「ホスファチジルイノシトール」の版間の差分

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== '''構造と種類'''  ==
== '''構造と種類'''  ==


 ホスファチジルイノシトールは正確には1,2-ジアシル-sn-グリセロ-3-ホスホリル-1-myo-イノシトールという名称の脂質であり、[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]部分と[[wikipedia:ja:イノシトール|イノシトール]]環部分からなる。脂肪酸部分は二つの[[wikipedia:ja:アシル基|アシル基]]からなり、組成は1-[[wikipedia:ja:ステアリン酸|ステアロイル]]-2-[[wikipedia:ja:アラキドン酸|アラキドノイル]]型が多い。  ホスファチジルイノシトールのイノシトール環の1-3個の[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル基]]に[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]基が[[wikipedia:ja:エステル|エステル]]結合した分子(ホスホイノシタイド)も生体内には見いだされる。従って、ほ乳類の含有するホスホイノシタイドは、リン酸機の個数によって、PI(ホスファチジルイノシトール)、PIP(ホスファチジルイノシトール一リン酸)、PIP<sub>2</sub>(ホスファチジルイノシトール二リン酸)とPIP<sub>3</sub>(ホスファチジルイノシトール三リン酸)から成り、このうちPIP、PIP2とPIP3のことを総称して(ポリ)ホスホイノシチドと呼ぶ。これらはそのリン酸基に位置によってさらに分類される。PIPには[[PI(3)P]](ホスファチジルイノシトール-3-一リン酸)、[[PI(4)P]](ホスファチジルイノシトール-4-一リン酸)、[[PI(5)P]](ホスファチジルイノシトール-5-一リン酸)の3種類が、PIP<sub>2</sub>には[[PI(3,4)P2|PI(3,4)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,4-二リン酸)、[[PI(3,5)P2|PI(3,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,5-二リン酸)[[PI(4,5)P2|PI(4,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-4,5-ビスリン酸)の3種類が存在する。[[PI(3,4,5)P3|PI(3,4,5)P<sub>3</sub>]]はイノシトール環の3、4、5位の3カ所にリン酸基が入ったもので1種類のみ存在する(図1)。[[Image:Fig2.jpg|thumb|right|250px]]  ホスファチジルイノシトールが見つかって60年以上が経過しているが、1988年のCantleyによる[[PI3キナーゼ]]の同定によって、現在は7種類のホスホイノシタイドが見つかっている<ref name="ref1"><pubmed>2467744</pubmed></ref>。ホスホイノシタイドは全リン脂質量の0.1%〜1%を占めているが、これはホスファチジルイノシトールが5%〜10%を占めるのに比べると非常に少ない。 特にホスホイノシチドには様々な生理活性が知られており、本項目ではそれらを中心に解説する。<br>  
 ホスファチジルイノシトールは正確には1,2-ジアシル-sn-グリセロ-3-ホスホリル-1-myo-イノシトールという名称の脂質であり、[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]部分と[[wikipedia:ja:イノシトール|イノシトール]]環部分からなる。脂肪酸部分は二つの[[wikipedia:ja:アシル基|アシル基]]からなり、組成は1-[[wikipedia:ja:ステアリン酸|ステアロイル]]-2-[[wikipedia:ja:アラキドン酸|アラキドノイル]]型が多い。
 ホスファチジルイノシトールのイノシトール環の1-3個の[[wikipedia:ja:ヒドロキシル基|ヒドロキシル基]]に[[wikipedia:ja:リン酸|リン酸]]基が[[wikipedia:ja:エステル|エステル]]結合した分子(ホスホイノシタイド)も生体内には見いだされる。従って、ほ乳類の含有するホスホイノシタイドは、リン酸機の個数によって、PI(ホスファチジルイノシトール)、PIP(ホスファチジルイノシトール一リン酸)、PIP<sub>2</sub>(ホスファチジルイノシトール二リン酸)とPIP<sub>3</sub>(ホスファチジルイノシトール三リン酸)から成り、このうちPIP、PIP<sub>2</sub>とPIP<sub>3</sub>のことを総称して(ポリ)ホスホイノシチドと呼ぶ。これらはそのリン酸基に位置によってさらに分類される。PIPには[[PI(3)P]](ホスファチジルイノシトール-3-一リン酸)、[[PI(4)P]](ホスファチジルイノシトール-4-一リン酸)、[[PI(5)P]](ホスファチジルイノシトール-5-一リン酸)の3種類が、PIP<sub>2</sub>には[[PI(3,4)P2|PI(3,4)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,4-二リン酸)、[[PI(3,5)P2|PI(3,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-3,5-二リン酸)[[PI(4,5)P2|PI(4,5)P<sub>2</sub>]](ホスファチジルイノシトール-4,5-ビスリン酸)の3種類が存在する。[[PI(3,4,5)P3|PI(3,4,5)P<sub>3</sub>]]はイノシトール環の3、4、5位の3カ所にリン酸基が入ったもので1種類のみ存在する(図1)。[[Image:Fig2.jpg|thumb|right|250px]]
 ホスファチジルイノシトールが見つかって60年以上が経過しているが、1988年のCantleyによる[[PI3キナーゼ]]の同定によって、現在は7種類のホスホイノシタイドが見つかっている<ref name="ref1"><pubmed>2467744</pubmed></ref>。ホスホイノシタイドは全リン脂質量の0.1%〜1%を占めているが、これはホスファチジルイノシトールが5%〜10%を占めるのに比べると非常に少ない。 特にホスホイノシチドには様々な生理活性が知られており、本項目ではそれらを中心に解説する。<br>  
 


