「パルミトイル化」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">関谷 敦志、[http://researchmap.jp/yfukata 深田 優子]、[http://researchmap.jp/masakifukata 深田 正紀]</font><br>
''生理学研究所''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年1月17日 原稿完成日:2012年1月25日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
</div>
英:palmitoylation 独:Palmitoylierung 仏:palmitoylation  
英:palmitoylation 独:Palmitoylierung 仏:palmitoylation  


{{box|text=
 タンパク質の''S''-パルミトイル化は、16炭素鎖飽和[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]である[[wikipedia:ja:パルミチン酸|パルミチン酸]]がタンパク質の[[wikipedia:ja:システイン|システイン]]残基の[[wikipedia:ja:チオール|チオール]]基を介して[[wikipedia:ja:チオエステル|チオエステル]]結合で付加した翻訳後脂質修飾である。パルミトイル化修飾により、タンパク質の[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]が上昇し、[[細胞膜]]や[[wikipedia:ja:細胞内小器官|細胞内小器官]]膜(細胞質内膜)への親和性が上昇する。''S''-パルミトイル化は細胞内タンパク質や[[wikipedia:ja:膜タンパク質|膜タンパク質]]など多くのタンパク質に見られる普遍的な修飾であり、タンパク質の局在や機能の制御に重要な役割を果たしている。''S''-パルミトイル化は可逆的であり、細胞内でダイナミックなパルミトイル化-脱パルミトイル化の修飾サイクルを示す。この''S''-パルミトイル化サイクルによりタンパク質は細胞質、細胞質内膜や細胞膜の間を相互輸送(シャトリング)する。それぞれの反応は[[wikipedia:palmitoyl acyltransferase|''S''-パルミトイルアシル転移酵素]](PAT)と[[wikipedia:PPT1|タンパク質パルミトイルチオエステラーゼ]](PPT)が担うと考えられていたが、近年PATとして、活性部位にDHHC(Asp-His-His-Cys)配列をもつ[[wikipedia:DHHC domain|DHHCタンパク質]]ファミリーが同定され、''S''-パルミトイル化の制御機構が明らかになりつつある。  
 タンパク質の''S''-パルミトイル化は、16炭素鎖飽和[[wikipedia:ja:脂肪酸|脂肪酸]]である[[wikipedia:ja:パルミチン酸|パルミチン酸]]がタンパク質の[[wikipedia:ja:システイン|システイン]]残基の[[wikipedia:ja:チオール|チオール]]基を介して[[wikipedia:ja:チオエステル|チオエステル]]結合で付加した翻訳後脂質修飾である。パルミトイル化修飾により、タンパク質の[[wikipedia:ja:疎水性|疎水性]]が上昇し、[[細胞膜]]や[[wikipedia:ja:細胞内小器官|細胞内小器官]]膜(細胞質内膜)への親和性が上昇する。''S''-パルミトイル化は細胞内タンパク質や[[wikipedia:ja:膜タンパク質|膜タンパク質]]など多くのタンパク質に見られる普遍的な修飾であり、タンパク質の局在や機能の制御に重要な役割を果たしている。''S''-パルミトイル化は可逆的であり、細胞内でダイナミックなパルミトイル化-脱パルミトイル化の修飾サイクルを示す。この''S''-パルミトイル化サイクルによりタンパク質は細胞質、細胞質内膜や細胞膜の間を相互輸送(シャトリング)する。それぞれの反応は[[wikipedia:palmitoyl acyltransferase|''S''-パルミトイルアシル転移酵素]](PAT)と[[wikipedia:PPT1|タンパク質パルミトイルチオエステラーゼ]](PPT)が担うと考えられていたが、近年PATとして、活性部位にDHHC(Asp-His-His-Cys)配列をもつ[[wikipedia:DHHC domain|DHHCタンパク質]]ファミリーが同定され、''S''-パルミトイル化の制御機構が明らかになりつつある。  
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== ''S''-パルミトイル化:可逆的脂質修飾  ==
== ''S''-パルミトイル化:可逆的脂質修飾  ==


