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MAG: Myelin associated glycoprotein | |||
<分子について> | |||
MAGは、分子量約100kDaの中枢、末梢の両方のミエリン画分に存在する膜糖タンパク質である。ミエリン蛋白の中では比較的マイナーな蛋白であるが、ミエリンに存在するタンパク付加糖修飾の約30%がMAGにある。L2/HNK−1抗体で認識される抗原構造を有する糖鎖を持つ。細胞外領域は5つのイムノグロブリンドメインからなり、膜貫通領域そして細胞内領域を持つ。スプライシングによる細胞内領域の異なるアイソフォームが存在し、主にLフォームとSフォームからなるが、糖付加の違いによる更なるアイソフォームも存在する。中枢では発生段階ではLフォームがメジャーであるが、末梢ではSフォームがメジャーである。アダルトにおいてはSフォームが中枢、末梢の両者でメジャーである<ref><pubmed>1716323</pubmed></ref>。 MAGは別名Siglec-4とも呼ばれSIGLECファミリーに属するシアル酸に結合する活性を有する蛋白質である事も明らかにされた<ref><pubmed>12464312</pubmed></ref>。In vitroの活性からMAGは細胞接着因子であることが明らかにされ、また、その局在がシュワン細胞がミエリン形成を開始する際の神経の軸索に接する部分の突起の所にみられることから、ミエリン形成におけるアクソンーグリア相互作用に関与する重要な分子であることが予想されていた<ref><pubmed>10625334</pubmed></ref><ref><pubmed>17241126</pubmed></ref>。 梅森らは、チロシンキナーゼのc−fynがL-MAGに結合していて、ミエリン形成の初期にチロシンのリン酸化がみられること及び、L-MAGをクロスリンクすることによってc-fynが活性化されることを報告し、MAGとfynがミエリン形成に重要であることを示唆していた<ref><pubmed>7509042</pubmed></ref>。 | |||
<遺伝子クローニングからノックアウトマウスの作製へ> | |||
1987年に3つのグループが遺伝子クローニングを行った。少し遅れて日本でも宮武らのグループがヒトのMAG遺伝子のクローニングを報告した。 1994年にノックアウトマウスが2つのグループによって報告され、in vitroの結果から予測されたようなドラスティックな異常はみられず、ミエリン形成がほとんど正常におこっていたことから、研究者を非常にがっかりさせた。しかしながら、脱髄のあとの回復が遅れていたことから、MAGはおそらく神経再生においてのミエリン形成に関与しているのではないかと考えられた<ref><pubmed>7519026</pubmed></ref><ref><pubmed>7516497</pubmed></ref>。また、MAGノックアウトマウスにおいては別の分子がその機能をコンペンセイトしているのではないかと考えられた。事実、MAGとガラクト脂質合成酵素(MAGに結合するシアル酸の合成酵素)のダブルノックアウトマウスではノードとパラノードの形成はおこるものの、その構造の維持がおこらないことから、MAGはこのようなミエリン化された神経の構造の維持に重要であると考えられている(図1)<ref><pubmed>11827985</pubmed></ref>。 | |||
<ミエリンインヒビターとしての論争> | |||
ノックアウトマウスの報告とほぼ同じ頃に驚くべき報告が行われた。Martin Schwabらは彼らの長年の研究からミエリンに神経の成長を抑制する分子が存在すると考え、ミエリンアソシエイティドインヒビターとしてその単離を試みていた。1994年に2つのグループから実はMAGがそのミエリンインヒビターではないかという報告がされたのである<ref><pubmed>7524558</pubmed></ref><ref><pubmed>7522484</pubmed></ref>。一つはモントリオールのAlbert Aguayoの流れを汲むSam Davidのグループとミエリン研究グループの共同研究であり、もう一つはニューヨークのMarie Filbinのグループである。どちらも、in vitroのデータをもとにしたものであり、データとしてはソリッドなものであった。それに対して、SchwabのグループはMAGノックアウトマウスを作ったグループと共同で、ノックアウトマウスのミエリンでもまだインヒビターの活性があることから、ミエリンインヒビターはMAGではないという反論のペーパーをすぐさまだした<ref><pubmed>8845160</pubmed></ref>。 