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[[Image:OCfig.pdf|right]]
<font size="+1">[https://researchmap.jp/hmanabe/?lang=japanese 眞部 寛之]</font><br>
''同志社大学脳科学研究科''<br>
<font size="+1">家城 直、[http://researchmap.jp/kensakumori 森 憲作]</font><br>
''東京大学 大学院医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月15日 原稿完成日:2019年5月16日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br>
</div>


英語名:Olfactory cortex  
Olfactory cortex  


{{box|text=
<br>
 嗅皮質は、[[嗅球]]の投射[[ニューロン]]である[[僧帽細胞]](mitral cell)、[[房飾細胞]](tufted cell)から直接入力がある[[大脳皮質]]領域である。大部分は三層構造からなり「古皮質」に分類される。嗅皮質のニューロンは特定の組み合わせの受容体からの情報を統合する機能を持つと考えられるとともに、より高次中枢からのトップダウン入力を受けるため、末梢からの嗅覚情報と高次情報を連合する役割を持つと考えられている。
}}


==嗅皮質とは==
嗅皮質の定義<br> 嗅覚系の情報は、鼻腔の中に匂い分子が取り込まれると、嗅上皮に存在する匂い分子受容体をもつ嗅細胞に受け取られ、さらに一次中継部位である嗅球、嗅球から軸索投射を受ける嗅皮質へと伝達されていく。嗅皮質は、嗅球の投射ニューロンである僧帽細胞、房飾細胞から直接入力がある領域として定義されている<ref>'''Nevelle K. R. & Haberly L. B.'''<br>The Synaptic Organization of the Brain (ed. Shepherd G. M.)<br>''Oxford University Press'':2004</ref>。


[[Image:嗅皮質.jpg|thumb|250px|'''図.マウスの脳の腹面図嗅皮質とその亜領域'''<br>マウスの脳の腹面図。左側: 僧帽細胞の投射領域、右側: 嗅皮質の亜領域<br>
亜領域の特徴<br> 解剖学的違い、投射様式の違いなどから嗅皮質はいくつかの亜領域に分かれる(図)。最も広大な範囲を占めるのが梨状皮質(piriform cortex、PC)で、前後軸に沿って前梨状皮質と後梨状皮質に分類されている(anterior/posterior、 APC/PPC)(LOTの終止部より尾側部がPPC)。その他、前嗅核(anterior olfactory nucleus、AON)、テニアテクタ(tenia tecta、TT)、腹側線条体の一部である嗅結節(olfactory tubercle、OT)、外側嗅索核(nucleus of lateral olfactory tract、nLOT)、前部扁桃皮質核(anterior cortical amygdaloid nucleus、ACO)、後外側部扁桃皮質核(posterolateral cortical amygdaloid nucleus、PLCO)、外側内嗅野(lateral entorhinal cortex、LEC)などがある。
ACo: [[前部扁桃皮質核]]((anterior cortical amygdaloid nucleus)<br>
AON: [[前嗅核]](anterior olfactory nucleus)<br>
APC: [[前梨状皮質]](anterior piriform cortex)<br>
LOT:  [[外側嗅索]](lateral olfactory tract)<br>
M: [[僧帽細胞]] (mitral cell)<br>
Me: [[内側扁桃皮質核]](medial amygdaloid nucleus)<br>
nLOT: [[外側嗅索核]](nucleus of lateral olfactory tract)<br>
OT: [[嗅結節]](olfactory tubercle)<br>
PLCO: [[後外側部扁桃皮質核]](posterolateral cortical amygdaloid nucleus)<br>
PMCo: [[後内側部扁桃皮質核]](posteromedial cortical amygdaloid nucleus) <br>
PPC: [[後梨状皮質]](posterior piriform cortex)<br>
TT: [[蓋紐]](tenia tecta)<br>
LEC [[外側内嗅野]](lateral entorhinal cortex)<br>
]]


