「自己意識」の版間の差分
細編集の要約なし |
Tomoyomorita (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
||
(3人の利用者による、間の8版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
英:self-consciousness 独:Selbstbewußtsein | 英:self-consciousness 独:Selbstbewußtsein | ||
同義語:自意識,再帰的意識 | 同義語:自意識,再帰的意識 | ||
自己意識とは、外界ではなく自分自身に向けられる意識のことであり、向けられる自己の側面によって2つに分けられる。ひとつは、他者が観察できる自己の外面(容姿や振る舞い方など)に向けられる公的自己意識(public self-consciousness)、もうひとつは他者から観察できない自己の内面(感覚,感情,思考など)に向けられる私的自己意識(private self-consciousness)である。これらの用語は、注意が自己に向けられた状態を表す公的自覚状態(self-awareness)、私的自覚状態(private self-awareness)と混同されやすく、区別されずに用いられる場合もある。 | |||
==自己意識の誘導因== | =='''自己意識の誘導因'''<ref>''' A H Buss'''<br>Self-consciousness and social anxiety. <br>San Francisco: Freeman & Company. </ref>== | ||
===公的自己意識を高める誘導因=== | ===公的自己意識を高める誘導因=== | ||
公的自己意識を高める誘導因は大きく2つに分けられている。ひとつは「他者に観察されること」である。例えば、演壇や舞台に立って大勢の観衆の視線にさらされる場合は、注意が自己に対して強く向けられ、時に不安や緊張が生じて自由にふるまえなくなったりする。また、録画・録音の装置を向けられる場合も、他者に変わって自己が観察されることとなるため公的自己意識が高められる。もうひとつの誘導因は、「自己のフィードバックを与えられること」である。例えば、自分が映った写真やビデオ映像を見ること,録音された自分の声を聴くことである。これによっても自分の容姿や声が他者にどのようにとらえられているかを意識させられる。 | |||
===私的自己意識を高める誘導因=== | ===私的自己意識を高める誘導因=== | ||
自己の感覚や感情や動機など、自分が現在体験していることがらに注意を向けることができる。その他、自ら内省したり[[wikipedia:ja:白昼夢|白昼夢]]にふけったりすること、あるいは日記を書くことによって自分自身についての私的な思考や空想への注意を誘導することができる。また小さな鏡は私的自己意識を高めるものと考えられている<ref><pubmed>1011070</pubmed></ref>。 | |||
== | |||
==自己意識の心理学的作用== | |||
===公的自己意識がもたらす作用=== | ===公的自己意識がもたらす作用=== | ||
他者やカメラによって観察されることで公的自己意識が高められると、基準と自己の実態とのズレが鋭く意識される。このズレにより当惑や恥などのネガティブな感情(自己意識情動とよばれる)を感じやすくなる。また、このようなズレを低減させるために、自己の判断や行動を他者と一致させる同調行動が出現しやすくなる。 | |||
===私的自己意識がもたらす作用=== | ===私的自己意識がもたらす作用=== | ||
私的自己意識が高められると、そのとき感じている感情が強化される。このような感情強化は、歓喜、恐怖、悲しみ、憂鬱、敵意などあらゆる感情にあてはまる。また、感情的なものだけに限らず、自分の身体状態や態度などをより正確に知覚できるようになる。 | 私的自己意識が高められると、そのとき感じている感情が強化される。このような感情強化は、歓喜、恐怖、悲しみ、憂鬱、敵意などあらゆる感情にあてはまる。また、感情的なものだけに限らず、自分の身体状態や態度などをより正確に知覚できるようになる。 | ||
== | ==自己意識特性== | ||
自己自身に対する意識を向けやすさには個人差がある。フェニグスタイン<ref>'''A Fenigstein, M F Scheier, A H Buss'''<br>Public and private self-consciousness<br>Journal of Consulting and Clinical Psychology: 1975, 43; 522–7</ref>らは自己意識特性を測定するために、[[wikipedia:ja:自己意識尺度|自己意識尺度]](self-consciousness scale)を作成した。日本語版自己意識尺度は菅原健介氏により1984年に作成された<ref>'''菅原健介'''<br>自意識尺度(self-consciousness scale)日本語版作成の試み<br>心理学研究: 1984, 55; 184-8</ref>。