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<font size="+1">[http://researchmap.jp/tamune-tky 田宗 秀隆]、[http://researchmap.jp/Hirohide_Iwasaki 岩崎 広英]、[http://researchmap.jp/shigeookabe 岡部 繁男]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/tamune-tky 田宗 秀隆]、[http://researchmap.jp/Hirohide_Iwasaki 岩崎 広英]、[http://researchmap.jp/shigeookabe 岡部 繁男]</font><br>
''東京大学大学院医学系研究科・神経細胞生物学分野''<br>
''東京大学大学院医学系研究科・神経細胞生物学分野''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年11月5日 原稿完成日:2013年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年11月5日 原稿完成日:2013年11月21日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/Bito 尾藤 晴彦](東京大学 大学院医学系研究科 神経生化学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英語名:synapse 独:Synapse 仏:synapse
英語名:synapse 独:Synapse 仏:synapse


{{box|text= シナプスとは、神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した、情報伝達のための接触構造である。最も基本的な構造はシナプス前細胞の軸索末端がシナプス後細胞の[[樹状突起]]に接触しているものである。シナプスには大別して[[化学シナプス]] chemical synapseと[[電気シナプス]] electrical synapseがあり、出力する側の細胞を[[シナプス前細胞]]、入力される側の細胞を[[シナプス後細胞]]という。中枢神経系の多くのシナプスを占める化学シナプスでは、活動電位の到来により、シナプス前部の電位依存性カルシウムチャネルが開口し、その結果カルシウムが流入し、シナプス顆粒の開口放出を引き起こす。その結果シナプス顆粒に含まれている神経伝達物質がシナプス間隙に放出される。神経伝達物質は、シナプス後部にある神経伝達物質受容体に結合し、直接膜電位を変化させるか細胞内二次メッセンジャーを活性化する事で伝達を行う。化学シナプスは興奮性シナプスと抑制性シナプスに細分される。一方、電気シナプスは接触膜上のギャップ結合を介して、膜電位変化を直接的に次の神経細胞に伝える構造である。このように受け取られたシナプス電位が細胞体まで伝わり、軸索小丘で統合され、最終的にシナプス後細胞が発火するかどうかが決まる。この影響の相互作用を神経統合と呼ぶ。またシナプス伝達の効率は必ずしも一定ではなく、入力の強度により変化する。これをシナプス可塑性と呼び、学習記憶の細胞メカニズムであると考えられている。}}
{{box|text= シナプスとは、神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した、情報伝達のための接触構造である。最も基本的な構造はシナプス前細胞の軸索末端がシナプス後細胞の[[樹状突起]]に接触しているものである。シナプスには大別して[[化学シナプス]] chemical synapseと[[電気シナプス]] electrical synapseがあり、出力する側の細胞を[[シナプス前細胞]]、入力される側の細胞を[[シナプス後細胞]]という。中枢神経系の多くのシナプスを占める[[化学シナプス]]では、[[活動電位]]の到来により、[[シナプス前部]]の[[電位依存性カルシウムチャネル]]が開口し、その結果[[カルシウム]]が流入し、[[シナプス顆粒]]の[[開口放出]]を引き起こす。その結果シナプス顆粒に含まれている[[神経伝達物質]]が[[シナプス間隙]]に放出される。神経伝達物質は、[[シナプス後部]]にある[[神経伝達物質受容体]]に結合し、直接[[膜電位]]を変化させるか[[細胞内二次メッセンジャー]]を活性化する事で伝達を行う。化学シナプスは[[興奮性シナプス]]と[[抑制性シナプス]]に細分される。一方、電気シナプスは接触膜上の[[ギャップ結合]]を介して、膜電位変化を直接的に次の神経細胞に伝える構造である。このように受け取られたシナプス電位が[[細胞体]]まで伝わり、[[軸索小丘]]で統合され、最終的にシナプス後細胞が[[発火]]するかどうかが決まる。この影響の相互作用を[[神経統合]]と呼ぶ。またシナプス伝達の効率は必ずしも一定ではなく、入力の強度により変化する。これを[[シナプス可塑性]]と呼び、[[学習]]・[[記憶]]の細胞メカニズムであると考えられている。}}
[[image:Complete_neuron_cell_diagram_en.png|thumb|350px|'''図1.ニューロン(神経細胞)の構造図'''<br>Dendrites=樹状突起、Rough ER (Nissl body)=粗面小胞体(ニッスル小体)、Polyribosomes=ポリリボソーム、Ribosomes=リボソーム、Golgi apparatus=ゴルジ体、Nucleus=細胞核、Nucleolus=核小体、Membrane=膜、Microtubule=微小管、Mitochondrion=ミトコンドリア、Smooth [[ER]]=滑面小胞体、Synapse (Axodendritic)=軸索樹状突起間シナプス、Synapse=シナプス、Microtubule Neurofibrils=[[微小管]]ニューロフィラメント、Neurotransmitter=神経伝達物質、Receptor=受容体、Synaptic vesicles=シナプス小胞、Synaptic cleft=シナプス間隙、Axon terminal=軸索末端、Node of Ranvier =[[ランヴィエの絞輪]] 、Myelin Sheath (Schwann cell)= シュワン細胞のミエリン鞘、Axon hillock=軸索小丘、 Nucleus (Schwann cell)=シュワン細胞の細胞核、Microfilament=[[マイクロフィラメント]]、Axon=軸索。Wikipediaより引用。]]
[[image:Complete_neuron_cell_diagram_en.png|thumb|350px|'''図1.ニューロン(神経細胞)の構造図'''<br>Dendrites=樹状突起、Rough ER (Nissl body)=粗面小胞体(ニッスル小体)、Polyribosomes=ポリリボソーム、Ribosomes=リボソーム、Golgi apparatus=ゴルジ体、Nucleus=細胞核、Nucleolus=核小体、Membrane=膜、Microtubule=微小管、Mitochondrion=ミトコンドリア、Smooth [[ER]]=滑面小胞体、Synapse (Axodendritic)=軸索樹状突起間シナプス、Synapse=シナプス、Microtubule Neurofibrils=[[微小管]]ニューロフィラメント、Neurotransmitter=神経伝達物質、Receptor=受容体、Synaptic vesicles=シナプス小胞、Synaptic cleft=シナプス間隙、Axon terminal=軸索末端、Node of Ranvier =[[ランヴィエの絞輪]] 、Myelin Sheath (Schwann cell)= シュワン細胞のミエリン鞘、Axon hillock=軸索小丘、 Nucleus (Schwann cell)=シュワン細胞の細胞核、Microfilament=[[マイクロフィラメント]]、Axon=軸索。Wikipediaより引用。]]


