「ハンチントン病」の版間の差分
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英:Huntington’s disease、英略語:HD 独:Huntington-Krankheit 仏:maladie de Huntington | |||
ハンチントン病は、四肢末端に始まりやがて全身に及ぶ[[舞踏運動]](chorea)を中心とする[[不随意運動]]、[[易怒性]]や[[易刺激性]]などの[[性格]]変化、[[注意力]]や[[記銘力]]低下などの[[認知機能]]障害、[[幻覚]]・[[妄想]]などの精神障害を古典的主症状とする[[wikipedia:ja:常染色体優性遺伝形|常染色体優性遺伝形]]式の進行性の神経変性疾患である。病因遺伝子は4番染色体短腕4p16.3に位置する[[ハンチンチン]](huntingtin)タンパク質をコードする''HTT''遺伝子であり、第1[[エクソン]][[コーディング領域]]の三塩基CAGの繰り返し配列(リピート)の伸長によって起こる。CAG配列は[[wikipedia:ja:グルタミン|グルタミン]]に翻訳されるため、トリプレット病のうち、[[ポリグルタミン病]](polyQ disease)あるいは[[CAGリピート病]]と呼ばれる疾患の一つである。このリピート数は正常では35以下で、患者では36以上であるが、この境界は必ずしも厳密ではなく、人種やほかの遺伝的バックグラウンドによって若干のずれが生じうる。[[Image:Huntington.jpg|thumb|right|250px|<b>図 ハンチントン病患者のMR前額断像</b><br />尾状核頭部萎縮、側脳室前角の拡大、大脳皮質の萎縮が認められる。http://www.radpod.org/2007/05/01/huntingtons-disease/より。]] | |||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
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==症状 == | ==症状 == | ||
===臨床症状=== | ===臨床症状=== | ||
典型的には舞踏運動発症の10年程前に[[うつ]]や[[易刺激性]]などの[[精神障害]]あるいは[[行動異常]]が出現し、次いで手足や口唇に舞踏運動が出現し、それにより[[構音障害]]も伴う。進行に伴い[[認知機能]]低下が出現する。[[ジストニア]]や[[アテトーゼ]]といった他の[[不随意運動]]を伴うこともある。10%未満を占める20歳以下で発症する若年型は、臨床像は多彩であるが、[[筋強剛]]や[[痙攣]]、[[知的機能障害]]が目立つ症例が多い。特に筋強剛型は若年型の1/3を占める。また、若年型はCAGリピート数が多いことが知られている。一方で高齢発症の症例としては60~70歳代での発症があるが、この場合リピート数は38-39程度であり、不随意運動のみで認知機能が保たれる場合が多い。 | |||
===臨床経過=== | ===臨床経過=== | ||
(予後など特記すべきこと、ございましたら御記述ください) | |||
==診断== | ==診断== | ||
===基準=== | ===基準=== | ||
(ございましたら御記述ください) | |||
===検査所見=== | ===検査所見=== | ||
検査所見として、次に述べる病理変化に対応して頭部[[CT]]、[[MRI]]にて[[尾状核]]の萎縮と[[側脳室]]前角の拡大が認められることが特徴的である。進行に伴い[[大脳]]萎縮も認める。 | 検査所見として、次に述べる病理変化に対応して頭部[[CT]]、[[MRI]]にて[[尾状核]]の萎縮と[[側脳室]]前角の拡大が認められることが特徴的である。進行に伴い[[大脳]]萎縮も認める。 | ||
===鑑別診断=== | ===鑑別診断=== | ||
(ございましたら御記述ください) | |||
==疫学== | ==疫学== | ||
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いくつかの神経変性疾患において、凝集体内にその構成成分の断片が含まれることが知られており、蓄積タンパク質の切断は病態機序に関係していると考えられている。ハンチンチンのN末端領域を含む切断産物は特に[[線条体]]において多く認められ、ハンチントン病患者脳やモデルマウスで切断産物が増加していることから、病態との関与が示唆される。ハンチントン病患者脳の核内封入体はN末端領域の抗体によってのみ検出されること、細胞に発現させるとN末端断片は全長型よりも速く凝集し、より毒性が強いことから、N末端断片が毒性を持つと考えられてきた。