「両手間協調運動」の版間の差分

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 靴ひもを結ぶ運動に代表される運動は左右の手を協調して行うことで達成される。両手間協調運動は特にヒトでよく発達しており、このような運動機能が霊長類に至る進化の上で重要と考えられている。しかし、霊長類よりも下等とされる動物、例えばげっ歯類でも捕食時や摂食時などにしばしば見られる運動でもある。
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0168034 蔵田 潔]</font><br>
''弘前大学 大学院医学研究科 統合機能生理学講座''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月6日 原稿完成日:2018年1月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:bimanual movement 独:bimanuelle Bewegungen, beidhändige Bewegungen 仏:mouvements bimanuels
 この運動には、左右の手指の精緻な運動制御に加え、タイミング制御という二つの要素が必須であり、脳の多くの領域が関与しているものと思われる。まず、左右手指の精緻な運動制御は、一次運動野に存在する体部位局在にもとづく運動パターンの生成と制御指令が脊髄への下行系を経て行われていると考えられる。一次運動野には、特に錐体路を経由し脊髄へ直接投射するニューロン(錐体路ニューロン)と、さらにその中で脊髄前角のα運動細胞に直接シナプス接続する皮質運動ニューロンとが存在しており、大脳皮質で生成された運動指令を直接伝える系として知られてきた。しかし、左右の一次運動野だけがそれぞれ独立して両手間協調を行っているのではなく、左右半球間の脳梁を介する情報のやりとりが重要と思われるが、左右大脳半球の一次運動野の手指領域には脳梁を介する相互投射が少ない。サル大脳の一次運動野の近傍では補足運動野あるいは運動前野(いずれもBrodmannの6野に存在)が左右半球間での投射があることに加え、右あるいは左のみの手指を動かす時、または左右の手指を動かす時のそれぞれに特異的に活動を示すニューロンの存在することが知られており、両手でどのような運動をすべきかのパターンを生成していると考えられている。


{{box|text= 靴ひもを結ぶ運動に代表される運動は左右の手を協調して行うことで達成される。両手間協調運動は特にヒトでよく発達しており、このような運動機能が[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]に至る進化の上で重要と考えられている。しかし、霊長類よりも下等とされる動物、例えば[[wikipedia:ja:げっ歯類|げっ歯類]]でも捕食時や摂食時などにしばしば見られる運動でもある。}}
 一方、両手間の協調に必要なタイミング制御には大脳運動前野とともに、小脳によるタイミング制御が重要な役割を果たしていることが知られている1, 2。また、このような左右手による精緻な運動には、上位中枢が運動指令を送ることによる前向き制御のみならず、体性感覚や視覚などによるフィードバック情報に基づき実時間制御が必要であろう。また、特に発達期や脳や脊髄の障害時には学習によって両手間協調が熟達するものと考えられ、運動学習の中枢である小脳のみならず、一次運動野をはじめとする大脳に存在する運動関連諸領野が両手間協調に必要な運動学習に関与していると考えられる。


 両手間協調運動には、左右の手指の精緻な運動制御に加え、タイミング制御という二つの要素が必須であり、脳の多くの領域が関与しているものと思われる。まず、左右手指の精緻な運動制御は、[[一次運動野]]に存在する[[体部位局在]]にもとづく運動パターンの生成と制御指令が脊髄への下行系を経て行われていると考えられる。一次運動野には、特に[[錐体路]]を経由し[[脊髄]]へ直接投射するニューロン([[錐体路ニューロン]])と、さらにその中で[[脊髄前角]]の[[α運動細胞]]に直接シナプス接続する[[皮質運動ニューロン]]とが存在しており、大脳皮質で生成された運動指令を直接伝える系として知られてきた。しかし、左右の一次運動野だけがそれぞれ独立して両手間協調を行っているのではなく、左右半球間の脳梁を介する情報のやりとりが重要と思われるが、左右大脳半球の一次運動野の手指領域には[[脳梁]]を介する相互投射が少ない。[[wikipedia:ja:サル|サル]]大脳の一次運動野の近傍では、[[ブロードマン6野]]の大脳内側面に存在する[[補足運動野]]、および[[ブロードマン6野]]の大脳外側面に存在する[[運動前野]]にはそれぞれ左右半球間で相互に線維連絡があることに加え、補足運動野の破壊実験により板の穴に詰められた餌を両手間協調によって取り出すことに障害の生じることが報告されている<ref name=ref7329632 ><pubmed>7329632</pubmed></ref>。また、ニューロン活動の解析から、右あるいは左のみの手指を動かす時、または左右の手指を動かす時のそれぞれに特異的に活動を示すニューロンが運動前野に存在することが知られており<ref name=ref3600757 ><pubmed>3600757</pubmed></ref>、両手でどのような運動をすべきかのパターンを生成していると考えられている。
1. Porter, R. & Lemon, R. (1993) Corticospinal Function and Voluntary Movement, Oxford.
 
