「一次運動野」の版間の差分

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 中心溝の前方、中心前回(Brodmann 4野)に位置し、随意運動の発現に関わる大脳皮質運動野の一つ。ヒトやサルの一次運動野(M1)の局所を弱い電流で刺激すると、反対側の四肢や顔面の運動や筋収縮が誘発される。一次運動野の異なる部位が、異なる体部位の制御に関わっている。高次運動野や体性感覚野からの入力を受け、皮質脊髄路や皮質延髄路を介して脊髄や脳幹に出力を送る。一次運動野は、運動指令をこれらの部位へ出力する主要な拠点である。したがって、一次運動野を損傷すると、反対側の四肢の運動麻痺が起こる。
 中心溝の前方、中心前回(Brodmann 4野)に位置し、随意運動の発現に関わる大脳皮質運動野の一つ。ヒトやサルの一次運動野(M1)の局所を弱い電流で刺激すると、反対側の四肢や顔面の運動や筋収縮が誘発される。一次運動野の異なる部位が、異なる体部位の制御に関わっている。高次運動野や体性感覚野からの入力を受け、皮質脊髄路や皮質延髄路を介して脊髄や脳幹に出力を送る。一次運動野は、運動指令をこれらの部位へ出力する主要な拠点である。したがって、一次運動野を損傷すると、反対側の四肢の運動麻痺が起こる。
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[[IMAGE:一次運動野1.png|thumb|300px|'''図1.サルとヒトの大脳皮質と一次運動野'''<br>(A)サルと(B)ヒトの大脳皮質と一次運動野(M1)。中心溝に沿って内側部から外側に広がる部分(緑色)が一次運動野。一次運動野と関連が強い高次運動野(運動前野、補足運動野、帯状皮質運動野(サルの脳のみ表示))と一次体性感覚野(2野)と上頭頂小葉(5野)の位置を示す。]]


==一次運動野の機能==
==一次運動野の機能==
[[IMAGE:一次運動野2.png|thumb|300px|'''図2.一次運動野の体部位局在'''<br>(A)サルの一次運動野の体部局在と(B)W. Penfieldらによるヒトの一次運動野の前額断面における大部位局在。]]
===体部位局在===
===体部位局在===
[[IMAGE:一次運動野1.png|thumb|400px|'''図1.サルとヒトの大脳皮質と一次運動野'''<br>(A)サルと(B)ヒトの大脳皮質と一次運動野(M1)。中心溝に沿って内側部から外側に広がる部分(緑色)が一次運動野。一次運動野と関連が強い高次運動野(運動前野、補足運動野、帯状皮質運動野(サルの脳のみ表示))と一次体性感覚野(2野)と上頭頂小葉(5野)の位置を示す。]]
[[IMAGE:一次運動野2.png|thumb|400px|'''図2.一次運動野の体部位局在'''<br>(A)サルの一次運動野の体部局在と(B)W. Penfieldらによるヒトの一次運動野の前額断面における大部位局在。]]
 19世紀後半にHughlings Jacksonは、てんかん患者の発作時に見られる痙攣がしばしば手に始まり、より近位の腕から体幹に、あるいは顔に移行していく様子を観察し、中心溝付近に体部位局在があると推測したその後、[[ヒト]]や[[サル]]の一次運動野の表面に電極を当て、弱い電流で局所的に刺激すると、反対側の四肢や顔面の運動が誘発されることが分かった。(Penfield and Boldrey, 1937; Woolsesy, 1958, 図1)。
 19世紀後半にHughlings Jacksonは、てんかん患者の発作時に見られる痙攣がしばしば手に始まり、より近位の腕から体幹に、あるいは顔に移行していく様子を観察し、中心溝付近に体部位局在があると推測したその後、[[ヒト]]や[[サル]]の一次運動野の表面に電極を当て、弱い電流で局所的に刺激すると、反対側の四肢や顔面の運動が誘発されることが分かった。(Penfield and Boldrey, 1937; Woolsesy, 1958, 図1)。