[[Image:Palmitoylation Figure1.png|thumb|right|300px]] 翻訳後修飾の可逆的制御機構は細胞の秩序維持における不可欠なプロセスであり、[[リン酸化]]、[[ユビキチン]]化、[[アセチル化]]などが知られるが、[[脂質修飾]]の一つである''S''-パルミトイル化もその担い手である。  
[[Image:Palmitoylation Figure1.png|thumb|right|300px| '''図1 構造'''<br>
A. パルミチン酸(C16:0)の構造<br>
B. S-パルミトイル化ペプチドの構造<br>]] 翻訳後修飾の可逆的制御機構は細胞の秩序維持における不可欠なプロセスであり、[[リン酸化]]、[[ユビキチン]]化、[[アセチル化]]などが知られるが、[[脂質修飾]]の一つである''S''-パルミトイル化もその担い手である。  


 タンパク質の脂質修飾は、脂質付加による疎水性上昇効果から細胞質タンパク質の細胞膜への輸送、膜タンパク質の機能性膜ドメインへの側方輸送、タンパク質-脂質相互作用などにおいて重要な役割を果たす。脂質修飾は主に4つに分類され、1)脂肪酸[[wikipedia:ja:アシル化|アシル化]]、2)[[wikipedia:ja:プレニル化|プレニル化]]、3)[[wikipedia:ja: グリコシルホスファチジルイノシトール|グリコシルホスファチジルイノシトール]](GPI)化、および4) [[wikipedia:ja:コレステロール|コレステロール]]化である。''S''-パルミトイル化は脂肪酸アシル化修飾の一つであり、''N''-[[ミリストイル化]]とともに最も主要な脂質修飾である<ref><pubmed>17892486</pubmed></ref>。''S''-パルミトイル化は可逆的な[[翻訳後修飾]]であるのに対し、''N''-ミリストイル化は不可逆的な共翻訳時修飾であり、両者は協調的に機能することが多い(詳しくはミリストイル化の項を参照されたい)。  
 タンパク質の脂質修飾は、脂質付加による疎水性上昇効果から細胞質タンパク質の細胞膜への輸送、膜タンパク質の機能性膜ドメインへの側方輸送、タンパク質-脂質相互作用などにおいて重要な役割を果たす。脂質修飾は主に4つに分類され、1)脂肪酸[[wikipedia:ja:アシル化|アシル化]]、2)[[wikipedia:ja:プレニル化|プレニル化]]、3)[[wikipedia:ja: グリコシルホスファチジルイノシトール|グリコシルホスファチジルイノシトール]](GPI)化、および4) [[wikipedia:ja:コレステロール|コレステロール]]化である。''S''-パルミトイル化は脂肪酸アシル化修飾の一つであり、''N''-[[ミリストイル化]]とともに最も主要な脂質修飾である<ref><pubmed>17892486</pubmed></ref>。''S''-パルミトイル化は可逆的な[[翻訳後修飾]]であるのに対し、''N''-ミリストイル化は不可逆的な共翻訳時修飾であり、両者は協調的に機能することが多い(詳しくはミリストイル化の項を参照されたい)。  
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 ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代に[[wikipedia:Sindbis virus|シンドビスウイルス]]の[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウイルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の[[wikipedia:ja:共有結合|共有結合]]性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬である[[wikipedia:ja:ヒドロキシルアミン|ヒドロキシルアミン]](NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウイルスタンパク質に限らず[[Ras]]や[[三量体GTP結合タンパク質]]αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  
 ''S''-パルミトイル化脂質修飾は1970年代に[[wikipedia:Sindbis virus|シンドビスウイルス]]の[[wikipedia:ja:糖タンパク質|糖タンパク質]]と脂質の相互作用解析を目指した研究からその存在が明らかになった。[<sup>3</sup>H]-パルミチン酸で処理したシンドビスウイルスタンパク質は加熱変性処理を行っても両者の解離が見られず、パルミチン酸の[[wikipedia:ja:共有結合|共有結合]]性修飾が示唆された。パルミチン酸付加物はチオエステル切断試薬である[[wikipedia:ja:ヒドロキシルアミン|ヒドロキシルアミン]](NH<sub>2</sub>OH)で解離することが分かり、システインのチオールを介したチオエステル結合であることが明らかになった<ref><pubmed>287008</pubmed></ref>。その後、ウイルスタンパク質に限らず[[Ras]]や[[三量体GTP結合タンパク質]]αサブユニット(Gα)、種々の膜タンパク質が''S''-パルミトイル化されることが報告された。パルミトイル化反応は可逆的であり、パルミトイル化と脱パルミトイル化のバランスにより、基質タンパク質のパルミトイル化レベルが規定される。このパルミトイルサイクルは、細胞においてはリン酸化などと同様に、外界刺激に反応して、動的に制御されることが知られている。たとえば、Gα<sub>s</sub>のパルミトイル化レベルは、共役する受容体の活性化により大きく変動する<ref><pubmed>7912657</pubmed></ref>。パルミトイルサイクルは外界刺激依存的にタンパク質の局在や機能を動的に制御する重要な修飾であることが予想される。  


