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Edinger-Westphal核(以後、EW核と略す)が目のレンズ調節、瞳孔調節に関わる内眼筋を支配する動眼神経副交感核(副交感動眼ニューロンの座)であることは定説となっていたが、HRP法を用いた解剖学的研究を発端として、EW核=動眼神経副交感核という従来の考え方が再検討された。その結果、副交感動眼ニューロンの解剖学的分布に動物種差が存在することが明らかとなった。霊長類では副交感動眼ニューロン細胞はほぼEW核に存在することが確かめられ、これまでの理解に修正は必要でないが、一方で、EW核に副交感動眼ニューロンとは異なるニューロンが共存し、脊髄や脳幹、小脳に投射することも明らかとなった。単純にEW核=動眼神経副交感核として一括して扱うことには注意が必要である。霊長類以外では副交感動眼ニューロンはEW核にも一部存在するが、むしろ、その外側で背腹側に延びた分布をし、EW核の主なニューロンは脊髄や脳幹、小脳に投射する細胞である。サル、ネコ、げっ歯類を通して、脊髄・脳幹に投射する細胞はウロコルチン陽性であるが、その機能は不明である。 | |||
EW核は中脳の動眼神経(お第3脳神経)主核の背側に沿って吻尾側方向に伸びた紐状(円錐を扁平にした形)の構造として左右に1対あり、第3脳室の中心灰白質の腹側に接する。動眼神経主核より若干、吻側に延びる。細胞は中程度の大きさで、数本の樹状突起を持つ(サル<ref name=ref1><pubmed>6153290</pubmed></ref>)。EW核は動眼神経核の副交感核で、瞳孔縮小(縮瞳pupilloconstriction)および目のレンズによる焦点調節(レンズ調節lens accommodation)に関わる中脳副交感動眼ニューロン(parasympathetic oculomotoneurone)が存在する<ref name=ref17><pubmed>13129172</pubmed></ref>と考えられてきた。 | |||
縮瞳は瞳孔括約筋(sphincter muscle)、レンズ調節は毛様筋(ciliary muscle)の収縮により起こるが、これらの筋は短毛様体神経(副交感神経・節後線維)によって支配される。短毛様体神経は眼球の近くにある毛様神経節(ciliary ganglion, 副交感神経節)に起源細胞がある。毛様神経節細胞は中脳にある副交感・節前細胞(副交感動眼ニューロン)の軸索とシナプス接続するが、節前線維は動眼神経下枝を通る。この系は自律神経系としては例外的に節後線維も有髄であり、伝導速度が速い。なお、サル毛様神経節細胞の90%以上が毛様体を支配することはWarwick<ref name=ref17><pubmed>13129172</pubmed></ref>の変性実験により示された。 | |||
EW核は、Edinger<ref name=ref>'''L. Edinger'''<br>Archiv für Psychiatrie und Nervenkrankheiten<br>Berlin, 1885; 16: 858-889. (17)<br>''Neurologisches Centralblatt'', Leipzig, 1885, 4: 309. (41)</ref>とWestphal<ref name=ref><pubmed></pubmed></ref>により最初に瞳孔/レンズ調節と関連して記載されたため、彼ら2人の名前にちなむ。その後、この近傍の電気刺激により瞳孔や毛様筋に変化が生ずることは、サル、ネコなどで比較的古くから示されてきた。また、動眼神経下枝の切断や毛様神経節の切除により瞳孔散大が起こることが観察された。さらに、毛様神経節やその入力線維を刺激し、同側性に逆行性スパイクが生ずる細胞がEW核あるいはその近傍の中心灰白質、腹側被蓋野(ventral tegmental area)から記録されることはサルでもネコでも報告され、その活動が縮瞳、レンズ調節の変化と時間的に相関することも報告された(瞳孔<ref name=ref13><pubmed>5501010</pubmed></ref>; レンズ調節・瞳孔<ref name=ref2><pubmed>7237144</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>6512591</pubmed></ref>;レンズ調節<ref name=ref10><pubmed>7884465</pubmed></ref>)。EW核の解剖学的詳細は、サル毛様神経節を摘除して逆行性変性細胞の範囲を調べた<ref name=ref17 />の研究で明らかにされ、変性細胞は同側のEW核とその吻内側部のantero-median nucleus(AM核)に限定された。AM核はEW核吻側部の下側(腹側)で、且つ動眼神経核の吻側の細胞集団である。 | |||
