「水道周囲灰白質」の版間の差分

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<div align="right"> 
中脳周囲灰白質 (periaqueductal gray)
<font size="+1">[http://researchmap.jp/koyamay 小山 純正]</font><br>
''福島大学 共生システム理工学類''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月4日 原稿完成日:2016年6月11日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


英語名:periaqueductal gray 独:periaquäduktales Grau 仏:substance grise périaqueducale
解剖


英語略名:PAG
第三脳室と第四脳室を結ぶ中脳水道を取り巻く細胞集団。水道周囲灰白質ともいう。中脳周囲灰白質の正中腹側部には、吻側からDarkschewisch核、Edinger-Westphal核 (エディンガー・ウェストファル核)(動眼神経副核)、動眼神経核、滑車神経核などが続く。その尾側にはセロトニン作動性ニューロンを豊富に含む背側縫線核が、腹外側部にはアセチルコリン作動性ニューロンを多く含む外背側被蓋核が拡がる。


同義語:中脳中心灰白質
<br> 線維連絡


{{box|text=
求心性投射 大脳辺縁系(海馬、扁桃体)、視床下部、不確帯、分界条床核、脚傍核などから、情動や自律神経系の変化に伴う入力を受ける。上丘、下丘、脳幹網様体、三叉神経脊髄路核、脊髄などからは、感覚性の入力を受ける。(ラット、ネコ、ウサギなどは)一次運動野からの入力も受ける。興奮性入力としては、グルタミン酸作動性ニューロンが多いが、視床下部の結節乳頭核からは、ヒスタミン作動性、外側部からはオレキシン作動性ニューロンが投射する。脳幹網様体からは、青斑核を始め、いくつかのニューロン群(A1、A2、A5)から、ノルアドレナリン作動性入力を、C1、C2ニューロン群からアドレナリン作動性入力を、縫線核群からはセロトニン作動性入力を、外背側被蓋核や脚橋被蓋核からアセチルコリン作動性入力を受ける。
 水道周囲灰白質(PAG)は、[[中脳水道]]の周囲に広がる細胞集団で、[[大脳辺縁系]]や[[視床下部]]などから[[情動]]やそれに伴う[[自律神経性]]の入力を、[[脳幹]]や[[脊髄]]からは[[感覚性]]入力を受け、これらの情報を統合して、適切な行動や自律神経系活動の発現に関与する。
}}


==構造==
遠心性投射 視床下部、不確帯、脳幹網様体、上丘、外側脚傍核、縫線核群、脊髄などに投射する。さまざまな情報を統合して、適切な行動様式発現のための情報を脳幹網様体(おもに延髄)や脊髄に送る。また、これらの領域からは、いずれも求心性投射を受けており、密接な相互連絡が形成されている。
[[Image:Yoshimasakoyama_Fig_1.png|thumb|right|350px|'''図1.水道周囲灰白質の概観図'''<br>[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]脳の前額断面図の吻側(左下)から尾側(右上)に水道周囲灰白質とその周辺の諸核を示す]]


===構成===
おもな神経伝達物質
 [[第三脳室]]と[[第四脳室]]を結ぶ中脳水道を取り巻く細胞集団<ref name=ref2>'''佐野豊'''<br>神経科学 形態学的基礎 Ⅱ脊髄・脳幹 p.763-777<br>''金芳堂'':1999</ref> 。


 内側、外側、背側に分けられ、種によってはさらに細分される。明確な境界はないが、前後軸にそったカラム状の機能単位が存在する。一方、PAGの吻側の被蓋領域には、正中腹側部に、[[Darkschewisch核]]、[[動眼神経副核]]、[[Edinger-Westphal核]]、さらに[[動眼神経核]]、[[滑車神経核]]など、[[眼球運動]]や[[瞳孔反射]]に関連するニューロン群が分布する。その尾側には[[セロトニン]]作動性ニューロンを豊富に含む[[背側縫線核]]が、腹外側部には[[アセチルコリン]]作動性ニューロンの局在する[[外背側被蓋核]]が拡がる。背側縫線核、外背側被蓋核は、構造的には中脳水道周囲に位置しPAGに含まれるが、明確な細胞集団を形成し、PAGとは異なる細胞群として扱われることが多い。これらの詳細については、「縫線核」「睡眠制御の神経回路」などを参照して欲しい。
PAGのニューロンは、以下のような物質を神経伝達物質/神経修飾物質として、含有する。 グルタミン酸、アスパラギン酸 GABA、グリシン エンケファリン、ダイノルフィン、サブスタンスP、コレシストキニン、ニューロテンシン、コルチコトロピン放出ペプチド(CRF)、ガストリン放出ペプチド(GRP)、ニューロメディンB、ガラニン、LHRH、ACTH、一酸化窒素(NO)
 
=== 線維連絡 ===
====入力====
 大脳辺縁系([[海馬]]、[[扁桃体]])、視床下部、[[不確帯]]、[[分界条床核]]、[[脚傍核]]などから、情動やそれに伴う自律神経性の入力を受ける<ref name=ref2 />。特に情動の発現に関連する大脳辺縁系と密接な線維連絡がある。[[上丘]]、[[脳幹網様体]]、[[三叉神経脊髄路核]]、[[脊髄]]などからは、自律神経性入力に加え、[[痛覚]]や[[体性感覚]]などの感覚性入力を受ける。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]、[[wikipedia:ja:ウサギ|ウサギ]]、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]では、[[一次運動野]]から運動情報の入力を受ける。[[wikipedia:ja:サル|サル]]では、[[前運動野]]/[[補足運動野]]([[6野]])、[[前頭眼野]]([[8野]])、[[前頭前野]]([[9野]])、[[前頭極]]([[10野]])からの入力を受ける。


 興奮性入力としては、[[グルタミン酸]]作動性ニューロンが主であるが、視床下部の[[結節乳頭核]]からは[[ヒスタミン]]作動性、視床下部外側部からは[[オレキシン]]作動性ニューロンが投射する。脳幹網様体からは、[[青斑核]]を始め、[[延髄腹外側部]]([[ノルアドレナリン#主な投射系|A1]])、[[延髄背側部]]([[ノルアドレナリン#主な投射系|A2]])、[[橋腹外側部]]([[ノルアドレナリン#主な投射系|A5]])から[[ノルアドレナリン]]作動性入力を、[[延髄腹外側部]]([[アドレナリン#主な投射系と機能|C1]])、[[延髄背側部]]([[アドレナリン#主な投射系と機能|C2]])から[[アドレナリン]]作動性入力を受ける。また、橋、延髄の縫線核群からはセロトニン作動性入力を、外背側被蓋核や脚橋被蓋核からアセチルコリン作動性入力を受ける。