== '''ホスファチジルイノシトールの機能'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールの機能'''  ==


 ホスファチジルイノシトールの機能は大きく四つに分類される。
 ホスファチジルイノシトールの機能は大きく四つに分類される<ref name="ref2"><pubmed>19675354</pubmed></ref>。


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=== '''物質輸送と膜変形'''  ===
=== '''物質輸送と膜変形'''  ===


 細胞内の物質輸送の調節に関わる<ref name="ref2"><pubmed>18784754</pubmed></ref>。ホスファチジルイノシトールは、種類によって局在がきわめて限られている。細胞内小胞輸送に直接関与する多くの分子がホスファチジルイノシトール結合ドメインを介して、エンドソームやゴルジ体など細胞の特定のコンパートメントに集まる結果、小胞輸送が活発になると考えられている。これらの分子の中には細胞膜や小胞膜の大きさや曲率を認識する機能を持ち、膜の形態そのものを変形させる活性を持っている場合も多い<ref name="ref3"><pubmed>19963073</pubmed></ref>。これが細胞内の[[膜輸送]]において重要な機能である。
 細胞内の物質輸送の調節に関わる<ref name="ref3"><pubmed>18784754</pubmed></ref>。ホスファチジルイノシトールは、種類によって局在がきわめて限られている。細胞内小胞輸送に直接関与する多くの分子がホスファチジルイノシトール結合ドメインを介して、エンドソームやゴルジ体など細胞の特定のコンパートメントに集まる結果、小胞輸送が活発になると考えられている。これらの分子の中には細胞膜や小胞膜の大きさや曲率を認識する機能を持ち、膜の形態そのものを変形させる活性を持っている場合も多い<ref name="ref4"><pubmed>19963073</pubmed></ref><ref name="ref5"><pubmed>19481110</pubmed></ref>。これが細胞内の[[膜輸送]]において重要な機能である。


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=== '''細胞骨格制御'''  ===
=== '''細胞骨格制御'''  ===


 ホスファチジルイノシトールはアクチニンやゲルソリンなどのアクチン細胞骨格制御分子と静電的に結合し、アクチン重合をコントロールしていることが知られている。また、Rac1-GEFであるTiam1と結合し、ラメリポディア構造の形成を促進する作用を持つ<ref name="ref4"><pubmed>20086078</pubmed></ref>。
 ホスファチジルイノシトールはアクチニンやゲルソリンなどのアクチン細胞骨格制御分子と静電的に結合し、アクチン重合をコントロールしていることが知られている。また、Rac1-GEFであるTiam1と結合し、ラメリポディア構造の形成を促進する作用を持つ<ref name="ref6"><pubmed>20086078</pubmed></ref>。


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=== '''細胞内シグナル伝達経路の制御'''  ===
=== '''細胞内シグナル伝達経路の制御'''  ===


 細胞内シグナル伝達経路の制御に関わる。[[Akt]]や[[Btk]]など多くのシグナル伝達分子や[[タンパクリン酸化酵素]]が脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述の[[PI3キナーゼ]]シグナル伝達経路は[[アポトーシス]]の抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている<ref name="ref5"><pubmed>16847462</pubmed></ref>。  
 細胞内シグナル伝達経路の制御に関わる。[[Akt]]や[[Btk]]など多くのシグナル伝達分子や[[タンパクリン酸化酵素]]が脂質結合ドメインを持っており、ホスファチジルイノシトールとの結合によってキナーゼ活性が制御されている例も見られる。後述の[[PI3キナーゼ]]シグナル伝達経路は[[アポトーシス]]の抑制やタンパク質合成などの細胞の生存に不可欠なものであることが明らかとなっている<ref name="ref7"><pubmed>16847462</pubmed></ref>。  


 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常が[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている。
 さらに、ホスファチジルイノシトールの代謝異常は多くの重大かつ重篤な疾患と密接に関連していることも明らかとなっている。PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の代謝異常は[[wikipedia:ja:悪性腫瘍|癌]]や[[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]の患者に多く認められている。これは癌細胞の増殖や浸潤転移、[[インスリン]]による[[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]や[[wikipedia:ja:脂肪細胞|脂肪細胞]]への糖取込みにおいてPI(3,4,5)P<sub>3</sub>が必要であることに起因している。また、PI(4,5)P<sub>2</sub>の代謝異常がダウン症や[[Lowe症候群]]などの遺伝性疾患患者に認められている<ref name="ref8"><pubmed>1919664</pubmed></ref>。


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== '''個々のホスホイノシチドの生合成経路と機能'''  ==
== '''個々のホスホイノシチドの生合成経路と機能'''  ==
7種類のホスホイノシチドはそれぞれに特異的な機能を有している<ref name="ref9"><pubmed>17827706</pubmed></ref>。