特にマウスモデルを用いた研究から、N末端領域に相当する144-150リピートを含むexon1[[トランスジェニックマウス]](R6/2マウス)は全長型を発現するトランスジェニックマウスと同様の症状及び病理変化をより早期からより急速に呈すること、150リピートを含むハンチンチンノックインマウス(HdhQ150ノックインマウス)では症状発現前から第1エクソンに相当するN末端領域の断片の蓄積が見られること<ref><pubmed>20086007</pubmed></ref>、586番アミノ酸で切断する[[カスパーゼ6]]による切断を受けない変異を導入した全長型のトランスジェニックマウスは運動症状や線条体の変性を来さないこと<ref><pubmed>16777606</pubmed></ref>が示されており、その推察を裏付ける根拠となっている。 | いくつかの神経変性疾患において、凝集体内にその構成成分の断片が含まれることが知られており、蓄積タンパク質の切断は病態機序に関係していると考えられている。ハンチンチンのN末端領域を含む切断産物は特に[[線条体]]において多く認められ、ハンチントン病患者脳やモデルマウスで切断産物が増加していることから、病態との関与が示唆される。ハンチントン病患者脳の核内封入体はN末端領域の抗体によってのみ検出されること、細胞に発現させるとN末端断片は全長型よりも速く凝集し、より毒性が強いことから、N末端断片が毒性を持つと考えられてきた。特にマウスモデルを用いた研究から、N末端領域に相当する144-150リピートを含むexon1[[トランスジェニックマウス]](R6/2マウス)は全長型を発現するトランスジェニックマウスと同様の症状及び病理変化をより早期からより急速に呈すること、150リピートを含むハンチンチンノックインマウス(HdhQ150ノックインマウス)では症状発現前から第1エクソンに相当するN末端領域の断片の蓄積が見られること<ref><pubmed>20086007</pubmed></ref>、586番アミノ酸で切断する[[カスパーゼ6]]による切断を受けない変異を導入した全長型のトランスジェニックマウスは運動症状や線条体の変性を来さないこと<ref><pubmed>16777606</pubmed></ref>が示されており、その推察を裏付ける根拠となっている。 | ||
しかしながら、N末端断片のみの毒性に焦点を当てたCAGリピートの伸長したexon1の過剰発現は、細胞モデル・動物モデルの構築に簡便ではあるものの、ハンチンチンの有する多くの機能を無視した人工的なモデルであるとの批判もあり、真に病態を反映しているか疑問視する議論もある。またハンチンチンはカスパーゼ、[[カルパイン]]、[[カテプシン]]といった[[プロテアーゼ]]によって切断され、多種の断片が存在することが明らかになってきていることからも、病態を模倣するためには全長型ハンチンチンを用いた研究が重要であろう。 | |||
=== プロテアソーム機能異常 === | === プロテアソーム機能異常 === | ||
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[[オートファジー]]は種々の神経変性疾患において、ミスフォールドし凝集する傾向のあるタンパク質の排出に重要な役割を果たす。ハンチントン病の細胞モデルでは、オートファジーコンパートメントの拡大が見られ、変異型ハンチンチンは部分的にオートファジー小胞と共局在する。[[ノックインマウス]]においても初期にはオートファジー関連タンパク質の増加が認められる。 | [[オートファジー]]は種々の神経変性疾患において、ミスフォールドし凝集する傾向のあるタンパク質の排出に重要な役割を果たす。ハンチントン病の細胞モデルでは、オートファジーコンパートメントの拡大が見られ、変異型ハンチンチンは部分的にオートファジー小胞と共局在する。[[ノックインマウス]]においても初期にはオートファジー関連タンパク質の増加が認められる。 | ||
患者脳やモデルマウスにおいてオートファジーの抑制因子である[[Mammalian target of rapamycin]](mTOR)は凝集体に巻き込まれていることが示されており、mTORのキナーゼ活性が低下し、その結果オートファジーの誘導が起きている。細胞モデルにおいてmTOR活性化によるオートファジー抑制によりハンチンチン凝集体の形成と細胞毒性の増加が認められ、逆にmTOR特異的阻害剤である[[ラパマイシン | 患者脳やモデルマウスにおいてオートファジーの抑制因子である[[Mammalian target of rapamycin]](mTOR)は凝集体に巻き込まれていることが示されており、mTORのキナーゼ活性が低下し、その結果オートファジーの誘導が起きている。細胞モデルにおいてmTOR活性化によるオートファジー抑制によりハンチンチン凝集体の形成と細胞毒性の増加が認められ、逆にmTOR特異的阻害剤である[[ラパマイシン]処理によりオートファジーが誘導され、ハンチンチンの凝集を抑制し、細胞死を抑制する<ref><pubmed>15146184</pubmed></ref>。患者脳で認める現象は、毒性から細胞を守るメカニズムであろうと考えられている。 | ||