 [[嗅覚]]系の情報は、[[鼻腔]]の中に匂い分子が取り込まれると、[[嗅上皮]]に存在する[[匂い分子受容体]]を持つ[[嗅細胞]]に受け取られ、さらに一次中継部位である[[嗅球]]、嗅球から[[軸索]]投射を受ける嗅皮質へと伝達されていく。嗅皮質は、嗅球の投射ニューロンである僧帽細胞、房飾細胞から直接入力がある領域として定義される<ref name=nevelle>'''Nevelle K. R. & Haberly L. B.'''<br>The Synaptic Organization of the Brain (ed. Shepherd G. M.)<br>''Oxford University Press'':2004</ref>
三層構造と細胞種<br> 梨状皮質をはじめ嗅皮質の大部分は海馬などと同様に三層構造からなることから、六層構造をもつ大脳の「新皮質」とは異なり「古皮質」に分類されている。<br>Ⅰ層…最も表層側にある層で、樹状突起や求心性繊維、少数の介在ニューロンなどを含む。嗅球からの軸索末端が終止するLayerⅠaと、嗅皮質内のニューロンや他の領域からのassociation fiberの入力を受けるLayerⅠbに分かれている。<br>Ⅱ層…多くのニューロンの細胞体が存在する。表層側(IIa層)にはsemilunar cell、深層側(IIb層)にはsuperficial pyramidal cellの細胞体が並ぶ。<br>Ⅲ層…表層側にはdeep pyramidal cellが存在し、より深層側になるにつれてmultipollar cellなどnonpyramidal cellの割合が多くなる。<br>Endopiriform nucleus…Ⅲ層よりも深層側にあり、時に嗅皮質のLayerⅣとも称される。Spiny multipolar neuronなどが主な細胞種である。


== 構造 ==
細胞種<br>投射ニューロン<br>新皮質や海馬などの他の皮質領域同様、嗅皮質の投射ニューロンもpyramidal neuronである。表層側(LayerⅠ)にapical dendriteを伸ばし、多くのspineを形成し、layerⅠaで嗅球から、layerⅠbでassociation fiberからのシナプス入力を受けている。深層(LayerⅢ)側には細胞体から放射状にbasal dendriteを伸ばしている。Pyramidal neuronの軸索は、細胞体深部から深層方向に向かって伸長し、多数の軸索側枝を出す。<br>介在ニューロン(Nonpyramidal cells)<br>嗅皮質の介在ニューロンの多くはGABAergicであり、抑制性である。LayerⅠ~Ⅲにかけて存在し、horizontal cell、multipollar cellなどがある。


=== 亜領域 ===
嗅球からの入力<br>興奮性入力<br> 嗅球から嗅皮質への入力源は、僧帽細胞(Mitral cell)と房飾細胞(Tufted cell)である。<br>僧帽細胞は、嗅皮質のほぼ全領域(AON、TT、OT、APC/PPC、nLOT、ACO、PLCO、LEC)に軸索投射するが、房飾細胞は嗅皮質のなかでも前部(AON、OT、TT、APCの一部 )のみに軸索投射する。嗅球の僧帽細胞・房飾細胞の主軸索は、外側嗅索(Lateral olfactory tract&nbsp;: LOT)を通り、嗅皮質の表層に軸索側枝を伸ばし、同側の嗅皮質の各領域へと投射する。これら僧帽細胞、房飾細胞の軸索はすべて、嗅皮質のLayerⅠaにシナプスを形成する。<br>これまでに、嗅球内の各領域(ドメイン)から前嗅核のpars externaへの軸索投射には大まかなトポグラフィーがあることは知られている<ref><pubmed> 6470206 </pubmed></ref>が、単一の僧帽細胞は、嗅皮質の各領域へ広範囲な軸索を送り、トポグラフィックな関係は見出されていない。


