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2014年6月3日 (火) 16:41時点における最新版
木下 晃秀、里村 嘉弘、滝沢 龍
東京大学大学院医学系研究科精神医学
DOI:10.14931/bsd.1830 原稿受付日:2012年6月1日 原稿完成日:2012年6月16日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:remission 独:Remission 仏:rémission
精神神経疾患において症状が継続的に軽減した場合、症状消失後も再発予防のため内服や経過観察を継続することがあるため、治癒とは言わず、寛解と呼ぶことが多い。1990年代以降、概念のコンセンサスが次第に整えられていき、国際的な定義が提唱された。しかし症候的な転帰による「寛解」の定義は、機能的(生活の質 Quality of Lifeなど)・認知的転帰について含まれていないとの批判もある。寛解を社会的機能(例えば、家事・学業・就業)や本人の幸福感の改善も含めた、より包括的な「社会的寛解」を目指したものに捉え直すべきであると主張する研究者も多い。
はじめに
寛解(remission)とは、一般に、病気の症状が一時的あるいは継続的に軽減、または、ほぼ消失し、臨床的にコントロールされた状態をいう。ほぼ「治癒」に近い状態であるが、精神神経疾患の中には慢性疾患の要素を持つものもあり、症状消失後も一定期間の予防的な内服や経過観察を行うことがあるため、治癒とは言わず「寛解」と呼ぶことが多い。
1980年代以前は、寛解およびその周辺の概念である回復、再燃、再発についてのコンセンサスが存在せず、各々の臨床家および研究者が異なる状態を指して使用するという混乱した状況であった[1]。
そのような中、精神疾患の治療経過についての研究や創薬・治験分野における効果判定など種々の研究分野で、また、治療ガイドラインの作成といった臨床の現場でも、その改善や悪化に関する共通言語を定める必要性が高まった。こうして1990年代以降、「寛解」「回復」「再燃」「再発」といった用語について明確に定義しようという動きが活発になった。以下に例として2疾患(うつ病・統合失調症)の寛解の定義について述べる。
うつ病の寛解
うつ病(DSM-IVでは大うつ病性障害)の寛解の定義をめぐってはこれまで多くの議論がなされてきたが、1991年、Frankらがハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)の得点と症状の継続期間により同疾患の寛解を定義した[2]。
ここではうつ病の「(完全)寛解」を「2週から8週間無症状であること、つまりうつ病の診断基準を満たさず、わずかな症状しかないこと」(あるいはハミルトンうつ病評価尺度17項目(HAM-D)で7点以下)、「回復」を「寛解が8週間以上続くこと」と提案した。さらに、「再燃」を「寛解からうつ病の診断基準を満たす症状に戻ること」(あるいは17項目HAM-Dで15点以上)、「再発」を「新しいうつ病エピソードであり、回復からうつ病の診断基準を満たす症状に戻ること」と定義した。
他にもいくつかの定義が提案され(ACNP task force[3])定義間で若干の相違点はあるものの、ある閾値を超えるような症候が一定期間認められない状態を「寛解」とし、そのような期間がさらに持続している状態を「回復」とする点は概ね共通している。
統合失調症の寛解
2000年代に入っても、統合失調症に関しては、コンセンサスが得られないままであった。そこでAndreasenらが2005年に統合失調症の寛解について定義した[4]。
なお、Andreasenらは定義を行った理由として、(1)心理社会的治療やリハビリテーションは寛解の状況で最も有効であること (2)治療有効性の評価について標準化する必要があること (3)寛解の定義を用いることで医師・患者・家族の利益や目標が綿密に調整されること を挙げている。
ここでは、寛解は中核症状が残存していても症状が患者自身の行動に影響を及ぼさない程度まで軽快し、それが維持され、かつ初期統合失調症診断基準を満たさない状態であると定義された。その評価法については、妥当性が確認されている下記の評価尺度が同定された。
- 陽性症状評価尺度(Scale for Assessment Of Positive Symptoms; SAPS)と陰性症状評価尺度(Scale for Assessment of Negative Symptoms; SANS)
- 陽性・陰性症状評価尺度(Positive and Negative Syndrome Scale; PANSS)
- 簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatric Rating Scale; BPRS)
次に寛解基準の具体的項目としては、DSM-Ⅳにおいて統合失調症と診断される5つの診断基準に基づき、3つの精神病理学的な次元(精神病性症状・陰性症状・解体)に分類される8項目が各評価尺度から選択され、これら「8項目全てにおいて軽度以下の得点を最低限6か月維持され、その間に入院していないこと」と定義された。
8項目とは、例えばPANSSでは、妄想(P1)、異常思考(G9)、幻覚様行動(P3)、思考の解体(P2)、衒奇症・不自然な姿勢(G5)、感情鈍麻(N1)、引きこもり(N4)、自発性の欠如(N6)である。なお、「軽度以下の得点」とは、PANSSとBPRSでは各項目について3点以下、SAPS/SANSの各項目について2点以下を指す。
以上の定義については、その妥当性[5]と治療目標としての有効性について[6]の研究報告がある。
今後の展望
一方で、こうした「寛解」の定義では不十分とする声もある。これまでの定義は症候的な転帰への言及に留まり、機能的(生活の質Quality of Lifeなど)・認知的転帰について含まれていないとの指摘である[7][8]。
例えば、治療により反応がえられその状態が一定期間継続している場合でも、閾値以下のうつ症状が存在している群では、症状のない群に比しうつ病エピソードの再発が早かったという報告[9]や、うつ症状の残存はたとえ閾値以下のものであっても心理・社会的な障害につながるという報告[10]がある。こうした結果は、1990年代以降に主に定義された症状のみを基にした「寛解」では、治療が目指すべき最も重要な転帰の一つとして充足しない可能性があることを示唆している。
こうした観点から、寛解を社会的機能(例えば、家事・学業・就業)や本人の幸福感の改善も含めた、より包括的な「社会的寛解」を目指したものに捉え直すべきであると主張する研究者も多い。そのため一部の統合失調症研究では、機能的・認知的転帰を含めた「回復(recovery)」という概念を用いることがある。
関連項目
参考文献
- ↑
Prien, R.F., Carpenter, L.L., & Kupfer, D.J. (1991).
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Judd, L.L., Akiskal, H.S., Zeller, P.J., Paulus, M., Leon, A.C., Maser, J.D., ..., & Keller, M.B. (2000).
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