=== '''PI(3)P'''  ===
=== '''PI(3)P'''  ===
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==== '''生合成'''  ====
==== '''生合成'''  ====


 PI(3)Pは酵母から哺乳類まで保存されたホスファチジルイノシトールであり、主に[[初期エンドソーム]]やエンドソーム中にさらに小さな小胞が存在するmulti-vesicular endosome (MVE)と呼ばれる構造に存在するが、細胞膜、[[wikipedia:ja:クラスリン|クラスリン]]被覆小胞や核にも存在することが知られている。  PI(3)Pの生合成はPIがリン酸化される経路とPI(3,5)P2が脱リン酸化される経路が存在する。細胞膜やクラスリン被覆小胞ではPIがクラスIIのPI3キナーゼによってリン酸化されPI(3)Pが産生される。細胞膜ではPI(3)Pは恒常的には存在しておらず、増殖因子などの刺激依存的に一過的に産生されている。一方、エンドソームに局在するPI(3)Pは主にクラスIIIのPI3キナーゼである[[wikipedia:Vps34|Vps34]]によって産生される。Vps34はPIのみを基質としてPI(3)Pを産生する酵素である。エンドソームには[[wikipedia:SacI homology domain|SAC]]ファミリーの[[ホスファターゼ]]である[[wikipedia:FIG4|Fig4]]/SAC3によってPI(3,5)P<sub>2</sub>が脱リン酸化されてPI(3)Pが産生される経路も存在し、エンドソームでの小胞輸送を制御している。一方、myotubularinファミリーのホスファターゼである[[wikipedia:Myotubularin|MTM1]]やMTMR2はPI(3)Pを脱リン酸化して細胞内PI(3)P量を調節する役割を担っている。
 PI(3)Pは酵母から哺乳類まで保存されたホスファチジルイノシトールであり、主に[[初期エンドソーム]]やエンドソーム中にさらに小さな小胞が存在するmulti-vesicular endosome (MVE)と呼ばれる構造に存在するが、細胞膜、[[wikipedia:ja:クラスリン|クラスリン]]被覆小胞や核にも存在することが知られている<ref name="ref10"><pubmed>19852987</pubmed></ref>。
 PI(3)Pの生合成はPIがリン酸化される経路とPI(3,5)P2が脱リン酸化される経路が存在する。細胞膜やクラスリン被覆小胞ではPIがクラスIIのPI3キナーゼによってリン酸化されPI(3)Pが産生される。細胞膜ではPI(3)Pは恒常的には存在しておらず、増殖因子などの刺激依存的に一過的に産生されている。一方、エンドソームに局在するPI(3)Pは主にクラスIIIのPI3キナーゼである[[wikipedia:Vps34|Vps34]]によって産生される。Vps34はPIのみを基質としてPI(3)Pを産生する酵素である。エンドソームには[[wikipedia:SacI homology domain|SAC]]ファミリーの[[ホスファターゼ]]である[[wikipedia:FIG4|Fig4]]/SAC3によってPI(3,5)P<sub>2</sub>が脱リン酸化されてPI(3)Pが産生される経路も存在し、エンドソームでの小胞輸送を制御している。一方、myotubularinファミリーのホスファターゼである[[wikipedia:Myotubularin|MTM1]]やMTMR2はPI(3)Pを脱リン酸化して細胞内PI(3)P量を調節する役割を担っている<ref name="ref11"><pubmed>16828287</pubmed></ref>。


==== '''機能'''  ====
==== '''機能'''  ====
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==== '''生合成'''  ====
==== '''生合成'''  ====


