16,039
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
25行目: | 25行目: | ||
蛍光分子のうち、エネルギーを受け渡す方をドナー、受け取る方をアクセプターと呼ぶ。FRETの効率はドナー蛍光体とアクセプター蛍光体のスペクトルの重なりの大きさ、距離と角度により左右される。蛍光スペクトルが変化しない状態では、ドナーとアクセプター間の距離と角度の変化をFRETの効率の変化として読み取る事が出来る。緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein, GFP)とその色変異体や様々な蛍光スペクトルを持つ近縁のタンパク質の開発・同定によりFRETを用いて、生細胞の中の微小ドメインでのタンパク質相互作用、生化学反応や細胞内シグナル伝達の可視化が可能となった。 | 蛍光分子のうち、エネルギーを受け渡す方をドナー、受け取る方をアクセプターと呼ぶ。FRETの効率はドナー蛍光体とアクセプター蛍光体のスペクトルの重なりの大きさ、距離と角度により左右される。蛍光スペクトルが変化しない状態では、ドナーとアクセプター間の距離と角度の変化をFRETの効率の変化として読み取る事が出来る。緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein, GFP)とその色変異体や様々な蛍光スペクトルを持つ近縁のタンパク質の開発・同定によりFRETを用いて、生細胞の中の微小ドメインでのタンパク質相互作用、生化学反応や細胞内シグナル伝達の可視化が可能となった。 | ||
ドナーの蛍光団の電子が、励起光により[[wikipedia:ja:基底状態|基底状態]]から[[wikipedia:ja:励起状態|励起状態]]に励起される(図1)。励起された電子は、[[wikipedia:ja:回転エネルギー|回転エネルギー]]や[[wikipedia:ja:振動エネルギー|振動エネルギー]]を失いながら、励起状態の底まで行き着く。その後、基底状態に戻る際に、蛍光としてエネルギーを放出する。ドナーの近傍(数nmオーダー)に、ドナーの蛍光スペクトルと重なる励起スペクトルを持ったアクセプターが存在すると、FRETが起きる(図3)。FRETによって蛍光寿命の減少、ドナーの蛍光強度の減少、アクセプターの蛍光の増加などが観察される。 <br> FRETの速度定数<math>k_f \ </math>は、以下の式で規定される。 | ドナーの蛍光団の電子が、励起光により[[wikipedia:ja:基底状態|基底状態]]から[[wikipedia:ja:励起状態|励起状態]]に励起される(図1)。励起された電子は、[[wikipedia:ja:回転エネルギー|回転エネルギー]]や[[wikipedia:ja:振動エネルギー|振動エネルギー]]を失いながら、励起状態の底まで行き着く。その後、基底状態に戻る際に、蛍光としてエネルギーを放出する。ドナーの近傍(数nmオーダー)に、ドナーの蛍光スペクトルと重なる励起スペクトルを持ったアクセプターが存在すると、FRETが起きる(図3)。FRETによって蛍光寿命の減少、ドナーの蛍光強度の減少、アクセプターの蛍光の増加などが観察される。 | ||
FRETの効率は次のような因子によって左右される。 | |||
* ドナーとアクセプター間の距離r | |||
* ドナーの発光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルの重なりJ | |||
* ドナーの発光双極子モーメントとアクセプターの吸収双極子モーメントとの相対分子配向''κ'' | |||
FRET効率Eは、rの6乗に反比例する。 | |||
: <math>E=\frac{1}{1+(r/R_0)^6}\!</math> | |||
ここでR<sub>0</sub>は「Förster距離」と呼ばれ、エネルギー移動効率が50%となるドナーとアクセプターの距離である。Förster距離は、ドナーの発光スペクトルとアクセプターの吸収スペクトルの重なり積分<math>J \ </math>と相互分子配向''κ''に依存する。多くの場合、双極子分子配向を正確に求める事は困難であるため、しばしば''κ''<sup>2</sup> =2/3 と仮定される。この値は、両方の色素が自由に回転しており、励起状態寿命の間は等方的に配向していると考えられる場合に得られる。色素が固定されていたり自由に回転することができないような場合、''κ''<sup>2</sup> =2/3 は正当な仮定ではない。 | |||
<ref>{{cite book | last1 = Förster | first1 = Th. | title = Modern Quantum Chemistry. Istanbul Lectures. Part III: Action of Light and Organic Crystals | chapter = Delocalized Excitation and Excitation Transfer | volume = 3 | editors = Oktay Sinanoglu | publisher = Academic Press | year = 1965 | location = New York and London | pages = 93–137 | url = http://www.quantum-chemistry-history.com/Sina_Dat/BOOKIstaLec/IstaLec1.htm | accessdate = 2011-06-22}}</ref> | |||