====出力====
痛覚抑制作用
 視床下部、不確帯、脳幹網様体、上丘、[[外側脚傍核]]、縫線核群、脊髄などに投射する。これらの領域との結合はいずれも双方向性であり、これらの領域から受け取るさまざまな情報を統合して、適切な行動や自律神経系活動を発現させるための情報を送り返している。


=== おもな神経伝達物質===
PAGの広範な領域の電気刺激によって痛覚抑制効果が得られる。PAGの痛覚抑制系には、PAGから視床に投射する上行性抑制系と延髄に投射する下行性抑制系がある。上行性抑制系は、背側縫線核からのセロトニン作動性ニューロンと、その周辺の非セロトニン作動性ニューロンが、視床の腹側基底核群や髄板内核群の侵害受容ニューロンを抑制することによって痛覚抑制を引き起こす。下行性抑制系は、背内側部(dmPAG)、腹外側部(vmPAG)から吻側延髄腹内側部 (rostroventromedial medulla; RVM) に投射する。主にグルタミン酸作動性であり、RVMの脊髄投射ニューロンを活性化する。 RVMには、セロトニン作動性ニューロンを含む大縫線核(Raphe Magnus: RMn)、非セロトニン作動性の巨大細胞網様核、傍巨大細胞網様核などが存在し、これらのニューロンが脊髄後核の侵害受容ニューロンを抑制する。
 PAGのニューロンは、主な興奮性伝達物質としてグルタミン酸、抑制性伝達物質として[[GABA]]、[[グリシン]]をもつ。表1に示すように、さまざまなペプタイドを含有するニューロンと、その受容体を発現するニューロンが分布する<ref>'''遠山正彌 編'''<br>分子脳・神経機能解剖学 3章 脳の構造と化学的神経回路 B延髄・橋・中脳 p.59-113<br>''金芳堂'':2004</ref>。  
PAGの痛覚抑制ニューロンは、PAG内のGABA作動性ニューロンの抑制を受けている<ref name=ref2><pubmed>11287471</pubmed></ref>。視床下部から投射するβエンドルフィン作動性ニューロン、PAG内のエンケファリン作動性ニューロンなどのオピエート系は、このGABA作動性ニューロンを抑制することにより、痛覚抑制を引き起こす<ref><pubmed>1450948</pubmed></ref>。


{|cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
エンドカンナビノイド系も、このGABA作動性ニューロンの作用(GABA放出)を抑えることにより、痛覚抑制を引き起こすと考えられている。
|+'''表1.水道周囲灰白質に存在するペプタイド'''
|-
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 物質名
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 略号
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 細胞体
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 神経線維
| style="background-color:#d3d3d3; text-align:center" | 受容体
|-
| [[ソマトスタチン]]
| style="text-align:center" | SOM
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
|
|-
| [[サブスタンスP]]
| style="text-align:center" | SP
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[NK1]])
|-
| [[エンケファリン]]
| style="text-align:center" | Enk
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[μ]])
|-
| [[ダイノルフィン]]
| style="text-align:center" | Dyn
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[κ]])
|-
| [[コレシストキニン]]
| style="text-align:center" | CCK
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[CCK-A]])
|-
| [[ニューロペプタイドY]]
| style="text-align:center" | NPY
|
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[Y2]])
|-
| [[ニューロテンシン]]
| style="text-align:center" | NT
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
|-
| [[カルシトニン遺伝子関連ペプチド]]
| style="text-align:center" | CGRP
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
|
|-
| [[γメラニン細胞刺激ホルモン]]
| style="text-align:center" | γMSH
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
|
|-
| [[コルチコトロピン放出ホルモン]]
| style="text-align:center" | CRF
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[CRF1]])
|-
| [[ガラニン放出ペプタイド]]
| style="text-align:center" | GRP
| style="text-align:center" | +
|
| style="text-align:center" | +
|-
| [[ニューロメジンB]]
| style="text-align:center" | NMB
| style="text-align:center" | -
|
| style="text-align:center" | +
|-
| [[ガラニン]]
| style="text-align:center" | Gal
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
|-
| [[バソプレシン]]
| style="text-align:center" | VP
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[V2]])
|-
| [[オキシトシン]]
| style="text-align:center" | Ox
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
|-
| [[オレキシン]]
| style="text-align:center" | Orx
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +([[オレキシン#受容体|1R]], [[オレキシン#受容体|2R]])
|-
| [[甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン]]
| style="text-align:center" | TRH
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
| style="text-align:center" | +
|-
| [[生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン]]
| style="text-align:center" | GnRH
| style="text-align:center" | -
| style="text-align:center" | +
|
|}


存在が確認されているペプタイドニューロンの細胞体、神経線維、[[受容体]]のサブタイプを示す。
痛覚抑制には、さまざまなペプタイドも関与している。 たとえば、PAGからRVMに投射するグルタミン酸作動性ニューロンの一部は、ニューロテンシン(NT)を伝達物質にもつ<ref><pubmed>6132659</pubmed></ref>。PAG内のニューロテンシン作動性ニューロンには、RMnに投射するグルタミン酸作動性ニューロンに対して直接に興奮性に作用するもの<ref name=ref2/>、エンドカンナビノイド―GABA系を介して間接的に興奮作用をおよぼすものがある<ref><pubmed>19359367</pubmed></ref>。サブスタンスP、コレシストキニンも、ニューロテンシンと同様のメカニズムで痛覚抑制に関与する<ref><pubmed>19494144, 21525858</pubmed></ref>。


== おもな機能 ==
=== 痛覚抑制作用 ===
 PAGの広範な領域の電気刺激によって痛覚抑制効果が得られる。PAGの痛覚抑制系には、PAGから[[視床]]に投射する上行性抑制系と延髄に投射する下行性抑制系がある。


 上行性抑制系では、背側縫線核からのセロトニン作動性ニューロンと、その周辺の非セロトニン作動性ニューロンが、視床の腹側基底核群や髄板内核群の侵害受容ニューロンを抑制することによって痛覚抑制を引き起こす。


 下行性抑制系は、背内側部(dmPAG)、腹外側部(vlPAG)から[[吻側延髄腹内側部]](rostroventromedial medulla; RVM)に投射する。主にグルタミン酸作動性であり、RVMの脊髄投射ニューロンを活性化する。 
情動行動