 PI(4)PはPIのイノシトール環の4位に[[PI4キナーゼ]]によってリン酸化されて生成される。PI(4)Pは[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]、[[wikipedia:ja:ゴルジ体|ゴルジ体]]、[[wikipedia:ja:小胞体|小胞体]]、[[wikipedia:ja:エンドソーム|エンドソーム]]に局在しており、神経細胞の[[シナプス小胞]]にも多く存在する。PI4キナーゼは[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]に3種類、哺乳類に4種類存在している。哺乳類のPI4Kはその酵素学的性質からタイプIからタイプIIIに分別されるが、現在ではタイプIの分子はPI3キナーゼであることが明らかとなっている。タイプIIはPI4KIIαとPI4KIIβの二つの分子からなり[[wikipedia:ja:アデノシン|アデノシン]]によって活性が阻害される性質を持つ。タイプIIのPI4キナーゼは形質膜におけるPI(4)P産生に関与しているが、ゴルジ体やエンドソームにも存在し、細胞膜への小胞輸送に関係していることが明らかになっている。一方、タイプIII PI4キナーゼはPI3キナーゼ阻害剤である[[ワートマニン]]によって活性が阻害される分子である。PI4KIIIαは小胞体と[[wikipedia:ja:核|核]]周辺部に局在しているが、形質膜でのPI4P量を調節することが知られている。一方、PI4KIIIβは主にゴルジ体に存在し、形質膜への物質輸送を制御することが知られている。
 PI(4)PはPIのイノシトール環の4位に[[PI4キナーゼ]]によってリン酸化されて生成される。PI(4)Pは[[wikipedia:ja:細胞膜|細胞膜]]、[[wikipedia:ja:ゴルジ体|ゴルジ体]]、[[wikipedia:ja:小胞体|小胞体]]、[[wikipedia:ja:エンドソーム|エンドソーム]]に局在しており、神経細胞の[[シナプス小胞]]にも多く存在する。PI4キナーゼは[[wikipedia:ja:酵母|酵母]]に3種類、哺乳類に4種類存在している。哺乳類のPI4Kはその酵素学的性質からタイプIからタイプIIIに分別されるが、現在ではタイプIの分子はPI3キナーゼであることが明らかとなっている。タイプIIはPI4KIIαとPI4KIIβの二つの分子からなり[[wikipedia:ja:アデノシン|アデノシン]]によって活性が阻害される性質を持つ。タイプIIのPI4キナーゼは形質膜におけるPI(4)P産生に関与しているが、ゴルジ体やエンドソームにも存在し、細胞膜への小胞輸送に関係していることが明らかになっている。一方、タイプIII PI4キナーゼはPI3キナーゼ阻害剤である[[ワートマニン]]によって活性が阻害される分子である。PI4KIIIαは小胞体と[[wikipedia:ja:核|核]]周辺部に局在しているが、形質膜でのPI4P量を調節することが知られている。一方、PI4KIIIβは主にゴルジ体に存在し、形質膜への物質輸送を制御することが知られている<ref name="ref12"><pubmed>18525025</pubmed></ref>。


==== '''機能'''  ====
==== '''機能'''  ====
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==== '''生合成'''  ====
==== '''生合成'''  ====


 PI(5)Pはホスホイノシチドの中で一番最近同定されたものであり、その生合成メカニズムは明らかとなっていない。現在のところPI(3,5)P<sub>2</sub>が[[wikipedia:myotubularin|myotubularin]]ファミリーフォスファターゼによって脱リン酸化されて生成されると考えられている。
 PI(5)Pはホスホイノシチドの中で一番最近同定されたものであり、その生合成メカニズムは明らかとなっていない。現在のところPI(3,5)P<sub>2</sub>が[[wikipedia:myotubularin|myotubularin]]ファミリーフォスファターゼによって脱リン酸化されて生成されると考えられている<ref name="ref13"><pubmed>18774718</pubmed></ref>。


==== '''機能'''  ====
==== '''機能'''  ====
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==== 生合成  ====
==== 生合成  ====


 PI(3,5)P<sub>2</sub>は酵母ではFab1がPI(3)Pの5位をリン酸化することによって産生される。
 PI(3,5)P<sub>2</sub>は酵母ではFab1がPI(3)Pの5位をリン酸化することによって産生される<ref name="ref14"><pubmed>16364647</pubmed></ref>。


==== 機能  ====
==== 機能  ====
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==== 機能  ====
==== 機能  ====


 Akt,Btk,PDK1などのPHドメインと結合して、これらの分子を細胞膜に局在させる働きを持つ。これらの分子はPI3キナーゼシグナル伝達経路の活性化を起こす
 Akt,Btk,PDK1などのPHドメインと結合して、これらの分子を細胞膜に局在させる働きを持つ。これらの分子はPI3キナーゼシグナル伝達経路の活性化を起こす。PI3キナーゼシグナルについての詳細は後述する。


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== '''ポリホスホイノシチド結合ドメイン'''  ==
== '''ポリホスホイノシチド結合ドメイン'''  ==


 ポリホスホイノシチド結合分子は現在300以上の分子で見つかっており、ポリホスホイノシチド結合ドメインとしてPHドメインやBARドメインなどが同定されている(表1)[[Image:Inositide Table1.jpg|thumb|right|250px]]。  
 ポリホスホイノシチド結合分子は現在300以上の分子で見つかっており、ポリホスホイノシチド結合ドメインとしてPHドメインやBARドメインなどが同定されている(表1)<ref name="ref15"><pubmed>16754321</pubmed></ref>[[Image:Inositide Table1.jpg|thumb|right|250px]]。  


