「パルミトイル化」の版間の差分

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 翻訳後修飾の可逆的制御機構は細胞の秩序維持における不可欠なプロセスであり、リン酸化、ユビキチン化、アセチル化などが知られるが、脂質修飾の一つである''S''-パルミトイル化(''S''-palmitoylation)もその担い手である。  
 翻訳後修飾の可逆的制御機構は細胞の秩序維持における不可欠なプロセスであり、リン酸化、ユビキチン化、アセチル化などが知られるが、脂質修飾の一つである''S''-パルミトイル化(''S''-palmitoylation)もその担い手である。  


 タンパク質の脂質修飾は、脂質付加による疎水性上昇効果から細胞質タンパク質の細胞膜への輸送、膜タンパク質の機能性膜ドメインへの側方輸送、タンパク質-脂質相互作用などにおいて重要な役割を果たす。脂質修飾は主に4つに分類され、1) 脂肪酸アシル化(fatty acylation)、2)プレニル化(prenylation)、3)グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)化(glypiation)、および4)コレステロール化(choresteroylation)である。''S''-パルミトイル化は脂肪酸アシル化修飾の一つであり、''N''-ミリストイル化(''N''-myristoylation)とともに最も主要な脂質修飾である[1]。''S''-パルミトイル化は可逆的な翻訳後修飾であるのに対し、''N''-ミリストイル化は不可逆的な共翻訳時修飾であり、両者は協調的に機能することが多い(詳しくはミリストイル化の項を参照されたい)。<br> ''S''-パルミトイル化は16炭素鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸(C16)がタンパク質のシステイン残基チオール(SH基)にチオエステル結合を介して付加する(図1)。パルミチン酸が一般的であるが、他にもミリスチン酸(C14)、ステアリン酸(C18)、その他長鎖脂肪酸が付加する場合もあり、総称して''S''-アシル化(''S''-acylation)と呼ぶこともある。また、パルミチン酸が末端アミノ基やヒドロキシル基を介してそれぞれアミド結合(''N''-パルミトイル化[[Image:Palmitoylation Figure1.png|thumb|right|300px|図1 構造]])、エステル結合(''O''-パルミトイル化)で付加するタンパク質も存在するが、''S''-パルミトイル化とは責任酵素が異なる。本稿では、以後主に''S''-パルミトイル化について概説する。<br> ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代にシンドビスウィルスの糖タンパク質と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウィルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の共有結合性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬であるヒドロキシルアミン(NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった[2]。その後、ウィルスタンパク質に限らずRasやGタンパク質αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する[3]。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  
 タンパク質の脂質修飾は、脂質付加による疎水性上昇効果から細胞質タンパク質の細胞膜への輸送、膜タンパク質の機能性膜ドメインへの側方輸送、タンパク質-脂質相互作用などにおいて重要な役割を果たす。脂質修飾は主に4つに分類され、1) 脂肪酸アシル化(fatty acylation)、2)プレニル化(prenylation)、3)グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)化(glypiation)、および4)コレステロール化(choresteroylation)である。''S''-パルミトイル化は脂肪酸アシル化修飾の一つであり、''N''-ミリストイル化(''N''-myristoylation)とともに最も主要な脂質修飾である<ref><pubmed>17892486</pubmed></ref>。''S''-パルミトイル化は可逆的な翻訳後修飾であるのに対し、''N''-ミリストイル化は不可逆的な共翻訳時修飾であり、両者は協調的に機能することが多い(詳しくはミリストイル化の項を参照されたい)。<br> ''S''-パルミトイル化は16炭素鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸(C16)がタンパク質のシステイン残基チオール(SH基)にチオエステル結合を介して付加する(図1)。パルミチン酸が一般的であるが、他にもミリスチン酸(C14)、ステアリン酸(C18)、その他長鎖脂肪酸が付加する場合もあり、総称して''S''-アシル化(''S''-acylation)と呼ぶこともある。また、パルミチン酸が末端アミノ基やヒドロキシル基を介してそれぞれアミド結合(''N''-パルミトイル化[[Image:Palmitoylation Figure1.png|thumb|right|300px|図1 構造]])、エステル結合(''O''-パルミトイル化)で付加するタンパク質も存在するが、''S''-パルミトイル化とは責任酵素が異なる。本稿では、以後主に''S''-パルミトイル化について概説する。<br> ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代にシンドビスウィルスの糖タンパク質と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウィルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の共有結合性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬であるヒドロキシルアミン(NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウィルスタンパク質に限らずRasやGタンパク質αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  


