「カルシウムドメイン」の版間の差分

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英語名:Calcium domain
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0180554 高橋 智幸]</font><br>
''同志社大学 生命医科学部医生命システム学科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月18日 原稿完成日:2014年10月7日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所)
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英語名:Calcium domain
 カルシウムイオン(Ca2+)がチャネルを通過して生じる細胞内の遊離Ca2+濃度上昇の空間的分布領域。カルシウムドメインは細胞外からのCa2+流入、または小胞体からのCa2+流出によって形成される。


{{box|text= [[カルシウム]]イオン(Ca<sup>2+</sup>)が[[チャネル]]を通過して生じる細胞内の遊離カルシウム濃度上昇の空間的分布領域。カルシウムドメインは細胞外からのカルシウム流入、または[[小胞体]]からのカルシウム流出によって形成される。}}
== カルシウムドメイン仮説 ==
[[image:calciumdomain-1.png|thumb|350px|'''図1''']]


== カルシウムドメイン仮説  ==
 Chad & Eckert<ref name=ref1><pubmed>6329349</pubmed></ref>によって提唱された。電位依存性Ca2+チャネルが短時間、開口することにより、細胞外から細胞内に流入したCa2+は、細胞質にある内在性Ca2+バッファーの作用により、細胞膜の内側に沿って半円形に濃度分布すると推定され、その空間分布をカルシウムドメインと呼んだ(図1)。カルシウムドメインを形成する最小ユニットは単一チャネルであるが、複数チャネルのカルシウムドメインが重複すると、より大きなカルシウムドメインが形成される。カルシウムドメインの重複の程度はチャネル当たりのCa2+流入量と、Ca2+チャネルの分布密度によって決定される。


[[Image:Calciumdomain-1.png|thumb|350px|'''図.カルシウムドメイン'''<br>[[カルシウム]]イオンがチャネルを通過して生じる細胞内の遊離カルシウム濃度上昇の空間的分布領域。細胞質にある内在性カルシウムバッファーの作用により、細胞膜の内側に沿って半円形に濃度分布すると推定される。ここでは既知のキレート剤によって濃度が起点濃度の1/e (37%)となる距離を示す。]]
== カルシウムドメインを形成するチャネル ==


 Chad &amp; Eckert<ref name="ref1"><pubmed>6329349</pubmed></ref>によって提唱された。[[電位依存性カルシウムチャネル]]が短時間、開口することにより、細胞外から細胞内に流入したカルシウムは、[[細胞質]]にある内在性[[カルシウムバッファー]]の影響下、拡散により、[[細胞膜]]の内側に沿って半円形に濃度分布すると推定され、その空間分布をカルシウムドメインと呼んだ(図)。カルシウムドメインを形成する最小ユニットは単一チャネルであるが、複数チャネルがクラスターを形成すると、より大きなカルシウムドメインが形成される。カルシウムドメインの重複の程度はチャネル当たりのカルシウム流入量、カルシウムチャネルの分布密度、カルシウムバッファーの濃度と結合速度などによって決定される。
#細胞外Ca2+の細胞内流入を媒介するチャネル:電位依存性Ca2+チャネル、Ca2+透過型チャネル(NMDA受容体チャネル、機械力受容チャネル、TRPチャネル、環状ヌクレオチド依存性チャネル、store-operated CRACチャネルなど)<BR>
#細胞内Ca2+ストアから細胞質への流出を媒介するチャネル:リアノジン受容体チャネル、IP3受容体チャネル。


