「体部位再現」の版間の差分
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
(2人の利用者による、間の11版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
<div align="right"> | |||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0119388 田岡 三希]</font><br> | |||
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年5月15日 原稿完成日:2015年2月4日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br><br> | |||
</div> | |||
英語名:somatotopy 独:Somatotopik 仏:somatotopie | 英語名:somatotopy 独:Somatotopik 仏:somatotopie | ||
同義語:体部位局在 | 同義語:体部位局在 | ||
{{box|text= | |||
身体を構成する特定の体部位の再現が[[中枢神経系]]の特定の領域と1対1に対応する場合、体部位再現がある、という。[[大脳皮質]][[第一次体性感覚野]]、[[第一次運動野]]、[[第二次体性感覚野]]、[[高次運動野]]に存在する。第一次体性感覚野では、手や顔、口が実際の体部位よりも大きく、広い面積を占めている一方で体幹などは小さくなっている。対象物に接触し、識別に関わる体部位は、[[触覚受容器]]の密度も高く、再現される脳領域も広くなる。 | |||
}} | |||
== 体部位再現とは == | |||
[[ファイル:Homunculus.png|thumb|350px|right|'''図1 ヒト感覚野(左)、運動野(右)における体部位再現'''<br>原図は文献<ref>'''Penfield, W. & Rasmussen, T.'''<br>The Cerebral Cortex of Man (1950).<br>''Macmillan'', New York.</ref>による。]] | |||
身体を構成する特定の体部位の再現が中枢神経系の特定の領域と1対1に対応する場合、体部位再現がある、という。大脳皮質第一次体性感覚野や第一次運動野の体部位再現が典型的な例としてあげられる。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]や[[wikipedia:ja:マカカ属サル|マカカ属サル]]の第一次体性感覚野を例にすると、この[[感覚野]]は[[中心溝]]に沿って内外側方向に帯状に広がっている。その最内側には反対側の足の刺激に応じるニューロンが存在する。これを「足の再現」(foot representation)という。この領域から外側に移動していくと下肢近位部、体幹、頭頸部、上肢近位部、手指と再現する体部位が実際の体部位の配置に従って移動していく。手指再現領域の更に外側には顔面、口腔が再現される。これに基づき、体部位を脳表に配置した図を体部位再現図という(図1)。 | |||
体部位再現図ではカナダの脳外科医[[ワイルダー・ペンフィールド]]らによるホムンクルスが有名である<ref name=ref1>'''Penfield W, Boldrey E'''<br>Somatic motor and sensory representation in the cerebral cortex of man as studied by electrical stimulation.<br>''Brain'' 60: 389-443, 1937 </ref>。第一次体性感覚野の体部位再現図では、手や顔、口が実際の体部位よりも大きく、広い面積を占めている一方で体幹などは小さくなっている。このように対象物に接触し、その識別に関わる体部位は、触覚受容器の密度も高く、再現される脳領域も広くなると考えられている。 | |||
==大脳皮質== | |||
=== 感覚野=== | |||
ペンフィールドは、[[てんかん]]患者の手術に先立ち、脳表に電気刺激を加えた時、患者にどのような感覚が生じたかを丹念に調べることで第一次体性感覚野の体部位再現図を作成した。最近のブレインイメージングの手法では、実際に体表に刺激を加えたり、[[末梢神経]]を電気刺激したときの活動する脳領域を調べることで、体部位再現の研究が行われている。 | |||
実験動物を使用した体部位再現の研究では、大脳皮質の神経細胞の活動を記録しながら、身体に体性感覚刺激を加え、刺激によって神経細胞の活動を惹起する体部位を調べることで行われる。Kaasらにより、種々の[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]で体部位再現図が明らかにされた。Kaasらの研究によるとマカカ属サルの一次体性感覚野を構成する[[ブロードマンの脳地図]]の[[ブロードマン3、1、2野|3野]]、[[ブロードマン3、1、2野|1野]]、[[ブロードマン3、1、2野|2野]]にはそれぞれ独立した体部位再現が存在するという<ref name=ref2><pubmed>4078042</pubmed></ref>。 | |||
げっ歯類、肉食類、有袋類の一部の種では、体性感覚野に、顔部の個々の洞毛等からの情報を処理するバレル(樽)という構造があり、洞毛の配置を反映した体部位再現を示す。この領野はバレル皮質を呼ばれる。 | |||
=== 運動野=== | |||