 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase&nbsp;: PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された[4-5]。一方、近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された[6-7]。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており[8-10]、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。 <br><br><br>
 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase&nbsp;: PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref><pubmed>12370247</pubmed></ref>。一方、近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。 <br><br><br>


== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
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=== ''S''-パルミトイル化酵素の発見とその反応機構  ===
=== ''S''-パルミトイル化酵素の発見とその反応機構  ===


 2002年に酵母を用いた順行性遺伝学的手法によりErf2/Erf4複合体[4]、Akr-1[5]が''S''-パルミトイル化酵素(PAT)として同定された。Erf2(effector of Ras function 2)は4回膜貫通タンパク質でErf4と複合体を形成してRas2のパルミトイル化を担う。Akr-1(ankyrin repeat containing-1)は酵母カゼインキナーゼYck2をパルミトイル化する。相同性解析の結果これらはともに複数回の膜貫通領域に加えて、細胞質内領域に約50アミノ酸からなるシステインリッチドメイン(cysteine rich domain&nbsp;: CRD)を有しており、このドメイン内にパルミトイル化に不可欠なDHHC(Asp-His-His-Cys)配列を有していた(図2A)。ゲノムデータベース上、酵母では7種類、哺乳動物では24種類のDHHCファミリータンパク質が存在する(図2B;表2)。これまで、パルミトイル化反応がパルミトイル-CoA存在下で非酵素的に進行することも知られていたが、少なくとも酵母ではDHHCファミリータンパク質が細胞内のパルミトイル化の大部分を担っていることが示された[6]。また哺乳類のDHHCファミリー遺伝子を用いた活性スクリーニング法(5項参照)などにより、24種類のうちのほとんどが何かしらの基質に対して酵素活性を示すことが明らかになってきた(表2)。DHHCタンパク質ファミリーは、CRDの相同性からさらにサブファミリーに分類できる(図2B)。DHHC酵素の基質特異性は、サブファミリーごとに保存される傾向にあり、またひとつの基質は複数のDHHCタンパク質(サブファミリー)により修飾されうる(表2)。またGFP融合DHHCタンパク質を過剰発現させた系で局在が調べられており、ほとんどがERまたはゴルジ体に存在しており、一部細胞膜に局在していた(表2)[11]。したがって発現部位の特異性は低いと思われるが、DHHCタンパク質の発現量の少なさゆえに抗体による特異的検出が難しく、内在性DHHCタンパク質の局在に関してはほとんど明らかにされていない。最近の特異的抗体を用いた局在解析の結果、DHHC2は過剰発現系ではER/ゴルジ体に確認されたのに対して、内在性DHHC2は小胞(vesicle)上にも局在していた。その一方で、同じく過剰発現系でゴルジ体に見られたDHHC3は内在性酵素もゴルジ体に局在していた[12]。DHHC2および3は複数の基質において重複が確認されている。DHHCタンパク質それぞれの細胞内局在が''S''-パルミトイル化反応の時間・空間的制御機構に関与する可能性を示唆している。<br> 酵母Saccharomyces cerevisiaeのErf2の解析から DHHC-PATによる''S''-パルミトイル化は2段階のプロセスからなることが報告された[13]。1)パルミトイル-CoA存在下で、DHHC配列のうちCys残基が自己パルミトイル化(autopalmitoylaton)された後、2)基質のCys残基にパルミトイル基が移行する。''S''-パルミトイル化のコンセンサス配列は現時点では明らかになっていないが、現在進められている酵素-基質ペアの同定により、各DHHCタンパク質が認識するパルミトイルモチーフが異なることが明らかになってきており、DHHCタンパク質個々(あるいはサブファミリーごと)のコンセンサス配列が存在する可能性がある。  