 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやく''S''-パルミトイルアシル転移酵素活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref name="Lobo"><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref name="Amy"><pubmed>12370247</pubmed></ref>。近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref name="Amy_Cell"><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref name="Rujun"><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHCファミリー''S''-パルミトイルアシル転移酵素の発見を皮切りに、''S''-パルミトイルアシル転移酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref name="MasakiFukata_Neuron"><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref name="YukoFukata_methods"><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref name="YukoFukata_NatRevNeurosci"><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。  
 しかしながら、2000年代前半まで責任酵素が同定されず、''S''-パルミトイル化は酵素非依存的な現象と捉える流れも存在した。パルミトイル化発見から30年近い年月が経ってようやく''S''-パルミトイルアシル転移酵素活性を担うDHHCファミリータンパク質が同定された<ref name="Lobo"><pubmed>12193598</pubmed></ref><ref name="Amy"><pubmed>12370247</pubmed></ref>。近年大規模な''S''-パルミトイル化タンパク質のスクリーニング法が確立され、著しい数のタンパク質がパルミトイル化されることが示された<ref name="Amy_Cell"><pubmed>16751107</pubmed></ref><ref name="Rujun"><pubmed>19092927</pubmed></ref>。DHHCファミリー''S''-パルミトイルアシル転移酵素の発見を皮切りに、''S''-パルミトイルアシル転移酵素と基質のペアの同定が続々とおこなわれており<ref name="MasakiFukata_Neuron"><pubmed>15603741</pubmed></ref><ref name="YukoFukata_methods"><pubmed>17012030</pubmed></ref><ref name="YukoFukata_NatRevNeurosci"><pubmed>20168314</pubmed></ref>、''S''-パルミトイル化が担う細胞レベルの挙動が徐々に輪郭を見せ始めている。


== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
== ''S''-パルミトイル化タンパク質  ==
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| '''主な例'''
| '''主な例'''
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| '''情報伝達分子'''<br> 小分子GTP結合蛋白質<br> 三量体GTP結合蛋白質<br> Srcファミリー非受容体型チロシンキナーゼ<br> その他<br>  
| '''情報伝達分子'''<br> 小分子GTP結合タンパク質<br> 三量体GTP結合タンパク質<br> Srcファミリー非受容体型チロシンキナーゼ<br> その他<br>  
| <br>H-Ras, N-Ras,R-Ras, RhoB, Cdc42 isoform 2, Rab10<br>Gαs, Gαq, Gαi2<br>Yes, Fyn, Lyn, Lck, Hcr, Fgr, Yrk<br>GAP43, eNOS, [[パラレミニン]], ハンチンチン, [[GAD65]], [[スタスミン]]2
| <br>H-Ras, N-Ras,R-Ras, RhoB, Cdc42 isoform 2, Rab10<br>Gαs, Gαq, Gαi2<br>Yes, Fyn, Lyn, Lck, Hcr, Fgr, Yrk<br>GAP43, eNOS, [[パラレミニン]], ハンチンチン, [[GAD65]], [[スタスミン]]2
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'''膜蛋白質'''<br> イオンチャネル<br> G蛋白質共役型受容体<br> 細胞接着分子<br> トランスポーター<br> [[マトリックスメタロプロテアーゼ]]<br> [[ミエリン]]結合分子<br> セクレターゼ<br> 細胞死関連<br>  
'''膜タンパク質'''<br> イオンチャネル<br> Gタンパク質共役型受容体<br> 細胞接着分子<br> トランスポーター<br> [[マトリックスメタロプロテアーゼ]]<br> [[ミエリン]]結合分子<br> セクレターゼ<br> 細胞死関連<br>  


