9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
(2人の利用者による、間の8版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
<div align="right"> | |||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0118133 中村 幸夫]</font><br> | |||
''独立行政法人理化学研究所 筑波研究所 バイオリソースセンター リソース基盤開発部 細胞材料開発室''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年月4日 原稿完成日:2012年12月12日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br> | |||
</div> | |||
英語名:cell line 独:Zelllinie 仏:lignée cellulaire | |||
{{box|text= | |||
細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団を指す。個体から取り出した組織から細胞を培養し通称「[[wikipedia:ja:線維芽細胞|線維芽細胞]]」と呼ばれる細胞集団や、「[[wikipedia:ja:がん細胞株|がん細胞株]]」に代表されるような不死化細胞株などが挙げられるが、様々な解釈が可能な言葉であり、細胞株という言葉だけで、それがどういう細胞集団を意味しているかを軽々に判断しない方が良い。 | |||
}} | |||
== 細胞株とは == | |||
細胞株という言葉に明確な定義は存在せず、使用する研究者によって解釈が異なる。例えば、個体から取り出した組織から細胞を培養し、通称「[線維芽細胞」と呼ばれるような培養細胞を増幅した場合に、この細胞集団を細胞株と呼ぶ場合もあるし、「がん細胞株」に代表されるように長期間の培養([[細胞分裂]])を経て試験管内で半永久的に増殖することを確認した細胞集団(不死化細胞)に対してのみ細胞株と呼ぶ場合もある。また、研究者によっては、不死化細胞を[[wikipedia:ja:クローニング|クローニング]](1個の細胞から増やす操作)した場合にのみ細胞株と呼ぶべきであるという主張も存在する。従って、細胞株という言葉だけで、それがどういう細胞集団を意味しているかを軽々に判断しない方が良い。 | |||
しかしながら、一般論としては、「細胞株」という言葉を研究者が使用する際には、「細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団」を指して用いていることが多いと思われる。例えば、個体から取り出した組織から細胞を培養し通称「線維芽細胞」と呼ばれる細胞集団を得た場合には、培養期間が短いこともあり、比較的均一な細胞集団と考えて良いものと思われる。また、「がん細胞株」に代表されるような不死化細胞株も、長期培養後にはその細胞特性が比較的安定な状態にあることが多い。ただ、「がん細胞株」のような長期培養細胞の遺伝的背景に関しては注意が必要である。何故ならば、長期培養期間中に染色体変異や遺伝子変異が生じた細胞が混在している可能性があるからである。細胞のクローニングをした場合には、クローニング後のしばらくの期間はかなり均一な細胞集団であると言えるが、その後の培養期間が長期にわたれば、細胞集団は再び不均一になっている可能性を考慮する必要性がある。即ち、細胞株を「細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団」として実験に使用したいと考えた場合には、培養期間(細胞分裂回数)をなるべく少なくする工夫が重要である。 | しかしながら、一般論としては、「細胞株」という言葉を研究者が使用する際には、「細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団」を指して用いていることが多いと思われる。例えば、個体から取り出した組織から細胞を培養し通称「線維芽細胞」と呼ばれる細胞集団を得た場合には、培養期間が短いこともあり、比較的均一な細胞集団と考えて良いものと思われる。また、「がん細胞株」に代表されるような不死化細胞株も、長期培養後にはその細胞特性が比較的安定な状態にあることが多い。ただ、「がん細胞株」のような長期培養細胞の遺伝的背景に関しては注意が必要である。何故ならば、長期培養期間中に染色体変異や遺伝子変異が生じた細胞が混在している可能性があるからである。細胞のクローニングをした場合には、クローニング後のしばらくの期間はかなり均一な細胞集団であると言えるが、その後の培養期間が長期にわたれば、細胞集団は再び不均一になっている可能性を考慮する必要性がある。即ち、細胞株を「細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団」として実験に使用したいと考えた場合には、培養期間(細胞分裂回数)をなるべく少なくする工夫が重要である。 | ||
5行目: | 19行目: | ||
== 未培養細胞 == | == 未培養細胞 == | ||