それに対して、Sam Davidのグループは地道に反論のペーパーをだしていき、また、Marie FilbinのグループもMAGの神経成長抑制の活性についての解析のペーパーをだしていった。そうこうしているうちに、Schwabと一緒にペーパーを書いていたMAGノックアウトマウスを作製したグループもSchwabを抜きに、MAGノックアウトマウスでは神経再生の促進がみられるというペーパーをだし、実はMAGもミエリンインヒビターの一つではないかということを示唆していた<ref><pubmed>8663987</pubmed></ref>。 | |||
<実はNogoレセプターのリガンドだった> | |||
Schwabのグループはその後も地道に生化学的に彼らのミエリンインヒビターの精製と同定を進めていた。その彼らの発表した部分アミノ酸配列をもとに2000年に3つのグループがこの分子の同定を発表し、Nogoと呼ばれたこの分子はMAGとは構造的に異なるものであった。その後、2001年にNogoのクローニングを行った3つのグループの一つであるSteven StrittmatterのグループによってNogoレセプターが同定された。その後、2002年に再び驚くべき報告がなされた。StrittmatterのグループとFilbinのグループが実はMAGもNogoレセプターのリガンドであることを明らかにしたのである<ref><pubmed>12160746</pubmed></ref><ref><pubmed>12089450</pubmed></ref>。 また、山下らはMAGの神経成長阻害の活性はp75を介しておこることを示していたが、その数ヶ月後に実はNogoレセプターはp75と結合しMAGを含むNogoリガンドはp75を通じて神経成長阻害を示すことが別の2つのグループによって明らかにされた<ref><pubmed>12426574</pubmed></ref><ref><pubmed>12422217</pubmed></ref>。つまり、ミエリンアソシエイティドインヒビターには幾つかのものがあり、MAGもその一つで、Nogoレセプターとp75を介して神経成長を抑制するということである(図2)。Nogoを含むミエリンインヒビターについてはその項を参照されたい。 | |||
<疾患との関係> | |||
MAGに対する抗体(特にIgM)は末梢性のニューロパチーに関与していることが知られている<ref><pubmed>20842571</pubmed></ref>。これはMAGに抗原性の高い糖鎖が付着していることによるのかもしれない。抗体の存在は病態のマーカーともなりうるし、また、治療の対象ともなると考えられる。 | |||
同義語: | |||
重要な関連語:Nogo、Nogoレセプター、ミエリンインヒビター、ミエリンタンパク(MBP、PLP、P0) | |||
<references /> | |||
(執筆者:櫻井武、担当編集委員:岡野栄之) | |||
2012年2月14日 (火) 17:50時点における版
MAG: Myelin associated glycoprotein
<分子について>
MAGは、分子量約100kDaの中枢、末梢の両方のミエリン画分に存在する膜糖タンパク質である。ミエリン蛋白の中では比較的マイナーな蛋白であるが、ミエリンに存在するタンパク付加糖修飾の約30%がMAGにある。L2/HNK−1抗体で認識される抗原構造を有する糖鎖を持つ。細胞外領域は5つのイムノグロブリンドメインからなり、膜貫通領域そして細胞内領域を持つ。スプライシングによる細胞内領域の異なるアイソフォームが存在し、主にLフォームとSフォームからなるが、糖付加の違いによる更なるアイソフォームも存在する。中枢では発生段階ではLフォームがメジャーであるが、末梢ではSフォームがメジャーである。アダルトにおいてはSフォームが中枢、末梢の両者でメジャーである[1]。 MAGは別名Siglec-4とも呼ばれSIGLECファミリーに属するシアル酸に結合する活性を有する蛋白質である事も明らかにされた[2]。In vitroの活性からMAGは細胞接着因子であることが明らかにされ、また、その局在がシュワン細胞がミエリン形成を開始する際の神経の軸索に接する部分の突起の所にみられることから、ミエリン形成におけるアクソンーグリア相互作用に関与する重要な分子であることが予想されていた[3][4]。 梅森らは、チロシンキナーゼのc−fynがL-MAGに結合していて、ミエリン形成の初期にチロシンのリン酸化がみられること及び、L-MAGをクロスリンクすることによってc-fynが活性化されることを報告し、MAGとfynがミエリン形成に重要であることを示唆していた[5]。