 2002年に酵母を用いた順行性遺伝学的手法によりErf2/Erf4複合体[4]、Akr-1[5]が''S''-パルミトイル化酵素(PAT)として同定された。Erf2(effector of Ras function 2)は4回膜貫通タンパク質でErf4と複合体を形成してRas2のパルミトイル化を担う。Akr-1(ankyrin repeat containing-1)は酵母カゼインキナーゼYck2をパルミトイル化する。相同性解析の結果これらはともに複数回の膜貫通領域に加えて、細胞質内領域に約50アミノ酸からなるシステインリッチドメイン(cysteine rich domain&nbsp;: CRD)を有しており、このドメイン内にパルミトイル化に不可欠なDHHC(Asp-His-His-Cys)配列を有していた(図2A)。ゲノムデータベース上、酵母では7種類、哺乳動物では24種類のDHHCファミリータンパク質が存在する(図2B;表2)。これまで、パルミトイル化反応がパルミトイル-CoA存在下で非酵素的に進行することも知られていたが、少なくとも酵母ではDHHCファミリータンパク質が細胞内のパルミトイル化の大部分を担っていることが示された[6]。また哺乳類のDHHCファミリー遺伝子を用いた活性スクリーニング法(5項参照)などにより、24種類のうちのほとんどが何かしらの基質に対して酵素活性を示すことが明らかになってきた(表2)。DHHCタンパク質ファミリーは、CRDの相同性からさらにサブファミリーに分類できる(図2B)。DHHC酵素の基質特異性は、サブファミリーごとに保存される傾向にあり、またひとつの基質は複数のDHHCタンパク質(サブファミリー)により修飾されうる(表2)。またGFP融合DHHCタンパク質を過剰発現させた系で局在が調べられており、ほとんどがERまたはゴルジ体に存在しており、一部細胞膜に局在していた(表2)<ref><pubmed>16647879</pubmed></ref>。したがって発現部位の特異性は低いと思われるが、DHHCタンパク質の発現量の少なさゆえに抗体による特異的検出が難しく、内在性DHHCタンパク質の局在に関してはほとんど明らかにされていない。最近の特異的抗体を用いた局在解析の結果、DHHC2は過剰発現系ではER/ゴルジ体に確認されたのに対して、内在性DHHC2は小胞(vesicle)上にも局在していた。その一方で、同じく過剰発現系でゴルジ体に見られたDHHC3は内在性酵素もゴルジ体に局在していた<ref><pubmed>19596852</pubmed></ref>。DHHC2および3は複数の基質において重複が確認されている。DHHCタンパク質それぞれの細胞内局在が''S''-パルミトイル化反応の時間・空間的制御機構に関与する可能性を示唆している。<br>
 酵母Saccharomyces cerevisiaeのErf2の解析から DHHC-PATによる''S''-パルミトイル化は2段階のプロセスからなることが報告された<ref><pubmed>20851885</pubmed></ref>。1)パルミトイル-CoA存在下で、DHHC配列のうちCys残基が自己パルミトイル化(autopalmitoylaton)された後、2)基質のCys残基にパルミトイル基が移行する。''S''-パルミトイル化のコンセンサス配列は現時点では明らかになっていないが、現在進められている酵素-基質ペアの同定により、各DHHCタンパク質が認識するパルミトイルモチーフが異なることが明らかになってきており、DHHCタンパク質個々(あるいはサブファミリーごと)のコンセンサス配列が存在する可能性がある。  


[[Image:Palmitoylation Figure2.png|thumb|right|400px|図2 DHHCファミリー]]  
[[Image:Palmitoylation Figure2.png|thumb|right|400px|図2 DHHCファミリー]]  
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=== 脱パルミトイル化酵素  ===
=== 脱パルミトイル化酵素  ===