自己意識と同様に、外から見える自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す公的自己意識特性と、外からは見えない自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す私的自己意識特性の2つに分けて測定される。 | 自己自身に対する意識を向けやすさには個人差がある。フェニグスタイン<ref>'''A Fenigstein, M F Scheier, A H Buss'''<br>Public and private self-consciousness<br>Journal of Consulting and Clinical Psychology: 1975, 43; 522–7</ref>らは自己意識特性を測定するために、[[wikipedia:ja:自己意識尺度|自己意識尺度]](self-consciousness scale)を作成した。日本語版自己意識尺度は菅原健介氏により1984年に作成された<ref>'''菅原健介'''<br>自意識尺度(self-consciousness scale)日本語版作成の試み<br>心理学研究: 1984, 55; 184-8</ref>。自己意識と同様に、外から見える自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す公的自己意識特性と、外からは見えない自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す私的自己意識特性の2つに分けて測定される。 | ||
== | ==自己意識の発達== | ||
自己意識を調べる有力な方法としてこれまで多く用いられてきたのが、Gallup(1970)によって考案されたマークテストである<ref><pubmed>4982211 </pubmed></ref>。 | |||
動物が鏡に映った自分を自分と認識できるかどうか([[wikipedia:ja:鏡映認知|鏡映認知]])を調べることによって、自己意識を測ろうという目的を持って開発されたテストである。対象動物を麻酔で眠らせている間に、視覚的に確認できない場所(例:おでこ)に色のついたマークをつける。麻酔から醒めた後に鏡を見せたとき、対象動物がどのような行動を取るのかを観察する。このとき直接見えない自分のおでこを触るという行動がみられたならば、鏡に映っているのが自分であると認識できているとみなされる。マークを触るということは、自己の身体についてのイメージを持っていて、それと鏡の中の像が異なることに気づいていることを意味しており、自己意識の存在を示す証拠と考えられる。[[wikipedia:ja:チンパンジー|チンパンジー]]や[[wikipedia:ja:オランウータン|オランウータン]]などの大型[[wikipedia:ja:類人猿|類人猿]]はこのマークテストを通過するが、[[wikipedia:ja:サル|サル]]は通過しないことが知られている。近年は[[wikipedia:ja:ゾウ|ゾウ]]や[[wikipedia:ja:イルカ|イルカ]]などもマークテストを通過することが報告されている<ref><pubmed> 17075063</pubmed></ref><ref><pubmed> 11331768</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]の赤ちゃんの場合、生後1歳半から2歳頃になるとマークテストを通過する。これは「当惑する」「嫉妬する」などの自己を意識した行動が表れる時期とも合致するため、ヒトは2歳前後に自己意識を獲得すると推測されている<ref><pubmed> 2702864 </pubmed></ref>。これは公的自己意識に相当するものと考えられるが、私的自己意識が発達し、自分の内的状態を表現できるのはもう少し後の時期と考えられている。 | |||
==自己意識の脳内基盤== | |||
== | |||
===自己顔処理に関する脳内基盤=== | ===自己顔処理に関する脳内基盤=== | ||
脳機能イメージング技術の発達により、2000年頃から自己意識に関わる脳活動計測を行った研究が数多く報告されるようになった。例えば、Keenanら<ref><pubmed>11201730</pubmed></ref>は、他者の顔写真に比べて自分の顔を見ているときには、右側前頭頭頂ネットワークが強く活動することを報告している。このように自己顔認知への右半球優位性を示す結果が多い一方で、逆に左半優位性を示す結果も少なからずある<ref><pubmed>12195428</pubmed></ref>。これら自己顔に対する脳活動を示す脳領域は、自己の外面に対する自己意識が関係していると考えられる。 | |||
===自己内省に関する脳内基盤=== | ===自己内省に関する脳内基盤=== | ||
自己の内面に対する意識に関わる脳領域を調べるために、自己の身体状態、感情、特性などを評価する自己内省課題が用いられている。これらの課題を行っているときには、[[ | 自己の内面に対する意識に関わる脳領域を調べるために、自己の身体状態、感情、特性などを評価する自己内省課題が用いられている。これらの課題を行っているときには、[[帯状回皮質]](cingulate cortex)や[[楔前部]](precuneus)を含む[[大脳皮質]]正中内側部構造(cortical midline structure)の活動が増大することが報告されている<ref><pubmed>15301749</pubmed></ref>。 | ||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