 RVMには、セロトニン作動性ニューロンを含む[[大縫線核]](Raphe Magnus: RMn)、非セロトニン作動性の[[巨大細胞網様核]](nucleus gigantocellularis: nGi)、[[傍巨大細胞網様核]](nucleus paragigantocellularis: nPGi)などが存在し、これらのニューロンが[[脊髄後核]]の[[侵害受容ニューロン]]を抑制する<ref name=ref1>'''横田勝一'''<br> 鎮痛機構. 臨床医のための痛みのメカニズム 第2版 p.71-89 <br> ''南江堂'':1997</ref>。
 PAGの背側および背外側部への電気刺激やグルタミン酸作動薬の投与によって、攻撃(aggression)、防御(defence)、威嚇(rage)などの反応が誘発される。その尾側の領域の刺激によって逃走反応(flighting)が、腹外側の刺激では、すくみ反応(freezing)が誘発される。防御反応には、排尿(micturition)、脱糞(defecation)、眼球突出(exophthlmus)などが伴うことがある。  情動の中枢とされる大脳辺縁系(海馬、扁桃体、中隔核)や分界条床核から直接に、あるいは視床下部を介して入力を受ける<ref><pubmed>11263761</pubmed></ref>。ネコでは、視床下部外側部からPAGへの入力は攻撃反応を促進し、視床下部内側部からの入力は防御/威嚇反応の促進、攻撃反応の抑制に関与する <ref name=ref7><pubmed>7633640</pubmed></ref>。これらの入力系はNMDAレセプターを介したグルタミン酸作動性ニューロンが主であるが、視床下部内側部からはサブスタンスP作動性ニューロンも、防御/威嚇反応の促進と、攻撃反応の抑制に関与する<ref><pubmed>14642448</pubmed></ref>。  扁桃体基底核群(basal complex)からはグルタミン酸作動性ニューロンがPAGに直接に入力し、防衛/威嚇反応を促進する<ref name=ref7 />。一方、扁桃体中心核(central amygdale)からはオピオイド作動性ニューロンが投射し、μレセプターを介して防御/威嚇反応を抑制する。<ref name=ref7 />。扁桃体内側核(medial amygdala)からはサブスタンスP作動性ニューロンが視床下部内側部に投射し、視床下部内側部―PAGの防御/威嚇反応の促進、攻撃行動の抑制に関与する<ref><pubmed>14642448</pubmed></ref>。ラットでは、doesal PAGへのセロトニンは5HT1Aレセプターを介して防御反応を抑制し<ref><pubmed>1410130</pubmed></ref>、マウスでは、dorsal PAGへのCRFが防御反応を促進する<ref><pubmed> 17095103</pubmed></ref>。  情動行動の発現系は、他の行動の発現系と相互抑制の関係にあり、たとえば上記のように攻撃行動とそれに対する防御/威嚇反応は、PAGのレベルで拮抗関係にある。この抑制にはGABA作動性ニューロンが関与すると考えられている<ref><pubmed>11263761</pubmed></ref>。また、マウスでは、PAG吻外側部へのモルフィンの投与によって、生きた昆虫への狩猟行動(hunting)が促進し、育児行動が抑制される<ref><pubmed>16510737</pubmed></ref>。コレシストキニン(CCK)は、モルフィンの作用に拮抗的に働く<ref><pubmed>17194502</pubmed></ref>。  


 PAGの痛覚抑制ニューロンは、PAG内のGABA作動性ニューロンの抑制を受けている。視床下部から投射する[[βエンドルフィン]]作動性ニューロン、PAG内の[[エンケファリン]]作動性ニューロンなどの[[オピオイド系]]は、このGABA作動性ニューロンを抑制することにより痛覚抑制を引き起こす<ref name=ref1 />。


 [[エンドカンナビノイド]]系も、このGABA作動性ニューロンの作用(GABA放出)を抑えることにより、あるいはRVMに投射するグルタミン酸作動性ニューロンを活性化することにより痛覚抑制を引き起こす<ref><pubmed>18077685</pubmed></ref>。
発声
 
 PAGの外側からその外側の中脳網様体への電気刺激によって、種特異的な、さまざまな発声パターンが誘発される<ref><pubmed>19020021</pubmed></ref>。PAGは、辺縁系(前帯状皮質、中隔、偏桃体)や視床下部、視床正中部から、情動に伴う、あるいは随意性の発声の指令を受け、上丘、下丘、孤束核、三叉神経脊髄路核などから、感覚性入力を受ける。そして、これらの情報を統合して、延髄の後疑核(retroambiguus nucleus)に投射する<ref><pubmed>10906701</pubmed></ref>。後疑核は、発声筋を支配する種々の運動神経群(三叉神経核、顔面神経核、舌下神経核、擬核)に投射している。 PAGへの入力系は、主にグルタミン酸作動性であり、PAGニューロンは、この興奮性入力に加え、GABA作動性の抑制を持続的に受けている<ref><pubmed>7945960</pubmed></ref>。また、Glysine, opioidも抑制性の<ref><pubmed>7903190</pubmed></ref>、アセチルコリン、ヒスタミンは促進性の修飾作用を及ぼす<ref><pubmed>8102315</pubmed></ref>。


 ニューロテンシン作動性ニューロンは、エンドカンナビノイド系を介してGABA作動性ニューロンを抑制<ref><pubmed>19359367</pubmed></ref>、あるいはRMnに投射するグルタミン酸作動性ニューロンを直接活性化する<ref><pubmed>11287471</pubmed></ref>。サブスタンスP、コレシストキニンも、ニューロテンシンと同様のメカニズムで痛覚抑制に関与する<ref><pubmed>19494144</pubmed></ref><ref><pubmed>21525858</pubmed></ref>。


=== 情動行動 ===
自律神経系の調節(血圧・心拍・体温の調節)
 PAGの背側および背外側部への電気刺激やグルタミン酸[[作動薬]]の投与によって、[[攻撃]](aggression)、[[防御]](defence)、[[威嚇]](rage)などの反応が誘発される。その尾側の領域の刺激によって[[逃走反応]](flighting)が、腹外側の刺激では、[[すくみ反応]](freezing)が誘発される。


 情動の中枢とされる大脳辺縁系(海馬、扁桃体、[[中隔核]])から直接に、あるいは視床下部を介して入力を受ける<ref name=ref7><pubmed>11263761</pubmed></ref>。
 情動行動の発現に伴って、心拍、血圧の変動など、交感神経系の活性化が伴う。PAGの背側から背外側部への電気刺激、NMDA、ホモシステイン酸などのグルタミン酸作動薬によって、交感神経活動の上昇、血圧、心拍数の上昇などが誘発され<ref><pubmed>8202441</pubmed></ref> <ref><pubmed>20504909</pubmed></ref>、PAG腹外側部への刺激によって、血圧、心拍数の低下が起こる<ref><pubmed>8202441</pubmed></ref>。