最近のHRP(horseradish peroxidase)等のトレーサーを用いた研究により、EW核に副交感ニューロンとは異なる型のニューロンが存在し、脊髄や脳幹、小脳等に線維を送ることがサルおよびネコで報告された(Kuypersら, 1975; Castiglioniら, 1978, <ref name=ref15><pubmed>19605187</pubmed></ref>; <ref name=ref3><pubmed>78743</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed> 624070</pubmed></ref>)。このために、これらのニューロンと副交感動眼ニューロンの相互関係の再検討が、HRP、WGA-HRPを用いて行われた。 | |||
サルにおいては、Akertら<ref name=ref1 />が毛様神経節にHRP/WGA-HRPを注入し、逆行性に染色される細胞は主として同側のEW核にあり、少数の染色細胞がEW核よりも内側にみられることを示した。AM核には染色された細胞は見られなかった。この点は、Warwickの結論と異なるが、AM核の定義が異なるだけで、結果は一致しているようである<ref name=ref1 />。Burdeら<ref name=ref4><pubmed>2451977</pubmed></ref>も感度の良い蛍光染色法を用いて染色された細胞の分布がほぼ同様であることを報告した。これらの研究結果はサルでは、従来考えられたように副交感動眼ニーロンは主としてEW核に存在することを示した。 | |||
一方、ネコでは毛様神経節にHRPを注入すると<ref name=ref16><pubmed>7353181</pubmed></ref>、染色された細胞は3-5本の樹状突起をもった中程度の細胞で、腹側被蓋野の背内側部やEW核よりも若干、背外側の中心灰白質にかなり広く分布し、EW核には部分的にしか見られなかった(EricksenとMay<ref name=ref7><pubmed>12180856</pubmed></ref>によるとEW核細胞の5%以下)。すなわち、サルとは異なり、ネコでは副交感ニューロンはEW核よりも若干外側で背腹方向へ広く分布し、その中心はEW核から200-300ミクロン外側となる。但し、Toyoshimaらの記載を詳細に検討すると、染色された副交感動眼ニューロンの形状や大きさは、サルでみられる副交感動眼ニューロンと似ているのに対して、ネコで定義されているEW核の細胞は、これよりも小型である。もともとEW核は霊長類で定義されたが、霊長類のEW核とネコの“EW核”が相同であるかどうかは明らかでない<ref name=ref16><pubmed>7353181</pubmed></ref>。レンズ調節系は種差の大きい系であることを考慮すると、ネコでレンズ調節系や瞳孔調節系の神経支配を記載する場合に、EW核という名称を用いることには注意が必要で、機能的な意味が強い場合には、中脳副交感動眼ニューロンと呼ぶにとどめることが適切であろう。 | |||
== | 副交感動眼ニューロンの側枝が脊髄を支配するのか、あるいは別のニューロン群が脊髄へ投射するのかについても検討された。Burde(<ref name=ref4><pubmed>2451977</pubmed></ref>;サル)、Burdeら(<ref name=ref5><pubmed>7139306</pubmed></ref>;ネコ) は2種類の蛍光色素(nuclear yellow、fast blue)を各々、毛様神経節と脊髄に注入し、2重染色されないことから、副交感動眼ニューロンと脊髄へ投射するニューロンは別の細胞であることを確かめた。サルでは脊髄へ投射するニューロン群は副交感動眼ニューロンより、外側および腹側に分布していた。この結果は別の方法でも確かめられた。すなわち、脊髄、脳幹、小脳へ線維を送るEW核ニューロンは、免疫染色的にウロコルチン(urocortin)というペプチド陽性である<ref name=ref11><pubmed>18186029</pubmed></ref>。一方、副交感動眼細胞はコリン作動性で、コリントランスフェラーゼ(choline transferase)陽性(ChAT+)である<ref name=ref14><pubmed>2445447</pubmed></ref>。この2つの染色を同時に行うことにより、2重染色されるニューロンが見られないことが確かめられた。 | ||