|  <br>GluR1/2, GABAA γ2, [[アクアポリン]] 4, Kv1.1<br>[[ロドプシン]], β2-[[アドレナリン受容体]], <br>インテグリンα6, CD4, CD8, CD9, NCAM140, [[ニューロファシン]], [[DCC]] (deleted in colorectal cancer)<br>[[グルタミン酸トランスポーター]]EAAT1サブタイプ, EAAT3サブタイプ<br>MT1-マトリックスメタロプロテアーゼ<br>PLP, [[Neuronal membrane glycoprotein]] M6-a (GPM6A)<br>β-[[セクレターゼ]], [[ニカストリン]]<br>Fas, 低親和性[[神経成長因子]]受容体
|  <br>GluR1/2, GABAA γ2, [[アクアポリン]] 4, Kv1.1<br>[[ロドプシン]], β2-[[アドレナリン受容体]], <br>インテグリンα6, CD4, CD8, CD9, NCAM140, [[ニューロファシン]], [[DCC]] (deleted in colorectal cancer)<br>[[グルタミン酸トランスポーター]]EAAT1サブタイプ, EAAT3サブタイプ<br>MT1-マトリックスメタロプロテアーゼ<br>PLP, [[Neuronal membrane glycoprotein]] M6-a (GPM6A)<br>β-[[セクレターゼ]], [[ニカストリン]]<br>Fas, 低親和性[[神経成長因子]]受容体
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| '''足場蛋白質'''<br>  
| '''足場タンパク質'''<br>  
| PSD-95, [[PSD-93]]α/β, [[Glutamate receptor interacting protein]] (GRIP)1/2, [[デルフィリン]]<br>
| PSD-95, [[PSD-93]]α/β, [[Glutamate receptor interacting protein]] (GRIP)1/2, [[デルフィリン]]<br>
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| '''ウイルス蛋白質'''<br>  
| '''ウイルスタンパク質'''<br>  
| インフルエンザ HA H1サブユニット, シンドビスウイルスE2蛋白質, HIV-1 gp160<br>
| インフルエンザ HA H1サブユニット, シンドビスウイルスE2タンパク質, HIV-1 gp160<br>
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| '''N-パルミトイル化蛋白質'''<br>  
| '''N-パルミトイル化タンパク質'''<br>  
| ソニックヘッジホッグ, [[Wnt]], [[グレリン]]
| ソニックヘッジホッグ, [[Wnt]], [[グレリン]]
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 ''S''-パルミトイル化はタンパク質内の近接する複数のシステインに付加する例も多く、また''N''-ミリストイル化やプレニル化とともに二重の脂質修飾を受けるタンパク質も複数知られている。''S''-パルミトイル化と''N''-ミリストイル化の二重修飾を受けるタンパク質としてSrcキナーゼファミリーのFynやLck、Gタンパク質αサブユニット(Gα<sub>i1</sub>、Gα<sub>o</sub>など)、[[内皮型一酸化窒素合成酵素]](endothelial NO synthase; eNOS)が有名である。詳細はミリストイル化の項を参照されたい。一方プレニル化は[[wikipedia:ja:イソプレノイド|イソプレノイド]]がシステイン残基にチオエーテル結合で結合する脂質修飾の総称で、15炭素鎖の[[ファルネシル化]]と20炭素鎖の[[ゲラニルゲラニル化]]の2種類の修飾が存在する。H-RasやN-RasはS-パルミトイル化とプレニル化(ファルネシル化)の二重修飾を受けるタンパク質として有名であり、2つのCys残基はC末端領域の互いに近い位置にある。二重修飾の場合、パルミトイル化修飾は、ミリストイル化あるいはプレニル化された基質に対してのみ二次的に起こることが知られている。  
 ''S''-パルミトイル化はタンパク質内の近接する複数のシステインに付加する例も多く、また''N''-ミリストイル化やプレニル化とともに二重の脂質修飾を受けるタンパク質も複数知られている。''S''-パルミトイル化と''N''-ミリストイル化の二重修飾を受けるタンパク質としてSrcキナーゼファミリーのFynやLck、Gタンパク質αサブユニット(Gα<sub>i1</sub>、Gα<sub>o</sub>など)、[[内皮型一酸化窒素合成酵素]](endothelial NO synthase; eNOS)が有名である。詳細はミリストイル化の項を参照されたい。一方プレニル化は[[wikipedia:ja:イソプレノイド|イソプレノイド]]がシステイン残基にチオエーテル結合で結合する脂質修飾の総称で、15炭素鎖の[[ファルネシル化]]と20炭素鎖の[[ゲラニルゲラニル化]]の2種類の修飾が存在する。H-RasやN-RasはS-パルミトイル化とプレニル化(ファルネシル化)の二重修飾を受けるタンパク質として有名であり、2つのCys残基はC末端領域の互いに近い位置にある。二重修飾の場合、パルミトイル化修飾は、ミリストイル化あるいはプレニル化された基質に対してのみ二次的に起こることが知られている。  


