「コフィリン」の版間の差分

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== 概要  ==
== 概要  ==


コフィリンは、1980年代にニワトリやブタの脳の抽出液から[[アクチン]]線維の脱重合を促進する蛋白質として同定、精製された<ref><pubmed>6893966</pubmed></ref><ref><pubmed>6894753</pubmed></ref><ref name="ref1"><pubmed>6509022</pubmed></ref>。コフィリンは、単量体アクチン(G-アクチン)、アクチン線維(F-アクチン)に結合し、F-アクチンを切断・脱重合する活性をもつ20 kDaのアクチン結合蛋白質である。生存に必須であり、酵母からヒトまで高度に保存されている。コフィリンは、F-アクチンのターンオーバーを促進することで細胞のアクチン骨格のダイナミクスを生み出す働きを持ち、細胞の生存に必須な基本的なアクチン骨格の制御因子の一つである<ref name="ref2"><pubmed>17338919</pubmed></ref><ref name="ref3"><pubmed>20133134</pubmed></ref><ref name="ref4"><pubmed>21850706</pubmed></ref>。また、様々な細胞内シグナル分子によって活性が制御され、アクチン骨格の時空間的な再構築に寄与する<ref name="ref3" /><ref name="ref5"><pubmed>23153585 </pubmed></ref>。  
コフィリンは、1980年代にニワトリやブタの脳の抽出液から[[アクチン]]線維の脱重合を促進する蛋白質として同定、精製された<ref><pubmed>6893966</pubmed></ref><ref><pubmed>6894753</pubmed></ref><ref name="ref1"><pubmed>6509022</pubmed></ref>。コフィリンは、単量体アクチン(G-アクチン)、アクチン線維(F-アクチン)に結合し、F-アクチンを切断・脱重合する活性をもつ20 kDaのアクチン結合蛋白質である。生存に必須であり、酵母からヒトまで高度に保存されている。コフィリンは、F-アクチンのターンオーバーを促進することで細胞のアクチン骨格のダイナミクスを生み出す働きを持ち、細胞内の基本的なアクチン骨格の制御因子の一つである<ref name="ref2"><pubmed>17338919</pubmed></ref><ref name="ref3"><pubmed>20133134</pubmed></ref><ref name="ref4"><pubmed>21850706</pubmed></ref>。また、様々な細胞内シグナル分子によって活性が制御されアクチン骨格の時空間的な再構築に寄与する<ref name="ref3" /><ref name="ref5"><pubmed>23153585 </pubmed></ref>。  


== 構造  ==
== 構造  ==
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== サブファミリー  ==
== サブファミリー  ==


コフィリンは種間で高く保存され、ヒトでは同じ機能をもつファミリーとして非筋肉型コフィリン(別名n-cofilin, cofilin-1)、筋肉型コフィリン(別名m-cofilin, cofilin-2)、Actin depolymerizing factor (ADF)(別名デストリン(Destrin))の3種類が存在する<ref name="ref2" /><ref name="ref4" />。これら3種類の蛋白質はほぼ同じ働きであるが、コフィリンはpH依存的にF-アクチンの脱重合活性が変化し、ADFの活性はpH変化の影響を受けにくいことが報告されている<ref><pubmed>4055781</pubmed></ref><ref><pubmed>15170350</pubmed></ref>。 コフィリンの構造と類似したドメインを有するスーパーファミリーとして、Glia maturation factor (GMF), Twifilin, Abp1/Drebrin, Cactosinの4種が各々サブファミリーを形成している。これらの中でコフィリンと同様にアクチンの脱重合活性を持つことが報告されているものはTwinfilinだけである。また、GMF以外はF-アクチンとの結合能を持つ。GMFはArp2/3複合体に結合する(図1)<ref name="ref4" /><ref><pubmed>20517925</pubmed></ref>。  
コフィリンは種間で高く保存され、ヒトでは同じ機能をもつファミリーとして非筋肉型コフィリン(別名n-cofilin, cofilin-1)、筋肉型コフィリン(別名m-cofilin, cofilin-2)、Actin depolymerizing factor (ADF)(別名デストリン(Destrin))の3種類が存在する<ref name="ref2" /><ref name="ref4" />。これら3種類の蛋白質はほぼ同じ働きであるが、コフィリンはpH依存的にF-アクチンの脱重合活性が変化し、ADFの活性はpH変化の影響を受けにくいことが報告されている<ref><pubmed>4055781</pubmed></ref><ref><pubmed>15170350</pubmed></ref>。 コフィリンの構造と類似したドメイン(ADF-Hドメイン)を有するスーパーファミリーとして、Glia maturation factor (GMF), Twifilin, Abp1/Drebrin, Cactosinの4種が各々サブファミリーを形成している。これらの中でコフィリンと同様にアクチンの脱重合活性を持つことが報告されているものはTwinfilinだけである。また、GMF以外はF-アクチンとの結合能を持つ。GMFはArp2/3複合体に結合する(図1)<ref name="ref4" /><ref><pubmed>20517925</pubmed></ref>。  


