「皮質板」の版間の差分

243 バイト追加 、 2013年3月11日 (月)
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
9行目: 9行目:
== 法線方向の細胞移動と層構造の形成  ==
== 法線方向の細胞移動と層構造の形成  ==


 法線方向の細胞移動に関しては、放射状グリア細胞が重要な役割を果たしている。放射状グリア細胞は神経幹細胞として神経細胞(およびアストロサイト)を産生すると同時に、脳室帯にある細胞体から皮質表面の辺縁帯にまで届く放射状グリア線維(radial glial fiber)を伸ばしており、産生された神経細胞はこの線維を伝って法線方向に移動する(glia-guided locomotion)。脳室帯で産生された神経細胞は中間層では多極性の形態を示すが、突起の一つで放射状グリア線維を掴むと双極性に形態を変化させ、線維を伝って皮質板へと移動する。皮質板では先に到着している神経細胞を追い越し、その時点での皮質板の最上層に到達すると線維から離れ、terminal translocationにより最終的な分布位置に移動する。皮質板の最上層には成熟しきっていないNeuN陰性の神経細胞の層(PCZ, primitive cortical zone &lt;&lt;Sekine 2011&gt;&gt;)があり、放射状グリア線維を辿ってきた神経細胞はPCZに入る直前で一旦停止し、leading process(radial migrationを始める際に放射状グリア線維を掴んだ突起)の先端に発現するインテグリンが辺縁帯の細胞外マトリクス中のフィブロネクチンと結合すると、放射状グリア線維から離れてterminal translocationによりPCZ内に入り<ref><pubmed>23083738</pubmed></ref>、最終的な分化のステップを経て各層に特徴的な形態と遺伝子発現を獲得する。PCZ内へ進入する際に、すでに分化を終えた早生まれの神経細胞よりも上層に出るので、結果としてインサイドアウト・パターンが形成される。  
 法線方向の細胞移動に関しては、放射状グリア細胞が重要な役割を果たしている。放射状グリア細胞は神経幹細胞として神経細胞(およびアストロサイト)を産生すると同時に、脳室帯にある細胞体から皮質表面の辺縁帯にまで届く放射状グリア線維(radial glial fiber)を伸ばしており、産生された神経細胞はこの線維を伝って法線方向に移動する(glia-guided locomotion)。脳室帯で産生された神経細胞は中間層では多極性の形態を示すが、突起の一つで放射状グリア線維を掴むと双極性に形態を変化させ、線維を伝って皮質板へと移動する。皮質板では先に到着している神経細胞を追い越し、その時点での皮質板の最上層に到達すると線維から離れ、terminal translocationにより最終的な分布位置に移動する。皮質板の最上層には成熟しきっていないNeuN陰性の神経細胞の層(PCZ, primitive cortical zone <ref name=Sekine/>)があり、放射状グリア線維を辿ってきた神経細胞はPCZに入る直前で一旦停止し、leading process(radial migrationを始める際に放射状グリア線維を掴んだ突起)の先端に発現するインテグリンが辺縁帯の細胞外マトリクス中のフィブロネクチンと結合すると、放射状グリア線維から離れてterminal translocationによりPCZ内に入り<ref><pubmed>23083738</pubmed></ref>、最終的な分化のステップを経て各層に特徴的な形態と遺伝子発現を獲得する。PCZ内へ進入する際に、すでに分化を終えた早生まれの神経細胞よりも上層に出るので、結果としてインサイドアウト・パターンが形成される。  


== 層構造形成の分子機構  ==
== 層構造形成の分子機構  ==


 皮質板内の層構造の形成にはいくつかの因子の関与が知られており、そのミュータント・マウスでは層構造に異常が認められる22492350 。  
 皮質板内の層構造の形成にはいくつかの因子の関与が知られており、そのミュータント・マウスでは層構造に異常が認められる<ref><pubmed>22492350</pubmed></ref>。  