[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]であれ、[[wikipedia:ja:実験動物|実験動物]]であれ、個体から取り出し、培養操作を施していない細胞。多くの場合、研究者が自ら入手し実験に使用する。しかし、ヒト[[wikipedia:ja:臍帯血|臍帯血]] | [[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]であれ、[[wikipedia:ja:実験動物|実験動物]]であれ、個体から取り出し、培養操作を施していない細胞。多くの場合、研究者が自ら入手し実験に使用する。しかし、ヒト[[wikipedia:ja:臍帯血|臍帯血]]由来細胞(研究用)のように独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター(理研細胞バンク)のようなリソース機関から入手が可能なヒト未培養細胞(primary cells)もある。 | ||
== 培養細胞== | == 培養細胞== | ||
14行目: | 28行目: | ||
多くの場合、研究者が自ら培養し実験に使用する。 | 多くの場合、研究者が自ら培養し実験に使用する。 | ||
''詳細は[[初代培養]]の項目参照。'' | |||
=== 短期培養細胞(継代培養あり) === | === 短期培養細胞(継代培養あり) === | ||
30行目: | 46行目: | ||
様々な神経系細胞に分化する多分化能を有する体性幹細胞。 | 様々な神経系細胞に分化する多分化能を有する体性幹細胞。 | ||
''詳細は[[神経幹細胞]]の項目参照。'' | |||
=== 長期培養細胞(不死化細胞) === | === 長期培養細胞(不死化細胞) === | ||
55行目: | 71行目: | ||
[[ES細胞]]株は[[wikipedia:ja:胚細胞|胚細胞]](通常は、[[wikipedia:ja:胚盤胞|胚盤胞]]期胚の[[wikipedia:ja:内部細胞塊|内部細胞塊]])に由来する細胞株であり、最初に樹立されたのはマウスES細胞株であった。既述のごとく、正常なヒト由来細胞を遺伝子操作等なしで継代培養のみで不死化細胞とすることは不可能であるため、ヒトES細胞株の樹立は不可能であると考えていた研究者も多いと思われるが、それは可能であった<ref name=ref3><pubmed>9804556</pubmed></ref>。尚、一般的にES細胞と呼ばれているのは、多くの場合はES細胞株のことであり、不死化細胞集団を指している。ES細胞株を不死化細胞株とすることに異論を唱える研究者もいるが、試験管内で半永久的に培養が可能な細胞集団であり、不死化細胞に該当すると考えられる。 | [[ES細胞]]株は[[wikipedia:ja:胚細胞|胚細胞]](通常は、[[wikipedia:ja:胚盤胞|胚盤胞]]期胚の[[wikipedia:ja:内部細胞塊|内部細胞塊]])に由来する細胞株であり、最初に樹立されたのはマウスES細胞株であった。既述のごとく、正常なヒト由来細胞を遺伝子操作等なしで継代培養のみで不死化細胞とすることは不可能であるため、ヒトES細胞株の樹立は不可能であると考えていた研究者も多いと思われるが、それは可能であった<ref name=ref3><pubmed>9804556</pubmed></ref>。尚、一般的にES細胞と呼ばれているのは、多くの場合はES細胞株のことであり、不死化細胞集団を指している。ES細胞株を不死化細胞株とすることに異論を唱える研究者もいるが、試験管内で半永久的に培養が可能な細胞集団であり、不死化細胞に該当すると考えられる。 | ||
''詳細は[[胚性幹細胞]]の項目参照。'' | |||
==== 遺伝子操作等により樹立された不死化細胞 ==== | ==== 遺伝子操作等により樹立された不死化細胞 ==== | ||
61行目: | 79行目: | ||
=====EBV形質転換B細胞株===== | =====EBV形質転換B細胞株===== | ||
[[wikipedia: | [[wikipedia:ja:エプスタイン・バール・ウイルス|Epstein-Barrウイルス]] (EBV)は[[wikipedia:ja:伝染性単核球症|伝染性単核球症]]や[[wikipedia:ja:バーキットリンパ腫|バーキットリンパ腫]]の原因となるウイルスであるが、多くの日本人は当該ウイルスに対する抗体を有しており、危険なウイルスではない。EBVを[[wikipedia:ja:B細胞|B細胞]]に感染させることでB細胞を不死化細胞株として培養することが可能である(EBV形質転換B細胞株)。EBV形質転換B細胞株は[[wikipedia:ja:染色体|染色体]]も正常に維持されることが多く、遺伝子解析研究等に汎用されている。 | ||
=====ウイルス由来分子の強制発現による不死化細胞株===== | =====ウイルス由来分子の強制発現による不死化細胞株===== | ||
[[wikipedia:ja:SV40 Large T 抗原|SV40 Large T 抗原]]や[[wikipedia: | [[wikipedia:ja:SV40 Large T 抗原|SV40 Large T 抗原]]や[[wikipedia:ja:ヒトパピローマウイルス|ヒトパピローマウイルス]] 16 (HPV-16)-E6/E7 分子などを細胞に強制発現させることで樹立された不死化細胞株。 | ||