 解剖学的違い、投射様式の違いなどから嗅皮質は複数の亜領域に分かれる('''図''')。最も広大な範囲を占めるのが[[梨状皮質]](piriform cortex、PC)で、[[前後軸]]に沿って[[前梨状皮質]](anterior piriform cortex, APC)と[[後梨状皮質]](posterior piriform cortex, PPC)に分類される。[[外側嗅索]](Lateral olfactory tract: LOT)の終止部より尾側がPPCである。その他、[[前嗅核]](anterior olfactory nucleus、AON)、[[蓋紐]](tenia tecta、TT)、腹側[[線条体]]の一部である[[嗅結節]](olfactory tubercle、OT)、[[外側嗅索核]](nucleus of lateral olfactory tract、nLOT)、[[前部扁桃皮質核]](anterior cortical amygdaloid nucleus、ACO)、[[後外側部扁桃皮質核]](posterolateral cortical amygdaloid nucleus、PLCO)、[[外側内嗅野]](lateral entorhinal cortex、LEC)などがある。
神経調節性入力<br>他の多くの大脳皮質領域と同様、嗅皮質もアセチルコリン性、ノルアドレナリン性、セロトニン性、ドーパミン性、ヒスタミン性の神経調節入力を広く受ける。<br>基底核からのアセチルコリン性入力は、興奮性/抑制性シナプス入力の抑制、シナプスの長期増強などの機能が知られており、これらのコリン性入力による変化は、睡眠覚醒などの行動状態に依存した嗅覚情報処理モードの変換をもたらすと考えられている。<br>また、視床下部からはヒスタミン性の入力を受けている。さらに、腹側線条体の一部である嗅結節では、腹側被蓋野からのドーパミン性入力が多く存在することが特徴として挙げられる。


=== 層構造 ===
嗅皮質からの出力<br>嗅皮質の主たる領域である梨状皮質の錐体細胞の軸索は、前嗅核(AON)、嗅結節(OT)、扁桃体(ACO、PLCO)、嗅内野(LEC)などの他の嗅皮質領域へと密な出力をしている。嗅結節を除いてこれらの領域とは双方向性の神経連絡があり、嗅皮質領域間での密な情報のやり取りが行われている。嗅結節は腹側線条体の一部であり、他の嗅皮質領域に出力せず腹側淡蒼球へと出力するので、嗅皮質の中でも出力系に近い。また、前嗅核、梨状皮質から嗅球顆粒細胞層へトップダウン入力がある。嗅覚系においては嗅球までは同側性の嗅上皮からの入力のみを受けるが、前嗅核のニューロンは前交連を介して対側の前嗅核や前梨状皮質と連絡する。<br>嗅皮質からは多くの嗅覚系以外の脳領域へと出力している。前梨状皮質からは前頭野の前頭眼窩皮質、島皮質へと投射し、また、視床の背内側核や内側下核へと出力する。嗅皮質領域から視床下部へと投射する経路も存在する。
 梨状皮質をはじめ嗅皮質の大部分は海馬などと同様に三層構造からなり、六層構造をもつ大脳の「[[新皮質]]」とは異なり「[[古皮質]]」に分類される。


*Ⅰ層:最も表層側にある層で、[[樹状突起]]や求心性繊維、少数の介在ニューロンなどを含む。嗅球からの軸索末端が終止するⅠa層と、嗅皮質内のニューロンや他の領域からの[[連合線維]]の入力を受けるⅠb層に分かれている。
嗅皮質の機能
*Ⅱ層:多くのニューロンの[[細胞体]]が存在する。表層側(IIa層)には半月状細胞 (semilunar cell)、深層側(IIb層)には浅部[[錐体細胞]]の細胞体が並ぶ。
*Ⅲ層:表層側には深部錐体細胞が存在し、より深層側になるにつれて多極細胞など非錐体細胞の割合が多くなる。
*Endopiriform nucleus:Ⅲ層よりも深層側にあり、時に嗅皮質のⅣ層とも称される。有棘多極細胞 (spiny multipolar neuron)などが主な細胞種である。


=== 細胞種  ===
異なる嗅覚受容体からの情報の統合<br> 同じ嗅覚受容体を発現する嗅細胞の軸索は、嗅球上の特定の糸球に収束する。嗅球の出力ニューロンである僧帽/房飾細胞は1本の主樹状突起をもち、特定の糸球において嗅細胞軸索とシナプスを形成する。すなわち、各々の僧帽/房飾細胞は1種類の嗅覚受容体の情報を受け取り嗅皮質に送る。前梨状皮質の錐体細胞は、異なる受容体を担当する特定の組み合わせの僧帽/房飾細胞の軸索からの入力を受ける<ref><pubmed> 17715347 </pubmed></ref>。また、異なる受容体からの情報を同時に受けることで、錐体細胞がより発火したり、応答が抑制されたりする現象も報告されており、梨状皮質のニューロンは特定の組み合わせの受容体からの情報を統合する機能を持つと考えられる。


