「アセチルコリン」の版間の差分
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''慶應義塾大学 薬学部''<br> | ''慶應義塾大学 薬学部''<br> | ||
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年1月15日 原稿完成日:2013年7月22日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター) | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター) | ||
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== 生合成 == | == 生合成 == | ||
[[コリンアセチル転移酵素]]([[acetyl-CoA: choline O-acetyltransferase]]; ChAT, EC 2.3.1.6)によりコリンと[[wikipedia:ja:アセチルCoA|アセチルCoA]]から合成される。ChATは細胞質に存在する可溶性タンパク質であるが、神経[[軸索]]を経て終末部に運ばれる。ChATの[[wikipedia:ja:比活|比活]]性(specific activity)は極めて高く、通常の条件では、連続した神経活動時にもアセチルコリンが不足することはない。ChATのコリンに対する[[親和性]]([[Km]])は細胞内のコリン濃度に比べて大きいため、コリンの供給がアセチルコリン合成の律速段階となる。ChATの特異[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]による[[免疫組織化学]]がアセチルコリンを合成する神経(コリン作動性神経)の[[細胞体]] | [[コリンアセチル転移酵素]]([[acetyl-CoA: choline O-acetyltransferase]]; ChAT, EC 2.3.1.6)によりコリンと[[wikipedia:ja:アセチルCoA|アセチルCoA]]から合成される。ChATは細胞質に存在する可溶性タンパク質であるが、神経[[軸索]]を経て終末部に運ばれる。ChATの[[wikipedia:ja:比活|比活]]性(specific activity)は極めて高く、通常の条件では、連続した神経活動時にもアセチルコリンが不足することはない。ChATのコリンに対する[[親和性]]([[Km]])は細胞内のコリン濃度に比べて大きいため、コリンの供給がアセチルコリン合成の律速段階となる。ChATの特異[[wikipedia:ja:抗体|抗体]]による[[免疫組織化学]]がアセチルコリンを合成する神経(コリン作動性神経)の[[細胞体]]や軸索を同定する目的で繁用される<ref name=ref1><pubmed>10594838</pubmed></ref>。 | ||
== コリンの取り込み == | == コリンの取り込み == | ||
アセチルコリン合成の基質となるコリンの大部分は細胞外から供給される。コリンの輸送系は高親和性 (Km 1〜5 microM)と低親和性 (Km 50〜100 microM) | アセチルコリン合成の基質となるコリンの大部分は細胞外から供給される。コリンの輸送系は高親和性 (Km 1〜5 microM)と低親和性 (Km 50〜100 microM)の2種類が知られているが、コリン作動性性神経には特異的な高親和性の取り込みが観察され、その活性は神経活動に依存して上昇する。高親和性[[コリントランスポーター]](high-affinity choline transporter; CHT1, SLC5A7)は[[Na+依存性グルコーストランスポーター|Na<sup>+</sup>依存性グルコーストランスポーター]]ファミリーに属する13回膜貫通型のタンパク質であり、コリン作動性神経での高親和性コリン取り込みを担う<ref name=ref2><pubmed>12675135</pubmed></ref>。CHT1は、速い軸索流により神経終末部に輸送される。静止状態ではCHT1の大部分は[[シナプス小胞]]膜に局在するが、神経活動時にシナプス小胞の[[開口放出]]に伴ってCHT1が[[形質膜]]に移行することで、細胞外からのコリン輸送活性が上昇すると考えられる<ref name=ref3><pubmed>14993474</pubmed></ref>。 | ||
== 貯蔵、放出 == | == 貯蔵、放出 == | ||
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== 代謝、分解 == | == 代謝、分解 == | ||