== 発現分布、細胞内局在  ==
== 発現分布、細胞内局在  ==


コフィリンは、真核細胞全てに存在する生存に必須の蛋白質であり、アクチン結合蛋白質の中で最も存在量の多い蛋白質の一つで細胞内に数μモルの濃度で存在する。発現分布は、非筋肉型コフィリン, 筋肉型コフィリン, ADFの3種類のいずれかが全ての細胞に発現しており、筋肉では、主に筋肉型コフィリンが主に発現している<ref><pubmed>8195165</pubmed></ref>。筋組織以外では非筋肉型コフィリンとADFが主に発現している
コフィリンは、真核細胞全てに存在する生存に必須の蛋白質であり、アクチン結合蛋白質の中で最も存在量の多い蛋白質の一つで細胞内に数μモルの濃度で存在する。発現分布は、非筋肉型コフィリン, 筋肉型コフィリン, ADFの3種類のいずれかが全ての細胞に発現しており、筋肉では、主に筋肉型コフィリンが主に発現している<ref><pubmed>8195165</pubmed></ref>。筋組織以外では非筋肉型コフィリンとADFが主に発現している。


[[Image:脳科学辞典cofilin図1.jpg|thumb|right|290x180px|図1. ADF-Hドメインをもつコフィリンのサブファミリー]]  
[[Image:脳科学辞典cofilin図1.jpg|thumb|right|290x180px|図1. ADF-Hドメインをもつコフィリンのサブファミリー]]  
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[[Image:脳科学辞典cofilin図2.jpg|thumb|right|300x130px|図2. コフィリンの活性制御]]  
[[Image:脳科学辞典cofilin図2.jpg|thumb|right|300x130px|図2. コフィリンの活性制御]]  


神経組織や神経細胞においてコフィリンは、神経細胞の移動、形態、軸索、[[樹状突起]]の伸展・退縮、[[樹状突起スパイン]]の形態などをアクチン骨格の制御を介して関与すると考えられる。コフィリンとADFのコンディショナルノックアウトマウスの解析では、非筋肉型のコフィリン遺伝子(n-cofilin)のノックアウトによって脳の発生過程において神経細胞の移動や分裂に異常が見られ  
神経組織や神経細胞においてコフィリンは、神経細胞の移動、形態、軸索、[[樹状突起]]の伸展・退縮、[[樹状突起スパイン]]の形態などをアクチン骨格の制御を介して関与すると考えられる。コフィリンとADFのコンディショナルノックアウトマウスの解析では、非筋肉型のコフィリン遺伝子(n-cofilin)のノックアウトによって脳の発生過程において神経細胞の移動や分裂に異常が見られ 、こ れに対して、ADF遺伝子ノックアウトでは、脳の発生には影響しないことが報告されている<ref name="ref9" />。脳の発生後のコフィリンの機能を解析するために、CaMKII-Creラインのマウスを用いたコンディショナル ノックアウトマウスを用いた研究が報告されている。このマウスでは、海馬錐体細胞の樹状突起スパインが増加し、[[長期増強]](LTP)と[[長期抑圧]](LTD)の誘導が抑制された。これはAMPA受容体の刺激依存的な細胞膜上の側方移動が抑制されたためだと考えられている <ref name="ref10"><pubmed>20407421</pubmed></ref>。これらの遺伝子ノックアウトマウスでは、相補的に他のアイソフォームのコフィリン/ADFの発現が上昇しており、標的組織におけるコフィリンファミリーの活性低下の影  
 
、こ  
 
れに対して、ADF遺伝子ノックアウトでは、脳の発生には影響しないことが報告されている<ref name="ref9" />。脳の発生後のコフィリンの機能を解析するために、CaMKII-Creラインのマウスを用いたコンディショナル  
 
ノックアウトマウスを用いた研究がさ
 
れている。このマウスでは、海馬錐体細胞の樹状突起スパインが増加し、[[長期増強]](LTP)と[[長期抑圧]](LTD)の誘導が抑制された。これはAMPA受容体の刺激依存的な細胞膜上の側方移動が抑制されたためだと考えられている  
 
<ref name="ref10"><pubmed>20407421</pubmed></ref>。これらの遺伝子ノックアウトマウスでは、相補的に他のアイソフォームのコフィリン/ADFの発現が上昇しており、標的組織におけるコフィリンファミリーの活性低下の影  


[[Image:脳科学辞典cofilin図3.jpg|thumb|right|460x310px|図3. コフィリンのリン酸化による活性制御とシグナル伝達機構]]  
[[Image:脳科学辞典cofilin図3.jpg|thumb|right|460x310px|図3. コフィリンのリン酸化による活性制御とシグナル伝達機構]]  


