「サイクリン依存性タンパク質キナーゼ5」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0136206/?lang=japanese 大島 登志男]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0136206/?lang=japanese 大島 登志男]</font><br>
''早稲田大学先進理工学部生命医科学科 早稲田大学先端生命医科学センター''<br>
''早稲田大学先進理工学部生命医科学科 早稲田大学先端生命医科学センター''<br>
[http://researchmap.jp/read0136206/ Toshio Ohshima]<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年5月20日 原稿完成日:2013年6月6日<br>
''Department of Life Science and Medical Bio-Science, Waseda University''<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所)
 
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年5月20日 原稿完成日:2013年5月XX日
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英:cyclin-dependent kinase 5 英略語:Cdk5
英:[[cyclin-dependent kinase]] 5 英略語:[[Cdk5]]


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{{PBB|geneid=1020}}
{{PBB|geneid=1020}}


 サイクリン依存性タンパク質キナーゼ(Cyclin-dependent kinase, Cdk)は[[細胞周期]]を制御するタンパク質キナーゼファミリーとして発見された<ref name=ref1><pubmed>9442875</pubmed></ref>。その中でサイクリン依存性キナーゼ5(Cdk5)は[[サイクリンD]]との結合と高いアミノ酸配列の相同性からCdk5の名前が付けられたが、その後神経細胞に発現しているp35(Cdk5R1)およびp39(Cdk5R2)とヘテロダイマーを形成して活性型のキナーゼとなること判明した。神経細胞特異的な機能が報告されているが、近年、非神経細胞での機能も報告されている。[[オリゴデンドロサイト]]の分化に必要であることは、Cdk5の[[コンディショナルノックアウト]]の表現型からも確認されている。
 サイクリン依存性タンパク質キナーゼ([[Cyclin-dependent kinase]], [[Cdk]])は[[細胞周期]]を制御するタンパク質キナーゼファミリーとして発見された<ref name=ref1><pubmed>9442875</pubmed></ref>。その中でサイクリン依存性キナーゼ5(Cdk5)は[[サイクリンD]]との結合と高いアミノ酸配列の相同性からCdk5の名前が付けられたが、その後神経細胞に発現しているp35(Cdk5R1)およびp39(Cdk5R2)とヘテロダイマーを形成して活性型のキナーゼとなること判明した。神経細胞特異的な機能が報告されているが、近年、非神経細胞での機能も報告されている。[[オリゴデンドロサイト]]の[[分化]]に必要であることは、Cdk5の[[コンディショナルノックアウト]]の表現型からも確認されている。


