「中間径フィラメント」の版間の差分

提供:脳科学辞典
ナビゲーションに移動 検索に移動
(ページの作成:「中間径フィラメント<br>概要<br>細胞骨格と呼ばれる細胞質内の蛋白性の線維系のひとつ。ミオシンフィラメントとアクチンフィ...」)
(3人の利用者による、間の42版が非表示)
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
中間径フィラメント<br>概要<br>細胞骨格と呼ばれる細胞質内の蛋白性の線維系のひとつ。ミオシンフィラメントとアクチンフィラメントの中間の径8~11nmであることから中間径フィラメントと呼ばれる。細胞間で非常によく保存されている微小管やアクチン線維と異なり、相同性はあるが細胞の種類によって異なる蛋白が発現するので、細胞分化のマーカーとして病理診断にも用いられる。
<font size="+1">中田 隆夫</font><br>
''東京医科歯科大学 細胞生物学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月27日 原稿完成日:2012年7月17日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
</div>


英:Intermediate filament
中間径フィラメントの種類<br>線維芽細胞など間葉系細胞ではビメンチン、筋細胞ではデスミン、皮膚細胞ではケラチンが発現し、爪や毛の大部分を成す。核膜を裏打ちするラミンも中間径フィラメント類縁蛋白である。神経細胞ではニューロフィラメント、星状細胞ではGFAPが発現する。神経細胞では、発生の過程でネスチンが一過性に発現するので、神経幹細胞のマーカーとしてよく用いられる。


{{box|text=
基本構造・重合<br>幾つかの点で、他の2種の細胞骨格線維とは大きく異なっている。中間径フィラメントには極性がない。また、重合にATPや、 GTPを要さず、細胞質内で脱重合している成分は少ない。一旦重合すると生理的な緩衝液で脱重合することはなく安定である。アクチンやチュブリンファミリーに比べ、構造が多様である。<br>しかし、N末C末の球状領域をつなぐ桿状領域(340aa)はファミリー内で良く保存されている。この部分でコイルドコイルをつくった二量体がアンチパラレルに結合して四量体のプロトフィラメントとなる。このプロトフィラメントが2つで、プロトフィブリルを形成、それが4つ集まり、10nmの太さになると考えられている。
 [[細胞骨格]](cytoskeleton)と呼ばれる[[wikipedia:JA:細胞質|細胞質]]内のタンパク質性の線維系のひとつ。[[ミオシン]]フィラメントと[[アクチン]]フィラメントの中間の径10nmであることから中間径フィラメント(intermediate filament)と呼ばれる。細胞間でよく保存されている[[微小管]]やアクチン線維と異なり、相同性はあるが細胞の種類によって異なるタンパク質が発現するので、[[細胞分化]]のマーカーとしても用いられる。
}}


== 中間径フィラメントの種類  ==
機能<br>上皮細胞などではデスモゾームに中間径フィラメントが結合し、その構造を補強すると考えられている。皮膚でのケラチンは、毛、爪の主要成分である。しかし、ビメンチンやデスミンなどをノックアウトしても顕著な表現型はでないため、機能としては、細胞を構造的に補強する以外にはあまり分かっていない。


 六つのクラスに分けられている。
神経細胞とニューロフィラメント<br>ニューロフィラメントは安定で、渡銀染色で染まることがよく知られている。<br>他の中間径フィラメントと異なり、L, M, Hの3つの鎖からなり、H, M鎖が線維間の架橋構造を形成している。神経突起内は突起に平行に線維が形成される。有髄神経細胞の軸索では、髄鞘部ではニューロフィラメントは線維を形成しているが、ランビエの絞輪では直径が細くなるため、微小管中心の構造となる。にもかかわらず、軸索輸送を測定すると、ニューロフィラメントは遅い輸送ではあるが、末梢に向かって進んでいるので、ランビエの絞輪をどう通過するか興味深い。ニューロフィラメント各成分のノックアウトマウスでも、髄鞘の形成や軸索径に多少の影響が出る程度であった。現在、神経疾患における役割などに研究の焦点が向きつつある。<br>


 クラスI,IIは,酸性および塩基性の[[wikipedia:JA:サイトケラチン|サイトケラチン]](cytokeratin)で[[wikipedia:JA:上皮細胞|上皮細胞]]に発現し、[[wikipedia:JA:爪|爪]]や[[wikipedia:JA:毛|毛]]の大部分を成す。


 クラスIIIは[[wikipedia:JA:ビメンチン|ビメンチン]](vimentin)、[[wikipedia:JA:デスミン|デスミン]](desmin)、[[グリア線維性酸性タンパク質]](glial fibrillary acidic protein, GFAP)で、ビメンチンは[[wikipedia:JA:線維芽細胞|線維芽細胞]]など[[wikipedia:JA:間葉系|間葉系]]細胞に発現している。[[wikipedia:JA:筋細胞|筋細胞]]にはデスミン、[[星状膠細胞]]ではGFAP、[[ペリフェリン]](peripherin)が発現する。


