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==サルでの研究==
==サルでの研究==
 ミラー・ニューロンは、Rizzolattiらの研究において発見された<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref>。研究者は、サルを対象として、F[[5野]]は、手や顔の動きと関係があることが知られていた腹側運動前野のF5野において、手で物を掴むといった行為の実行中のニューロン活動を単一細胞記録で調べていた。すると偶発的に、研究者が手で物を拾うといった行為をサルが観察する際にも、これらのニューロンが活動することが示された。いろいろな動作に対する反応を調べた結果、ニューロンは実行する行為と観察する行為が対応するときに活動することが分かった。こうしたニューロンは、他者の行為を観察者の脳内に映し出しているように見えることから、後にミラー・ニューロンと名付けられた<ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。
 ミラー・ニューロンは、Rizzolattiらの研究において発見された<ref name=ref1><pubmed>1301372</pubmed></ref>。研究者は、サルを対象として、F[[5野]]は、手や顔の動きと関係があることが知られていた腹側運動前野のF5野において、手で物を掴むといった行為の実行中のニューロン活動を単一細胞記録で調べていた。すると偶発的に、研究者が手で物を拾うといった行為をサルが観察する際にも、これらのニューロンが活動することが示された。いろいろな動作に対する反応を調べた結果、ニューロンは実行する行為と観察する行為が対応するときに活動することが分かった。こうしたニューロンは、他者の行為を観察者の脳内に映し出しているように見えることから、後にミラー・ニューロンと名付けられた<ref name=ref2><pubmed>7571012</pubmed></ref>。


 その後の研究で、ミラー・ニューロンは単に行為の視覚特性に反応しているのではなく、より深く行為を処理していることが示されている。例えば、手で物を掴む行為の観察で活動するミラー・ニューロンは、掴む動作をあらかじめ見せておけば、行為の途中経過を隠しても反応することが示された<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。ピーナッツの殻を剥くという行為の実行・観察で活動するミラー・ニューロンが、行為で生じる音を聞くときにも活動することが示された<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。同じ餌を掴む行為でも、自分の口に運ぶか容器に入れるかといった目標の違いで活動が異なることが示され、行為の意図まで処理していることが示唆された<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>。
 その後の研究で、ミラー・ニューロンは単に行為の視覚特性に反応しているのではなく、より深く行為を処理していることが示されている。例えば、手で物を掴む行為の観察で活動するミラー・ニューロンは、掴む動作をあらかじめ見せておけば、行為の途中経過を隠しても反応することが示された<ref name=ref3><pubmed>11498058</pubmed></ref>。ピーナッツの殻を剥くという行為の実行・観察で活動するミラー・ニューロンが、行為で生じる音を聞くときにも活動することが示された<ref name=ref4><pubmed>12161656</pubmed></ref>。同じ餌を掴む行為でも、自分の口に運ぶか容器に入れるかといった目標の違いで活動が異なることが示され、行為の意図まで処理していることが示唆された<ref name=ref5><pubmed>19805419</pubmed></ref>。


 また、手だけでなく顔に対する反応も見つかっており、食物摂取における口の動きやコミュニケーションにおける口の動きの実行および観察に関与するミラー・ニューロンが報告されている<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>。
 また、手だけでなく顔に対する反応も見つかっており、食物摂取における口の動きやコミュニケーションにおける口の動きの実行および観察に関与するミラー・ニューロンが報告されている<ref name=ref6><pubmed>12752388</pubmed></ref>。


 行為の実行・観察での活動および目標による活動の違いを示すミラー・ニューロンは、下頭頂小葉のPFG野でも見つかっている<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>。また上側頭溝には、自分の行為の実行では活動しないものの、他者の行為の観察において活動するニューロンが存在することが報告されている<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>。こうした知見、および解剖学的な結合関係から、上側頭溝・下[[頭頂葉]]・腹側運動前野がミラー・ニューロン・システムを形成していると提案されている<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>。
 行為の実行・観察での活動および目標による活動の違いを示すミラー・ニューロンは、下頭頂小葉のPFG野でも見つかっている<ref name=ref7><pubmed>15860620</pubmed></ref>。また上側頭溝には、自分の行為の実行では活動しないものの、他者の行為の観察において活動するニューロンが存在することが報告されている<ref name=ref8><pubmed>1348133</pubmed></ref>。こうした知見、および解剖学的な結合関係から、上側頭溝・下[[頭頂葉]]・腹側運動前野がミラー・ニューロン・システムを形成していると提案されている<ref name=ref9><pubmed>11533734</pubmed></ref>。


