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神経活動に依存してシナプスにおける神経細胞間の情報伝達効率が変化するシナプス可塑性の1種である。長期抑圧が誘導されたシナプスでは神経細胞間の情報伝達効率が長期に渡って低下する。記憶や学習といった高次脳機能の細胞レベルでの基盤ではないかと考えられている。そのメカニズムはプレシナプス(シナプスの軸索側)からの伝達物質の放出量が低下する場合と、シナプス後部(シナプスの樹状突起側)の神経伝達物質受容体のイオン透過性やその数が減少する場合がある。小脳で最初に発見された現象であるが、海馬等、他の領域にも広く存在する。 | |||
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==小脳長期抑圧== | ==小脳長期抑圧== | ||
=== | ===分子機構=== | ||
[[image:長期抑圧1.png|thumb|350px|'''図1.小脳長期抑圧の分子機構''']] | [[image:長期抑圧1.png|thumb|350px|'''図1.小脳長期抑圧の分子機構''']] | ||
[[小脳]] | [[小脳]]の長期抑圧は小脳皮質の[[平行線維]]と[[プルキンエ細胞]]間の[[シナプス]]の伝達効率が長期(数十分間以上)に渡って低下する現象である。プルキンエ細胞への2つの興奮性の入力である平行線維と[[登上線維]]を同時に刺激することで引き起こされる。 | ||
小脳長期抑圧の分子実体は、シナプス後部における[[AMPA型グルタミン酸受容体]](AMPA受容体)の数が[[エンドサイトーシス]]によって減少することであることが知られている<ref name=ref1><pubmed>20559335</pubmed></ref>(図1)。平行線維からの入力による[[代謝型グルタミン酸受容体]][[mGuR1]]の活性化と、登上線維からの入力による[[脱分極]]に依存するプルキンエ細胞内の[[カルシウム]]濃度の上昇によって[[PKC]]が活性化することが長期抑圧の誘導に必須であることが分かっている。活性化されたPKCはAMPA受容体の[[GluA2]]サブユニットのC末細胞内領域の[[セリン]]残基(S880)をリン酸化し、このリン酸化によってAMPA受容体はアンカータンパク質である[[GRIP]]から解離する<ref name=ref2><pubmed>10856222</pubmed></ref>。GRIPから解離したAMPA受容体は[[PICK1]]と結合し、[[クラスリン]]依存性のエンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれることで、細胞表面の数が減少すると考えられている<ref name=ref3><pubmed>12805550</pubmed></ref>。また、プルキンエ細胞に存在する[[δ2グルタミン酸受容体]]を欠損したマウスでは長期抑圧が引き起こされない<ref name=ref4><pubmed>7736576</pubmed></ref>ため、この受容体も長期抑圧に必須の働きを持っていることが知られている。δ2グルタミン酸受容体は[[チロシン脱リン酸化酵素]][[PTPMEG]]を介してAMPA受容体GluA2サブユニットのチロシンのリン酸化状態を制御して小脳長期抑圧に関与していることが報告されている<ref name=ref5><pubmed>23431139</pubmed></ref>。さらに[[顆粒細胞]]から放出される[[Cbln1]]というタンパク質<ref name=ref6><pubmed>16234806</pubmed></ref>や[[一酸化窒素]]<ref name=ref7><pubmed>7646893</pubmed></ref>の重要性も指摘されている。 | |||
=== | ===生理的機能=== | ||
小脳長期抑圧は意図した運動と実際に起こっている運動とのずれを、末梢からの[[フィードバック]]を利用して補正することで[[運動学習]]に重要な働きを持っていると考えられている。多くの長期抑圧の誘導に異常のある遺伝子改変マウスでは実際に運動学習が障害されている。たとえば上述のδ2グルタミン酸受容体を欠損したマウスでは、小脳長期抑圧は誘導されず、同時に[[瞬目条件反射]]の学習が阻害されていることが知られている<ref name=ref4 />。またプルキンエ細胞特異的にPKCの阻害ペプチドを発現させたマウスでも、長期抑圧の誘導が阻害されるのと同時に運動学習の1つである[[前庭動眼反射]]が引き起こされないことも知られている<ref name=ref8><pubmed>9539124</pubmed></ref>。これらのことから小脳長期抑圧はある種の運動学習の基盤となるメカニズムであると考えられている。一方、長期抑圧が引き起こされない[[遺伝子改変動物]]でも運動学習が可能であることも報告されており<ref name=ref9><pubmed>21482355</pubmed></ref>、更なる研究が待たれる状況である。 | |||
==海馬長期抑圧== | ==海馬長期抑圧== | ||
=== | ===分子機構=== | ||
[[image:長期抑圧2.png|thumb|350px|'''図2.NMDA受容体依存型の海馬長期抑圧の分子機構''']] | [[image:長期抑圧2.png|thumb|350px|'''図2.NMDA受容体依存型の海馬長期抑圧の分子機構''']] | ||