==== 投射ニューロン ====
嗅皮質の情報表現<br> 嗅皮質、特に梨状皮質は嗅覚の一次感覚野と考えられているが、他の感覚野に見られるような「カラム構造」はいまだ見つかっていない。梨状皮質における単一匂い分子応答は梨状皮質の幅広い領域に分布するニューロンのアンサンブル応答によって表現される<ref><pubmed> 19778513 </pubmed></ref>。


 新皮質や海馬などの他の皮質領域同様、嗅皮質の投射ニューロンも錐体細胞である。表層側(I層)に[[尖端樹状突起]]を伸ばし、多くの[[棘突起]]を形成し、Ⅰa層で嗅球から、Ⅰb層で連合線維からのシナプス入力を受けている。深層(III層)側には細胞体から放射状に[[基底樹状突起]]を伸ばしている。錐体細胞の軸索は、細胞体深部から深層方向に向かって伸長し、多数の軸索側枝を出す。
左右の鼻からの入力差の感知<br> 前嗅核のpars externaのニューロンは同側の鼻からの匂い入力には興奮性に応答するが、対側の鼻からの同じ匂い入力には抑制的に応答する<ref><pubmed> 20616091 </pubmed></ref>。このことは、pars externaのニューロンが左右の鼻からの入力の強さの差を検知する能力を有していることを示しており、匂い源の方向検知に働いていると考えられる。


==== 介在ニューロン ====
感覚入力ゲーティング<br> 深い睡眠である徐波睡眠時、外界からの感覚入力は視床においてゲーティングを受け大脳皮質感覚野へと情報が運ばれなくなる。嗅覚情報は視床を介さず直接嗅皮質へと入力するため、視床におけるゲーティングを受けないが、嗅皮質において感覚入力ゲーティングを受け、高次中枢へと嗅覚情報が送られなくなる<ref><pubmed> 15848806 </pubmed></ref>。このことは、覚醒時には外界の嗅覚情報を取り込んでいるが、外界からの入力が遮断される徐波睡眠時には全く別の情報処理モードになっていることを示唆する。


 嗅皮質の介在ニューロン(非錐体細胞)の多くは[[GABA]]作動性でありであり、抑制性である。I〜III層にかけて存在し、水平細胞、多極細胞などがある。
徐波睡眠中の嗅皮質の活動<br>徐波睡眠中、梨状皮質では海馬と類似した鋭波が発生する<ref><pubmed> 21632934 </pubmed></ref>。梨状皮質の錐体細胞は豊富な興奮性反回側枝が存在し、お互いが密にシナプス接続されている。徐波睡眠時、この反回側枝の同期的な活動により鋭波が発生する。この鋭波は梨状皮質以外の多くの嗅皮質領域でも同期している。海馬鋭波は睡眠直前の経験によって発火したニューロン群がその時間的な関係を保ったまま再活性することが知られている。この再活性化によって、海馬での短期記憶が長期記憶へと固定化されると考えられている。嗅皮質はolfactory association learningの場であることも知られているので、嗅皮質鋭波は、睡眠直前の匂い経験によって発火したニューロン群の再活性化の場であり、再活性されることで嗅覚記憶の固定化に寄与していると考えられる。また、嗅皮質鋭波は嗅球の顆粒細胞層にトップダウン入力し、嗅球回路の再編に寄与している。


=== 入力  ===
<references />
 
==== 嗅球からの興奮性入力 ====
 
 嗅球から嗅皮質への入力源は、僧帽細胞と房飾細胞である。 嗅球の僧帽細胞・房飾細胞の主軸索は、LOTを通り、嗅皮質の表層に軸索側枝を伸ばし、同側の嗅皮質の各領域へと投射する。これら僧帽細胞、房飾細胞の軸索はすべて、嗅皮質のI層aにシナプスを形成する。
 