==関与するチャネル  ==
== カルシウムドメインの機能的役割 ==


#細胞外カルシウムの細胞内流入を媒介するチャネル:電位依存性カルシウムチャネル、カルシウム透過型チャネル([[NMDA型グルタミン酸受容体]]チャネル、[[機械力受容チャネル]]、[[TRPチャネル]]、[[環状ヌクレオチド依存性チャネル]]、[[store-operated CRAC]]チャネルなど)<br>
#Ca2+チャネルの調節:細部内Ca2+によってCa2+チャネルは活性化または不活性化される。
#[[細胞内カルシウムストア]]から細胞質への流出を媒介するチャネル:[[リアノジン受容体]]チャネル、[[IP3受容体|IP<sub>3</sub>受容体]]チャネル。
#Ca2+依存性チャネルの活性化:Ca2+依存性K+チャネル、Ca2+依存性Cl-チャネルが知られる。
#神経伝達物質の開口放出:Synaptotagminなどの低親和性Ca2+結合タンパク質により媒介される。
#シナプス小胞の取り込み(エンドサイトーシス):Synaptotagminなどの低親和性Ca2+結合タンパク質により媒介されるものと、Calmodulinなどの比較的低親和性Ca2+結合タンパク質により媒介されるものがある。
#シナプス伝達の修飾:Calmodulinとの結合を介して、後シナプス受容体の密度、または前シナプス末端からの伝達物質放出を増強する。
#筋収縮。
#細胞内ストアCa2+の放出促進(リアノジン受容体チャネル、IP3受容体チャネルからのCa2+に依存したCa2+の放出)。
#成長円錐の伸長(TRPCチャネルなどからのCa2+流入)。
 
== カルシウムドメインのサイズ ==


==機能的役割  ==
 カルシウムドメインのサイズは、多くの場合、光学解像度の限界を超えるため実測できない。そのため次善の策として、Ca2+結合速度の異なるカルシウムキレート剤(表1)を細胞内に負荷して、それによるカルシウム依存性機能の抑制率を定量して、ドメインサイズを推定することが行われている。


#カルシウムチャネルの調節:細部内カルシウムによってカルシウムチャネルは活性化または不活性化される。
表1[2]
#カルシウム依存性チャネルの活性化:[[カルシウム依存性カリウムチャネル]]、[[カルシウム依存性クロライドチャネル]]が知られる。
キレート剤      Kon(1/M.s)        KD  (μM)
#[[神経伝達物質]]の[[開口放出]]:[[シナプトタグミン]]などの低親和性カルシウム結合タンパク質により媒介される。
BAPTA        4.0 x 108   0.22
#[[シナプス小胞]]の取り込み([[エンドサイトーシス]]):シナプトタグミンなどの低親和性カルシウム結合タンパク質により媒介されるものと、[[カルモジュリン]]などの比較的高親和性カルシウム結合タンパク質により媒介されるものがあると推定されている<ref><pubmed>20562869</pubmed></ref>。
EGTA 2.5 x 106              0.18
#[[シナプス伝達]]の修飾:カルモジュリンとの結合を介して、後シナプス[[受容体]]の密度を調節し、また前シナプス末端からの伝達物質放出を増強する。
#[[筋収縮]]。
#[[細胞内ストアカルシウム]]の放出促進(リアノジン受容体チャネル、IP<sub>3</sub>受容体チャネルからのカルシウムに依存したカルシウムの放出)
#[[成長円錐]]の伸長([[TRPCチャネル]]などからのカルシウム流入)。


==サイズ  ==
キレート剤の存在下におけるCa2+の拡散距離 λは


 カルシウムドメインのサイズは、多くの場合、光学解像度の限界を超えるため実測できない。そのため次善の策として、カルシウム結合速度の異なる[[カルシウムキレート剤]](表)を細胞内に負荷して、それによるカルシウム依存性機能の抑制率を定量して、ドメインサイズを推定することが行われている。
λ = (DCa/KonB)0.5