 クラスIVは、[[ニューロフィラメント]](neurofilament)で、H,M,Lの3種のポリペプチドで構成され、[[神経細胞]]に発現する。
Manfred Schliwa The cytoskeleton an introductory survey 1986 <br>Springer-Verlag/Wien<br>Jonathon Howard Mechanics of Motor Proteins and the cytoskeleton 2001 <br>Sinauer Associates, Inc/Sunderland Massachusetts<br>Bruce Alberts et al. Molecular Biology of the Cell 3rd ed.1994Garland <br>Publishing Inc. NewYork CF 4th ed 2002<br>Alan Peters, Sanford L. Palay, Henry DEF. Webster The fine structure of <br>the nervous system Oxford University Press 3rd edition 1991


 クラスVは、[[wikipedia:JA:核膜|核膜]]を裏打ちする[[ラミン]](lamin)である。


 クラスVIは、[[ネスチン]](nestin)で、[[神経性幹細胞|神経幹細胞]]のマーカーとしてよく用いられる。


== 基本構造・重合  ==
&nbsp;
 
 幾つかの点で、他の2種の細胞骨格線維とは大きく異なっている。中間径フィラメントには極性がない。また、重合に[[wikipedia:JA:ATP|ATP]]や、[[wikipedia:JA:GTP|GTP]]を要さず、細胞質内で脱重合している成分は少ない。一旦重合すると生理的な[[wikipedia:ja:緩衝液|緩衝液]]で脱重合することはなく安定である。アクチンや[[チュブリン]]ファミリーに比べ、構造が多様である。しかし、N末C末の球状領域をつなぐ桿状領域(rod domain, 340aa)はファミリー内で良く保存されている。この部分で[[コイルドコイル]]をつくった二量体がアンチパラレル(anti-parallel)に結合して四量体のプロトフィラメント(protofilament)となる。このプロトフィラメントが2つで、プロトフィブリル(protofibril)を形成、それが4つ集まり、10nmの太さになると考えられている。
 
== 機能 ==
 
 上皮細胞などでは[[wikipedia:JA:デスモゾーム|デスモゾーム]]や[[wikipedia:JA:ヘミデスモゾーム|ヘミデスモゾーム]]に中間径フィラメントが密着し、その構造を補強すると考えられている。皮膚でのケラチンは、毛、爪の主要成分である。しかし、ビメンチンやデスミンなどをノックアウトしても顕著な表現型はでず、細胞を構造的に補強する機能以外はあまり分かっていない。
 
== 神経細胞とニューロフィラメント ==
 
 神経細胞に発現するニューロフィラメントは安定で、[[鍍銀染色]]で染まることがよく知られている。他の中間径フィラメントと異なり、L, M, Hの3つのポリペプチドからなる。[[神経突起]]内は突起に平行に線維が形成され線維間は架橋構造(cross-bridge)で梯子状に繋がれている。H, M鎖の部分がこの架橋構造を形成している。ニューロフィラメントは遅い[[軸索輸送]](slow axonal transport)で運ばれる。
 
== 中間径フィラメントと疾患 ==
 
 中間径フィラメント関連疾患は、多様な組織でおこる。ヒト疾患が中間径フィラメントの遺伝子変異で起こると最初に報告されたのは、1991年の[[ケラチンK14]]と[[単純型表皮水疱症]]である。それ以降、ヒトの[[メンデル遺伝]]をする疾患の多くが中間径フィラメントの遺伝子変異と関連づけられるようになった。主な疾患は、'''表1'''にある。神経系では、[[GFAP]]の変異が[[アレキサンダー病]]の原因遺伝子であることが2007年に分かった。アレキサンダー病は、稀な[[leukodystrophy]]の一つで1949年に発見された。[[ミエリン]]の障害が主な進行性の変性疾患で、GFAPのコード領域での優性遺伝性の変異が原因である。神経細胞では、2004年、[[NIFID]] ([[neuronal IF inclusion disease]])が報告された。これは[[&alpha;-internexin]]が主に溜まる疾患で、[[痴呆症]]になるが、未だ遺伝子の変異は見つかっていない。また、遺伝性の末梢神経障害を起こす[[シャルコー・マリー・トゥース病]]には様々な原因遺伝子が挙げられているが、2000年に、[[ニューロフィラメントL]]の変異も関連づけられた。病態として[[ニューロフィラメント]]の蓄積が言われ続けたものに、[[筋萎縮性側索硬化症]]([[ALS]])がある。しかし、ALSと関連するニューロフィラメント遺伝子の変異はまだ見つかっていない。近年、[[ペリフェリン]]が関与するという報告もある。また多くの神経変性疾患でニューロフィラメントの蓄積(spheroids)が細胞体や軸索に起こることが知られている。
 