==構造==
==構造==
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! CDK !! Cyclin partner !! 機能 !! ノックアウトマウスでの表現型
! CDK !! Cyclin partner !! 機能 !! ノックアウトマウスでの表現型
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| [http://mouse.brain-map.org/experiment/show/74431284 Cdk1] || Cyclin B || M期 || 胎生致死(~E2.5).
| [http://mouse.brain-map.org/experiment/show/74431284 Cdk1] || Cyclin B || [[M期]] || 胎生致死(~E2.5).
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| rowspan=2|[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12351 Cdk2] || Cyclin E || G1/S遷移 ||rowspan=2|体重減少、神経前駆細胞の増殖異常。生存可能であるが、雄雌ともに不妊。
| rowspan=2|[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12351 Cdk2] || Cyclin E || G1/S遷移 ||rowspan=2|体重減少、[[神経前駆細胞]]の増殖異常。生存可能であるが、雄雌ともに不妊。
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| Cyclin A || S期, G2期
| Cyclin A || [[S期]], [[G2期]]
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| [http://mouse.brain-map.org/gene/show/45522 Cdk3] || Cyclin C || G1期 ? ||異常なし。生存可、生殖可。
| [http://mouse.brain-map.org/gene/show/45522 Cdk3] || Cyclin C || [[G1期]] ? ||異常なし。生存可、生殖可。
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| [http://mouse.brain-map.org/gene/show/12352 Cdk4] || Cyclin D || G1期 || 体重減少、インスリン欠乏性糖尿病。生存可能であるが、雄雌ともに不妊。
| [http://mouse.brain-map.org/gene/show/12352 Cdk4] || Cyclin D || G1期 || 体重減少、インスリン欠乏性糖尿病。生存可能であるが、雄雌ともに不妊。
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| [http://mouse.brain-map.org/gene/show/12356 Cdk6] || Cyclin D || G1期 ||
| [http://mouse.brain-map.org/gene/show/12356 Cdk6] || Cyclin D || G1期 ||
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| [http://mouse.brain-map.org/experiment/show/69012950 Cdk11] || Cyclin L || ? || 細胞分裂異常。胎生致死 (E3.5)
| [http://mouse.brain-map.org/experiment/show/69012950 Cdk11] || Cyclin L || ? || [[細胞分裂]]異常。胎生致死 (E3.5)
|}
|}
遺伝子名はAllen Brain Atlasヘリンクしている。
遺伝子名はAllen Brain Atlasヘリンクしている。
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==機能==
==機能==
===活性調節===
===活性調節===
 Cdk5は[[サイクリンD]]、[[サイクリンE|E]]と結合するが活性化されず、最終分裂を終えた神経細胞に発現しているp35(CdkR1)またはp39(Cdk5R2)と結合することで活性型となる<ref name=ref2>Cdk5 book</ref>。活性化サブユニットp35 タンパク質は、Cdk5とヘテロダイマー形成後リン酸化され、[[プロテアソーム]]系で分解される事により、量的に調整されている<ref name=ref3><pubmed>9727024</pubmed></ref>。神経細胞の障害などによる細胞内への[[カルシウム]]イオンの流入により活性化した[[カルパイン]]によりp25に限定分解される<ref name=ref4><pubmed>10604467</pubmed></ref>。p25はCdk5への結合と活性化に必要なドメインを含んでいる。しかし、リン酸化によりプロテアソーム系への分解へとは進まずCdk5/p25は安定した活性型のキナーゼとなる。さらにp35はN末端の[[ミリストリル化]]により[[細胞膜]]にアンカーしているのに対し、N末を欠くp25は細胞膜にアンカリングせず、[[細胞質]]さらには[[核]]へ局在を変え、結果的に細胞質や核でのCdk5活性の上昇を来たす。
 Cdk5は[[サイクリンD]]、[[サイクリンE|E]]と結合するが活性化されず、最終分裂を終えた神経細胞に発現しているp35(CdkR1)またはp39(Cdk5R2)と結合することで活性型となる<ref name=ref2>'''Ip, Nancy Y., Tsai, Li-Huei (Eds)'''<br>Cyclin Dependent Kinase 5 (Cdk5)<br>Springer, 2008</ref>。活性化サブユニットp35 タンパク質は、Cdk5とヘテロダイマー形成後リン酸化され、[[プロテアソーム]]系で分解される事により、量的に調整されている<ref name=ref3><pubmed>9727024</pubmed></ref>。神経細胞の障害などによる細胞内への[[カルシウム]]イオンの流入により活性化した[[カルパイン]]によりp25に限定分解される<ref name=ref4><pubmed>10604467</pubmed></ref>。p25はCdk5への結合と活性化に必要なドメインを含んでいる。しかし、リン酸化によりプロテアソーム系への分解へとは進まずCdk5/p25は安定した活性型のキナーゼとなる。さらにp35はN末端の[[ミリストリル化]]により[[細胞膜]]にアンカーしているのに対し、N末を欠くp25は細胞膜にアンカリングせず、[[細胞質]]さらには[[核]]へ局在を変え、結果的に細胞質や核でのCdk5活性の上昇を来たす。


===基質===
===基質===
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| p35
| p35
| Ser8, Thr138
| Ser8, Thr138
| <ref><pubmed> 9727024 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17121855 </pubmed></ref>
| <ref name=ref3 /><ref><pubmed> 17121855 </pubmed></ref>
|-
|-
| p39
| p39
90行目: 88行目:
| [[Tau]]
| [[Tau]]
| S202, T205, T212, T217, S235, S396, S404
| S202, T205, T212, T217, S235, S396, S404
| <ref><pubmed> 10604467 </pubmed></ref><ref name=ref4 />
| <ref name=ref4 />
|-
|-
| [[ニューロフィラメント]]  
| [[ニューロフィラメント]]  
| Lys-Ser-Pro repeats in the tail region on the NFs
| Lys-Ser-Pro repeats in the tail region on the NFs
| <ref><pubmed> 9537991 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11248670 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7553915 </pubmed></ref><ref><pubmed> 9537991 </pubmed></ref>
| <ref><pubmed> 9537991 </pubmed></ref><ref><pubmed> 11248670 </pubmed></ref><ref><pubmed> 7553915 </pubmed></ref>
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|-
| [[Cables]]
| [[Cables]]
| Tyr 15
| Tyr 15
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| <ref name=ref100><pubmed>11854007</pubmed></ref>
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| [[MAP1b]]
| [[MAP1b]]
124行目: 122行目:
| [[Bcl-2]]
| [[Bcl-2]]
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|
| <ref><pubmed> 18463240 </pubmed></ref><ref name=ref7 />
| <ref name=ref7><pubmed>18463240</pubmed></ref>
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| [[β-カテニン]]
| [[β-カテニン]]
132行目: 130行目:
| [[Src]]
| [[Src]]
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|-
| [[NMDA型グルタミン酸受容体]][[NR2A]]
| [[NMDA型グルタミン酸受容体]][[NR2A]]
200行目: 198行目:
| [[PPARγ]]
| [[PPARγ]]
| S723
| S723
| <ref><pubmed> 20651683 </pubmed></ref>
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|-
|-
| style="text-align:center" colspan="3" | '''神経変性疾患関連'''
| style="text-align:center" colspan="3" | '''神経変性疾患関連'''
214行目: 212行目:
| [[Huntingtin]]
| [[Huntingtin]]
| S434, S1181, S1201
| S434, S1181, S1201
| <ref><pubmed> 15911879 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17611284 </pubmed></ref><ref name=ref6 />
| <ref name=ref6><pubmed>15911879</pubmed></ref><ref><pubmed> 17611284 </pubmed></ref>
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|}
|}
220行目: 218行目:
==神経系での機能==
==神経系での機能==