 [[扁桃体基底核群]](basal complex)からPAGへの直接の入力は防衛/威嚇反応を促進し、[[扁桃体中心核]](central amygdale)からの入力は、防御/威嚇反応を抑制する<ref name=ref8><pubmed>7633640</pubmed></ref>。扁桃体内側核(medial amygdala)は、視床下部内側部を介して、防御/威嚇反応を促進し、攻撃行動を抑制する<ref name=ref8 />。視床下部外側部からの入力は攻撃反応を促進する<ref name=ref8 />
視床下部背内側核(dorsomedial hypothalamic nucleus: DMH)への電気刺激によって、腎交感神経活動や血圧の上昇が誘発されるが、これらの反応は、PAG背外側部へのエンドカンナビノイド(ECB)拮抗剤や、セロトニンの投与によって減弱する<ref><pubmed>21228344</pubmed></ref> <ref><pubmed>19303372</pubmed></ref>。したがって、DMHからPAGへの交感神経性入力に、ECBを介しており、セロトニンはPAGにおける自律神経系の亢進に抑制的に作用すると言える。 


 これらの系の活性化には、主にグルタミン酸作動性ニューロンが関与しており、背側PAGへのセロトニン入力は、[[5HT1Aレセプター]]を介して防御反応の抑制を引き起こす<ref><pubmed>1410130</pubmed></ref>。
体温調節


 また、さまざまなペプタイドニューロンも関与し、背側PAGへのサブスタンスP<ref><pubmed>14642448</pubmed></ref>、コレシストキニン<ref><pubmed>9689451</pubmed></ref>、CRF入力<ref><pubmed>17095103</pubmed></ref>は防御反応を促進する。扁桃体中心核からのμレセプターを介したオピオイド系入力は、防御/威嚇反応を抑制する<ref name=ref8 />。
PAGは、視索前野/視床下部の温度感受性ニューロンからの入力を受け、延髄縫線核のグルタミン酸作動性ニューロンを介して、体温節調に関与する<ref><pubmed>15190110</pubmed></ref><ref><pubmed>15927405</pubmed></ref>。
PAG吻側部は視索前野の温感受性ニューロンからの入力を受け、血管拡張等を引き起こして放熱反応を促進する。PAG尾側部は視床下部(背内側部)の冷感受性ニューロンからの入力を受け、褐色脂肪組織からの熱産生など、非ふるえ性発熱反応を促進する。  15927405


 1つの情動行動の発現系は、他の行動の発現系と相互抑制の関係にあり、たとえば上記のように攻撃行動と防御/威嚇反応は、PAGのレベルで拮抗関係にある。この抑制にはGABA作動性ニューロンが関与すると考えられている<ref name=ref7 />。マウスでは、PAG吻外側部への[[モルフィン]]の投与によって、生きた餌への狩猟行動(hunting)が促進し、[[育児行動]]が抑制される<ref><pubmed>16510737</pubmed></ref>。コレシストキニン(CCK)は、モルフィンの作用に拮抗的に働く<ref><pubmed>17194502</pubmed></ref>。
呼吸


=== 自律神経系(血圧、心拍)の変動 ===
 外的、内的状態の変化によってさまざまな呼吸パターンが生じる。たとえば、危険からの逃避時には、浅呼吸(shallow breathing)、強度の運動時には頻呼吸(tachypnea)、酸素の供給が不十分なときや不安時にはあえぎ(gasping)が起こる。また、発声は、呼吸運動、特に呼吸の呼気相に密接に関連し、発声時には、呼吸様式の変化を伴う。
 背側/背外側PAGは、攻撃、防御、威嚇行動などの発現に伴い、[[交感神経]]活動、[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]、[[wikipedia:ja:心拍|心拍]]数の上昇を引き起こし、腹外側PAGは、すくみ反応の発現に伴い、血圧、心拍数の低下を引き起こす<ref name=ref15><pubmed>8202441</pubmed></ref>。背側/背外側PAGは視床下部背内側核(dorsomedial hypothalamic nucleus: DMH)から交感神経性の入力を受ける。背側/背外側PAGの活動による血圧上昇は、エンドカンナビノイド<ref><pubmed>21228344</pubmed></ref> 、[[アルギニンバソプレシン]]を介し<ref name=ref15 />、セロトニンによって抑制される<ref><pubmed>19303372</pubmed></ref>。[[アンギオテンシン]]<ref><pubmed>9200674</pubmed></ref>、[[エンドセリン]] <ref><pubmed>7898082</pubmed></ref>、ノルアドレナリン<ref><pubmed>16367785</pubmed></ref>もPAGに作用して血圧上昇を促進する。
 PAGは、辺縁系や前頭前野からの入力を受け、延髄の呼吸中枢の活動を調節することにより、状況に応じた適切な呼吸パターンの発現に関与している。
  
=== 体温調節 ===
 体温調節中枢である視索前野/前視床下部(POA/AH)には、脳温の変化によって活動の変化する温度感受性ニューロンが存在し、直接、あるいは視床下部背内側核(DMH)を介してPAGに作用し、適切な体温調節反応を起こすと考えられている<ref>'''入来正躬'''<br>体温調節中枢. 体温生理学テキストp.110-117<br>文光堂:2003</ref> <ref name=ref><pubmed>15927405</pubmed></ref>。一方、DMHからの下行路に関しては、PAGを介さず直接延髄(淡蒼縫線核)に投射する系も明らかになり、議論が分かれている<ref><pubmed>24981837</pubmed></ref>。


=== 呼吸・発声===
PAGのさまざまな領域をグルタミン作動薬(ホモシステイン酸)で刺激すると、さまざなな呼吸パターンが誘発される。例えば、dlPAGへの刺激によって、恐怖反応(fright)や逃走時(flight)に見られる頻呼吸(tachypnea)が誘発される。発声に関連するlPAG, vlPA を刺激すると、mews, hissesなどの発声に伴う呼吸様式の変化が誘発される<ref><pubmed>19020021</pubmed></ref>。
 PAGからは、[[Botzinger complex]]、[[後疑核]]([[retroambiguus nucleus]])、[[孤束核]]([[nucleus tractus solitarius]])など、延髄の[[呼吸]]ニューロン群に直接の投射があり、呼吸リズムの修飾、状況に応じたさまざまな呼吸パターンの発現に関与する。PAGのさまざまな領域をグルタミン酸作動薬で刺激すると、例えば、PAGの背内側部からは深呼吸や呼吸停止(dyspnea)、背外側部からは頻呼吸(tachypnea)、内側部からは持続性吸息(inspiratory apneusis)など、さまざまな呼吸パターンが誘発される<ref><pubmed>19020021</pubmed></ref>。