 パルミトイル化蛋白質すべてに共通するコンセンサス配列は現時点では決定されていないが(下記参照)、これまでの知見を基に、''S''-パルミトイル化の予測プログラムCSS-palmが開発されておりインターネット上でフリーソフトとして配布されている。詳しくは[http://csspalm.biocuckoo.org/ こちら]を参照されたい。  
 パルミトイル化タンパク質すべてに共通するコンセンサス配列は現時点では決定されていないが(下記参照)、これまでの知見を基に、''S''-パルミトイル化の予測プログラムCSS-palmが開発されておりインターネット上でフリーソフトとして配布されている。詳しくは[http://csspalm.biocuckoo.org/ こちら]を参照されたい。  


== パルミトイル化サイクルの責任酵素  ==
== パルミトイル化サイクルの責任酵素  ==
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=== 概説  ===
=== 概説  ===


[[Image:Plamitoylation Figure3.png|thumb|right|250px|'''図3 <i>S</i>-パルミトイル化の生理的機能''']]  細胞質タンパク質に対するS-パルミトイル化はタンパク質合成直後にER膜やゴルジ膜に存在する''S''-パルミトイルアシル転移酵素により行われる。その結果、タンパク質の疎水性が著しく上昇し、パルミトイル化タンパク質は細胞膜近傍へ輸送され、細胞膜に繋ぎとめられる(図3A)。続いて細胞膜に繋ぎとめられたパルミトイル化タンパク質はPPTにより脱パルミトイル化されると細胞膜から解放され、細胞質あるいはゴルジ体表面へと輸送される。最近、生細胞イメージングにより、H-Ras やGα<sub>q</sub>などのS-パルミトイル化タンパク質が、パルミトイルサイクルに応じて、細胞膜とゴルジ体の間をシャトリングする現象が明らかになった<ref><pubmed>15705808</pubmed></ref><ref name="Tsutsumi"><pubmed>19001095</pubmed></ref>。 Gα<sub>q</sub>の'''S''-パルミトイルアシル転移酵素であるDHHC3はゴルジ体膜上で機能しており、''S''-パルミトイルアシル転移酵素の局在部位と活性がシャトリングの場所と速度を規定すると考えられる<ref name="Tsutsumi"><pubmed>19001095</pubmed></ref>。  
[[Image:Plamitoylation Figure3.png|thumb|right|250px|'''図3 <i>S</i>-パルミトイル化の生理的機能''']]  細胞質タンパク質に対する''S''-パルミトイル化はタンパク質合成直後にER膜やゴルジ膜に存在する''S''-パルミトイルアシル転移酵素により行われる。その結果、タンパク質の疎水性が著しく上昇し、パルミトイル化タンパク質は細胞膜近傍へ輸送され、細胞膜に繋ぎとめられる(図3A)。続いて細胞膜に繋ぎとめられたパルミトイル化タンパク質はPPTにより脱パルミトイル化されると細胞膜から解放され、細胞質あるいはゴルジ体表面へと輸送される。最近、生細胞イメージングにより、H-Ras やGα<sub>q</sub>などのS-パルミトイル化タンパク質が、パルミトイルサイクルに応じて、細胞膜とゴルジ体の間をシャトリングする現象が明らかになった<ref><pubmed>15705808</pubmed></ref><ref name="Tsutsumi"><pubmed>19001095</pubmed></ref>。 Gα<sub>q</sub>の''S''-パルミトイルアシル転移酵素であるDHHC3はゴルジ体膜上で機能しており、''S''-パルミトイルアシル転移酵素の局在部位と活性がシャトリングの場所と速度を規定すると考えられる<ref name="Tsutsumi"><pubmed>19001095</pubmed></ref>。  