 これらの病態にアプローチするため、これらneuronal IFのノックアウトマウスや過剰発現マウスが作られた([[表2]])。しかし、ノックアウトマウスは、予想に比べて穏やかな表現型しか出なかった。一方、過剰発現系では神経変性疾患を模すようなニューロフィラメントの蓄積が見られた。
 
{| class="wikitable"
|+ 表1・中間径フィラメントの変異と関係する疾病
!colspan="2" style="white-space:nowrap"  |中間径フィラメント
! 疾病例
|-
! style="white-space:nowrap" |タイプ1・2 
| [[ケラチン]]
| [[単純型表皮水疱症]]、[[表皮剥離性角化症]]、[[メースマン角膜上皮変性症]]、[[連珠毛]]、[[白色海綿状母斑]]
|-
!rowspan="4" |タイプ3
| [[デスミン]]
| [[デスミン関連ミオパチー]]、[[拡張型心筋症1A]]、[[デスミン関連肢帯型筋ジストロフィー症]]、[[変異型ミオパチー]]
|- 
| [[GFAP]]
| [[アレキサンダー病]] 
|-
| [[ペリフェリン]]
| [[筋萎縮性側索硬化症]] 
|-
| [[ビメンチン]]
| 優性型白内障 
|-
! タイプ4 
| style="white-space:nowrap" |ニューロフィラメント
| 種々の[[シャルコー・マリー・トゥース病]]、[[パーキンソン病]]、筋萎縮性側索硬化症、[[神経系中間径フィラメント封入体病]]
|- 
! rowspan="2" |タイプ5 
| [[A型ラミン]]
| [[ハッチンソン・ギルフォード症候群]]、[[異型性ベルナー症候群]]、[[拡張型心筋症1A]]、[[家族性部分性リポジストロフィー]]、[[肢体型筋ジストロフィー症]]、[[エメディドレフィス型筋ジストロフィー症]]、一部の[[皮膚筋炎]] 
|- 
| [[B型ラミン]]
| [[獲得性部分型リポジストロフィー]]、[[成人発症型ロイコジストロフィー]] 
|-
! rowspan="2" |タイプ6 
| [[Bfsp1]]
| [[白内障]] 
|- 
| [[Bfsp2]]
| 白内障 
|}
 
 
{| class="wikitable"
|+ 表2・神経系中間径フィラメント欠失マウス及び過剰発現マウスの表現型
!style="white-space:nowrap"  |中間径フィラメントタンパク
! 表現型
|-
! colspan="2" style="white-space:nowrap" style="background-color:#dfd"  |神経系中間径フィラメントのノックアウトマウス
|-
| [[NFL]] 
| 軸索に中間径フィラメントがなくなる、軸索直径の減少、軸索の興奮伝達の異常、[[NFM]]と[[NFH]]の減少、[[運動ニューロン]]の20%減少、再生有髄神経の成熟の遅れ
|-
| NFM
| 大型有髄神経の軸索直径の減少、中間径フィラメントの減少、NFLは減少しNFHは増える、運動神経の萎縮と後ろ足の麻痺、微小管の量の増加 
|- 
| NFH
| 軸索直径が少しだけ減少、ニューロフィラメント同士の間隔が少しだけ減少 
|-
| NFMとNFH
| 単独のものよりも強い表現型
|-
| [[ペリフェリン]]
| 無髄間隔神経の数の減少
|-
| [[αインターネキシン]]
| 軸索径に変化無し
|-
! colspan="2" style="white-space:nowrap" style="background-color:#dfd"  |神経系中間径フィラメントの過剰発現マウス
|-
| NFL 
| ニューロフィラメントの運動神経での蓄積と軸索の変性、筋肉の萎縮
|-
| NFM
| 軸索径の成長の遅延、フィラメント間の距離は不変 
|- 
| NFH
| 軸索径の成長の遅延、フィラメント間の距離は不変 
|-
| style="white-space:nowrap" |NFLとNFM または NFLとNFH
| 軸索径の増加
|- 
| NFM(ヒト)
| 運動神経の減少
|-
| NFH(ヒト)
| 細胞体と近位軸索でのニューロフィラメントの異常な蓄積、筋肉の萎縮 運動障害、運動神経の減少は見られない
|-
| ペリフェリン
| 加齢に応じた運動神経の選択的減少
|-
| style="white-space:nowrap" |αインターネキシン
| 小脳プルキンエ細胞の変性 
|-
| 変異NFL(rod領域)
| 運動神経の変性、軸索異常、細胞体周辺での中間径フィラメントの蓄積
|-
| 変異NFL(3’UTR)
| 運動機能の失調、前根の萎縮
|}
 
