「エンハンサー」の版間の差分

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== 作用機序  ==
== 作用機序  ==


 一般的に、エンハンサーには1個から複数個の転写制御因子が結合する。一方、プロモーターには転写基本因子(TFIIDなど)が結合する。これら転写制御因子および転写基本因子の双方に、メディエーター(mediator)と呼ばれる約30のサブユニットからなるタンパク質複合体が結合する。すると、DNAはループを形成して、エンハンサーとプロモーターは近づく形となる。RNAポリメラーゼIIは、転写基本因子、メディエーターならびにプロモーターに安定して結合できるようになり、転写の開始する頻度が上昇すると考えられる<ref><pubmed>21330129</pubmed></ref><ref><pubmed>22855826</pubmed></ref><ref><pubmed>22169023</pubmed></ref>。エンハンサーは、プロモーターからの距離が離れていても作用し、時には2ないし3Mbp離れていても機能することがある。また、上記のループ構造がどのようにして転写を促進するのかについては完全に解明されていないが、ループ構造によって、転写開始に必要な種々の因子の濃度がプロモーター付近において局所的に高くなり、RNAポリメラーゼIIがプロモーターに結合しやすくなるのではないかという説がある。他に、ループ構造が形成されることによって、エンハンサーとプロモーターのペアが核内の"転写工場"(核内のうち、さかんに転写が起きている領域)へ移動する、という説もある。いずれにしろ、転写の活性化にはループ構造の形成が必要である。
 一般的に、エンハンサーには1個から複数個の転写制御因子が結合する。一方、プロモーターには転写基本因子(TFIIDなど)が結合する。これら転写制御因子および転写基本因子の双方に、メディエーター(mediator)と呼ばれる約30のサブユニットからなるタンパク質複合体が結合する。すると、DNAはループを形成して、エンハンサーとプロモーターは近づく形となる。RNAポリメラーゼIIは、転写基本因子、メディエーターならびにプロモーターに安定して結合できるようになり、転写の開始する頻度が上昇すると考えられる<ref><pubmed>21330129</pubmed></ref><ref><pubmed>22855826</pubmed></ref><ref><pubmed>22169023</pubmed></ref>。エンハンサーは、プロモーターからの距離が離れていても作用し、時には2ないし3Mbp離れていても機能することがある。また、上記のループ構造がどのようにして転写を促進するのかについては完全に解明されていないが、ループ構造によって、転写開始に必要な種々の因子の濃度がプロモーター付近において局所的に高くなり、RNAポリメラーゼIIがプロモーターに結合しやすくなるのではないかという説がある。他に、ループ構造が形成されることによって、エンハンサーとプロモーターのペアが核内の"転写工場"(核内のうち、さかんに転写が起きている領域)へ移動する、という説もある。いずれにしろ、転写の活性化にはループ構造の形成が必要である。  


なお、エンハンサーとそれに結合した複数の転写制御因子から成る複雑な構造体を、エンハンセオソーム(enhanceosome)と呼ぶことがある<ref><pubmed>18206362</pubmed></ref>。  
なお、エンハンサーとそれに結合した複数の転写制御因子から成る複雑な構造体を、エンハンセオソーム(enhanceosome)と呼ぶことがある<ref><pubmed>18206362</pubmed></ref>。  
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 エンハンサーは、ヒストンの種類または翻訳後修飾に関して、他の領域と異なる特徴を持つ。エンハンサーでは、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化されている(H3K4me1/ H3K4me2)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>。さらに、H3.3やH2A.Zと呼ばれるヒストンを含むヌクレオソームが存在する<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>。このヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定な性質を持つため解体されやすく、転写制御因子がこのヌクレオソームに置き換わってDNAに結合しやすくなると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーターにも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化されている(H3K4me3)。<br>  
 エンハンサーは、ヒストンの種類または翻訳後修飾に関して、他の領域と異なる特徴を持つ。エンハンサーでは、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化されている(H3K4me1/ H3K4me2)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>。さらに、H3.3やH2A.Zと呼ばれるヒストンを含むヌクレオソームが存在する<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>。このヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定な性質を持つため解体されやすく、転写制御因子がこのヌクレオソームに置き換わってDNAに結合しやすくなると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーターにも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化されている(H3K4me3)。<br>  