 これらの分子がポリホスホイノシチドと結合する様式は、静電的結合および脂質結合ドメインと脂質の特異的結合の二つに分類される。  
 これらの分子がポリホスホイノシチドと結合する様式は、静電的結合および脂質結合ドメインと脂質の特異的結合の二つに分類される。  
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 一方、ポリホスホイノシチドに特異的に結合するドメインはPHドメインで最初に同定され、現在では100種類以上の分子がなんらかの脂質特異的結合ドメインを持つことが明らかとなっている。しかし、同じPHドメインファミリーでもポリホスホイノシチドに対する特異性は異なる場合も多い。例えば[[wikipedia:Autophagy-related protein 101|GRP1]]のPHドメインはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>に特異的に結合するが、一方[[wikipedia:Oxysterol binding protein|OSBP1]]のPHドメインはPI(4)Pにのみ結合する。ドメイン内のわずかなアミノ酸の違いがこのような結合特異性の違いを産むことが分かっている。そのドメイン内には塩基性のアミノ酸が並んでいる部分があり、そこで特定のポリホスホイノシチドと結合していることが多い。ドメイン全体として脂肪酸部分を含むポリホスホイノシチドがちょうど入り込むポケットのような構造をとっている。この構造がドメインを介した結合が静電的結合より特異的な原因である。  
 一方、ポリホスホイノシチドに特異的に結合するドメインはPHドメインで最初に同定され、現在では100種類以上の分子がなんらかの脂質特異的結合ドメインを持つことが明らかとなっている。しかし、同じPHドメインファミリーでもポリホスホイノシチドに対する特異性は異なる場合も多い。例えば[[wikipedia:Autophagy-related protein 101|GRP1]]のPHドメインはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>に特異的に結合するが、一方[[wikipedia:Oxysterol binding protein|OSBP1]]のPHドメインはPI(4)Pにのみ結合する。ドメイン内のわずかなアミノ酸の違いがこのような結合特異性の違いを産むことが分かっている。そのドメイン内には塩基性のアミノ酸が並んでいる部分があり、そこで特定のポリホスホイノシチドと結合していることが多い。ドメイン全体として脂肪酸部分を含むポリホスホイノシチドがちょうど入り込むポケットのような構造をとっている。この構造がドメインを介した結合が静電的結合より特異的な原因である。  


== '''ホスファチジルイノシトールキナーゼ'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールキナーゼ'''  ==
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 PI 3キナーゼは基質特異性によって3種類に分類される。Vps34(Class III PI 3キナーゼ)はPIだけを基質とする酵素で、ゴルジ体やエンドソームでPI(3)Pを産生する。哺乳類から線虫に至るまで保存されている。線虫やショウジョウバエでは、この酵素がインスリンシグナル依存的な生存や寿命をコントロールしていることが知られている。Class II PI 3キナーゼはPIとPI(4)Pから、それぞれPI(3)PとPI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。  
 PI 3キナーゼは基質特異性によって3種類に分類される。Vps34(Class III PI 3キナーゼ)はPIだけを基質とする酵素で、ゴルジ体やエンドソームでPI(3)Pを産生する。哺乳類から線虫に至るまで保存されている。線虫やショウジョウバエでは、この酵素がインスリンシグナル依存的な生存や寿命をコントロールしていることが知られている。Class II PI 3キナーゼはPIとPI(4)Pから、それぞれPI(3)PとPI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。  


=== '''Class I ホスファチジルイノシトール3キナーゼとPI3キナーゼシグナル伝達経路'''  ===
=== '''Class I ホスファチジルイノシトール3キナーゼとPI3キナーゼシグナル伝達経路'''  ===


 PI 3キナーゼの中でもClass I PI3キナーゼはPI(4,5)P<sub>2</sub>からPI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生する酵素である。調節サブユニット(p85やp101など)と活性サブユニット(p110)の二つのサブユニットから構成される。[[wikipedia:ja:上皮成長因子|上皮成長因子]](EGF)や[[wikipedia:ja:血小板由来成長因子|血小板由来成長因子]](PDGF)などの増殖因子や[[wikipedia:ja:リゾホスファチジン酸|リゾホスファチジン酸]]などによって[[受容体型チロシンキナーゼ]]や[[Gタンパク質共役型受容体]]が活性化されると、調節サブユニットが[[チロシンリン酸化]]された受容体に結合し、構造変化を起こすことによって活性サブユニットと結合できるようになる。刺激依存的に活性化されたPI3キナーゼは細胞膜においてPI(4,5)P<sub>2</sub>をリン酸化し、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生させる<ref name="ref2" />。産生されたPI(3,4,5)P<sub>3</sub>はAktのPHドメインと結合し、Aktを細胞膜へ局在させる。その結果、AktはPDK1や[[MTOR]]C2によってリン酸化されて、その[[タンパク質リン酸化酵素]]活性が活性化される。  
 PI 3キナーゼの中でもClass I PI3キナーゼはPI(4,5)P<sub>2</sub>からPI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生する酵素である。調節サブユニット(p85やp101など)と活性サブユニット(p110)の二つのサブユニットから構成される。[[wikipedia:ja:上皮成長因子|上皮成長因子]](EGF)や[[wikipedia:ja:血小板由来成長因子|血小板由来成長因子]](PDGF)などの増殖因子や[[wikipedia:ja:リゾホスファチジン酸|リゾホスファチジン酸]]などによって[[受容体型チロシンキナーゼ]]や[[Gタンパク質共役型受容体]]が活性化されると、調節サブユニットが[[チロシンリン酸化]]された受容体に結合し、構造変化を起こすことによって活性サブユニットと結合できるようになる。刺激依存的に活性化されたPI3キナーゼは細胞膜においてPI(4,5)P<sub>2</sub>をリン酸化し、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を産生させる<ref name="ref3" />。産生されたPI(3,4,5)P<sub>3</sub>はAktのPHドメインと結合し、Aktを細胞膜へ局在させる。その結果、AktはPDK1や[[MTOR]]C2によってリン酸化されて、その[[タンパク質リン酸化酵素]]活性が活性化される。  
 