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==一次運動野の入出力==
==一次運動野の入出力==
[[IMAGE:一次運動野3.png|thumb|300px|'''図3.一次運動野へ直接入力する脳の諸領域'''<br>上段(紺色)は高次運動野からの入力、下段(灰色)は運動野以外からの入力を示す。]]
[[IMAGE:一次運動野4.png|thumb|300px|'''図4.一次運動野における出力ニューロンの層別分布'''<br>皮質表面のⅠ層からⅥ層にかけて複数の脳領域に出力する。]]
===一次運動野への入力系===
===一次運動野への入力系===
[[IMAGE:一次運動野3.png|thumb|400px|'''図3.一次運動野へ直接入力する脳の諸領域'''<br>上段(紺色)は高次運動野からの入力、下段(灰色)は運動野以外からの入力を示す。]]
 一次運動野への主な入力源は、(1)高次運動野、(2)[[頭頂葉]]連合野、(3)視床である(図1, 3)。


 一次運動野への主な入力源は、(1)高次運動野、(2)[[頭頂葉]]連合野、(3)視床である(図1, 3)。
 
 高次運動野については、運動前野、[[補足運動野]]、[[帯状皮質運動野]]からの入力が豊富である(Hatanaka et al., 2001; Morecraft and Hoesen, 1992; Tokuno and Tanji, 1993; Lu et al., 1994; Dum and Strick, 2005)。また、これらの入力においては、体部位局在性がよく保たれている。顔面や上肢などの異なる体部位を制御する高次運動野領域からの投射は、一次運動野の対応する身体部位領域に主な投射を送る。頭頂葉からは、一次[[体性感覚野]] (S1, 特に[[2野]]) や上頭頂小葉([[5野]])からの入力が豊富である (Friedman et al., 1986) 。これらの領域は、触[[圧覚]]および[[深部感覚]](2野)や空間内における四肢の位置の認知(5野)に関与する(Iwamura, et al., 1978; 1980; Mountcastle et al., 1975)。さらに、一次運動野は、視床の腹外側核(VLo核, VLPo核)から、入力を受ける。大脳基底核や[[小脳]]がこれらの核へ投射していることから、一次運動野はこれらの強い影響下にあることが示唆される(Kelley and Strick, 2003, 2004)。
 高次運動野については、運動前野、[[補足運動野]]、[[帯状皮質運動野]]からの入力が豊富である(Hatanaka et al., 2001; Morecraft and Hoesen, 1992; Tokuno and Tanji, 1993; Lu et al., 1994; Dum and Strick, 2005)。また、これらの入力においては、体部位局在性がよく保たれている。顔面や上肢などの異なる体部位を制御する高次運動野領域からの投射は、一次運動野の対応する身体部位領域に主な投射を送る。頭頂葉からは、一次[[体性感覚野]] (S1, 特に[[2野]]) や上頭頂小葉([[5野]])からの入力が豊富である (Friedman et al., 1986) 。これらの領域は、触[[圧覚]]および[[深部感覚]](2野)や空間内における四肢の位置の認知(5野)に関与する(Iwamura, et al., 1978; 1980; Mountcastle et al., 1975)。さらに、一次運動野は、視床の腹外側核(VLo核, VLPo核)から、入力を受ける。大脳基底核や[[小脳]]がこれらの核へ投射していることから、一次運動野はこれらの強い影響下にあることが示唆される(Kelley and Strick, 2003, 2004)。


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===一次運動野からの出力系===
===一次運動野からの出力系===
[[IMAGE:一次運動野4.png|thumb|400px|'''図4.一次運動野における出力ニューロンの層別分布'''<br>皮質表面のⅠ層からⅥ層にかけて複数の脳領域に出力する。]]
 一次運動野からの出力は、[[大脳皮質]]、脳幹、脊髄へ送られる(図4)。一次運動野の出力ニューロンは第Ⅱ層からⅥ層にわたって存在し、その位置と投射先には密接な関係がある。連合線維(同一半球内の大脳皮質間の投射線維)や交連線維(反対側半球へ投射する線維)を送るニューロンは第Ⅲ層にある。大脳基底核(線条体)や[[中脳]]、脳幹、脊髄への投射(下行性投射)を送るニューロンは第Ⅴ層にある。さらに、視床へ投射する細ニューロンは第Ⅵ層にある。
 一次運動野からの出力は、[[大脳皮質]]、脳幹、脊髄へ送られる(図4)。一次運動野の出力ニューロンは第Ⅱ層からⅥ層にわたって存在し、その位置と投射先には密接な関係がある。連合線維(同一半球内の大脳皮質間の投射線維)や交連線維(反対側半球へ投射する線維)を送るニューロンは第Ⅲ層にある。大脳基底核(線条体)や[[中脳]]、脳幹、脊髄への投射(下行性投射)を送るニューロンは第Ⅴ層にある。さらに、視床へ投射する細ニューロンは第Ⅵ層にある。