 これまでタンパク質パルミトイルチオエステラーゼ(Palmitoyl-protein thioesterase (PPT), 脱パルミトイル化酵素)としてAPT1とPPT1が報告されている[14-15]。ATP1(acyl protein thioesterase 1)はラットの肝臓からリポホスフォリパーゼとして同定され、その後RasやeNOSに対する脱パルミトイル化活性が見出された。PPT1(Palmitoyl-protein thioesterase 1)はウシの脳からH-Rasを脱パルミトイル化する酵素として同定された。APT1は細胞質タンパク質であり、PPT1は膜タンパク質で管腔側に酵素活性部位がある。APT1, PPT1のいずれが、細胞膜あるいは細胞質内膜直下に存在する多くのパルミトイル化タンパク質に広く作用する酵素であるのかについては、まだ不明である。また、APT1、PPT1で脱パルミトイル化されない''S''-パルミトイル化タンパク質も多数存在する。PATの多様性からPPTも相同性の高いファミリーが担っている可能性が予測されるが、現時点ではまだ同定されていない。  
 これまでタンパク質パルミトイルチオエステラーゼ(Palmitoyl-protein thioesterase (PPT), 脱パルミトイル化酵素)としてAPT1とPPT1が報告されている<ref><pubmed>9624183</pubmed></ref><ref><pubmed>7916016</pubmed></ref>。ATP1(acyl protein thioesterase 1)はラットの肝臓からリポホスフォリパーゼとして同定され、その後RasやeNOSに対する脱パルミトイル化活性が見出された。PPT1(Palmitoyl-protein thioesterase 1)はウシの脳からH-Rasを脱パルミトイル化する酵素として同定された。APT1は細胞質タンパク質であり、PPT1は膜タンパク質で管腔側に酵素活性部位がある。APT1, PPT1のいずれが、細胞膜あるいは細胞質内膜直下に存在する多くのパルミトイル化タンパク質に広く作用する酵素であるのかについては、まだ不明である。また、APT1、PPT1で脱パルミトイル化されない''S''-パルミトイル化タンパク質も多数存在する。PATの多様性からPPTも相同性の高いファミリーが担っている可能性が予測されるが、現時点ではまだ同定されていない。  


=== MBOAT アシルトランスフェラーゼファミリー  ===
=== MBOAT アシルトランスフェラーゼファミリー  ===


 1節で述べたとおり少数ではあるが''N''-パルミトイル化タンパク質が存在する。主に細胞外分泌タンパク質にみられる。ソニックヘッジホッグ(Sonic Hedgehog)が代表的であり、ヘッジホッグアシルトランスフェラーゼ(Hedgehog acyltransferase&nbsp;: Hhat)により''N''-パルミトイル化される。HhatはMBOAT(membrane-bound O-acyltransferase)に属しており、MBOATは複数回膜貫通タンパク質である。近年ファミリータンパク質の相同性解析からMBOATのパルミトイル化酵素としての重要アミノ酸が明らかにされている[16]。  
 1節で述べたとおり少数ではあるが''N''-パルミトイル化タンパク質が存在する。主に細胞外分泌タンパク質にみられる。ソニックヘッジホッグ(Sonic Hedgehog)が代表的であり、ヘッジホッグアシルトランスフェラーゼ(Hedgehog acyltransferase&nbsp;: Hhat)により''N''-パルミトイル化される。HhatはMBOAT(membrane-bound O-acyltransferase)に属しており、MBOATは複数回膜貫通タンパク質である。近年ファミリータンパク質の相同性解析からMBOATのパルミトイル化酵素としての重要アミノ酸が明らかにされている<ref><pubmed>20585641</pubmed></ref>。  


== ''S''-パルミトイル化の生理機能&nbsp;  ==
== ''S''-パルミトイル化の生理機能&nbsp;  ==


=== 概説&nbsp; [[Image:Plamitoylation Figure3.png|thumb|right|200px|図3 S-パルミトイル化の生理的機能]]  ===
=== 概説 ===
 