=== Reelin  ===
=== Reelin  ===


 辺縁帯のCajal-Retzius細胞から分泌されるリーリン(Reelin)のミュータントであるreelerマウス&lt;&lt;Caviness 1982&gt;&gt7127145 ;では、早生まれの細胞を追い抜けず、サブプレートの下に神経細胞が滞留して層構造が逆転したような異所性の皮質板を形成する。E14.5以降のサブプレートと第VI層に発現するSox5 のノックアウトマウス&lt;&lt;18840685 Kwan 2008, Lei 2008&gt;&gt18215621 ;でも、サブプレートの神経細胞が辺縁帯から離れずその下に神経細胞が滞留する。しかし、この異所性に形成される皮質板の層構造はreelerマウスのそれとは異なっている。即ち、第V,VI層は上下が逆転するものの、第II-IV層の神経細胞は先に生まれた神経細胞を追い越して上層に進むので、上からII,III,IV,VI,Vという順になる。このマウスでは層形成の異常に伴って神経回路形成にも異常が認められる。即ち、第VI層及びサブプレートから出る皮質視床路の軸索は誤って視床下部に投射し、また、第V層由来の皮質橋路および皮質脊髄路は形成されない。  
 辺縁帯のCajal-Retzius細胞から分泌されるリーリン(Reelin)のミュータントであるreelerマウス<ref><pubmed>7127145</pubmed></ref>では、早生まれの細胞を追い抜けず、サブプレートの下に神経細胞が滞留して層構造が逆転したような異所性の皮質板を形成する。E14.5以降のサブプレートと第VI層に発現するSox5 のノックアウトマウス<ref><pubmed>18840685</pubmed></ref><ref><pubmed>18215621</pubmed></ref>でも、サブプレートの神経細胞が辺縁帯から離れずその下に神経細胞が滞留する。しかし、この異所性に形成される皮質板の層構造はreelerマウスのそれとは異なっている。即ち、第V,VI層は上下が逆転するものの、第II-IV層の神経細胞は先に生まれた神経細胞を追い越して上層に進むので、上からII,III,IV,VI,Vという順になる。このマウスでは層形成の異常に伴って神経回路形成にも異常が認められる。即ち、第VI層及びサブプレートから出る皮質視床路の軸索は誤って視床下部に投射し、また、第V層由来の皮質橋路および皮質脊髄路は形成されない。  


=== Tbr1  ===
=== Tbr1  ===


 皮質視床路を形成する第VI層とサブプレートの神経細胞に発現するTbr1のノックアウトマウスでは、第V層の神経細胞はほとんどサブプレートを越えて広く皮質板全体に分布する一方、第II-IV層、および第VI層の神経細胞の中にはサブプレートを越えずにその下に滞留するものもある&lt;&lt;11239428 Havner 2001, Han 2011&gt;&gt21285371 ;。  
 皮質視床路を形成する第VI層とサブプレートの神経細胞に発現するTbr1のノックアウトマウスでは、第V層の神経細胞はほとんどサブプレートを越えて広く皮質板全体に分布する一方、第II-IV層、および第VI層の神経細胞の中にはサブプレートを越えずにその下に滞留するものもある<ref><pubmed>11239428</pubmed></ref><ref><pubmed>21285371</pubmed></ref>。  


=== Satb2  ===
=== Satb2  ===


 皮質間回路を形成する第II-V層の神経細胞に発現するSatb2のノックアウトマウスでは、第V,VI層の神経細胞は正常に皮質板へ移動するのに対し、第II-IV層の神経細胞の移動は速度が遅くなるがalcamo18255030 ,britanova18255031 、生後7日目ごろには正常な位置に達するbritanova18255031 zhang21885532 。  
 皮質間回路を形成する第II-V層の神経細胞に発現するSatb2のノックアウトマウスでは、第V,VI層の神経細胞は正常に皮質板へ移動するのに対し、第II-IV層の神経細胞の移動は速度が遅くなるが<ref><pubmed>18255030</pubmed></ref><ref name=Britanova><pubmed>18255031</pubmed></ref>、生後7日目ごろには正常な位置に達する<ref name=Britanova/><ref><pubmed>21885532</pubmed></ref>。  


=== Pou3f2/3  ===
=== Pou3f2/3  ===


 第II-V層の投射神経細胞には発現するPou3f2 (Brn2)およびPou3f3 (Brn1)のダブル・ノックアウト(DKO)マウスでは、第VI層の細胞は正常にサブプレートを越えて皮質板に達するものの、第II-V層の神経細胞はサブプレートを越えられない。Pou3f2/3の下流で細胞移動を制御するシグナルに関与すると考えられている経路としては、CDK5とIL12Aのシグナル経路とReelinとDab1の経路がある。DKOマウスの表現型はCDK5シグナルを阻害した場合の異常とよく似ており&lt;&lt;9698328 Gilmore 1998, Ko 2001&gt;&gt11517264 ;、またPOU3F2はIl12aおよびcdk5r2両遺伝子のプロモータ領域に直接結合することが示されている&lt;&lt;McEvilly 2002&gt;&gt11859196 ;。DKOマウスにおいて、Dab1の発現はE15.5以降に減少することがわかっており、上層の神経細胞の移動に異常があることと良く一致している&lt;&lt;Sugitani 2002&gt;&gt12130536 ;。  
 第II-V層の投射神経細胞には発現するPou3f2 (Brn2)およびPou3f3 (Brn1)のダブル・ノックアウト(DKO)マウスでは、第VI層の細胞は正常にサブプレートを越えて皮質板に達するものの、第II-V層の神経細胞はサブプレートを越えられない<ref name=McEvilly/><pubmed>11859196</pubmed></ref><ref name=Sugitani/><pubmed>12130536</pubmed></ref>。Pou3f2/3の下流で細胞移動を制御するシグナルに関与すると考えられている経路としては、CDK5とIL12Aのシグナル経路とReelinとDab1の経路がある。DKOマウスの表現型はCDK5シグナルを阻害した場合の異常とよく似ており<ref><pubmed>9698328</pubmed></ref><ref><pubmed>11517264</pubmed></ref>、またPOU3F2はIl12aおよびcdk5r2両遺伝子のプロモータ領域に直接結合することが示されている<ref name=McEvilly/>。DKOマウスにおいて、Dab1の発現はE15.5以降に減少することがわかっており、上層の神経細胞の移動に異常があることと良く一致している<ref name=Sugitani/>。  


