「寛解」の版間の差分

332 バイト追加 、 2014年6月3日 (火)
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<font size="+1">木下 晃秀、里村 嘉弘、滝沢 龍</font><br>
''東京大学大学院医学系研究科精神医学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年6月1日 原稿完成日:2012年6月16日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:remission 独:Remission 仏:rémission  
英語名:remission 独:Remission 仏:rémission  


{{box|text=
 [[精神神経疾患]]において症状が継続的に軽減した場合、症状消失後も再発予防のため内服や経過観察を継続することがあるため、治癒とは言わず、寛解と呼ぶことが多い。1990年代以降、概念のコンセンサスが次第に整えられていき、国際的な定義が提唱された。しかし症候的な転帰による「寛解」の定義は、機能的([[wikipedia:ja:生活の質|生活の質]] Quality of Lifeなど)・認知的転帰について含まれていないとの批判もある。寛解を社会的機能(例えば、家事・学業・就業)や本人の幸福感の改善も含めた、より包括的な「社会的寛解」を目指したものに捉え直すべきであると主張する研究者も多い。  
 [[精神神経疾患]]において症状が継続的に軽減した場合、症状消失後も再発予防のため内服や経過観察を継続することがあるため、治癒とは言わず、寛解と呼ぶことが多い。1990年代以降、概念のコンセンサスが次第に整えられていき、国際的な定義が提唱された。しかし症候的な転帰による「寛解」の定義は、機能的([[wikipedia:ja:生活の質|生活の質]] Quality of Lifeなど)・認知的転帰について含まれていないとの批判もある。寛解を社会的機能(例えば、家事・学業・就業)や本人の幸福感の改善も含めた、より包括的な「社会的寛解」を目指したものに捉え直すべきであると主張する研究者も多い。  
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== はじめに  ==
== はじめに  ==
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 1980年代以前は、寛解およびその周辺の概念である回復、再燃、再発についてのコンセンサスが存在せず、各々の臨床家および研究者が異なる状態を指して使用するという混乱した状況であった<ref><pubmed> 1929769 </pubmed></ref>。  
 1980年代以前は、寛解およびその周辺の概念である回復、再燃、再発についてのコンセンサスが存在せず、各々の臨床家および研究者が異なる状態を指して使用するという混乱した状況であった<ref><pubmed> 1929769 </pubmed></ref>。  


 そのような中、精神疾患の治療経過についての研究や創薬・治験分野における効果判定など種々の研究分野で、また、治療ガイドラインの作成といった臨床の現場でも、その改善や悪化に関する共通言語を定める必要性が高まった。こうして1990年代以降、「寛解」「[[回復]]」「[[再燃]]」「[[再発]]」といった用語について明確に定義しようという動きが活発になった。以下に例として2疾患([[うつ病]]・[[統合失調症]])の寛解の定義について述べる。  
 そのような中、[[精神疾患]]の治療経過についての研究や創薬・治験分野における効果判定など種々の研究分野で、また、治療ガイドラインの作成といった臨床の現場でも、その改善や悪化に関する共通言語を定める必要性が高まった。こうして1990年代以降、「寛解」「[[回復]]」「[[再燃]]」「[[再発]]」といった用語について明確に定義しようという動きが活発になった。以下に例として2疾患([[うつ病]]・[[統合失調症]])の寛解の定義について述べる。  


== うつ病の寛解  ==
== うつ病の寛解  ==
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 ここではうつ病の「(完全)寛解」を「2週から8週間無症状であること、つまりうつ病の診断基準を満たさず、わずかな症状しかないこと」(あるいはハミルトンうつ病評価尺度17項目(HAM-D)で7点以下)、「回復」を「寛解が8週間以上続くこと」と提案した。さらに、「再燃」を「寛解からうつ病の診断基準を満たす症状に戻ること」(あるいは17項目HAM-Dで15点以上)、「再発」を「新しいうつ病エピソードであり、回復からうつ病の診断基準を満たす症状に戻ること」と定義した。  
 ここではうつ病の「(完全)寛解」を「2週から8週間無症状であること、つまりうつ病の診断基準を満たさず、わずかな症状しかないこと」(あるいはハミルトンうつ病評価尺度17項目(HAM-D)で7点以下)、「回復」を「寛解が8週間以上続くこと」と提案した。さらに、「再燃」を「寛解からうつ病の診断基準を満たす症状に戻ること」(あるいは17項目HAM-Dで15点以上)、「再発」を「新しいうつ病エピソードであり、回復からうつ病の診断基準を満たす症状に戻ること」と定義した。  


 他にもいくつかの定義が提案され(ACNP task force<ref><pubmed> 16794566 </pubmed></ref>)定義間で若干の相違点はあるものの、ある閾値を超えるような症候が一定期間認められない状態を「寛解」とし、そのような期間がさらに持続している状態を「回復」とする点は概ね共通している。
 他にもいくつかの定義が提案され(ACNP task force<ref><pubmed> 16794566 </pubmed></ref>)定義間で若干の相違点はあるものの、ある[[閾値]]を超えるような症候が一定期間認められない状態を「寛解」とし、そのような期間がさらに持続している状態を「回復」とする点は概ね共通している。


== 統合失調症の寛解  ==
== 統合失調症の寛解  ==
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#簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatric Rating Scale; BPRS)
#簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatric Rating Scale; BPRS)


 次に寛解基準の具体的項目としては、DSM-Ⅳにおいて統合失調症と診断される5つの診断基準に基づき、3つの精神病理学的な次元(精神病性症状・陰性症状・解体)に分類される8項目が各評価尺度から選択され、これら「8項目全てにおいて軽度以下の得点を最低限6か月維持され、その間に入院していないこと」と定義された。  
 次に寛解基準の具体的項目としては、[[DSM-Ⅳ]]において統合失調症と診断される5つの診断基準に基づき、3つの精神病理学的な次元(精神病性症状・陰性症状・解体)に分類される8項目が各評価尺度から選択され、これら「8項目全てにおいて軽度以下の得点を最低限6か月維持され、その間に入院していないこと」と定義された。  


 8項目とは、例えばPANSSでは、[[妄想]](P1)、[[異常思考]](G9)、[[幻覚]]様行動(P3)、思考の解体(P2)、[[衒奇症]]・不自然な姿勢(G5)、[[感情鈍麻]](N1)、[[引きこもり]](N4)、自発性の欠如(N6)である。なお、「軽度以下の得点」とは、PANSSとBPRSでは各項目について3点以下、SAPS/SANSの各項目について2点以下を指す。  
 8項目とは、例えばPANSSでは、[[妄想]](P1)、[[異常思考]](G9)、[[幻覚]]様行動(P3)、思考の解体(P2)、[[衒奇症]]・不自然な姿勢(G5)、[[感情鈍麻]](N1)、[[引きこもり]](N4)、自発性の欠如(N6)である。なお、「軽度以下の得点」とは、PANSSとBPRSでは各項目について3点以下、SAPS/SANSの各項目について2点以下を指す。  
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
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<br> (執筆者:木下晃秀、里村嘉弘、滝沢龍  担当編集委員:加藤忠史)