[[Image:Plamitoylation Figure3.png|thumb|right|200px|図3 ''S''-パルミトイル化の生理的機能]]  細胞質タンパク質はその合成直後にゴルジ膜に存在するPATにより''S''-パルミトイル化され、疎水性が著しく上昇するため細胞膜近傍へ輸送され細胞膜に繋ぎとめられると考えられる(図3A)。その後あるいは直接、細胞膜上の微小ドメインである脂質ラフトに輸送されるタンパク質も存在する。PPTにより脱パルミトイル化されると細胞膜から解放され細胞質あるいはゴルジ体表面へと輸送される。最近、生細胞イメージングにより、H-Ras やGα<sub>q</sub>などの''S''-パルミトイル化タンパク質が、パルミトイルサイクルに応じて、細胞膜とゴルジ体の間をシャトリングする現象が明らかになった<ref><pubmed>15705808</pubmed></ref><ref><pubmed>19001095</pubmed></ref>。
細胞質タンパク質はその合成直後にゴルジ膜に存在するPATにより''S''-パルミトイル化され、疎水性が著しく上昇するため細胞膜近傍へ輸送され細胞膜に繋ぎとめられると考えられる(図3A)。その後あるいは直接、細胞膜上の微小ドメインである脂質ラフトに輸送されるタンパク質も存在する。PPTにより脱パルミトイル化されると細胞膜から解放され細胞質あるいはゴルジ体表面へと輸送される。最近、生細胞イメージングにより、H-Ras やGα<sub>q</sub>などの''S''-パルミトイル化タンパク質が、パルミトイルサイクルに応じて、細胞膜とゴルジ体の間をシャトリングする現象が明らかになった[17-18]。Gα<sub>q</sub>の''S''-パルミトイル化酵素であるDHHC3はゴルジ体膜上で機能しており、PATの局在部位と活性がシャトリングの場所と速度を規定すると考えられた[18]。膜タンパク質においても''S''-パルミトイル化はゴルジ体から細胞膜への輸送、脂質ラフトへの側方輸送(図3B-a)、タンパク質―タンパク質相互作用(図3B-b,c)、コンフォメーション変化によるタンパク質の活性制御において重要であると考えられている。脂質ラフトはコレステロールやスフィンゴ脂質を多く含む脂質秩序相で、エンドサイトーシス、細胞-細胞間接着、細胞-細胞外マトリックス相互作用などにおける機能性膜微小ドメインとして知られる。パルミチン酸はコレステロールやスフィンゴ脂質に対して高い親和性を示すことが知られており、これまで多くのS-パルミトイル化タンパク質が脂質ラフトに集積していることが報告されている。''S''-パルミトイル化は脂質ラフトにおけるタンパク質複合体形成において重要な役割を担っていると考えられているが、現時点では詳細な機構は解明されていない。神経細胞におけるプレおよびポストシナプス膜や免疫細胞における免疫細胞間インターフェース(免疫シナプス)は脂質ラフトを含む膜局所構造で、この部位に集積するタンパク質についてS-パルミトイル化の生理学的意義が盛んに解析されているため紹介する。<br>
<sub>q</sub>の''S''-パルミトイル化酵素であるDHHC3はゴルジ体膜上で機能しており、PATの局在部位と活性がシャトリングの場所と速度を規定すると考えられた[18]。膜タンパク質においても''S''-パルミトイル化はゴルジ体から細胞膜への輸送、脂質ラフトへの側方輸送(図3B-a)、タンパク質―タンパク質相互作用(図3B-b,c)、コンフォメーション変化によるタンパク質の活性制御において重要であると考えられている。脂質ラフトはコレステロールやスフィンゴ脂質を多く含む脂質秩序相で、エンドサイトーシス、細胞-細胞間接着、細胞-細胞外マトリックス相互作用などにおける機能性膜微小ドメインとして知られる。パルミチン酸はコレステロールやスフィンゴ脂質に対して高い親和性を示すことが知られており、これまで多くのS-パルミトイル化タンパク質が脂質ラフトに集積していることが報告されている。''S''-パルミトイル化は脂質ラフトにおけるタンパク質複合体形成において重要な役割を担っていると考えられているが、現時点では詳細な機構は解明されていない。神経細胞におけるプレおよびポストシナプス膜や免疫細胞における免疫細胞間インターフェース(免疫シナプス)は脂質ラフトを含む膜局所構造で、この部位に集積するタンパク質についてS-パルミトイル化の生理学的意義が盛んに解析されているため紹介する。<br>