細胞外に放出されたアセチルコリンは、[[アセチルコリンエステラーゼ]]([[acetylcholinesterase]]; AChE, EC3.1.1.7)によって極めて短時間 (ミリ秒の時間単位)で分解され、コリンと酢酸になる<ref name=ref6><pubmed>8042853</pubmed></ref>。この分解によって化学伝達は終了するとともに、コリンは高親和性コリントランスポーターによって効率良くシナプス前終末に取り込まれてアセチルコリン合成に再利用される。アセチルコリンを分解する酵素は、アセチルコリンエステラーゼの他に[[ブチルコリンエステラーゼ]](偽性コリンエステラーゼ)が知られている。コリンエステラーゼに対して阻害活性を持つ薬物は、シナプス間隙のアセチルコリンを増やして化学伝達を増強するため、様々な薬物として臨床応用されている。このうち、[[ネオスチグミン]]は[[重症筋無力症]]、[[wikipedia:ja:術後腸管麻痺|術後腸管麻痺]]、[[wikipedia:ja:排尿障害|排尿障害]]などに、[[ドネペジル]]、[[ガランタミン]]、[[リバスチグミン]]は[[アルツハイマー病]] | 細胞外に放出されたアセチルコリンは、[[アセチルコリンエステラーゼ]]([[acetylcholinesterase]]; AChE, EC3.1.1.7)によって極めて短時間 (ミリ秒の時間単位)で分解され、コリンと酢酸になる<ref name=ref6><pubmed>8042853</pubmed></ref>。この分解によって化学伝達は終了するとともに、コリンは高親和性コリントランスポーターによって効率良くシナプス前終末に取り込まれてアセチルコリン合成に再利用される。アセチルコリンを分解する酵素は、アセチルコリンエステラーゼの他に[[ブチルコリンエステラーゼ]](偽性コリンエステラーゼ)が知られている。コリンエステラーゼに対して阻害活性を持つ薬物は、シナプス間隙のアセチルコリンを増やして化学伝達を増強するため、様々な薬物として臨床応用されている。このうち、[[ネオスチグミン]]は[[重症筋無力症]]、[[wikipedia:ja:術後腸管麻痺|術後腸管麻痺]]、[[wikipedia:ja:排尿障害|排尿障害]]などに、[[ドネペジル]]、[[ガランタミン]]、[[リバスチグミン]]は[[アルツハイマー病]]に適応される。 | ||
== 受容体 == | == 受容体 == | ||
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nicotinic acetylcholine receptor; nAChR | nicotinic acetylcholine receptor; nAChR | ||
陽イオン選択性の[[イオンチャネル内蔵型受容体]]であり、アセチルコリンやニコチンが結合すると、ごく短時間(ミリ秒単位)にNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>, Ca<sup>2+</sup>などのイオン透過性が亢進する。nAChRは、神経筋接合部、自律神経節、副腎髄質、中枢神経系などに分布する。ニコチン受容体は、類似構造をもつ複数サブユニットが会合した5量体として機能する。様々な動物種で、α (α1〜10), β (β1〜4), γ, δ, εの17種類のサブユニットが存在し、それらの組み合わせにより骨格筋型(Nm)と神経型(Nn)に大別される。骨格筋型nAChRはα1が2個, β1, δ | 陽イオン選択性の[[イオンチャネル内蔵型受容体]]であり、アセチルコリンやニコチンが結合すると、ごく短時間(ミリ秒単位)にNa<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>, Ca<sup>2+</sup>などのイオン透過性が亢進する。nAChRは、神経筋接合部、自律神経節、副腎髄質、中枢神経系などに分布する。ニコチン受容体は、類似構造をもつ複数サブユニットが会合した5量体として機能する。様々な動物種で、α (α1〜10), β (β1〜4), γ, δ, εの17種類のサブユニットが存在し、それらの組み合わせにより骨格筋型(Nm)と神経型(Nn)に大別される。骨格筋型nAChRはα1が2個, β1, δ(またはε), γが各1個の5量体からなる。神経型nAChRは、αとβからなるヘテロ5量体、あるいは同一のαからなるホモ5量体の構造をとるが、サブユニット構成により高度に多様性に富み、それぞれ独自のチャネル特性を持つとされる。1つのnAChRには2分子のアセチルコリンが結合してチャネルを開口させる。[[パンクロニウム]]、[[ベクロニウム]]などのNmを遮断する薬物は筋弛緩薬である。[[バレニクリン]]はnAChRの部分作動薬で、ニコチン依存症に対する[[wikipedia:ja:禁煙補助薬|禁煙補助薬]]として用いられる。重症筋無力症では、筋肉型nAChRに対する自己抗体の産生が報告されている。 | ||