 Aktの下流には[[wikipedia:P70-S6 Kinase 1|p70 S6キナーゼ]],[[wikipedia:ja:GSK-3|GSK3]],[[wikipedia:ja:FOXO1A|FoxO]]などタンパク質合成を促進する分子、[[wikipedia:ja:糖代謝|糖代謝]]、脂質代謝やアポトーシス抑制を制御する分子が存在している。従って、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>産生やPI3キナーゼシグナル伝達経路に異常がある場合、これらの基本的生命現象の劇的な変化に伴い、さまざまな疾患を引き起こす。骨格筋や脂肪組織におけるインスリン産生やインスリン抵抗性の惹起はPI3キナーゼシグナルの低下を引き起こし、血中からの糖取込みの欠失の結果、[[wikipedia:ja:高血糖症|高血糖症]]、糖尿病を引き起こす。また、PI3キナーゼの亢進による過増殖は細胞のがん化を引き起こす。実際、がん細胞では90%以上の割合でPI3キナーゼシグナル分子に変異が認められる。特に、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>ホスファターゼPTENには多くの変異が認められることが明らかとなっている。そのため、PI3キナーゼシグナル伝達経路を調節する分子はがんや糖尿病治療の創薬における標的分子としての期待が集まっている<ref name="ref7" /><ref name="ref16"><pubmed>17827708</pubmed></ref>。


 Aktの下流には[[wikipedia:P70-S6 Kinase 1|p70 S6キナーゼ]],[[wikipedia:ja:GSK-3|GSK3]],[[wikipedia:ja:FOXO1A|FoxO]]などタンパク質合成を促進する分子、[[wikipedia:ja:糖代謝|糖代謝]]、脂質代謝やアポトーシス抑制を制御する分子が存在している。従って、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>産生やPI3キナーゼシグナル伝達経路に異常がある場合、これらの基本的生命現象の劇的な変化に伴い、さまざまな疾患を引き起こす。骨格筋や脂肪組織におけるインスリン産生やインスリン抵抗性の惹起はPI3キナーゼシグナルの低下を引き起こし、血中からの糖取込みの欠失の結果、[[wikipedia:ja:高血糖症|高血糖症]]、糖尿病を引き起こす。また、PI3キナーゼの亢進による過増殖は細胞のがん化を引き起こす。実際、がん細胞では90%以上の割合でPI3キナーゼシグナル分子に変異が認められる。特に、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>ホスファターゼPTENには多くの変異が認められることが明らかとなっている。そのため、PI3キナーゼシグナル伝達経路を調節する分子はがんや糖尿病治療の創薬における標的分子としての期待が集まっている。


== '''ホスファチジルイノシトールホスファターゼ'''  ==
== '''ホスファチジルイノシトールホスファターゼ'''  ==
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 通常、ポリホスホイノシチドホスファターゼが脱リン酸化するリン酸基は一ヶ所であり、3−ホスファターゼ、4−ホスファターゼ、5−ホスファターゼのいずれかに分類される。例えば、3-ホスファターゼはPI(3)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>, PI(3,5)P<sub>2</sub>, PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を脱リン酸化して、それぞれPI, PI(3)P, PI(4)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。中にはSAC1の様に、3-ホスファターゼ活性と4-ホスファターゼ活性の2種類以上の活性を同時に有するものも存在する。 さらに基質となるホスファチジルイノシトールの中でも、その基質特異性の強さは異なり、多くのポリホスホイノシチドホスファターゼはそのうち一部だけを基質とし得る。例えば、PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位の脱リン酸化活性が高いため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3-ホスファターゼと呼ばれている。一方、SHIP1はPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の5位を脱リン酸化するため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼと呼ばれる。  
 通常、ポリホスホイノシチドホスファターゼが脱リン酸化するリン酸基は一ヶ所であり、3−ホスファターゼ、4−ホスファターゼ、5−ホスファターゼのいずれかに分類される。例えば、3-ホスファターゼはPI(3)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>, PI(3,5)P<sub>2</sub>, PI(3,4,5)P<sub>3</sub>を脱リン酸化して、それぞれPI, PI(3)P, PI(4)P, PI(3,4)P<sub>2</sub>を産生する。中にはSAC1の様に、3-ホスファターゼ活性と4-ホスファターゼ活性の2種類以上の活性を同時に有するものも存在する。 さらに基質となるホスファチジルイノシトールの中でも、その基質特異性の強さは異なり、多くのポリホスホイノシチドホスファターゼはそのうち一部だけを基質とし得る。例えば、PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位の脱リン酸化活性が高いため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3-ホスファターゼと呼ばれている。一方、SHIP1はPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の5位を脱リン酸化するため、PI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼと呼ばれる。  


 ホスファチジルイノシトールホスファターゼはその活性部位の構造から2つに分類される。  PTEN, Myotubularin, 4-ホスファターゼとSAC1ドメインを持つホスファターゼは活性部位がCX<sub>5</sub>RT/Sというアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素と相同性を持つ。3−ホスファターゼと4-ホスファターゼはほぼこちらに分類される。  
 ホスファチジルイノシトールホスファターゼはその活性部位の構造から2つに分類される。
 