2. Ivry, R.B., Spencer, R.M., Zelaznik, H.N. & Diedrichsen, J. (2002) The cerebellum and event timing. Ann N Y Acad Sci 978, 302-317.
 一方、両手間の協調に必要なタイミング制御には[[大脳運動前野]]とともに、[[小脳によるタイミング制御]]が重要な役割を果たしていることが知られている<ref name=ref1>'''Porter, R. & Lemon, R.'''<br>Corticospinal Function and Voluntary Movement<br>Oxford. (1993)</ref><ref name=ref2><pubmed>12582062</pubmed></ref><ref name=ref15356182 ><pubmed> 15356182 </pubmed></ref>。また、このような左右手による精緻な運動には、上位中枢が運動指令を送ることによる前向き制御のみならず、[[体性感覚]]や[[視覚]]などによるフィードバック情報に基づき実時間制御が必要であろう。また、特に発達期や脳や脊髄の障害時には学習によって両手間協調が熟達するものと考えられ、運動学習の中枢である小脳のみならず、大脳に存在する両側半球の一次運動野を含む運動関連諸領野のそれぞれが、半球に対して反対側の手のみならず、両手間協調に必要な運動学習に関与していると考えられる<ref name=ref3><pubmed> 18006750 </pubmed></ref>。
3. Diedrichsen, J., Verstynen, T., Lehman, S.L. & Ivry, R.B. (2005) Cerebellar involvement in anticipating the consequences of self-produced actions during bimanual movements. J. Neurophysiol. 93, 801-812.
 
4. Kitazawa, S., Kimura, T. & Uka, T. (1997) Prism adaptation of reaching movements: specificity for the velocity of reaching. J. Neurosci. 17, 1481-1492.
== 関連項目 ==
5. Tanji, J., Okano, K. & Sato, K.C. Relation of neurons in the nonprimary motor cortex to bilateral hand movement. Nature 327, 618-620 (1987).
*[[運動前野]]
6. Nishimura, Y., Onoe, H., Morichika, Y., Perfiliev, S., Tsukada, H., & Isa, T. (2007) Time-dependent central compensatory mechanisms of finger dexterity after spinal cord injury. Science 318, 1150-1155.
*[[補足運動野]]
*[[前補足運動野]]
*[[小脳によるタイミング制御]]
 
== 参考文献 ==
<references />

2012年12月1日 (土) 14:12時点における版

 靴ひもを結ぶ運動に代表される運動は左右の手を協調して行うことで達成される。両手間協調運動は特にヒトでよく発達しており、このような運動機能が霊長類に至る進化の上で重要と考えられている。しかし、霊長類よりも下等とされる動物、例えばげっ歯類でも捕食時や摂食時などにしばしば見られる運動でもある。

 この運動には、左右の手指の精緻な運動制御に加え、タイミング制御という二つの要素が必須であり、脳の多くの領域が関与しているものと思われる。まず、左右手指の精緻な運動制御は、一次運動野に存在する体部位局在にもとづく運動パターンの生成と制御指令が脊髄への下行系を経て行われていると考えられる。一次運動野には、特に錐体路を経由し脊髄へ直接投射するニューロン(錐体路ニューロン)と、さらにその中で脊髄前角のα運動細胞に直接シナプス接続する皮質運動ニューロンとが存在しており、大脳皮質で生成された運動指令を直接伝える系として知られてきた。しかし、左右の一次運動野だけがそれぞれ独立して両手間協調を行っているのではなく、左右半球間の脳梁を介する情報のやりとりが重要と思われるが、左右大脳半球の一次運動野の手指領域には脳梁を介する相互投射が少ない。サル大脳の一次運動野の近傍では補足運動野あるいは運動前野(いずれもBrodmannの6野に存在)が左右半球間での投射があることに加え、右あるいは左のみの手指を動かす時、または左右の手指を動かす時のそれぞれに特異的に活動を示すニューロンの存在することが知られており、両手でどのような運動をすべきかのパターンを生成していると考えられている。

 一方、両手間の協調に必要なタイミング制御には大脳運動前野とともに、小脳によるタイミング制御が重要な役割を果たしていることが知られている1, 2。また、このような左右手による精緻な運動には、上位中枢が運動指令を送ることによる前向き制御のみならず、体性感覚や視覚などによるフィードバック情報に基づき実時間制御が必要であろう。また、特に発達期や脳や脊髄の障害時には学習によって両手間協調が熟達するものと考えられ、運動学習の中枢である小脳のみならず、一次運動野をはじめとする大脳に存在する運動関連諸領野が両手間協調に必要な運動学習に関与していると考えられる。

1. Porter, R. & Lemon, R. (1993) Corticospinal Function and Voluntary Movement, Oxford. 2. Ivry, R.B., Spencer, R.M., Zelaznik, H.N. & Diedrichsen, J. (2002) The cerebellum and event timing. Ann N Y Acad Sci 978, 302-317. 3. Diedrichsen, J., Verstynen, T., Lehman, S.L. & Ivry, R.B. (2005) Cerebellar involvement in anticipating the consequences of self-produced actions during bimanual movements. J. Neurophysiol. 93, 801-812. 4. Kitazawa, S., Kimura, T. & Uka, T. (1997) Prism adaptation of reaching movements: specificity for the velocity of reaching. J. Neurosci. 17, 1481-1492. 5. Tanji, J., Okano, K. & Sato, K.C. Relation of neurons in the nonprimary motor cortex to bilateral hand movement. Nature 327, 618-620 (1987). 6. Nishimura, Y., Onoe, H., Morichika, Y., Perfiliev, S., Tsukada, H., & Isa, T. (2007) Time-dependent central compensatory mechanisms of finger dexterity after spinal cord injury. Science 318, 1150-1155.