== GABA作動性神経細胞  ==
== GABA作動性神経細胞  ==


 一方、GABA作動性の介在神経細胞は新皮質になる領域(pallium)の外側にあるsubpallium、特にmedial ganglionic eminence (MGE)で産生され、接線方向に移動して(tangential migration、水平移動)、新皮質領域に到達する(ヒトではGABA作動性神経細胞の一部は脳室帯由来とされている)。水平移動は主として辺縁帯、中間帯、脳室下帯で起こり、その後、斜行、あるいは法線方向に移動して皮質板に進入する。マウスにおいて、新皮質領域まで到達したGAD65陽性細胞のうち皮質板に存在するものの割合は E14.5では数%であるが、E18.5には40%程度まで増える&lt;&lt;Lopez-Bendito 2008&gt;&gt18272682 ;。最近、GABA作動性介在神経細胞のサブタイプであるシャンデリア細胞(chandelier cells)が側脳室のventral germinal zoneに存在するNkx2.1陽性細胞から由来することが明らかになった&lt;&lt;Taniguchi 2013&gt;&gt23180771 ;。介在神経細胞の皮質板内の層分布はその産生された領域と時期に依存する&lt;&lt;Miyoshi 2011&gt;&gt20732898 ;。また、介在神経細胞のradial migrationはReelinのシグナルには依存しないことが分かっている&lt;&lt;Pla 2006&gt;&gt16807322 ;。第V層の神経細胞の分化と軸索投射のマスター遺伝子の一つと考えられているFezf2のノックアウトマウスでは、脳室帯由来の神経細胞の層構造は正常である&lt;&lt;16284245 Chen 2005, Molyneaux 2005&gt;&gt16157277 ;が、somatostatin陽性およびparvarbumin陽性の介在神経細胞が第V層で特異的に減少していた&lt;&lt;Lodato 2011&gt;&gt21338885 ;。このことから、すでに形成された興奮性神経細胞の層構造に依存して介在神経細胞の層分布が決定される可能性が指摘されている。  
 一方、GABA作動性の介在神経細胞は新皮質になる領域(pallium)の外側にあるsubpallium、特にmedial ganglionic eminence (MGE)で産生され、接線方向に移動して(tangential migration、水平移動)、新皮質領域に到達する(ヒトではGABA作動性神経細胞の一部は脳室帯由来とされている)。水平移動は主として辺縁帯、中間帯、脳室下帯で起こり、その後、斜行、あるいは法線方向に移動して皮質板に進入する。マウスにおいて、新皮質領域まで到達したGAD65陽性細胞のうち皮質板に存在するものの割合は E14.5では数%であるが、E18.5には40%程度まで増える<ref><pubmed>18272682</pubmed></ref>。最近、GABA作動性介在神経細胞のサブタイプであるシャンデリア細胞(chandelier cells)が側脳室のventral germinal zoneに存在するNkx2.1陽性細胞から由来することが明らかになった<ref><pubmed>23180771</pubmed></ref>。介在神経細胞の皮質板内の層分布はその産生された領域と時期に依存する<ref><pubmed>20732898</pubmed></ref>。また、介在神経細胞のradial migrationはReelinのシグナルには依存しないことが分かっている<ref><pubmed>16807322</pubmed></ref>。第V層の神経細胞の分化と軸索投射のマスター遺伝子の一つと考えられているFezf2のノックアウトマウスでは、脳室帯由来の神経細胞の層構造は正常である<ref><pubmed>16284245</pubmed></ref><ref><pubmed>16157277</pubmed></ref>が、somatostatin陽性およびparvarbumin陽性の介在神経細胞が第V層で特異的に減少していた<ref><pubmed>21338885</pubmed></ref>。このことから、すでに形成された興奮性神経細胞の層構造に依存して介在神経細胞の層分布が決定される可能性が指摘されている。  
 
<br> == 参考文献 ==


<br>(執筆者:岡雄一郎、佐藤真、担当編集者:大隅典子)<br>
<br>(執筆者:岡雄一郎、佐藤真、担当編集者:大隅典子)<br>
44

回編集