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=== 神経細胞における''S''-パルミトイル化の機能  ===
=== 神経細胞における''S''-パルミトイル化の機能  ===


 神経細胞は軸索と樹状突起という機能の異なる突起を有する高度に極性化した細胞で、シナプスという微少な接着部位を介して、細胞間の情報伝達が行われている。このシナプス前部膜(軸索側:プレシナプス膜)と後部膜(樹状突起側:ポストシナプス膜)には、シナプス伝達に関わる特殊なタンパク質が局在化しているが、これら多くのシナプスタンパク質が''S''-パルミトイル化されることが知られている[7,10]。PSD-95はポストシナプス膜の足場タンパク質として、AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)などの様々な膜タンパク質のシナプス局在を制御する。細胞膜貫通領域を有さないPSD-95がポストシナプス膜直下に局在化するためには、''S''-パルミトイル化が必須である。PSD-95の''S''-パルミトイル化レベルはAMPA受容体のポストシナプス膜への集積数を規定するので、シナプス伝達効率を制御しうる重要な翻訳後修飾である。DHHCタンパク質ファミリーのうちDHHC2/15およびDHHC3/7サブファミリーがPSD-95に対するPAT活性を有している [8]。海馬神経細胞においてはDHHC2とDHHC3がPSD-95のシナプス局在に必須のPATであること、それぞれは神経細胞の違った場所で機能しており、特にDHHC2が樹状突起のシナプス近傍で神経活動を感受してPSD-95のパルミトイル化レベルを制御することが示された [12]。また、最近AMPA受容体やNMDA型グルタミン酸受容体自身もパルミトイル化されることが示されている[19]。  
 神経細胞は軸索と樹状突起という機能の異なる突起を有する高度に極性化した細胞で、シナプスという微少な接着部位を介して、細胞間の情報伝達が行われている。このシナプス前部膜(軸索側:プレシナプス膜)と後部膜(樹状突起側:ポストシナプス膜)には、シナプス伝達に関わる特殊なタンパク質が局在化しているが、これら多くのシナプスタンパク質が''S''-パルミトイル化されることが知られている[7,10]。PSD-95はポストシナプス膜の足場タンパク質として、AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)などの様々な膜タンパク質のシナプス局在を制御する。細胞膜貫通領域を有さないPSD-95がポストシナプス膜直下に局在化するためには、''S''-パルミトイル化が必須である。PSD-95の''S''-パルミトイル化レベルはAMPA受容体のポストシナプス膜への集積数を規定するので、シナプス伝達効率を制御しうる重要な翻訳後修飾である。DHHCタンパク質ファミリーのうちDHHC2/15およびDHHC3/7サブファミリーがPSD-95に対するPAT活性を有している [8]。海馬神経細胞においてはDHHC2とDHHC3がPSD-95のシナプス局在に必須のPATであること、それぞれは神経細胞の違った場所で機能しており、特にDHHC2が樹状突起のシナプス近傍で神経活動を感受してPSD-95のパルミトイル化レベルを制御することが示された [12]。また、最近AMPA受容体やNMDA型グルタミン酸受容体自身もパルミトイル化されることが示されている<ref><pubmed>19874789</pubmed></ref>。  


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=== 免疫細胞における''S''-パルミトイル化の機能  ===
=== 免疫細胞における''S''-パルミトイル化の機能  ===


 T細胞シグナル伝達における主要な因子、T細胞受容体CD4およびCD8、アダプタータンパク質LAT、Cbp/PAG、SrcキナーゼファミリーLck、Fynが''S''-パルミトイル化される。これらはパルミトイル化により脂質ラフトに凝集し、T細胞の活性化に重要であると考えられている。また、T細胞の活性化に伴い、Lckのパルミトイル化レベルが大きく変動することが示されている。DHHC21がLckやFynのPATとして同定されている(表2:[20])が、T細胞機能におけるDHHC21の生理機能については、現時点では明らかになっていない。  
 T細胞シグナル伝達における主要な因子、T細胞受容体CD4およびCD8、アダプタータンパク質LAT、Cbp/PAG、SrcキナーゼファミリーLck、Fynが''S''-パルミトイル化される。これらはパルミトイル化により脂質ラフトに凝集し、T細胞の活性化に重要であると考えられている。また、T細胞の活性化に伴い、Lckのパルミトイル化レベルが大きく変動することが示されている。DHHC21がLckやFynのPATとして同定されている(表2:<ref><pubmed>19956733</pubmed></ref>)が、T細胞機能におけるDHHC21の生理機能については、現時点では明らかになっていない。  