{|class="wikitable"
で近似される。ここでDCaは細胞質内におけるCa2+の拡散定数(220 μm2/s)<ref name=ref2><pubmed>9278532</pubmed></ref>、Bはキレート剤の濃度に相当する。
|+表 代表的カルシウムキレート剤のK<sub>on</sub>とK<sub>D</sub> 文献<ref name="ref2"><pubmed>9278532</pubmed></ref> <ref name=ref11106608><pubmed>11106608</pubmed></ref>より。
この式から推定される カルシウムドメインのサイズは図1のようになる。
|-
例えば、細胞内カルシウムドメインに依存する機能が10 mM EGTAによってブロックされた場合、この機能に関わるカルシウムドメインのサイズは> 94 nmと推定される。10 mM EGTA によってはブロックされないが1 mM BAPTAによって完全にブロックされる場合は23 nm- 94 nm、10 mM BAPTAでブロックされない場合は< 7.4 nmと推定される。
| キレート剤
| 結合速度定数(K<sub>on</sub>)(1/M・s)
| 解離定数(K<sub>D</sub>) (μM)
|-
| [[BAPTA]]<ref name="ref2" />
| 4.0 x 10<sup>8</sup>
| 0.22
|-
| [[EGTA]]<ref name=ref11106608 />
| 1.0 x 10<sup>7</sup>
| 0.07
|}


キレート剤の存在下におけるカルシウムの拡散距離長さ定数λは
== カルシウムマイクロドメインとカルシウムナノドメイン ==


λ = (D<sub>Ca</sub>/K<sub>on</sub>B)<sup>0.5</sup>  
 便宜上、カルシウムドメインのサイズが10-20 nm以下のものをナノドメイン、100-200 nm以上のものをマイクロドメインと呼び分けることが行われている<ref name=ref3><pubmed>9539117</pubmed></ref>。しかし一方「マイクロドメイン」はカルシウムドメインの総称としても使われるので注意を要する。


で与えられる。ここでD<sub>Ca</sub>は細胞質内におけるカルシウムの[[wikipedia:ja:拡散定数|拡散定数]](220 μm<sup>2</sup>/s)<ref name="ref2"><pubmed>9278532</pubmed></ref>、Bはキレート剤の濃度に相当する。この式から算定されるカルシウムドメインのλは図のようになる。例えば、細胞内に1 mM EGTAが存在すると起点から148 nm離れた位置におけるカルシウム濃度は起点濃度の1/e (37%)となる。同様に、細胞内に1 mM BAPTAが存在する場合のカルシウム拡散の長さ定数は23 nmと算定される(図)。したがって、一定濃度のEGTAまたはBAPTAを細胞内に注入し、それによるカルシウム依存性機能の抑制率を測定することによって、この機能に関わるカルシウムドメインのサイズを推定することができる。
== 参考文献 ==


==マイクロドメインとナノドメイン  ==
<references />


 便宜上、カルシウムドメインのサイズが10-20 nm以下のものを[[ナノドメイン]]、100-200 nm以上のものを[[マイクロドメイン]]と呼び分けることが行われている<ref><pubmed>9539117</pubmed></ref>。例えば、「ナノドメインカルシウムに依存する小胞開口放出」のように使われている。しかし一方「マイクロドメイン」はカルシウムドメインの総称としても使われているので注意を要する。


==関連項目==
(執筆者:高橋智幸 担当編集委員:尾藤晴彦)
*[[カルシウムチャネル]]
*[[カルシウムキレート剤]]
== 参考文献  ==
 
<references />

2012年10月18日 (木) 17:23時点における版

英語名:Calcium domain

 カルシウムイオン(Ca2+)がチャネルを通過して生じる細胞内の遊離Ca2+濃度上昇の空間的分布領域。カルシウムドメインは細胞外からのCa2+流入、または小胞体からのCa2+流出によって形成される。

カルシウムドメイン仮説

図1

 Chad & Eckert[1]によって提唱された。電位依存性Ca2+チャネルが短時間、開口することにより、細胞外から細胞内に流入したCa2+は、細胞質にある内在性Ca2+バッファーの作用により、細胞膜の内側に沿って半円形に濃度分布すると推定され、その空間分布をカルシウムドメインと呼んだ(図1)。カルシウムドメインを形成する最小ユニットは単一チャネルであるが、複数チャネルのカルシウムドメインが重複すると、より大きなカルシウムドメインが形成される。カルシウムドメインの重複の程度はチャネル当たりのCa2+流入量と、Ca2+チャネルの分布密度によって決定される。