=====hTERTの強制発現による不死化細胞株===== | =====hTERTの強制発現による不死化細胞株===== | ||
75行目: | 93行目: | ||
体細胞に数種類(オリジナルの方法では4種類)の遺伝子([[Oct3/4]], [[Sox2]], [[Klf4]], [[c-Myc]]等)を強制発現させることで、細胞に初期化(reprogramming)を誘導し樹立される多分化能を有する幹細胞株<ref name=ref4><pubmed>16904174 </pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>18035408 </pubmed></ref>。ES細胞株と同様な多分化能を有する。ES細胞株と同様に再生医療での応用が期待されている他、疾患特異的iPS細胞(疾患者由来細胞から樹立したiPS細胞)を用いた疾患研究や創薬研究に期待が集まっている。ES細胞と同様に、単にiPS細胞と呼ばれている細胞は、iPS細胞株を指していることが多い。 | 体細胞に数種類(オリジナルの方法では4種類)の遺伝子([[Oct3/4]], [[Sox2]], [[Klf4]], [[c-Myc]]等)を強制発現させることで、細胞に初期化(reprogramming)を誘導し樹立される多分化能を有する幹細胞株<ref name=ref4><pubmed>16904174 </pubmed></ref> <ref name=ref5><pubmed>18035408 </pubmed></ref>。ES細胞株と同様な多分化能を有する。ES細胞株と同様に再生医療での応用が期待されている他、疾患特異的iPS細胞(疾患者由来細胞から樹立したiPS細胞)を用いた疾患研究や創薬研究に期待が集まっている。ES細胞と同様に、単にiPS細胞と呼ばれている細胞は、iPS細胞株を指していることが多い。 | ||
''詳細は[[iPS細胞]]の項目参照。'' | |||
以上は、培養細胞の培養期間や細胞株の樹立方法による分類であるが、培養細胞の分類には他にも様々な方法がある<ref name=ref2>『細胞培養プロトコール(実験医学別冊)』(羊土社)(2012)</ref>。 | 以上は、培養細胞の培養期間や細胞株の樹立方法による分類であるが、培養細胞の分類には他にも様々な方法がある<ref name=ref2>『細胞培養プロトコール(実験医学別冊)』(羊土社)(2012)</ref>。 | ||
== | == 神経系の細胞株 == | ||
[[wikipedia:ja:理化学研究所|理化学研究所]]細胞バンクから提供している神経系の細胞株に、PC-12(細胞株名)がある。[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]の[[褐色細胞腫]]([[pheochromocytoma]])に由来する細胞株であり、[[神経成長因子]] ([[Nerve Growth Factor]], [[NGF]]) 添加により分化して神経突起を伸ばすという分化能を有する細胞であり、神経系の研究分野で汎用されている。理研細胞バンクから提供しているすべての細胞の中でも、提供数の多さが毎年10位以内に入る汎用細胞である。 | |||
他には、マウス[[神経芽細胞腫]]([[neuroblastoma]])に由来するNeuro 2a(細胞株名)や、マウス神経芽細胞腫(neuroblastoma)とラット[[神経膠腫]](glioma)のハイブリッド細胞(融合細胞)である NG108(細胞株名)などが有名である。残念ながら、Neuro 2a及びNG108は理研細胞バンクからは提供していないが、市販されている細胞株であり、ネット検索で容易に把握が可能である。 | |||
また、今後の神経研究分野においては、多能性幹細胞(ES/iPS細胞)から分化誘導した正常に近い神経系細胞も有用であり、分野によっては、上記の汎用細胞株よりも使用機会が多くなるものと推測される。 | |||
加えて、神経系細胞に関しては、多能性幹細胞由来細胞の3次元培養により、高度に分化した神経系細胞の取得も可能となってきており<ref name=ref6><pubmed>22405989</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>22704518</pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed>22080957</pubmed></ref> <ref name=ref9><pubmed>21475194</pubmed></ref>、今後益々、多能性幹細胞(ES/iPS細胞)に由来する神経系細胞の研究利用が増えていくものと考えられる。 | |||
== 関連項目 == | |||
*[[初代培養]] | |||
*[[神経幹細胞]] | |||
*[[ES細胞]] | |||
*[[IPS細胞]] | |||
== 外部リンク == | |||
*[http://www.brc.riken.jp/lab/cell/ 理化学研究所バイオリソースセンター] | |||
== 参考文献 == | |||
<references /> |