 一方発声は、呼吸運動にも密接に関連し、呼吸筋・補助呼吸筋と発声筋の協調運動によって起こる。PAGの活動によって、呼吸運動から発声への切り替わりが起こる。外側PAG、腹外側PAGやその外側の中脳網様体への電気刺激によって、種特異的な、さまざまな発声パターンが誘発される<ref><pubmed> 9631474</pubmed></ref><ref name=ref26><pubmed>7945960</pubmed></ref>。発声に関しては、PAGから後疑核への投射が重要な役割を果たす<ref name=ref27><pubmed>10906701</pubmed></ref>。後疑核からは、発声筋を支配する種々の[[運動神経]]群([[三叉神経核]]、[[顔面神経核]]、[[舌下神経核]]、[[擬核]])に投射している<ref name=ref27 />。上丘、[[下丘]]、三叉神経脊髄路核などからの感覚性入力、大脳辺縁系(前帯状皮質、中隔、扁桃体)や[[大脳基底核]]、視床下部、視床正中部などの発声誘発領域からPAGへの入力は、情動に伴う発声、あるいは随意性の発声に重要な役割を果たす<ref name=ref26 />。


 PAGへの伝達物質の発声に関する作用としては、グルタミン酸の促進性作用、GABAの抑制性作用に加え、アセチルコリン、ヒスタミンは促進性に、グリシン、オピエートは抑制性に作用する<ref name=ref26 />。
 外的、内的状況の変化


=== 性行動 ===
 PAGは、[[内側視索前野]]([[medial preoptic area]]: [[MPOA]])や視床下部からの投射を受け、オス、メスの性行動の発現に重要な役割を果たす。


 オスでは、MPOAからPAGへの経路が[[wikipedia:ja:陰茎|陰茎]]勃起に関与している<ref><pubmed>15337249</pubmed></ref>。[[マウンティング]]に始まる一連の[[性行動]]の発現には、MPOAから腹側被蓋、[[黒質]]、[[中脳網様核]]などへの経路が関与すると考えられている<ref><pubmed>1946721</pubmed></ref>。
性行動


 メスでは[[視床下部腹内側核]](VMH)から背側PAGへの経路が[[ロードシス]](腰を突き上げてオスを迎え入れる姿勢)の促進系として働く<ref><pubmed>469715</pubmed></ref>。外側中隔から腹側PAGには、ロードシスの抑制系が働く<ref><pubmed>11170006</pubmed></ref>。性行動の発現に関連するPAGからの出力は、[[延髄巨大細胞網様核]]([[nucleus gigantocellularis]]: [[nGi]])や[[傍巨大細胞網様核]]([[nucleus paragigantocellularis]]: [[nPGi]])、後疑核(retroambiguus nucleus)に投射する<ref name=ref27><pubmed>10906701</pubmed></ref> <ref><pubmed>10087093</pubmed></ref>。背側PAGには末梢からの感覚情報も入力し、ここでMPOA/VMHからの促進性入力と感覚入力との統合が行われる。
 PAGは、性行動の発現に中心的な役割を果たす内側視索前野(medial preoptic area: MPOA)から投射を受け、PAGから延髄巨大細胞核(nucleus gigantocellularis: nGi)への投射がオス、メスの性行動の発現に重要な役割を果たす。 MPOAからPAG、PAGからnGiへの投射ニューロンの多くは、ステロイドホルモン゙(エストロゲン、アンドロゲン)゙含有ニューロンであり、この系の活性化は、ステロイドホルモンに強く存する<ref><pubmed>15337249</pubmed></ref>。dPAGには末梢からの感覚情報も入力し、ここでMPOAからの促進性入力と感覚入力との統合が行われている。
 オスでは、MPOAからPAGを介する経路が、陰茎勃起に関与している<ref><pubmed>18393295</pubmed></ref>。オスの性行動の発現には、MPOAから腹側被蓋、黒質、中脳網様核などへの経路が関与すると考えられている<ref><pubmed>1946721</pubmed></ref>。
 メスでは視床下部腹内側核(VMH)からのdPAGへの投射が性行動(ロードシス)の促進系として働いている<ref><pubmed>469715</pubmed></ref>。一方、外側中隔(LS)から腹側PAGへの経路は、lordosisの抑制系として作用する<ref><pubmed>11170006</pubmed></ref>。dPAGから延髄巨大細胞核(nucleus gigantocellularis: nGi)への投射がlordosisの実行系として働く<ref><pubmed>11170006</pubmed></ref>。 PAGでは、さまざまな物質が、性行動の修飾に関与している。LHRH<ref><pubmed>6339979 </pubmed></ref>、プロラクチン<ref><pubmed>6828874</pubmed></ref>、サブスタンスP<ref><pubmed>6339979 </pubmed></ref>は促進的に、CRF,βエンドルフィンは、抑制的に作用する<ref><pubmed>6209590</pubmed></ref>。


 PAGからnPGiへの投射ニューロンの多くは、[[ステロイド]] ホルモン([[エストロゲン]]、[[アンドロゲン]])の[[レセプター]]を発現しており、この系の活性化は、ステロイドホルモンに強く依存する<ref><pubmed>11536188</pubmed></ref>。


 PAG背側部へのLHRH、[[プロラクチン]]、サブスタンスP入力はロードシスに促進性に作用する<ref><pubmed>6339979</pubmed></ref><ref><pubmed>6828874</pubmed></ref><ref><pubmed>2441308</pubmed></ref>。CRF、βエンドルフィンは、LHRHの作用に拮抗することにより、抑制性に作用する<ref><pubmed>6209590</pubmed></ref><ref><pubmed>2860950</pubmed></ref>。
排尿


=== 排尿 ===
 PAG尾側の腹外側部(vlPAG)は、腰仙髄を介して膀胱からの感覚性入力を受け、橋の排尿中枢(バーリントン核)に直接投射する<ref><pubmed>7499530</pubmed></ref>。vlPAGへの電気刺激や興奮性アミノ酸(グルタミン酸、ホモシステイン酸)の投与によって排尿反応が起こり<ref><pubmed>11113354</pubmed></ref>、GABA agonist (ムシモル)によって排尿が抑制されることから<ref><pubmed>21486804</pubmed></ref>、vlPAGが排尿の促進野と考えられる。
 PAG尾側の腹外側部(vlPAG)は、腰仙髄を介して[[wikipedia:ja:膀胱|膀胱]]からの感覚性入力を受け、橋の排尿中枢([[バーリントン核]])に直接投射する<ref><pubmed>7499530</pubmed></ref>。vlPAGへの電気刺激や興奮性アミノ酸の投与によって排尿反応が起こり<ref><pubmed>11113354</pubmed></ref>、GABA作動薬([[ムシモル]])によって排尿が抑制されることから<ref><pubmed>21486804</pubmed></ref>、vlPAGが排尿の促進野と考えられる。一方、PAG吻側の背外側部(dlPAG)は、GABA作動性ニューロンを介して、排尿中枢に抑制系として作用する<ref><pubmed>18385467</pubmed></ref>。
PAG吻側の背外側部(dlPAG)への電気刺激によって排尿が抑制され、この効果は、排尿中枢へのビキュキュリン投与によって阻害されることから、PAG吻側の背外側部(dlPAG)からのGABA作動性ニューロンが排尿抑制系として働くと考えられる<ref><pubmed>18385467</pubmed></ref>。GABA作動性ニューロンによる抑制は、D1受容体を介したドーパミンニューロン作動性入力によって調節されている<ref><pubmed>18554296</pubmed></ref>。
 前頭葉や扁桃体からPAGへの入力は、緊急時の適応行動の際に排尿抑制系として作用する<ref><pubmed>20025036</pubmed></ref>。


