「脳室下帯」の版間の差分

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 神経幹細胞(Type B1 cell)の細胞体の一部は上衣細胞層に入り込んでおり、上衣細胞間に細い突起を伸ばして脳室に直接コンタクトする。脳室面から観察すると、上衣細胞はこれを取り囲み、風車(pinwheel)のように配列している<ref name=ref16 />(図1B)。この風車状の配列はニューロンの産生が行われている部位に特異的であり、[[側脳室]]の尾側内側壁や[[第三脳室]]などニューロンが産生されていない領域では観察されないことから、周囲を囲む上衣細胞と神経幹細胞の何らかの相互作用が幹細胞機能の調節に関与しているのではないかと考えられている。神経幹細胞は、脳室面に非運動性の一次繊毛を形成している。この一次繊毛の機能には不明な点が多いが、脳脊髄液内にはShhやWnt、BMP、[[インスリン様成長因子-2]][[insulin-like growth factor-2]]([[IGF-2]])など、脳室下帯におけるニューロンの産生を制御することが知られている分子が含まれており、これらを受容する化学的なセンサー、更には脳脊髄液の流動を感知する機械的センサーとして働いているのではないかと考えられている<ref name=ref17><pubmed>21791285</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>21382550</pubmed></ref>。
 神経幹細胞(Type B1 cell)の細胞体の一部は上衣細胞層に入り込んでおり、上衣細胞間に細い突起を伸ばして脳室に直接コンタクトする。脳室面から観察すると、上衣細胞はこれを取り囲み、風車(pinwheel)のように配列している<ref name=ref16 />(図1B)。この風車状の配列はニューロンの産生が行われている部位に特異的であり、[[側脳室]]の尾側内側壁や[[第三脳室]]などニューロンが産生されていない領域では観察されないことから、周囲を囲む上衣細胞と神経幹細胞の何らかの相互作用が幹細胞機能の調節に関与しているのではないかと考えられている。神経幹細胞は、脳室面に非運動性の一次繊毛を形成している。この一次繊毛の機能には不明な点が多いが、脳脊髄液内にはShhやWnt、BMP、[[インスリン様成長因子-2]][[insulin-like growth factor-2]]([[IGF-2]])など、脳室下帯におけるニューロンの産生を制御することが知られている分子が含まれており、これらを受容する化学的なセンサー、更には脳脊髄液の流動を感知する機械的センサーとして働いているのではないかと考えられている<ref name=ref17><pubmed>21791285</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>21382550</pubmed></ref>。


 神経幹細胞は、脳実質側に向かって伸長する長い突起を有し、血管上に終足を形成して直接コンタクトしている<ref name=ref16 /> <ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>。血管との関係については、次項で詳しく述べる。
 神経幹細胞は、脳実質側に向かって伸長する長い突起を有し、血管上に終足を形成して直接コンタクトしている<ref name=ref16 /> <ref name=ref19><pubmed>18786416</pubmed></ref> <ref name=ref20><pubmed>18786415</pubmed></ref>。血管との関係については、次項で詳しく述べる。


====一過性増殖細胞====
====一過性増殖細胞====
'''[[Type C cell]]'''
'''[[Type C cell]]'''


 神経幹細胞から産生され、ニューロンを産生する中間的な前駆細胞である。増殖能が高く、短いサイクルで分裂するが、数回の分裂の後には神経芽細胞へと分化する。[[転写因子]]である[[Mash1]]([[Ascl1]])や[[上皮成長因子受容体]] (epidermal growth factor receptor) が細胞マーカーとして用いられている。微細形態学的には、細胞質中に中間径フィラメントがないことや、複雑な突起も持たないシンプルな形状を持つなどの特徴により、アストロサイトと区別される<ref name=ref5 />。細胞体自体が脳室下帯の血管の近傍に分布しており<ref name=ref21><pubmed></pubmed></ref>、血管から様々なシグナルを受けていると考えられている。
 神経幹細胞から産生され、ニューロンを産生する中間的な前駆細胞である。増殖能が高く、短いサイクルで分裂するが、数回の分裂の後には神経芽細胞へと分化する。[[転写因子]]である[[Mash1]]([[Ascl1]])や[[上皮成長因子受容体]] (epidermal growth factor receptor) が細胞マーカーとして用いられている。微細形態学的には、細胞質中に中間径フィラメントがないことや、複雑な突起も持たないシンプルな形状を持つなどの特徴により、アストロサイトと区別される<ref name=ref5 />。細胞体自体が脳室下帯の血管の近傍に分布しており<ref name=ref21><pubmed>20682445</pubmed></ref>、血管から様々なシグナルを受けていると考えられている。


====神経芽細胞====
====神経芽細胞====
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 一過性増殖細胞を介して産生された幼若な新生ニューロンで、[[微小管]]構成タンパク質[[βIII-チューブリン]]や、微小管に結合するタンパク質[[doublecortin]] ([[Dcx]])、細胞表面に発現する[[PSA-NCAM]]などが細胞特異的なマーカーとして用いられている。
 一過性増殖細胞を介して産生された幼若な新生ニューロンで、[[微小管]]構成タンパク質[[βIII-チューブリン]]や、微小管に結合するタンパク質[[doublecortin]] ([[Dcx]])、細胞表面に発現する[[PSA-NCAM]]などが細胞特異的なマーカーとして用いられている。


