「脳梁の発生」の版間の差分
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哺乳類(単孔類や有袋類では脳梁を欠く)において左右の大脳半球をつなぐ交連線維の束であり、両大脳半球間の情報連絡を行う。脳を頭頂から観察すると大脳縦列の底に存在する。矢状方向の断面でみると大脳皮質帯状回と側脳室もしくは正中では透明中隔に挟まれた位置にあり、各領域は前方から脳梁吻、脳梁膝、脳梁幹、脳梁膨大と呼ばれている。ヒトの脳では約2億本の神経線維(軸索)からなる。自閉症スペクトラム障害において再現性よく交連ニューロンの低形成による脳梁形成不全が観察される(Minshew and Williams, 2007; Mcalonan et al., 2009; Freitag et al., 2009; Vidal et al., 2006; Egaas et al., 1995)。脳梁の形成不全や外科的な脳梁切断によって認知障害、高次脳機能障害が生じる(Paul et al., 2007)。主に脳梁は左右の大脳皮質灰白質に含まれる交連ニューロンの軸索とそれをとりまく髄鞘からなる。 | |||
==交連ニューロンの分化== | ==交連ニューロンの分化== | ||
大脳皮質を構成する興奮性投射ニューロンは初期には脳室帯(ventricular zone)から、大脳皮質の発生が進むにつれ脳室下帯(subventricular zone)から産生され、これらニューロン産生帯における神経前駆細胞はそれぞれapical progenitor, basal progenitorと呼ばれる。大脳皮質の興奮性ニューロンは放射方向に6層の細胞層をなすが、室帯側の神経幹細胞から産生されるニューロンはより早く分化したニューロンがより脳室側(深層)に、より遅く分化したニューロンは軟膜側(浅層)に配置されるinside-outパターンを取る。交連ニューロンはより遅く産まれるニューロン群であり、そのほとんどが大脳皮質II/III層に位置し、一部はV層、VI層にも見られる(Aboitiz and Montiel, 2003)。よって交連ニューロンは皮質形成期を通じて産生される。VI層に位置する交連ニューロンはマウスではE (embryonic day)12.5に、V層に位置する交連ニューロンはE13.5に産まれる。しかしほとんどの交連ニューロンは浅層に位置し、これらはE15.5-E17.5に産生される<ref><pubmed>17533671</pubmed></ref>。この様に交連ニューロンの産生が大脳皮質発生過程のほとんどの時期にわたることは交連ニューロンが広汎な神経前駆細胞から生み出されることを意味するのみでなく、進化過程で大脳皮質の増大と交連ニューロンの産生量が増えることが関連していることを示唆している。哺乳類の浅層ニューロンは基本的に脳室下帯(SVZ)から産生され、霊長類では内側脳室下帯と外側脳室下帯とに分けることができる<ref><pubmed>13181005</pubmed></ref> Smart et al., 2002)。ヒトではとくにSVZが著しく拡張されて外側脳室下帯となり、交連ニューロンの数を更に増大させることで、皮質全体のサイズ、神経回路やニューロン種の複雑さを作り、脳機能の発達の進化発生学的原因となっている可能性がある(Hansen et al., 2010) | |||
==交連線維の形成== | ==交連線維の形成== | ||
交連ニューロンの軸索は前脳正中部にむかった後、反対側の大脳皮質へ投射する。この線維の束が脳梁となる。発生初期(マウスの場合、胎生期E14-E15)における正中部での左右半球の融合が起きない場合は脳梁形成が障害される(Lindwall et all., 2007)。この融合には正中部のグリア細胞が必要であると考えられている(Silver etal., 1993; Shu et al., 2001)。マウスではE15頃になると帯状皮質領域深層に位置する早生まれ交連ユーロンの軸索が正中部に到達する。この軸索は後に続く交連軸索の投射のためのパイオニア線維として働くと考えられている(Silver et al., 1982)。E16頃には交連ニューロンの軸索は正中域を通過し反対側大脳皮質に侵入する。Fgfr1変異マウスでみられるような灰白層グリア(indusium griseum glia)とglial wedgeと言ったグリア性の構造の欠損によって交連線維は正中を超える事ができなくなる(Smith et al., 2006)。 | |||
==脳梁形成に関わる分子== | ==脳梁形成に関わる分子== | ||
交連線維の交差には以下の様な多くのガイダンス分子が関わっている事が実験的に示されている。 | |||
===FGF=== | ===FGF=== | ||
FGF受容体Fgfr1ノックアウトマウスのヘテロ変異体では正中グリア構造に異常はみられないが、交連線維は正中を超える事ができない。よってFGFシグナルはグリア性構造を作るのみでなく、脳梁線維の走行に直接に働いている可能性が示唆される (Tole et al. 2006)。 | |||