 僧帽細胞は、嗅皮質のほぼ全領域(AON、TT、OT、APC/PPC、nLOT、ACO、PLCO、LEC)に軸索投射するが、房飾細胞は嗅皮質のなかでも前部(AON、OT、TT、APCの一部 )のみに軸索投射する。 
 
 これまでに、嗅球内の各領域(ドメイン)から前嗅核のpars externaへの軸索投射には大まかなトポグラフィーがあることは知られている<ref><pubmed> 6470206 </pubmed></ref>が、単一の僧帽細胞は、嗅皮質の各領域へ広範囲な軸索を送り、嗅球における細胞体位置と軸索投射先の位置の間の規則的な関係は見いだされていない。
 
==== 神経調節性入力 ====
 
 他の多くの大脳皮質領域と同様、嗅皮質も[[アセチルコリン]]性、[[ノルアドレナリン]]性、[[セロトニン]]性、[[ドーパミン]]性、[[ヒスタミン]]性の神経調節入力を広く受ける。
 
 基底核からのアセチルコリン性入力は、[[興奮性シナプス|興奮性]]・[[抑制性シナプス]]入力の抑制、[[シナプス]]の[[長期増強]]などの機能が知られており、これらのコリン性入力による変化は、[[睡眠]]・[[覚醒]]などの行動状態に依存した嗅覚情報処理モードの変換をもたらすと考えられている。
 
 また、視床下部からはヒスタミン性の入力を受けている。さらに、腹側線条体の一部である嗅結節では、[[腹側被蓋野]]からのドーパミン性入力が多く存在することが特徴として挙げられる。
 
=== 出力  ===
 
 嗅皮質の主たる領域である梨状皮質の錐体細胞の軸索は、前嗅核(AON)、嗅結節(OT)、[[扁桃体]](ACO、PLCO)、嗅内野(LEC)などの他の嗅皮質領域へと密な出力をしている。嗅結節を除いてこれらの領域とは双方向性の神経連絡があり、嗅皮質領域間での密な情報のやり取りが行われている。
 
 嗅結節は腹側線条体の一部であり、他の嗅皮質領域に出力せず腹側[[淡蒼球]]へと出力するので、嗅皮質の中でも出力系に近い。また、前嗅核、梨状皮質から嗅球[[顆粒細胞]]層へトップダウン入力がある。嗅覚系においては嗅球までは同側性の嗅上皮からの入力のみを受けるが、前嗅核のニューロンは[[前交連]]を介して対側の前嗅核や前梨状皮質と連絡する。
 
 嗅皮質からは多くの嗅覚系以外の脳領域へと出力している。前梨状皮質からは[[前頭野]]の[[前頭眼窩皮質]]、[[島皮質]]へと投射し、また、[[視床]]の[[背内側核]]や[[内側下核]]へと出力する。嗅皮質領域から[[視床下部]]へと投射する経路も存在する。
 
== 機能  ==
 
=== 異なる嗅覚受容体からの情報の統合 ===
 
 同じ嗅覚受容体を発現する嗅細胞の軸索は、嗅球上の特定の[[糸球]]に収束する。嗅球の出力ニューロンである僧帽/房飾細胞は1本の主樹状突起をもち、特定の糸球において嗅細胞軸索とシナプスを形成する。すなわち、各々の僧帽/房飾細胞は1種類の嗅覚受容体の情報を受け取り嗅皮質に送る。
 
 前梨状皮質の錐体細胞は、異なる受容体を担当する特定の組み合わせの僧帽/房飾細胞の軸索からの入力を受ける<ref><pubmed> 17715347 </pubmed></ref>。また、異なる受容体からの情報を同時に受けることで、錐体細胞がより発火したり、応答が抑制されたりする現象も報告されており、梨状皮質のニューロンは特定の組み合わせの受容体からの情報を統合する機能を持つと考えられる。
 