 PTEN, Myotubularin, 4-ホスファターゼとSAC1ドメインを持つホスファターゼは活性部位がCX<sub>5</sub>RT/Sというアミノ酸配列を有し、タンパク質チロシン脱リン酸化酵素と相同性を持つ。3−ホスファターゼと4-ホスファターゼはほぼこちらに分類される。  


 一方、SHIP2やSKIPなどの5−ホスファターゼは活性部位がおよそ300アミノ酸程度からなり、その活性中心がGDXNXRとPAWXDRI/VLWというイノシトール3リン酸(IP<sub>3</sub>)やイノシトール4リン酸(IP<sub>4</sub>)などを脱リン酸化するイノシトールポリリン酸脱リン酸化酵素と共通した配列を持つ。  
 一方、SHIP2やSKIPなどの5−ホスファターゼは活性部位がおよそ300アミノ酸程度からなり、その活性中心がGDXNXRとPAWXDRI/VLWというイノシトール3リン酸(IP<sub>3</sub>)やイノシトール4リン酸(IP<sub>4</sub>)などを脱リン酸化するイノシトールポリリン酸脱リン酸化酵素と共通した配列を持つ。  
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=== '''PTEN'''  ===
=== '''PTEN'''  ===


 PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位を脱リン酸化する酵素であり、PI3キナーゼシグナル伝達経路を制御する。[[wikipedia:ja:粘菌|粘菌]]から哺乳動物に至るまで広く存在している。当初、タンパク質チロシンリン酸化酵素として単離されたが、1998年に前濱らによってPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の脱リン酸化酵素であることが明らかとなった。現在までに非常に多くの研究がなされているが、ヒトのがんにおいてp53に次いで変異が認められる遺伝子であることが分かっている。また、[[Cowden病]]や[[Bannayan-Zonana症候群]]など多くの遺伝性癌症候群で変異や欠失が認められている。運動する細胞では後ろ側に局在していることが知られており、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の局在とも逆相関の関係であることが知られている。  
 PTENはPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の3位を脱リン酸化する酵素であり、PI3キナーゼシグナル伝達経路を制御する。[[wikipedia:ja:粘菌|粘菌]]から哺乳動物に至るまで広く存在している<ref name="ref17"><pubmed>18201277</pubmed></ref>。当初、タンパク質チロシンリン酸化酵素として単離されたが、1998年に前濱らによってPI(3,4,5)P<sub>3</sub>の脱リン酸化酵素であることが明らかとなった<ref name="ref18"><pubmed>9593664</pubmed></ref>。現在までに非常に多くの研究がなされているが、ヒトのがんにおいてp53に次いで変異が認められる遺伝子であることが分かっている。また、[[Cowden病]]や[[Bannayan-Zonana症候群]]など多くの遺伝性癌症候群で変異や欠失が認められている。運動する細胞では後ろ側に局在していることが知られており、PI(3,4,5)P<sub>3</sub>の局在とも逆相関の関係であることが知られている。  


=== '''Myotubularinファミリー分子'''  ===
=== '''Myotubularinファミリー分子'''  ===


 MTM1(myotubularin)は、筋細管ミオパシー患者で変異が認められる遺伝子として単離された。ヒトでは全部で14種類のmyotubularinファミリー分子が見つかっており、うち8種類がPI(3)PとPI(3,5)P<sub>2</sub>に対するホスファターゼ活性を有する。これらのポリホスホイノシチドは主にエンドソームに局在していることから、Myotubularinによってエンドソームを介した細胞内の膜輸送が制御されていると考えられる。MTMR2は[[神経変性疾患]]である[[Charcot-Marie-Tooth病]]の原因遺伝子としても知られている。
 MTM1(myotubularin)は、筋細管ミオパシー患者で変異が認められる遺伝子として単離された。ヒトでは全部で14種類のmyotubularinファミリー分子が見つかっており、うち8種類がPI(3)PとPI(3,5)P<sub>2</sub>に対するホスファターゼ活性を有する。これらのポリホスホイノシチドは主にエンドソームに局在していることから、Myotubularinによってエンドソームを介した細胞内の膜輸送が制御されていると考えられる。MTMR2は[[神経変性疾患]]である[[Charcot-Marie-Tooth病]]の原因遺伝子としても知られている<ref name="ref11" />。


=== '''SACドメインホスファターゼ'''  ===
=== '''SACドメインホスファターゼ'''  ===
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=== '''PI(3,4)P<sub>2</sub> 4-ホスファターゼ'''  ===
=== '''PI(3,4)P<sub>2</sub> 4-ホスファターゼ'''  ===