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==一次運動野の機能について==
==一次運動野の機能について==
[[IMAGE:一次運動野5.png|thumb|300px|'''図5.一次運動野の機能単位'''<br>(A)皮質内微小電気刺激(ICMS)によってある筋肉を収縮させることができる領域(コロニー)は重複しているため、重なっている領域の刺激では異なる筋肉の収縮が誘発され得ることを示す(Andersen, et al., 1975より)。(B)運動野の小領域が複数の筋肉を同時支配することを示す。]]
===筋肉再現仮説 vs. 運動再現仮説について===
===筋肉再現仮説 vs. 運動再現仮説について===
 一次運動野の機能単位について、皮質内微小電気刺激法(intracortical micro stimulation, ICMS)を用いた研究がなされた。その結果、2つの対立する主張(筋再現仮説 vs. 運動再現仮説)がなされた。
 一次運動野の機能単位について、皮質内微小電気刺激法(intracortical micro stimulation, ICMS)を用いた研究がなされた。その結果、2つの対立する主張(筋再現仮説 vs. 運動再現仮説)がなされた。
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===皮質脊髄路ニューロンの複数筋同時支配===
===皮質脊髄路ニューロンの複数筋同時支配===
[[IMAGE:一次運動野5.png|thumb|400px|'''図5.一次運動野の機能単位'''<br>(A)皮質内微小電気刺激(ICMS)によってある筋肉を収縮させることができる領域(コロニー)は重複しているため、重なっている領域の刺激では異なる筋肉の収縮が誘発され得ることを示す(Andersen, et al., 1975より)。(B)運動野の小領域が複数の筋肉を同時支配することを示す。]]
 Shinoda らは脊髄側索にある皮質脊髄路ニューロンの[[軸索]]を電気生理学的に同定した後、標識物質を軸索内注入し、連続[[切片]]から軸索の全体像を再構築した。その結果、単一の皮質脊髄路ニューロンは脊髄では広汎に分岐しており、複数の運動ニューロンプールを支配していることを明らかにした(Shinoda et al., 1979;1981)。またFetzらは、単一の皮質脊髄路ニューロンが興奮した時に生じるスパイク電位を基準にして、その直後の筋活動を平均加算法で解析することにより、単一の皮質脊髄路ニューロンが複数の筋肉を同時に支配していることを明らかにした(Cheney et al., 1985)。さらに、Strickらは越シナプス性に逆行性に伝播する性質のある狂犬病ウイルスを手指の筋肉(長母指外転筋、総指伸筋など)に注入し、運動ニューロンを介してこれに投射する皮質脊髄路ニューロンを一次運動野に同定した。その分布を解析したところ、一次運動野の後方部の広範囲に分布しており、異なる筋肉へ投射するニューロンの分布が重複することを明らかにした(Rathelot and Strick, 2006)。
 Shinoda らは脊髄側索にある皮質脊髄路ニューロンの[[軸索]]を電気生理学的に同定した後、標識物質を軸索内注入し、連続[[切片]]から軸索の全体像を再構築した。その結果、単一の皮質脊髄路ニューロンは脊髄では広汎に分岐しており、複数の運動ニューロンプールを支配していることを明らかにした(Shinoda et al., 1979;1981)。またFetzらは、単一の皮質脊髄路ニューロンが興奮した時に生じるスパイク電位を基準にして、その直後の筋活動を平均加算法で解析することにより、単一の皮質脊髄路ニューロンが複数の筋肉を同時に支配していることを明らかにした(Cheney et al., 1985)。さらに、Strickらは越シナプス性に逆行性に伝播する性質のある狂犬病ウイルスを手指の筋肉(長母指外転筋、総指伸筋など)に注入し、運動ニューロンを介してこれに投射する皮質脊髄路ニューロンを一次運動野に同定した。その分布を解析したところ、一次運動野の後方部の広範囲に分布しており、異なる筋肉へ投射するニューロンの分布が重複することを明らかにした(Rathelot and Strick, 2006)。