カルシウムドメインを形成するチャネル

  1. 細胞外Ca2+の細胞内流入を媒介するチャネル:電位依存性Ca2+チャネル、Ca2+透過型チャネル(NMDA受容体チャネル、機械力受容チャネル、TRPチャネル、環状ヌクレオチド依存性チャネル、store-operated CRACチャネルなど)
  2. 細胞内Ca2+ストアから細胞質への流出を媒介するチャネル:リアノジン受容体チャネル、IP3受容体チャネル。

カルシウムドメインの機能的役割

  1. Ca2+チャネルの調節:細部内Ca2+によってCa2+チャネルは活性化または不活性化される。
  2. Ca2+依存性チャネルの活性化:Ca2+依存性K+チャネル、Ca2+依存性Cl-チャネルが知られる。
  3. 神経伝達物質の開口放出:Synaptotagminなどの低親和性Ca2+結合タンパク質により媒介される。
  4. シナプス小胞の取り込み(エンドサイトーシス):Synaptotagminなどの低親和性Ca2+結合タンパク質により媒介されるものと、Calmodulinなどの比較的低親和性Ca2+結合タンパク質により媒介されるものがある。
  5. シナプス伝達の修飾:Calmodulinとの結合を介して、後シナプス受容体の密度、または前シナプス末端からの伝達物質放出を増強する。
  6. 筋収縮。
  7. 細胞内ストアCa2+の放出促進(リアノジン受容体チャネル、IP3受容体チャネルからのCa2+に依存したCa2+の放出)。
  8. 成長円錐の伸長(TRPCチャネルなどからのCa2+流入)。

 

カルシウムドメインのサイズ

 カルシウムドメインのサイズは、多くの場合、光学解像度の限界を超えるため実測できない。そのため次善の策として、Ca2+結合速度の異なるカルシウムキレート剤(表1)を細胞内に負荷して、それによるカルシウム依存性機能の抑制率を定量して、ドメインサイズを推定することが行われている。

表1[2] キレート剤 Kon(1/M.s)     KD (μM) BAPTA 4.0 x 108 0.22 EGTA 2.5 x 106 0.18

キレート剤の存在下におけるCa2+の拡散距離 λは

λ = (DCa/KonB)0.5

で近似される。ここでDCaは細胞質内におけるCa2+の拡散定数(220 μm2/s)[2]、Bはキレート剤の濃度に相当する。 この式から推定される カルシウムドメインのサイズは図1のようになる。 例えば、細胞内カルシウムドメインに依存する機能が10 mM EGTAによってブロックされた場合、この機能に関わるカルシウムドメインのサイズは> 94 nmと推定される。10 mM EGTA によってはブロックされないが1 mM BAPTAによって完全にブロックされる場合は23 nm- 94 nm、10 mM BAPTAでブロックされない場合は< 7.4 nmと推定される。

カルシウムマイクロドメインとカルシウムナノドメイン

 便宜上、カルシウムドメインのサイズが10-20 nm以下のものをナノドメイン、100-200 nm以上のものをマイクロドメインと呼び分けることが行われている[3]。しかし一方「マイクロドメイン」はカルシウムドメインの総称としても使われるので注意を要する。

参考文献

  1. Chad, J.E., & Eckert, R. (1984).
    Calcium domains associated with individual channels can account for anomalous voltage relations of CA-dependent responses. Biophysical journal, 45(5), 993-9. [PubMed:6329349] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  2. Naraghi, M., & Neher, E. (1997).
    Linearized buffered Ca2+ diffusion in microdomains and its implications for calculation of [Ca2+] at the mouth of a calcium channel. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 17(18), 6961-73. [PubMed:9278532] [WorldCat]
  3. Neher, E. (1998).
    Vesicle pools and Ca2+ microdomains: new tools for understanding their roles in neurotransmitter release. Neuron, 20(3), 389-99. [PubMed:9539117] [WorldCat] [DOI]


(執筆者:高橋智幸 担当編集委員:尾藤晴彦)