48行目: | 40行目: | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references/> | <references/> | ||
(執筆者:守田知代 担当編集委員:定藤規弘) |
2012年12月19日 (水) 13:22時点における版
英:self-consciousness 独:Selbstbewußtsein
同義語:自意識,再帰的意識
自己意識とは、外界ではなく自分自身に向けられる意識のことであり、向けられる自己の側面によって2つに分けられる。ひとつは、他者が観察できる自己の外面(容姿や振る舞い方など)に向けられる公的自己意識(public self-consciousness)、もうひとつは他者から観察できない自己の内面(感覚,感情,思考など)に向けられる私的自己意識(private self-consciousness)である。これらの用語は、注意が自己に向けられた状態を表す公的自覚状態(self-awareness)、私的自覚状態(private self-awareness)と混同されやすく、区別されずに用いられる場合もある。
自己意識の誘導因[1]
公的自己意識を高める誘導因
公的自己意識を高める誘導因は大きく2つに分けられている。ひとつは「他者に観察されること」である。例えば、演壇や舞台に立って大勢の観衆の視線にさらされる場合は、注意が自己に対して強く向けられ、時に不安や緊張が生じて自由にふるまえなくなったりする。また、録画・録音の装置を向けられる場合も、他者に変わって自己が観察されることとなるため公的自己意識が高められる。もうひとつの誘導因は、「自己のフィードバックを与えられること」である。例えば、自分が映った写真やビデオ映像を見ること,録音された自分の声を聴くことである。これによっても自分の容姿や声が他者にどのようにとらえられているかを意識させられる。
私的自己意識を高める誘導因
自己の感覚や感情や動機など、自分が現在体験していることがらに注意を向けることができる。その他、自ら内省したり白昼夢にふけったりすること、あるいは日記を書くことによって自分自身についての私的な思考や空想への注意を誘導することができる。また小さな鏡は私的自己意識を高めるものと考えられている[2]。
自己意識の心理学的作用
公的自己意識がもたらす作用
他者やカメラによって観察されることで公的自己意識が高められると、基準と自己の実態とのズレが鋭く意識される。このズレにより当惑や恥などのネガティブな感情(自己意識情動とよばれる)を感じやすくなる。また、このようなズレを低減させるために、自己の判断や行動を他者と一致させる同調行動が出現しやすくなる。
私的自己意識がもたらす作用
私的自己意識が高められると、そのとき感じている感情が強化される。このような感情強化は、歓喜、恐怖、悲しみ、憂鬱、敵意などあらゆる感情にあてはまる。また、感情的なものだけに限らず、自分の身体状態や態度などをより正確に知覚できるようになる。
自己意識特性
自己自身に対する意識を向けやすさには個人差がある。フェニグスタイン[3]らは自己意識特性を測定するために、自己意識尺度(self-consciousness scale)を作成した。日本語版自己意識尺度は菅原健介氏により1984年に作成された[4]。自己意識と同様に、外から見える自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す公的自己意識特性と、外からは見えない自己の側面に注意を向ける程度の個人差を示す私的自己意識特性の2つに分けて測定される。
自己意識の発達
自己意識を調べる有力な方法としてこれまで多く用いられてきたのが、Gallup(1970)によって考案されたマークテストである[5]。
動物が鏡に映った自分を自分と認識できるかどうか(鏡映認知)を調べることによって、自己意識を測ろうという目的を持って開発されたテストである。対象動物を麻酔で眠らせている間に、視覚的に確認できない場所(例:おでこ)に色のついたマークをつける。麻酔から醒めた後に鏡を見せたとき、対象動物がどのような行動を取るのかを観察する。このとき直接見えない自分のおでこを触るという行動がみられたならば、鏡に映っているのが自分であると認識できているとみなされる。マークを触るということは、自己の身体についてのイメージを持っていて、それと鏡の中の像が異なることに気づいていることを意味しており、自己意識の存在を示す証拠と考えられる。チンパンジーやオランウータンなどの大型類人猿はこのマークテストを通過するが、サルは通過しないことが知られている。近年はゾウやイルカなどもマークテストを通過することが報告されている[6][7]。ヒトの赤ちゃんの場合、生後1歳半から2歳頃になるとマークテストを通過する。これは「当惑する」「嫉妬する」などの自己を意識した行動が表れる時期とも合致するため、ヒトは2歳前後に自己意識を獲得すると推測されている[8]。これは公的自己意識に相当するものと考えられるが、私的自己意識が発達し、自分の内的状態を表現できるのはもう少し後の時期と考えられている。