 神経芽細胞は、進行方向に先導突起と呼ばれる短い突起を伸ばし、成体脳内を吻側(前方)へと長距離にわたって移動するが<ref name=ref22><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed></pubmed></ref>、その間も増殖を続けている。神経芽細胞間に小さな接着結合を断続的に作って、鎖状の細長い細胞塊を形成し、この中で互いを足場としてスライドするように移動している(鎖状細胞移動、chain migration)。また、この鎖状の神経芽細胞の集団の周囲は、アストロサイトの突起がトンネルを作るように取り囲んでいる(glial tube)。この2つは、成体脳の脳室下帯由来の神経芽細胞に特徴的な移動形態である。
 神経芽細胞は、進行方向に先導突起と呼ばれる短い突起を伸ばし、成体脳内を吻側(前方)へと長距離にわたって移動するが<ref name=ref22><pubmed>   8178174</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>8584933</pubmed></ref>、その間も増殖を続けている。神経芽細胞間に小さな接着結合を断続的に作って、鎖状の細長い細胞塊を形成し、この中で互いを足場としてスライドするように移動している(鎖状細胞移動、chain migration)。また、この鎖状の神経芽細胞の集団の周囲は、アストロサイトの突起がトンネルを作るように取り囲んでいる(glial tube)。この2つは、成体脳の脳室下帯由来の神経芽細胞に特徴的な移動形態である。


===脳室下帯のニューロン新生における血管の役割===
===脳室下帯のニューロン新生における血管の役割===
 脳室下帯には血管が豊富に存在する。血管内皮細胞は、[[血管内皮細胞増殖因子]] ([[vascular endothelial growth factor]], [[VEGF]])、[[線維芽細胞増殖因子-2]] ([[fibroblast growth factor-2]], [[FGF2]]), [[インスリン様成長因子-1]]([[insulin-like growth factor-1]], [[IGF-1]])、 [[脳由来神経栄養因子]]([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])など、細胞の生存・増殖・分化に関与する拡散性の分子を産生し、様々な器官の幹細胞を維持する微小環境の構築に重要な役割を果たしている。また、血液にも[[増殖因子]]や[[サイトカイン]]など様々な分子が含まれるが、成体の脳内では周皮細胞やアストロサイトによって[[血液脳関門]]が形成され、血管成分の脳実質への流出は制限されている。しかし脳室下帯の血管は、脳実質に比べて周皮細胞やアストロサイトの被覆が少なく、物質の透過性が高い特殊な構造になっている<ref name=ref20 />。
 脳室下帯には血管が豊富に存在する。血管内皮細胞は、[[血管内皮細胞増殖因子]] ([[vascular endothelial growth factor]], [[VEGF]])、[[線維芽細胞増殖因子-2]] ([[fibroblast growth factor-2]], [[FGF2]]), [[インスリン様成長因子-1]]([[insulin-like growth factor-1]], [[IGF-1]])、 [[脳由来神経栄養因子]]([[brain-derived neurotrophic factor]], [[BDNF]])など、細胞の生存・増殖・分化に関与する拡散性の分子を産生し、様々な器官の幹細胞を維持する微小環境の構築に重要な役割を果たしている。また、血液にも[[増殖因子]]や[[サイトカイン]]など様々な分子が含まれるが、成体の脳内では周皮細胞やアストロサイトによって[[血液脳関門]]が形成され、血管成分の脳実質への流出は制限されている。しかし脳室下帯の血管は、脳実質に比べて周皮細胞やアストロサイトの被覆が少なく、物質の透過性が高い特殊な構造になっている<ref name=ref20 />。


 神経幹細胞は、脳実質側に伸ばした突起で血管上に終足を形成している。血管内皮細胞が産生する[[ケモカイン]][[ストロマ細胞由来因子]](stromal cell-derived factor, SDF)-1による誘引作用や血管[[基底膜]]に豊富に存在する[[細胞外基質]]である[[ラミニン]]とその受容体である[[インテグリン]]がこの構造の形成に関与しており<ref name=ref19 /> <ref name=ref21 /> 、血管との接着が神経幹細胞の増殖を活性化する<ref name=ref21 />。また、一過性増殖細胞は細胞体自体が血管のごく近傍に位置し<ref name=ref21 />、神経芽細胞は移動過程でしばしば血管に沿っている<ref name=ref24><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed></pubmed></ref>。従って、脳室下帯は[[ニューロン新生]]過程において、多段階にわたって血管内皮細胞や血液からの制御を受けていると考えられている<ref name=ref26><pubmed></pubmed></ref>。
 神経幹細胞は、脳実質側に伸ばした突起で血管上に終足を形成している。血管内皮細胞が産生する[[ケモカイン]][[ストロマ細胞由来因子]](stromal cell-derived factor, SDF)-1による誘引作用や血管[[基底膜]]に豊富に存在する[[細胞外基質]]である[[ラミニン]]とその受容体である[[インテグリン]]がこの構造の形成に関与しており<ref name=ref19 /> <ref name=ref21 /> 、血管との接着が神経幹細胞の増殖を活性化する<ref name=ref21 />。また、一過性増殖細胞は細胞体自体が血管のごく近傍に位置し<ref name=ref21 />、神経芽細胞は移動過程でしばしば血管に沿っている<ref name=ref24><pubmed>17537968</pubmed></ref> <ref name=ref25><pubmed>19575445</pubmed></ref>。従って、脳室下帯は[[ニューロン新生]]過程において、多段階にわたって血管内皮細胞や血液からの制御を受けていると考えられている<ref name=ref26><pubmed>24672424</pubmed></ref>。


===脳室下帯への神経入力===
===脳室下帯への神経入力===