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===肉眼解剖=== | ===肉眼解剖=== | ||
霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、[[前頭葉]]、側頭葉、[[頭頂葉]]、基底核に囲まれる(図)。ヒトなどの大型霊長類では、島極には前頭島皮質(frontoinsular cortex)が存在し、眼窩前頭葉と接する<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。脳に占める島の体積の割合はヒトが1.2-1.7%、ゴリラ1.1-1.7%、オランウータン1-1.5%であり、テナガザル0.9-1.1%と比して3割程度大きい<ref name=ref6><pubmed>10656781</pubmed></ref>。滑脳性の動物(げっ歯類など)の島は大脳半球の表面に露出し、嗅脳溝の上方に位置する。前下方は眼窩皮質と、背尾側は感覚皮質と接している<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。サルにおいて島中心溝は明らかではなく<ref name=ref7><pubmed>9391023</pubmed></ref>、便宜的に亜顆粒領域(後述)の中央で前部と後部に二分する<ref name=ref8><pubmed>7174907</pubmed></ref>。ヒト前部島には3つの短い脳回を、後部島には2つの長い脳回を認めるが、個人差が大きいとされる。またサルにおいてはこれらを認めない<ref name=ref3 />。島はBroadmanのarea 13から16に相当する''' | 霊長類の島はシルビウス裂内奥に位置し、[[前頭葉]]、側頭葉、[[頭頂葉]]、基底核に囲まれる(図)。ヒトなどの大型霊長類では、島極には前頭島皮質(frontoinsular cortex)が存在し、眼窩前頭葉と接する<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。脳に占める島の体積の割合はヒトが1.2-1.7%、ゴリラ1.1-1.7%、オランウータン1-1.5%であり、テナガザル0.9-1.1%と比して3割程度大きい<ref name=ref6><pubmed>10656781</pubmed></ref>。滑脳性の動物(げっ歯類など)の島は大脳半球の表面に露出し、嗅脳溝の上方に位置する。前下方は眼窩皮質と、背尾側は感覚皮質と接している<ref name=ref5><pubmed>20512368</pubmed></ref>。サルにおいて島中心溝は明らかではなく<ref name=ref7><pubmed>9391023</pubmed></ref>、便宜的に亜顆粒領域(後述)の中央で前部と後部に二分する<ref name=ref8><pubmed>7174907</pubmed></ref>。ヒト前部島には3つの短い脳回を、後部島には2つの長い脳回を認めるが、個人差が大きいとされる。またサルにおいてはこれらを認めない<ref name=ref3 />。島はBroadmanのarea 13から16に相当する<ref>'''Brodman'''<br>Vergleichende Lokalisationslehre der Grosshirnrinde<br>''Barth-Verlag in Leipzig'', 1909</ref>。 | ||
===組織=== | ===組織=== | ||
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===痛覚、社会的な痛み=== | ===痛覚、社会的な痛み=== | ||
サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇 | サルでは、痛みの伝達に関わる線維は、脊髄後角第Ⅰ層から始まり脊髄視床路を上向し、視床後外側腹側核(VPL)、後内側腹側核(VPM)、下後腹側核(VPI)、内側腹側核の後部(VMpo)に終端する。これらの核は第一次・第二次体性感覚野や島に投射する。島に送られる痛み刺激の大部分は、VMpoを経由する。ヒトでは視床の小細胞性の副尾側核(Vcpc)から前部島への投射も痛みの伝達に関与している<ref name=ref28><pubmed>10924804</pubmed></ref>。また島は、前部帯状皮質や[[中脳水道]]周囲[[灰白質]]などと「痛みネットワーク」を組織する<ref name=ref29><pubmed>19213907</pubmed></ref>。身体的な痛みのみならず、 疎外、死別<ref name=ref30><pubmed>19884226</pubmed></ref>、不公正な処遇<ref><pubmed>22374480</pubmed></ref>などの社会的な痛みでも活動する<ref name=ref29 />。社会的な痛みと情動とは分離不可能である。同様に、身体的な痛みもまた、感覚であると同時に情動であり<ref name=ref31><pubmed>10846154</pubmed></ref>、かつ恐怖や不安とは本質的に異なる情動であるとされる<ref name=ref32><pubmed>10373114</pubmed></ref>。島は、痛みの感覚・情動両面を担う。両側島が障害されても、痛みの感覚的側面は体性感覚野で代償される。しかし情動的側面は代償されず、感覚と情動の乖離が起こる(疼痛表象不能、後述)。身体に生じた痛みの知覚のみならず、将来の痛み刺激の予測でも、島は活動する<ref name=ref32 /> <ref name=ref33><pubmed>11943821</pubmed></ref>。痛みそのものの知覚には後部島が<ref name=ref28 />、痛み刺激の予測にはより吻側が関与する<ref name=ref32 /> <ref name=ref34><pubmed>19184995</pubmed></ref>。覚醒ヒトの島を電気刺激すると、後部島の刺激で身体的な痛みが、より吻側の刺激では[[温覚]]など痛み以外の感覚が誘発される<ref name=ref35><pubmed>11884353</pubmed></ref>。催眠暗示で誘発された痛みでも島は活動する<ref name=ref34 />。他者の身体への侵襲でも島の活動は変化し<ref name=ref36><pubmed>22159113</pubmed></ref>、これは共感の神経基盤とされる。 | ||
===情動、社会的情動、共感=== | ===情動、社会的情動、共感=== | ||