=== 情報表現  ===
 
 嗅皮質、特に梨状皮質は嗅覚の[[一次感覚野]]と考えられているが、他の感覚野に見られるような「[[カラム構造]]」はいまだ見つかっていない。梨状皮質における単一匂い分子応答は梨状皮質の幅広い領域に分布するニューロンの[[アンサンブル応答]]によって表現される<ref><pubmed> 19778513 </pubmed></ref>。
 
=== 左右の鼻からの入力差の感知  ===
 
 前嗅核の外節 (pars externa)のニューロンは同側の鼻からの匂い入力には興奮性に応答するが、対側の鼻からの同じ匂い入力には抑制的に応答する<ref><pubmed> 20616091 </pubmed></ref>。このことは、pars externaのニューロンが左右の鼻からの入力の強さの差を検知する能力を有していることを示しており、匂い源の方向検知に働いていると考えられる。
 
=== 感覚入力ゲーティング  ===
 
 深い睡眠である[[徐波睡眠]]時、外界からの感覚入力は視床においてゲーティングを受け大脳皮質[[感覚野]]へと情報が運ばれなくなる。嗅覚情報は視床を介さず直接嗅皮質へと入力するため、視床におけるゲーティングを受けないが、嗅皮質において感覚入力ゲーティングを受け、高次中枢へと嗅覚情報が送られなくなる<ref><pubmed> 15848806 </pubmed></ref>。このことは、覚醒時には外界の嗅覚情報を取り込んでいるが、外界からの入力が遮断される徐波睡眠時には全く別の情報処理モードになっていることを示唆する。
 
=== 徐波睡眠中の嗅皮質の活動  ===


 徐波睡眠中、梨状皮質では海馬と類似した鋭波が発生する<ref><pubmed> 21632934 </pubmed></ref>。梨状皮質の錐体細胞には豊富な興奮性[[反回側枝]]が存在し、お互いが密にシナプス接続されている。徐波睡眠時、この反回側枝の同期的な活動により鋭波が発生する。この鋭波は梨状皮質以外の多くの嗅皮質領域でも同期している。海馬[[鋭波]]は睡眠直前の経験によって発火したニューロン群がその時間的な関係を保ったまま再活性することが知られている。この再活性化によって、海馬での[[短期記憶]]が[[長期記憶]]へと固定化されると考えられている。嗅皮質は嗅覚連合学習(olfactory association learning)の場であることも知られているので、嗅皮質鋭波は、睡眠直前の匂い経験によって発火したニューロン群の再活性化の場であり、再活性されることで嗅覚記憶の[[固定化]]に寄与していると考えられる。また、嗅皮質鋭波は嗅球の顆粒細胞層にトップダウン入力し、嗅球回路の再編に寄与している。
(執筆者:眞部 寛之、家城 直、森 憲作、担当編集委員:藤田 一郎)
 
==関連項目==
*[[嗅覚経路]]
*[[嗅球]]
* [[嗅覚受容体]]
 
== 参考文献  ==
 
<references />

2013年3月14日 (木) 18:53時点における版

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Olfactory cortex


嗅皮質の定義
 嗅覚系の情報は、鼻腔の中に匂い分子が取り込まれると、嗅上皮に存在する匂い分子受容体をもつ嗅細胞に受け取られ、さらに一次中継部位である嗅球、嗅球から軸索投射を受ける嗅皮質へと伝達されていく。嗅皮質は、嗅球の投射ニューロンである僧帽細胞、房飾細胞から直接入力がある領域として定義されている[1]

亜領域の特徴
 解剖学的違い、投射様式の違いなどから嗅皮質はいくつかの亜領域に分かれる(図)。最も広大な範囲を占めるのが梨状皮質(piriform cortex、PC)で、前後軸に沿って前梨状皮質と後梨状皮質に分類されている(anterior/posterior、 APC/PPC)(LOTの終止部より尾側部がPPC)。その他、前嗅核(anterior olfactory nucleus、AON)、テニアテクタ(tenia tecta、TT)、腹側線条体の一部である嗅結節(olfactory tubercle、OT)、外側嗅索核(nucleus of lateral olfactory tract、nLOT)、前部扁桃皮質核(anterior cortical amygdaloid nucleus、ACO)、後外側部扁桃皮質核(posterolateral cortical amygdaloid nucleus、PLCO)、外側内嗅野(lateral entorhinal cortex、LEC)などがある。