== 歴史 ==
== 歴史 ==


 [[wj:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Cajal]]が1888年に[[小脳]]で神経細胞同士が接触していることを明らかにしているが、明確に区分された構造物としてシナプスが観察されたのは1897年がはじめてである。
 [[wj:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Cajal]]が1888年に[[小脳]]で神経細胞同士が接触していることを明らかにしているが、明確に区分された構造物としてシナプスが観察されたのは1897年がはじめてである(図1)。


 「シナプス」の名付け親は[[wj:チャールズ・シェリントン|Sherrington]]であり、1897年に神経細胞が別の神経細胞につながる特徴的な構造を指して、synapsis(ギリシャ語で、”to clasp”:「留め具」や「握手」といった意味)と呼んだ。synapsisという言葉は多少改変され、1904年にはSherrington自身もsynapseと呼んでいる<ref name=ref2>'''Purves and Lichtman'''<br>"Principles of Neural Development" <br>''Sinauer Associates Inc'', 1985</ref>。
 「シナプス」の名付け親は[[wj:チャールズ・シェリントン|Sherrington]]であり、1897年に神経細胞が別の神経細胞につながる特徴的な構造を指して、synapsis(ギリシャ語で、”to clasp”:「留め具」や「握手」といった意味)と呼んだ。synapsisという言葉は多少改変され、1904年にはSherrington自身もsynapseと呼んでいる<ref name=ref2>'''Purves and Lichtman'''<br>"Principles of Neural Development" <br>''Sinauer Associates Inc'', 1985</ref>。
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==神経統合==
==神経統合==
 神経細胞がシナプスを介して相互に結合し、活動電位がいかにして神経伝達物質の放出を引き起こすかを解説してきたが、シナプス後細胞では、受け取った興奮性シナプス電位と抑制性シナプス電位が細胞体まで伝わり、[[軸索]]小丘 axon hillockで統合され、最終的に発火するかどうかが決まる。この影響の相互作用を[[神経統合]] neural integrationと呼ぶ<ref name=ref6>'''Neil R.Carlson著、泰羅雅登・中村克樹監訳'''<br>「第3版 カールソン 神経科学テキスト 脳と行動」<br>''丸善株式会社''、2010</ref>。
 神経細胞がシナプスを介して相互に結合し、活動電位がいかにして神経伝達物質の放出を引き起こすかを解説してきたが、シナプス後細胞では、受け取った興奮性シナプス電位と抑制性シナプス電位が細胞体まで伝わり、[[軸索小丘]] axon hillockで統合され、最終的に発火するかどうかが決まる。この影響の相互作用を[[神経統合]] neural integrationと呼ぶ<ref name=ref6>'''Neil R.Carlson著、泰羅雅登・中村克樹監訳'''<br>「第3版 カールソン 神経科学テキスト 脳と行動」<br>''丸善株式会社''、2010</ref>。