運動野においては、ペンフィールドが行った方法と同様に脳を電気刺激し、どの体部位に運動が引き起こされたかを調べる方法で、で体部位再現が研究されてきた。ペンフィールド<ref name=ref1 />は中心溝の前方の領域に第一次体性感覚野とほぼ並行した体部位再現が存在することを明らかにした。Woolseyらはマカカ属サルの脳に電極を刺入し、電気刺激よって引き起こされた筋肉の収縮を観察し、第一次運動野の体部位再現を明らかにした<ref name=ref3><pubmed>12983675</pubmed></ref>。これらの実験は、大脳皮質の第一次運動野に身体部位特異性がある事を明らかにした点で重要である。しかし、マカカ属サルを使った詳細な電気刺激実験では、特定の部位が一つの筋肉と1対1に必ずしも対応しているわけではないこと、個々の筋肉もしくは関節の再現が整然と配置されておらず、ある筋肉に対応する脳部位は離れた場所に複数存在することなどが明らかになった<ref name=ref4><pubmed>2681562</pubmed></ref>。 | |||
=== 他の大脳皮質領域=== | |||
第一次体性感覚野と第一次運動野以外にも体部位再現が存在する大脳皮質領域が報告されている。ヒトやマカカ属サルでは一次体性感覚野の外側にある[[シルヴィウス裂]]に埋もれている第二次体性感覚野には、前方に頭部の再現領域が有り、その後方に向かって上肢、下肢が再現されていることが明らかにされている。Krubitzer らの電気生理学実験<ref name=ref5><pubmed>7751949</pubmed></ref>やBurtonらの第一次体性感覚野との神経連絡を調べた実験<ref name=ref6><pubmed>7636030</pubmed></ref>からマカカ属サル第二次体性感覚野には互いに鏡像関係に配置された2つの体部位再現図が存在するという説が有力となった。マカカ属サルを使った研究では[[補足運動野]]などの高次運動野でも体部位再現が存在することが報告されている。高次運動野では、一般に一次運動野に比べ、身体部位を動かすためには大きな電流が必要なこと、また、同時に複数の関節が動く傾向が大きいことなどの違いがあるという。 | |||
== 大脳皮質以外 == | |||
体性感覚伝導路で[[脊髄]][[一次求心神経]]が入力する[[延髄後索核]]([[薄束核]]と[[楔状束核]])には、[[三叉神経]]系の支配領域を除いた身体部位の体部位再現図が存在する。また、体性感覚の[[視床]]中継核である[[後腹側核]]群(三叉神経系の入力を受ける[[後腹側内側核]]、その他の体部位からの入力を受ける[[後腹側外側核]])にも体部位再現図が存在することが知られている。 | |||
==関連項目== | |||
*[[ワイルダー・グレイヴス・ペンフィールド]] | |||
*[[体性感覚野]] | |||
*[[運動野]] | |||
*[[バレル皮質]] | |||
== 参考文献 == | |||
<references/> | |||
2015年2月4日 (水) 10:14時点における最新版
田岡 三希
独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.3835 原稿受付日:2013年5月15日 原稿完成日:2015年2月4日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)
英語名:somatotopy 独:Somatotopik 仏:somatotopie
同義語:体部位局在
身体を構成する特定の体部位の再現が中枢神経系の特定の領域と1対1に対応する場合、体部位再現がある、という。大脳皮質第一次体性感覚野、第一次運動野、第二次体性感覚野、高次運動野に存在する。第一次体性感覚野では、手や顔、口が実際の体部位よりも大きく、広い面積を占めている一方で体幹などは小さくなっている。対象物に接触し、識別に関わる体部位は、触覚受容器の密度も高く、再現される脳領域も広くなる。
体部位再現とは
身体を構成する特定の体部位の再現が中枢神経系の特定の領域と1対1に対応する場合、体部位再現がある、という。大脳皮質第一次体性感覚野や第一次運動野の体部位再現が典型的な例としてあげられる。ヒトやマカカ属サルの第一次体性感覚野を例にすると、この感覚野は中心溝に沿って内外側方向に帯状に広がっている。その最内側には反対側の足の刺激に応じるニューロンが存在する。これを「足の再現」(foot representation)という。この領域から外側に移動していくと下肢近位部、体幹、頭頸部、上肢近位部、手指と再現する体部位が実際の体部位の配置に従って移動していく。手指再現領域の更に外側には顔面、口腔が再現される。これに基づき、体部位を脳表に配置した図を体部位再現図という(図1)。
体部位再現図ではカナダの脳外科医ワイルダー・ペンフィールドらによるホムンクルスが有名である[2]。第一次体性感覚野の体部位再現図では、手や顔、口が実際の体部位よりも大きく、広い面積を占めている一方で体幹などは小さくなっている。このように対象物に接触し、その識別に関わる体部位は、触覚受容器の密度も高く、再現される脳領域も広くなると考えられている。
大脳皮質
感覚野
ペンフィールドは、てんかん患者の手術に先立ち、脳表に電気刺激を加えた時、患者にどのような感覚が生じたかを丹念に調べることで第一次体性感覚野の体部位再現図を作成した。最近のブレインイメージングの手法では、実際に体表に刺激を加えたり、末梢神経を電気刺激したときの活動する脳領域を調べることで、体部位再現の研究が行われている。
実験動物を使用した体部位再現の研究では、大脳皮質の神経細胞の活動を記録しながら、身体に体性感覚刺激を加え、刺激によって神経細胞の活動を惹起する体部位を調べることで行われる。Kaasらにより、種々の霊長類で体部位再現図が明らかにされた。Kaasらの研究によるとマカカ属サルの一次体性感覚野を構成するブロードマンの脳地図の3野、1野、2野にはそれぞれ独立した体部位再現が存在するという[3]。
げっ歯類、肉食類、有袋類の一部の種では、体性感覚野に、顔部の個々の洞毛等からの情報を処理するバレル(樽)という構造があり、洞毛の配置を反映した体部位再現を示す。この領野はバレル皮質を呼ばれる。