情動が生起すると島は活動する<ref name=ref37><pubmed>16275018</pubmed></ref>。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい<ref name=ref38><pubmed>17415777</pubmed></ref>。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、<ref name=ref39><pubmed>16269094</pubmed></ref>、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する<ref name=ref40><pubmed>11573015</pubmed></ref>。 | 情動が生起すると島は活動する<ref name=ref37><pubmed>16275018</pubmed></ref>。情動の脆弱性(不快感や無力感、不適当感などを自覚しやすいパーソナリティ傾向)が高いと、前部島の活動が誘発されやすい<ref name=ref38><pubmed>17415777</pubmed></ref>。島は、喜怒哀楽のうち特定の情動に反応するのか、複数の情動に反応するのか(笑い声と泣き声の両方に反応、<ref name=ref39><pubmed>16269094</pubmed></ref>、諸家の見解は一致しない。また単純な喜怒哀楽に限らず、複雑な情動体験、例えば音楽により生じた感動でも、島が活動する<ref name=ref40><pubmed>11573015</pubmed></ref>。 | ||
古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である''' | 古典的定義によれば、情動とは心理状態と身体覚醒度が互いに影響しあう、心身相互作用の産物である<ref>'''James'''<br>The principles of Psychology<br>''Henry Holt in New York'', 1884</ref> <ref>'''Damasio'''<br>The feeling of what happens<br>''Mariner Books in Boston'', 1999</ref> <ref name=ref41><pubmed>14497895</pubmed></ref>。身体覚醒度は内受容(後述)を介して知覚され、前部島で表象されるという仮説がある<ref name=ref42><pubmed>19096369</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>19455175</pubmed></ref>。事実、前部島は情動の生起と内受容の知覚の両方で活動する<ref name=ref44><pubmed>22587900</pubmed></ref>。前部島は社会的情動(社会的文脈に依存し他人との関わりで生ずる情動)でも活動する<ref name=ref45><pubmed>20428887</pubmed></ref>。実子の顔を提示すると島中央部<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>や前部島<ref name=ref47><pubmed>15312809</pubmed></ref>が活動し、恋人の顔を提示すると島中央部が活動する<ref name=ref46><pubmed>11117499</pubmed></ref>。島は共感にも関わり<ref name=ref48><pubmed>19643659</pubmed></ref>、他者の情動を内的に[[模倣]]すると活動する<ref name=ref49><pubmed>12682281</pubmed></ref>。アカゲザル前部島尾側への電気刺激で社会的情動(威嚇行動が制止され、実験者による威嚇でも、唇をすぼめ小刻みに開閉するなどの仲直り行動)が誘発される<ref name=ref50><pubmed>21256020</pubmed></ref>。 | ||
===触覚、その他の体性感覚=== | ===触覚、その他の体性感覚=== | ||
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===報酬=== | ===報酬=== | ||
痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという<ref name=ref29 />。一方、報酬に関連した活動を認めるという報告がある。ヒト島は、報酬の条件刺激に<ref name=ref69><pubmed>10594068</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>14568478</pubmed></ref>、金銭報酬と金銭損失の両方に<ref name=ref71><pubmed>10934265</pubmed></ref>、金銭報酬の期待に<ref name=ref72><pubmed>12595181</pubmed></ref>対して活動し、活動の強さは金銭報酬の予測額と相関する<ref name=ref73><pubmed>15888656</pubmed></ref>という。一方金銭報酬の予測額と逆相関するという報告もある | 痛みと報酬の独立したネットワークが存在するという主張によれば、島は「痛みネットワーク」に属するという<ref name=ref29 />。一方、報酬に関連した活動を認めるという報告がある。ヒト島は、報酬の条件刺激に<ref name=ref69><pubmed>10594068</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>14568478</pubmed></ref>、金銭報酬と金銭損失の両方に<ref name=ref71><pubmed>10934265</pubmed></ref>、金銭報酬の期待に<ref name=ref72><pubmed>12595181</pubmed></ref>対して活動し、活動の強さは金銭報酬の予測額と相関する<ref name=ref73><pubmed>15888656</pubmed></ref>という。一方金銭報酬の予測額と逆相関するという報告もある<ref><pubmed>17586603</pubmed></ref>。島は社会的報酬(褒められるなど)にも反応する<ref name=ref74><pubmed>18439412</pubmed></ref>。公正でないプレイヤーの処罰<ref name=ref75><pubmed>15333831</pubmed></ref>、慈善行為<ref name=ref76><pubmed>17030808</pubmed></ref> <ref name=ref77><pubmed>17237779</pubmed></ref>、他人への信頼<ref name=ref78><pubmed>12160756</pubmed></ref> <ref name=ref79><pubmed>17569866</pubmed></ref>、恋人や実子の顔(情動を参照)でも活動し、これらも社会的報酬への反応とみなせる。マカクザルの後部島<ref name=ref80><pubmed>16979828</pubmed></ref>や前部島<ref name=ref81><pubmed>17257703</pubmed></ref>には、報酬に反応する単一ニューロンが存在する。前部島では、ごく近い将来の差し迫った報酬の期待・可能性に関係したニューロン活動が見つかっている<ref name=ref81 />。 | ||
===発語、言語=== | ===発語、言語=== |