<遺伝子クローニングからノックアウトマウスの作製へ>
1987年に3つのグループが遺伝子クローニングを行った。少し遅れて日本でも宮武らのグループがヒトのMAG遺伝子のクローニングを報告した。 1994年にノックアウトマウスが2つのグループによって報告され、in vitroの結果から予測されたようなドラスティックな異常はみられず、ミエリン形成がほとんど正常におこっていたことから、研究者を非常にがっかりさせた。しかしながら、脱髄のあとの回復が遅れていたことから、MAGはおそらく神経再生においてのミエリン形成に関与しているのではないかと考えられた[6][7]。また、MAGノックアウトマウスにおいては別の分子がその機能をコンペンセイトしているのではないかと考えられた。事実、MAGとガラクト脂質合成酵素(MAGに結合するシアル酸の合成酵素)のダブルノックアウトマウスではノードとパラノードの形成はおこるものの、その構造の維持がおこらないことから、MAGはこのようなミエリン化された神経の構造の維持に重要であると考えられている(図1)[8]。
<ミエリンインヒビターとしての論争>
ノックアウトマウスの報告とほぼ同じ頃に驚くべき報告が行われた。Martin Schwabらは彼らの長年の研究からミエリンに神経の成長を抑制する分子が存在すると考え、ミエリンアソシエイティドインヒビターとしてその単離を試みていた。1994年に2つのグループから実はMAGがそのミエリンインヒビターではないかという報告がされたのである[9][10]。一つはモントリオールのAlbert Aguayoの流れを汲むSam Davidのグループとミエリン研究グループの共同研究であり、もう一つはニューヨークのMarie Filbinのグループである。どちらも、in vitroのデータをもとにしたものであり、データとしてはソリッドなものであった。それに対して、SchwabのグループはMAGノックアウトマウスを作ったグループと共同で、ノックアウトマウスのミエリンでもまだインヒビターの活性があることから、ミエリンインヒビターはMAGではないという反論のペーパーをすぐさまだした[11]。 それに対して、Sam Davidのグループは地道に反論のペーパーをだしていき、また、Marie FilbinのグループもMAGの神経成長抑制の活性についての解析のペーパーをだしていった。そうこうしているうちに、Schwabと一緒にペーパーを書いていたMAGノックアウトマウスを作製したグループもSchwabを抜きに、MAGノックアウトマウスでは神経再生の促進がみられるというペーパーをだし、実はMAGもミエリンインヒビターの一つではないかということを示唆していた[12]。
<実はNogoレセプターのリガンドだった>
Schwabのグループはその後も地道に生化学的に彼らのミエリンインヒビターの精製と同定を進めていた。その彼らの発表した部分アミノ酸配列をもとに2000年に3つのグループがこの分子の同定を発表し、Nogoと呼ばれたこの分子はMAGとは構造的に異なるものであった。その後、2001年にNogoのクローニングを行った3つのグループの一つであるSteven StrittmatterのグループによってNogoレセプターが同定された。その後、2002年に再び驚くべき報告がなされた。StrittmatterのグループとFilbinのグループが実はMAGもNogoレセプターのリガンドであることを明らかにしたのである[13][14]。 また、山下らはMAGの神経成長阻害の活性はp75を介しておこることを示していたが、その数ヶ月後に実はNogoレセプターはp75と結合しMAGを含むNogoリガンドはp75を通じて神経成長阻害を示すことが別の2つのグループによって明らかにされた[15][16]。つまり、ミエリンアソシエイティドインヒビターには幾つかのものがあり、MAGもその一つで、Nogoレセプターとp75を介して神経成長を抑制するということである(図2)。Nogoを含むミエリンインヒビターについてはその項を参照されたい。
<疾患との関係>
MAGに対する抗体(特にIgM)は末梢性のニューロパチーに関与していることが知られている[17]。これはMAGに抗原性の高い糖鎖が付着していることによるのかもしれない。抗体の存在は病態のマーカーともなりうるし、また、治療の対象ともなると考えられる。
同義語:
重要な関連語:Nogo、Nogoレセプター、ミエリンインヒビター、ミエリンタンパク(MBP、PLP、P0)
- ↑
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(執筆者:櫻井武、担当編集委員:岡野栄之)