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=== 精製方法&nbsp;&nbsp;  ===
=== 精製方法&nbsp;&nbsp;  ===


 ''S''-パルミトイル化タンパク質の精製方法として近年2つの方法が開発された。ABE(acyl-biotinyl exchange)法およびパルミチン酸誘導体代謝標識法である(図4)。前者はチオール特異的修飾試薬である''N''-エチルマレイミド(NEM)で遊離のチオールをマスクした後、チオエステル結合を特異的に切断するヒドロキシルアミンを用いてパルミチン酸を遊離させる。その後、チオール特異的ビオチン化試薬で処理して新たに露出したチオールをビオチン化する方法である。ビオチン化タンパク質をアビジン結合担体に結合させることにより、''S''-パルミトイル化されていたタンパク質を特異的に精製できる(図4A)。 後者は末端アルキルを有するパルミチン酸誘導体17-ODYAで、細胞内のパルミトイル化タンパク質を代謝標識し、click chemistryを利用してタグを導入する方法で、タグを利用してアフィニティー精製が可能である(図4B)。 両者は質量分析と合わせて大規模''S''-パルミトイル化タンパク質探索法として用いられており、既知のパルミトイル化タンパク質に加えて、多くの新規基質が同定されている[6, 7, 21,22]。  
 ''S''-パルミトイル化タンパク質の精製方法として近年2つの方法が開発された。ABE(acyl-biotinyl exchange)法およびパルミチン酸誘導体代謝標識法である(図4)。前者はチオール特異的修飾試薬である''N''-エチルマレイミド(NEM)で遊離のチオールをマスクした後、チオエステル結合を特異的に切断するヒドロキシルアミンを用いてパルミチン酸を遊離させる。その後、チオール特異的ビオチン化試薬で処理して新たに露出したチオールをビオチン化する方法である。ビオチン化タンパク質をアビジン結合担体に結合させることにより、''S''-パルミトイル化されていたタンパク質を特異的に精製できる(図4A)。 後者は末端アルキルを有するパルミチン酸誘導体17-ODYAで、細胞内のパルミトイル化タンパク質を代謝標識し、click chemistryを利用してタグを導入する方法で、タグを利用してアフィニティー精製が可能である(図4B)。 両者は質量分析と合わせて大規模''S''-パルミトイル化タンパク質探索法として用いられており、既知のパルミトイル化タンパク質に加えて、多くの新規基質が同定されている[6, 7, <ref><pubmed>19137006</pubmed></ref><ref><pubmed>19801377</pubmed></ref>。  


[[Image:Palmitoylation Figure4.png|thumb|left|300px|図4 S-パルミトイル化タンパク質の精製方法]]  
[[Image:Palmitoylation Figure4.png|thumb|left|300px|図4 S-パルミトイル化タンパク質の精製方法]]  
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=== DHHC酵素阻害剤  ===
=== DHHC酵素阻害剤  ===