響を見ていると考えられる<ref name="ref9" /><ref name="ref10" />。 また、神経細胞に対する様々な刺激におけるコフィリンのリン酸化による活性制御の役割が研究されている<ref><pubmed>18397729</pubmed></ref><ref><pubmed>22566410</pubmed></ref><ref name="ref5" />。最初に、海馬スライスを用いた研究によってLTP誘導時に海馬分子層の樹状突起スパインにおいてコフィリンのリン酸化が誘導されアクチン重合が促進することが報告された<ref><pubmed>12741991</pubmed></ref>。その後、コフィリンのリン酸化を阻害するペプチドを用いた実験などから  
響を見ていると考えられる<ref name="ref9" /><ref name="ref10" />。 また、神経細胞に対する様々な刺激におけるコフィリンのリン酸化による活性制御の役割が研究されている<ref><pubmed>18397729</pubmed></ref><ref><pubmed>22566410</pubmed></ref><ref name="ref5" />。最初に、海馬スライスを用いた研究によってLTP誘導時に海馬分子層の樹状突起スパインにおいてコフィリンのリン酸化が誘導されアクチン重合が促進することが報告された<ref><pubmed>12741991</pubmed></ref>。その後、コフィリンのリン酸化を阻害するペプチドを用いた実験などから LTP誘導時において刺激依存的な樹状突起スパインにおけるコフィリンのリン酸化によるアクチン重合が必要であることが報告されている<ref><pubmed>15572107</pubmed></ref><ref><pubmed>17989307</pubmed></ref>。また、LIMキナーゼ遺伝子ノックアウトマウスの解析から、海馬神経細胞の樹状突起の先端の成長円錐の形態異常、海馬や皮質神経細胞の樹状突起スパインの形態が細長くなること、海馬におけるLTPに異常があることが報告されている<ref><pubmed>12123613</pubmed></ref>。神経突起の伸展・退縮における機能については、NGFによる後根神経節(DRG)細胞の[[軸索伸長]]にはLIMキナーゼとSlingshotの働きが共に必要であること<ref><pubmed>17360713</pubmed></ref>、また、ネトリン1(Netrin-1)によるDRG細胞の軸索伸長にコフィリンの脱リン酸化が必要であることが報告されている<ref><pubmed>20506164</pubmed></ref>。これに対して、マウスの後根神経節細胞のセマホリンによる軸索の退縮にLIMキナーゼの活性化によるコフィリンのリン酸化が必要であることが報告され<ref><pubmed>11276226</pubmed></ref>、その後、Slit-2、Nogo-66による神経突起退縮にもLIMキナーゼの活性化によるコフィリンのリン酸化が必要であることが報告されている<ref><pubmed>16421320</pubmed></ref><ref><pubmed>16423696</pubmed></ref>。カエルの脊髄神経細胞の軸索のBMPによる誘因と反発においては、LIMキナーゼとSlingshotの活性のバランスによって制御されることが報告されている<ref><pubmed>17606869</pubmed></ref>。また、マウス大脳皮質細胞の樹状突起形成において、BMP受容体にLIMキナーゼが直接結合し活性化されることが樹状突起形成促進に必要であること<ref><pubmed>15538389</pubmed></ref>、ショウジョウバエにおいてBMPタイプII受容体にLIMキナーゼが結合し神経筋接合部のシナプスの安定化に寄与することが報告されている<ref><pubmed>16129399</pubmed></ref>。  
 
LTP誘導時において刺激依存的な樹状突起スパインにおけるコフィリンのリン酸化によるアクチン重合が必要であることが報告されている<ref><pubmed>15572107</pubmed></ref><ref><pubmed>17989307</pubmed></ref>。また、LIMキナーゼ遺伝子ノックアウトマウスの解析から、海馬神経細胞の樹状突起の先端の成長円錐の形態異常、海馬や皮質神経細胞の樹状突起スパインの形態が細長くなること、海馬におけるLTPに異常があることが報告されている<ref><pubmed>12123613</pubmed></ref>。神経突起の伸展・退縮における機能については、NGFによる後根神経節(DRG)細胞の[[軸索伸長]]にはLIMキナーゼとSlingshotの働きが共に必要であること<ref><pubmed>17360713</pubmed></ref>、また、ネトリン1(Netrin-1)によるDRG細胞の軸索伸長にコフィリンの脱リン酸化が必要であることが報告されている<ref><pubmed>20506164</pubmed></ref>。これに対して、マウスの後根神経節細胞のセマホリンによる軸索の退縮にLIMキナーゼの活性化によるコフィリンのリン酸化が必要であることが報告
 
され<ref><pubmed>11276226</pubmed></ref>、その後、Slit-2、Nogo-66による神経突起退縮にもLIMキナーゼの活性化によるコフィリンのリン酸化が必要であることが報告されている<ref><pubmed>16421320</pubmed></ref><ref><pubmed>16423696</pubmed></ref>。カエルの脊髄神経細胞の軸索のBMPによる誘因と反発においては、LIMキナーゼとSlingshotの活性のバランスによって制御されることが報告されている<ref><pubmed>17606869</pubmed></ref>。また、マウス大脳皮質細胞の樹状突起形成において、BMP受容体にLIMキナーゼが直接結合し活性化されることが樹状突起形成促進に必要であること<ref><pubmed>15538389</pubmed></ref>、ショウジョウバエにおいてBMPタイプII受容体にLIMキナーゼが結合し神経筋接合部のシナプスの安定化に寄与することが報告されている<ref><pubmed>16129399</pubmed></ref>。  


== 神経疾患との関わり  ==
== 神経疾患との関わり  ==
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