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Slit2連合軸索が交差する領域に多く発現しており、交連軸索にはSlitの受容体であるRobo1/Robo2ダブルノックアウトマウスでは交差せず正中付近で腹側へ延びる交連軸索が観察される(Lopez-Bendito et al., 2007)。 | |||
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Netrin1ノックアウトマウスでは脳梁が形成されない(Serafini et al., 1996)。受容体であるDCCは交連ニューロンで発現している(Shu et al., 2000)。Draxinノックアウトマウスでは脳梁が形成されない。またIGGが形成されない。Draxinは正中域グリア細胞で発現しており、とくにglial wedgeが発現するDraxinよる神経線維の伸張抑制効果が交連繊維の交差に必要であると考えられる(Islam et al., 2009)。DraxinはDCCと結合することから、この受容体をNetrinと共用して軸索ガイダンスに関わっていると考えられる(Ahmed et al., 2011)。 | |||
===Ephrin=== | ===Ephrin=== | ||
EphB2, EphB3ノックアウトマウスでは脳梁繊維の走行に異常が見られる。EphA5の細胞内ドメインを欠損させたマウスでは交連繊維の交差しなくなる。EphrinB3ノックアウトマウスでも交連繊維が交差しなくなり、軸索は正中手前で絡み合った神経繊維の束(Probst’s bundle)を生じる (Mendes et al., 2006)。 | |||
===Semaphorin/Neuropilin=== | ===Semaphorin/Neuropilin=== | ||
Neuropilin1のドミナントネガティブ分子を交連ニューロンに発現させると、軸索は正中に向かわなくなる(Hatanaka et al., 2009)。Neuropilin1は帯状皮質ニューロンにおいて発現しており、脳梁形成域ではクラス3Semaphorinが発現している。帯状皮質から投射されるNeuropilin1陽性繊維は脳梁形成のパイオニア軸索と考えられる(Piper et al., 2009)。 | |||
== 参考文献 == | |||
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(執筆者:勝山裕 担当編集委員:大隅典子) |
2013年2月9日 (土) 14:13時点における版
脳梁(corpus callosum)とは
哺乳類(単孔類や有袋類では脳梁を欠く)において左右の大脳半球をつなぐ交連線維の束であり、両大脳半球間の情報連絡を行う。脳を頭頂から観察すると大脳縦列の底に存在する。矢状方向の断面でみると大脳皮質帯状回と側脳室もしくは正中では透明中隔に挟まれた位置にあり、各領域は前方から脳梁吻、脳梁膝、脳梁幹、脳梁膨大と呼ばれている。ヒトの脳では約2億本の神経線維(軸索)からなる。自閉症スペクトラム障害において再現性よく交連ニューロンの低形成による脳梁形成不全が観察される(Minshew and Williams, 2007; Mcalonan et al., 2009; Freitag et al., 2009; Vidal et al., 2006; Egaas et al., 1995)。脳梁の形成不全や外科的な脳梁切断によって認知障害、高次脳機能障害が生じる(Paul et al., 2007)。主に脳梁は左右の大脳皮質灰白質に含まれる交連ニューロンの軸索とそれをとりまく髄鞘からなる。
交連ニューロンの分化
大脳皮質を構成する興奮性投射ニューロンは初期には脳室帯(ventricular zone)から、大脳皮質の発生が進むにつれ脳室下帯(subventricular zone)から産生され、これらニューロン産生帯における神経前駆細胞はそれぞれapical progenitor, basal progenitorと呼ばれる。大脳皮質の興奮性ニューロンは放射方向に6層の細胞層をなすが、室帯側の神経幹細胞から産生されるニューロンはより早く分化したニューロンがより脳室側(深層)に、より遅く分化したニューロンは軟膜側(浅層)に配置されるinside-outパターンを取る。交連ニューロンはより遅く産まれるニューロン群であり、そのほとんどが大脳皮質II/III層に位置し、一部はV層、VI層にも見られる(Aboitiz and Montiel, 2003)。よって交連ニューロンは皮質形成期を通じて産生される。VI層に位置する交連ニューロンはマウスではE (embryonic day)12.5に、V層に位置する交連ニューロンはE13.5に産まれる。しかしほとんどの交連ニューロンは浅層に位置し、これらはE15.5-E17.5に産生される[1]。この様に交連ニューロンの産生が大脳皮質発生過程のほとんどの時期にわたることは交連ニューロンが広汎な神経前駆細胞から生み出されることを意味するのみでなく、進化過程で大脳皮質の増大と交連ニューロンの産生量が増えることが関連していることを示唆している。哺乳類の浅層ニューロンは基本的に脳室下帯(SVZ)から産生され、霊長類では内側脳室下帯と外側脳室下帯とに分けることができる[2] Smart et al., 2002)。ヒトではとくにSVZが著しく拡張されて外側脳室下帯となり、交連ニューロンの数を更に増大させることで、皮質全体のサイズ、神経回路やニューロン種の複雑さを作り、脳機能の発達の進化発生学的原因となっている可能性がある(Hansen et al., 2010)