== 参考文献 ==
 
1.'''Manfred Schliwa'''<br>
''The cytoskeleton an introductory survey '' 1986<br>
Springer-Verlag /Wien
 
2.'''Bruce Alberts et al.''' <br>
''Molecular Biology of the Cell '' 5th ed 2008<br>
Garland Publishing,Inc /NewYork
3.'''Jonathon Howard''' <br>
''Mechanics of Motor Proteins and the cytoskeleton '' 2001<br>
Sinauer Associates,Inc /Sunderland Massachusetts
 
4.''' M Bishr Omary ''' <br>
"IF-pathies": a broad spectrum of intermediate filament-associated diseases.<br>
''J. Clin. Invest.'': 2009, 119(7);1756-62 [PubMed:19587450] 
 
5.''' Ronald K H Liem, Albee Messing ''' <br>
Dysfunctions of neuronal and glial intermediate filaments in disease. <br>
''J. Clin. Invest.'': 2009, 119(7);1814-24 [PubMed:19587456]

2012年2月13日 (月) 09:14時点における版

中間径フィラメント
概要
細胞骨格と呼ばれる細胞質内の蛋白性の線維系のひとつ。ミオシンフィラメントとアクチンフィラメントの中間の径8~11nmであることから中間径フィラメントと呼ばれる。細胞間で非常によく保存されている微小管やアクチン線維と異なり、相同性はあるが細胞の種類によって異なる蛋白が発現するので、細胞分化のマーカーとして病理診断にも用いられる。

中間径フィラメントの種類
線維芽細胞など間葉系細胞ではビメンチン、筋細胞ではデスミン、皮膚細胞ではケラチンが発現し、爪や毛の大部分を成す。核膜を裏打ちするラミンも中間径フィラメント類縁蛋白である。神経細胞ではニューロフィラメント、星状細胞ではGFAPが発現する。神経細胞では、発生の過程でネスチンが一過性に発現するので、神経幹細胞のマーカーとしてよく用いられる。

基本構造・重合
幾つかの点で、他の2種の細胞骨格線維とは大きく異なっている。中間径フィラメントには極性がない。また、重合にATPや、 GTPを要さず、細胞質内で脱重合している成分は少ない。一旦重合すると生理的な緩衝液で脱重合することはなく安定である。アクチンやチュブリンファミリーに比べ、構造が多様である。
しかし、N末C末の球状領域をつなぐ桿状領域(340aa)はファミリー内で良く保存されている。この部分でコイルドコイルをつくった二量体がアンチパラレルに結合して四量体のプロトフィラメントとなる。このプロトフィラメントが2つで、プロトフィブリルを形成、それが4つ集まり、10nmの太さになると考えられている。

機能
上皮細胞などではデスモゾームに中間径フィラメントが結合し、その構造を補強すると考えられている。皮膚でのケラチンは、毛、爪の主要成分である。しかし、ビメンチンやデスミンなどをノックアウトしても顕著な表現型はでないため、機能としては、細胞を構造的に補強する以外にはあまり分かっていない。

神経細胞とニューロフィラメント
ニューロフィラメントは安定で、渡銀染色で染まることがよく知られている。
他の中間径フィラメントと異なり、L, M, Hの3つの鎖からなり、H, M鎖が線維間の架橋構造を形成している。神経突起内は突起に平行に線維が形成される。有髄神経細胞の軸索では、髄鞘部ではニューロフィラメントは線維を形成しているが、ランビエの絞輪では直径が細くなるため、微小管中心の構造となる。にもかかわらず、軸索輸送を測定すると、ニューロフィラメントは遅い輸送ではあるが、末梢に向かって進んでいるので、ランビエの絞輪をどう通過するか興味深い。ニューロフィラメント各成分のノックアウトマウスでも、髄鞘の形成や軸索径に多少の影響が出る程度であった。現在、神経疾患における役割などに研究の焦点が向きつつある。


Manfred Schliwa The cytoskeleton an introductory survey 1986
Springer-Verlag/Wien
Jonathon Howard Mechanics of Motor Proteins and the cytoskeleton 2001
Sinauer Associates, Inc/Sunderland Massachusetts
Bruce Alberts et al. Molecular Biology of the Cell 3rd ed.1994Garland
Publishing Inc. NewYork CF 4th ed 2002
Alan Peters, Sanford L. Palay, Henry DEF. Webster The fine structure of
the nervous system Oxford University Press 3rd edition 1991