「初代培養」の版間の差分
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英:primary culture | |||
初代培養は、組織を生体外で培養する技術のうちの一つであり、特に組織をタンパク質分解酵素などで処理して、ばらばらにした細胞を培養皿中で培養することを示す。神経組織を構成する神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、シュワン細胞、また、ミクログリアなど神経系細胞のほとんどが初代培養で培養することが可能である<references />。一般的に、継代を経ない培養のことを初代培養と呼ぶことが多いが、グリア細胞の培養系は継代を経る場合もあり、広義な初代培養に含められる。グリア細胞の場合でも、何世代も継代が可能な株化培養細胞とは異なって継代回数が限られている場合が多い。初代培養された細胞は、株化培養細胞と比べて生体内に近い状態を維持していると考えられるため、様々な解析に広く用いられている。<br> | |||
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== 初代培養の歴史 == | |||
19世紀中頃に、Wilhelm Hisは神経系の軸索がどのように形成されるのかについて、軸索は発生期に細胞体からの突起として出現するという仮説を提唱した。これは、分裂した細胞が鎖状につながることによって軸索を形成するという説とともに論議をよんだ。Hisの仮説は、後年のCajalらの組織学的解析によって支持されていたが、より直接的に証明する必要があった。そのため、アメリカのHarrisonらは伸び続ける神経の末端を’生きたまま’観察するための方法を考案した。それは、カエル胚から採取した神経管をカエルのリンパ液中で培養する方法であり、神経軸索が細胞体から伸びる現象を経時的に観察することが可能であり、軸索が細胞質からでた突起であることを直接的に証明した<references />。このことが、いわゆる組織培養(広義の初代培養)の始めであるとされている。後年、ダルベッコらによって開発されたトリプシンを用いて組織をばらばらとし、単一細胞として培養する方法、また、培地や添加剤の改良などを経て、現在の神経系初代培養技術が確立した。<br> | |||
== 神経細胞の初代培養 == | |||
脊髄後根神経節や、皮質および海馬由来の神経細胞の培養が一般的に用いられている。マウス、ラットのみならずニワトリ、カエルなど多様な生物の神経細胞の初代培養系が確立されている。主に胎生期の動物の脳や脊髄を摘出し、顕微鏡下でおおまかに目的の部位を切り出す。これをトリプシンなどで処理し、細胞を解離する。この細胞をあらかじめラミニンやポリ-L-リシンなどでコートした培養皿に播く。培養後一日程で、神経突起の伸長が観察される(図.1 海馬培養神経細胞培養3日目)。また、およそ7日後にはシナプスの形成が認められ、軸索伸長のメカニズムや樹状突起の形成、さらには電気生理学的な性質を解析することが可能である。海馬由来培養神経細胞の場合5ヶ月程度培養したという報告があるが<references />、運動神経などは長期間の培養が困難である。 <br><br> | |||
== グリア細胞の初代培養 == | == グリア細胞の初代培養 == | ||
グリア系の初代培養には、神経細胞の培養より後期の脳組織を材料として用いる事が多い(齧歯類では生後0-3日目程度)。神経組織を細胞解離酵素で処理し、血清存在下の培地で培養すると、様々なグリア細胞が増殖する。このグリア系細胞を、培養基質に対する接着性などの違いを利用して分離することによって、それぞれアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの初代培養が可能である。また、細胞表面抗原に対するモノクローン抗体(グリア系前駆細胞のマーカーであるA2B5抗体、オリゴデンドロサイト前駆細胞のマーカーであるO4抗体など)によって、解離した細胞をペトリ皿上に吸着することにより、特定の細胞種を分離するimmunopanning法もしばしば用いられる(4)。末梢神経系に存在するシュワン細胞は、主にマウスやラットの坐骨神経から単離する。<br><br> | |||
=== アストロサイトの初代培養 === | === アストロサイトの初代培養 === | ||
グリア系の初代培養には、神経細胞の培養より後期の脳組織を材料として用いる事が多い(齧歯類では生後0-3日目程度)。神経組織を細胞解離酵素で処理し、血清存在下の培地で培養すると、様々なグリア細胞が増殖する。このグリア系細胞を、培養基質に対する接着性などの違いを利用して分離することによって、それぞれアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの初代培養が可能である。また、細胞表面抗原に対するモノクローン抗体(グリア系前駆細胞のマーカーであるA2B5抗体、オリゴデンドロサイト前駆細胞のマーカーであるO4抗体など)によって、解離した細胞をペトリ皿上に吸着することにより、特定の細胞種を分離するimmunopanning法もしばしば用いられる。末梢神経系に存在するシュワン細胞は、主にマウスやラットの坐骨神経から単離する<references />。 | |||
=== オリゴデンドロサイトの初代培養 === | === オリゴデンドロサイトの初代培養 === | ||
フラスコ内で飼育した、グリア混合培養をコンフルエントとなるまで培養し、振とうすることによってアストロサイト以外の細胞を培養上清中に回収する。その後に、コートしないペトリ皿上に上清を入れて静置する。この過程で接着能力の高いミクログリアはペトリ皿上に接着し、オリゴデンドロサイト前駆細胞は付着せず上清中に浮遊したままとなる。そこで、上清を単離し、無血清培地にPDGFやbFGFを添加した培地で培養することによって、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖がおこる。培地を分化培地(PDGF, bFGFを含まない、triiodothyronineを含む培地)で培養することによって、ミエリンの形成が誘導される。尚、ラット脳を材料とした場合であれば上記の方法で培養が可能であるが、マウス脳ではこの方法ではオリゴデンドロサイトの培養ができない。そのため、マウス脳を材料とする時には、一旦神経幹細胞からニューロスフィアーを形成させ、そこからオリゴデンドロサイトを分化誘導する方法が一般的である(6)。 | |||