 前頭葉や扁桃体からPAGへの入力は、排尿抑制系として作用する。このシステムは、行動発現時に排尿を抑制することにより、必要な行動をよりスムースに発現させる役割を持つ<ref><pubmed>20025036</pubmed></ref>。
睡眠・覚醒


=== 睡眠・覚醒 ===
 PAG尾側の腹外側部から、さらにその腹外側の網様体に位置する外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus; LDT)と、その外側に分布する脚橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus; PPT)のアセチルコリン作動性ニューロンの一群は、レム睡眠中に高い発火活動を維持し、レム睡眠の発現と維持に関与する。別の一群のアセチルコリン作動性ニューロンは、覚醒とレム睡眠時に活動が上昇し、覚醒とレム睡眠の調節に関与する。LDT腹側部(subLDT)のグルタミン酸作動性ニューロンも、アセチルコリン作動性ニューロンとの間に相互促進性の関係あり、レム睡眠の調節に関与している。背側縫線核のセロトニン作動性ニューロンは、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンとともに、覚醒時に持続的発火を維持し、覚醒の維持、レム睡眠の抑制に関与する。PAG腹外側部のGABA作動性ニューロンもLDT/subLDTのレム睡眠調節領域に投射して、レム睡眠の抑制に作用している。アセチルコリン作動性ニューロン、モノアミン作動性ニューロンは、覚醒時には、視床下部の覚醒系ニューロン(ヒスタミン作動性ニューロン、オレキシン作動性ニューロン)からの興奮性入力を受け、徐波睡眠時には、視索前野のGABA作動性ニューロンからの抑制を受けているPAG尾側の腹外側部から、さらにその腹外側の網様体に位置する外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus; LDT)と、その外側に分布する脚橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus; PPT)のアセチルコリン作動性ニューロンの一群は、レム睡眠中に高い発火活動を維持し、レム睡眠の発現と維持に関与する。別の一群のアセチルコリン作動性ニューロンは、覚醒とレム睡眠時に活動が上昇し、覚醒とレム睡眠の調節に関与する。LDT腹側部(subLDT)のグルタミン酸作動性ニューロンも、アセチルコリン作動性ニューロンとの間に相互促進性の関係あり、レム睡眠の調節に関与している。背側縫線核のセロトニン作動性ニューロンは、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンとともに、覚醒時に持続的発火を維持し、覚醒の維持、レム睡眠の抑制に関与する。PAG腹外側部のGABA作動性ニューロンもLDT/subLDTのレム睡眠調節領域に投射して、レム睡眠の抑制に作用している。アセチルコリン作動性ニューロン、モノアミン作動性ニューロンは、覚醒時には、視床下部の覚醒系ニューロン(ヒスタミン作動性ニューロン、オレキシン作動性ニューロン)からの興奮性入力を受け、徐波睡眠時には、視索前野のGABA作動性ニューロンからの抑制を受けている<ref><pubmed>16251950</pubmed></ref><ref><pubmed>17689057</pubmed></ref><ref><pubmed>22647467</pubmed></ref>。
 レム睡眠の発現は、橋被蓋領域のレム睡眠中枢に存在するアセチルコリン作動性ニューロンとグルタミン酸作動性ニューロンによって調節されているが、PAG腹外側部のGABA作動性ニューロンはこのレム睡眠中枢に投射し、覚醒時に活動してレム睡眠の発現を抑制する<ref><pubmed>22083642</pubmed></ref>]


== 関連項目 ==
<br>
*[[動眼神経核]]
*[[視床下部]]
*[[縫線核]]
*[[痛覚]]
*[[情動系神経回路]]
*[[体温調節の神経回路]]
*[[呼吸制御の神経回路]]
*[[脳幹網様体賦活系]]
*[[睡眠制御の神経回路]]


== 参考文献 ==
<references />
<references />

2012年12月9日 (日) 11:27時点における版

中脳周囲灰白質 (periaqueductal gray)

解剖

第三脳室と第四脳室を結ぶ中脳水道を取り巻く細胞集団。水道周囲灰白質ともいう。中脳周囲灰白質の正中腹側部には、吻側からDarkschewisch核、Edinger-Westphal核 (エディンガー・ウェストファル核)(動眼神経副核)、動眼神経核、滑車神経核などが続く。その尾側にはセロトニン作動性ニューロンを豊富に含む背側縫線核が、腹外側部にはアセチルコリン作動性ニューロンを多く含む外背側被蓋核が拡がる。


線維連絡

求心性投射 大脳辺縁系(海馬、扁桃体)、視床下部、不確帯、分界条床核、脚傍核などから、情動や自律神経系の変化に伴う入力を受ける。上丘、下丘、脳幹網様体、三叉神経脊髄路核、脊髄などからは、感覚性の入力を受ける。(ラット、ネコ、ウサギなどは)一次運動野からの入力も受ける。興奮性入力としては、グルタミン酸作動性ニューロンが多いが、視床下部の結節乳頭核からは、ヒスタミン作動性、外側部からはオレキシン作動性ニューロンが投射する。脳幹網様体からは、青斑核を始め、いくつかのニューロン群(A1、A2、A5)から、ノルアドレナリン作動性入力を、C1、C2ニューロン群からアドレナリン作動性入力を、縫線核群からはセロトニン作動性入力を、外背側被蓋核や脚橋被蓋核からアセチルコリン作動性入力を受ける。

遠心性投射 視床下部、不確帯、脳幹網様体、上丘、外側脚傍核、縫線核群、脊髄などに投射する。さまざまな情報を統合して、適切な行動様式発現のための情報を脳幹網様体(おもに延髄)や脊髄に送る。また、これらの領域からは、いずれも求心性投射を受けており、密接な相互連絡が形成されている。