運動野
運動野においては、ペンフィールドが行った方法と同様に脳を電気刺激し、どの体部位に運動が引き起こされたかを調べる方法で、で体部位再現が研究されてきた。ペンフィールド[2]は中心溝の前方の領域に第一次体性感覚野とほぼ並行した体部位再現が存在することを明らかにした。Woolseyらはマカカ属サルの脳に電極を刺入し、電気刺激よって引き起こされた筋肉の収縮を観察し、第一次運動野の体部位再現を明らかにした[4]。これらの実験は、大脳皮質の第一次運動野に身体部位特異性がある事を明らかにした点で重要である。しかし、マカカ属サルを使った詳細な電気刺激実験では、特定の部位が一つの筋肉と1対1に必ずしも対応しているわけではないこと、個々の筋肉もしくは関節の再現が整然と配置されておらず、ある筋肉に対応する脳部位は離れた場所に複数存在することなどが明らかになった[5]。
他の大脳皮質領域
第一次体性感覚野と第一次運動野以外にも体部位再現が存在する大脳皮質領域が報告されている。ヒトやマカカ属サルでは一次体性感覚野の外側にあるシルヴィウス裂に埋もれている第二次体性感覚野には、前方に頭部の再現領域が有り、その後方に向かって上肢、下肢が再現されていることが明らかにされている。Krubitzer らの電気生理学実験[6]やBurtonらの第一次体性感覚野との神経連絡を調べた実験[7]からマカカ属サル第二次体性感覚野には互いに鏡像関係に配置された2つの体部位再現図が存在するという説が有力となった。マカカ属サルを使った研究では補足運動野などの高次運動野でも体部位再現が存在することが報告されている。高次運動野では、一般に一次運動野に比べ、身体部位を動かすためには大きな電流が必要なこと、また、同時に複数の関節が動く傾向が大きいことなどの違いがあるという。
大脳皮質以外
体性感覚伝導路で脊髄一次求心神経が入力する延髄後索核(薄束核と楔状束核)には、三叉神経系の支配領域を除いた身体部位の体部位再現図が存在する。また、体性感覚の視床中継核である後腹側核群(三叉神経系の入力を受ける後腹側内側核、その他の体部位からの入力を受ける後腹側外側核)にも体部位再現図が存在することが知られている。
関連項目
参考文献
- ↑ Penfield, W. & Rasmussen, T.
The Cerebral Cortex of Man (1950).
Macmillan, New York. - ↑ 2.0 2.1 Penfield W, Boldrey E
Somatic motor and sensory representation in the cerebral cortex of man as studied by electrical stimulation.
Brain 60: 389-443, 1937 - ↑
Pons, T.P., Garraghty, P.E., Cusick, C.G., & Kaas, J.H. (1985).
The somatotopic organization of area 2 in macaque monkeys. The Journal of comparative neurology, 241(4), 445-66. [PubMed:4078042] [WorldCat] [DOI] - ↑
WOOLSEY, C.N., SETTLAGE, P.H., MEYER, D.R., SENCER, W., PINTO HAMUY, T., & TRAVIS, A.M. (1952).
Patterns of localization in precentral and "supplementary" motor areas and their relation to the concept of a premotor area. Research publications - Association for Research in Nervous and Mental Disease, 30, 238-64. [PubMed:12983675] [WorldCat] - ↑
Sato, K.C., & Tanji, J. (1989).
Digit-muscle responses evoked from multiple intracortical foci in monkey precentral motor cortex. Journal of neurophysiology, 62(4), 959-70. [PubMed:2681562] [WorldCat] [DOI] - ↑
Krubitzer, L., Clarey, J., Tweedale, R., Elston, G., & Calford, M. (1995).
A redefinition of somatosensory areas in the lateral sulcus of macaque monkeys. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 15(5 Pt 2), 3821-39. [PubMed:7751949] [WorldCat] - ↑
Burton, H., Fabri, M., & Alloway, K. (1995).
Cortical areas within the lateral sulcus connected to cutaneous representations in areas 3b and 1: a revised interpretation of the second somatosensory area in macaque monkeys. The Journal of comparative neurology, 355(4), 539-62. [PubMed:7636030] [WorldCat] [DOI]