三層構造と細胞種
 梨状皮質をはじめ嗅皮質の大部分は海馬などと同様に三層構造からなることから、六層構造をもつ大脳の「新皮質」とは異なり「古皮質」に分類されている。
Ⅰ層…最も表層側にある層で、樹状突起や求心性繊維、少数の介在ニューロンなどを含む。嗅球からの軸索末端が終止するLayerⅠaと、嗅皮質内のニューロンや他の領域からのassociation fiberの入力を受けるLayerⅠbに分かれている。
Ⅱ層…多くのニューロンの細胞体が存在する。表層側(IIa層)にはsemilunar cell、深層側(IIb層)にはsuperficial pyramidal cellの細胞体が並ぶ。
Ⅲ層…表層側にはdeep pyramidal cellが存在し、より深層側になるにつれてmultipollar cellなどnonpyramidal cellの割合が多くなる。
Endopiriform nucleus…Ⅲ層よりも深層側にあり、時に嗅皮質のLayerⅣとも称される。Spiny multipolar neuronなどが主な細胞種である。

細胞種
投射ニューロン
新皮質や海馬などの他の皮質領域同様、嗅皮質の投射ニューロンもpyramidal neuronである。表層側(LayerⅠ)にapical dendriteを伸ばし、多くのspineを形成し、layerⅠaで嗅球から、layerⅠbでassociation fiberからのシナプス入力を受けている。深層(LayerⅢ)側には細胞体から放射状にbasal dendriteを伸ばしている。Pyramidal neuronの軸索は、細胞体深部から深層方向に向かって伸長し、多数の軸索側枝を出す。
介在ニューロン(Nonpyramidal cells)
嗅皮質の介在ニューロンの多くはGABAergicであり、抑制性である。LayerⅠ~Ⅲにかけて存在し、horizontal cell、multipollar cellなどがある。

嗅球からの入力
興奮性入力
 嗅球から嗅皮質への入力源は、僧帽細胞(Mitral cell)と房飾細胞(Tufted cell)である。
僧帽細胞は、嗅皮質のほぼ全領域(AON、TT、OT、APC/PPC、nLOT、ACO、PLCO、LEC)に軸索投射するが、房飾細胞は嗅皮質のなかでも前部(AON、OT、TT、APCの一部 )のみに軸索投射する。嗅球の僧帽細胞・房飾細胞の主軸索は、外側嗅索(Lateral olfactory tract : LOT)を通り、嗅皮質の表層に軸索側枝を伸ばし、同側の嗅皮質の各領域へと投射する。これら僧帽細胞、房飾細胞の軸索はすべて、嗅皮質のLayerⅠaにシナプスを形成する。
これまでに、嗅球内の各領域(ドメイン)から前嗅核のpars externaへの軸索投射には大まかなトポグラフィーがあることは知られている[2]が、単一の僧帽細胞は、嗅皮質の各領域へ広範囲な軸索を送り、トポグラフィックな関係は見出されていない。

神経調節性入力
他の多くの大脳皮質領域と同様、嗅皮質もアセチルコリン性、ノルアドレナリン性、セロトニン性、ドーパミン性、ヒスタミン性の神経調節入力を広く受ける。
基底核からのアセチルコリン性入力は、興奮性/抑制性シナプス入力の抑制、シナプスの長期増強などの機能が知られており、これらのコリン性入力による変化は、睡眠覚醒などの行動状態に依存した嗅覚情報処理モードの変換をもたらすと考えられている。
また、視床下部からはヒスタミン性の入力を受けている。さらに、腹側線条体の一部である嗅結節では、腹側被蓋野からのドーパミン性入力が多く存在することが特徴として挙げられる。