交連線維の形成
交連ニューロンの軸索は前脳正中部にむかった後、反対側の大脳皮質へ投射する。この線維の束が脳梁となる。発生初期(マウスの場合、胎生期E14-E15)における正中部での左右半球の融合が起きない場合は脳梁形成が障害される(Lindwall et all., 2007)。この融合には正中部のグリア細胞が必要であると考えられている(Silver etal., 1993; Shu et al., 2001)。マウスではE15頃になると帯状皮質領域深層に位置する早生まれ交連ユーロンの軸索が正中部に到達する。この軸索は後に続く交連軸索の投射のためのパイオニア線維として働くと考えられている(Silver et al., 1982)。E16頃には交連ニューロンの軸索は正中域を通過し反対側大脳皮質に侵入する。Fgfr1変異マウスでみられるような灰白層グリア(indusium griseum glia)とglial wedgeと言ったグリア性の構造の欠損によって交連線維は正中を超える事ができなくなる(Smith et al., 2006)。
脳梁形成に関わる分子
交連線維の交差には以下の様な多くのガイダンス分子が関わっている事が実験的に示されている。
FGF
FGF受容体Fgfr1ノックアウトマウスのヘテロ変異体では正中グリア構造に異常はみられないが、交連線維は正中を超える事ができない。よってFGFシグナルはグリア性構造を作るのみでなく、脳梁線維の走行に直接に働いている可能性が示唆される (Tole et al. 2006)。
Slit
Slit2連合軸索が交差する領域に多く発現しており、交連軸索にはSlitの受容体であるRobo1/Robo2ダブルノックアウトマウスでは交差せず正中付近で腹側へ延びる交連軸索が観察される(Lopez-Bendito et al., 2007)。
Wnt
Wnt5aが交連繊維の形成に必要であることが示されており、Wnt受容体としてはFrizzled3, 受容体型チロシンキナーゼRykが働いている。
Netrin
Netrin1ノックアウトマウスでは脳梁が形成されない(Serafini et al., 1996)。受容体であるDCCは交連ニューロンで発現している(Shu et al., 2000)。Draxinノックアウトマウスでは脳梁が形成されない。またIGGが形成されない。Draxinは正中域グリア細胞で発現しており、とくにglial wedgeが発現するDraxinよる神経線維の伸張抑制効果が交連繊維の交差に必要であると考えられる(Islam et al., 2009)。DraxinはDCCと結合することから、この受容体をNetrinと共用して軸索ガイダンスに関わっていると考えられる(Ahmed et al., 2011)。
Ephrin
EphB2, EphB3ノックアウトマウスでは脳梁繊維の走行に異常が見られる。EphA5の細胞内ドメインを欠損させたマウスでは交連繊維の交差しなくなる。EphrinB3ノックアウトマウスでも交連繊維が交差しなくなり、軸索は正中手前で絡み合った神経繊維の束(Probst’s bundle)を生じる (Mendes et al., 2006)。
Semaphorin/Neuropilin
Neuropilin1のドミナントネガティブ分子を交連ニューロンに発現させると、軸索は正中に向かわなくなる(Hatanaka et al., 2009)。Neuropilin1は帯状皮質ニューロンにおいて発現しており、脳梁形成域ではクラス3Semaphorinが発現している。帯状皮質から投射されるNeuropilin1陽性繊維は脳梁形成のパイオニア軸索と考えられる(Piper et al., 2009)。
参考文献
- ↑
Angevine, J.B., & Sidman, R.L. (1961).
Autoradiographic study of cell migration during histogenesis of cerebral cortex in the mouse. Nature, 192, 766-8. [PubMed:17533671] [WorldCat] [DOI] - ↑
TOMASCH, J. (1954).
Size, distribution, and number of fibres in the human corpus callosum. The Anatomical record, 119(1), 119-35. [PubMed:13181005] [WorldCat] [DOI]
(執筆者:勝山裕 担当編集委員:大隅典子)