2012年2月24日 (金) 22:27時点における版
英:primary culture
初代培養は、組織を生体外で培養する技術のうちの一つであり、特に組織をタンパク質分解酵素などで処理して、ばらばらにした細胞を培養皿中で培養することを示す。神経組織を構成する神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、シュワン細胞、また、ミクログリアなど神経系細胞のほとんどが初代培養で培養することが可能である。一般的に、継代を経ない培養のことを初代培養と呼ぶことが多いが、グリア細胞の培養系は継代を経る場合もあり、広義な初代培養に含められる。グリア細胞の場合でも、何世代も継代が可能な株化培養細胞とは異なって継代回数が限られている場合が多い。初代培養された細胞は、株化培養細胞と比べて生体内に近い状態を維持していると考えられるため、様々な解析に広く用いられている。
初代培養の歴史
19世紀中頃に、Wilhelm Hisは神経系の軸索がどのように形成されるのかについて、軸索は発生期に細胞体からの突起として出現するという仮説を提唱した。これは、分裂した細胞が鎖状につながることによって軸索を形成するという説とともに論議をよんだ。Hisの仮説は、後年のCajalらの組織学的解析によって支持されていたが、より直接的に証明する必要があった。そのため、アメリカのHarrisonらは伸び続ける神経の末端を’生きたまま’観察するための方法を考案した。それは、カエル胚から採取した神経管をカエルのリンパ液中で培養する方法であり、神経軸索が細胞体から伸びる現象を経時的に観察することが可能であり、軸索が細胞質からでた突起であることを直接的に証明した。このことが、いわゆる組織培養(広義の初代培養)の始めであるとされている。後年、ダルベッコらによって開発されたトリプシンを用いて組織をばらばらとし、単一細胞として培養する方法、また、培地や添加剤の改良などを経て、現在の神経系初代培養技術が確立した。
神経細胞の初代培養
脊髄後根神経節や、皮質および海馬由来の神経細胞の培養が一般的に用いられている。マウス、ラットのみならずニワトリ、カエルなど多様な生物の神経細胞の初代培養系が確立されている。主に胎生期の動物の脳や脊髄を摘出し、顕微鏡下でおおまかに目的の部位を切り出す。これをトリプシンなどで処理し、細胞を解離する。この細胞をあらかじめラミニンやポリ-L-リシンなどでコートした培養皿に播く。培養後一日程で、神経突起の伸長が観察される(図.1 海馬培養神経細胞培養3日目)。また、およそ7日後にはシナプスの形成が認められ、軸索伸長のメカニズムや樹状突起の形成、さらには電気生理学的な性質を解析することが可能である。海馬由来培養神経細胞の場合5ヶ月程度培養したという報告があるが、運動神経などは長期間の培養が困難である。
グリア細胞の初代培養
グリア系の初代培養には、神経細胞の培養より後期の脳組織を材料として用いる事が多い(齧歯類では生後0-3日目程度)。神経組織を細胞解離酵素で処理し、血清存在下の培地で培養すると、様々なグリア細胞が増殖する。このグリア系細胞を、培養基質に対する接着性などの違いを利用して分離することによって、それぞれアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの初代培養が可能である。また、細胞表面抗原に対するモノクローン抗体(グリア系前駆細胞のマーカーであるA2B5抗体、オリゴデンドロサイト前駆細胞のマーカーであるO4抗体など)によって、解離した細胞をペトリ皿上に吸着することにより、特定の細胞種を分離するimmunopanning法もしばしば用いられる(4)。末梢神経系に存在するシュワン細胞は、主にマウスやラットの坐骨神経から単離する。
アストロサイトの初代培養
グリア系の初代培養には、神経細胞の培養より後期の脳組織を材料として用いる事が多い(齧歯類では生後0-3日目程度)。神経組織を細胞解離酵素で処理し、血清存在下の培地で培養すると、様々なグリア細胞が増殖する。このグリア系細胞を、培養基質に対する接着性などの違いを利用して分離することによって、それぞれアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアの初代培養が可能である。また、細胞表面抗原に対するモノクローン抗体(グリア系前駆細胞のマーカーであるA2B5抗体、オリゴデンドロサイト前駆細胞のマーカーであるO4抗体など)によって、解離した細胞をペトリ皿上に吸着することにより、特定の細胞種を分離するimmunopanning法もしばしば用いられる。末梢神経系に存在するシュワン細胞は、主にマウスやラットの坐骨神経から単離する。
オリゴデンドロサイトの初代培養
フラスコ内で飼育した、グリア混合培養をコンフルエントとなるまで培養し、振とうすることによってアストロサイト以外の細胞を培養上清中に回収する。その後に、コートしないペトリ皿上に上清を入れて静置する。この過程で接着能力の高いミクログリアはペトリ皿上に接着し、オリゴデンドロサイト前駆細胞は付着せず上清中に浮遊したままとなる。そこで、上清を単離し、無血清培地にPDGFやbFGFを添加した培地で培養することによって、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖がおこる。培地を分化培地(PDGF, bFGFを含まない、triiodothyronineを含む培地)で培養することによって、ミエリンの形成が誘導される。尚、ラット脳を材料とした場合であれば上記の方法で培養が可能であるが、マウス脳ではこの方法ではオリゴデンドロサイトの培養ができない。そのため、マウス脳を材料とする時には、一旦神経幹細胞からニューロスフィアーを形成させ、そこからオリゴデンドロサイトを分化誘導する方法が一般的である(6)。