[[海馬]] | [[海馬]]における長期抑圧は小脳と同様に代謝型グルタミン酸受容体の依存するものと[[NMDA型グルタミン酸受容体]](NMDA受容体)に依存するものが存在する。どちらの場合も、小脳と同様にシナプス後部におけるAMPA受容体のクラスリン依存性のエンドサイトーシスがその分子実体の1つであるが、そこにいたる過程には違いがある。NMDA受容体依存性の長期抑圧にはNMDA受容体からのカルシウム流入、[[脱リン酸化酵素]]である[[カルシニューリン]]、AMPA受容体に強固に結合するタンパク質である[[TARP]](Transmembrane AMPA receptor Regulatory Protein)、[[ホスファチジルイノシトール2リン酸]]([[PIP2]])を合成する酵素である[[PIP5Kγ]]が必須の働きを持っていることが知られている<ref name=ref1 /> <ref name=ref10><pubmed> 24217640</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>22243752</pubmed></ref>(図2)。NMDA受容体から[[Ca2+|Ca2<sup>+</sup>]]が流入すると脱リン酸化酵素であるカルシニューリンが活性化される。この活性化されたカルシニューリンがPIP5KγやTARPを脱リン酸化する。脱リン酸化されたPIP5Kγは活性化され[[細胞膜]]上にPIP2を合成する。このPIP2はクラスリン依存性のエンドサイトーシスに必須の[[脂質]]であり、PIP2に引き寄せられる形でまず[[アダプタータンパク質]]複合体の1つである[[AP-2]]が細胞膜上に集積し、このAP-2に引き寄せられてクラスリンが集積し[[クラスリン被覆ピット]]が形成されて、エンドサイトーシスが誘導される<ref name=ref11 />。また脱リン酸化されたTARPはAP-2に結合するようになり、クラスリン被覆ピットに集積し効率的にエンドサイトーシスによって細胞内へと取り込まれていくと考えられている<ref name=ref10 />。また脱リン酸化型のTARPは特定の脂質分子に対しても結合力を持つようになる<ref name=ref12><pubmed>20547132</pubmed></ref>。この結合によりTARPをシナプスに繋ぎとめるタンパク質である[[PSD-95]]との相互作用が変化して長期抑圧の誘導に寄与することも知られている。一方、代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧は[[低分子量Gタンパク質]]の[[ARF6]]およびその活性化因子([[GEF]])である[[BRAG2]]が重要な働きをしていることが報告されている<ref name=ref13><pubmed>20547133</pubmed></ref>。 | ||
また、海馬の長期抑圧はシナプス前部からのグルタミン酸の放出量の低下によって引き起こされる場合もある。この現象はシナプス後部から放出される逆行性シグナルによって引き起こされる。NDMA受容体依存型の長期抑圧では一酸化窒素<ref name=ref14><pubmed>12843298</pubmed></ref>が、代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧では[[リポキシゲナーゼ]]が[[逆行性シグナル]]として機能し<ref name=ref15><pubmed>14673007</pubmed></ref>、グルタミン酸の放出量を減少させることが報告されている。 | |||
=== | ===生理的機能=== | ||
海馬における長期抑圧は海馬依存的な[[記憶]]および行動の柔軟性に寄与していると考えられている。例えば、NMDA型グルタミン酸受容体が欠損した海馬の[[CA1]][[錘体細胞]]ではNMDA受容型依存的な長期抑圧が阻害されており、このマウスで[[モリス水迷路テスト]]等の海馬依存的な記憶・学習タスクに異常が見られることが報告されている<ref name=ref16><pubmed>20357110</pubmed></ref>。また、前脳特異的にカルシニューリンが欠損したマウスの海馬ではLTDが障害されており、また[[八方迷路テスト]]等の海馬依存的な記憶に異常が見られることが報告されている<ref name=ref17><pubmed>11733061</pubmed></ref>。さらに前脳で[[プロテインホスファターゼ2A]](PP2A)の活性を阻害した[[トランスジェニックマウス]](SV40のT抗原断片のトランスジェニックマウス)ではNMDA依存的長期抑圧が特異的に阻害されているが、このマウスでは一度記憶した内容を変更する能力が低下していることが明らかになった<ref name=ref18><pubmed>18400167</pubmed></ref>。具体的には水迷路テスト等において一度学習したプラットフォームの位置を変更すると、野生型マウスに比べてトランスジェニックマウスでは新しい位置を覚える能力が低下していた。このことからNMDA依存的長期抑圧は行動の柔軟性に重要な働きを持っていることが明らかにされている。 | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> |