 膜タンパク質に対するS-パルミトイル化も細胞質タンパク質と同様にゴルジ膜の''S''-パルミトイルアシル転移酵素により行われる。膜タンパク質はS-パルミトイル化とは無関係にゴルジ体から細胞膜へ輸送されるが、S-パルミトイル化は[[脂質ラフト]]を代表とする細胞膜上の微小ドメインへの輸送(図3A、図3B-a)、タンパク質―タンパク質相互作用(図3B-b,c)、コンフォメーション変化によるタンパク質の活性制御において重要であると考えられている。  
 膜タンパク質に対するS-パルミトイル化も細胞質タンパク質と同様にゴルジ膜の''S''-パルミトイルアシル転移酵素により行われる。膜タンパク質はS-パルミトイル化とは無関係にゴルジ体から細胞膜へ輸送されるが、''S''-パルミトイル化は[[脂質ラフト]]を代表とする細胞膜上の微小ドメインへの輸送(図3A、図3B-a)、タンパク質―タンパク質相互作用(図3B-b,c)、コンフォメーション変化によるタンパク質の活性制御において重要であると考えられている。  


 脂質ラフトはコレステロールや[[wikipedia:ja:スフィンゴ脂質|スフィンゴ脂質]]を多く含む脂質秩序相で、エンドサイトーシス、細胞-細胞間接着、細胞-細胞外マトリックス相互作用などにおける機能性膜微小ドメインとして知られる。パルミチン酸はコレステロールやスフィンゴ脂質に対して高い親和性を示すことが知られており、''S''-パルミトイル化は脂質ラフトにおけるタンパク質集積、複合体形成において重要な役割を担っていると考えられている。神経細胞における[[シナプス]]前膜および後膜や免疫細胞における免疫細胞間インターフェース(免疫シナプス)は脂質ラフトを含む膜局所構造で、この部位に集積するタンパク質についてS-パルミトイル化の生理学的意義が盛んに解析されているため紹介する。  
 脂質ラフトはコレステロールや[[wikipedia:ja:スフィンゴ脂質|スフィンゴ脂質]]を多く含む脂質秩序相で、エンドサイトーシス、細胞-細胞間接着、細胞-細胞外マトリックス相互作用などにおける機能性膜微小ドメインとして知られる。パルミチン酸はコレステロールやスフィンゴ脂質に対して高い親和性を示すことが知られており、''S''-パルミトイル化は脂質ラフトにおけるタンパク質集積、複合体形成において重要な役割を担っていると考えられている。神経細胞における[[シナプス]]前膜および後膜や免疫細胞における免疫細胞間インターフェース(免疫シナプス)は脂質ラフトを含む膜局所構造で、この部位に集積するタンパク質について''S''-パルミトイル化の生理学的意義が盛んに解析されているため紹介する。


=== 神経細胞における''S''-パルミトイル化の機能  ===
=== 神経細胞における''S''-パルミトイル化の機能  ===
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
(執筆者:関谷敦志、深田優子、深田正紀 編集委員:林 康紀)