このようにEW核には異なる機能の細胞群が含まれるので、機能と脳内位置との両方を表現する場合には、EW核=動眼神経副交感核として扱うと、誤解を招く可能性がある。このため、副交感動眼ニューロンをEWPG(PGはpreganglionic)あるいはpIIIPG(pはperiの略、IIIと合わせてperi-oculomotor)、脊髄等に線維を送るニューロンをEWU(Uはウロコルチン)あるいはpIIIUと呼ぶという提案もなされた<ref name=ref11><pubmed>18186029</pubmed></ref>が確立されるには至っていない。なお、pIIIという言い方は副交感動眼ニューロンが、比較解剖学的には必ずしもEW核に限定されず、動眼神経核周囲に分布していることに対応している。また、種によってはウロコルチン以外のペプチド、例えばP物質、CCKなども含むので、pIIIP(Pはペプチド)という命名法も提案されている。 | |||
== 参考文献 == | |||
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: | Akert, K, et al., Brain Res. 184: 491-498, 1980 | ||
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Strassman, A, et al., Brain Res. 423: 293-304, 1987. | |||
Sugimoto, T, et al., Neurosci. Letts. 9: 17-22, 1978. | |||
Toyoshima, K, et al., Brain Res. 185: 67-76, 1980. | |||
Warwick, R, J. Anat., 88: 71-93, 1954. | |||
Westphal, C, Ach. f. Psychiat. u. Nervenh, 98: 846, 1887. | |||
(執筆者:坂東武彦 担当編集委員:渡辺大) | |||
2012年9月27日 (木) 16:59時点における版
Edinger-Westphal核(以後、EW核と略す)が目のレンズ調節、瞳孔調節に関わる内眼筋を支配する動眼神経副交感核(副交感動眼ニューロンの座)であることは定説となっていたが、HRP法を用いた解剖学的研究を発端として、EW核=動眼神経副交感核という従来の考え方が再検討された。その結果、副交感動眼ニューロンの解剖学的分布に動物種差が存在することが明らかとなった。霊長類では副交感動眼ニューロン細胞はほぼEW核に存在することが確かめられ、これまでの理解に修正は必要でないが、一方で、EW核に副交感動眼ニューロンとは異なるニューロンが共存し、脊髄や脳幹、小脳に投射することも明らかとなった。単純にEW核=動眼神経副交感核として一括して扱うことには注意が必要である。霊長類以外では副交感動眼ニューロンはEW核にも一部存在するが、むしろ、その外側で背腹側に延びた分布をし、EW核の主なニューロンは脊髄や脳幹、小脳に投射する細胞である。サル、ネコ、げっ歯類を通して、脊髄・脳幹に投射する細胞はウロコルチン陽性であるが、その機能は不明である。
EW核は中脳の動眼神経(お第3脳神経)主核の背側に沿って吻尾側方向に伸びた紐状(円錐を扁平にした形)の構造として左右に1対あり、第3脳室の中心灰白質の腹側に接する。動眼神経主核より若干、吻側に延びる。細胞は中程度の大きさで、数本の樹状突起を持つ(サル[1])。EW核は動眼神経核の副交感核で、瞳孔縮小(縮瞳pupilloconstriction)および目のレンズによる焦点調節(レンズ調節lens accommodation)に関わる中脳副交感動眼ニューロン(parasympathetic oculomotoneurone)が存在する[2]と考えられてきた。
縮瞳は瞳孔括約筋(sphincter muscle)、レンズ調節は毛様筋(ciliary muscle)の収縮により起こるが、これらの筋は短毛様体神経(副交感神経・節後線維)によって支配される。短毛様体神経は眼球の近くにある毛様神経節(ciliary ganglion, 副交感神経節)に起源細胞がある。毛様神経節細胞は中脳にある副交感・節前細胞(副交感動眼ニューロン)の軸索とシナプス接続するが、節前線維は動眼神経下枝を通る。この系は自律神経系としては例外的に節後線維も有髄であり、伝導速度が速い。なお、サル毛様神経節細胞の90%以上が毛様体を支配することはWarwick[2]の変性実験により示された。 EW核は、Edinger[3]とWestphal[3]により最初に瞳孔/レンズ調節と関連して記載されたため、彼ら2人の名前にちなむ。その後、この近傍の電気刺激により瞳孔や毛様筋に変化が生ずることは、サル、ネコなどで比較的古くから示されてきた。また、動眼神経下枝の切断や毛様神経節の切除により瞳孔散大が起こることが観察された。さらに、毛様神経節やその入力線維を刺激し、同側性に逆行性スパイクが生ずる細胞がEW核あるいはその近傍の中心灰白質、腹側被蓋野(ventral tegmental area)から記録されることはサルでもネコでも報告され、その活動が縮瞳、レンズ調節の変化と時間的に相関することも報告された(瞳孔[4]; レンズ調節・瞳孔[5] [6];レンズ調節[7])。EW核の解剖学的詳細は、サル毛様神経節を摘除して逆行性変性細胞の範囲を調べた[2]の研究で明らかにされ、変性細胞は同側のEW核とその吻内側部のantero-median nucleus(AM核)に限定された。AM核はEW核吻側部の下側(腹側)で、且つ動眼神経核の吻側の細胞集団である。