 転写の活性化の状態によって、エンハンサーにおけるヒストンの翻訳後修飾が異なる例が報告されている。ヒトES細胞を例にとると、転写が活性化されている遺伝子のエンハンサーでは、ヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されているが(H3K27ac)、転写がおきていない遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されている(H3K27me3)<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>。このES細胞を分化させた時、新たに転写が活性化される遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されていたヒストンがアセチル化される(H3K27me3 → H3K27ac)。逆に、分化した後に転写が抑制される遺伝子のエンハンサーでは、アセチル化されていたヒストンがメチル化される(H3K27ac → H3K27me3)。他の系においても、様々なヒストンの翻訳後修飾がみつかっており、遺伝子発現制御との関係が調べられている<ref name="ref7" />。一般的に、転写の活性化の状態に関わらず、H3K4me1/ H3K4me2はエンハンサー領域にみられる特徴であり、活性化しているエンハンサーではp300の結合がみられ、ヒストンのアセチル化がおきていることが多い。<br>  
 転写の活性化の状態によって、エンハンサーにおけるヒストンの翻訳後修飾が異なる例が報告されている。ヒトES細胞を例にとると、転写が活性化されている遺伝子のエンハンサーでは、ヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されているが(H3K27ac)、転写がおきていない遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されている(H3K27me3)<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>。このES細胞を分化させた時、新たに転写が活性化される遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されていたヒストンがアセチル化される(H3K27me3 → H3K27ac)。逆に、分化した後に転写が抑制される遺伝子のエンハンサーでは、アセチル化されていたヒストンがメチル化される(H3K27ac → H3K27me3)。他の系においても、様々なヒストンの翻訳後修飾がみつかっており、遺伝子発現制御との関係が調べられている<ref name="ref7" />。一般的に、転写の活性化の状態に関わらず、H3K4me1/ H3K4me2はエンハンサー領域にみられる特徴であり、活性化しているエンハンサーではp300の結合と、ヒストンのアセチル化がみられる。<br>  


 最近になって、enhancer RNA (eRNA)とよばれるRNAがエンハンサーにおいて双方向に転写されて産生されることが見いだされた<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。転写制御因子p53が結合するエンハンサーの中には、その転写活性化能がeRNAに依存的なものがある<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref>。しかし、eRNAが一般的にエンハンサーの機能に関与しているかどうかはまだよくわかっていない。一方、100塩基長以上の長さを持つノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を調節する場合がある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。このlncRNAのほとんどは、一方向に転写されることにより産生され、ポリアデニル化される。このlncRNAのうち、''ncRNA-a7''と呼ばれるlncRNAをsiRNA法で阻害すると、近傍の遺伝子の転写が抑制される。''ncRNA-a7''遺伝子をリポーター遺伝子と連結すると、''ncRNA-a7''遺伝子の方向に関係なくリポーター遺伝子の転写が誘導される。このlncRNAが転写を活性化する詳しいメカニズムはまだよくわかっていないが、siRNA法で阻害すると転写が抑制されることから、ncRNA-a7自身が転写の活性化に必要である。ENCODEプロジェクトによると、これまで「junk DNA」であると考えられてきたヒトゲノムの領域から、9640のlncRNAが転写されることがわかった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。これらのlncRNAもまた、''ncRNA-a7''と同様に遺伝子の発現を制御している可能性がある。eRNAおよびlncRNAの詳しい作用機序については、現時点では不明な点が多く、さらに調べる必要があると思われる。<br>  
 最近になって、enhancer RNA (eRNA)とよばれるRNAがエンハンサーにおいて双方向に転写されて産生されることが見いだされた<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。転写制御因子p53が結合するエンハンサーの中には、その転写活性化能がeRNAに依存的なものがある<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref>。しかし、eRNAが一般的にエンハンサーの機能に関与しているかどうかはまだよくわかっていない。一方、100塩基長以上の長さを持つノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を調節する場合がある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。このlncRNAのほとんどは、一方向に転写されることにより産生され、ポリアデニル化される。このlncRNAのうち、''ncRNA-a7''と呼ばれるlncRNAをsiRNA法で阻害すると、近傍の遺伝子の転写が抑制される。''ncRNA-a7''遺伝子をリポーター遺伝子と連結すると、''ncRNA-a7''遺伝子の方向に関係なくリポーター遺伝子の転写が誘導される。このlncRNAが転写を活性化する詳しいメカニズムはまだよくわかっていないが、siRNA法で阻害すると転写が抑制されることから、ncRNA-a7自身が転写の活性化に必要である。ENCODEプロジェクトによると、これまで「junk DNA」であると考えられてきたヒトゲノムの領域から、9640のlncRNAが転写されることがわかった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。これらのlncRNAもまた、''ncRNA-a7''と同様に遺伝子の発現を制御している可能性がある。eRNAおよびlncRNAの詳しい作用機序については、現時点では不明な点が多く、さらに調べる必要があると思われる。<br>  
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