==ヒトでの研究==
==ヒトでの研究==
 ヒトでもミラー・ニューロンと解釈できる脳活動が示されている。
 ヒトでもミラー・ニューロンと解釈できる脳活動が示されている。


 例えば、刺激研究から、被験者に他者の手の動作を見せると見せない場合に比べて、運動野の磁気刺激による手の筋肉からの運動誘発電位が増強されることが示され、動作の観察と実行を対応づけるシステムの関与が示唆された<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>。
 例えば、刺激研究から、被験者に他者の手の動作を見せると見せない場合に比べて、運動野の磁気刺激による手の筋肉からの運動誘発電位が増強されることが示され、動作の観察と実行を対応づけるシステムの関与が示唆された<ref name=ref10><pubmed>   7666169</pubmed></ref>。


 機能的脳画像研究から、手の動作を観察するときに、ヒトにおいてサル腹側運動前野の相同領域とされる下前頭回が活動することが示された<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>。また、指の動きを見るときおよび[[模倣]]するときのどちらも、下前頭回が活性化することが示された<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>。
 機能的脳画像研究から、手の動作を観察するときに、ヒトにおいてサル腹側運動前野の相同領域とされる下前頭回が活動することが示された<ref name=ref11><pubmed>8713554</pubmed></ref>。また、指の動きを見るときおよび[[模倣]]するときのどちらも、下前頭回が活性化することが示された<ref name=ref12><pubmed>10617472</pubmed></ref>。


 脳磁図研究から、他者の口の動きを観察するとき、他者の口の動きを模倣するとき、自発的に口を動かすとき、どの場合にも下前頭回および下頭頂小葉が活動することが示された<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。
 脳磁図研究から、他者の口の動きを観察するとき、他者の口の動きを模倣するとき、自発的に口を動かすとき、どの場合にも下前頭回および下頭頂小葉が活動することが示された<ref name=ref13><pubmed>12495633</pubmed></ref>。


==ミラー・ニューロンの機能==
==ミラー・ニューロンの機能==
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 また、サルを対象とした研究において、同じ行為でも目標の違いでミラー・ニューロンの活動が異なることから、行為の背後にある意図の理解に関与すると提案された<ref name=ref7 />。
 また、サルを対象とした研究において、同じ行為でも目標の違いでミラー・ニューロンの活動が異なることから、行為の背後にある意図の理解に関与すると提案された<ref name=ref7 />。


 他者と心理状態を共有しうるポテンシャルから、ミラー・ニューロンは[[共感]]を実現すると提案された<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。これを支持する知見として、ヒト脳損傷研究から、下前頭回の損傷により表情からの[[情動]]認識が障害されることが報告されている<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。
 他者と心理状態を共有しうるポテンシャルから、ミラー・ニューロンは[[共感]]を実現すると提案された<ref name=ref14>'''Vittorio Gallese'''<br>The "shared manifold" hypothesis: From mirror neurons to empathy.<br>''J Consciousness Studies'', 2001, 8, 33-50.</ref>。これを支持する知見として、ヒト脳損傷研究から、下前頭回の損傷により表情からの[[情動]]認識が障害されることが報告されている<ref name=ref15><pubmed>18971202</pubmed></ref>。


 ヒトにおける機能的脳画像研究において、意図的模倣で下前頭回の活動が高まったことから、ミラー・ニューロンは模倣に関与すると提案された<ref name=ref12 />。
 ヒトにおける機能的脳画像研究において、意図的模倣で下前頭回の活動が高まったことから、ミラー・ニューロンは模倣に関与すると提案された<ref name=ref12 />。


 模倣の障害を示すことなどから、ミラー・ニューロンの機能不全が[[自閉症スペクトラム障害]]の神経基盤となると提案された<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。これを支持する知見として、機能的脳画像研究から、[[自閉症]]スペクトラム障害者では定型発達者と比べて、表情に対する模倣での下前頭回の活動が弱いことが報告されている<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。
 模倣の障害を示すことなどから、ミラー・ニューロンの機能不全が[[自閉症スペクトラム障害]]の神経基盤となると提案された<ref name=ref16><pubmed>11445135</pubmed></ref>。これを支持する知見として、機能的脳画像研究から、[[自閉症]]スペクトラム障害者では定型発達者と比べて、表情に対する模倣での下前頭回の活動が弱いことが報告されている<ref name=ref17><pubmed>16327784</pubmed></ref>。