最近のHRP(horseradish peroxidase)等のトレーサーを用いた研究により、EW核に副交感ニューロンとは異なる型のニューロンが存在し、脊髄や脳幹、小脳等に線維を送ることがサルおよびネコで報告された(Kuypersら, 1975; Castiglioniら, 1978, [8]; [6] [9])。このために、これらのニューロンと副交感動眼ニューロンの相互関係の再検討が、HRP、WGA-HRPを用いて行われた。 サルにおいては、Akertら[1]が毛様神経節にHRP/WGA-HRPを注入し、逆行性に染色される細胞は主として同側のEW核にあり、少数の染色細胞がEW核よりも内側にみられることを示した。AM核には染色された細胞は見られなかった。この点は、Warwickの結論と異なるが、AM核の定義が異なるだけで、結果は一致しているようである[1]。Burdeら[10]も感度の良い蛍光染色法を用いて染色された細胞の分布がほぼ同様であることを報告した。これらの研究結果はサルでは、従来考えられたように副交感動眼ニーロンは主としてEW核に存在することを示した。
一方、ネコでは毛様神経節にHRPを注入すると[11]、染色された細胞は3-5本の樹状突起をもった中程度の細胞で、腹側被蓋野の背内側部やEW核よりも若干、背外側の中心灰白質にかなり広く分布し、EW核には部分的にしか見られなかった(EricksenとMay[12]によるとEW核細胞の5%以下)。すなわち、サルとは異なり、ネコでは副交感ニューロンはEW核よりも若干外側で背腹方向へ広く分布し、その中心はEW核から200-300ミクロン外側となる。但し、Toyoshimaらの記載を詳細に検討すると、染色された副交感動眼ニューロンの形状や大きさは、サルでみられる副交感動眼ニューロンと似ているのに対して、ネコで定義されているEW核の細胞は、これよりも小型である。もともとEW核は霊長類で定義されたが、霊長類のEW核とネコの“EW核”が相同であるかどうかは明らかでない[11]。レンズ調節系は種差の大きい系であることを考慮すると、ネコでレンズ調節系や瞳孔調節系の神経支配を記載する場合に、EW核という名称を用いることには注意が必要で、機能的な意味が強い場合には、中脳副交感動眼ニューロンと呼ぶにとどめることが適切であろう。
副交感動眼ニューロンの側枝が脊髄を支配するのか、あるいは別のニューロン群が脊髄へ投射するのかについても検討された。Burde([10];サル)、Burdeら([13];ネコ) は2種類の蛍光色素(nuclear yellow、fast blue)を各々、毛様神経節と脊髄に注入し、2重染色されないことから、副交感動眼ニューロンと脊髄へ投射するニューロンは別の細胞であることを確かめた。サルでは脊髄へ投射するニューロン群は副交感動眼ニューロンより、外側および腹側に分布していた。この結果は別の方法でも確かめられた。すなわち、脊髄、脳幹、小脳へ線維を送るEW核ニューロンは、免疫染色的にウロコルチン(urocortin)というペプチド陽性である[14]。一方、副交感動眼細胞はコリン作動性で、コリントランスフェラーゼ(choline transferase)陽性(ChAT+)である[15]。この2つの染色を同時に行うことにより、2重染色されるニューロンが見られないことが確かめられた。
このようにEW核には異なる機能の細胞群が含まれるので、機能と脳内位置との両方を表現する場合には、EW核=動眼神経副交感核として扱うと、誤解を招く可能性がある。このため、副交感動眼ニューロンをEWPG(PGはpreganglionic)あるいはpIIIPG(pはperiの略、IIIと合わせてperi-oculomotor)、脊髄等に線維を送るニューロンをEWU(Uはウロコルチン)あるいはpIIIUと呼ぶという提案もなされた[14]が確立されるには至っていない。なお、pIIIという言い方は副交感動眼ニューロンが、比較解剖学的には必ずしもEW核に限定されず、動眼神経核周囲に分布していることに対応している。また、種によってはウロコルチン以外のペプチド、例えばP物質、CCKなども含むので、pIIIP(Pはペプチド)という命名法も提案されている。
参考文献
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(執筆者:坂東武彦 担当編集委員:渡辺大)