「パルミトイル化」の版間の差分

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 ''S''-パルミトイル化は16炭素鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸(C16)がタンパク質のシステイン残基チオール(SH基)にチオエステル結合を介して付加する(図1)。パルミチン酸が一般的であるが、他にも[[wikipedia:ja:ミリスチン酸|ミリスチン酸]](C14)、[[wikipedia:ja:ステアリン酸|ステアリン酸]](C18)、その他長鎖脂肪酸が付加される場合もあり、総称して''S''-アシル化(''S''-acylation)と呼ぶこともある。また、パルミチン酸が末端[[wikipedia:ja:アミノ基|アミノ基]]や[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル基]]を介してそれぞれ[[wikipedia:ja:アミド結合|アミド結合]](''N''-パルミトイル化)、[[wikipedia:ja:エステル結合|エステル結合]](''O''-パルミトイル化)で付加するタンパク質も存在するが、''S''-パルミトイル化とは責任酵素が異なる。本稿では、以後主に''S''-パルミトイル化について概説する。
 ''S''-パルミトイル化は16炭素鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸(C16)がタンパク質のシステイン残基チオール(SH基)にチオエステル結合を介して付加する(図1)。パルミチン酸が一般的であるが、他にも[[wikipedia:ja:ミリスチン酸|ミリスチン酸]](C14)、[[wikipedia:ja:ステアリン酸|ステアリン酸]](C18)、その他長鎖脂肪酸が付加される場合もあり、総称して''S''-アシル化(''S''-acylation)と呼ぶこともある。また、パルミチン酸が末端[[wikipedia:ja:アミノ基|アミノ基]]や[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル基]]を介してそれぞれ[[wikipedia:ja:アミド結合|アミド結合]](''N''-パルミトイル化)、[[wikipedia:ja:エステル結合|エステル結合]](''O''-パルミトイル化)で付加するタンパク質も存在するが、''S''-パルミトイル化とは責任酵素が異なる。本稿では、以後主に''S''-パルミトイル化について概説する。


 ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代に[[wikipedia:Sindbis_virus|シンドビスウイルス]]の[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウイルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の[[wikipedia:ja:共有結合|共有結合]]性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬である[[wikipedia:ja:ヒドロキシルアミン|ヒドロキシルアミン]](NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウイルスタンパク質に限らず[[Ras]]や[[三量体GTP結合タンパク質]]&alphaサブユニット(G&alpha)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、G&alpha<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  
 ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代に[[wikipedia:Sindbis_virus|シンドビスウイルス]]の[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウイルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の[[wikipedia:ja:共有結合|共有結合]]性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬である[[wikipedia:ja:ヒドロキシルアミン|ヒドロキシルアミン]](NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウイルスタンパク質に限らず[[Ras]]や[[三量体GTP結合タンパク質]]&alpha;サブユニット(G&alpha;)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、G&alpha;<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  


 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase, PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref><pubmed>12370247</pubmed></ref>。一方、近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。
 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやくパルミトイルアシルトランスフェラーゼ(palmitoyl acyl transferase, PAT)活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref><pubmed>12370247</pubmed></ref>。一方、近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHC酵素の発見を皮切りに、パルミトイル化酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。