「忘却」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/memory-fmri 月浦 崇]</font><br>
''京都大学 人間・環境学研究科 認知科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月9日 原稿完成日:2012年5月26日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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英語名:forgetting 独:Vergessen 仏:oubli
英語名:forgetting 独:Vergessen 仏:oubli


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 忘却とは、実際に経験し保持していた情報を思い出せず、意識することができない状態のことを指す。[[心理学]]的には、[[wikipedia:ja:ヘルマン・エビングハウス|Ebbinghaus]]の[[忘却曲線]]が有名で、忘却は時間経過の[[wikipedia:ja:関数|関数]]としてとらえられる可能性が示されているが、実際には忘却は[[記銘]]のエラーとして解釈され、そのエラーを生み出すものとして意味処理や注意などの影響が考慮される。忘却に関連する神経基盤としては、[[海馬]]や[[海馬傍回]]を含む[[側頭葉]]内側面領域や[[頭頂葉]]、[[背外側前頭前野]]などの関与が指摘されている。  
 忘却とは、実際に経験し保持していた情報を思い出せず、意識することができない状態のことを指す。[[心理学]]的には、[[wikipedia:ja:ヘルマン・エビングハウス|Ebbinghaus]]の[[忘却曲線]]が有名で、忘却は時間経過の[[wikipedia:ja:関数|関数]]としてとらえられる可能性が示されているが、実際には忘却は[[記銘]]のエラーとして解釈され、そのエラーを生み出すものとして意味処理や注意などの影響が考慮される。忘却に関連する神経基盤としては、[[海馬]]や[[海馬傍回]]を含む[[側頭葉]]内側面領域や[[頭頂葉]]、[[背外側前頭前野]]などの関与が指摘されている。  
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== 心理学的概要  ==
== 心理学的概要  ==


 忘却とは、過去に実際に経験し保持していた情報を思い出せず、意識することができない状態のことを表す記憶のエラーのことである。忘却に関連する心理学的研究としては、エビングハウスの研究が最も有名である<ref>'''H. Ebbinghaus'''<br>Über das Gedächtnis.<br>宇津木保訳 記憶について<br>''誠信書房'': 1978</ref>。彼は過去に知識として持っていない無意味綴りを用い、自らを被験者として実験を行った。彼の実験では、13項目からなる無意味綴りを2回連続正答の学習基準まで学習した後、19分後、63分後、8時間45分後、1日後、2日後、6日後、31日後に再学習(節約法)によって忘却量の測定を行った。その結果、記銘後の最初の数十分で急速な忘却が認められるが、その後の忘却の程度はわずかになることが示された。しかしながら、この実験では記銘方略などの統制が必ずしも適切に取られているわけではないため批判もあり、現在ではEbbinghausが想定していたような普遍的で単純な時間関数では、忘却の現象は説明することができないと考えられている。  
 忘却とは、過去に実際に経験し保持していた情報を思い出せず、意識することができない状態のことを表す記憶のエラーのことである。忘却に関連する心理学的研究としては、エビングハウスの研究が最も有名である<ref>'''H. Ebbinghaus'''<br>Über das Gedächtnis.<br>宇津木保訳 記憶について<br>''誠信書房'': 1978</ref><ref>'''重野純'''<br>キーワードコレクション 心理学<br>''新曜社(東京)'':1994</ref>。彼は過去に知識として持っていない無意味綴りを用い、自らを被験者として実験を行った。彼の実験では、13項目からなる無意味綴りを2回連続正答の学習基準まで学習した後、19分後、63分後、8時間45分後、1日後、2日後、6日後、31日後に再学習(節約法)によって忘却量の測定を行った。その結果、記銘後の最初の数十分で急速な忘却が認められるが、その後の忘却の程度はわずかになることが示された。しかしながら、この実験では記銘方略などの統制が必ずしも適切に取られているわけではないため批判もあり、現在ではEbbinghausが想定していたような普遍的で単純な時間関数では、忘却の現象は説明することができないと考えられている。  


== 神経基盤  ==
== 神経基盤  ==
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<references />
<references />
(執筆者:月浦崇 担当編集委員:定藤規弘)