 Inositol polyphosphate-4-phosphatase B (INPP4B)は前立腺がんのがん抑制遺伝子であることが知られているが具体的な機能は明らかになっていない。[[wikipedia:INPP4A|INPP4A]]に関しては以前からその変異がプルキンエ神経細胞死を引き起こすことが分かっていたが、その欠失によって[[グルタミン酸]]による神経細胞死が顕著に誘導され、[[マウス]]では行動異常が誘発されることが明らかとなった。PI(3,4)P<sub>2</sub>の新しい機能であると考えられている。
 Inositol polyphosphate-4-phosphatase B (INPP4B)は前立腺がんのがん抑制遺伝子であることが知られており、破骨細胞の活性化に関与していることが明らかとなっている<ref name="ref19"><pubmed>21982707</pubmed></ref>。[[wikipedia:INPP4A|INPP4A]]に関しては以前からその変異がプルキンエ神経細胞死を引き起こすことが分かっていたが、その欠失によって[[グルタミン酸]]による神経細胞死が顕著に誘導され、[[マウス]]では行動異常が誘発されることが明らかとなった<ref name="ref20"><pubmed>20463662</pubmed></ref>


=== '''OCRL'''  ===
=== '''OCRL'''  ===


 [[wikipedia:OCRL|OCRL]]は約20万人に1人の割合で見られる発達障害であるLowe症候群の原因遺伝子である。Lowe症候群は[[wikipedia:ja:白内障|白内障]]や[[認知障害]]など多くの症状を伴う疾患である。OCRLはPI(4,5)P<sub>2</sub>を特異的な基質とする5−ホスファターゼである。OCRLはクラスリン被覆小胞に局在しており、[[トランスゴルジ]]と初期エンドソーム間の小胞輸送をコントロールしている。OCRLによって産生されたPI(4)Pは[[アダプター蛋白質|AP1]], OSBP, [[wikipedia:COL4A3BP|CERT]]などのエフェクター分子と結合して、ステロールやタンパク質の輸送を促進する。一方、PI(4,5)P<sub>2</sub>は細胞膜からのクラスリン被覆小胞によるエンドサイトーシスを促進する。OCRLはPI(4)PとPI(4,5)P<sub>2</sub>量を間接的に調節することによって細胞内の小胞輸送をコントロールしていると考えられている。
 [[wikipedia:OCRL|OCRL]]は約20万人に1人の割合で見られる発達障害であるLowe症候群の原因遺伝子である。Lowe症候群は[[wikipedia:ja:白内障|白内障]]や[[認知障害]]など多くの症状を伴う疾患である。OCRLはPI(4,5)P<sub>2</sub>を特異的な基質とする5−ホスファターゼである。OCRLはクラスリン被覆小胞に局在しており、[[トランスゴルジ]]と初期エンドソーム間の小胞輸送をコントロールしている。OCRLによって産生されたPI(4)Pは[[アダプター蛋白質|AP1]], OSBP, [[wikipedia:COL4A3BP|CERT]]などのエフェクター分子と結合して、ステロールやタンパク質の輸送を促進する。一方、PI(4,5)P<sub>2</sub>は細胞膜からのクラスリン被覆小胞によるエンドサイトーシスを促進する。OCRLはPI(4)PとPI(4,5)P<sub>2</sub>量を間接的に調節することによって細胞内の小胞輸送をコントロールしていると考えられている<ref name="ref21"><pubmed>19272022</pubmed></ref>。


=== '''Synaptojanin'''  ===
=== '''Synaptojanin'''  ===
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=== '''INPP5E'''  ===
=== '''INPP5E'''  ===


 PI(4,5)P<sub>2</sub>とPI(3,4,5)P<sub>3</sub>だけを基質とし、脂肪酸を持たないIP<sub>3</sub>やIP<sub>4</sub>を脱リン酸化できない唯一の分子である。最近、行動異常を引き起こす[[Joubert症候群]]の原因遺伝子であることが明らかとなった。
 PI(4,5)P<sub>2</sub>とPI(3,4,5)P<sub>3</sub>だけを基質とし、脂肪酸を持たないIP<sub>3</sub>やIP<sub>4</sub>を脱リン酸化できない唯一の分子である。最近、行動異常を引き起こす[[Joubert症候群]]の原因遺伝子であることが明らかとなった<ref name="ref22"><pubmed>19668215</pubmed></ref>。


=== '''SKIP'''  ===
=== '''SKIP'''  ===


 骨格筋におけるインスリン依存的な糖代謝をコントロールするPI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼである。糖尿病におけるインスリン抵抗性との関連が示唆されている。
 骨格筋におけるインスリン依存的な糖代謝をコントロールするPI(3,4,5)P<sub>3</sub> 5-ホスファターゼである。糖尿病におけるインスリン抵抗性との関連が示唆されている<ref name="ref23"><pubmed>18573875</pubmed></ref>。


 このようにポリホスホイノシチドホスファターゼの多くがホスファターゼドメイン以外の機能ドメインを介して他のタンパク質と結合している。このため、細胞内の特定な部分に局在する場合が多く、それぞれの分子が非常に特異的な機能を担っていると考えられている。ポリホスホイノシタイドホスファターゼがキナーゼと比べて、多くの種類の分子が存在する理由である。  
 このようにポリホスホイノシチドホスファターゼの多くがホスファターゼドメイン以外の機能ドメインを介して他のタンパク質と結合している。このため、細胞内の特定な部分に局在する場合が多く、それぞれの分子が非常に特異的な機能を担っていると考えられている。ポリホスホイノシタイドホスファターゼがキナーゼと比べて、多くの種類の分子が存在する理由である。  
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