変異型ハンチンチンは、翻訳後に444番リジン残基にアセチル化を受け、オートファジー小胞への輸送を増加させ、オートファジー経路による分解が促進される。一方、変異型ハンチンチン発現細胞において、オートファジー小胞の形成には問題ないものの、細胞質カーゴの認識の障害のため積み込みができず、ターンオーバーが低下し異常蓄積につながる可能性も示唆されている。 | 変異型ハンチンチンは、翻訳後に444番リジン残基にアセチル化を受け、オートファジー小胞への輸送を増加させ、オートファジー経路による分解が促進される。一方、変異型ハンチンチン発現細胞において、オートファジー小胞の形成には問題ないものの、細胞質カーゴの認識の障害のため積み込みができず、ターンオーバーが低下し異常蓄積につながる可能性も示唆されている。 | ||
[[ラパマイシン]]は副作用が大きくオートファジー促進剤としての使用は難しいが、それに代わるオートファジーの促進因子は治療薬候補の一つである。より選択的なシャペロン介在オートファジーの誘導も有望な治療法である。 | [[ラパマイシン]]は副作用が大きくオートファジー促進剤としての使用は難しいが、それに代わるオートファジーの促進因子は治療薬候補の一つである。より選択的なシャペロン介在オートファジーの誘導も有望な治療法である。 | ||
=== 転写制御異常 === | === 転写制御異常 === | ||
ハンチントン患者脳における[[ | ハンチントン患者脳における[[MRNA]]レベルの減少は長年観察されていた現象であるが、患者脳や異なるモデルマウスにおいて非常に似たパターンの、特定のmRNAの減少が見られることがわかってきた。ハンチントン病の[[尾状核]]において発現レベルが変化している遺伝子は、神経シグナリングと恒常性にかかわる遺伝子であり、その多くは発現レベルが低下している。特に、[[代謝調節型]]や[[イオン調節型受容体]]サブユニットや異なる[[神経伝達物質]]からシグナルを受ける[[受容体]]のmRNAレベルの変化が見られた。 | ||
このようなmRNAレベルの変化を起こすメカニズムも広く研究されている。例えば、ハンチンチンは、[[核内受容体リプレッサー]]NCoR、[[CREB binding protein]](CBP)、[[TATA-binding protein]](TBP)、[[TAFII130]]、[[Repressor element 1 transcription factor]](REST)といった多くの[[転写活性化タンパク質]]と相互作用し、そのうち一部のタンパク質はハンチンチン凝集体中に検出される。また、変異型ハンチンチンは[[PPARγ coactivator 1α]](PGC 1α)の[[プロモーター]]領域に直接結合して[[転写因子]][[CREB]]/[[TAF4]]の結合を妨げ、[[PGC 1α]]の発現を抑制する。PGC1αは[[ミトコンドリア]]の生合成や呼吸を制御する因子であり、これにより後述するミトコンドリアへの作用の一部は説明できる可能性がある。 | このようなmRNAレベルの変化を起こすメカニズムも広く研究されている。例えば、ハンチンチンは、[[核内受容体リプレッサー]]NCoR、[[CREB binding protein]](CBP)、[[TATA-binding protein]](TBP)、[[TAFII130]]、[[Repressor element 1 transcription factor]](REST)といった多くの[[転写活性化タンパク質]]と相互作用し、そのうち一部のタンパク質はハンチンチン凝集体中に検出される。また、変異型ハンチンチンは[[PPARγ coactivator 1α]](PGC 1α)の[[プロモーター]]領域に直接結合して[[転写因子]][[CREB]]/[[TAF4]]の結合を妨げ、[[PGC 1α]]の発現を抑制する。PGC1αは[[ミトコンドリア]]の生合成や呼吸を制御する因子であり、これにより後述するミトコンドリアへの作用の一部は説明できる可能性がある。 | ||
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=== エネルギー代謝の障害 === | === エネルギー代謝の障害 === | ||
ハンチントン病患者の脳や筋肉において代謝の変化が見られることが数十年前から知られていた。そのためモデル動物や細胞におけるエネルギー経路の変化の探索が行われてきた。 MRSを用いた研究では、ハンチントン患者脳において[[N-acetyl aspartate]](NAA)が増加していることが示され、ミトコンドリアの減少や神経機能不全を反映しているものと考えられている。ハンチントン病患者脳における[[wikipedia:ja:乳酸|乳酸]]の増加や[[wikipedia:ja:クレアチン|クレアチン]]レベルの減少も観察され、[[FDG-PET]]においても発症前から線条体のエネルギー代謝が低下していることが示されている。 | |||