: <math> {R_0}^6 = \frac{9\,Q_0 \,(\ln 10) \kappa^2 \, J}{128 \, \pi^5 \,n^4 \, N_A} </math> | |||
: <math> J = \int f_{\rm D}(\lambda) \, \epsilon_{\rm A}(\lambda) \, \lambda^4 \, d\lambda </math> | |||
ここで、<math>Q_0 \ </math>はアクセプターが無い場合の蛍光[[量子収率]]、''κ''<sup>2</sup>は双極子配向因子、<math>n \ </math>は媒体の[[屈折率]]、<math>N_A \ </math>は[[アボガドロ数]]、<math>f_{\rm D} \ </math>は規格化されたドナー発光スペクトル、 <math>\epsilon_{\rm A} \ </math> はアクセプターの[[モル吸光係数]]である。 | |||
双極子配向因子''κ''はしばしば、''κ''<sup>2</sup> =2/3 と仮定される。 | |||
この値は、両方の色素が自由に回転しており、励起状態寿命の間は等方的に配向していると考えられる場合に得られる。 | |||
色素が固定されていたり自由に回転することができないような場合、''κ''<sup>2</sup> =2/3 は正当な仮定ではない。 | |||
しかし多くの場合、色素の再配向は配向性を充分に平均化すること、''κ''<sup>2</sup>は''R''<sub>0</sub> の6乗に依存することから、算出されたエネルギー移動距離の大きな誤差にならない。 | |||
''κ''<sup>2</sup>が2/3とは大きく異なる場合でも、誤差は''R''<sub>0</sub>のシフトに関連するので、相対距離の変化の決定には充分に有効である。 | |||
一方、蛍光タンパク質は蛍光寿命より速い時間スケールでは再配向しない。 | |||
この場合、0 ≤ ''κ''<sup>2</sup> ≤ 4となる。 | |||
<br> FRETの速度定数<math>k_f \ </math>は、以下の式で規定される。 | |||
<br> <math>k_f(r,\kappa) = \frac{k_DQ_D\kappa^2}{r^6}\left(\frac{9000(In10)}{128\pi^5Nn^4}\right)\int_0^\infty F_D(\lambda)\epsilon_A(\lambda)\lambda^4\,d\lambda</math> | <br> <math>k_f(r,\kappa) = \frac{k_DQ_D\kappa^2}{r^6}\left(\frac{9000(In10)}{128\pi^5Nn^4}\right)\int_0^\infty F_D(\lambda)\epsilon_A(\lambda)\lambda^4\,d\lambda</math> | ||
103行目: | 138行目: | ||
== 将来展望 == | == 将来展望 == | ||
脳研究は、生きたままの状態の脳の神経細胞の活動を、広範囲で、より深部で観察したり、逆に神経細胞内の超微細構造を観察する方向に移るであろう。現在、FRETを基にしたin vivoイメージングは、応答の低さ、蛍光の弱さなどの難点はあるものの、蛍光タンパク質の蛍光強度や顕微鏡の性能の改良は日進月歩であり改善されていくであろう。また、神経活動に必要なシグナル伝達を同時に観察するために、マルチカラーイメージングの試みもなされるであろう。その際には、2つの波長を必要とする蛍光強度比変化を基にするFRET測定よりも、蛍光寿命を観察するFLIM測定が適している。 | 脳研究は、生きたままの状態の脳の神経細胞の活動を、広範囲で、より深部で観察したり、逆に神経細胞内の超微細構造を観察する方向に移るであろう。現在、FRETを基にしたin vivoイメージングは、応答の低さ、蛍光の弱さなどの難点はあるものの、蛍光タンパク質の蛍光強度や顕微鏡の性能の改良は日進月歩であり改善されていくであろう。また、神経活動に必要なシグナル伝達を同時に観察するために、マルチカラーイメージングの試みもなされるであろう。その際には、2つの波長を必要とする蛍光強度比変化を基にするFRET測定よりも、蛍光寿命を観察するFLIM測定が適している。 | ||
==外部リンク== | |||
*[http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/fret/phogemon/index.htm Phogemon Project] 京都大学医学部 松田道行よるFRETセンサー開発とイメージング方法の解説。文字化けする時にはブラウザーの設定をShift-JISにするよい。 | |||
*[http://www.lif.kyoto-u.ac.jp/labs/fret/e-phogemon/index.htm] 表の元となった、FRETセンサーの一覧。松田道行による。 | |||
*[[wj:蛍光共鳴エネルギー移動|Wikipedia日本語版]] 本文でも一部再利用している。 | |||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> |