嗅皮質からの出力
嗅皮質の主たる領域である梨状皮質の錐体細胞の軸索は、前嗅核(AON)、嗅結節(OT)、扁桃体(ACO、PLCO)、嗅内野(LEC)などの他の嗅皮質領域へと密な出力をしている。嗅結節を除いてこれらの領域とは双方向性の神経連絡があり、嗅皮質領域間での密な情報のやり取りが行われている。嗅結節は腹側線条体の一部であり、他の嗅皮質領域に出力せず腹側淡蒼球へと出力するので、嗅皮質の中でも出力系に近い。また、前嗅核、梨状皮質から嗅球顆粒細胞層へトップダウン入力がある。嗅覚系においては嗅球までは同側性の嗅上皮からの入力のみを受けるが、前嗅核のニューロンは前交連を介して対側の前嗅核や前梨状皮質と連絡する。
嗅皮質からは多くの嗅覚系以外の脳領域へと出力している。前梨状皮質からは前頭野の前頭眼窩皮質、島皮質へと投射し、また、視床の背内側核や内側下核へと出力する。嗅皮質領域から視床下部へと投射する経路も存在する。

嗅皮質の機能

異なる嗅覚受容体からの情報の統合
 同じ嗅覚受容体を発現する嗅細胞の軸索は、嗅球上の特定の糸球に収束する。嗅球の出力ニューロンである僧帽/房飾細胞は1本の主樹状突起をもち、特定の糸球において嗅細胞軸索とシナプスを形成する。すなわち、各々の僧帽/房飾細胞は1種類の嗅覚受容体の情報を受け取り嗅皮質に送る。前梨状皮質の錐体細胞は、異なる受容体を担当する特定の組み合わせの僧帽/房飾細胞の軸索からの入力を受ける[3]。また、異なる受容体からの情報を同時に受けることで、錐体細胞がより発火したり、応答が抑制されたりする現象も報告されており、梨状皮質のニューロンは特定の組み合わせの受容体からの情報を統合する機能を持つと考えられる。

嗅皮質の情報表現
 嗅皮質、特に梨状皮質は嗅覚の一次感覚野と考えられているが、他の感覚野に見られるような「カラム構造」はいまだ見つかっていない。梨状皮質における単一匂い分子応答は梨状皮質の幅広い領域に分布するニューロンのアンサンブル応答によって表現される[4]

左右の鼻からの入力差の感知
 前嗅核のpars externaのニューロンは同側の鼻からの匂い入力には興奮性に応答するが、対側の鼻からの同じ匂い入力には抑制的に応答する[5]。このことは、pars externaのニューロンが左右の鼻からの入力の強さの差を検知する能力を有していることを示しており、匂い源の方向検知に働いていると考えられる。

感覚入力ゲーティング
 深い睡眠である徐波睡眠時、外界からの感覚入力は視床においてゲーティングを受け大脳皮質感覚野へと情報が運ばれなくなる。嗅覚情報は視床を介さず直接嗅皮質へと入力するため、視床におけるゲーティングを受けないが、嗅皮質において感覚入力ゲーティングを受け、高次中枢へと嗅覚情報が送られなくなる[6]。このことは、覚醒時には外界の嗅覚情報を取り込んでいるが、外界からの入力が遮断される徐波睡眠時には全く別の情報処理モードになっていることを示唆する。

徐波睡眠中の嗅皮質の活動
徐波睡眠中、梨状皮質では海馬と類似した鋭波が発生する[7]。梨状皮質の錐体細胞は豊富な興奮性反回側枝が存在し、お互いが密にシナプス接続されている。徐波睡眠時、この反回側枝の同期的な活動により鋭波が発生する。この鋭波は梨状皮質以外の多くの嗅皮質領域でも同期している。海馬鋭波は睡眠直前の経験によって発火したニューロン群がその時間的な関係を保ったまま再活性することが知られている。この再活性化によって、海馬での短期記憶が長期記憶へと固定化されると考えられている。嗅皮質はolfactory association learningの場であることも知られているので、嗅皮質鋭波は、睡眠直前の匂い経験によって発火したニューロン群の再活性化の場であり、再活性されることで嗅覚記憶の固定化に寄与していると考えられる。また、嗅皮質鋭波は嗅球の顆粒細胞層にトップダウン入力し、嗅球回路の再編に寄与している。

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(執筆者:眞部 寛之、家城 直、森 憲作、担当編集委員:藤田 一郎)