おもな神経伝達物質

PAGのニューロンは、以下のような物質を神経伝達物質/神経修飾物質として、含有する。 グルタミン酸、アスパラギン酸 GABA、グリシン エンケファリン、ダイノルフィン、サブスタンスP、コレシストキニン、ニューロテンシン、コルチコトロピン放出ペプチド(CRF)、ガストリン放出ペプチド(GRP)、ニューロメディンB、ガラニン、LHRH、ACTH、一酸化窒素(NO)


痛覚抑制作用

PAGの広範な領域の電気刺激によって痛覚抑制効果が得られる。PAGの痛覚抑制系には、PAGから視床に投射する上行性抑制系と延髄に投射する下行性抑制系がある。上行性抑制系は、背側縫線核からのセロトニン作動性ニューロンと、その周辺の非セロトニン作動性ニューロンが、視床の腹側基底核群や髄板内核群の侵害受容ニューロンを抑制することによって痛覚抑制を引き起こす。下行性抑制系は、背内側部(dmPAG)、腹外側部(vmPAG)から吻側延髄腹内側部 (rostroventromedial medulla; RVM) に投射する。主にグルタミン酸作動性であり、RVMの脊髄投射ニューロンを活性化する。 RVMには、セロトニン作動性ニューロンを含む大縫線核(Raphe Magnus: RMn)、非セロトニン作動性の巨大細胞網様核、傍巨大細胞網様核などが存在し、これらのニューロンが脊髄後核の侵害受容ニューロンを抑制する。 PAGの痛覚抑制ニューロンは、PAG内のGABA作動性ニューロンの抑制を受けている[1]。視床下部から投射するβエンドルフィン作動性ニューロン、PAG内のエンケファリン作動性ニューロンなどのオピエート系は、このGABA作動性ニューロンを抑制することにより、痛覚抑制を引き起こす[2]

エンドカンナビノイド系も、このGABA作動性ニューロンの作用(GABA放出)を抑えることにより、痛覚抑制を引き起こすと考えられている。

痛覚抑制には、さまざまなペプタイドも関与している。 たとえば、PAGからRVMに投射するグルタミン酸作動性ニューロンの一部は、ニューロテンシン(NT)を伝達物質にもつ[3]。PAG内のニューロテンシン作動性ニューロンには、RMnに投射するグルタミン酸作動性ニューロンに対して直接に興奮性に作用するもの[1]、エンドカンナビノイド―GABA系を介して間接的に興奮作用をおよぼすものがある[4]。サブスタンスP、コレシストキニンも、ニューロテンシンと同様のメカニズムで痛覚抑制に関与する[5]


情動行動

 PAGの背側および背外側部への電気刺激やグルタミン酸作動薬の投与によって、攻撃(aggression)、防御(defence)、威嚇(rage)などの反応が誘発される。その尾側の領域の刺激によって逃走反応(flighting)が、腹外側の刺激では、すくみ反応(freezing)が誘発される。防御反応には、排尿(micturition)、脱糞(defecation)、眼球突出(exophthlmus)などが伴うことがある。  情動の中枢とされる大脳辺縁系(海馬、扁桃体、中隔核)や分界条床核から直接に、あるいは視床下部を介して入力を受ける[6]。ネコでは、視床下部外側部からPAGへの入力は攻撃反応を促進し、視床下部内側部からの入力は防御/威嚇反応の促進、攻撃反応の抑制に関与する [7]。これらの入力系はNMDAレセプターを介したグルタミン酸作動性ニューロンが主であるが、視床下部内側部からはサブスタンスP作動性ニューロンも、防御/威嚇反応の促進と、攻撃反応の抑制に関与する[8]。  扁桃体基底核群(basal complex)からはグルタミン酸作動性ニューロンがPAGに直接に入力し、防衛/威嚇反応を促進する[7]。一方、扁桃体中心核(central amygdale)からはオピオイド作動性ニューロンが投射し、μレセプターを介して防御/威嚇反応を抑制する。[7]。扁桃体内側核(medial amygdala)からはサブスタンスP作動性ニューロンが視床下部内側部に投射し、視床下部内側部―PAGの防御/威嚇反応の促進、攻撃行動の抑制に関与する[9]。ラットでは、doesal PAGへのセロトニンは5HT1Aレセプターを介して防御反応を抑制し[10]、マウスでは、dorsal PAGへのCRFが防御反応を促進する[11]。  情動行動の発現系は、他の行動の発現系と相互抑制の関係にあり、たとえば上記のように攻撃行動とそれに対する防御/威嚇反応は、PAGのレベルで拮抗関係にある。この抑制にはGABA作動性ニューロンが関与すると考えられている[12]。また、マウスでは、PAG吻外側部へのモルフィンの投与によって、生きた昆虫への狩猟行動(hunting)が促進し、育児行動が抑制される[13]。コレシストキニン(CCK)は、モルフィンの作用に拮抗的に働く[14]


発声    PAGの外側からその外側の中脳網様体への電気刺激によって、種特異的な、さまざまな発声パターンが誘発される[15]。PAGは、辺縁系(前帯状皮質、中隔、偏桃体)や視床下部、視床正中部から、情動に伴う、あるいは随意性の発声の指令を受け、上丘、下丘、孤束核、三叉神経脊髄路核などから、感覚性入力を受ける。そして、これらの情報を統合して、延髄の後疑核(retroambiguus nucleus)に投射する[16]。後疑核は、発声筋を支配する種々の運動神経群(三叉神経核、顔面神経核、舌下神経核、擬核)に投射している。 PAGへの入力系は、主にグルタミン酸作動性であり、PAGニューロンは、この興奮性入力に加え、GABA作動性の抑制を持続的に受けている[17]。また、Glysine, opioidも抑制性の[18]、アセチルコリン、ヒスタミンは促進性の修飾作用を及ぼす[19]


自律神経系の調節(血圧・心拍・体温の調節)

 情動行動の発現に伴って、心拍、血圧の変動など、交感神経系の活性化が伴う。PAGの背側から背外側部への電気刺激、NMDA、ホモシステイン酸などのグルタミン酸作動薬によって、交感神経活動の上昇、血圧、心拍数の上昇などが誘発され[20] [21]、PAG腹外側部への刺激によって、血圧、心拍数の低下が起こる[22]

視床下部背内側核(dorsomedial hypothalamic nucleus: DMH)への電気刺激によって、腎交感神経活動や血圧の上昇が誘発されるが、これらの反応は、PAG背外側部へのエンドカンナビノイド(ECB)拮抗剤や、セロトニンの投与によって減弱する[23] [24]。したがって、DMHからPAGへの交感神経性入力に、ECBを介しており、セロトニンはPAGにおける自律神経系の亢進に抑制的に作用すると言える。 