分子メカニズムとしては、ミトコンドリアの[[Complex II/III]]活性の欠如、[[Complex IV]]活性の減少による[[酸化的リン酸化]]の障害が示唆されている。またモデルマウスの細胞や組織レベルでミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>流入が減少しており、内膜の透過性亢進と[[wikipedia:ATP|ATP]]産生を阻害する[[膜電位]]の喪失を伴うミトコンドリアの膜透過性遷移孔の活性化につながる可能性も挙げられる。 | 分子メカニズムとしては、ミトコンドリアの[[Complex II/III]]活性の欠如、[[Complex IV]]活性の減少による[[酸化的リン酸化]]の障害が示唆されている。またモデルマウスの細胞や組織レベルでミトコンドリアへのCa<sup>2+</sup>流入が減少しており、内膜の透過性亢進と[[wikipedia:ATP|ATP]]産生を阻害する[[膜電位]]の喪失を伴うミトコンドリアの膜透過性遷移孔の活性化につながる可能性も挙げられる。 | ||
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=== Sirtuinの関与 === | === Sirtuinの関与 === | ||
抗老化遺伝子として知られる | 抗老化遺伝子として知られる[アセチル化#ヒストン脱アセチル化酵素|[Sirtuin]]も病態に関係する。変異型ハンチンチントランスジェニックマウス(N171-82Qマウス)において[[アセチル化#ヒストン脱アセチル化酵素|Sirtuin1]] ([[アセチル化#ヒストン脱アセチル化酵素|Sirt1]])を過剰発現させるとSirt1の脱アセチル化活性が促進し、トランスジェニックマウスにおいて減少していたBDNFの発現とその受容体[[TrkB]]のリン酸化、および[[ドーパミン]]シグナルカスケードの主要な構成分子である[[DARPP32]]の発現が回復し、それらにより神経保護作用を発揮し、運動機能や脳萎縮の改善をもたらすことが示されている。逆にSirt1のノックダウンにより変異型ハンチンチンの毒性は増悪する。 | ||
このSirt1の神経保護作用にはSirt1の脱アセチル化活性が必要である。Sirt1の基質の一つにエネルギー代謝や酸化ストレスからの保護に関わる[[Foxo3a]]が知られているが、変異型ハンチンチンがSirt1に直接結合し脱アセチル活性を阻害することによって引き起こされるFoxo3aの過アセチル化に対し、過剰発現したSirt1の脱アセチル化活性が拮抗して作用し、生存促進機能が働く可能性が示唆されている<ref><pubmed>22179319</pubmed></ref>。 | このSirt1の神経保護作用にはSirt1の脱アセチル化活性が必要である。Sirt1の基質の一つにエネルギー代謝や酸化ストレスからの保護に関わる[[Foxo3a]]が知られているが、変異型ハンチンチンがSirt1に直接結合し脱アセチル活性を阻害することによって引き起こされるFoxo3aの過アセチル化に対し、過剰発現したSirt1の脱アセチル化活性が拮抗して作用し、生存促進機能が働く可能性が示唆されている<ref><pubmed>22179319</pubmed></ref>。 | ||
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== 治療 == | == 治療 == | ||
今後有望な治療薬は上記でも述べたが、現在のところ個々の症状に対する対症療法のみで有効とされる根本療法はない。 | |||
少数例ではあるが胎児線条体の移植も試みられており、良好な経過をたどった症例では5年間を超えるフォローアップで臨床的な改善、PETにて[[D2受容体|D<sub>2</sub>受容体]]結合能の改善が続いていることが示されている<ref><pubmed>18356253</pubmed></ref>。また、トランスジェニックマウスでは[[AAVベクター]]を用いたハンチンチンに対する[[RNAi]]治療により臨床症状の改善を示すことに成功しており、患者への応用が期待される<ref><pubmed>15811941</pubmed></ref>。 | |||
== 関連項目 == | == 関連項目 == | ||
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== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||
(執筆者:井原涼子、岩田淳 担当編集委員:高橋良輔) | |||