=== ムスカリン性アセチルコリン受容体 === | === ムスカリン性アセチルコリン受容体 === | ||
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脚橋被蓋核と背外側被蓋核コリン作動性神経は上行性と下降性の2種類の投射経路をもつ<ref name=ref11><pubmed>9219969</pubmed></ref>。視床へ投射する上行性投射系は、[[網様体賦活系]]の一部として[[睡眠]]サイクルや[[覚醒]]レベルの調節に関与する。脳幹網様体へ投射する下降性投射系は[[歩行運動]]、[[姿勢反射]]、筋緊張の調節などに関与する。また、脚橋被蓋核のコリン作動性神経は視床のほか大脳基底核にも投射する。特に、黒質緻密部のドーパミン神経細胞に投射して、ドーパミンの放出を促進する。パーキンソン病患者では、この部位のコリン作動性神経が減少することでドーパミン放出が減弱していることも病状の一因になると考えられている<ref name=ref12><pubmed>3475716</pubmed></ref>。 | 脚橋被蓋核と背外側被蓋核コリン作動性神経は上行性と下降性の2種類の投射経路をもつ<ref name=ref11><pubmed>9219969</pubmed></ref>。視床へ投射する上行性投射系は、[[網様体賦活系]]の一部として[[睡眠]]サイクルや[[覚醒]]レベルの調節に関与する。脳幹網様体へ投射する下降性投射系は[[歩行運動]]、[[姿勢反射]]、筋緊張の調節などに関与する。また、脚橋被蓋核のコリン作動性神経は視床のほか大脳基底核にも投射する。特に、黒質緻密部のドーパミン神経細胞に投射して、ドーパミンの放出を促進する。パーキンソン病患者では、この部位のコリン作動性神経が減少することでドーパミン放出が減弱していることも病状の一因になると考えられている<ref name=ref12><pubmed>3475716</pubmed></ref>。 | ||
== 非神経性アセチルコリン == | == 非神経性アセチルコリン == | ||
アセチルコリンは、[[wikipedia:ja:真性細菌|真性細菌]]などの[[wikipedia:ja:原核生物|原核生物]]を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されている<ref name= | アセチルコリンは、[[wikipedia:ja:真性細菌|真性細菌]]などの[[wikipedia:ja:原核生物|原核生物]]を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されている<ref name=ref13><pubmed>17363003</pubmed></ref>。植物では水や[[wikipedia:ja:電解質|電解質]]、栄養物質などの輸送に関与するとされるが、その生理的役割は不明な点が多い。[[wikipedia:ja:タケノコ|タケノコ]]の先端部には、[[wikipedia:ja:哺乳動物|哺乳動物]]の脳をはるかに超える量のアセチルコリンが含まれている<ref name=ref14><pubmed>12559395</pubmed></ref>。ヒトを含めた哺乳動物では、様々な非神経細胞や組織でアセチルコリンの合成と放出が確認されている。このうち、[[wikipedia:ja:免疫|免疫]]系細胞、[[wikipedia:ja:血管内皮細胞|血管内皮細胞]]、[[wikipedia:ja:胎盤|胎盤]]、[[wikipedia:ja:ケラチノサイト|ケラチノサイト]]、[[wikipedia:ja:気道上皮細胞|気道上皮細胞]]、[[wikipedia:ja:消化管上皮細胞|消化管上皮細胞]]、[[wikipedia:ja:膀胱上皮細胞|膀胱上皮細胞]]などでは、神経系とは独立した非神経性アセチルコリンが局所の細胞間情報伝達を担うことが報告されている<ref name=ref15><pubmed>23141771</pubmed></ref>。 | ||
==関連項目 == | ==関連項目 == | ||
*[[ニコチン性アセチルコリン受容体]] | *[[ニコチン性アセチルコリン受容体]] | ||
*[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]] | *[[ムスカリン性アセチルコリン受容体]] | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||