体温調節

PAGは、視索前野/視床下部の温度感受性ニューロンからの入力を受け、延髄縫線核のグルタミン酸作動性ニューロンを介して、体温節調に関与する[25][26]。 PAG吻側部は視索前野の温感受性ニューロンからの入力を受け、血管拡張等を引き起こして放熱反応を促進する。PAG尾側部は視床下部(背内側部)の冷感受性ニューロンからの入力を受け、褐色脂肪組織からの熱産生など、非ふるえ性発熱反応を促進する。  15927405

呼吸

 外的、内的状態の変化によってさまざまな呼吸パターンが生じる。たとえば、危険からの逃避時には、浅呼吸(shallow breathing)、強度の運動時には頻呼吸(tachypnea)、酸素の供給が不十分なときや不安時にはあえぎ(gasping)が起こる。また、発声は、呼吸運動、特に呼吸の呼気相に密接に関連し、発声時には、呼吸様式の変化を伴う。  PAGは、辺縁系や前頭前野からの入力を受け、延髄の呼吸中枢の活動を調節することにより、状況に応じた適切な呼吸パターンの発現に関与している。

PAGのさまざまな領域をグルタミン作動薬(ホモシステイン酸)で刺激すると、さまざなな呼吸パターンが誘発される。例えば、dlPAGへの刺激によって、恐怖反応(fright)や逃走時(flight)に見られる頻呼吸(tachypnea)が誘発される。発声に関連するlPAG, vlPA を刺激すると、mews, hissesなどの発声に伴う呼吸様式の変化が誘発される[27]


 外的、内的状況の変化


性行動

 PAGは、性行動の発現に中心的な役割を果たす内側視索前野(medial preoptic area: MPOA)から投射を受け、PAGから延髄巨大細胞核(nucleus gigantocellularis: nGi)への投射がオス、メスの性行動の発現に重要な役割を果たす。 MPOAからPAG、PAGからnGiへの投射ニューロンの多くは、ステロイドホルモン゙(エストロゲン、アンドロゲン)゙含有ニューロンであり、この系の活性化は、ステロイドホルモンに強く存する[28]。dPAGには末梢からの感覚情報も入力し、ここでMPOAからの促進性入力と感覚入力との統合が行われている。  オスでは、MPOAからPAGを介する経路が、陰茎勃起に関与している[29]。オスの性行動の発現には、MPOAから腹側被蓋、黒質、中脳網様核などへの経路が関与すると考えられている[30]。  メスでは視床下部腹内側核(VMH)からのdPAGへの投射が性行動(ロードシス)の促進系として働いている[31]。一方、外側中隔(LS)から腹側PAGへの経路は、lordosisの抑制系として作用する[32]。dPAGから延髄巨大細胞核(nucleus gigantocellularis: nGi)への投射がlordosisの実行系として働く[33]。 PAGでは、さまざまな物質が、性行動の修飾に関与している。LHRH[34]、プロラクチン[35]、サブスタンスP[36]は促進的に、CRF,βエンドルフィンは、抑制的に作用する[37]


排尿

 PAG尾側の腹外側部(vlPAG)は、腰仙髄を介して膀胱からの感覚性入力を受け、橋の排尿中枢(バーリントン核)に直接投射する[38]。vlPAGへの電気刺激や興奮性アミノ酸(グルタミン酸、ホモシステイン酸)の投与によって排尿反応が起こり[39]、GABA agonist (ムシモル)によって排尿が抑制されることから[40]、vlPAGが排尿の促進野と考えられる。 PAG吻側の背外側部(dlPAG)への電気刺激によって排尿が抑制され、この効果は、排尿中枢へのビキュキュリン投与によって阻害されることから、PAG吻側の背外側部(dlPAG)からのGABA作動性ニューロンが排尿抑制系として働くと考えられる[41]。GABA作動性ニューロンによる抑制は、D1受容体を介したドーパミンニューロン作動性入力によって調節されている[42]。  前頭葉や扁桃体からPAGへの入力は、緊急時の適応行動の際に排尿抑制系として作用する[43]

睡眠・覚醒

 PAG尾側の腹外側部から、さらにその腹外側の網様体に位置する外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus; LDT)と、その外側に分布する脚橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus; PPT)のアセチルコリン作動性ニューロンの一群は、レム睡眠中に高い発火活動を維持し、レム睡眠の発現と維持に関与する。別の一群のアセチルコリン作動性ニューロンは、覚醒とレム睡眠時に活動が上昇し、覚醒とレム睡眠の調節に関与する。LDT腹側部(subLDT)のグルタミン酸作動性ニューロンも、アセチルコリン作動性ニューロンとの間に相互促進性の関係あり、レム睡眠の調節に関与している。背側縫線核のセロトニン作動性ニューロンは、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンとともに、覚醒時に持続的発火を維持し、覚醒の維持、レム睡眠の抑制に関与する。PAG腹外側部のGABA作動性ニューロンもLDT/subLDTのレム睡眠調節領域に投射して、レム睡眠の抑制に作用している。アセチルコリン作動性ニューロン、モノアミン作動性ニューロンは、覚醒時には、視床下部の覚醒系ニューロン(ヒスタミン作動性ニューロン、オレキシン作動性ニューロン)からの興奮性入力を受け、徐波睡眠時には、視索前野のGABA作動性ニューロンからの抑制を受けているPAG尾側の腹外側部から、さらにその腹外側の網様体に位置する外背側被蓋核(laterodorsal tegmental nucleus; LDT)と、その外側に分布する脚橋被蓋核(pedunculopontine tegmental nucleus; PPT)のアセチルコリン作動性ニューロンの一群は、レム睡眠中に高い発火活動を維持し、レム睡眠の発現と維持に関与する。別の一群のアセチルコリン作動性ニューロンは、覚醒とレム睡眠時に活動が上昇し、覚醒とレム睡眠の調節に関与する。LDT腹側部(subLDT)のグルタミン酸作動性ニューロンも、アセチルコリン作動性ニューロンとの間に相互促進性の関係あり、レム睡眠の調節に関与している。背側縫線核のセロトニン作動性ニューロンは、青斑核のノルアドレナリン作動性ニューロンとともに、覚醒時に持続的発火を維持し、覚醒の維持、レム睡眠の抑制に関与する。PAG腹外側部のGABA作動性ニューロンもLDT/subLDTのレム睡眠調節領域に投射して、レム睡眠の抑制に作用している。アセチルコリン作動性ニューロン、モノアミン作動性ニューロンは、覚醒時には、視床下部の覚醒系ニューロン(ヒスタミン作動性ニューロン、オレキシン作動性ニューロン)からの興奮性入力を受け、徐波睡眠時には、視索前野のGABA作動性ニューロンからの抑制を受けている[44][45][46]


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