 サルの腹側運動前野がヒトの[[ブローカ野]]に対応することなどから、ミラー・ニューロンが言語処理に関与すると提案された<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>。これを支持する知見として、舌を強く動かす音声を聞いているときに弱く動かす音声の場合と比べて、運動野の磁気刺激による舌筋肉の運動誘発電位が増強されることが示されている<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。
 サルの腹側運動前野がヒトの[[ブローカ野]]に対応することなどから、ミラー・ニューロンが言語処理に関与すると提案された<ref name=ref18><pubmed>9610880</pubmed></ref>。これを支持する知見として、舌を強く動かす音声を聞いているときに弱く動かす音声の場合と比べて、運動野の磁気刺激による舌筋肉の運動誘発電位が増強されることが示されている<ref name=ref19><pubmed>   11849307</pubmed></ref>。


==ミラー・ニューロンへの批判==
==ミラー・ニューロンへの批判==
 ミラー・ニューロンについては、知見の解釈や提案された機能について批判も提出されており、現在でも議論は続いている<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。例えば、Hickok (2009)<ref name=ref20 />は、サルのミラー・ニューロンが他者の行為の理解に関与するといった機能の提案は、損傷研究などで実証的に支持されたものではないことを指摘している。Catmur et al. (2008)<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>は、機能的脳画像研究において、訓練によって非ミラー的な観察と実行の組み合わせ(足の動作の観察と手の動作の実行など)で運動前野および下頭頂小葉が活性化することを示し、ミラー・ニューロンの反応は[[知覚]]と運動の[[連合学習]]で獲得されるもので、必ずしも自分と他者の同じ行為を対応づけるものではないと提案している。
 ミラー・ニューロンについては、知見の解釈や提案された機能について批判も提出されており、現在でも議論は続いている<ref name=ref20><pubmed>19199415</pubmed></ref>。例えば、Hickok (2009)<ref name=ref20 />は、サルのミラー・ニューロンが他者の行為の理解に関与するといった機能の提案は、損傷研究などで実証的に支持されたものではないことを指摘している。Catmur et al. (2008)<ref name=ref21><pubmed>18783371</pubmed></ref>は、機能的脳画像研究において、訓練によって非ミラー的な観察と実行の組み合わせ(足の動作の観察と手の動作の実行など)で運動前野および下頭頂小葉が活性化することを示し、ミラー・ニューロンの反応は[[知覚]]と運動の[[連合学習]]で獲得されるもので、必ずしも自分と他者の同じ行為を対応づけるものではないと提案している。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
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J Consciousness Studies, 2001, 8, 33-50.
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Two systems for empathy: A double dissociation between emotional and cognitive empathy in inferior frontal gyrus versus ventromedial prefrontal lesions.
Brain, 2009, 132, 617-627.
16. Justin H. G. Williams, Andrew Whiten, Thomas Suddendorf, David I. Perrett
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17. Mirella Dapretto, Mari S. Davies, Jennifer H. Pfeifer, Ashley A. Scott, Marian Sigman, Susan Y. Bookheimer, Marco Iacoboni
Understanding emotions in others: Mirror neuron dysfunction in children with [[Autism Spectrum Disorders|autism spectrum disorders]].
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18. Giacomo Rizzolatti, Michael A. Arbib
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Trends Neurosci, 1998, 21, 188-194.
19. Luciano Fadiga, Laila Craighero, Giovanni Buccino, Giacomo Rizzolatti
Speech listening specifically modulates the excitability of tongue muscles: A TMS study.
Eur J Neurosci, 2002, 15, 399-402.
20. Gregory Hickok
Eight problems for the mirror neuron theory of action understanding in monkeys and humans.
J Cogn Neurosci, 2009, 21, 1229-1243.
21. Caroline Catmur, Helge Gillmeister, Geoffrey Bird, Roman Liepelt, Marcel Brass,  Cecilia Heyes
Through the looking glass: counter-mirror activation following incompatible sensorimotor learning.
Eur J Neurosci, 2008, 28, 1208-1215.
(執筆者:佐藤弥,担当編集委員:定藤規弘)