 ここで重要なのは、神経細胞同士の結合は1対1とは限らず、1対多、多対1であることが多いということである。すなわち、1つの神経細胞が多くの神経細胞に投射することを発散divergenceといい、多くの神経細胞から1つの神経細胞が投射を受けることを収斂convergenceという。実際には、多対多の投射が演算されて神経回路が形成されている<ref name=ref1 />。
 ここで重要なのは、神経細胞同士の結合は1対1とは限らず、1対多、多対1であることが多いということである。すなわち、1つの神経細胞が多くの神経細胞に投射することを発散divergenceといい、多くの神経細胞から1つの神経細胞が投射を受けることを収斂convergenceという。実際には、多対多の投射が演算されて神経回路が形成されている<ref name=ref1 />。
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 ニューレキシン/ニューロリギンなどの[[シナプス接着分子]]の異常は[[精神疾患]]とも深く関わることが明らかになっており、[[エピゲノミック]]な制御や[[コピー数多型]]などの新しい知見も含めて今後の研究の発展が望まれる<ref><pubmed> 20510934 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19563756 </pubmed></ref>。
 ニューレキシン/ニューロリギンなどの[[シナプス接着分子]]の異常は[[精神疾患]]とも深く関わることが明らかになっており、[[エピゲノミック]]な制御や[[コピー数多型]]などの新しい知見も含めて今後の研究の発展が望まれる<ref><pubmed> 20510934 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19563756 </pubmed></ref>。
新規研究法の開発も目覚しい。[[二光子励起顕微鏡法]]や神経伝達物質の uncaging法により、スパイン形成の機構に迫る試みがなされており、[[細胞骨格]]タンパク質や[[足場タンパク質]]の関与もホットなトピックである<ref><pubmed> 15190253 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 15378037 </pubmed></ref>。


 [[wikipedia:Deisseroth|Deisseroth]]らによる[[光遺伝学]] optogeneticsにより、光学的に細胞の膜電位を制御できるようになり、シナプス・細胞レベルと回路レベルをつなぐ重要なツールになると考えられる<ref><pubmed> 21692661</pubmed></ref>。
 新規研究法の開発も目覚しい。[[二光子励起顕微鏡法]]や神経伝達物質の [[ケージド試薬|アンケージング]]法により、スパイン形成の機構に迫る試みがなされており、[[細胞骨格]]タンパク質や[[足場タンパク質]]の関与もホットなトピックである<ref><pubmed> 15190253 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 15378037 </pubmed></ref>。
 
 [[w:Karl Deisseroth|Deisseroth]]らによる[[光遺伝学]] optogeneticsにより、光学的に細胞の膜電位を制御できるようになり、シナプス・細胞レベルと回路レベルをつなぐ重要なツールになると考えられる<ref><pubmed> 21692661</pubmed></ref>。


 また、従来は神経細胞間の伝達のみだと思われてきたシナプスだが、近年グリアの関与が重要であることがわかってきている。
 また、従来は神経細胞間の伝達のみだと思われてきたシナプスだが、近年グリアの関与が重要であることがわかってきている。
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*[[シナプス間隙]]
*[[シナプス間隙]]
*[[シナプス形成]]
*[[シナプス形成]]
*[[シナプス後ニューロン]]
*[[シナプス後細胞]]
*[[シナプス後電位]]
*[[シナプス後電位]]
*[[シナプス後電流]]
*[[シナプス後電流]]
*[[シナプス後肥後部]]
*[[シナプス後肥厚]]
*[[シナプス後膜]]
*[[シナプス後膜]]
*[[シナプス後要素]]
*[[シナプス後要素]]
*[[シナプス前ニューロン]]
*[[シナプス前終末]]
*[[シナプス前膜]]
*[[シナプス前膜]]
*[[シナプス前抑制]]
*[[シナプス前抑制]]
*[[シナプス遅延(時間)]]
*[[シナプス遅延]]
*[[シナプス伝達]]
*[[シナプス伝達]]
*[[シナプス電位]]
*[[シナプス電位]]
*[[(シナプス)発芽]]
*[[シナプス発芽]]
*[[シナプス発散]]
*[[シナプス発散]]
*[[化学シナプス]]
*[[化学シナプス]]
*[[シナプスタグ仮説]]
*[[シナプスの刈り込み]]
*[[シナプス可塑性]]
*[[シナプス小胞]]
*[[シナプス接着分子]]
*[[アクティブゾーン]]
*[[神経筋接合部]]
*[[興奮性シナプス]]
*[[抑制性シナプス]]


==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />