]や[[妄想]]といった症状は、動物で定義することは不可能である。動物でも定量可能なエンドフェノタイプを用いることで、こうした問題を克服できる可能性がある。実際に、統合失調症においてはプレパルス抑制の障害をヒトとモデル動物の双方に用いて研究がなされている。また、エンドフェノタイプ概念を、ヒトで直接測定することの困難な、細胞、神経回路レベルにまで拡張できるかどうかは、今後の課題であろう。 | |||
=== 今後の課題 === | === 今後の課題 === | ||
エンドフェノタイプ研究の第一の課題は、解析手法の多様性と、それに伴うサンプル収集の困難さである。すなわち、エンドフェノタイプ研究は、精神疾患という表現型を扱う精神医学、遺伝学、エンドフェノタイプである脳神経画像学などを統合した研究であり、多分野を理解し統合することのできる研究者が、それぞれの専門家と協力するという体制をつくる必要があると言えよう。そのような困難もある中、本邦では、ヒト脳表現型コンソーシアムが、多数のサンプルを収集してデータの提供や共同研究を行なっている<ref name="ref7" />。 | |||
次は精神疾患のリスク遺伝子を見出す上で、本当にエンドフェノタイプが有用なのかどうか、という方法論的な問題点である。エンドフェノタイプの遺伝率が、精神疾患そのものの遺伝率より低ければ、エンドフェノタイプを用いる意義が乏しくなってしまう。この点について、現時点では結論は出ていない。 | |||
エンドフェノタイプは、その定義から素因依存性(trait dependent, 状態によって変化しないもの)であるべきであるが、このような表現型はしばしば状態依存性(state dependent)に変化するという問題点がある。例えば、認知機能は服用している[[向精神薬]]の影響を受けることがあり、神経生理機能である脳波やプレパルス抑制などは、[[wikipedia:ja:喫煙|喫煙]]の影響を強く受け、遺伝子発現においては死後脳では死因を強く反映する。さらに、統合失調症では、精神症状と認知機能が相関することが知られており、精神症状が悪化すると、測定することすら不可能となる。比較的安定であると思われている脳構造画像においても、近年は発症後にさまざまな部位で進行性に脳体積の減少が起こることが知られている。このように、素因だけではなく、測定時の生理的な状態、精神症状、精神疾患の進行(病期)の影響を受けるため、すべてが遺伝子で説明できるわけではないことを理解したうえで、用いていく必要があると思われる。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == |