「カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ」の版間の差分
細編集の要約なし |
細 →CaMKII |
||
| (3人の利用者による、間の21版が非表示) | |||
| 2行目: | 2行目: | ||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/takemoto-kimura 竹本−木村 さやか]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/takemoto-kimura 竹本−木村 さやか]</font><br> | ||
''東京大学 大学院医学系研究科''<br> | ''東京大学 大学院医学系研究科''<br> | ||
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年4月22日 原稿完成日:2014年月日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/Bito 尾藤 晴彦](東京大学 大学院医学系研究科 神経生化学分野)<br> | ||
</div> | </div> | ||
英:Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinase、英略語:CaMK | 英:Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinase、英略語:CaMK | ||
{{box|text= カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼは、細胞内[[カルシウム]]濃度が上昇した際にカルシウム[[カルモジュリン]]複合体の直接結合により活性化される、[[セリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素]]である。複数の基質を[[リン酸化]]する多機能性カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼと、特定の基質を標的とする[[MLCK]]、[[eEF-2]]キナーゼなどが存在する。前者には、[[CaMKI]]、[[CaMKII]]、[[CaMKIV]]サブファミリーが知られ、特に脳内において豊富に存在し、[[シナプス可塑性]]や[[遺伝子発現]]制御、[[細胞骨格]]制御などの神経機能修飾において幅広い役割を担う。}} | {{box|text= カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼは、細胞内[[カルシウム]]濃度が上昇した際にカルシウム[[カルモジュリン]]複合体の直接結合により活性化される、[[セリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素]]である。複数の基質を[[リン酸化]]する多機能性カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼと、特定の基質を標的とする[[MLCK]]、[[eEF-2]]キナーゼなどが存在する。前者には、[[CaMKI]]、[[CaMKII]]、[[CaMKIV]]サブファミリーが知られ、特に脳内において豊富に存在し、[[シナプス可塑性]]や[[遺伝子発現]]制御、[[細胞骨格]]制御などの神経機能修飾において幅広い役割を担う。 | ||
}} | |||
== 歴史 == | == 歴史 == | ||
1968年に骨格筋においてcAMPによる[[wj:グリコーゲン|グリコーゲン]]の分解がタンパク質リン酸化により媒介されることが発見され、[[cAMP]]や[[cGMP]]、Ca<sup>2+</sup>といった[[セカンドメッセンジャー]]が[[細胞]]機能に及ぼす影響の多くが、タンパク質リン酸化により媒介されると考えられるようになった<ref><PubMed> 22932</pubmed></ref><ref><PubMed>6312325</pubmed></ref>。Ca<sup>2+</sup>によるタンパク質リン酸化活性の促進がまず報告されたのは、[[ホスホリラーゼキナーゼ]]や[[ミオシン軽鎖キナーゼ]] (myosin light chain kinase, MLCK)である。脳内における最初のCaMKII活性の報告は、[[シナプトソーム]]膜のCa<sup>2+</sup>依存的なリン酸化において、カルモジュリンが必要であるとの報告にさかのぼる<ref><PubMed> 628428</pubmed></ref>。その後、1980年代初頭に[[トリプトファン水酸化酵素]]や[[シナプシン]]Iを基質として、[[カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII]]([[Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II|Ca<sup>2+</sup>/calmodulin-dependent protein kinase II]], CaMKII)が同定され<ref><PubMed>7409141</pubmed></ref><ref name=ref1><PubMed> 6785753</pubmed></ref>、複数のグループにより精製分離された。また、[[CaMKI]]は、シナプシンIを基質として、CaMKIIとは異なるリン酸化部位を標的とするリン酸化酵素として、同定・分離された<ref name=ref1 /><ref><PubMed> 2411213</pubmed></ref>。次いで1989年に、[[小脳]][[顆粒細胞]]に豊富に存在する新たなCaMKとして[[CaMKIV]]が報告された<ref><PubMed>2538431</pubmed></ref>。これらの、カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ活性は、多組織に比べ脳において活性が高いことが示され、その後脳機能における研究が著しく展開され、シナプス可塑性や遺伝子発現制御、細胞骨格制御などの神経細胞機能修飾において幅広い機能を担うことが明らかとなった。 | |||
== 分類 == | == 分類 == | ||
Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリンの結合によって活性化されるカルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼも、特定の基質を標的とする"dedicated kinase"と、幅広い基質選択性を有した、多機能性カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ"multifunctional kinase"に分類される。前者には、MLCK、eEF-2キナーゼ([[CaMKIII]])などが含まれ、後者には多機能性CaMKであるCaMKI、CaMKII、CaMKIVが分類される。多機能性CaMKは、ほとんどの組織に存在するが特に脳内での活性が高いことが古くから知られている。幅広い基質選択性により、複数の基質を細胞内でリン酸化することが可能で、その結果、多彩な神経細胞Ca<sup>2+</sup>上昇に応答した神経細胞機能修飾を担うと考えられている。 | Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリンの結合によって活性化されるカルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼも、特定の基質を標的とする"dedicated kinase"と、幅広い基質選択性を有した、多機能性カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ"multifunctional kinase"に分類される。前者には、MLCK、eEF-2キナーゼ([[CaMKIII]])などが含まれ、後者には多機能性CaMKであるCaMKI、CaMKII、CaMKIVが分類される。多機能性CaMKは、ほとんどの組織に存在するが特に脳内での活性が高いことが古くから知られている。幅広い基質選択性により、複数の基質を細胞内でリン酸化することが可能で、その結果、多彩な神経細胞Ca<sup>2+</sup>上昇に応答した神経細胞機能修飾を担うと考えられている。 | ||
== 多機能性CaMKの構造と活性化機構 == | == 多機能性CaMKの構造と活性化機構 == | ||
| 108行目: | 21行目: | ||
=== CaMKII === | === CaMKII === | ||
哺乳類のCaMKIIは、4つの遺伝子(CAMK2A (αサブユニット), CAMK2B (βサブユニット), CAMK2G (γサブユニット), CAMK2D (δサブユニット))によりコードされ、スプライスバリアントを含めると、40以上のアイソフォームによって構成される。基本構造として、N末端からATP結合ドメインを含むキナーゼドメイン、調節ドメイン(自己抑制ドメインとCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン結合ドメインから構成)、C末端の多量体形成を担う自己会合ドメインを有する。[[ホロエンザイム]]は自己会合ドメインを介した会合により典型的には12量体を形成するとされる。自己抑制状態では、キナーゼドメイン内基質結合ポケットに自己抑制ドメインが偽基質として結合しており、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリンが隣接する領域に結合し自己抑制が解除されるとリン酸化能を発揮する<ref | 哺乳類のCaMKIIは、4つの遺伝子(CAMK2A (αサブユニット), CAMK2B (βサブユニット), CAMK2G (γサブユニット), CAMK2D (δサブユニット))によりコードされ、スプライスバリアントを含めると、40以上のアイソフォームによって構成される。基本構造として、N末端からATP結合ドメインを含むキナーゼドメイン、調節ドメイン(自己抑制ドメインとCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン結合ドメインから構成)、C末端の多量体形成を担う自己会合ドメインを有する。[[ホロエンザイム]]は自己会合ドメインを介した会合により典型的には12量体を形成するとされる。自己抑制状態では、キナーゼドメイン内基質結合ポケットに自己抑制ドメインが偽基質として結合しており、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリンが隣接する領域に結合し自己抑制が解除されるとリン酸化能を発揮する<ref><PubMed>21884935</pubmed></ref><ref><PubMed>23632248</pubmed></ref>。これに伴い、調節ドメイン内の[[スレオニン]]残基(CaMKIIα のT286)が自己リン酸化されると、自己抑制が生じなくなり、Ca<sup>2+</sup>/カルモジュリン非存在化においても酵素活性を有する能力(autonomy)を発揮する。また、T286のリン酸化に伴いCaMに対する親和性が亢進する、CaM trappingという現象が知られ<ref><PubMed>1317063</pubmed></ref>、autonomyとともに、in vitroおよび培養細胞内<ref><PubMed>23602566</pubmed></ref>において計測される、非線形的な酵素活性化に寄与すると考えられている。特に、autonomyの状態に移行するかどうかは、Ca<sup>2+</sup>上昇の周波数に依存しており<ref><PubMed>9422695</pubmed></ref>、後述するLTPなどのシナプス可塑性発揮において重要な性質とされる。 | ||
=== CaMKK-CaMKI経路とCaMKK-CaMKVI 経路=== | === CaMKK-CaMKI経路とCaMKK-CaMKVI 経路=== | ||
哺乳類のCaMKIは、4種類の遺伝子(CAMK1A (αサブユニット), CAMK1B (βサブユニット), CAMK1G (γサブユニット), CAMK1D (δサブユニット))、CaMKIVは1種類の遺伝子(CAMK4)によりコードされる。基本構造は共通で、N末端からATP結合ドメインを含むキナーゼドメイン、自己抑制ドメインとCa<sup>2+</sup>/カルモジュリン結合ドメインから構成される調節ドメインからなる。リン酸化能発揮には、CaMKIIと同様に、調節ドメインの自己結合によるキナーゼドメインの抑制がCa<sup>2+</sup>/カルモジュリンの結合によって解除されることが必要である。また、activation loop内のスレオニンが上流キナーゼであるカルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼキナーゼ(Calcium/calmodulin-dependent protein kinase kinase, [[CaMKK]])によってリン酸化されると活性化されるという、CaMKIIにはない他のリン酸化酵素と共通した活性化メカニズムを有する。この、上流キナーゼであるCaMKKも活性化にCa<sup>2+</sup>/カルモジュリンを必要とするため、CaMKK-CaMKI、CaMKK-CaMKIVという、カルシウム依存的なリン酸化カスケードを構成する<ref><PubMed>7961813</pubmed></ref><ref><PubMed>7641687</pubmed></ref>。 | |||
== 神経系における多機能性CaMKの機能 == | == 神経系における多機能性CaMKの機能 == | ||
| 127行目: | 40行目: | ||
=== CaMKI === | === CaMKI === | ||
CaMKIの局在はアイソフォームによって異なっており、CaMKIαが細胞質に存在するのに対し、CaMKIγはC末端の[[パルミトイル化]]、[[プレニル化]]2重[[脂質修飾]]による膜アンカー型キナーゼである。上述の、[[記憶学習]]・神経可塑性など高次脳機能における研究が著しく進むCaMKIIやCaMKIVに比べ、CaMKIファミリーの神経機能は長年全く不明で、“orphan kinase”とも呼ばれていたが、神経[[初代培養]]や[[スライス培養]]系の研究が近年進み神経細胞形態制御に深く寄与することが示されている。これらには、[[軸索]][[樹状突起]]伸展制御<ref><PubMed>16772171</pubmed></ref><ref><PubMed>17553424</pubmed></ref><ref><PubMed>19864584</pubmed></ref>、スパイン形成制御<ref><PubMed>18184567</pubmed></ref>などが含まれ、神経回路形成において重要な役割を担うと考えられる。一方記憶・学習などの個体行動制御における役割は未だ不明である<ref><PubMed>18817731</pubmed></ref><ref><PubMed>20946112</pubmed></ref>。 | CaMKIの局在はアイソフォームによって異なっており、CaMKIαが細胞質に存在するのに対し、CaMKIγはC末端の[[パルミトイル化]]、[[プレニル化]]2重[[脂質修飾]]による膜アンカー型キナーゼである。上述の、[[記憶学習]]・神経可塑性など高次脳機能における研究が著しく進むCaMKIIやCaMKIVに比べ、CaMKIファミリーの神経機能は長年全く不明で、“orphan kinase”とも呼ばれていたが、神経[[初代培養]]や[[スライス培養]]系の研究が近年進み神経細胞形態制御に深く寄与することが示されている。これらには、[[軸索]][[樹状突起]]伸展制御<ref><PubMed>16772171</pubmed></ref><ref><PubMed>17553424</pubmed></ref><ref><PubMed>19864584</pubmed></ref>、スパイン形成制御<ref><PubMed>18184567</pubmed></ref>などが含まれ、神経回路形成において重要な役割を担うと考えられる。一方記憶・学習などの個体行動制御における役割は未だ不明である<ref><PubMed>18817731</pubmed></ref><ref><PubMed>20946112</pubmed></ref>。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
<references /> | <references /> | ||