 これまで脂質系阻害剤と低分子性阻害剤がDHHC酵素阻害剤としていくつか報告されている。脂質系阻害剤では2-ブロモパルミチン酸(2-bromopalmitate; 2-BP)、Cerulenin(2,3-epoxy-4-oxo-7,10-dodecadienoylamide)、抗生物質Tunicamysinが阻害能を示す。特に2-BPはS-パルミトイル化サイクルのターンオーバーの解析などに利用されている。しかし、これらはいずれもDHHC酵素特異的ではなく、脂質代謝系酵素にも影響を及ぼす。近年、脂質ペプチドを用いたDHHC酵素阻害剤のハイスループットスクリーニングの確立により、低分子性化合物が5つ報告された。そのうち4つがRasなどのプレニル化タンパク質のパルミトイル化をターゲットとしたもので、''in vivo''において抗腫瘍活性を示した。残りの1つはSrcファミリーなどの''N''-ミリストイル化タンパク質のパルミトイル化をターゲットとしている。詳細は[23]を参考されたい。''S''-パルミトイル化はさまざまな生理・病理現象に関与しているので、''S''-パルミトイル化修飾の阻害剤は6節で示すようなさまざまな疾患の治療薬としても期待できる。 <br>
 これまで脂質系阻害剤と低分子性阻害剤がDHHC酵素阻害剤としていくつか報告されている。脂質系阻害剤では2-ブロモパルミチン酸(2-bromopalmitate; 2-BP)、Cerulenin(2,3-epoxy-4-oxo-7,10-dodecadienoylamide)、抗生物質Tunicamysinが阻害能を示す。特に2-BPはS-パルミトイル化サイクルのターンオーバーの解析などに利用されている。しかし、これらはいずれもDHHC酵素特異的ではなく、脂質代謝系酵素にも影響を及ぼす。近年、脂質ペプチドを用いたDHHC酵素阻害剤のハイスループットスクリーニングの確立により、低分子性化合物が5つ報告された。そのうち4つがRasなどのプレニル化タンパク質のパルミトイル化をターゲットとしたもので、''in vivo''において抗腫瘍活性を示した。残りの1つはSrcファミリーなどの''N''-ミリストイル化タンパク質のパルミトイル化をターゲットとしている。詳細は<ref><pubmed>19152182</pubmed></ref>を参考されたい。''S''-パルミトイル化はさまざまな生理・病理現象に関与しているので、''S''-パルミトイル化修飾の阻害剤は6節で示すようなさまざまな疾患の治療薬としても期待できる。 <br>


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==== ハンチントン病  ====
==== ハンチントン病  ====


 ハンチントン病(Huntington’s disease)は遺伝性精神神経疾患の一つであり、舞踏運動を中心とする不随意運動や認知症などの精神障害を特徴とする難病である。DHHC17はもともとハンチントン病の原因遺伝子であるHuntingtinの結合タンパク質のひとつ(HIP14)として同定され、のちにDHHCファミリータンパク質として分類された。DHHC17/HIP14はHuntingtinをパルミトイル化し、Huntingtinのパルミトイル化レベルの低下は神経毒性を誘発することが知られている[24]。  
 ハンチントン病(Huntington’s disease)は遺伝性精神神経疾患の一つであり、舞踏運動を中心とする不随意運動や認知症などの精神障害を特徴とする難病である。DHHC17はもともとハンチントン病の原因遺伝子であるHuntingtinの結合タンパク質のひとつ(HIP14)として同定され、のちにDHHCファミリータンパク質として分類された。DHHC17/HIP14はHuntingtinをパルミトイル化し、Huntingtinのパルミトイル化レベルの低下は神経毒性を誘発することが知られている<ref><pubmed>16699508</pubmed></ref>。  


==== X連鎖精神発達遅滞  ====
==== X連鎖精神発達遅滞  ====
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 がん遺伝子として知られるSrcキナーゼファミリーや低分子Gタンパク質Rasの機能は''S''-パルミトイル化により制御されている。そのためSrcファミリーやRasの過剰な''S''-パルミトイル化は細胞増殖や細胞運動の秩序を破綻させうると考えられる。DHHC2、DHHC9、DHHC11、DHHC17がある種の癌と関連することが示されているが、その病態機構は明らかではない。
 がん遺伝子として知られるSrcキナーゼファミリーや低分子Gタンパク質Rasの機能は''S''-パルミトイル化により制御されている。そのためSrcファミリーやRasの過剰な''S''-パルミトイル化は細胞増殖や細胞運動の秩序を破綻させうると考えられる。DHHC2、DHHC9、DHHC11、DHHC17がある種の癌と関連することが示されているが、その病態機構は明らかではない。
== 参考文献==
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