 脳発生・発達期に神経細胞の移動、突起伸長に関与し、活性低下は神経細胞の生存に対するぜい弱性を招く。神経伝達物質の放出やポストシナプス機能にも関与し、脳高次機能への関与が示唆されている。
 脳発生・発達期に神経細胞の[[移動]]、突起伸長に関与し、活性低下は神経細胞の生存に対するぜい弱性を招く。神経伝達物質の放出やポストシナプス機能にも関与し、脳高次機能への関与が示唆されている。


 また、Cdk5はキナーゼとしての機能以外に、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[NR2B]]とタンパク質分解酵素カルパインと複合体を形成し、カルパインによるNR2Bの分解を調整しており、Cdk5のタンパク質量の低下はNR2Bのポストシナプスでの量的増加を来す<ref name=ref9><pubmed>17529984</pubmed></ref>。さらに近年、神経細胞以外の細胞での機能が推定されている。オリゴデンドロサイトの分化における機能やCdk5によるPPARγのリン酸化が[[wj:インスリン|インスリン]]抵抗性の発生機序にかかわっている可能性が示唆されている<ref name=ref10><pubmed>20651683</pubmed></ref>。
 また、Cdk5はキナーゼとしての機能以外に、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[NR2B]]とタンパク質分解酵素カルパインと複合体を形成し、カルパインによるNR2Bの分解を調整しており、Cdk5のタンパク質量の低下はNR2Bのポストシナプスでの量的増加を来す<ref name=ref9><pubmed>17529984</pubmed></ref>。さらに近年、神経細胞以外の細胞での機能が推定されている。オリゴデンドロサイトの分化における機能やCdk5によるPPARγのリン酸化が[[wj:インスリン|インスリン]]抵抗性の発生機序にかかわっている可能性が示唆されている<ref name=ref10 />。


 Cdk5活性は神経細胞の生存において厳格に制御される必要があるが、神経機能においても同様であり、結合により活性を示さない[[サイクリンE]]との結合もその活性制御に必要であることが示された<ref name=ref8><pubmed>21944720</pubmed></ref>。すなわち、サイクリンE量の低下はCdk5活性の上昇を来し、シナプス数やシナプス可塑性に影響を与えることが示された。
 Cdk5活性は神経細胞の生存において厳格に制御される必要があるが、神経機能においても同様であり、結合により活性を示さない[[サイクリンE]]との結合もその活性制御に必要であることが示された<ref name=ref8><pubmed>21944720</pubmed></ref>。すなわち、サイクリンE量の低下はCdk5活性の上昇を来し、シナプス数やシナプス可塑性に影響を与えることが示された。
232行目: 230行目:
===パーキンソン病、ハンチントン病===
===パーキンソン病、ハンチントン病===


 パーキンソン病<ref name=ref5><pubmed>14595022</pubmed></ref>やハンチントン病<ref name=ref6><pubmed>15911879</pubmed></ref>などの神経変性疾患の病態に関与している可能性が示唆されている。これら病態でもパーキンやハンチンチンがCdk5の基質であり、Cdk5活性の上昇によりリン酸化型が増加することが病態と関連づけられるが、Cdk5が神経細胞死に対して保護的に働き、Cdk5活性が低下する細胞死を引き起こしやすくなるという報告がある<ref name=ref7><pubmed>18463240</pubmed></ref>。
 パーキンソン病<ref name=ref5><pubmed>14595022</pubmed></ref>やハンチントン病<ref name=ref6 />などの神経変性疾患の病態に関与している可能性が示唆されている。これら病態でもパーキンやハンチンチンがCdk5の基質であり、Cdk5活性の上昇によりリン酸化型が増加することが病態と関連づけられるが、Cdk5が神経細胞死に対して保護的に働き、Cdk5活性が低下する細胞死を引き起こしやすくなるという報告がある<ref name=ref7 />。


==関連項目==
==関連項目==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
<references />
(担当編集委員:林 康紀)