自己意識の脳内基盤
自己顔処理に関する脳内基盤
脳機能イメージング技術の発達により、2000年頃から自己意識に関わる脳活動計測を行った研究が数多く報告されるようになった。例えば、Keenanら[9]は、他者の顔写真に比べて自分の顔を見ているときには、右側前頭頭頂ネットワークが強く活動することを報告している。このように自己顔認知への右半球優位性を示す結果が多い一方で、逆に左半優位性を示す結果も少なからずある[10]。これら自己顔に対する脳活動を示す脳領域は、自己の外面に対する自己意識が関係していると考えられる。
自己内省に関する脳内基盤
自己の内面に対する意識に関わる脳領域を調べるために、自己の身体状態、感情、特性などを評価する自己内省課題が用いられている。これらの課題を行っているときには、帯状回皮質(cingulate cortex)や楔前部(precuneus)を含む大脳皮質正中内側部構造(cortical midline structure)の活動が増大することが報告されている[11]。
関連項目
参考文献
- ↑ A H Buss
Self-consciousness and social anxiety.
San Francisco: Freeman & Company. - ↑
Scheier, M.F. (1976).
Self-awareness, self-consciousness, and angry aggression. Journal of personality, 44(4), 627-44. [PubMed:1011070] [WorldCat] [DOI] - ↑ A Fenigstein, M F Scheier, A H Buss
Public and private self-consciousness
Journal of Consulting and Clinical Psychology: 1975, 43; 522–7 - ↑ 菅原健介
自意識尺度(self-consciousness scale)日本語版作成の試み
心理学研究: 1984, 55; 184-8 - ↑
Gallop, G.G. (1970).
Chimpanzees: self-recognition. Science (New York, N.Y.), 167(3914), 86-7. [PubMed:4982211] [WorldCat] [DOI] - ↑
Plotnik, J.M., de Waal, F.B., & Reiss, D. (2006).
Self-recognition in an Asian elephant. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 103(45), 17053-7. [PubMed:17075063] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Reiss, D., & Marino, L. (2001).
Mirror self-recognition in the bottlenose dolphin: a case of cognitive convergence. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 98(10), 5937-42. [PubMed:11331768] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Lewis, M., Sullivan, M.W., Stanger, C., & Weiss, M. (1989).
Self development and self-conscious emotions. Child development, 60(1), 146-56. [PubMed:2702864] [WorldCat] - ↑
Keenan, J.P., Nelson, A., O'Connor, M., & Pascual-Leone, A. (2001).
Self-recognition and the right hemisphere. Nature, 409(6818), 305. [PubMed:11201730] [WorldCat] [DOI] - ↑
Turk, D.J., Heatherton, T.F., Kelley, W.M., Funnell, M.G., Gazzaniga, M.S., & Macrae, C.N. (2002).
Mike or me? Self-recognition in a split-brain patient. Nature neuroscience, 5(9), 841-2. [PubMed:12195428] [WorldCat] [DOI] - ↑
Northoff, G., & Bermpohl, F. (2004).
Cortical midline structures and the self. Trends in cognitive sciences, 8(3), 102-7. [PubMed:15301749] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:守田知代 担当編集委員:定藤規弘)